今日のバイク旅はDay6(11月22日)です。しかし今思えば、我々のブキティンギの宿、ブキティンギ・ホリディ・ホームは魔訶不思議な宿でした。摩訶不思議の最たるものは、やはり入口の鉄格子の扉がいつも施錠されていて自由に出入りできないことでしたね。その他にも、宿の看板がどこにもなくて宿を探すのにひと苦労したとか、宿主がダブルブッキングにも全然悪びれる様子もなかったとか、普段は宿主や従業員の姿は見えずどこにいるのか分からないなど、いろいろありましたが、それは百歩譲って良しとしてもこの↓鉄格子の扉にはほとほと参りました。

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扉は↓このように頑丈なチェーンと南京錠でいつも施錠されているのです。もちろん、客には開錠のためのカギが1個手渡されているのですが、これが曲者なのです。普通じゃない、いやまったく変なのですが、このカギを差し入れて開錠しようとしてもうんともスンとも言わないのです。我々3人が交互にトライしても頑として開かない。10分、いや20分ほど経過してもまだ開かない。カギが違うのではないかと最初は思ったりもしました。宿の従業員を呼ぼうとしてもどこにも姿が見えないし、さてどうしたもんかと思案するうち、え、いつの間にか開いてる?・・

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いや、不思議ですよ。途方にくれて、もう出かけるの止めようかなどと諦めかけたころにようやく開くのです。それでもまだ、出かける前はいい。夜遅くに帰ってきた時などカギをガチャガチャやっても開かない。いつまでも南京錠をガチャガチャやってるもんだから、通りを歩く人たちが不審そうに眺めて行くのも気になるし、いい加減腹が立ってきたころに、え、いつの間にか開いてる?・一体何なんだこれ?・・

大体こんなカギ、客に渡す方がおかしい。いったいどうしたら開くんだ? 毎回毎回いらつきながら、ガチャガチャやって、腹立だしくて腹立たしくて、珍しく宿に従業員がいるときに、カギ開かないぞ、おまえやってみろって言ったら、ニタニタ笑いながらカギいじくってニタツキながら目の前で開けよった。え、な、なんでだ?どうもこの少年とは良くコミュニケーションがとれないのだが、どうやらコツがあるらしい。

その後、ピーターもシーシーもさんざん弄ってそのコツとやらを探したがどうしても分からずに、イケサンやってみてと結局ギブアップ。こうなったらオレも意地だ、日本男児のしつこさを見せてやる、とチャレンジしたがやっぱりダメだ。しかしその後も諦めずに毎日、毎回ガチャガチャやってたら、ひょんなことから突然開いた。え、ぇ、今、どうやったら開いたんだっけ?それから、鍵開け職人よろしく全神経を手指に集中させ、ほんのわずかな、極々ほんのわすがな鍵穴の引っ掛かりに気付いた。こ、これだ、、おぉぉぉついにコツが分かったぜ。即、そのことをピーターとシーシーに報告したら、イケサン、凄い、大したもんだ、でももっと早くコツつかんでくれてたら良かったのにな、、だと。

そ、そうだな、今晩はブキティンギ最後の夜だもんな。。でもこれで最後の晩は不審者扱いされないで済むだろ、どうだ良かっただろう、と威張って見せたひねくれ団塊なのでした。

さて、ブキティンギ最後の今日は、当初計画では初日に行く予定だったマニンジャウ湖へのバイク旅だ。マニンジャウ湖は、現在その写真を本ブログのトップに据えているが、西スマトラでは最も美しいとされ、ブキティンギの西40km程度のところにある湖だ。さぁ、団塊シニアバイク隊、今日も元気に出発だ。。出発前の宿屋の風景↓、右が我々の豪華3ベッドルーム、奥が初日に泊まった貧民用3ベッドルーム。(笑)

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ブキティンギの町を出て、今日はシンガラン山を左手に見ながらひた走る。今日も天気は良いだろう、、、、と思っていたのだが、どうやら雲行きが怪しくなってきた。途中の茶屋でコーヒー飲みながらふと見ると、西のマニンジャウ湖の方角にはなにやら怪しい黒い雲が低く垂れこめている。そんなことを話しているうちに雨が降り出した。

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お、こりゃ大変だ、濡れないうちに雨支度しようぜとなったのだが、突然ピーター隊長、おっと、いけない、合羽忘れたよ、って。。え、えぇー? 合羽忘れたってそんな。。どうも黄門さまは雨についてないな。おとといだって急に雨に降られてしかもサンダルの鼻緒が切れたしな。でもピーター隊長の偉いところは何事にもめげないことだ。大丈夫だ、雨で濡れても平気だよって。。しかし、濡れたら冷たくて寒い。ここは赤道間近と言えども標高900mの高地なのだ。よし分かった、オレの山用防寒ジャンパーを貸してあげよう。すこし窮屈かもしれないけど、これで寒さは凌げるからね。。

それから、一行は小雨の中を西に西にとひた走り、小一時間ほどで目的地のマニンジャウ湖に着いた。ここ↓は、マニンジャウ湖を眼下に望む道路脇の茶屋だ。

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雨は小康状態になったけど、眼下の湖はまだ低く雲が垂れ、対岸は霧に霞んで良く見渡せない。うーん、残念。

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マニンジャウ湖は、南北16キロメートル、東西7キロメートルの楕円形のカルデラ湖で、約5万2000年前の噴火によって形成された西スマトラ随一の秀麗湖だそうだ。

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もし空がすっきり晴れていれば、このように↓見えたはずなのだ。

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今我々がいるこの茶屋の標高が1150mで、湖の水面標高は約470mだそうだから、その差680mもあるのだが、これからその標高差を44のつづら折りで一気に下る。インドネシア語ではカーブのことをkelokと言う。だから44 kelokで44のつづら折り坂となる。

これがその44kelokだ。この写真では道路には中央線が引かれ幅も広いように見えるが、実際は狭く細く急カーブな上にカーブの高度差が結構きつい。つまり急カーブ&急坂の連続なのだ。

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茶屋での休憩後、小雨降る中を下り始めたが、雨は次第に強くなり、急坂&急カーブを雨水が滝のように流れ落ちる中のバイク乗りにはマジ肝を冷やした。それぞれのkelokには番号標識が立っていて、今何番目のkelokを通過しているのかが分かるようになっているのだが、雨がゴーグルに叩きつけてくるせいで良く標識が読めない。おまけに急カーブの先は視界がまったく効かないのだ。

この時だった。目の前に突如として現れた大型トラックに驚ろき、慌てて右に避けようと急ブレーキをかけた途端にタイヤが滑った。左カーブを外側にかなり膨らんでターンしていたせいで、右に避けるしか衝突を避ける方法がなかったのだ。タイヤが滑り立て直しをしようとしたところ、今度は反対側に転倒しそうになったので右手を道路右側の木立に衝いて支えようとした途端に右手指に激痛が走った。

一瞬の出来事だったので、右手指を何に衝いたのかを確かめる余裕もなかったが、その後しばらく右手が痺れてバイクのスロットルを絞るのに苦労した。後ほどあらためて右手指を見てみると、小指の付け根部分が3倍ほどに膨らんで紫色に腫れている。これはやばいな、骨折したか、ヒビが入ったな、と思った。

その手指、あれから1か月以上が経過したと言うのにまだ痛みはかなりあるし腫れも残っている。レントゲン検査をしてもらおうと自宅に戻ってから近くの病院に2度も出かけたが、小指の骨折やヒビなんてどうしようもない、X線検査したいならするけどしてもしょうがないよ、と医者に言われ痛み止めだけもらって帰ってきた。ま、医者の言うように、半年も経てば痛みもなくなるのだろうと思い放置してあるのだが、こちらの医者はどうなんだかなぁ・・・

湖の直ぐ傍まで下りてきたら、雨は小降りになったようだ。右手指が痺れて痛くてしようがないが、痩せても枯れてもオレは男、日本男児だ。こんなことで泣き言言ったら笑われる。そう思って二人には黙ってた。

以下の3枚↓は雨の止み間を狙って、ピーターが撮った写真だ。

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なかなかよく撮れている。構図もいい、、と思う。

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この↓写真を今、本ブログのトップ画像に据えている。

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雨がなかなか止まず、腹も減ったので湖のそばの食堂↓に立ち寄った。時計を見るともう1時を過ぎている。

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食堂には雨宿り風の何人かの客とインドネシアの肝っ玉母さんがいた。

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早速、気さくに声掛けするちょい悪Sil-Silとピーター黄門さまだ。

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言葉にはかなりのバリアがあるはずなのに、なぜか冗談だけは通じるようだ。しかしシーシーの見知らぬ人との打ち解け術には感心する。毎度毎度、相手が何人(なにじん)であれ関係なし、もちろん老若男女も関係なし、テキトー(いい加減とも言う)な言葉と身振り手振りであっという間に親しくなれるのだ。

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湖に面した食堂の板の間に座り、注文の品を待つ。雨は少し小降りになってきたような・・・・

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おぉ、これが肝っ玉母さんお手製の豪華ランチだ。こ、これは旨そう!・・・と思わないアナタはスマトラには行けませんな。

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我々三人、魚は骨までしゃぶり、麺も汁の最後の一滴まで飲み干して、完全完食。。あー旨かった。

さてこれからどうしようか。天気が良ければ湖を一周したかったのに、これじゃあ、無理かもな、などと言いながら、魚の骨を一心にしゃぶるピーターとシーシー、いやオイラもだけどね。

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食って飲んだら、用足しに行きたくなって、肝っ玉母さんにトイレはどこ?って聞いたら、下だ、下にあると言う仕草。なので、急な梯子を伝って下に下りてみたら、なんとそこには釣りをしている人がいた。。彼にトイレはどこ?と聞いたら、外だ、外にあると言う仕草。

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目隠し用のボロ布を捲り、外梯子を伝って外に下りてみたが、トイレらしきものは何もなし。一体どこにあるんだよと、釣り人に外から声掛けしたら、その辺でしろ!との返。え、えーっ、、トイレって、な、なにか?ネイチャートイレか??

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いやぁしかし、これも良し。これが大自然との直の触れ合いというもんだ。。(笑)

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しかし雨はなかなか止まないな。と言うよりちょっと雨脚が強くなってきたんじゃないの?

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すると、見る間に本降りになってきた。

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お、おい、これじゃぁ、身動きが取れないぜ、参ったなあ、と嘆くトリオ隊。

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その後、この本降りが小やみになるまでさらに1時間ほど要し、その間同じように雨宿りしていた地元の人たちといろいろ話をしたのだが、私にとっては、マレー語とインドネシア語の違いを知るいい機会だった。車はモビル、バイクはホンダ、病院はルマサキ、事務所はカントールなど、まったく意味の異なる単語が山ほどあって、何が兄弟言語だよ、、、と思ったほどだ。でもしかし、いったんその単語の意味が分かってしまえばある程度通じあえるのだが、これって日本の津軽弁と鹿児島弁のようなものも知れないな。。

結局この後、マニンジャウ湖周回のバイク旅は中止、雨が小やみになったところを見計らって、ブキティンギに戻ることとしこの食堂を後にした。しかしこの後すぐに、例のkelok44の上りの坂道の途中でまたまた雨が強く降ってきた。

狭い急こう配の坂道を流れ落ちる雨水が次第に増してきて、まるでバイクで川を遡っているかのようだ。でも今度は慎重に慎重にバイクを操り、おかげで、44のkelokも無事に上り切ってホットひと安心の団塊シニアバイク隊でござった。

その後ブキティンギへの帰り道、ピーターとシーシーがマップを見ながら思案の末に決めた、来た道とはまったく異なるショートカットを通ったら、なんとそこは↓こんな山越えの悪路だった。

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↑写真のここはまだましな方で、次第に山石や岩がゴロゴロしてる完全な山道となり、おまけに急カーブや上り下りの坂道が延々と続く悪路なのだ。雨は依然として降ったり止んだりしていて視界は悪いし、こんなショートカットなら通らないほうがましだったと、と内心ぶつぶつ、文句たらたらのひねくれ団塊だったが、加えて、人里離れたこんなところで、タイヤがパンクしたり、バイクが故障したりしたら、一体どうなるんだろうとマジ不安だった、これホント。。

しかし流石はジャパンメードのホンダ(バイクのことです)だね。オフロード専用バイクどころか、町乗り専用みたいな弱っちいスクーターのくせに、一度もパンクすることなく、故障することもなくあの悪路を走り抜いてくれたのだから、有難いと言うか、ホントに良かった。

ようやく深い山合いを抜けて、辺りに棚田が見え始め、人影や牛影が見えた時、ああ、良かった、無事に山越えられた、助かった、と安堵したのはこのオイラだけかなぁ。。。

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ピーターの合羽は、マニンジャウ湖傍の雑貨屋で買ったもの。こうして見ると、二人ともなんと言うか、案山子のようで"いとをかし"、、かな。。

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ブキティンギに近づくに連れ、雨もようやく上がってきたが、時計をみるともう6時。マニンジャウ湖の食堂を出発したのが3時半ごろだったから、約40kmほどしかないブキティンギまで約2時間半も要したことになる。あの山道ショートカットがいけなかったな、と思ったが、まあ、無事に帰れたことだし、アドベンチャラスなバイク旅の本懐だっかも知れないので、すべて良しとすることにした。

しかし、可哀そうなのはこの右小指でごじゃる。痛みに耐えてバイクのスロットルを握っていたせいか、ますます腫れが酷くなっている。うっかり何かに小指が触ろうものなら、頭の芯まで激痛が走るけど、これも我慢我慢。

さて、ブキティンギ最後の晩のディナーは、今晩もララ隊員の案内で、MARTABAK  KAKAと言うブキティンギ式お好み焼きの店にやって来た。なにやら100年近くにもなる伝統料理だそうだ。

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で、出てきたお好み焼きがコレ。ご親切にも一口サイズに切ってある。これを独特の香ばしいソースに付けて食べるのだが、これは掛け値なしに美味い。

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なので案内人のララ隊員もほら、こんな得意顔だし、お二人さんもニコニコニッコリの満足顔だ。え、シーシーちゃんは苦虫つぶしてるって?いやいやそんなことない、これがシーシーちゃんのニコニコなのだ。

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で、お好み焼き屋の後はもちろんDe kock kafeだ。我々とすっかり意気投合した例のドイツのハイテンションおばちゃん (ごめんなさい、名前がどうしても思い出せません) も合流して、ビンタンビールがどんどん並ぶ。ブキティンギ最後の飲み会は、短いながらもブキティンギの旅の思い出は尽きず、できもしない再会の約束などしながら、大いに喋りまくり、飲みまくり、楽しくもあり、ちょっぴり別れが寂しくもありの夜だった。

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以上でスマトラ島横断バイク旅 (Day6)を終わります。

(最終回、Day7 & 8に続く)



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