今日のバイク旅はDay6(11月22日)です。しかし今思えば、我々のブキティンギの宿、ブキティンギ・ホリディ・ホームは魔訶不思議な宿でした。摩訶不思議の最たるものは、やはり入口の鉄格子の扉がいつも施錠されていて自由に出入りできないことでしたね。その他にも、宿の看板がどこにもなくて宿を探すのにひと苦労したとか、宿主がダブルブッキングにも全然悪びれる様子もなかったとか、普段は宿主や従業員の姿は見えずどこにいるのか分からないなど、いろいろありましたが、それは百歩譲って良しとしてもこの↓鉄格子の扉にはほとほと参りました。

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扉は↓このように頑丈なチェーンと南京錠でいつも施錠されているのです。もちろん、客には開錠のためのカギが1個手渡されているのですが、これが曲者なのです。普通じゃない、いやまったく変なのですが、このカギを差し入れて開錠しようとしてもうんともスンとも言わないのです。我々3人が交互にトライしても頑として開かない。10分、いや20分ほど経過してもまだ開かない。カギが違うのではないかと最初は思ったりもしました。宿の従業員を呼ぼうとしてもどこにも姿が見えないし、さてどうしたもんかと思案するうち、え、いつの間にか開いてる?・・

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いや、不思議ですよ。途方にくれて、もう出かけるの止めようかなどと諦めかけたころにようやく開くのです。それでもまだ、出かける前はいい。夜遅くに帰ってきた時などカギをガチャガチャやっても開かない。いつまでも南京錠をガチャガチャやってるもんだから、通りを歩く人たちが不審そうに眺めて行くのも気になるし、いい加減腹が立ってきたころに、え、いつの間にか開いてる?・一体何なんだこれ?・・

大体こんなカギ、客に渡す方がおかしい。いったいどうしたら開くんだ? 毎回毎回いらつきながら、ガチャガチャやって、腹立だしくて腹立たしくて、珍しく宿に従業員がいるときに、カギ開かないぞ、おまえやってみろって言ったら、ニタニタ笑いながらカギいじくってニタツキながら目の前で開けよった。え、な、なんでだ?どうもこの少年とは良くコミュニケーションがとれないのだが、どうやらコツがあるらしい。

その後、ピーターもシーシーもさんざん弄ってそのコツとやらを探したがどうしても分からずに、イケサンやってみてと結局ギブアップ。こうなったらオレも意地だ、日本男児のしつこさを見せてやる、とチャレンジしたがやっぱりダメだ。しかしその後も諦めずに毎日、毎回ガチャガチャやってたら、ひょんなことから突然開いた。え、ぇ、今、どうやったら開いたんだっけ?それから、鍵開け職人よろしく全神経を手指に集中させ、ほんのわずかな、極々ほんのわすがな鍵穴の引っ掛かりに気付いた。こ、これだ、、おぉぉぉついにコツが分かったぜ。即、そのことをピーターとシーシーに報告したら、イケサン、凄い、大したもんだ、でももっと早くコツつかんでくれてたら良かったのにな、、だと。

そ、そうだな、今晩はブキティンギ最後の夜だもんな。。でもこれで最後の晩は不審者扱いされないで済むだろ、どうだ良かっただろう、と威張って見せたひねくれ団塊なのでした。

さて、ブキティンギ最後の今日は、当初計画では初日に行く予定だったマニンジャウ湖へのバイク旅だ。マニンジャウ湖は、現在その写真を本ブログのトップに据えているが、西スマトラでは最も美しいとされ、ブキティンギの西40km程度のところにある湖だ。さぁ、団塊シニアバイク隊、今日も元気に出発だ。。出発前の宿屋の風景↓、右が我々の豪華3ベッドルーム、奥が初日に泊まった貧民用3ベッドルーム。(笑)

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ブキティンギの町を出て、今日はシンガラン山を左手に見ながらひた走る。今日も天気は良いだろう、、、、と思っていたのだが、どうやら雲行きが怪しくなってきた。途中の茶屋でコーヒー飲みながらふと見ると、西のマニンジャウ湖の方角にはなにやら怪しい黒い雲が低く垂れこめている。そんなことを話しているうちに雨が降り出した。

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お、こりゃ大変だ、濡れないうちに雨支度しようぜとなったのだが、突然ピーター隊長、おっと、いけない、合羽忘れたよ、って。。え、えぇー? 合羽忘れたってそんな。。どうも黄門さまは雨についてないな。おとといだって急に雨に降られてしかもサンダルの鼻緒が切れたしな。でもピーター隊長の偉いところは何事にもめげないことだ。大丈夫だ、雨で濡れても平気だよって。。しかし、濡れたら冷たくて寒い。ここは赤道間近と言えども標高900mの高地なのだ。よし分かった、オレの山用防寒ジャンパーを貸してあげよう。すこし窮屈かもしれないけど、これで寒さは凌げるからね。。

それから、一行は小雨の中を西に西にとひた走り、小一時間ほどで目的地のマニンジャウ湖に着いた。ここ↓は、マニンジャウ湖を眼下に望む道路脇の茶屋だ。

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雨は小康状態になったけど、眼下の湖はまだ低く雲が垂れ、対岸は霧に霞んで良く見渡せない。うーん、残念。

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マニンジャウ湖は、南北16キロメートル、東西7キロメートルの楕円形のカルデラ湖で、約5万2000年前の噴火によって形成された西スマトラ随一の秀麗湖だそうだ。

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もし空がすっきり晴れていれば、このように↓見えたはずなのだ。

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今我々がいるこの茶屋の標高が1150mで、湖の水面標高は約470mだそうだから、その差680mもあるのだが、これからその標高差を44のつづら折りで一気に下る。インドネシア語ではカーブのことをkelokと言う。だから44 kelokで44のつづら折り坂となる。

これがその44kelokだ。この写真では道路には中央線が引かれ幅も広いように見えるが、実際は狭く細く急カーブな上にカーブの高度差が結構きつい。つまり急カーブ&急坂の連続なのだ。

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茶屋での休憩後、小雨降る中を下り始めたが、雨は次第に強くなり、急坂&急カーブを雨水が滝のように流れ落ちる中のバイク乗りにはマジ肝を冷やした。それぞれのkelokには番号標識が立っていて、今何番目のkelokを通過しているのかが分かるようになっているのだが、雨がゴーグルに叩きつけてくるせいで良く標識が読めない。おまけに急カーブの先は視界がまったく効かないのだ。

この時だった。目の前に突如として現れた大型トラックに驚ろき、慌てて右に避けようと急ブレーキをかけた途端にタイヤが滑った。左カーブを外側にかなり膨らんでターンしていたせいで、右に避けるしか衝突を避ける方法がなかったのだ。タイヤが滑り立て直しをしようとしたところ、今度は反対側に転倒しそうになったので右手を道路右側の木立に衝いて支えようとした途端に右手指に激痛が走った。

一瞬の出来事だったので、右手指を何に衝いたのかを確かめる余裕もなかったが、その後しばらく右手が痺れてバイクのスロットルを絞るのに苦労した。後ほどあらためて右手指を見てみると、小指の付け根部分が3倍ほどに膨らんで紫色に腫れている。これはやばいな、骨折したか、ヒビが入ったな、と思った。

その手指、あれから1か月以上が経過したと言うのにまだ痛みはかなりあるし腫れも残っている。レントゲン検査をしてもらおうと自宅に戻ってから近くの病院に2度も出かけたが、小指の骨折やヒビなんてどうしようもない、X線検査したいならするけどしてもしょうがないよ、と医者に言われ痛み止めだけもらって帰ってきた。ま、医者の言うように、半年も経てば痛みもなくなるのだろうと思い放置してあるのだが、こちらの医者はどうなんだかなぁ・・・

湖の直ぐ傍まで下りてきたら、雨は小降りになったようだ。右手指が痺れて痛くてしようがないが、痩せても枯れてもオレは男、日本男児だ。こんなことで泣き言言ったら笑われる。そう思って二人には黙ってた。

以下の3枚↓は雨の止み間を狙って、ピーターが撮った写真だ。

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なかなかよく撮れている。構図もいい、、と思う。

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この↓写真を今、本ブログのトップ画像に据えている。

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雨がなかなか止まず、腹も減ったので湖のそばの食堂↓に立ち寄った。時計を見るともう1時を過ぎている。

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食堂には雨宿り風の何人かの客とインドネシアの肝っ玉母さんがいた。

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早速、気さくに声掛けするちょい悪Sil-Silとピーター黄門さまだ。

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言葉にはかなりのバリアがあるはずなのに、なぜか冗談だけは通じるようだ。しかしシーシーの見知らぬ人との打ち解け術には感心する。毎度毎度、相手が何人(なにじん)であれ関係なし、もちろん老若男女も関係なし、テキトー(いい加減とも言う)な言葉と身振り手振りであっという間に親しくなれるのだ。

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湖に面した食堂の板の間に座り、注文の品を待つ。雨は少し小降りになってきたような・・・・

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おぉ、これが肝っ玉母さんお手製の豪華ランチだ。こ、これは旨そう!・・・と思わないアナタはスマトラには行けませんな。

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我々三人、魚は骨までしゃぶり、麺も汁の最後の一滴まで飲み干して、完全完食。。あー旨かった。

さてこれからどうしようか。天気が良ければ湖を一周したかったのに、これじゃあ、無理かもな、などと言いながら、魚の骨を一心にしゃぶるピーターとシーシー、いやオイラもだけどね。

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食って飲んだら、用足しに行きたくなって、肝っ玉母さんにトイレはどこ?って聞いたら、下だ、下にあると言う仕草。なので、急な梯子を伝って下に下りてみたら、なんとそこには釣りをしている人がいた。。彼にトイレはどこ?と聞いたら、外だ、外にあると言う仕草。

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目隠し用のボロ布を捲り、外梯子を伝って外に下りてみたが、トイレらしきものは何もなし。一体どこにあるんだよと、釣り人に外から声掛けしたら、その辺でしろ!との返。え、えーっ、、トイレって、な、なにか?ネイチャートイレか??

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いやぁしかし、これも良し。これが大自然との直の触れ合いというもんだ。。(笑)

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しかし雨はなかなか止まないな。と言うよりちょっと雨脚が強くなってきたんじゃないの?

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すると、見る間に本降りになってきた。

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お、おい、これじゃぁ、身動きが取れないぜ、参ったなあ、と嘆くトリオ隊。

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その後、この本降りが小やみになるまでさらに1時間ほど要し、その間同じように雨宿りしていた地元の人たちといろいろ話をしたのだが、私にとっては、マレー語とインドネシア語の違いを知るいい機会だった。車はモビル、バイクはホンダ、病院はルマサキ、事務所はカントールなど、まったく意味の異なる単語が山ほどあって、何が兄弟言語だよ、、、と思ったほどだ。でもしかし、いったんその単語の意味が分かってしまえばある程度通じあえるのだが、これって日本の津軽弁と鹿児島弁のようなものも知れないな。。

結局この後、マニンジャウ湖周回のバイク旅は中止、雨が小やみになったところを見計らって、ブキティンギに戻ることとしこの食堂を後にした。しかしこの後すぐに、例のkelok44の上りの坂道の途中でまたまた雨が強く降ってきた。

狭い急こう配の坂道を流れ落ちる雨水が次第に増してきて、まるでバイクで川を遡っているかのようだ。でも今度は慎重に慎重にバイクを操り、おかげで、44のkelokも無事に上り切ってホットひと安心の団塊シニアバイク隊でござった。

その後ブキティンギへの帰り道、ピーターとシーシーがマップを見ながら思案の末に決めた、来た道とはまったく異なるショートカットを通ったら、なんとそこは↓こんな山越えの悪路だった。

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↑写真のここはまだましな方で、次第に山石や岩がゴロゴロしてる完全な山道となり、おまけに急カーブや上り下りの坂道が延々と続く悪路なのだ。雨は依然として降ったり止んだりしていて視界は悪いし、こんなショートカットなら通らないほうがましだったと、と内心ぶつぶつ、文句たらたらのひねくれ団塊だったが、加えて、人里離れたこんなところで、タイヤがパンクしたり、バイクが故障したりしたら、一体どうなるんだろうとマジ不安だった、これホント。。

しかし流石はジャパンメードのホンダ(バイクのことです)だね。オフロード専用バイクどころか、町乗り専用みたいな弱っちいスクーターのくせに、一度もパンクすることなく、故障することもなくあの悪路を走り抜いてくれたのだから、有難いと言うか、ホントに良かった。

ようやく深い山合いを抜けて、辺りに棚田が見え始め、人影や牛影が見えた時、ああ、良かった、無事に山越えられた、助かった、と安堵したのはこのオイラだけかなぁ。。。

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ピーターの合羽は、マニンジャウ湖傍の雑貨屋で買ったもの。こうして見ると、二人ともなんと言うか、案山子のようで"いとをかし"、、かな。。

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ブキティンギに近づくに連れ、雨もようやく上がってきたが、時計をみるともう6時。マニンジャウ湖の食堂を出発したのが3時半ごろだったから、約40kmほどしかないブキティンギまで約2時間半も要したことになる。あの山道ショートカットがいけなかったな、と思ったが、まあ、無事に帰れたことだし、アドベンチャラスなバイク旅の本懐だっかも知れないので、すべて良しとすることにした。

しかし、可哀そうなのはこの右小指でごじゃる。痛みに耐えてバイクのスロットルを握っていたせいか、ますます腫れが酷くなっている。うっかり何かに小指が触ろうものなら、頭の芯まで激痛が走るけど、これも我慢我慢。

さて、ブキティンギ最後の晩のディナーは、今晩もララ隊員の案内で、MARTABAK  KAKAと言うブキティンギ式お好み焼きの店にやって来た。なにやら100年近くにもなる伝統料理だそうだ。

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で、出てきたお好み焼きがコレ。ご親切にも一口サイズに切ってある。これを独特の香ばしいソースに付けて食べるのだが、これは掛け値なしに美味い。

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なので案内人のララ隊員もほら、こんな得意顔だし、お二人さんもニコニコニッコリの満足顔だ。え、シーシーちゃんは苦虫つぶしてるって?いやいやそんなことない、これがシーシーちゃんのニコニコなのだ。

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で、お好み焼き屋の後はもちろんDe kock kafeだ。我々とすっかり意気投合した例のドイツのハイテンションおばちゃん (ごめんなさい、名前がどうしても思い出せません) も合流して、ビンタンビールがどんどん並ぶ。ブキティンギ最後の飲み会は、短いながらもブキティンギの旅の思い出は尽きず、できもしない再会の約束などしながら、大いに喋りまくり、飲みまくり、楽しくもあり、ちょっぴり別れが寂しくもありの夜だった。

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以上でスマトラ島横断バイク旅 (Day6)を終わります。

(最終回、Day7 & 8に続く)



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さて今日は、スマトラバイク旅Day4とDay5、ブキティンギの東方約55kmにあるハラウ渓谷(Harau Valley)への泊りのバイク旅です。

↓これはDay4(11月20日)の朝、ハラウに向けた出発前、宿のヤングボーイにポーズをとる団塊シニアバイク軍団、と言うよりスクーター軍団、、かな。(笑)

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Day3の昨日は、バイクの距離計によると120kmぐらい走ったようだ。燃料タンクはほとんど空だ。しかし昨日はバイク旅初日にしては、しかも私としては何十年かぶりのバイク乗りで、マジ、スリリングな一日だった。でもお陰でもう慣れたし自信もついた、もう二度とちょい悪Sil-Silに、イケサンは遅いなんて文句言わせないぜ、と張り切る私です。

走り始めてしばらくすると、前を行くSil-Silがごくごく普通の田舎の雑貨屋の前で停まった。

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見るとBENSINと小さな看板に書いてある。そうか、ここがガソリン屋なのか、なるほどインドネシアではガソリンはBENSINか、と感心する私。。ちなみにマレーシアではPETROって言うけど、マレーシアでも田舎に行けばこんな風にペットボトルでガソリン売ってる店があるんだろうか?

良くここがガソリン屋だって分かったね、とSil-Silに話したら、いやなに東南アジアのこのあたりの国はどこでもみんなこうだから、、といかにも慣れた様子。ところで、このバイクの燃料タンクって何リットル入るんだろう。昨日、最初に入れたときはたしか2リットルぐらいしか入らなかったから、まあせいぜい2リットルとか3リットルとか、そんなもんか。すると、それで120km走れたということは、燃費50、60kmってとこか、ま、そんなもんかなと、これはオイラの独り言。

今日は車の往来の少ない田舎道を、Sil-Silが先頭、オイラが真ん中、黄門さまがしんがりでひた走る。あたりの景色は↓こんな風で、ああ、いいなぁ、ホント癒される。

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しかしピーターとシーシーの二人はよく道を知ってる、て言うか、前もってかなり調べてるのだろう。でも時々こうやってマップを確認したりして道を確かめる。こんな時に威力を発揮するのが、Mapsme(スマホアプリ)だ。オフラインでも事前にエリアの地図をダウンロードしておけば、あとはスマホのGPSが現在位置表示も目的地表示も、さらに案内もしてくれる。Sil-Silが自分のSamsung Galaxcyを自慢げにひけらかし、韓国の技術は凄いな、ほら電子コンパスも高度計もついてるんだぜと言う。

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でもそんな時はいつも、オイラが腕に巻いてるカシオのプロトレックの方が、そんなもんより正確だとSil-Silに言い返す。衛星情報から求めたElv(標高)なんてあてにならないし、それに電子コンパスの磁気センサーは日本からの輸入部品だろ、別に韓国技術が凄いわけじゃないよ、なんて、余計な反論したりして、、ね。

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途中の簡素なカフェで、ちょっと一休み。

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すると店にいた若い男女が、一緒に写真撮らせて欲しいとやって来た。聞けば、店の女主人の娘と息子で、カフェを手伝っているのだそうだ。

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今日も若い子たちにモテモテでご機嫌のチョイ悪Sil-Sil。

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コーヒー休憩の後は、また↓こんな田舎の一本道をひた走る。それにしても今日のバイク乗りは、昨日の初日に比べたら随分楽だ。車の往来も少ないし、思い通りにビュンビュン飛ばせる。時々Sil-Silが後ろを振り返り、お、ついて来てるな、って顔してる。へっ、どんなもんだい、オレだって慣れればこんなもんだぜ。

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そしてブキティンギ出発から約2時間後、予定通りに目的地のハラウ渓谷に着いた黄門さまご一行。ふぅーん、ここは、なにやら小さな土産物屋がぎっしり並びいかにも田舎の観光地って感じだな。

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お、右を見るとこんな↓切り立った崖から滝が落ちてる。

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滝の下はこんな↓感じ。え、こんなところで水浴びしてる人もいる.

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これ↓はネットからの拾い物画像だが、道路の向こう側から滝を左に見た図。

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相談の結果、まだ時間はたっぷりあるし、こんなところにいるより、もっと奥まで探検しようということになり、3台連ねて奥へ奥へと進むスクーター軍団。やがて切り立った渓谷を抜けると、そこはごく普通の山間地。舗装路はいつしか途絶え細い田舎道となる。おぉ、こんなところに村がある。

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なにか昔懐かしい気がする山あいの村。

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時々バイクの往来もあったりして、微笑ましいような逞しいような村の生活の匂いだ。

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道はますます細くなり、しかもだんだんぬかるんできて・・・

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人家もまばらになり・・・小川に掛かる板橋を渡りかけて、お、いいね、ついそんな呟きが口をついて出るほどの懐かしい眺め。

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どんどん奥へすすむとやがて人家も途絶え、そして完全な山道に・・・・

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↓ついに行き止まりだ。あれ、おかしいなぁ、この辺に滝があるはずなんだけどなぁと、マップと睨めっこする黄門さまだが、そのうち、右の林の奥からなにやら人声が・・・・、ん?人声だけでなくなにか動物の鳴き声のような・・・・

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なんと、道路右側の深い森の奥にはこんなキャンピング広場があったのだ。

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そこには大勢の人たちがいて、どうやらキャンプの帰り支度をしてるような・・・・
うちの一人に聞いてみたら、周辺地区から集まった青年リーダーたちのキャンピングとかサバイバル技術講習会があったのだとか。

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あの動物の鳴き声はなにかと尋ねると、チンパンジーだと言う。え、この辺りにはチンパンジーがいるのかと驚いたが、これじゃあ、夜は気味が悪くておちおち寝てられないんじゃないかと聞いたら、いや慣れれば平気だと言う。。ところで、この辺りに滝があるって聞いたんだけど、と尋ねてみたら、うん、あるよ、この山道を15分ぐらい登ったところにある。でも、途中、猿(チンパンジー?)に出会うかも知れないから気を付けてって、言われたけど、どう気を付ければいいんだ?

ピーターとSil-Silにどうする?って相談したら、い、いや、オレたちはここで待ってるから、イケサン独りで行って来て、だと・・・、な、なんと弱っちいオヤジどもだ。図体はでかいくせに、からきし意気地がないんだな。しょうがないので、こんな細くて暗い山道を独り登るひねくれ団塊。でも、内心は途中チンパンジー軍団に遭遇したらどうしようとびくびくものだったんだけどね。

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でも期待に反して、途中何物にも遭遇せず、無事に滝に到着。なんとそしたら、そこにはこんなに大勢の人たちが・・・

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水浴びしたり、洗濯したりしてる。早速声掛けしいろいろ質問しまくるひねくれ団塊

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聞けば、サバイバル講習会のリーダーたちだとか。どこから来たかと問われたので、日本だと答えたら、それはないだろ、インドネシアだろと言われ、い、いやホントに日本だってばと返したら、じゃ日本語話してみろだと。。なので、おはよう、こんにちは、こんばんは、ありがとう、って続けざまに言ったら、おぉ確かに日本語だなって。。。(笑)

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なるほどね、これがハラウ渓谷7番目の滝か。。ん、7番目ってどうやって数えるのかって?そんなの分かるわけないよ、言われたとおりに復唱しただけだよ。下で待ってた意気地のないデカオヤジどもに、どんな滝だった?って聞かれたから、いやぁ、あんな凄い滝は見たことないよ、だってチンパンジーが水浴びしたり洗濯してたぜって、教えてやったら、二人ともそれホントかって、怪訝な顔してた。(爆)

さて、次は今夜の宿へと向かうスクーター軍団。最後尾を走るピーター隊長の颯爽としたお姿はこれ↓。。

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こっち↓はちょい悪シーシーちゃん。え、なんで止まるんだ?なんだ写真撮ってるのか。。

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ほら、ピーターみたいに↓風切って颯爽と走ってみなさいよ、カッコいい写真撮ってあげるからさー。。

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でもなかなか渋いちょい悪シーシー↓、うーん、こりゃ若い時には相当もてたと言うのは本当かも知れんな。。

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今日の宿は、Abdi Homestayというハラウの宿の中ではひと際人気のバンガロウ。50mもの断崖から垂直に落ちる滝のすぐそばで、反対側は一面の田んぼなんだそう。おお、見えてきた、おー、あれが50mの滝か。。

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どうやら着いたようだけど、ここがピーター隊長イチオシの宿らしい。

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バイクを停めて、さてどこが我々のバンガロウかなぁ?すると、突然ニコニコ現れたのがこの宿のオーナー氏↓。

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オーナーの挨拶に、すぐ冗談で返すシーシーちゃん。ホント感心するけど、誰とでもすぐに打ち解けあえる真似のできないいい性格してる。おお、ここ↓が我々のバンガロウだってさ、と即、宿チェックに入る面々なのだが・・・・

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まずは1階、え?これダブルベッドじゃん。はぁ、またかよ。で、もう一個のベッドルームはどこ?おっ、ここロフトがあるんだ。

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でもロフトもダブルマットだよ。蚊帳もついてるけど。

ねぇ、どうする?今夜のベッドアロケーション?2階のロフトは誰?と、またまた相談、相談。この梯子きつそうだよ、んじゃ、いいよ、この梯子きつそうだからオレが2階に上がるよって、さも犠牲的精神発揮してみたいなこと言ったけど、内心、オレは嫌だよ、あんなダブルベッドに男と寝るなんて、絶対嫌だって思ってたんだよね。へへん、先に言ったもの勝ちってことだよ。。

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で、その他の設備はどうかな?ここがバスルームか。おぉ洋式トイレにバスタブ?じゃないんだな、これが。。貯水槽だよ、トイレも水浴びもここに貯めてある水を使うんだよ。だからもちろんコールドシャワーってことだけどね。

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で、ダイニングはどこ?ダイニングは別棟だってさ。お、あれ↓だ。

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早速ダイニング棟に出かけてみたら、なんと先客がいましたよ。聞けばオーストラリアとニュージーランドから来たという↓ヤングカップル。なにやらいろいろ話を聞くと、旅先で最近知り合ったカップルらしい。え?それで同じバンガロウ?同じベッド?なんてことは聞けないから、団塊オヤジ3人組、彼らが居なくなってからいらぬこと想像しまくって抱腹することしばし。(#^.^#)

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そういえばオレたち昼めし食ってなかったよね。軽く食べてコーヒー飲んでから、辺りを散歩しようということで、外歩きに出かけた団塊シニアの面々。お、かわいいちっちゃな滝発見。

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どれどれ、と半ズボン捲り上げて水に入る↓ちょい悪シーシー。

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宿からちょっと離れると、50mの断崖絶壁が良く見える。今夜は滝の水音と、田んぼのカエルの鳴き声聞きながら眠るのか、カップルならばロマンチックだろうが、団塊オヤジのトリオには浪漫のかけらもあるわけないし・・・

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お、田んぼの用水路で釣り↓してる。ナマズでも釣れるのか知らん、、

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田んぼの畦道歩いてたら、いきなり空が暗くなり土砂降りの雨に見舞われた。おかげで全身ずぶ濡れ。おまけに黄門さまのサンダルの鼻緒が切れて、泣きっ面にハチ。↓田んぼの畦道、裸足で歩くピーター黄門さま。

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しょうがない、サンダル買いに行こうぜと、小雨の中、店のある通りまで歩くトリオ隊。

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雑貨屋2軒あたるも、1軒は売ってない、もう1軒はあるにはあったが小さ過ぎて黄門さまの巨大な足には無理だった。やむを得ず遠くの店まで歩くオヤジ三人連れ、うち一人は裸足。すると、途中、うまそうなもの売ってる店発見。ちょっと小腹も空いたので、なにか食べていこうと立ち寄り決定。早速テキトーなインドネシア語と身振り手振りで冗談飛ばしすちょい悪シーシーとオイラ。お店の人にも通りすがりのおばさんにも受けて、受けて、、いやここでもみんな抱腹。。ヽ(´∀`)ノ

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おかげでオイラも笑いまくり、食いまくり。。

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そのうち、何処からか少年たちが寄ってきて、写真をせがまれる黄門さまとシーシー。やっぱり何処でも人気があるぜ白人は。しかし不思議と年は関係ないようだ。こっちは同一人種とみなされてるからかちっとも寄ってこない。いいんだか、悪いんだか、ちと複雑な気持ちだぜ。。

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傘もないのに小雨は止まず、濡れて冷たくて気持ち悪いし、その上一人は裸足と来てる。とても文明人とは言い難いのだが、通りを歩くと皆が声掛けしてくれるから不思議だ。しかしようやくピーターが履けるサンダルみつかって、良かった、ホッとした。

その夜は、レストラン棟でのビンタンビール付き豪華ディナー、と言っても客にメニューの選択権はなし、出されたものを食べるだけ。それでもビンタンビールがすすめば今夜もますます絶好調。さらに例のヤングカップルのスペシャル話題をつまみに盛り上がる変なオヤジたちなのだ。

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すると突然の停電で瞬時に辺りは真っ暗となったが、従業員がすぐさまローソク灯してくれた。実に手際が良い、手慣れてる、ということはこんなことがしょっちゅうあるってことだな。でもたまにはこれもいいもんだ、幻想的で実にいい。ところで今、彼ら(ヤングカップル)は何してるのかな?なんてまたまた下品な話題に抱腹する下品なオヤジ三人組なのでありました。

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それからまもなく停電は復旧し、今夜もたらふく飲んで食べた我々は、バンガロウに戻りそれぞれのベッドに横になるうち滝の水音やうるさいカエルの大合唱など、さほど気にもならずに朝まで熟睡したのだったが、これは実に健康的な旅なのだ。

明けて翌朝、Day 5(11月21日)は、ご覧のとおりの日本晴れ、いやスマトラ晴れか。実に見事な景観に口をあんぐり開けて固唾を飲むオヤジたち。

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朝めし食いにダイニング棟に行ったら、昨夜のカップルはもう出発したとのことで姿は見えず残念無念。代わりに、昨夜遅くに到着したという、なんとマレーシア、それもKLからの夫婦連れに遭遇し、もちろん共通話題は山ほどあって大いに盛り上がったことは言うまでもなし。

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↓断崖と滝をバックに写真に収まる団塊シニアトリオとマレーシアのシニアカップル。

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この後、宿を出た我々は、昨日まだ見ぬ滝を見ることに。↓これは3番目の滝。え、番号はどう数えるのかって?さっきも言ったけどそんなこと分かるわけないっしょ。ただ復唱してるだけだよ。

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ほら、今度はこんな感じの滝でっせ。

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近くに居た若者たちも寄ってきて、一緒にハイポーズ。

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↓シーシーちゃん、男の子たちにもモテモテでまたまたハイポーズ。

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バイクを置いて、きれいに整備された果樹園のような林を奥へと歩いて行くと・・・

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おお、ここ↓にもこんな滝が・・・・

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近くに寄ると↓こんな感じ・・・

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滝はもういいやと、ハラウの断崖をちょっと離れた距離から眺めたところ。あの特徴的な縦の縞々はなんだろうね、ピーター隊長!すると物知りSil-Silが傍から、イケサン、あれは花崗岩だからだよ。花崗岩ってのはマグマが出てくる過程で固まってできる岩石だからあんな層状に縞ができるものがあるんだよ。おぉ、なるほどねぇとうなづくひねくれだったが、分かったような分からないような、いや、ホントはちっとも分ってないけどね・・・それにしてもSil-Silは物知りだ、感心するよ。

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さてDay 5の今日は早めにブキティンギに戻り市内見物でもしようじゃないか、と昼前にハラウを後にした。幸い、今日は天気もいいし、爽やかで気持ちのいいバイク乗りなのだ。

途中、↓ピーター隊長先導でこんなところに立ち寄った。DEWAN PERWAKILAN RAKYAT DAELAH KABUPATEN LIMA PULUH KOTAと書いてある。つまり、この辺り50の市区の代表議会というところだろう。しかしこのミナンカバウの建築様式は遠くからもひと際目立つランドマークだ。

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おや、同じ敷地内にもう一か所同じようなミナンカバウ様式の建物↓がある。こっちは、KANTOR BUPATI LIMA PULUH KOTAと読める。なるほど周辺50の市区の本部なのだそうだ。つまりこれが地区の統合市役所で、さっきが地区統合議会ってところだろう。たぶん当たらずと 雖(いえど)も 遠からずだろう。

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うーん、あの山↓はなんだ、メラビ山か、いや地図で確認するとどうやらもっと近くのサゴ山という山のようだ。標高2271mとあったからメラビ山やシンガラン山よりちょっと低山か。しかし、どうなんだろうこんな近くに独立峰が3つもあるなんて、これって珍しいのか珍しくないのか分らんが、少なくても私にとっては心強い気がしないでもない。だって見慣れた鳥海山が3つもあるようなもんだから。。。

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時計を見るともうお昼もとっくに過ぎた午後1時。腹も減ったしランチにしようかと立ち寄った、峠の茶店ふう。ほほう、ここから眺望↓はVery Good!

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茶店のオネーさんに何か食べ物をと頼んだら、出てきたのが卵入りインスタントのカリーヌードルだったけど、ところ変われば舌も変わる。出されたものがなんでも旨いのだ。ちょっとお疲れ気味だからとバッファロー印のスタミナドリンクを飲むシーシー。黄門さまは寸時を惜しんでマップチェックを怠らず、さすが旅のリーダーだけあると、感心感心。。

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真正面に見えてきたのは、今度はメラビ山。どうもこの辺り、同じような山が3つもあって旅行者には識別が難しい。なので、え?まだあの山があそこに見える、今度はこっちに見えると、どうも体内ジャイロコンパスがこんがらがってしまうのだ。

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それでもリーダーのピーター隊長とシーシー副隊長のおかげで、予定通り、早々とブキティンギへ帰り着いた団塊シニアトリオ隊。

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宿への帰り道、例のカフェ、なんていうカフェだっけ、そうだDe Kock Cafeだ、その前を通ったら、なんとララとあのドイツのおばさんに出会った。二人とも今日も陽気だテンション高い。分かった分かった、今夜もここで飲もうぜ食べようぜ。。

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宿に着き、我々の3ベッドルームがほかの客に占領されていないかとちょっと心配だったが、そんなこともなくひと安心。しからばブキティンギの市内見物にでも行こうかと早速腰を上げるまだまだ若い団塊トリオなのだ。

宿から歩いてBENTENG FORT DE KOCKにやってきた。ここは昔、オランダ軍の要塞陣地だったところだそうだ。なに?入場料とる?いくら?え、10,000Rpだと?高い!止めたと黄門さま。えっ、なんで?たった1万ルピア(100円未満)だよ、と私。だめだめイケサン、外人だけぼったくって、同国人にはただ同然、との浅ましい気持ちが許せないのだ、とピーター隊長、変なところに意固地なのだ。でもその気持ち分かるよ、いつもマレーシアの観光施設などで腹立たしい思いしてるからね。。

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次にやってきたのが、ブキティンギの観光名物No.1、Jam Gadang、つまり大時計だ。

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これ↓が、その大時計か、なるほどね、、と感心したフリするひねくれ三人組。

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大時計の前でこんなことやるかのポーズ。まったくいい年こいてなんてこった。

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それにしても期待のメラビ山は今日も雲帽子。そうそう簡単にはてっぺんを拝ませてくれないのだ。

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ということで、今日の最後も、ここDe Kock Kafe・・・じゃなかった、あそこは食べるもの、ろくにないからその前に美味いもの食おうとまたまたララ隊員にご足労をお願いし、そしてあの陽気おばさんもご一緒で、この辺では一番美味いというスマトラ名物パダン料理を食べに行った↓のだが・・・

いやおいしいですよ、考えようによってはね。でも、、口では美味しいっていったけど、なんだこんなもん、、なんて悪態ついていたのはオイラだけだったかも知れん。

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もちろんこの後は口直しのDe Kock Kafe。ララも陽気おばさんもごちゃまぜで、さんざん飲んで、飲みまくって、喋りまくって次第に意識朦朧となる幸せな団塊シニアトリオ隊なのでありました。(Day 6に続く。。)

(筆者あとがき)コンパクトにまとめるはずが、今回もだらだらの長文になってしまい文才のなさを痛感しています。次は掲載する写真を厳選して短くまとめようと心に誓っていますのでご容赦!



スマトラ島のバイク旅シリーズの途中ですが、ここで1回だけバイク旅をお休みして、政界疑獄シリーズの記事を1稿ポストしておきたいと思います。


同シリーズの前回記事が9月13日でしたから、もう3か月もこのシリーズの記事を更新していません。なのでつい最近も読者の方から叱咤激励のメールや私の身上を心配して下さる心優しいメールを頂戴しましたが、大変ありがとうございます。


でも特に私の身上に変化があったわけでもなければ、このシリーズに興味を失ったわけでもありません。ただ単に、書くべき記事が見当たらなかっただけなのです。


しかし先日、これは広くみなさんに知っていただきたいと思う記事を、とあるオンライン・ニュースメディアで目にしましたので、今日はそれを紹介しようと思います。それはサラワクリポート(Sarawak Report)の記事です。


ご存知のようにサラワクリポートは、その独自調査により、元々はボルネオ島サラワク州の正義、透明度とより公明正大な将来の代替視点を提供しようと言うオンライン・ニュースメディアだったのですが、昨年2015年の夏に、今ではマレーシアのメガスキャンダルと言われている1MDB問題を鋭く報じ初めてまもなく、政府の通信・マルチメディア委員会(MCMC)によってブロック(遮断)されてしまいました。


その後、政権転覆を企図する危険なメディアとの判断により、創始者で主宰者のクレア女史(Clare Rewcastle Brown)にマレーシア警察から逮捕状が出たことから、女史はその本拠をロンドンに移し現在に至るもサラワクリポートはその活動を休むことなく続けています。


女史は、真実を広くマレーシア国民に知ってもらいたいと記事をフェイスブックなどのソーシャルメディアで報じたり、またMedium.comを通して報じたりしていましたが、このMedium.comの方は今年の1月にサラワクリポートのウェブサイト同様、MCMCによってまたもやブロックされてしまいました。なので今現在、サラワクリポートの記事はマレーシアの一般国民の目にはほとんど留まらなくなってしまったのです。


政府が国民には読ませたくないとしてそのアクセスをブロックしたメディアの記事を、本ブログに掲載することには大いにためらいがあるのですが、WSJ同様、記事の信ぴょう性や透明性については世界のメディア関係者の間でも定評のあるサラワクリポートです。もちろん信じる信じないは自由ですが、これはと思う記事はぜひ皆さんにも読んでもらいたいと考えポストすることにしました。


なお、アクセスブロックされた記事を如何にして読むかについては、これまでも何度か簡単に紹介しましたが、要はVPN等で海外IPアドレスを取得してアクセスすれば良いのです。これはなんらの専門的知識も必要ありません。詳細をお知りになりたい方はBlogMailへどうぞ。


また、以下の翻訳文はこれまでどおり、記事のニュアンスを出来る限り正しくお伝えするために、必要な場合は原文のワードを加除した意訳ですが、もし誤訳にお気づきの方はご遠慮なくご指摘下さい。



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Why Najib Wants A Snap Election

ナジブ首相が解散総選挙を強行したいその理由

7 December 2016 Sarawak Report


Najib sees a snap election as his best option, because the news can only get worse.

ニュースは(ナジブ首相にとって)さらに悪化するだけなので、首相は(問題解決のための)最良のオプションは抜き打ちの解散総選挙だと考えている。


Over the next few weeks and months it is going to get harder and harder to keep up his denials that he stole from the public through 1MDB.  No one in the rest of the world believes him as it is, although his denials are parroted by UMNO controlled media to the Malaysians themselves.So, what are the upcoming problems he will have to weather?

今後数週間から数か月の間、首相が公金を1MDBを通じて横領したことを否定し続けるのはますます難しくなりそうだ。マレーシア以外の世界の国の誰もが彼が言うそのままを信用はしない。いくらマレーシアの主流メディア(UMNOに完全統制されたメディア)がナジブ首相が述べている否定の言葉そのままを国民におうむ返しに報じていてもだ。さて、首相が次に切り抜けなければならない問題は何か?


It is already known in financial circles that his slush fund 1MDB has lost its case over the arbitration with Abu Dhabi, which Najib and his side-kick Arul Kanda had been ludicrously boasting they could win. Abu Dhabi was demanding $6.5 billion in settlement arising out of their agreement in June 2015 to pay 1MDB’s debts: it is expected that $3 billion has been awarded with the remainder pushed over to criminal prosecutors, so serious are the shenanigans involving Najib.

金融界では、ナジブ首相の不正資金ファンド1MDBが、アブダビ(の政府系投資会社IPIC)との(ロンドン国際仲裁裁判所における)仲裁裁定で敗訴することが明白だとして既に伝えられているが、ナジブ首相と彼の手先のアルル・カンダ1MDB会長は彼らが勝訴できると滑稽にも自慢していた。アブダビ(IPIC)は、1MDBの負債支払いに関する2015年6月の合意に基づき、65億米ドルの支払いを求めているが、そのうちの30億米ドルは既に支払われ、残りは刑事訴訟に委ねられたものと思われる。ナジブ首相が関係する悪行がいかに深刻なことかだ。


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                      IPIC Half Year Report Nov 16th 2016


The result will have to be confirmed shortly, in accordance with London Stock Exchange rules. However, today the Financial Times let the cat squarely out of the bag by reporting that sources have revealed that Najib is already negotiating for yet another bail-out from China over this debt.  So much for his promise that Malaysian taxpayers would not have to shoulder the burden of the billion dollar thefts from 1MDB:

ロンドン証券取引所規則に従って、結果(仲裁結果に基づく債務支払い)はまもなく確かめられなければならないが、 しかし、今日、ファイナンシャル・タイムズは、消息筋が明らかにしたとして、ナジブ首相はこの債務の上にさらに中国からの緊急資金援助を求め、既に(中国側と)交渉中だとリークした。(何者かによる)1MDBからの巨額の盗用の責任をこれ以上マレーシアの納税者が負う必要はないと言う首約の約束にはもうウンザリだ。:


Malaysia’s troubled state investment fund 1MDB is preparing to make a repayment, with Chinese assistance, to Abu Dhabi’s state-owned International Petroleum Investment Company, as it seeks to settle a dispute in which the Emirati fund is claiming about $6.5bn.

問題となっているマレーシアの国営投資ファンド1MDBは、アブダビの国営国際石油投資会社(IPIC)から返済を求められている(※)約65億米ドルを、中国からの支援(借金)により返済して問題を解決しようと準備を進めている。※IPICは1MDB及びその株主であるマレーシア政府・財務省をロンドンの国際調停裁判所に提訴し争訟中である。


The relationship between the two funds — once hailed as a “strategic partnership” between Abu Dhabi and Malaysia — has gone sour amid allegations that Emirati officials were involved in a plot to siphon more than $1bn from 1MDB.

かつてはアブダビ(IPIC)とマレーシア(1MDB)の「戦略的パートナーシップ」とお互いを称賛し合った2つのファンドの関係は、UAEの当局者が1MDBから10億米ドル以上を騙し取る陰謀に関与した疑惑の中でこじれてしまった。


China has been approached as a source of funds for 1MDB, according to three people with knowledge of the matter, one of whom said Malaysia would swap assets for financing…

 この問題に詳しい3名のうちの一人が語ったところによれば、中国がマレーシア(1MDB)の(返済)資金を援助すると持ち掛け、マレーシアは中国からの資金調達(借金)のためマレーシアの資産を交換する(約束をした)のだと言う。


Relations between Kuala Lumpur and Beijing have grown increasingly cordial as US investigations into the 1MDB affair have complicated Malaysia’s relationship with Washington. …

1MDBの件に関する米国側の捜査(米司法省による民事訴訟の提訴など)がマレーシアとワシントンとの関係を複雑にしていることから、クアラルンプールと北京の関係は、ますます緊密なものとなっている。


Arul Kanda, the former investment banker who is president of 1MDB, said in an email: “1MDB does not have anything further to add to previous statements in relation to the ongoing dispute with Ipic.” Mr Qubaisi’s lawyer declined to comment…

元投資銀行家であり現MDB会長のアルル・カンダ氏は、「IMDBとしては、継続しているIPICとの問題に関してこれ以上なにも説明することはない」とメールで述べ、Mr Qubaisi’s (IMDBの件でUAE当局に逮捕された)の弁護士は回答を拒否した。


Today Kanda was continuing to refuse to comment and Second Finance Minister Johari claimed he knew nothing of the China deal. This is because he is not really the Second Finance Minister, as Jho Low holds that de facto role.

現在もカンダ氏はコメントを拒否し続けており、第2財務大臣のジョハリ氏は中国との取り引きについては何も知らないと主張している。このことは、ジョハリ氏は名目上の第2財務大臣でしかなく、その実際上の役割はジョー・ロー氏Jho Low)が担っていることを示すものだ。



Souring of relations with US/ putting Malaysia in China’s debt

(マレーシアと)米国との関係をこじれさせ、マレーシアを中国の債務国に取り込む


This is what Najib is prepared to do to keep in control of the forces of law and order in Malaysia, which would otherwise arrest him.  His UMNO bubble top management are proving willing to support him, as long as they continue to get their share of the 1MDB and other loot.

これは、ナジブ首相がマレーシアの法と秩序権力の支配を維持するために準備していることで、そうしなければナジブ首相は逮捕されてしまうからだ。首相のUMNO(与党第一党)のバブルトップの上層部は1MDBやその他の不正利得の分け前にあずかることができる限り彼を支持することを表明している。


Relations with Washington will indeed get worse as the inevitable path of the 1MDB investigation follows its course, because as the prime mover behind the 1MDB scam and a major beneficiary with billions of dollars entering his accounts, Najib will be eventually indicted in the criminal stage of the DOJ’s investigation.

(マレーシアと)ワシントンとの関係は、(米国としては)見逃すことのできない1MDBに対する(米国の)捜査進展に伴い、実際に悪化するだろう。なぜなら、1MDB詐欺事件の背後に潜む首謀者、および(個人)口座に入金された数十億米ドルの受益者として、ナジブ氏は最後には米国司法省によって刑事告発されるだろうからだ。


Malaysians have deliberately not been informed about how these investigations proceed and led to think that somehow Najib has escaped indictment. However, there are standard stages in major money laundering cases like this, which is that first the proceeds of the crime are seized, in order to prevent the perpetrators being able to move their stolen wealth in advance of being found guilty.

マレーシア国民は、これらの捜査の進展状況を故意に知らされておらず、ナジブ首相は結局のところ刑事告発を免れるのだろうと思わされている。しかしながら、(米国においては)このような大規模マネー・ローンダリングの裁判などにおいては、犯罪者が有罪判決を受ける前に盗んだ資産を隠すことを防止するために、まず最初に犯罪者の収入や資産を差し押さえするケースが一般的だ。



Najib will be charged

ナジブ首相は刑事告発されるだろう


The next stage is then proceeded with at leisure and thoroughly, as the criminal indictments are carefully prepared. Senior insiders have confirmed to Sarawak Report that in any money laundering offence it is a matter of principle that all the known perpetrators are charged, whether they are themselves in the United States, whether they are US citizens or whoever they are in terms of rank.

(犯人に対する)刑事告発は慎重に用意されているので、(資産差し押さえの)次のステージは、余裕をもって徹底的に進めるられるのだ。いかなるケースのマネーロンダリングであっても、例え犯人が米国市民であろうがなかろうが、いかに高位の地位にあろうが、また米国に居ようがいまいが、知りえたすべての犯人を罪に問うのが(米国の)主義だと、米政府部内の高官はサラワクリボートに語った。


Najib was not named in the sequestration, because it was not through his name that the assets seized were held.  However, his lawyers will have warned him that the order in July plainly confirmed his key role in the conspiracy to steal money from Malaysia and then to commit the further offence of laundering it through the United States.

差し押さえのために押収する資産はナジブ氏の名前で保有されていたものではなかったため、資産押収命令書には彼の名前は記されていない。しかし、彼の弁護士たちは7月のその命令書は、(ナジブ氏が)マレーシアでの公金横領陰謀の主要な役割を果たし、米国内でさらなるマネーロンダリングの罪を犯した者として明らかに確認できると彼に警告した。


Put simply, the evidence against Najib is overwhelming and legions of bankers and collaborators are now cooperating with the FBI investigation to firm up that evidence.  He will therefore be named and a warrant of arrest will be issued and Malaysia will be requested to extradite him to the USA to face those charges.

要するに、ナジブ氏に対する証拠は圧倒的であり、今やFBIは多数の銀行や協力者たちの捜査協力を得てその証拠を確立している。 従って彼は(犯罪の容疑者として)名指しされ、逮捕状が発行され、マレーシアは米国がナジブ氏を罪に問うために彼を米国に引き渡すよう要求されるのだ。


Najib knows this, but is trading off the ignorance of Malaysians, who are being told by BN’s controlled media that since he has not been named in the asset seizure order he will not be named in the subsequent criminal charges.

ナジブ氏はこのことを知っている。なのに、自分の名前が(米国裁判所の)資産押収命令書には記されていないので、今後の刑事告発書にも名前は載らない(つまり刑事告発はない)だろうと、BN(与党連合)の統制下にある(主要)メディアを通じてマレーシア国民に知らしめている。つまりナジブ氏の引き渡しとマレーシア国民の無知はトレードオフの関係なのだ。(国民に真実を知らせると首相を米国に引き渡さざるを得なくなる。だから国民には何も知らせない方が良いのだ、と言う意)


Najib is also trying to gull ignorant Malaysians into believing that somehow ‘Trump will pull the dogs off’. This is not how the system works in the United States, which is a country where justice operates independently of politicians and follows the due process of the law. There is also a free media, which would fall upon the scandal of Trump intervening in such a case…. and why should Trump bother anyway?

ナジブ首相はまた、無知なるマレーシア国民を騙そうとして、「(自分のゴルフ仲間である米国次期大統領の)トランプ氏が犬ども(米国の捜査当局など)を追い払ってくれる」と信じさせようとしているが、 これは、司法が政治から独立しており何事も法の正当な手続きに従うという米国のシステムにあってはあり得ないことだ。また、もしトランプ氏がこのようなことに介入すれば、新大統領のそのようなスキャンダルを待ち構えているフリーメディアもあることだし・・・・トランプ氏が(リスクを冒してまで)このようなこと(ナジブ氏に対する刑事告発)を気にする必要があるだろうか?


The US DOJ has issued several warrants for politically powerful people around the world, solely on the basis of the crimes they have committed. Indeed, to fail to charge the ringleader, who personally received a billion dollars from the crime, would be deemed unacceptable if other charges were to be laid against lower players (unlike the ‘whipping boy’ system which operates in Malaysia and which has so far protected Najib from numerous local criminal matters).

これまでも米国司法省は、世界の強大な政治権力者に対し、彼らが犯した犯罪の根拠のみに基づき、いくつかの逮捕状を発行してきたが、事実、犯罪で10億米ドルもの巨額の金を個人的に受け取った首謀者本人を罪に問わず、その手下の者だけを告発するなどはとても受け入れられるものではない。(現在マレーシアで横行している犯罪の身代わりシステムのようであってはならない。それはこれまでナジブ氏の数多のローカル犯罪からナジブ氏を守り抜いてきた)



Rushed Early Election

突然の早期選挙


So, since the 1MDB investigation is still proceeding with full force over in the United States, Najib knows what’s coming.

What Najib has plainly therefore decided is to rush through another phoney election ‘win’ (with all the opposition leaders in jail) so that he and his puppet AG and IGP can refuse that extradition order when it eventually comes through.

1MDBの調査が現在米国においてフルパワーで進行中であるので、ナジブ氏は次に何が来るかを知っている。なので、ナジブ氏がすぐさまに決定したことは、急いで再度の不正選挙に勝利し、すべての野党指導者たちを投獄することだ。そして、来るべき時には彼と彼の操り人形である法務長官と警察長官が犯人引き渡しを拒否できるようにすることだ。


He plans to haughtily claim that it is an outrage and an imposition that forces of law and order in the United States should issue a warrant against a man ‘democratically elected” and beloved of his people.

彼は、米国における法と秩序の力が、民主的に選出され国民に愛されている人物(ナジブ首相のこと)に対して逮捕状を発行するなどはとんでもないことであり、それはまったくのいかさまだと強く主張する予定なのだ。


“Malaysians don’t mind being ripped off, so piss off!” is how he plans to put it to the Americans.

マレーシア人(ナジブ氏のこと)は騙されることを気にはしないが、ムカつくことはいかにしてアメリカ人たちにそれを返してやるかだ。


Meanwhile, he has shown willing to hand his country over to China lock, stock and barrel, in order to keep afloat with the billions of debts incurred through theft and to keep the backing of a protective power – so much for defending the interests of Malays.

一方、彼は中国にマレーシアの一切合切を引き渡すことの意思を示している。彼の公金盗用が引き起こした数十億米ドルの借金をやりくりをして、彼を擁護する勢力を維持するためだ。なんと、これでマレー人の利益を守るだなんてとんでもないことだ・・・


However, UMNO leaders will be happy, if well paid – they all plan to leave for Australia soon anyway or maybe the US or UK.

しかし、UMNOの指導者たちは金さえもらえば皆ハッピーなのだ。彼らはまもなくオーストラリア、いや米国や英国かも知れないが出国するのだろう。



Plunging ringgit

急落するリンギット


There is furthermore the small matter of Malaysia’s economy in all this, where the news is also set to get far worse not better, as Najib knows. The longer he waits on the election, the worse the impact of the plunging ringgit will weigh on voters.

さらにはマレーシア経済に関する全体としては小さな問題があるが、それに関するニュースは、ナジブ氏が知るより良くはなく、どんどん悪化している。彼が(解散総)選挙を長引かせれば長引かせるほど急落するリンギットが有権者に重く圧し掛かる。


At the moment Malaysia’s currency is being kept artificially aloft (despite its record low), since Najib is desperately wasting all the Central Bank’s dwindling reserves on keeping it higher than the markets dictate.  The reason is the overwhelming loss of confidence thanks to Najib’s corrupt governance and 1MDB.

現時点では、マレーシアの通貨(リンギット)は、史上最安値を記録したとは言え、まだ人為的に高く維持されている。これは、ナジブ首相が自国通貨を市場価値よりも高く維持するためにマレーシア中央銀行が保有する外貨準備のほとんどを消費したと言うことだ。(この国の通貨安をもたらしたそもそもの)原因は、ナジブ氏の汚職まみれの政権と1MDB(のスキャンダル)によって市場の信頼を徹底的に失ったからだ。


Eventually, that Central Bank money is going to run out and the ringgit will be impossible to prop forever. Analysts forecast that it is set to shoot through the 4.5 to the dollar, where it is presently hovering just short of and hit 5 to the dollar, bringing disaster to Malaysia’s economy.

最終的には、マレーシア中央銀行の外貨準備は使い尽くされ、中央銀行が今後リンギットを支えることは永久に出来なくなる。アナリストたちは、対米ドルで既に4.5リンギットを突破し、現時点ではわずかに浮上しているが、まもなく米ドルに対して5リンギットを打ち、(このままでは)マレーシア経済に大災害をもたらすと予測している。


Najib would rather have the election out of the way before he has to argue that one too.

ナジブ首相は、このことを議論せざるを得なくなる前に、解散総選挙に打って出るのだろう。



“Good Muslim”

穏健派ムスリム


Najib’s key strategy for ‘winning’ his snap election has been to throw himself at PAS, a party he once touted as ‘extremist’ to Western allies.

ナジブ氏の解散総選挙に勝つための主要な戦略は、かつては西側の同盟国に過激派政党として宣伝したPAS(全マレーシア・イスラム党)に身を投じることだった。


For years Najib criticised the PR alliance forged by the now imprisoned Anwar as being a dangerous threat to stability because of the ‘extremists’ within PAS. However, now that he sees it as being to his political advantage he has not hesitated to split PAS and to himself ally with the ultra-conservative, ‘extremist’ wing of that party, leaving the moderate Muslims to reform as Amanah and rejoin the opposition.

何年もの間、ナジブ氏は今は獄中にいるアンワル氏が創設したPR同盟(人民同盟)を、PAS(全マレーシア・イスラム党)の過激派の存在は国の安定を脅かす危険な存在として非難してきたが、しかし、政治的に利があると判断した今、従来のPASを分裂させ、党の超保守的な過激派陣営を躊躇なくBN(与党連合)に取り込み、結果としてPASの穏健派はPASから分裂し、AMANAR(Party Amanar Negara: 国民信義党)として野党連合に再参加することとなった。


To court the key leadership of this extremist remaining rump of PAS, Najib has dragged UMNO into its Sharia law agenda and has now even adopted what were till only recently considered divisive, backward and extremist ideas by UMNO, into the party’s own agenda.

ナジブ氏は、BNに取り込んだPASの過激指導層の機嫌をとるため、UMNOをイスラム法問題に引きずり込み、今では分裂的、逆説的、過激主義的な考え方が党(UMNO)の議題にまでなっている。


This is not because Najib believes it is a good idea to start whipping women in the streets, but because he wants to break up the opposition vote and if whipping women in the streets is what its takes, then whip them he will.

これはナジブ氏が、路上で女性を鞭打ちすること(※)が良いことだと考えているわけではなく、選挙における野党票を獲得したいがためだ。※シャリアー(イスラム法)における婚外性交罪に対する処罰法


The UMNO bubble around the leadership will support Najib in this, if he continues to pay them with the money stolen from the people via 1MDB.  And Najib is now using his control over the weekly sermons produced for each and every mosque by Jakim and his control of media to try and convince bewildered members of PAS that it is OK to support a sinner (Najib) in return for this ‘prize’ of introducing Sharia law.

ナジブ氏の周りのバブル指導者たち(※)は、彼が1MDBを通じて盗んだ金の分け前を継続的に彼らに支払うならば、彼らはナジブ氏を支持するだろう。そして、ナジブ氏は今や、すべてのモスクでの毎週の説法に対してもJakim(Department of Islamic Development Malaysia)や統制下にあるメディアを駆使してそれを監視・制御し、戸惑うPASのメンバーをして、イスラム法の導入のためならば、犯罪人(ナジブ氏)を支援することも止むを得ないと確信させるに至っている。※ナジブ氏の分け前でバブルのように膨らんだ政治家や政府高官たちのこと


This cynicism reached a crescendo at the weekend as Najib headed a street march to protest at the treatment of Rohingyas – having rounded up other pro-democracy protesters just the week before and labelling them terrorists. Najib wanted to show he was a good Muslim for supporting this persecuted minority from Burma…. and yet it was he who commanded that their boat people be driven back out to sea last year, where they died beneath the waves.

ナジブ氏が先週末、ロヒンギャ(※)への対応に抗議する街頭デモに加わった時、彼に対する冷笑は最高潮に達したが、これはその1週間前に民主化デモが行われ、それをテロリストとラベリングしたからだ。ナジブ氏は、ビルマ(現ミャンマー)から迫害された少数民族を支援する良い(穏健派)イスラム教徒だと言うことを内外に示したかった。しかし昨年、ボートピープルの上陸を認めず船を引き返えさせ、人々は波にさらわれ死亡したが、それを命じたのは実はナジブ氏だったのだ。※ビルマ(ミャンマー)から迫害された少数民族


Burma has formally protested that his behaviour has made their problems worse not better. He should live with those many lives on his conscience and not seek to fake Brownie points by pretending to champion and care for these refugees he in practice turned away – purely to pave the ground for an election.

ビルマ(ミャンマー)は、ナジブ氏の行動が問題を悪化させていると正式に抗議したが、彼は多くの人生を自分の良心に基づき生きるべきだ。チャンピオンを気取って偽わりのブラウニー・ポイント(※)を稼いだり、彼が引き返しを命じた難民を思うふりをするべきでない。それは、単に選挙の地ならしのためなのだから・・・※評価の元になる得点のこと。元々はガールスカウトの年少団員が善い行いをしたときに貰えるポイント。



Stop the opposition organising and exploit Hadi’s role in PAS

野党の組織化をストップさせ、ハディのPASにおける役割を利用する


Najib’s final reason for trying to rush through this election is to act before the realigned opposition can organise themselves and while he still has control of the ailing Hadi, who presently heads up a very troubled following at PAS.

ナジブがこの選挙を急ぐ最終的な理由は、再編した野党が組織化する前に行動することであり、現在PASで非常に厄介なグループ(過激グループ)の上に立つ病んだハディを氏(※)をコントロールできているうちに行動することなのだ。※PASの党首


He made a typical intervention at the coronation of the new Agong today, by forcing through the removal of his predecessor Mahathir from the ceremony.  Thus protocol has been swept aside and criticism has been outlawed: Najib is on the wrong side of the law, so he relies on such shows of force.

彼は新国王の戴冠式において、マハティール元首相を儀式から排除するという、典型的な介入を行った。典礼は脇に押しやられ、このことに対する非難は禁止された。ナジブ氏は法の向こう側にいる。だから彼はこのような力の誇示に頼るのだ。


If Malaysians do elect Najib therefore, they should know what they will get: a rogue leader, at odds with neighbours like Burma and Singapore; who is wanted for crimes in the USA; who has had his political opponents jailed; who has placed the economy in tatters; who has lined up China, now waiting to move in and who is all the while reliant on Sharia extremists, who will be next campaigning to beef up further on ‘moral punishments’ (Najib excluded) and force conversions on all and sundry.

(今次総選挙で)もしマレーシア国民がナジブ氏を選択しようとするなら、彼らはその結果として得られるものを知るべきだ。それは、、ビルマ(ミャンマー)やシンガポールなどの隣国と協調しない無法者のリーダー、米国から犯罪人として引き渡しを求められるリーダー、政敵をことごとく逮捕し投獄するリーダー、マレーシア経済をボロボロにするリーダー、今やマレーシアへの進出を待ち構える中国とともに並ぶ(仲間になる)リーダー、終始イスラムの過激グループに頼るリーダー、そして次のキャンペーンで道徳的罰を受けるものは誰なのか(ナジブ氏本人を除き)、ありとあらゆる人間に誤った力をふるうのだ。


It’s not the Malaysia of yesteryear, but it is the future under Najib.

これは昨年のマレーシアの出来事ではなく、ナジブ首相の下でのマレーシアの未来である。




以上、サラワクリポート12月7日付、関係記事の全文翻訳(意訳)版でしたがいかがでしたでしょうか。もちろん私には記事の真偽を確認する手立てはありませんが、政府が国民に読ませたくないとしてもう1年半もアクセスをブロックしているオンラインメディアの記事だけに余計真実味があると考えるのは穿った見方でしょうか。


さらに、今月(12月)初旬のUMNO(与党第一党)の年次総会の中で、ザヒド副首相が、政権転覆を企図する危険な団体を捜査する特別捜査チームを設置すると発表。その捜査対象として、NGO Suaram(人権団体)、Electoral reform group Bersih(選挙制度改革運動団体:通称ブルシ/イエローシャツ)、The Bar Council(マレーシア弁護士団体)、Malaysiakini(オンラインメディア)及びSarawak Report(同)の5団体を指定したそうです。同副首相によればこの5団体は外国勢力からの資金援助を受けた非暴力的革命組織の疑いがあり、証拠が見つかれば断固たる措置をとるとのことです。


まったく、マレーシアの民主主義は一体どこに行ったと言いたくなりますよね。現政権に異を唱え、政権交代を求めんとする平和的な組織・団体がなんと政府転覆を企図する非暴力的革命組織ですって。。呆れてものが言えないとはこのことですよ。


(現在、本ブログの文字が小さすぎて団塊世代には読みにくいと言うご指摘もいただいており、試行錯誤中です。今回ブログはその試しの文字記載でしたが、いかがでしょうか。しかし、この文字の大きさにすると、今度はブログ全体のレイアウトも変更したくなってきて、その場合は別URLにて立ち上げるべきか、と悩んでいます。どなたか、ご助言をいただけたら幸甚です)


ではまた。。(次はまたスマトラのバイク旅に戻ります)





団塊シニアのスマトラ島横断バイク旅、今日はDay3(3日目)です。


↓これは西スマトラ州にある高原の町、ブキティンギの安宿(Bukittinggi Holiday Home)での朝食です。なるほどBreakfast includedとはこう言うことだったのですね。今回の旅でこの安宿には都合3泊もしたのですが、毎朝これ(インドネシア版ナシゴレン)でした。


毎朝、この朝食を届けてくれる宿従業員のヤングボーイに聞いたら、どこかその辺の屋台で買ってくるのだそうです。でも、これしかないと思えばなんでも美味しく食べられる。特にこの朝めしは玉子とレタスとエビクラッカーとほんのり塩味が聞いたナシゴレンが絶妙で、土産に持ち帰ろうか・・・・とは思わなかったけど、まあ十分でしたね。


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さて、この朝、この宿のスィートルームとも言うべき3ベッドルームに滞在していたファミリーが朝早く出立したので、宿のオーナーから向こうに移っても良いと言われて、早速荷物をもって移動してきた我々ですが、おお、なるほどここは良い。見て下さいよ、このリビングルームの広いこと。これじゃあ、夕べ泊まったところとは雲泥の差だぜ。

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ピーターがブッキングコムで見た写真のとおりだとはしゃいでる。なるほど↓こんなルームが3つもあってベッドアロケーションで悩む必要もない。こりゃ快適そうだ。
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おお、キッチンもこんなに広い。え?きれいじゃないって?なんのなんの、これで十分、これで文句言ったらこんな宿には泊まれない。
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わお、ホットシャワーも付いてる。夕べのシャワーはコールドだったからなぁ。さすがに冷たくて思わずブルったよ。


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トイレも洋式だしね。でもこの水洗は水道が繋がってないから、隣の水槽(浴槽ではない)から柄杓で汲んで流すんだけどね。
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どうだ、良いだろう、これがオレがブッキングした3ベッドルームだよ、とドヤ顔のピーターとそうだそうだと頷く他の二人。
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昨晩バイク屋に頼んでおいたレンタルバイクが宿に届き、早速バイク旅に出陣するひねくれトリオ隊。
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昨晩現地採用したララ女性隊員およびその彼氏風と約束どおり、De Kock Cafeにて合流し・・・・
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今日のバイク旅の打ち合わせをするトリオ隊。打ち合わせの結果ララ隊員の案内で当初の予定にはなかったPacu Jawi(Mud Cow Racing)なるものを見に行くことになった。。聞けば、ここから50kmほど南にあるバツサンカ(Batusangkar)と言うところでメラビ山(Gn. Marapi)の向こう側の麓らしい。
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それにしても女性隊員ララちゃん、やけに親切だ。こんなムサイおやじたちに1日付き合ってくれると言う。ピーターとシーシーに、ララちゃんに謝礼でも払わなくちゃいけないのじゃないか、などと相談したひねくれだったが、なぁに昼メシでも奢ればそれでいいさ、とあまり意に介さない様子の二人。。 


と言うわけで、臨時雇いのララ隊員を先頭に快調にバイクを飛ばすトリオ隊。かく言う私はバイクなぞ、何十年ぶりだろう?しかも生まれてこの方、原付バイクしか乗ったことがないこのひねくれが、今、110ccだか120ccだかの小っちゃいけれど結構スピードの出るバイクでいっちょ前に飛ばしてる。(最初こそちょっとビビっていましたが、根がこんなことが人一倍好きなだけに、すぐに慣れました)
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町を出るといかにも長閑な田園地帯の田舎道。今日はバイク旅の初日。だが天気は次第に下り坂のようで、進行方向右側に見える筈のシンガラン山も雲に隠れてよく見えず。ところでこのシンガラン山、活火山で標高は2877mと言うから鳥海山よりもちと高い。ちなみにブキティンギの南側にはこの山と、これより少し高いもうひとつの火山メラビ山と言う山が二つ並んで座しているがどちらも鳥海山と同じ独立峰だ。山麓の田園風景は我が故郷庄内と似てなにか懐かしい。
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晴れていれば↓こんな風に見えたハズのシンガラン山。(ネットからの借り物画像です)  
 Singgalang (@udafanz)a 
途中でカメラストップ。後ろに見える建物は、とんがり屋根が特徴の、この地方独特のミナンカバウ(Minankabau)様式のなんとかいう昔のお偉いさんの家だそう。(註: Minankabauとはここ西スマトラの高原地帯に住む民族集団のことを言い、女系家族で有名)
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私の前でポーズをとるララ隊員↑、だけどこの後、実は彼女から寝耳に水のこんな↓申し出が・・・・

「みなさん、心優しいトリオ隊のオジサマたち、ここで突然ですが、、、、、今日のワタシのガイド料は一人○○〇〇〇〇〇Rpです。ワタシにも生活がありますしぃ、遊んでられないってことなんでーす。だから、お・ね・が・い・しまーす。」  

え、なに?ララちゃんがガイド料払ってくれって?そっか、そうだよなぁ、女の子にタダでいろいろ案内してもらえると思ったオレたちが甘かったんだよ・・・・・(# ゚Д゚)  

黄門様ご一行、角突き合わせてまたもや相談、相談。。いや、どうも薄々感じていたんだが、彼女はプロのガイドだぜ。あそこ(De Kock Cafe)でいつも客待ちしてんじゃないの?とこの私。。うーん、でも、なかなかいい子だし、ここはララちゃんのいう通りにしようじゃないか、オレたち太っ腹ってとこ見せようぜ、とシーシーちゃん。えっ、太っ腹はSisiちゃんだけじゃないの?とはオイラの独り言だったけど、最後は隊長ピーターのOK、GO!の大英断で決まりなのだ。( ´艸`) 

しかしこのララ隊員、そうと決まったらますます愛想も良くなって、なんでもよく知っていて弁舌爽やか、さすがプロのガイドだわい。

↓ここはこの界隈では超人気だと言うビカ・タラゴ屋さん。ビカ・タラゴとはパンケーキのようなローカル菓子でバナナ味とシナモン味の2種類だそうな。
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店内には大きな土窯があり、目の前で焼いてくれるのだ。
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ますますララ隊員と意気投合し、快調に冗談飛ばすSisiちゃん。
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これはシナモン味のビカ・タラゴ。うん、なかなか美味ですわい。
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店の前に停めたレンタルバイクたち。私のマシンは一番右の可愛いホンダ製。ところでインドネシアでは、バイクのことはみなホンダと言うらしい。初めて聞いたがなるほどなと思う。
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 ↓Rumah Tenun Pusako Pandai Sikekと言うなんとも美しい建物の前でカメラストップ。
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なかなか絵になる佇まいだこと。
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Rumah Tenunとは織物の展示館のようで正面外壁にはきれいな織物が装飾されている。
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ところがこの後、懸念していた雨がとうとう降り出し、慌てて雨合羽を羽織る面々。
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雨が次第に強くなって、途中どこかの軒先でしばし雨宿り。
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ようやく雨も止み青空が見えてきた。これ↓は途中のSurau nagari lubuk baukと言うモスクの前で、Sisiちゃんとのワンショット。
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おっと、もう午後1時半だけど、本日メインのPacu Jawi(Mud Cow Racing)が午後3時半までなんだそう。先頭のララちゃん飛ばすこと、飛ばすこと。山麓に点在するたくさんの村落のうねうねした狭い道を、右に左に縦横無尽に突き抜けてひた走る。私なぞ着いていくのが精いっぱいで周りの景色など眺める余裕もなしだった。

そして・・やっと着いたメラビ山麓のPacu Jawi アリーナ、、と言うか、単に田舎の泥田だそうだけど。。雑木林を歩いて下りると・・・・・・・
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なにやら賑やかな音楽や人々のどよめきなどが聞こえてきて・・・・
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おお、見えてきた、見えてきた。あれが泥田のアリーナだ。
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時は午後2時半過ぎで、すでにレースは渦中の模様。

 
Pacu Jawiとは、収穫後の泥だらけの田圃で行われる家畜の牛のレースのこと。Pacuはミナンカバウ語でスピードレース、Jawiは牛を意味している。ただ、このレース、競馬などとは異なり、牛を競わせ順位をつけるものではない。2匹の牛が竹製の鋤に乗った騎手に御されて田圃を疾走するが、最後まで真っすぐ突き進むことができる牛のペアが最良とされ、売買の際の評価が上がる。観衆は金を賭けたりはせず単に楽しむだけとのこと。このレースはこの地方で数百年前から続けられている伝統的行事で、踊りや伝統楽器の演奏もあり、最近では内外の観光客に人気がある。
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Pacu Jawiの様子を動画↓に撮っていますので、とりあえず御覧あれ。
 

  
アリーナには食べ物屋台や飲み物屋台も出ていて、こりゃまるで田舎のお祭りですな。
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シーシーとピーターの行くところ、すぐに女子供が寄ってくる。背が高くて目立つのと、白人が珍しいのだろう。至る所で子供やヤングガールたちに囲まれる。もちろん気を良くした二人はご機嫌ニッコニコ、いや平和な光景ですなぁ。
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しかし、このひねくれ団塊のことは、同国人と思われたらしく、誰一人も気に留めてくれない。既に何度もインドネシア人だろうと言われた。いや違う、日本人だと言うと、じゃあ日本語は話せるかなどと言われる始末。以前から現地に溶け込むを望んできた私だが、こうまで言われるとなにか寂しいものがあるような。。
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さて、ひととおりPacu Jawiを見た一行は、今度はパガルユンパレスと言う名の、この地方(ミナンカバウ)の王宮博物館に立ち寄った。
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雨はすっかり上がりすがすがしい青空が見えている。それにしてもミナンカバウの建築様式は特徴的だ。
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どこぞのケバイおばはんたちに誘われて、ハニカミながら写真に納まる我が黄門様。
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王宮の中は、専属のガイドさんに懇切丁寧に案内していただいた。
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来館者名簿に記帳してくれと言われて、名前と国籍を記したら、係の女性に、えっ、日本の方ですかと驚かれ、写真撮影をせがまれた。いやぁ、こう言うのって悪い気はせんもんですなぁ。。


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おや、ララ隊員がどこぞのおばさんと親しそうに話してる。

会話はドイツ語のようだからピーターもシーシーも黙っちゃいない。途端にオイラを除くこの四人、矢継ぎ早やのドイツ語トークで盛り上がり、お陰でオイラは置いてけぼりだ。聞けば当地にドイツから一人で遊びに来たというお方だそうな。ララちゃんとはやはり例のバーで知り合いツアーの約束してるらしい。


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このドイツおばさんのステイもブキティンギだそうで、そりゃぁ都合がよい、帰ったら一緒にメシ食ったり飲んだりしようじゃないか、と、ちょい悪オヤジたちがちょっかい出したら、なんと、はいヨロコンデとの返事。。。いやどこにもいるもんですなぁ、ノリノリおばさんが。。


ブキティンギへの帰り道、お茶して行きましょう、と案内されたのがここ。


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なにかの葉っぱを煮詰めた汁で健康に良いお茶とのことだ。漢方系の葉っぱだろうと思うが仄かに甘い香りでしたなぁ。


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無料なので何杯でもご自由にどうぞ、とはララ隊員の弁。それに加えて我が黄門様は、土産物売り場から貰ってきた試食用のローカル菓子をちゃっかりと茶菓子にするところなぞ流石と言わざるを得ませんなあ。

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雲の切れ間から仰ぎ見るメラビ山の夕景はなにか幻想的で神々しいのだ。


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それは良かったのだが、宿のあるブキティンギまではメラビ山を反時計回りに回りこんでまだ40kmもある。雨もまた降りだして、暗くてよく見えない濡れた夜の山間道路を無茶飛ばして走るバイク旅は半端じゃなく恐ろしい。

雨脚も強くなり前方視界がますます悪くなる中、右に左に急カーブする上に、上り下りの坂道が連続するものだから、前を走るちょい悪シーシーを見失うこともしばしばで、追いつこうとスロットル全開で必死に喰らい付くひねくれ団塊。。いや、今日が初日のバイク旅と言うに、こんな必死のバイク乗りで果たしていいのだろうか、こんな地の果てスマトラで、まだ死にたくないよ、慌てるな、慌てるなと、何度も何度もわが身に言い聞かせながら、ホウホウの体で帰り着いたこのひねくれ団塊なのだが、その後の夕メシ時にちょい悪シーシーが、イケサンもっと早く走れないの、だと?

なにぃ、、オレは今日、何十年かぶりにバイク乗ったんだぞ、まだ慣れてないんだよ、もっとこっちを気遣えよ、ったくぅと罵るひねくれ団塊。まぁまぁまぁと仲裁に入る黄門様、、明日はもっとゆっくり走ろうやとなだめてくれて、お陰でなんとか気を取り直したが、最後は小荒れのDay3だったかも。。

でも、明日は泊りのバイク旅、天気が良いといいけど・・・・と今日もビンタンビールをたらふく飲んで騒いで、帰って寝たトリオ隊なのでした。

(Day4&5に続く)




(Day1からの続き)

これ↓は、2日目の朝、ホテルの部屋から見たペカンバルの町です。よく見たら結構大きな町で、後で調べてみるとそれもその筈、リアウ州の州都でなんと100万都市なんだそう。(すみません、今回の旅もリーダーのピーターにオンブにダッコ。ろくに事前勉強もしないで参加しています)

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朝から快調に冗談飛ばすちょい悪オヤジのシーシーです。

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それで、朝めしはコレ、だけ?なんか、前宣伝とはちょっと違うんじゃないか?確かピーターの話だと、Good breakfastの筈だったんだけどね。でも、昨日のフェリーボートのランチよりはマシだし、考えようによっては減量にいいGood breakfastだもんな。。

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ちょい悪シーシーやこのひねくれ団塊のくだらんジョーダンに仕方なく付き合い、作り笑いするホテル食堂受付に居たスマトラ美人の娘御(推定)たち。。お、ピーターのいうことはホントだったよ。ほら、後ろにHAVE A GOOD BREAKFASTって書いてある。

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さて旅も2日目(Day2)となり、今日は西スマトラの高原の町ブキティンギに移動するだけ。ピーターの説明によると、長距離バスが発着するバスターミナルが町外れにあるらしい。ここからタクシーで移動するとのこと。

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天気は昨日とは打って変わってどんよりした曇り空。今にも雨が降り出しそうだけど、今日はバスから下りて歩くようなところもないし、バスの中でゆったりと寝て行けばいいやと、今日も気楽で呑気なオヤジ連。。。

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町並みは何の変哲もなく、カメラを構える意欲もなかったのだが、運転手の、さぁ着いたよ、ここがバスターミナルだ、という声に一同????

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なにやら特徴的な門を潜ると、そこはいやにガランとして人気のない、まるでゴーストタウンのような古いターミナルだ。何処にバスが?どこに待合客が??一同ぽかんとしていると、突然どこから現れたのか、胡散臭い男たちの一団が近づいてきて、何処に行く?ブキティンギ?オレの車に乗れ!こっち来い!と、どの男も同じことを声高に叫びながらこっちの腕を掴み四方に引っ張ろうとする。

な、なんだ、こいつらは。ま、待てよ。オレたちはブキティンギに向かう乗り合いの大型バスを探してるんだ、バスはどこだ?ピーターが叫ぶも、皆、英語を解せず、意味がさっぱり通じない。彼らのインドネシア語は兄弟言語のマレー語をある程度は話せる私やシーシーにも難解でほとんど会話にならないのだ。

そのうち、これもどこからか現れた英語が解ると言う老人が通訳し始めたのだが、そんなバスは1日待ってもここには来ない。じゃ何処ならバスが来るのだ?それはここだ、と堂々巡り、訳の分らぬ押し問答。

待合客などどこにも居ないガランとした古ぼけた建物の一隅でそんな押し問答を続けていたら、今度はなにやら警備員のような制服姿の男が現れ、ブキティンギまで行くバス会社を紹介すると言う。そしてオレがそのバス会社の人間だというこれも胡散臭い男が前に出て、うちのバスに乗れ。60万Rpだと言う。

ちょっと待て、バスってどんなバスだ?乗り合いか?怪しげな英語を操るその男曰く、心配するなちゃんとしたバスだ。7人乗りだ。なに?7人乗りだと?そうだ、7人乗りのバスに客3人だ。

うーん、我々のイメージするバスとは違うようだが、客は我々3人しかいないようだし、、、と、またまたこそこそ相談する我々トリオ。それに60万なら昨日と比べても高くない、よしこれで行こうと隊長ピーターの決断は早い。

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さて、そういうことでその男に金を払い、20分ぐらいでバスが来るからここで待てと言われて待つこと1時間余。。おい、いったいどうしたんだ。車はいつ来るのだとの我々の詰問に、男は何度も何度もあと10分で来るとか、あと5分だとか、そこまで来ているがバスがガス欠した。あと3分待てとか、おいおい大丈夫なのかこの男。。

さらに待つこと数十分、一行の怒りも頂点に達した頃をまるで計ったかのように小さなバン現る。おお、ようやく来たか、ま、来たならコレで良しとしようと一同このバスならぬ小型のバンに乗り込み、一路ブキティンギへGO!だった筈が、しばらく町中を走った後、あれ?ここ、さっきと同じところじゃないの?

おいおい、これはどういうことだ運転手くん、と尋ねるも、言葉が分らんのか、聞こえない振りしてるのか、そのうち、とある道端に急停車。ドアを勢い良く開けて、エンジン回したままドライバー立ち去るの図。あっけに取られていたら、今度は別のドライバー物も言わずに乗り込んできて急発進。

これはいったいどういうことなんだ?運転手に何度も尋ねるも一切ダンマリのまま。一同やや不安を感じ、さらに強い口調で説明しろと怒鳴ると。またもや、どこかの道端に急停車。そして別の男が乗り込むの繰り返し。この間、計5人も運転手が変わり、最後に客のような男一人、無理やり後席に乗り込んで来てやや唖然としたのだが、聞けばやはりブキティンギに向かう客だと言う。そうか、これでいよいよブキティンギに向かうのか。

車内の我々三人、ことの顛末を整理し目下の状況を判断してみたが、どうやら町中をグルグル廻りながら、今まで乗り合いの客探しをしていたようだ。ようやく客が一人見つかって、いよいよ出発のようだから、OK、我々もこれで良いことにしようじゃないか。どうせ今日は時間がたっぷりあるし、急がない旅だからとはリーダー・ピーターの弁。

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ペカンバルからブキティンギまでは約230km、道路もよく整備されているようだから、昨日とほぼ同じ5、6時間の車旅だろう。ただこの車、最初は我々3人で貸し切りだった筈が、どう言うわけか、さらに一人増えて4人となった。さらに途中、この車はエアコンが壊れているからと窓を開けさせたりしたが、実はエアコンは壊れてはいなかった、ガソリンがほとんど空だったので補給するまで燃料を節約していたのだ。挙句の果てにこれからガソリン補給するから金払ってくれないかと言われたりで、もちろん運賃は支払い済みだとしてビタ一文たりとも払いはしなかったが、なんともケチ臭い怪しいバス会社でしたなぁ。

ところで、バスって言うと観光バスや長距離バス、それに路線バスをイメージしがちだが、この他にもミニバスというのがあって、大体10から30人程度の大型のバンや小型のバスのことを言う筈だ。どうもこの辺の認識に差があるらしいのだが、この地方の男たちが言うバスとは普通乗用車サイズの小さなバンも指すらしい。最大6人乗り(どう見ても7人乗りではない)の小型のバンに大男2人を含む4人の客と荷物を載せるとそれだけで窮屈なのだ。

ピーターによると、↓このあたりで赤道を越える筈だと言う。でもそんな標示はどこにも見えず、ドライバーに聞いても、同乗の客に聞いても知らないという。

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よし、あそこ↓で聞いてみよう。なおピーターが事前にマップで調べた結果、確かにこの辺りを赤道が通っているそうな。

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この近くにKatulistiwa(赤道)が通ってるでしょ?と尋ねてみたら、いやここじゃないよ。もっとずっと北でしょ、メダンの近くじゃないの?、と明らかにいい加減なことを答える土産物屋の女たち。

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こっちの娘御と妙齢のご婦人も、同じような返事でさっぱり役には立たないが、それでもなかなかの美形ぞろいで飛び切り愛想が良いから許すとしよう。

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お、これ、ミカンだよ。へぇ、ミカン栽培してるんだこの辺りで?と言いながら数個買って口に含んでみたが、あまり甘くない、酸っぱくもない、なにか頼りのない味のミカンでしたなぁ。おいおい娘さん、そんな顔隠さなくても良いじゃん、ほかに誰も見ていないんだしさ。。

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道路は主要幹線道路だからだろうが、想像していたより立派。で、道路沿いの家並みは大体↓こんなもんで、なにかとても懐かしい気がするが、現代の日本でも探せばこんな家並みがまだあるかも知れんな、などと、これは私の独り言。

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でもこの辺りどこの家の前や脇にも骨傘を逆さにしたような大きな衛星テレビアンテナがあるね。

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峠越えの途中の茶店でちょっと休憩。お、ニワトリが地面の餌をついばんでるぜ。昔、生まれ育った田舎でよく見た光景だけどね。そういえばマレーシアでもよく見るよなぁ。。

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おほっ、素朴でいいね、茶店の土間だよ、これ。

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峠の茶店で記念のショット。大型の二人の間に挟まれるとどうも気後れするんだけどね。

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少し天気も良くなって、峠の茶店からの展望はこんな感じ。どう?なかなかのもんでしょう。

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え?この道路右に居並ぶ屋台群は一体何だろう??

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どうやら渓谷に架かる橋のようだな。

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橋の上から下を覗き込むと、おぉすごい。眩暈がするほど高い。

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だけど、この橋あまりに大きすぎて全体の構造がどうなっているのかがさっぱり分からない。

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グルグルと下に下りてから上を見上げるとこんな感じ。でも結局全体像が分からない、

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しょうがないので後でグーぐって調べた結果が↓コレ。借り物画像だがこれだと全体像がよく分かる。奥がペカンバル方向。われわれは奥から手前に向かって走って来たのだ。

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ネット情報によると、リアウ州と西スマトラ州を結ぶ道路上、パヤクンブの町から東25kmの渓谷に架かる橋とのこと。通称Kelok 9(9曲がり)と言い、今ではこの地方の重要な観光資源でもあるそうな。

さて、橋でしばしカメラストップをした後、一行を乗せた小型のバンは、一路ブキティンギへ今度は西へ西へと走る。時計を見ると既に3時過ぎ、隣のドライバーに尋ねるともうあと少しだと言う。この頃になるとこの運転手くん、かなり打ち解けて来て、彼のインドネシア語とこのひねくれのマレー語が大分通じるようになる。

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すると、突然車は道路端のとあるドライブインでストップ。運転手くんと他の客一人、何も言わずに車を下りたが、どうやら食事をしに行ったようだ。そう言えば、昼飯食べてなかったよ、オレたちもね。でも、そんなに腹減ってもいないし、食事はブキティンギについてからにしようと言うことになり、まぁでも、土産物でも覗いてみるか。。

ハローと声を掛けると、ニコニコにっこりなんとも陽気なガールたち。カメラを構えたらほらこんなポーズ。

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すかさず、一緒に撮ってもいいかと尋ねると、近くに居たガールも呼び寄せこのポーズ。

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それを見た我がちょい悪オヤジたち、悪乗りしてここまでやるかのこのポーズ。(笑)

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それにしても摩訶不思議なのは赤道(緯度ゼロ度ライン)のこと。前の土産物屋の女たちの言うことが信じられずここでもいろいろ尋ねてみたが、皆、異口同音の答え(もっとずっとずっと北だ)とはどういうことか。これも後で調べてみて分かったことだが、インドネシアには正規の赤道モニュメントが二つあって、一つはカリマンタン島、そしてもう一つは確かにここ西スマトラにあるのだそう。

西スマトラ州のPangkalan Koto Baruの Koto Alamに、なんとその名をSakido mura(赤道村)と言う村があるそうな。そこには確かにインドネシアで二つ目の赤道モニュメントがあって、おまけにオランダ軍を追い出した当時の日本軍が、そのモニュメントを日本の国旗の色に塗り替えたと言うエピソードまである。

↓これがそのモニュメントなのだそうですが、日本国旗と言うより、ポケモンゴーそっくりで笑っちゃう。

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(ネットからの借り物画像です)

まさか当時(1941-2年頃)の日本軍が現代のポケモンゴーなど知る由がないのだから、これはまったくの偶然なのだろうけどね・・

しかし、これで分かった。やっぱりピーターは正しかった、この道路で間違いない。道路わきに設置してあるというそのモニュメントを見逃したのは残念だったが、赤道を我々は今さっき確かに通過してきたのだ。

でもこのことを地元の人たちが知らないと言うのは摩訶不思議というより謎だ。まさかこの女たちはEquaterやKhatlistiwaのワードの意味を知らないなんてことはないだろうが、ひょっとしてそんなことにはまったく興味がないのかも知れないな。。

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結局何も買わずにローカル菓子の試食と女の子からかっただけのトリオ隊は、食事から帰ってきた他の二人と合流し、再びブキティンギへと車は走る。車窓をぼんやり眺めているとこんな田んぼのグリーンが心地良くて、ついうとうととしてしまうのだ。

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車窓をぼんやりと眺めていると、次第に人家が増えてきて・・・・

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大分町らしくなってきた。

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おお、どうやらブキティンギの町に到着したようだ。

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その後、同乗の客一人をどこかで下した運転手くん、ピーターが書いた所番地や宿名を頼りに町をグルグル走り回り、聞き回り、ようやく辿りついたのが↓ここ。。で、でも、、ン?それらしい建物もないし、看板もなんにも出てないけど、どこが今日からの宿(Bukit tinggi Holiday Homeという名)なのか?

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さらに何人かの地元の人に尋ね、どうもこの先にそれらしい家があるらしい、と案内されたのがここ↓。え?だ、だって、ここ門が閉まってるし、鍵がかかってて入れないよ。ホントにここなのぉ?と一同、何度も所番地を確認し、周囲に何度も尋ねるもどうやらこの門扉の先の家で間違いなさそうだ。

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門扉の南京錠をがぢゃがちゃ弄っていたら、いつの間にか目の前にここの従業員だというヤングボーイが現れ、ロックを解いてくれた。

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門扉の先の家には、トドン被りのおばさんの他、何人かの人たちが居たが、全員ここの客だという。オーナーはどこに居るかと従業員のヤングボーイに尋ねるも、英語をまったく話せず、こっちのマレー語もほとんど通じない。客のおばさんに通訳して聞いてもらったが、オーナーは今、ここから少し離れた自宅に居るという。

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ヤングボーイにすぐオーナーを呼べと言いつけ、さてと思案にくれるひねくれトリオ隊。

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しばらくしてオーナーと称する男が薄ら笑いしながらバイクで現れた。ピーター、ちょっと怒り顔で、ブッキングコムでブッキングしたのだが、これはどういうことだ。。。我々の部屋はどこなのだと問うと、オーナー氏曰く、あんたたちがブッキングした部屋には、明日まで他の客が泊まっているから、こっちの方の部屋で我慢してくれ、などと言う始末。なんだと、ダブルブッキングだと、、冗談じゃないぜ、まったくぅ。。

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それで、なに?こっちの部屋だ?ここ、さっきお宅の若い衆が寝具持って出て来たところだろう?ここに住み込んでんじゃないの?一体全体どうなってるんだよ?と我々三人怒り心頭の顔と態度で迫ると、まぁまぁまぁ、とりあえず、こっちの部屋を見てくれ、だと・・・・

リビングルームはここ↓だ。。ほらちゃんとテレビもテーブルもあるだろう。

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そんで、ベッドルームはここ↓だ。ベッドが二つもあるぞ。

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もうひとつは、2階だ。ここ↓が2階のベッドルームだ。(ダブルサイズのマットレスが敷いてある)

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ここ↓がバスルームだ。

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ちゃんとキッチン↓も付いてる。どうだこれで文句ないだろう。

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うーんと、唸りながらひととおり見て周った我々はまたまた相談相談。。ブッキングコムに載ってた写真とは全然違う部屋だが、もし料金ぐんとを安くするなら今晩一晩はここで我慢しても良い、とオーナー氏に掛け合うひねくれピーター。もちろんOKで即決となったが、それにしてもいい加減なやつだ。

まぁ良い。明日からは向こうの本来の3ベッドルームが使える筈なので、今晩だけはこれで良しとしよう。じゃ、イケサンは今日はどの部屋がいい?とピーター。え、そ、そうだな、どこでも良いけど、んーー、といろんな思いを素早く巡らしながら、んじゃ、2階にするわ、、とこの私。

それにしてもとんでもない奴だ。しかしこんな旅にはこんなハプニングもあっていい。この先何が起きるかまだまだ分からんが、これぞわれわれ団塊シニアの冒険の旅だ。

さて、今夜の宿も落ち着いたし、さあまたビンタンビール飲みに行こうぜ、とまったくめげないわれわれ黄門様ご一行だ。え、黄門様ってあの黄門様?そうだよ、ピーターが黄門様で、ちょい悪シーシーが助さん、このひねくれが格さんだろうな。。

お、なかなか良さげな町だな、ここは。なにしろ涼しいのがいいじゃないか。それもその筈、ここは標高900mの高原の町だ。ハハ、馬車が走ってるよ。向こうに見えるは有名なリンパペー橋だな。。

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お、ビンタンビールの看板掲げたBedudal Cafeと言う名の良さげな店発見。

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え、これ何してるかって?二人とも店のwifiのパスワード聞いてるんだよ。なんだかんだ強がり言っても、ワイフが怖いオヤジたちなんだ。

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まだ夕方6時半と外は明るいが早速冷たいビンタンビールで乾杯だ。くぅー、うんめぇと、一気に飲み干すオヤジ連。

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そして、ここで一番美味なメシをくれと言って、出てきたのが↓コレ。。うん美味い。もっともオレたち今日は昼メシも食ってないもんな。

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あっという間に暗くなって、黄門様がスマホでなにやら撮ってる。何撮ってんのかと思ったら、なんと・・・

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なんだBEDUDALの看板の上下に張り付いてる可愛いヤモリたちだった。

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そのうち、たまたま店に居合わせたと言うバイクのレンタル業者さんも巻き込んで、明日から4日間のバイクレンタルの話しながら、飲む、飲む、そしてさらに飲む。。

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別にオレも眼が座ってきたわけじゃないが、どうもここはやけに涼しい、いや涼しいというよりちょっと寒い。なるほど、今気づいたんだけど、対面のバイク屋さんは長袖のフリース着てるぜ。

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このBedudal Cafeと言う店、後で分かったことなのだが、この界隈では有名なインターナショナルカフェらしい。なかなか雰囲気が良いし、食事もビールも美味しい。ここは一押しお勧めの店かも知れないな。

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外は真っ暗、こんな感じ。

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あはっ、いいね、コレ。。三輪のカートにいろいろ満載した物売りのおばさんが夜道を通る傍にはこれはミルク屋台かな?

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まだ9時、夜はまだまだ早い。なかなか情緒あるプキティンギの屋台通りを通り抜け、さて、今晩は絶対ウィスキー飲むぞ、とますます張り切るちょい悪シーシーとその他の二人。

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あても無いのにうろうろと夜歩きする大男たち。どうも目立つんだよな・・

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そしてついに発見、今夜2軒目のカフェバー、De Kock Cafe。これも後で知ったことなのだが、1軒目のBedudal CafeとこのDe Kock Cafeはこの町の2大インターナショナルカフェバーなのだそう。しかし彼らはこんな店を探しあてるのがホントに上手くてマジ感心するよ。

早速この店に屯っていた地元の若い衆としっかり意気投合するオヤジ連。

そして、これも感心したことだが、店に屯っていた地元の若い衆、皆、英語やドイツ語が極めて達者で会話も違和感なし。聞けば、この店で知り合った外国人客から習い覚えたのだとか・・・

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見て見て、ちょい悪シーシー、残念ながらこの店でも希望のウィスキーにはありつけなかったが、こんな地元のヤングレディになぜかモテモテで、頗るご機嫌ニッコニコ。飲むほどに酔うほどに話は弾み、結局この晩、いつの間にかこのララちゃんを我々トリオ隊の現地隊員に採用することとなり、翌日のバイク旅の先導をお願いし快諾を得たのであった。

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かくしてDay2の夜も更けて、ビンタンビールの飲みすぎで膨らみすぎた腹を揺すらせながら、疲れた足取りで宿へと向かう黄門様ご一行。。

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さて、明日のDay3はどんな日になるのやら・・・・・Day3に続く。

(筆者註: 筆を途中で止められなくて、このDay2は結局冗長な駄文になってしまった気がします。次回以降はコンパクトにまとめますので、飽きずにご愛読下さい)




今日は旅の第1日目(Day1)を綴ります。ブログを小分けして中身を小出しにするつもりは毛頭ないのですが、撮った写真が多すぎて、これもあれもとアップしているうちに1日分だけで既に30枚を超えました。普段から、オマエのブログは長過ぎて途中で飽きる、などと辛口のご批評をいただいてる身としては、これ以上長くすると飽きられるどころ怒りをかうかも知れないな、などと悩むのです。

それと先にお断りしておきますが、スマトラ島横断バイク旅と題したタイトルのせいで、多くの方から、バイクで横断したのかと驚かれましたが、いや、前回プロローグの"旅のあらまし"にも書きましたように、長距離地点間の移動はバイクではなく、乗り合いタクシーを利用しました。バイクは現地でレンタルし日帰りまたは1泊のバイク旅をしたのです。見た目も中身も見紛うことのない団塊シニアの私たちですから格好いい若者のようなことは出来ませんよ。

11月17日朝7時、KLセントラル駅にて、団塊シニア3国トリオ隊(注:3バカトリオ隊ではありませんぞ!)の編成完了。これは↓KTMコミューターのプラットフォームで電車を待つ隊長ピーター(右)と組長シーシー(左)です。なお、今回旅ブログではお二人の事前了解を得て、もちろん私もですが、顔も腹も全部晒しまっせ。。

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二人は、見てのとおりの大男。まぁ、彼の国じゃこれが普通なのかも知れませんが、こんな大オヤジたちに挟まれると、これでも同世代の日本男児の中では並みぐらいだろうと思っている我が身の貧弱なことに改めて気づかされ、神様はなんと罪作りなことかと考えることもありましたよ。(涙)

そんで、KTMコミューターは約1時間ちょいで終着駅のポートクラン駅に到着。ところでポートクランの駅名表示は"Pel Klang"ですけど、これマレー語のPelabuhan Kelang(ポート・クラン)の略語なんですよ・・・・んなこと、誰でも知ってますかね。

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ポートクランの駅の改札を出ると、港に面してターミナルビルが左右に離れて二つあります。駅からすぐのところの綺麗なビルと、右側500mぐらいのところに見える大きなビルです。今日我々が乗船するフェリーターミナルは右方向のビルだと教えてもらい、ちょっと歩きます。それにしても、二人の背中のバックパックはいかにも小さいね。彼らの身体がでかいせいもあるだろうけど、果たしてあれで8日間大丈夫なのかと思っていたら、隊長ピーターに、イケサンはなんでそんなにおっきい荷物なんだ?オレたちは2、3週間だってこの程度だぜって。。ハハ、この人こっちの気持ち読んでるな。。

い、いや、オレって若いころから、何でもかんでもいっぱい背負(しょ)いこむ癖があって、山登りの時にもそれで自分の足引っ張ってたんだ、どうも心配性なのかな、、、、ハハハ、なんて力なく笑ってごまかしたけど、いや、ホント、あれぐらい小さくしないとダメなんだよな。。

フェリーターミナルに近づいてみると、意外に大きくて立派なビルじゃん。

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ビルの中ではすでにかなりの数の客が、それぞれ大きな荷物を持って、フェリーの乗船手続きを待っている模様。知らなかったけど、ここからスマトラドゥマイを含みあちこちにフェリーが出てるのだそう。オレたちが今日乗るのは、このINDOMAL EXPRESS DUMAIと言うフェリーボート。

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ポートクランからマラッカ海峡の対岸にあるスマトラ島のドゥマイ港までのフェリーチケットは諸税込み、ランチ付きでRM130。日本円にしたら、現在レートで3400円ぐらいだけど、でもこれって決して安くないんではないかと・・・・・・

↓ここはフェリーターミナルのデパーチャーホール。待合室からイミグレーションカウンターを眺めているところ。このターミナルって最近できたのだろうな、なにもかもがピカピカでっせ。でも、待合の椅子に座ってたら蚊に2カ所も刺された。どこにでもいるなぁ、蚊のやつら、、やつらも生きるために必死だからなぁ、血を吸うのに。。

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まもなく、イミグレカウンターをなんなく通過して、長い桟橋を渡ってフェリーボート乗り場へと歩く、団塊シニア三国トリオ隊。いつの間にか天気は上々、この分では快適なフェリーの旅だろうと期待は大いに膨らむぜ。

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お、なかなか綺麗なフェリーじゃないか、想像してたより大きいな、とは隊長ピーターの弁。

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フェリーをバックに隊長ピーターとひねくれ団塊との記念のショット。

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フェリーの中に入ると、お、なかなか良さげ。客室もそんなに混んでなさそう、ていうか、ほとんどガラガラだし、オレたちついてるな、とは組長シーシーの弁。

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↓早速、船のブリッジ(操舵室)に入り込み記念撮影に興じる三国トリオ隊の面々。もちろん船のスタッフに断り入れてのことですけどね。

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↓こうしてみると、組長シーシーも隊長ピーターもなかなか様になってますなぁ。

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↓そんでもって、船賃の中に込みこみのランチがコレと小さなウォーターボトル。な、なんだ、こんな粗末なランチかとバカにしてはいけません。今回の旅、決して贅沢しようという旅じゃないのだから、こんなんで嘆いていたら、8日間も生きてられないぞ。でもこれ以外に食うモン何にもないし、みんな旨そうに食ってるし、食ってるうちにイカンビりスの塩味が微妙に効いてきてなんとも言えん美味だわな、コレ。

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ホラ、見てくださいよこれ↓、シーシーがこんなに旨いモン食ったことないって表情でパクついてるでしょ。え、表情が見えないって? まぁまぁまぁ、でもコレで足りるかのかな、シーシーさん?

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お、目がくりくり、髪チリチリの可愛い女の子発見。女の子と盛んに目で会話していたら、隣座席の母親に睨まれ、慌ててチョメル、チョメル(comel=pretty)と誉めてあげたら、こんどは母親がニッコリ。調子こいてこの美人母と話し込もうとしたら、前席にいた父親に睨まれ、これも慌てて、父親に自己紹介なぞしながら作り笑いしたが、このヤングファミリィ、マレーの父とインドネシアの母と3人姉妹の女の子連れでスマトラに里帰りとか。。

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次第にこのひねくれ団塊に打ち解けて近づいてくる5歳と3歳の3人姉妹。うち下の2人が双子だそうで、ホントに可愛い。私はこの手の可愛い子には実に弱い。こんな子たちを見ていると遠く離れた孫娘のアーちゃんを必ず想い出し、寂しくて胸が痛む。いつものパターンなのだ。

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ウトウトしていて何か気配を感じ、フト目を上げると↓この女の子。なんとも言えず愛くるしくて、またもやアーちゃんに会いたい、などと女々しいことをほざきたくなる情けのないジジなのでした。

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マラッカ海峡に出る前の内海は、まるで鏡のように波静か。実に快適な船の旅なのだ。ところで、フェリーは何時にポートクランを出港したんだっけ。確か、10時半ごろだったと思うけど、スタッフに聞いたらドゥマイ入港予定は2時半ごろと言うから4時間の船旅か。。

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いや待てよ、インドネシアはなぜかマイナス1時間の時差(マレーシアから見て)があるし、ドゥマイの時間は現地時間だろうから、、、と言うことは4時間ではなくて、5時間もかかるってことか?え、なんでそんなにかかるんだ?

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マラッカ海峡って、確か6、70kmぐらいの狭い幅だと思ってたけど、海峡を斜めに横断するのだから、その斜距離はどれぐらいになるのだろう。ドゥマイはマラッカの対岸ぐらいの位置だから、マラッカを直角三角形の直角の点とするとその斜辺の長さは、65×65+200×200の平方根は210kmぐらいか。そんで船の速度が結構速くて最高25ノットぐらいって言ってたから平均22ノットと仮定すると、22×1.852km/nm×5hrs= 約210kmほど。おおーっ、これはビックリびったしカンカンじゃん。

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などと銭にもならんくだらない暗算しながら、一人で合点したりして、相変わらず生産性の低いひねくれ団塊なのだ。

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天気ますます晴朗なりにて波静か。隊長ピーター↓も頗るご機嫌ニッコニコ。

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こうして見ると、マラッカ海峡も随分広いもんだ。高速フェリーの真っ白な航跡を眺めていると昔好きだった若大将シリーズを想いだすぜ。

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おほっ、そんなバカ言ってるうちに5時間の船の旅もなんなく終了し、ほぼ予定通りのドゥマイ上陸だ。

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振り返ると、意外に可愛いフェリー↓が、親分衆、帰りもまた乗ってくんなまし、って顔で舫られてる。しかし残念、帰りは飛行機なのじゃ、さらばじゃと無慈悲に先を急ぐ三国トリオなのでした。

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↓ドゥマイ港客船ターミナルです。もちろん中にひととおりの入国審査等のカウンターがあって、我々トリオは何ごともなくインドネシア入国を果たしたのじゃ、、と言うほどのことでもないか。。

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ターミナルの外に出ると、タクシーの客引きおっちゃん連中がいっぱいたむろっていて、どこに行くんだ、こっち来い、オレの車に乗れって、しつこくうるさく纏わりついてくる。しかし、我々ひねくりトリオ、そんなことには動じもせずに、ちょっと離れたところに居た大人しそう、かつやや真面目そうなおっちゃんドライバーに声掛けし、ペカンバルに行くバスに乗りたいんだが、そこまで連れてってくれないかと交渉したのだ。

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ところが約10分ほどで行き着いた先は、とある粗末でちんけな店。看板には旅行代理店と書いてあり、店先には数台の車が停まっている。車を下りと店の中から一見偉そうなオヤジが出てきて、ペカンバルに行きたいだと?なに?大型の乗り合いバス?そんなものはねぇよ。うちの車で連れてってやるけど、75万Rpだな。しかし、この、インドネシア通貨のルピア(Rp)って0(ゼロ)がやたら多すぎて慣れないとホントに面食らってしまう。

えっと、1000円が12万Rpだから75万Rpってことは、大体6300円ってことだ。おっと我々三国トリオの今の住み家はマレーシアだから、マレーシアリンギットで計算したほうがマッチベターだな。とすると、Rpからゼロ3つ取って3で割る、だ。だから250リンギってことだな。ふぅーん、てことは一人84リンギか。ここからペカンバルまで約200kmもあるのだから、これでしょうがないんじゃないの?

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われわれ三人咄嗟にこそこそ相談したが、隊長曰く、ローカルの乗り合いバスがあるという情報だったが、この値段は決して高くないし、車は新しそうなバンだから、いいんでない?と。よし、OKだ、ペカンバルに行ってくれと社長と交渉成立。

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ドゥマイ出発、現地時間午後3時(以降すべて現地インドネシア時間)。一路ペカンバルに向かう。天気まだまだ晴朗なり。快適なドライブに一行浮き浮きと子供のようにはしゃぐ。なお大オヤジたちのはしゃぐ姿に、最初は大いに違和感あるも次第に慣れて来て、可愛くもある大オヤジたちだ。途中コンビニのような店にて菓子とパン、それに飲み物調達し、まさに遠足気分のトリオ隊、南、南へと順調に歩を進む。

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あたりの風景はさほどマレーシアと代わり映えもせず、マレーシアもインドネシアも似たようなものだ、とはフロントシートに陣取った私の印象。え、でもこれは何?沼かと思ったがどうやら洪水の水がまだ引いていない地域のようだ。

だけどドライバーのドライビングテクニックは上手なのか下手なのか、くねくね道で前方視界が乏しいのもなんのその、飛ばすは飛ばすは、お陰で怖いわ怖いわ、フロントシートだけに余計に怖い。後ろの二人はそんなことお構いなく相変わらずのはしゃぎっぷり。特に組長シーシーは、冗談飛ばしの達人オヤジで、ひっきりなしにジョークを飛ばすは飛ばすは・・・・お陰で笑いこけるは怖いわで気が変になりそうだったのはこのオレだけか?

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あ、そうそう、このあたりは有名な油田地帯らしく、時々リグ(油田の掘削装置)も間近に見える、、あ、そういえば昔地理の教科書に載ってたことを思い出した。スマトラのパレンバン(ペカンバルのさらに南)油田とか聞いたことあるでしょ。今向かっているペカンバル近くのミナス油田(Minas field)って、東南アジア最大級の埋蔵量・生産量を誇り、第二次大戦中に日本軍の石油部隊が発見したんだって。もちろん現在も石油掘削はますます盛んだ。どうりでこの道路を行きかうタンクローリーの多いこと多いこと。。

辺りがとっぷりと闇に包まれた7時頃、一行はようやくペカンバルに到着。即、隊長ブッキング済みのホテルに無事にチェックインできた。ホテルは町の中心部に位置し超便利。2スターホテルながらも並みに綺麗で良かところ。でもでも今気が付いたんだけど、部屋にダブルベッド二つだけとはこれ如何に??

果たしてベッドのアロケーションはとしばし悩むも、隊長命令により、このひねくれが一つ、あの大オヤジたちが二人でもうひとつのダブルベッドをシェアすることとなり、ほっと安堵したのだが、同時に怪しげな猜疑心が頭をもたげ、おいおい今夜は悪夢のような光景を見るんじゃなかろうかと口には出せぬ不安に慄くひねくれ団塊なのでした。

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そんな私の心を見透かしたかのように、メシ食いに行こうと陽気な二人。と言うことで、近くの中華料理屋で早速ビンタンビールで乾杯。このビール、インドネシアビールの代表選手だが、いつも私が飲んでるカールスバーグに似てライトで美味。食うほどに飲むほどに、一行の意気は益々上がり、私のさっきの不安などもどこ吹く風。三人で店のねーちゃんからかったり、旅の話に夢中になったり、結局たらふく飲んで、たらふく食って、さぁ、ホテルに帰ろうかとするも、既にちょい悪オヤジの本性露わなシーシー組長、まだ帰りたくないとのたまう。ワシは女の子がいるバーでウィスキーが飲みたいのじゃ、だと。

え、そっか、んじゃあっちの気はないんだな、とこれはひねくれ団塊の独り言ダス。しかし、探せど探せど、そんな店は何処にもなし、て言うか、もう閉店してるぜ、シーシーちゃんよお。しょうがないからコーヒーでも飲んで帰ろうね、とシーシーを優しくなだめるピーター。それを見て、え?も、もしかして、とまたもや怪しげな不安が過ったひねくれでしたが、幸いなことに、その晩は、ビールを結構飲んだのと1日目の旅の疲れからか珍しく熟睡し、なにも目撃することなく平和な朝を迎えたのでありました。

(Day2に続く)