みなさん、こんにちは。我々団塊シニア三国トリオ(日本+スイス+ドイツ)は、先週木曜日(11月24日)、凡そ予定どおりスマトラ島横断のバイク旅を終了し、概ね無事にマレーシアに戻りましたが、それから既に3日も経つと言うのに未だに旅の疲れがほとんどとれずにいます。

いや疲れだけでなく、今日は、旅の途中で負傷し、まだ腫れと痛みが引かない右手小指と、赤道直下の強烈な直射日光に焼かれ、見た目も悲惨な左手の甲と腕を診てもらいに、近くのクリニックに行って来ましたが、やはり、気は若くとも中身は紛れもない老体。思うように身体の各部が動かないのだと言うことをまたもや思い知らされたバイク旅でもありました。

本日のブログは、スマトラ島横断バイク旅のプロローグと言うことで、簡単に登場人物と旅のあらましを紹介します。なお、ここでお断りですが、前回ブログ(クアラスランゴールの新鮮魚屋さんープロローグ)の続きはこのシリーズ終了後に綴る予定です。謹んでお詫び申し上げます。(笑)



登場人物紹介

団塊シニア三国トリオ隊
隊長ピーター 
 今回バイク旅の企画立案担当兼リーダー。一見温和その実ワイルドかつフレキシブル。スイス出身。
組長シーシー
 隊長ピーターの元同僚で今次旅行の最高顧問兼渉外担当。一見重役風ちょい悪オヤジ、ドイツ出身。
局長イケサン 
 今回バイク旅初参加の新参者、ひねくれ加減と思い切りの良さは人後に落ちない。ニッポン代表。
現地採用隊員ララ
 現地ブキティンギ採用の女性隊員。英語、ドイツ語堪能。途中から有料ガイドに変身。スマトラ出身。
その他大勢
 行き先々でボランティア出演してくれた皆さん。主にスマトラ出身。一部ドイツ、ニュージーランド他。

旅のあらまし紹介

旅の概観図

スマトラバイク旅外観図a

DAY1
 11月17日朝7時、KLセントラル駅にて団塊シニア三国トリオ隊編成完了、隊長引率の下、KTMでポートクランに移動。ポートクランのフェリーターミナルからフェリー乗船、スマトラに向け出発。5時間後、スマトラ島ドゥマイ港上陸。即借り上げタクシーにてペカンバルに移動。ペカンバル伯。

DAY2
 11月18日、長距離大型快適バスでブキティングへ移動の予定が、そんなものはどこにも存在せず、止むを得ず胡散臭くて狭い乗り合いタクシーにてブキティンギに移動。途中感動の赤道越えもして夕方5時ごろようやく到着したものの、予約の宿がダブルブッキングでひと悶着。止むを得ず隣の最貧宿にて我慢。その夜、とある飲み屋で女性隊員ララを現地採用。

DAY3
 11月19日、バイク4日間レンタル。女性隊員ララの先導で高原の町ブキティンギ近郊の快適バイク旅。途中で女性隊員ララが有料ツアーガイドに変身。世にも珍しいパチュジャウィ(農耕牛レース)観戦など。宿は最貧宿から一段上の安宿に格上げ。

DAY4
 11月20日、西スマトラ随一の名所ハラウ峡谷まで山間道路経由のバイク旅。ハラウ峡谷周囲の滝巡り。この日の泊まりは南国ロッジ風安宿で快適なるも日中は電気がなく、夜も途中で停電あり、お蔭でロウソク灯る幻想的なディナーとなる。

DAY5
 11月21日、ブキティングまで戻りの山間道路、ほぼ赤道直下周辺のバイク旅。直射日光は強烈だが高原地帯のバイク乗りは頗る快適。夕方ブキティンギ市内観光。泊まりは同じ朝食付き安宿。

DAUY6
 11月22日、西スマトラで最も美しいとされるマニンジャウ湖へ結構きつい雨の中のバイク旅。山上の茶屋から眺めた雨に霞むマニンジャウ湖は摩周湖に似て感動的なるも、湖の縁まで下りる44のつづら折りの狭い急坂は、路面を滝のように流れる雨で、何度も転倒しそうになり死の危険さえ感じた忘れ得ぬバイク旅。泊まりは同じブキティンギ

DAY7
 11月23日、高原の町ブキティンギを後にして、西スマトラの港町パダンに向かう。移動には長距離大型バスがあるはずと隊長はいうが、やっぱりそんなものはどこにもなし。止むを得ずまたしても乗り合いタクシー。高原から下界に下るとそこはやっぱり赤道近くの灼熱の町。現地でレンタルしたバイクで風を切ると、体感温度はさほどでもないものの、グローブをつけていない手の甲や腕が見る間に真っ赤っかとなり今に至る。泊まりは、若いころから憧れのバックパッカー専用宿。

DAY8
 11月24日、旅の最終日。午前中、宿で仮採用したオーストラリアからのヤング旅ガールを、ちょい悪オヤジの副隊長のバイクの後席に乗せてパダンの路上市場巡り。おおーっ、マグロ発見。でも、ざ、残念。食味を試す道具も時間もなし。午後、パダン空港からKLIA2に空路にて帰馬。空港にて団塊シニア三国トリオ隊解散。



以上、登場人物と旅のあらましの紹介でした。もちろん次回からは旅の詳細を何回かに分けて綴るつもりでいますが、気になっているマレーシア政界疑獄の件、期待に反して思わしくない方向に進んでいるやにも見えます。もし、この件でリポートする必要が出てきた場合は、こちらを優先させていただきますのでご了解ください。

また最近では1週間に一度のブログ更新すらままならないほどにスケジュールがタイトです。出来る限りの更新に努めますのでこれに懲りずに(飽きずに?)、今後とも本ブログをご愛顧下さいまいようお願いいたします。

本日ブログの最後に、旅の最終日、インド洋に面した港町パダンの路上市場で発見したインドマグロ(だと思います)などの写真をアップします。

パダンビーチ↓

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ビーチ沿いの路上ココナツ売り↓

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おっ、ビーチ沿いの魚屋さん↓

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うほっ、これ↓マグロじゃん。うーん、この横縞もようはメジマグロかな?

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これ↓は町中の路上マーケット

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お、あったあった。でもやっぱり小ぶりなメジマグロ(?)

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よく近づいてみると、やっぱり横縞がはっきり見える。これ↓やっぱりインドマグロの子供ですよね、庄助さん?

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はは、なんていつもの魚好きオヤジがつい出てしまいました。

ではまた。。







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私は、何を隠そう、ここクアラルンプール在住日本人の中では知る人ぞ知る/知らない人ぞ絶対知らない自称、新鮮美味地魚探検隊長のひねくれ団塊です。(笑)

このブログでは、そんな私がこの目と鼻と手と舌で漁りそして味わった、刺身で食して美味い地魚をシリーズで紹介しているのですが、このところ、行きつけの:ケポンの日曜魚屋さんやKL卸売り市場にも飽きてきたし、そろそろ海岸端のフィッシィングビレッジにても買い付けに行ってみようかと考えていたところ、うまい具合に、友人のUD氏からクアラスランゴールの魚屋探訪ツアーの話がやってきました。いや、ツアーって言っても私たち二家族だけのツアーってことなんですがね。

ええ、もちろん、喜んでとばかりにホイホイと鼻歌まじりに出かけましたとも。え?忙しい忙しいって言いながら結構時間あるじゃんって?い、いや、いくら忙しくたって、本気で詰めれば時間なんていくらでも出きるもんなんだよ。。(ハァ?)

結果ももちろん大満足で帰ってきました。なので今回は、先々週の日曜日(10月6日)に行ったクアラスランゴールの新鮮魚介市場やフィッシィングビレッジのことを詳しく紹介する、、つもりでいたのですが・・・・・・・・・・・

すみません、このところずっと時間に追われてばかりいて、ブログに費やす余裕がありません。何がそんなに忙しいのだと言われると、口籠ってしまうのですが、要するに・・・・・若いころなら余裕でこなせた諸々が、思い通りにこなせなくなって、気ばかり焦っているのです。

正直言って、本格化してきたDBPのマレー語授業も、ローカルの知人・友人たちとの個人的なランゲージエクスチェンジも、隙間がないほどに予定を組んではそれを実行しているつもりなのですが、どうも思うように成果が追い付いてこない。

老化によって記憶力や判断力が衰えたせいだろうとは思うのですが、いまだ、自分の中にはそれを素直に受け入れたくないひねくれモンが居て、気が焦るやら、悔しいやら・・・・・・

それでいて、人並みに楽しいこともしたいし美味しいものもたらふく食べたい。私はゴルフはしませんが、大の旅行好きです。山好き、アウトドア好き、乗り物好きなのです。

なので、このところあちこちに出かけています。特に、冒険旅行に行かないか、などと声を掛けられると気になって気になって、心ここにあらずなのです。

ええ、実は明日早朝から、スイスの友人P氏及びそのP氏の友人S氏(ドイツ)と3人でかなり面白くて冒険的なスマトラ旅行に出かける予定です。でも、もう夜10時を過ぎたのですが、まだその準備が完成していません。明日は朝6時の出発だと言うのに、まだその準備ができていないなんて信じられませんよね。

いや、大丈夫です。今から徹夜ででも準備します。そ、その代わり、と言っちゃなんですが、こっち(ブログ)の方を手抜きさせて下さい。

と言うことで、以下何枚かの写真をアップして今回はそれをもってプロローグとしたいと思います。

先ず最初の一枚↓は、クアラスランゴール最大の生鮮市場、Pasar Pasir Penanbang Kuala Selangorの正面エントランスです。Pasir PenanbangとはSand Miners(砂堀労働者)の意味ですから、最初はそのような人たちのための市場だったのでしょうか。

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市場の中に入るとこんな↓感じです。KLの市場も大体こんなものですから、私はなにか目新しい魚はあるかと探してみました。

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おっ、このシァカップ(Seaperch≒スズキ)、隣のシァカッププティと比べてかなり色黒でワイルドな感じですねぇ。え、これでRM15/kgは買いだと思います。

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ん、中央の幅広の魚↓は初めて見る魚です。お店の人にすかさず尋ねたのですが、中国語で7聞き取りできずでした。

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↓アサリの山ですね。これは新鮮そうです。RM6/kgは安いですね。

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↓この店はPasar Pasir Penanbangの市場ではなく、卸し(Pemborong)の看板を掲げるお店ですが小売りもするようで、ちらほらとお客さんが入ってました。さて、氷漬けにされたこの大きな魚は何でしょう。、

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聞いたところ、Kerauと言う魚だそうですが、これぐらいのものだと普通は1RM120/kgを超すのだが、ここではRM87でやすいんだよ、とはこれを買い付けに来たと言うマレーの方の弁です。

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目方を測ったら、なんと13.8kgもありました。と言うことは、約RM1200超、え、日本円で3万円をゆうに超しますよ。ほ、こりゃリッチな方ですな。

オレたち貧乏人には、こんな高価な魚はとても買えないな、なんて話をしていたら、なんとこの方、お裾分けしてくださると仰る。試しにどうぞどうぞと言うことで、この丸太スライス2切を下さいました。世の中には太っ腹な方も居るものです。

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それにしても、見事な丸太切りの技↑です。丸太スライスは全部で幾つとれたのかは数えてなかったので分かりませんが、目分量で切っているにしては幅がほぼ等分で見事なものです。

この↑魚のことについては、食味も含めて続きのブログで詳しく綴りますが、深海の砂地に棲む大型のスレッドフィンだそうです。

↓ここはクアラスランゴールのフィッシィングビレッジです。こうして見るとなんの変哲もないマレーの田舎町の佇まいですが、左の裏手は海ならぬ川(スランゴールリバー)のジェッティ(船着き場)になっていて、それぞれの漁船が水揚げするのです。

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こんな風になっています。今は潮が引いているので丸太の土台が露出しています。

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中を覗いてみるとガランとして誰もいませんでしたが、満潮前後の水揚げ時はさぞ活気があるだろうと思います。

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お、もうこんな時間(1.00m)になってしまいました。この辺で切り上げて、明日の準備を終えないと、冗談でなくホントに徹夜になってしまう。

と言うことでみなさん、すみません、今日のブログはここまでとします。(次回に続く・・)





"ノスタルジア(Nostalgia)"、今回のジャングルトレインの旅はまさにこの一言に尽きます。

ところで余談ですが、この"Nostalgia"と言うワード、マレー語ではギリシャ語のように"ノスタルギア"と発音するのですが、このように英語読みしない単語が他にもあって時々面喰います。もっとも語中の"g"は"ジ/ジィ"ではなく"ギ/ギィ"とギリシャ語読みするのが普通なので当然といえば当然なんですがね。

しかしこのノスタルジアorノスタルギアって、私の結構好きなワードです。レトロ(レトロスペクティブ)もそうですが、日本語で言えば懐古とか郷愁という単語でしょうか。もっともこんなワードだけで遠い昔日を偲ぶなんて、私も年を取ったって証拠だなと思いますけど、ジャングルトレインの狭い上部寝台で、眠れぬ夜を過ごしながらいろんなことを考えてました。

現代社会の価値観は、ともすれば速度や効率に縛られがちだけど、やっぱりそれだけじゃダメだな、、こんなスローで非効率なことも人間にとっては必要なことなんだよ。。スロー、のんびり、ゆっくり、懐古、郷愁、レトロ、そしてノスタルジァだよ、なんてね。。

始め、マレー半島イーストコーストライン=マレー半島東海岸線って言うから、南シナ海が見える東海岸を走るのかと思っていたら、半島内陸部のジャングルを突っ切って走るだけ。でも、、だからジャングルトレインなんだよな。何かの本で読んだことがある。ディープなジャングルを突っ切って走るマレー鉄道ジャングルライン。。この文言にたまらなく魅せられたんだよな。

そう言えばそうだよ、みんなイーストコーストラインって言うネーミングにコンヒューズさせられるんだよ。いっそのこと、マレー鉄道ジャングルラインと公式にネーミングすれば良い。ついでに後ろに展望車でもくっつけで走らせたらきっと繁盛するんじゃないか、、、なんて、、誰か思わないのかなぁ。。

ガタンゴトン、ガタンゴトンと上下左右そして前後に激しく揺られながら考えてました。外は真っ暗何の灯りも見えず、今頃きっと、ディープなジャングルを突っ切って走っているんだろうな、ひょっとしたら線路の向こうからジャングルに棲む動物たちがこっちを見ているやも知れん。でも、列車が故障して、こんなところで立ち往生したら果たしてどうなるんだろう。さっき見た列車のドアなんて、ロックが壊れて半分開いてたよな。あそこから動物がいっぱい入って来るかもな。。。なんて、あり得ない、かつ、しょうもないことを思ってました。

ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン、、、線路は続くよどこまでもだ、、あぁいい、実にいい。。寝台は狭くて窮屈だけど、洗濯済らしい汚れの見えないシーツはちゃんと敷いてあるし、、枕だって上掛けだって一見きれいで臭いもしない。寝酒が飲めないのがたまに疵かもしれないけどこれで文句言ったらバチが当たるよな。。。ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン・・・・・・・

まさに昭和の時代のレトロな寝台列車、マレーの真っ暗なジャングル地帯を、ガタンゴトン、ガタンゴトンとゆっくり走る。興奮と揺れで眠れない夜に悶々としながら、それでもいつしかまどろんだらしく、ふと気が付いたら夜が白々と明けてきた。おっ、と時計を見ると既に6時半を過ぎてる。でも上寝台の小さな窓は、磨いていないせいかガラスが曇って外がよく見えない。。慌てて梯子を下りて、隣のブッフェカーに行ってみた。

おお、↓この景色、これぞ、、ジャングル・・・・・・・・・・・かな?

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ん、いや、後ろの大きな岩山の前を走るのは、、、、あれはバスじゃないか?とするとなんだここはジャングルじゃないな。

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そうこうするうち、列車が停車した駅↓は、結構大きな駅。ちょっと外に出てみようか、えーっと、この駅はどこの駅?Gua Musangと書いてある。ははん、グアムサンってこのあたりで以前大きな洪水被害が出たところじゃないか?おぉ、結構乗り降りする人もいるねぇ。

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食堂車に居たオッサン(後に再登場するが私と同年のマレーのオッサン)に尋ねたところ、ここはグアムサンと言うクランタン州の南の端の町だという。そうか、もうクランタン州に入ったのか?あとコタバル(ワカバル)まで5、6時間ってところだから、旅の半分は来てるな。オッサン曰く、この辺はライムストーンヒル、つまり石灰岩の山が特徴なんだそう。そういえばあちこちに見えてましたね。

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かなり長いことグアムサン駅に停まっていたジャングルトレインがようやく動き出してから私は寝台車に戻りましたが、こんなに長く停まると分かっていたなら、もっとうろうろと駅構内を探検してみれば良かったと思いましたが後の祭りです。

寝台に戻ると、なにやら賑やかな声。私の周りの寝台の下段を独占していたマレーのファミリィです。もうすっかり夜も明け、朝ごはんも食べ終えたところのようです。JB(ジョホールバル)からの帰りで、自宅のあるDabong(ダボン)までの乗車だそうです。

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いかにもマレーのダトー(ジジ)とネネ(ババ)という感じの祖父母を含む7人家族です。二人のちっちゃな女の子たちが可愛くて、つい話し込んでしまいましたが、私を日本人だと知ったジジババ、大変驚いた様子です。特にネネと、そしてネネによく似た顔のヤングレディ、ちっちゃい女の子たちの美人ママの妹だと言ってましたが、この二人、私にいろいろ質問してきます。なんでマレー語を話せるのかだとか、どこに住んでいるのかだとか、今日はこれからどこに行くのかだとか、子供はいるのかだとか・・・・・・

でもそう言えばマレーシア移住以来、今まで日本人と宣言して、いやな顔など一度もされたことがありません。それどころか日本人と言うとどこでも喜ばれ、歓迎されるような気がします。昨日(11月6日)も、クアラスランゴールの魚の仲卸屋さんで一緒になったマレーの方に、日本人か韓国人かと問われたので日本人だと答えたら、とても喜んでくれて、最後には新鮮高級魚までちょこっとタダで貰ってきましたもんね。、

日本人と言うだけで信用される、大歓迎されるなんて、私たち日本人にはとてもありがたいことなのですが、それだけ責任もあると言うことですよね。先日もKLのモスクを訪れた際、とある偉そうな宗教指導者の方に、日本人は気づかぬうちにイスラム教の教えの9割を実践しているが、モスクに来るムスリムはどんなに頑張っても7割しかできない。だから日本人は、あなたを含め、ほぼ全員が直ぐムスリムになれるのだ、、、などと言う、なんて反応すれば良いのか返答に窮するようなことを言われました。また、あるところでは日本は確かに先進国だが、技術や経済だけの先進国だけではない、社会意識やマナーの先進国なのだとも言われました。

ここまで言われると、ちょっと面映ゆい気がしますね。日本人はただそれだけでイスラム教信者と同じだから、すぐムスリムになれるなんて話はもちろん論外ですが、東南アジア、特にここマレーシアでは日本人は誰でもこのように見られていると思って間違いなさそうです。

さて、↓この真ん中のニコニコ顔のお婆ちゃん、娘さんやお孫さんの年ごろからすると、恐らく私よりもお若いのかも知れません。年齢を尋ねることはさすがに遠慮しましたが、私の年齢や12歳と9歳の孫がいることは告げました。まるで信じられないというようにビックリ眼(マナコ)のくりくりお目目をされていたのがとても印象的でした。

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さて、すっかり明るくなり車内の隅々までよく見えてきたので再度列車探検に出かけてみました。↓これは、ジャングルトレインの最後尾3両のうちの1両ですが、スーペリアクラス(Superior Class)と言う座席車の内部です。ちなみに寝台車はスーペリアナイトクラス(Superior Night Class)と言います。この座席車は寝台車に比べ少し運賃も安いのだと聞きましたが、日本の在来特急の車内よりレッグスぺースも広々していてリクライニングも十分です。なんだ、こっちでも良さそうだと思いましたね。

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今頃はまだ朝食の時間帯だろうから食堂車はさぞ混んでるだろうなと思ったら、あれ?ガラガラじゃん。え、なんで?

そう言えばさっきのファミリィも座席と言うか、寝台周りで食事を済ませたようだったけど、すぐ隣に食堂車があるのになぜなんだろうと思いました。だってここの食堂車って、飲食物持ち込み禁止なんて張り紙、どこにもないのだから、窓の大きな食堂車で外を見ながらお弁当食べたら良いのにと思いましたね。

ところでこのジャングルトレインの上下寝台って、夜モードのバンクベッドから昼モードの座席に機械的に手動でコンバートできる筈と思い、あちこちのレバーを触ってみましたが、これは無理でしたね。どうも寝台の各部が錆びついているせいか知らん、シートコンバージョンは機能しませんでした。後で車掌さんにこのことを尋ねたところ、やっぱりずっと前はコンバートできていたけど古くなった今は動かないって言ってました。

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↓この方は、さっき私がファミリィと話し込んでいた時に傍を通りかかり、私に英語とマレー語で話しかけてきた方です。この方も私が日本人と知っていろいろ親切にしてくれます。どうも私が食堂車に戻って来るのを待ち構えておられたようです。

JB(ジョホールバル)の方だそうですが、夫婦でコタバルの兄弟宅を訪ねる途中だそうです。以前は世界を廻る船乗りをされていたそうで、片言の日本語をあやつるとても陽気な方でした。偶然に旅の行き先(コタバル)が一緒だったので、それならばとワカバルからコタバル市内までの行き方を聞いたところ、自分たちはバスで行くが良ければ一緒に行こうということになり、大変有難いお話でした。

この方とはこの後、ようやく起きて食堂車に現れたP氏を交え3人でずいぶん盛り上がりましたが、元船乗りと言うだけあって、いろいろ知識の豊富な方でした。このジャングル列車のことや沿線の洪水被害のこと、そして半島東海岸地域における政府の鉄道整備計画に始まり、なんと手厳しい現政権やナジブ首相批判まで彼の談義は止まるところを知らず、辺りを憚らない声の大きさにこちらがハラハラするほどでした。

しかし3人で話し込んでいて感心したことは、友人のP氏のマレーシアや東南アジア各地に関する地理や歴史の知識のなんと豊富なこと。私を除く二人の会話は限りなくディープな内容に発展し、いやとてもついて行けないほどでしたが、そんな事柄には大いに興味がある私にとって、何物にも代えがたいとても実りある時間でした。(後で知ったのですが、P氏の趣味は地図と時刻表なのだそうです。なるほどね)

でもオッサンに尋ねたところ、この方(見た目がおっさんなので心の中では"オッサン"と呼んでました)が、なんと生まれ年が私と同じ。学年はひとつ下だと言う。P氏はもうちょっと若いけど、見た目も中身ももちろんオッサン同一世代。考え方も感性も価値感すらも似たり寄ったりの我々インターナショナルなオッサングループ3人組は、ジャングルを走り続けるレトロな食堂車の中でひと際目立つ怪気炎を延々と上げ続けていたのでありました。

このオッサンとはもちろん住所や電話番号などのコンタクトディテイルを交換したのですが、なんとその後、当日のコタバルのホテルに1回、KLに帰った後の自宅に1回電話がありちょっと驚きました。いやぁ、なんと言うかずいぶん人懐っこい人だなぁと感心した次第です。

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さて、ここからはしばらく車窓をお楽しみ下さい。↓ほら、こんな写真、いいでしょう。これ、私が列車のドアから身を乗り出して撮った写真なんですが、速度がゆっくりだからできる代物ですよね。

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でも撮影に夢中になり、注意を怠ると、線路沿いの樹木や生い茂った草などが突然肌に触れるほど眼前に迫りヒヤリとします。おぉぉ、危ねぇぇぇ。。

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もちろん、危険を顧みず、閉まらない開きっぱなしのドアから身を乗り出してムービー↓も撮りました。3分程度に編集していますので是非ご覧ください。



どうでしたか、あれ、ちょっと意外、と思いませんでしたか。そうなんですよ、もっとディープなジャングルらしいジャングルを走るのかと思いきや、意外や意外、これじゃぁ単なる田舎だよ、とはP氏の弁ですが、マレーのオッサン氏の説明にもあったように、鉄道沿線は既に何処にも開発の手が入り、もはやディープなジャングルとは程遠い景観です。

うーん、これにはちょっと期待外れでしたけど、それでもかつてはジャングル開拓のための入植者部落だったかと思わせる素朴で小さな集落が沿線に点在し、彼らのためであろう田舎の小さな駅を通り過ぎるたびに、このジャングル鉄道の名は、そんな昔の未開のジャングルの思い出鉄道なのかも知れんな、さもありなんと、一人合点していたひねくれ団塊なのでした。

↓ここはグアムサンとダボンの間にあるブルタムバル(Bertam Baru)と言う小さな駅ですが、まるで映画のワンシーンのような、なんとも鄙びた郷愁をそそる駅ではありませんか。

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次は↓、いくつかあるトンネル(Terowong)に入る直前のシーンですか、これも私のお気に入りの一枚です。これを見ているとまだ高校生のころ、蒸気機関車に引かれた長距離夜行列車に乗って、山形から九州の宮崎までなんとあしかけ3日もかけてインターハイに出かけたころのことを懐かしく想い出します。

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まだまだ何もわからぬ餓鬼揃いの我がチームの面々は、汽車の窓から顔を出してはワァワァと騒いでいたのですが、突然汽車がトンネルに突入すると、一瞬のうちにみなの顔が煤で真っ黒けになり、お互いを見合ってはゲラゲラ笑い転げていたものでした。

日本の現代の鉄道では、こんな風に走行中の列車のドアから身体を半分乗り出すことなど決してできないし、それどころか安全のために窓さえ開かない列車が多いですよね。確かに安全のためにはその方が良いに決まっているのですが、こうして、まるで昭和の時代にタイムスリップしたかのような列車に乗っていると、もちろん自己責任なのですが、やりたいことがなんでも出来て、ある意味感動ものですよ。

ほら↓、身を乗り出したまま鉄橋を渡るときのこの怖さ、、、、スリル満点じゃないですか。。おゃ、気が付いたら、よくやるもんだ、なんて顔しながらP氏が後ろで見てましたけどね。

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しかしこちらの川はどこもかしこも茶色に濁っていてちっとも美しくない。日本のどこにもある清らかな川などほとんどない。でも、リバーサイドホテルとか、リバーサイドレストランとか悪びれずにネーミングするものだから、さぞ美しいかと勘違いしてはるばる出かけてみていつもがっかりするのだよ。

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↑この色、茶色と言わずにココア色、濁ったと言わずにリッチな色と言うのです。そんなのありか?

おお、↓こうやって見るとレトロなジャングルトレインは実に長大。飛行機などと違い、これだけで旅に出ているという気分になる。実にいい。

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そうこうしているうちに、ダボン(Dabong)やクライ(Kerai)も過ぎて、いつのまにかタナメラ(Tanah Merah)駅に到着です。時計を見ると11時40分過ぎ、なんだ目的地のワカバル(Wakaf Bharu)まであと二駅じゃないですか。。

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やっぱりこの列車、観光列車と言うよりは、一義的には地元の人たちのための生活列車じゃないでしょうかね。見るからに観光客然とした人たちはほとんど見当たらず、すべての停まる駅で大勢の地元の人たちが乗り降りしてますもんね。

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↓昨夜は暗くて気づかなかったのですが、よく見ると、随分と薄汚れたペインティングですよね。"cuti-cuti MALAYSIA"とは、マレーシアの休日と言う意味のマレー語ですが、とても観光省が力を入れている観光列車には見えません。

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さてさて、昨夜23時半ごろにゲマス駅を出発した深夜急行ジャングルトレインは、約13時間をかけてマレー半島中央部を走り抜け、一夜明けて本日12時40分、コタバル最寄りのワカバルに無事に到着しました。列車はこの後残り3駅を走り終着駅のトゥンパン駅まで行きますが、我々の列車旅はここで終了です。

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13時間などと言う近年まれに見る長時間のスローな列車旅、果たして何をして過ごそうか、などと言う心配はまったくの杞憂でした。期待とは幾分異なる景色ではあったものの、車窓を過るたくさんの素朴な集落や、停車はしなかったけれど小さな小さな多くの田舎駅は、遠い昭和の想い出や郷愁をそそるに十分足るものでした。

↓ワカバル駅構内にある売店です。

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↓駅の外に出て、ワカバル駅の全体を眺めています。

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そしてこれ↓は、ここから6kmほど離れたコタバル市の中心部に向かう路線バスに乗るため、列車で一緒だったマレーのO氏(オッサン氏のこと)夫妻の案内でバス停に向かって共に歩く途中に撮影したものです。途中の踏切から遠くにワカバル駅を見ています。

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P氏と並んで歩きながら話していましたが、意外に遠いバス停までの道のりに、正直言って、O氏夫妻の道案内がなければ、どこにバス停があるのか分からず苦労しただろうと思うほどの茫洋としたワカバルの田舎町でした。

O氏、別れ際に何度も何度もKeep in touchを繰り返していたのが印象的でしたが、早速その日のホテルでとKLの自宅に戻ってからと2度もの電話を頂戴し、彼の言うKeep in touchとはこんなに性急なことだったのかと少々驚いたことは既にリポートした通りです。
  
人が好くて陽気なO氏、他人目も気にせず自身の意見を浪々と述べる様を見て、彼はきっとマレーのひねくれ団塊に違いないと確信しましたね。

さて、以上で今回2回に分けてお送りした深夜急行ジャングルトレインの旅のリポートは終わりです。

この後、我々はコタバル市内のホテルに1泊して翌日(10月26日)、慌ただしくKLに戻りましたが、↓帰る前、空いた時間を利用して何かやろうと言うことになり、急遽Strong English Teaのカラーに染まるクランタン川のボートクルーズと洒落てみました。(なぁにStrong English Teaのカラーとはつまり汚く茶色に濁った川のことですよ)

↓得意げにボートの舵を切りながら、簡単簡単とはしゃぐP氏。

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↓P氏からボートの舵を任されても余裕しゃくしゃくのひねくれ団塊。

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帰りはマリンドエアのATR機、フランス製のターボプロップ機です。フライト時間50分ほどでスパン空港着陸でした。往きの13時間は何だったんだろうとは決して思いませんでしたが、古き良き時代の昭和の旅と速くて快適な現代の旅を同時に味わい比較する良い機会でした。

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ではまた。。。