皆さん、新年明けましておめでとうございます。

年が明けたと思ったら、あっと言う間に今日はもう1月4日。早いもので今年でもう5回目のマレーシアのお正月です、と既に何度口にしたことか。そんな時、あとどれぐらいマレーシアにいるのかと問われたりもするのですが、正直なところまだはっきりとは決めていません。言えることは、人生の最終章は日本でなければならないと言うことと、健康次第の4文字です。

昨年は、東京に住む私の弟に胃の早期癌がみつかり、私もいよいよかと少々真剣に考えていました。ところが幸いなことに、この度の胃の内視鏡検査もOKでしたし、血液検査の結果も概ね想定内でした。私は、昔から医者の言うことに逆らって生きてきたし、身体に良いことなどほとんどしていないのに、なんてことはない、まだしばらくは大丈夫なようです。

と言うことで、今年もこれまで同様いろいろなチャレンジに励みたいと思っていますので、どうぞ本ブログの変わらぬご愛顧をよろしくお願い申し上げます。



さて、今日はいよいよ団塊シニアのスマトラ島横断バイク旅の最終章です。しかしこのバイク旅シリーズは誰かの口車に乗せられて、沢木耕太郎ばりの紀行文を真似たつもりが、結局は三文文士の三文紀行文に終わりそうです。

でもそれでもいいのです。最近気が付いたことなのですが、見たまま、聞いたまま、感じたままを、思うがままに書くことの楽しさと、旅を憶(おも)いながら文字を起こすことの楽しさは、まさにメンデルスゾーンの名言「旅を思い出すことは、人生を2度楽しむこと」そのものなのですね。

だから書いている私も楽しいし、読んで下さる方たちが、少しでもその楽しさを共有していただけるならそれで十分なのです。

11月23日、旅の第7日目。今日は、高原の町ブキティンギに別れを告げ、いよいよ今回の旅の最終目的地であるパダンに向かいます。

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移動は、やはりミニバス、と言うかミニバンの乗り合いタクシーでした。私は今回の旅の中・長距離移動は、大型バスをイメージしていたのだが、実際はそうではなかった。テレビなどで良く見かける、見知らぬ国の見知らぬ土地での旅ドラマ。バスの車内の人間ドラマみたいなものも仄かに期待していたのたが、残念、今回旅は、全部こんな↓乗り合いの小さなバンタクシーだった。

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バンは一路南に下り、シンガラン山とメラビ山の間を抜けて、徐々に標高を下げて行く。途中パダンパンジャンの町を通り抜け、深い山間のくねくね道をさらに南下するうち、ウトウトしながらフト気が付いた。え、こんなところに鉄道橋がある?

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私は、様々な旅の乗り物に興味があるのだが、鉄道はその中でも特別だ。鉄道、特に昔懐かしい古い鉄道が好きで、いつか見知らぬ国でそんな古い鉄道の旅をしてみたいと、昔から夢見ている。

こんなところに鉄道がある。そう考えただけでワクワクしてきた。するとまもなく谷あいの道路傍に、大勢の人だかりと大きな滝が車窓に見えた。ピーターからここはこの辺りの有名な観光地、アナイ渓谷(Anai Valley)だと聞かされたが、私の興味は滝よりもこの鉄道だ。

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まだ現役の鉄道だろうか、それとも廃線なのだろうか。。そんなことを話していたら、物知りシーシーが教えてくれた。この鉄道は昔オランダ統治時代にオランダが建設したものだが、今は一部を除き使われていない、のだそう。

↓これは後程ネットで探した、まさにアナイ渓谷を走る現役当時のロコモティブの写真だが、さらに調べるうち、現在この鉄道の復興計画が進行中だと知って嬉しくなった。いい、実にいい。

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まもなくパダンに着いた。パダン (インドネシア語: Kota Padang) は、インドネシア西スマトラ州の州都で、人口約100万を擁する西スマトラ最大の都市だ。我々の今回の旅はここが終着地。今夜はここに一泊して明日は、町の北方に近年新設されたパダン空港(ミナンカパウ国際空港)からクアラルンプール国際空港(klia2)まで空路帰投するのみだ。

そしてここ↓が我々の今夜の宿、バックパッカー専用宿のYani Homestayだ。

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ところでこのHomestayと言うワードだが、ブキティンギの宿もHomestayと言う名前だった。どうもこのワードは私のイメージするホームステイとは異なるようだが、インドネシアのホームステイはいわゆる日本や世界のどこにもある:ゲストハウス(※)と同義らしい。(※ゲストハウスとはアメニティサービスなどを省いた素泊まりの宿で、いわゆるバックパッカーと言われる旅行者たちが利用する安価な宿のこと)

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宿の前には、いかにもバックパッカー然とした若者たちがたむろっていたが、彼らのほとんどは実に明るく気さくな若者たちだ。初対面の誰にでも声を掛けてくる。

かく言う我々トリオ隊の面々も負けてはいない。ピーターもシーシーも、もちろん私もだが、どこの誰に対しても気後れしない性格だし、中でもシーシーの特技はひと際冴えている。あっと言う間に親しくなって、いろんな話に花が咲く。

うーん、これだな、これだよな。これが私が若い時から恋い焦がれていたインターナショナルなバックパッカーの旅の世界なんだな、ひそかにそう思った。

Yani Homestayの中に入ると、外見よりはかなり立派な施設のようだ。

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1階部分は宿のオーナーファミリィと従業員の部屋、そして2階にゲストルームがある。↓ここは共用のリビングルームだ。

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そしてその半分が共用のキッチンとバスルームになっている。

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ただし、割り当てられた4人用のゲストルームは相当に窮屈だった。細長く狭い部屋に上下2段の木製バンクベッドが縦列に2台ある。

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バンクベッドの下段に大型の二人、上段に中型の私と荷物と言う割り振りとしたが、大型の二人は脚を延ばすと流石に狭そうだったし、上段の私は垂直の梯子の上り下りがきつかったのと、上で寝返り打つと木製のベッドがギシギシ軋んで気遣いもした。

確かに一晩寝るだけなのだからこれで十分なのだが・・・・・・そう考えると、ブキティンギのあの貧民用3ベッドルームでさえ贅沢に思えたぐらいだった。(笑)

しかしこのYani Ho,estay、宿の前にはレンタルバイク屋もあってなかなか便利。我々団塊シニア隊、早速レンタルバイクを駆って、とりあえず遅いランチと町見物に出かけることにした。

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↓これは、宿の直ぐ前の通り。この写真は山側を向いた写真だが、反対方向はすぐ海だ。

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パダンはインド洋に面した海岸の町だ。また町の南側にはテルク・バユール港 (Teluk Bayur) と言うスマトラ島西海岸最大の港もある。宿のスタッフに、パダンでは何が美味いのかと聞いたら、即座に、魚だ、焼き魚を食べてみろ、と言う答えが返ってきた。

なので早速、焼き魚が美味いと言う食堂に行ってみた。

その店には氷と魚がぎっしり詰まった大型のバケットがいくつかあって、好きな魚をチョイスしろと言う。魚のことなら任せてくれ、などと二人に大ボラ吹いてたし、シーシーがほらイケサンの出番だぜって言うものだから、こ、この魚が旨いんだよ、なんて適当なこといってチョイスしたのがコレ↓

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ホントは、見たこともない知らない魚だったのだが、店員に名前を聞いても案の定知らなかったし、美味いかと聞いたら不味いなんて言うわけないし、ま、大丈夫だろ、と思ってた。

そしたら焼きあがって出てきたのがコレ↓

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おいおい、ここまでしたら、素材の味もへったくれもないではないか、などとは決して文句言うなかれ。甘辛の濃厚な焼きダレが素材の味を見事に消し去ってくれてはいるが、これはこれで美味と思えば見事に美味なのだ。でも、これじゃあ、どんな魚をチョイスしようが同じだろう、とは私の独り言。大型の二人には、どうだ美味いだろう、やっぱりオレのチョイスが良かったな、なんて自慢したら、うんそうだ、やっぱりイケサンのチョイスが良かったな、だと・・・・、へっ、ちょろいもんだぜ。。

次にやってきたここは、インド洋に沈む夕陽が綺麗で有名なパダンビーチ↓だが、あいにく今日は天気が悪い。

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雲がどんどん下がって来て、今にも雨が降りそうになってきた。

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だが、この先は数百の屋台が並ぶので知られているビーチ。うろうろと探し回ったら、こんなマグロ屋台に遭遇して驚いた。

このシリーズのプロローグにも載せたので重複のポストは避けたいが、いや旨そうなマグロだった。私はこれをインドマグロの幼魚かなと思ったが、お師匠さんの庄助さんから、クロマグロの幼魚じゃないかとご指摘いただいた。さらに、連れのお二人に嫌われても買って帰って食すべきだったともご教示いただいた。

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今思えばそうだ。やっぱりあの時、とりあえずその場で頭と腹を処理してもらい、持って帰れば良かったのだ。宿のキッチンのナイフでもなんとか捌けたと思うし、前のコンビニから必要な調味料を調達して、宿のバックパッカー集めてマグロの刺身とカルパッチョパーティをやれば良かったのだ。

庄助さん、次は絶対やりまっせ。でもそんな機会が二度あるかは分かりませんがね。。

そして明けて今日は最終日、Day8、11月24日です。

少々小雨が降ってるものの、マーケットに行こうと宿の前でポーズをとる三人・・・え、四人組?一人増えてるし、バイクは2台だ。

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これはどういうことかと言うと、今朝、宿のリビングルームでオーストラリアの単独女性バックパッカーといろいろ話すうち、すっかり意気投合したSil-Silが街のマーケットへのバイクツアーをサジェストし、彼女が喜んでアクセプトしたためだ。

バイクが2台なのは、昨夜のうちに1台返却したためだが、これはまぁちょっとした経済的な問題からだ。

だから、ピーターの後ろに私、そしてシーシーの後ろに彼女(お名前忘れてしまいました)と言う二人乗りバイクツアーとなったわけなのだ。

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マーケットで仲良くポーズをとるオヤジ二人とオーストラリアの美人娘。しかしこの娘もかなりの長身なので、私としては間に入るのが癪だった。だからカメラマンに徹したホンモノのひねくれ団塊なのだ。

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小雨が降ってはいたけれど、無事に探し物のなんちゃら名物アボガドもゲットでき、喜ぶ彼女とちょい悪オヤジたちのニヤケ顔。

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しかし、げに恐ろしきはうら若き女性を掌で転がす我がSil-Silちょい悪オヤジ、では決してありませんぞ。げに恐ろしきは、うら若き女性の無防備で安易な言動ですよ。もしこの娘が我が娘だったら、あるいは我が愛しの孫娘だったらと思うとぞっとしましたね。

まぁ、しかし我々がかなりのシニアだったからきっと安心して気を許したのでしょう。もちろん、我が団塊シニアのトリオ隊の面々にはそんな邪険な考えのあろう筈もなく、楽しく無事にきちんと宿まで連れて帰ったことは当然のことですけどね。

最後に、この最終日のバイク乗りを、私がピーターの後席から撮った動画をポストしておきます。



以上で、全7回に分けてリポートしました、団塊シニアのスマトラ島横断バイク旅シリーズを終わりますが、最後までお付き合いいただいた方々、本当にありがとうございました。

冒頭申し上げたように旅を憶いながら文字を起こすことは、旅を、そして人生を2度楽しむことだと知りました。今年も拙いブログではありますが、徒然なるまま、気の向くままに感じたことや言いたいことを綴ってまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

ではまた。。






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