早いもので今日はもう6月27日、ラマダンもあと10日ほどで終わりです。

最近親しく交流しているIIUM(マレーシア国際イスラム大学)図書館のAnieや彼女の多くの友人たちは、今やラマダン明けのハリ・ラヤ(断食明け大祭)を指折り数えて心待ちにしているのだそうですが、私としては、毎年のイスラム教最大のイベントが今年ももう終わるのかと思うと、ちょっぴり寂しい気持ちになります。

なぜかと言うと、これまで(マレーシア移住前まで)はイスラム教などにはほとんどなんの興味も関心もなかった私ですが、移住後初めてこの眼で見たムスリムの方たちの神聖かつ圧倒的規模のこの宗教イベントは、私にとって実に新鮮な驚きであり、これぞまさに異文化の極みと感じたものです。

以来、非常な興味をもって毎年のラマダンやハリ・ラヤを身近に見てきたわけですが、それももう今年で四度目、そしてその四度目もまもなく終わろうとしています。月日の経つのは真に速いものです。果たしてこの後何度この本物の異文化体験ができるのだろうかと思うと寂しくもあり、儚くも感じてしまう今日この頃です。

さらに、マレーシア移住以来もっとも親しく付き合ってきた日系3世メキシカンのAlexもこの度、本国のメキシコに帰ってしまいました。なので、今日の私はいつになく感傷的になっています。

もちろん今では、私の周りには親しくお付き合いをいただいている日本人夫婦の方も大勢いて、食事会や小旅行などにもよくお誘いいただいています。土曜の夜も、KLセントラルのホテルで開かれた「志の輔らくご」会に行ってきました。寄席や落語会なんて何十年ぶりだろうなんて思いながら志の輔師匠の匠の話術に聞き惚れていましたが、その間ずっと感じていたことは、「言葉」というものの奥深さ、神秘さ、そして難しさなどです。

落語は、私たちが日本人だからこそ心底笑える、楽しめる。だけど、この落語を英語やマレー語などの現地語に同時通訳すれば日本人以外の現地の方たちも落語が理解できて楽しめるようになるのだろうか、などと真剣に考えてしまいました。

・・・・否、絶対無理、無理だ。あらかじめ台本を得て、一語一語それを翻訳することは出来たとして、ある程度の笑いをとることができてもそれ以上は無理、絶対無理と思います。どなたかに、志の輔師匠のお弟子さんに英語落語をやっている方がおられると聞きました。とても斬新な素晴らしい試みだとは思いますが、日本人以外の方に、落語本来の素晴らしさを理解していただくことは容易なことではないでしょう。

それぞれの国で話されている言葉と言うものはよくよく考えてみれば、それぐらい奥が深く、神秘的で、かつ難しいものなのだと思います。私などは、別にそれを極めようなどと思っているわけではなく、単に大雑把に意思疎通ができれば良いぐらいにしか考えていないのですが、ただそれだけでも私のマレー語は依然として悪戦苦闘しておりますです、ハイ。

今日の本題はまさに今、私が悪戦苦闘しているマレー語についてです。思うように上達しない私のマレー語、その原因は私の努力不足はさて置いて、「書き言葉」と「話し言葉」のあからさまな違いにあるのではないか、最近そんなことを思うようになりました。

もちろん日本語を含めた世界のいかなる言語においても似たようなものかも知れませんが、マレー語は特にその違いが大きいような気がします。そんな中、今年のラマダンのスピリチュアルムービーの中に、マレー語の「話し言葉」の学習に大変良いと思うものを発見しましたので、私自身の理解を整理する目的を兼ねて、マレー語学習中の他のみなさんにも紹介したいと思います。



Iklan Raya 2016 Dari Samsung

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これは、実は私の大●●●な韓国・サムスン製スマホの宣伝ムービーなのですが、内容は、WhatsAppと言うメッセンジャーアプリを使った、テキストメッセージ交換による、あるマレーファミリィの仄々とした家族愛の物語です。

先ずはとにかく一度ムービーをご覧下さい。



如何でしたでしょうか?これを見てすんなりと内容が理解できた方はマレー語の話し言葉に精通していらっしゃる方でしょうから、この後はもちろんスルーして下さい。他方、私同様に、言葉(テキスト)のあちこちで???と思われた方、是非ご一緒に一行ずつ勉強してみませんか?



以下、各画面ごとのテキストメッセージの英語訳と日本語訳を、画面下部に書き入れ必要と思う解説を加えて行きます。なお、各テキストのほとんどは日常使われている簡易な話し言葉で構成されており、中にはSMS独特の略語も使用されています。

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Pak Dan’s Clan→Keluarga Encik Dan→Mr Dan's family(ダンさん家族)
Papa, Mak, Along, Adik→Father, Mother, Elder Brother, Younger Sister(父、母、長男、末娘)

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Mak(母)
Cantik tak kaler ni?→Isn't this colour beautiful?(この色って綺麗じゃない?)  注:kaeler=warna

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Adik(末娘)
Kaler lain tak ada ke? Yang lighter sikit.→Don't you have another colour? Little bit lighter.
(違う色はないの?もう少し明るい色) 注:ke=kah

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Adik(末娘)
Adik lagi cantik kalau pakai light sikit.→Adik more beautiful if wear a bit light colour→I prefer a bit lighter colour.(私はもうちょっと明るい色が好きだな)

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Along(長男)
Aii..Shopping Nampak.→Aii..you look Shopping→Aii..are you Shopping?
(おーい、買い物でもしてるのか?)

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Mak(母)
Tak shopping pun. Tengah kemas-kemas rumah jumpa tudung ni.→No.not shopping. I was cleaning the house, then I found this headscarf.
(いいえ、買い物ではありませんよ。家を掃除してたら、このトドンを見つけたのよ) 注:ni=ini,

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Mak jumpa gambar lama.→Mother is looking at old photos. (母は古い写真を見ています)

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Adik(末娘)
Rindunya kat Angah..→I miss Angah (second brother) ( Angahに会いたいよぉ) 
注:kat=kepada 

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Along(長男)
Apalah cerita Angah. Lama tak dengar khabar.→You have any story about Angah?. Long time no see him. (何かAngahのこと知ってる? 随分と会ってないんだけど)

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Along(長男)
Message pun tak reply.→I message him but he did not reply. (SMS送ったけど返事がないんだ)

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Mak(母)
Ada rezeki, panjang umur, hilang merajuk Angah tu.→I believe, he will come home soon.
(きっとすぐ帰ってくると思うけど、ちょっと拗ねて隠れているだけなのよ) 
注:Ada rezeki, panjang umurを直訳すれば「人生は長い。全ては神の思し召し」となるが、この会話の中のrezekiは私たちにはなかなか理解しにくい言葉です。"神の思し召し"の意で、何か希望することが実現して欲しい時や、なにかの施しを受けて感謝する時によく使われるアラビア語由来のワードだそうです。また、hilang merajuk Angah tuは、「Angahがすねて隠れてるのよ」の意。 tu=itu

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Adik(末娘)
Benda ni takkan jadi kalau Along minta maaf dulu→This thing did not happen if Along say sorry to him first. (これってAlongが先に謝っていれば起きなかったことなのよ) takkan=tidak akan

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Adik(末娘)
Dah lama adik nak cakap…→It's been a long time Adik wanting to say→Today I’m going to say… (ずっと言いたかったことなんだけどね→今日こそ言いたいんだけどね)

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Adik(末娘)
Along yang buat Angah macam tu.→Along, you did it to him. 
(Alongが Angahをそうさせたのよ)

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Along(長男)
KENAPA AKU KENA MINTA MAAF! DIA YANG KENA MINTA MAAF! CARI PASAL→WHY ME! HE MADE ME ANGRY. HE IS SUPPOSED TO APOLOGIZE TO ME.
(なんでオレが謝らなければならないんだよ! あいつがオレを怒らせたんだよ。あいつがオレに謝れよ!)

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Adik(末娘)
Along yang tinggalkan Angah sorang2→You left him, alone.
(Alongが Angahを一人ぼっちにさせたのよ) 注:sorang2=seorang-seorang=alone

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Adik(末娘)
Along punca semua ni!→You are the cause of the entire thing. (Alongがすべての原因なのよ)

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Adik(末娘)
Along yang salah!!!!!!!→That’s all your fault Along!!! (Alongが全部悪いのよ)

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Papa(父)
Heyyyyy…heyyyy→Heyyy..heyyyy (ちょっとちょっと)

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Along left (長男退場) 注:退場とはチャットグループから抜け出ること

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Along left (長男退場)

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Adik 涙涙

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Papa added +60 12-345 6789 (父が +60 12-345 6789 を呼び出し) 
注:呼び出しとはチャットグループに招き入れること

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Adik(末娘)
Siapa ni Papa→Papa, who is this? (パパ、これ誰?)

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+60 12-345 6789
Assalamualaikum semua→ Hi everbody (やぁ、みんな) 
注:Assalamualaikum(アッサラームアライクン)はイスラム世界の挨拶言葉

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Adik(末娘)
Angah! Rindu!→Angah! I miss you! ( Angah、会いたかったよぉぉ)

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Papa(父)
Walaikumsalam.→Hi (やぁ)
Mak(母)
Walaikumsalam.→Hi 
Adik(末娘)
Walaikumsalam.→Hi 
注:Walaikumsalam(ワライクンサラーム)はAssalamualaikum(アッサラームアライクン)に対する返しの挨拶言葉

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Adik(末娘)
Jom lepak Angah. Byk citer nih.→Angah, shall we hang out together. Lot of stories I want to tell you.
( Angah、一緒に遊ぼうよ、一杯話したいことがあるんだから) 注:Byk=banyak citer=cerita nih=ini

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Angah(次兄)
Ha ha! Nanti Angah free sikit kita lepak. Rindu Adik juga, rindu semua.→Ha ha! We should, i will be free later on. I miss you too, Adik. I miss all of you.
(あはは、そうだね、もうちょっとで暇になるからね、後で遊ぼうね、 AngahもAdikと会いたかったよ、みんなとも会いたいよ)

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Angah(次兄)
Along mana?→Where is Along? (Alongはどこ?)

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Papa added Along→父が長男を呼び出し

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Mak(母)
Dah gebu ni. →You look chubby..(ちょっと太ったんじゃない?)

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Angah(次兄)
Along apa khabar?→How is Along? (Alongは元気?)
Along(長男)
Eh…Angah? Bila masuk?→Eh…Angah? When were you in? (えっ、Angahなの? いつ入ったの?)

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Angah(次兄)
Papa add tadi→Papa added me just now. (さっきパパに呼び出しされたんだよ)
Along(長男)
Nak minta maaf Angah→Forgive me Angah (Angah、ごめん、オレが悪かった)

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Angah(次兄)
Dah lepas tu biarlah→It's a long time ago, never mind→Let bygones be bygones
(過去のことは水に流そうよ)

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Adik(末娘)
Angah gemuklah.→Angah, you look chubby. (Angah, ちょっと太ったね)
Along(長男)
Ha ha ha!

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Mak(母)
Dah,Dah. Jangan cakap papa lagi. Nanti ada yang left group lagi.→Ok, don’t say anything bad. I'm afraid someone will leave again.
(Ok、もう悪いことは言わないで。また誰かが退場するといけないから) 注:papa lagi=furthermore
Papa(父)
Ngah, datanglah buka sama-sama. Mama masak laksa Sabtu ni.→Angah, please come home and breakfast together. Mama will cook Laksa this Saturday 
(Angah、家に帰っておいで。そしてみんなで断食明けを祝おうじゃないか。今度の土曜日、母さんがラクサを作って待ってるからね) 注:lakusa=name of food, made from rice noodle

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Angah(次兄)
Insyaallah pa.→ I will papa. (分かったよ、パパ)
注:For Muslim, Insyaallah means ‘I will’

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Pak Dan's Clan→Mr Dan's Family (ダンさん家族)
Papa, Mak, Along, Angah, Adik→Father, Mother, Elder broyher, Second brother, Younger sister
注:晴れてAngahが加わりました
Walau masa mengubah cara.→Although the time has been changed. (時間は変われども)
Kasih keluarga tetap utama.→Family’s love is the first. (家族愛は普遍)

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Bersama kita hulurkan tangan bermaafan sempena Ramadan dan Syawal ini.→We together extend our hand of forgiveness during this Ramadan and Syawal→May this Ramadan and Syawal remind us to forgive and forget to let go of the past and more forward.
(ラマダンとシャワルは私たちがお互いの過ちを許し、未来への希望を抱かせる時なのです) 
注:Syawal=ラマダン月の翌月(イスラム暦10月)



いかがでしたでしょうか、ここまでお付き合いくださった方、大変お疲れ様でした。しかしマレー語は難しい。世界で何番目かに簡単な言語だなどと侮ってはいけません。文法事項や基本語彙が比較的簡単だからと油断していたら、接頭辞や接尾辞などのあるなしで意味が千変に万化したり、標準語(tata bahasa)の書き言葉(written language)と市場言葉(bahasa pasar)が多用される話し言葉(spoken language)はの間には数多くの違いがあったりととても難解です。

今日取り上げたムービーはそんな意味で言うと、私などにはもってこいの教材であると思いましたが、私と一緒に勉強してくださったみなさん、大変ありがとうございました。

なお、今回取り上げたムービーの英語訳については、私の親しいマレーフレンド(Cik Rohaniza Badar@Perpustakaan IIUM Taman Duta)の協力を得てはいますが、もし誤りなどにお気づきの場合はご遠慮なくご指摘下さい。どうぞよろしくお願いいたします。

ではまた。。




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みなさん、こんにちは。

実は最近、私のこのブログの更新が少しずつ遅くなってきています。そのことを私は大変気にしているのですが、正直言って、このところブログに割く時間と体力・気力が十分ではないのです。

なんてことを書くと、仕事が忙しいのかとか、身体の調子が悪いのかなどと心配して下さる方が、ひょっとしておられるかも知れませんが、いやそうではありません。私はまったくの年金暮らしで仕事はしていません(ボランティア日本語教師は都合で辞めました)し、また特に身体を壊しているわけでもありません。

ではなぜそうなのかと言うと、私のこの国への移住目的達成の道筋が未だに見えて来ず、大いに焦っているからなのです。これまでも何度か書きましたが、私のマレーシア移住の目的は、ゴルフやテニスなどの趣味に明け暮れるためではなく、日本に比して格段に安いコストで毎日優雅に暮らすためでもありません。

私が敢えて定年後に、ここマレーシアに移住したのは、残り少ない人生で自分に何が出来るのだろう、自身のためだけでなく、地域や社会に喜ばれ・役立つことができることはないものか、もしあるとすればその可能性にチャレンジし、その成否は余り問わずとも良い、チャレンジすることによって、ああ十分に満足な人生だったと、最後に思いたいからなのです。

もちろん、人はそれぞれですから余生の目的も目標も異なるでしょう。私の古い友人たちの中には、地域の自治会長などの役に就きその思いを遂げつつある人たちもいます。でも私の場合は、それがマレーシア移住だったわけです。

私の余生の唯一かつ最大の目的である「地域や社会に喜ばれ・役立つことを成す」ためのファーストステップは、「この国を知り、この国に溶け込む」ことです。そしていずれ日馬(日本・マレーシア)の文化や人の交流活動の一端を成したい、そのことが私のマレーシア移住のセカンドステップであり、即ちマレーシア移住の目的なのです。

しかしながら、第1段階目標の「この国を知り、この国に溶け込む」をクリアするためにはどうしても通らなければならない関門があります。それはこの国の国語であるマレー語を習得することです。もちろんこの国においては英語がよく通じますが、それはほとんど都会に限ったことです。田舎に行けば行くほど英語だけでは最早意思の疎通は困難です。

したがって英語を自由に喋れて、その上で少なくとも日常生活に不自由のない程度のマレー語を話せるようになること、は私にとっての必須条件なのです。なのに・・・・・

最近では情けないことに本当に自身の能力の衰えを感じています。記憶力にしても論理・分析力や空間的時間的感覚さえも若いときのような冴えが徐々に失われつつある気がしています。

若い方たちには理解できないことかも知れませんが、これってとっても焦ることなんです。

多分私は今、毎日、持てる時間のうちの大半をマレー語に費やしているのかも知れません。もちろん、毎週のYMCAと日本人会のマレー語レッスンには欠かさず通っている他にです。それなのに・・・それなのに、なかなか思うように進まないのです。

もちろん語彙もフレーズも文法もかなり習い憶えたつもりでいます。なのに。。いざと言う時には咄嗟にそれが出てこない。情けないです。

もちろん、もっともっと時間をかけて、昼も夜も寝ないで勉強すればと思うのですが、それもできない情けのない男なのです。飲み会に誘われれば決してイヤとは言えないし、遊びに行こうといわれればホイホイと出かけてしまう。好きな日本酒をたらふく飲んで、一週間ぐらいかけてやっと憶えたはずのマレー語もすっかり忘却の彼方です。

最近では、親友のアレックスがメキシコに帰国するというので、某所で開いた送別宴会で、ビールと日本酒とテキーラとワインとウィスキーをチャンポンかつ大量に飲み干してしまったお陰で、翌日の頭痛と記憶喪失は洒落にならないほどでした。

そんなこんだで最近は特に、時間の余裕も、体力・気力の余裕もないのです。このことがブログ更新が少し遅れてきた真の理由なのですが、でも、なんとか頑張ろうとの思いはまだ残っています。

幸か不幸かマレーシア政界疑獄シリーズにおいては、最近ではリポートしたい記事も見当たらず、平穏無事と言うか、このまま世紀の大悪事が見逃されてしまうのだろうかとの不安も興味も人一倍あるのですが、そういう状況なのでしばらくは当たり障りのないブログ記事でお茶を濁そうかと考えています。なので今後とも本ブログをご愛顧賜りますようよろしくお願いいたします。

さていつもの癖で、前置きが長くなりましたが本題に入ります。今日のブログタイトルは「IFTAR2016と反動の侈衣美食(しいびしょく)」ですが、この意味はこうです。

今、この国はラマダン中です。なのでムスリムの方たちは毎日日中に断食をして、夕方、日が沈んでからいっせいに食事を摂ります。それがIFTARですが、このIFTARがラマダン期間中の毎週末に、KLのムルデカスクェアとスルタン・アブドゥル・サマドビルディングの間のジャラン・ラジャをブロックして大がかりなイベントとして開催されているのです。

DBKL(KL市役所)主催のこのIFTARは非ムスリムの外国人も参加できるというので、私は昨年も参加しそのことをブログに書きましたが、今年は、私の日本人会のマレー語クラスの友人たちを誘って参加してきましたので、その雰囲気などを是非写真でお伝えしたいと思います。

で、なぜ「反動の侈衣美食(しいびしょく)」かと言うと、そのIFTARのあまりに質素なお弁当を食べさせられた(おっと、タダでお弁当や飲み物をもらい、おまけに完食までしたと言うのに、こんなことを言ったらバチがあたりますね)反動かは知らず、翌日、これでもかと言うほどのご馳走にありつきました。

別にそのこととIFTARとはなんの関係もないのですが、IFTARの質素な健康食と私たち日本人の飽食三昧を対比する意味で「IFTAR2016と反動の侈衣美食(しいびしょく)」とのタイトルを打ってみました。

今日はそのことを写真を中心にリポートしてみたいと思います。




その日(6月18日)のIFTARには自宅から乗り合いバスで向かいました。と言うのは、IFTAR終了後に仲間で飲もうとの約束を事前にしてあったからなのです。なので、バックパックに1.8Lの日本酒紙パックを放り込み、自宅コンド前のバス停からムルデカ・スクェア方面行きの路線バスに乗りました。

でもこれが間違いでした。なんとまだ夕方4時半だと言うのに、バスがこれでもかと言うほど混んでいたのです。え?なんで?と思いましたが、またもや私の老化による分析力欠如を思い知らされました。

そうです、ラマダン期間中のムスリム労働者たちは4時上がりだということをすっかり忘れていたのです。お陰で、近くの建設工事現場で働く大量の男女ムスリム作業員たちと押し合い圧し合い、身動きひとつ出来ないひといきれの中で、マレー語やインドネシア語やミャンマー語などに包まれてしばし過ごしましたが、ものは考えようで、これも"この国に溶け込む"ことのひとつなのかも知れませんね。

バスはムルデカアクェアの直ぐ側を通るのですが、まだ仲間たちとの待ち合わせ時間に少し早かったので、手前のパタマモールで降りて歩くことにしました。

時刻はもう夕方、街はラマダンバザーが全開でとても賑やかです。

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そごうデパート前の交差店近くです。なにやらそごうデパート前に人だかりができてます。ちょっっと行ってみますね。

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そごうデパート正面入り口前です。ここはいつもストリートパフォーマンスが行われていて、このような人だかりができています。

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さてこの人たちはどんなパフォーマンスを観ているのでしょうか?

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これです。ちっちゃい子連れのマレーバンドです。母子なのか息がぴったり合っていて、観客から絶えず笑いと拍手が湧いています。ちびちゃんは子供用のタンバリンを片手に持ち、音楽に合わせてくねくねと踊りながら実に器用にタンバリンを打っています。

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そごう前の通り、つまりジャラン・トゥアンク・アブドゥル・ラーマンをムルデカスクェアに向けて歩きます。この辺りは、衣料品店や生地屋さんが多いところです。

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通りの向かい側もほとんどが衣料品店や生地屋さんです。

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横道を覗くと既に土曜ナイトバザーが開いていて凄い人出です。

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歩いているうち、いつの間にか、ジャラン・トゥン・ぺラクとの交差点を渡り、ジャラン・ラジャに出ました。DBKL主催のIFTAR会場は向こうの時計台の前あたりですが、おっ、既に移動販売車が出ています。

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通りの反対側、ムルデカ・スクェア側にも何台か出ています。

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カメラを向けるとマレーガイが三人そろって精一杯の愛嬌です。何売ってるの?と聞いたら、メニュー看板を指差して、チキンラップとかエッグソーセージラップとか、ベジタブルラップだよ、飲み物もあるよ、だってさ。。

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ムルデカスクェアの芝地を見てみると、別に規制のロープはなさそうなのに芝生内には余り人が入っていません。去年はこっちにも一杯人が出てたのに・・・

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あぁ、良く見たらなんか規制の立て札が立ってますね。ほら、だからこんなところにシート敷いて座ってるグループもいるんですね。

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ここ、ここです。ここが今日の私たちの待ち合わせ場所です。みなさん、既に集まってました。

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えーっと、何処が空いてるかなぁ?すみません、おネーさん(係りの人)、ごめんおネーさんではなかった、良く見たら結構なおばさんだった。マレー語で"チッ(Cik)"って言うと若い娘さんのことを指すが、年配の女性にはいつもなんて声掛けすれば良いのか迷います。"アンティ(Auntie)"っておばさんのことで、いつか私がそう言ったら、えっ、私がアンティ?私はあなたより若いワヨって顔されたし、"カカッ(Kakak)"とは年上のおネーさんのことなのだが、我々より年上の女性なんて普通こんなところにうろうろしいる訳ないですからね。。

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おネーさん(おばさん)に私たちが日本から来た日本人だってことを告げると、途端に相好を崩して、ではどうぞどうぞと案内してくれようとします。

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お茶の無料サービスです。ご自由にどうぞって。。

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おばさんにガイドされるまでもなく、我々こういうことには目ざといニッポンオヤジ連です。ちゃっかりと若い人たちの隣席に陣取りました。

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早速みなさん、マレー語会話の練習です。隣のグループ、私たちが日本人と知ると大喜び。東海岸のクランタンから車で来たんだよ、とか、今度10月には大阪に行くんだよ、とかいろいろな話題で盛り上がりましたね。

すると、そこにさっきの案内係りのおばさんが現われ、みなさん、一番前のゲスト席にどうぞと言う。そしてなんと、日本からのゲストだと司会が私たちをみんなに紹介すると言うではありませんか。

さ、流石に、そ、それはと遠慮しようと思っていたら、それを側で聞いてた隣グループの女性たち、ダメ!行っちゃダメっ、ここに居て!と、なんと驚きのこのモテぶり。。。 特にEK氏、TY氏、普段は若い女性にモテることなどないであろうニッポンオヤジたち、もうそれだけでも、今日は来て良かったぁぁぁ。。。(あはは笑笑)

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さて、目の前のお弁当はと言うと、一人前のワンセットはこれ。真ん中が、向きは逆になっているけどメインのお弁当。去年より大きくはないけど中味はどうでしょうね。その左にはブブ・ランブ(ラマダン粥)とライチのジュース、そして右側はお水とお茶です。

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IFTAR開始時間の日没時刻まで、まだしばらく時間があるので前のメイン席の方をうろうろしてみました。やはりメイン席にはどうも招待客のようなゲストが陣取るようですね。まだこの時間になっても大分空いています。

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だんだん少しずつ埋まってきましたね。

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そしてゲスト席もほとんど埋まったようです。この辺りからは後方が見えません。どのぐらいの人数なのでしょうかね。

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外はまだ明るいのですが、前の特設ステージ上で、宗教指導者と言われる方なのでしょうか、なにやらお話が始まりました。

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そしてその後、一斉にIFTAR開始です。

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こっちは左隣のファミリィですが、とても可愛い女の子がいて、私と目が合うと、なんと、やんちゃにあっかんべぇみたいな可愛いしぐさをします。こっちもあっかんべぇで返すと、すかさずパパの後ろに隠れてから顔を半分出してこっちを覗き見るのです。思わずちっちゃいころのあーちゃん(孫娘、小2)を思い出しました。

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これがIFTARお弁当の中味です。ナシ・プティ(ご飯)とブア・クルマ(デーツ)が3個、それに少々のサユー(野菜炒め)とひとかけらのアヤム(骨付きチキンの煮込み)がついています。

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ブブ・ランブ(ラマダン粥)です。うーん、これは美味しいと言うよりとても胃に優しい食べ物なのだそうです。あれ?みんなどうしたの?食べないの?

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オカズも美味いだろう?え、なに?不味いって?おいおいそりゃないぜ。胃に優しい、胃に優しいって唱えながら食べるんだよ。まさか美味いものを期待してIFTARに参加したわけじゃないよな?

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などと言いながら私はこれらを完食しました。周りのムスリムの方たちは、日中ずっと断食してたわけだから、当然みんな完食でしょ?え、あれ、なぜか残してる人も居るなぁ。なぜ?だんだんIFTARも時代が変わってきたと言うことなのかなぁぁ。。

と見る間に、みなさん食べ終えて、帰り支度をしてさっさと帰り始めました。去年もそうだったけど、これで今日のIFTARは終わりです、みたいな締めのステートメントはないのかね。

もっとも開始の合図もないのだから、そういうもんなのかねえ。。

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IFTARテントの外に出てみると、おおーっ、淡いブルーにライトアップされたスルタン・アブドゥル・サマドビルディングの大時計が闇の中に浮かんで見えて、とても素敵です。

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素敵と言えばこの辺り、美しい歴史的建造物がたくさんあります。これは国立織物博物館。

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そしてこれは国立音楽博物館です。

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以上でIFTAR2016@KLの写真リポートは終わりです。

え?この後どうしたかってですか。もちろん言わずと知れた、喰い直し、飲み直しですよ。と言うことで飲兵衛オヤジご一行様は、この後タクシーすっ飛ばし、タマンデサ界隈の、とある日本食レストラン(アルコール持ち込み自由)にて、私がずっと背中に担いでいた日本酒1.8L紙パックとEK氏が担いでいたたっぷりの缶ビールとで、遅くまでわいわい賑やかに飲み喰いしましたよ、はい。。



さて次は、反動の侈衣美食(しいびしょく)の章です。侈衣美食なんて、漢検1級に出てきそうな難解な四文字言葉を好んで使う私は一体なんなんでしょうね。でも昔からこんな四文字言葉が好きでこっそりと暗記してはひとり悦にいってたものです。

はい、ご覧あれ!ここはモントキアラのさる私の知人宅(コンドミニアム)なのですが、以前から計画していたご馳走持ち寄りパーティがたまたまIFTARの翌日、つまり昨日6月19日の日曜日だったってことなんです。

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このご馳走、凄いでしょう?前日のIFTARに比べたら天地の差、雲泥の差、月とすっぽんの差なのですが、"反動"とは言っても別に前日のIFTARの質素な食事を当てこすっている訳でもなんでもありません。そんなことを言ったら、飽食のニッポンジジババが何を言うかと怒られそうです。

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これ普段、モントキアラでお付き合いをしている5ファミリィのご馳走持ち寄りの結果なんですけど、和洋亜いろとりどりでとても美味しそうですよね。

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我が家の持ち寄りは、ご想像通りこの刺身盛り合わせ(二皿)とアジフライの盛り合わせとナスの漬物です。

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刺し盛りは、もちろん私の作品ですが実は当初3種盛りにしようと考えていたのに、前夜の酒のせいか、私としたことが鮮度チェックをおざなりにしてしまい、結果、この↓Pinjalo Merah(セダカタカサゴ)の生食は諦めました。それでこのような↑ヒラスズキとヤリイカの2種盛りになったということなんです。

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この↑ピンジャロ、一見鮮度が良さげに見えたのでエラ蓋も開けずに買ってしまいましたが、家に帰ってから腹を開けてみると内臓からほんの僅か臭いが来るのです。最終的には身肉を口に含んでみて生食はちょっと無理と判断しましたが、パサー・ボロン(卸売市場)になぜこんな鮮度落ちの魚が混じっていたのか不思議です。やっぱりこの国では卸売市場と言えども信用できませんね。今回のことで肝に銘じました。

そしてこれはMy better halfの作品のアジフライの盛り合わせです。この身肉の厚いローカルアジは私が三枚に下ろし、小骨を抜き、薄皮まで引いてから冷凍保存してあったものです。刺身もアジフライも美味しいと言ってみなさんに喜んでもらえたことはやはり嬉しいことでした。

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それにしてもこのパーティのご馳走は盛りだくさんで、あり余るほどの飽食でした。↓このラザニアは見た目も豪華、美味しさもボリュームも言うことなし。さすが若い頃から世界を渡り歩いてきたUD氏夫人の芸術品ですね。

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そして最後はコレ!手打ち蕎麦です。今日のパーティ会場を提供してくださったOU氏が午前中に打ったものだそうです。蕎麦の切り方と言い茹で方と言い、そして蕎麦つゆに至るまで完璧でした。まさか、南国マレーシアでこんな美味い蕎麦をいただけるとは、いやぁ実に美食な今宵でしたなぁぁ。

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また、ここでは飲み物のことは書きませんでしたが、パーティはもちろんビールに始まり日本酒、ワインと続き、そしてなんと最後には、OU氏自慢の新潟・三条の職人の手によると言う見事なシェーカーを振って創る微細な泡立ちのカクテル、それに加えてKN氏の甘いギター演奏と来ればもう夜の更けるのもついつい忘れてしまうほどでした。

しかし、ラマダン期間中というのに私たちニッポン人だけ、こんな侈衣美食(しいびしょく)で良いのでしょうか、非ムスリムと言えども一片の呵責を感じざるを得ない一夜でございました。

ではまた。。





今、マレーシアはラマダン月に入っています。毎年のことですが今年は6月6日から7月5日までの一ヶ月間、ムスリムの方たちは日中(日出から日没まで)の断食を行います。

地点によってそれぞれ僅かに時刻は異なりますが、概ね朝7時過ぎから夜7時半頃まで約12時間もの間、一切の飲食を断つのです。

最近食欲だけがますます盛んになったと、自他共に認めている食いしん坊の私などにはとても真似の出来ることではありません。しかし、ご存知のようにこの国マレーシアには非ムスリムの方たちも大勢住んでおられる訳で、そんな非ムスリムの方たちのために、KLの多くの飲食店などは普段と変わらず日中も営業を続けています。

そんなレストランではトドンを被ったムスリム女性が働いていることも少なくないのですが、お腹が空いているだろうに、きっと辛いだろうなぁ、偉いなぁと、ただただ感心して眺めています。

しかしムスリムの友人・知人に聞いてみると、子供の頃から慣れているので決して辛くない、食べ物や飲み物ではなくスピリットでお腹が一杯だからハッピーだ、などとなんとも高尚な答えが返ってくるのですが、長年世俗の垢に塗れてきた私などには信じられない話です。

中には、「いややっぱり腹が減るから確かに辛い。でも、断食を成し遂げた時の達成感とそれをみんなで共有できることが嬉しい。だから頑張る」と正直に打ち明けてくれる友人もいます。それにこのラマダン月は会社員の彼らにとって嬉しいこともあるのだそうです。

それはいわゆる早引きです。普通彼らの勤務時間は、8時5時または9時5時なのですが、ラマダン期間中だけは夕方4時とか、4時半の早退が許されるのだそうです。もちろんムスリム社員のみの特権なのだそうです。

「ランチの時間は何してるの?」と意地悪な質問をしてみたら、「会社の休憩室で寝てる」と、なるほどな答えでした。

そして、いつもこの時期になるとローカルテレビなどで繰り返し放映される、所謂"スピリチュアルなショートムービー"ですが、今年は出来の良い作品があまり見当たりませんでした。しかし、↓この作品は秀逸です。私が去年トライしたキナバル山が出てくることもあってイチ押しの作品に取り上げたのですが、本当に仄々とした気持ちにさせてくれる良いムービーだと思いますので、是非ご覧下さい。



ところでこのムービーの最後に映し出されているサラワクの"Rumah Panjang(長い家)"は、実は私のマレーシアンカルチャーのターゲットのひとつです。可能ならこのRumah Panjangにホームステイして、Sarawakianの暮らしや伝統文化に直接触れてみたいものです。



ここまで書いたところで、今日のタイトルを思い出しました。いつもそうかも知れませんが、タイトルと中味が違うのではと思わせる書き出しは私の悪い癖ですね。

では本題のスリングボックスとクロームキャストのことについてです。

先ずクロームキャスト(Chrome Cast)ですが、しばらく使ってみましたが素晴らしいの一言です。何が素晴らしいかって言うと、テレビの大画面で観たいネット動画やスポーツ中継などの高精細ストリーミングビデオが、スマホやタブレットなどのデバイスとテレビをHDMIケーブル等で接続することなく実に簡単・手軽に観れる、"優れものガジット"だと言うことなんです。

クロームキャストの物理的な外観や構成、それにテレビとの接続状況については前回ブログで紹介しましたので今回は省略しますが、とりあえずはクロームキャストで大画面テレビに映し出したHD映像を写真に撮りましたのでご覧ください。

↓これはクロームキャストでデバイス(ipod toch)から自宅の大画面テレビ(Sony47インチ)にキャストしたユーチューブアプリの4k動画の一場面です。

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↑この写真では映像の鮮明さがあまり伝わってきませんが、本物はとても高精細な映像で私は大変満足しています。

↓キャスト中のデバイスです。クロームキャストの素晴らしいところは、キャスト中であってもデバイスそのものはキャストにまったく影響されず、ブラウジングやメール送受信などのその他の操作が自由にできるところです。

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つまりデバイスで一旦キャストしてしまえば、ネット動画(ストリーミングビデオ)のダウンロードとテレビへのインプットはクロームキャスト自身が行うので、その後のチャネル切り替えやキャスト終了操作の他は、例えばデバイスの電源をoffにしたとしてもテレビの画面上の動画などにはまったく影響を与えないのです。

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いや、まったく素晴らしいとしか言いようがないでしょう?まぁそうは言っても、クロームキャストに対応できるアプリの数はまだ限られているので、例えば私が好きなNHKワールドなどはスマホやタブレットのアプリからはキャストできないなどの不便はまだあるようです。もっともっと対応アプリを増やしてもらいたいものですね。(もっともNHKワールドはノートPCのブラウザ画面からキャストできるので画質を追求しなければ今でも可能なのですが)

それと、まだ少しバグが残っているようで、たまに突然キャストが強制中断されたりもしますが、そのうち改善されるものと期待しています。

いずれにしてもこれで4980円とは嘘のような夢のガジットには違いないです。イチ押しどころか、同好の方には強くお勧めしたいです。



次にスリングボックスです。

スリングボックスについては、これまでも多く書いてきましたが、ここマレーシアで日本のテレビ番組を楽しむ有力なツールです。このスリングボックスを先に紹介したクロームキャストを使って見れるようになれば、これはもう鬼に金棒だと思います。

だって、スリングプレイヤーをインストールしたデバイスとテレビをHDMIなどのケーブルで繋ぐ必要がないのですから、デバイスの自由度はこの上ありません。

このデバイスとクロームキャストさえあれば、自宅のみならず世界中の旅行先のホテルなどでも実に簡単に日本のテレビ番組が楽しめるというものです。

と言うことで大いに期待をしていたのですが、実はスリングボックス、と言うかスリングプレイヤーの映像が最近やたらと不安定なのです。もちろん安定的に良好な時もあるのですが、日にちや時間帯によっては画質が極端に劣化したり、ついにはこのように↓切断されてしまうこともあるのです。

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でもこれは、スリングボックスまたはスリングプレイヤー、そしてクロームキャストの問題ではなく、インターネット接続の問題だと思うのです。原因を考察する上での情報要素を以下に列挙してみます。

①我が家のインターネット接続の不安定はここ1年程度。その前は比較的安定していてスリングボックスもストレスなく見れていた。

②接続の不安定は、TM側の勧めによってTMunifiの10Mbpsパッケージからアドバンス30Mbpsに変えてからより酷くなった気がする。最近では、日にちや時間帯によって異なるが、30Mbps~200Kbpsと極端に差がある。200Kbps程度だとスリングボックスのみならずユーチューブ動画も普通のブラウジングもままならない。

③先月(5月)の日本一時帰国中に長女宅では、時間帯にかかわらずスリングプレイヤーの表示受信速度は4.5Mbps程度で常に安定していて非常に良好だった。

④Ooklaなどのスピードテストでは、特に夜間において、日本サーバーからのダウンロード速度が極端に低下することが多い。日本サーバー以外のマレーシア国内や日本以外の海外サーバーからの速度は日本サーバーよりも速いが常に安定しているわけではない。

⑤日本サーバーからの速度が極端に低下して、スリングボックスが完全に切断されてしまう状況でも、ユーチューブの高精細ストリーミングビデオがストレスなく見れることもある。これは、スリングボックスがP2Pコネクションであることによるものと思うが、なぜ日本サーバーからの下り速度だけが極端に遅くなるかが不思議だ。

概略、上記の情報要素から考察するに、日本からのBandwidthだけが物理的に細いことは考えにくく、またマレーシア在住の日本人ユーザーによるスリングボックス視聴者の多さがトラフィックをスタックさせているとも考えにくいことから、原因のひとつには、TMのBandwidthコントロールポリシーがあるような気がするのですがもちろん確証はまったくありません。

TMの速度の遅さについては、私が信頼する数少ないブログ、"ある投資家のマレーシア生活"の石坂氏がちょうど1年前に、"TMunifiが遅い"とのタイトルでTM側とのやりとりを含めて詳しく書いておられます。貴重な情報大変参考になりました。ありがとうございました。

石坂氏だけでなく、他のTMユーザーの中にも同様のことを仰っている方が少なくないようです。私も、今の今まで我慢を重ねてきましたが、次の一件でほぼ腹を決めました。

実は、2週間ほど前にTMのヘルプデスクに事細かなメールを書いたのです。カスタマーサービスに電話するという方法もあったのですが、口頭ではこちらの状況の細部が伝わらないかも知れないことを危惧してメールにしたためました。

しかし、折り返し受領確認メールがあることを期待したのですが、いつまで経ってもレスポンスがありません。仕方なく5日後に2通目を、そして10日目に3通目の同様メールを書いて送りました。しかし今日まで一切音沙汰なしです。(もちろん宛先に誤りがないことは確認済みです)

無性に腹が立ってきました。何が天下のTMだ、カスタマーを一体何だと思っているんだ。

あと少し待ってみてレスポンスがないようなら、カスタマーサービスに電話しようとは思いますが、それで解決するとは決して思いません。なので、最終的にはISPを変えようと考えています。

幸いなことにTMの24ヶ月の縛りはとっくに過ぎていますし、変更先のISPとしては、最近やたらと目に付く光ファイバー高速ネットのTIMEを検討中です。調べてみたところわが街モントキアラではほとんどのコンドミニアムがTIMEのサービスカバレッジの圏内ですし、わがコンドも例外ではありません。

TIMEは速度が桁違いに速いのに料金がTMunifiより安い。ただTMunifiのようにHomePhoneとHyppテレビはついて来ませんが、HPはほとんど使っていませんでしたし、Hyppテレビについても安定的高速インターネットとクロームキャストがあれば十分にカバーできると思っています。

今月末から来月初旬にかけてアクションを起こそうと考えています。もちろんその顛末はこのブログで詳しくリポートしますのでご期待下さい。

それではまた。。。



先日、一時帰国から戻って直ぐにマレーシアの運転免許証を紛失してしまったと前回ブログに書きましたが、今日はその後の顛末について書いてみたいと思います。

私の場合、いや、私だけでなくこの国に住む誰でもがそうだと思うのですが、公共の都市交通、特に電車・バスの交通網が十分に発達していないこの国では車の運転は必須です。したがって運転免許証がないとなると、どこに行くにしても即困ってしまいます。

なので今回は正直言ってかなり焦りましたが、結果としては案ずるより産むが易し、意外に簡単に再交付してもらえてホッとしています。

しかし事前に関連情報をインターネットで検索したところ、例によって見たり聞いたりの伝聞情報が主で、根拠ある確たる情報がほとんどアップされていないようでしたので、実際の体験に基づく情報源情報をインプットしたいと思います。



先ず初めに「警察届け」です。これについては、特に必要ではないよと言う方もおられるようですが、やはり届出は、しておいたほうが無難です。

なぜかと言えば、再交付されるまでは免許証が手元にない訳ですから、そのまま運転することは即ち免許証不携帯です。これは日本であれば罰金3000円の交通違反になりますがマレーシアでは如何に?

警察官の説明によると、免許証不携帯はやはり違反なのだそうですが、警察検問(Police Road Block)等で警察官に免許証提示を求められた場合の免罪符としてポリスリポートを使うのだそうです。(マレーシアでは免許証提示を求められることなどないと仰る日本人の方がいましたがそれは誤りで、特に深夜検問の場合は良くあることです。私は実際に過去3度ほど経験しています)

要するに免許証を再交付してもらうまでの間の「仮免許証」として活用できると言うことです。なお、その有効期間を尋ねたところ約2週間程度と言うことで、ネット上の他の方の情報とも一致しましたのでまぁそうなのだろうと思います。

さて、と言う訳で、私は早速最寄のBalai Polis(警察署)を訪ねました。私の住まいから一番近いBalai Polisはワン・モントキアラショッピングセンター隣にある交番のような小さなBalai Polisなのですが、一年ほど前にここを訪ねた時には、本当なのかどうかオンラインシステムが壊れているので、スリハタマスの本署に行けと追い返された記憶があります。

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今回はどうかな?と入り口ドアを開けて中に入ると、薄暗い部屋のカウンターに、髭面のマレーのオヤジポリスが一人眠たそうな顔をして座っています。

私が、英語で運転免許証紛失の警察報告を出したいのだが、、と言うと、いかにも下手な英語でそれを復唱し、オッ、オッケーと小声で言う。

それを聞いて、英語が得意でないオヤジポリスだなと判断した私は、次にマレー語で、ゆっくりと、ことの顛末を話し始めたところ、私の顔を驚いて見上げ、コーリアンかジャポンかと問う。私がジャポンだと答えると、オーオー、ジャポン、ジャポン、と言いながら満面の笑顔で立ち上がり、両手でがっちりと握手してきたではありませんか。。

突然の彼のその変貌に若干怯んだせいか、私は彼と握手しながらなぜか、サヤ・ブカン・オランコーリア、オランジャポン、オランジャポン(コーリアンじゃないよジャポンだよ)と繰り返し強調してしまいました。

なぜかは分かりませんが、私が若干マレー語を話すこと、そして私が韓国人ではなく日本人であることが彼には余程嬉しかったらしく、その後、何度も何度も気持ち悪いくらい繰り返し握手されました。

肝心の警察報告ですが、彼、J氏(その後名前交換して名前を知りました)は私に、報告書はマレー語でも良いか?と尋ね、私が、ボレ(can)、ボレ(can)と答えると、さも嬉しそうにまた握手、私に年齢を尋ね、私が彼より10歳も年上のシニアだと判ると、さも驚いたかのようにまた握手、私が日本に孫が二人もいるんだよと告げると、ワオと叫びながらまた握手、今仕事は何してると尋ね、年金生活者だよと答えるとまた握手、、かくして薄暗い(本当にうす暗い)バライポリスの中で、マレーのオヤジポリスとニッポンジジィの濃厚かつ奇妙な握手シーンが連続した訳です。

これがその時に作成したポリスリポートです。

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ご覧のようにオールマレー語です。この国ではご承知のようにいかなる役所においてもすべてマレー語表記の文書です。もちろん会話では英語も通じるのですが、全ての文書はマレー語で読み、マレー語で記載しなくてはいけません。

ただし今回の場合、報告は、氏名、パスポート番号などの個人情報の他は実に簡単な内容で良く、前回悪質業者のことを訴えた内容とは格段の差でした。

参考:報告書本文(マレー語)

Pada jam lebih 2000hrs bertarikh 28/5/16, semasa saya berada KL senteral, saya dapati lesen memandu kereta saya telah tercicir. Tujuan saya membuat laporan polis untuk rujuk pihak berkenaan sekian laporan saya.  
(2016.5.28、20時過ぎKLセントラルにて運転免許証紛失に気付く。警察報告の理由は関係各機関への参照のため)

警察と報告者(私)がそれぞれ一部ずつ保持するとして一部をもらいましたが、これで免許証不携帯でも堂々と運転ができるという訳です。

ポリスリポートの作成はほどなく終わったのですが、私が問われるままに、いかにこの国が好きかと言うことなどを話し始めたら、大袈裟に喜んでくれて、その都度握手しながら、「あんたみたいなオランジャポン(日本人)は始めてだ。是非友達にしてくれ」と何度も言うものだから、私も、まぁ、お巡りさんのローカルフレンドが一人ぐらい居ても損はないかと、最後に携帯電話番号を交換してようやく解放してもらいました。

この間約一時間半ぐらいでしたでしょうか、帰りには、前回ここを訪ねた時よりは遥かに敷居が低くなったような感じで、まぁ、悪い気はしませんでした。



次は、「免許証の再交付手続き」です。前項でも書いたように、警察報告はあくまでなにかあったときのための免罪符です。再交付に絶対必要かと言えばまったくそうではありませんでした。なので、警察報告をすっ飛ばして再交付手続きをするという方がいて当然です。

再交付手続きは当然ながら、マレーシア道路交通局(JPJ=Jabatan pengangkutaan Jalan Malaysia)に行かなくてはなりません。

JPJのオフィシャルウェブサイトによれば、KL市内及び近郊には計7ヶ所ほどのJPJオフィスがあるようです。(注:以前あったマジュジャンクションのJPJは、ビルがパークソンデパートに改築された以降閉鎖されています)

私はその中でも一番規模が大きくて空いている筈と自分勝手に想像したワンサマジュ(Wangsa Maju)のJPJに出向きました。

モントキアラからは、アンパン方面行きのDUKE高速を使った方が便利ですが、それでも日中ですから40分ほどかけてようやく到着です。途中、思ったよりごちゃごちゃしていて不便ですね。

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JPJの建物は正面のこの看板の後方にあります。なお、この右手に無料駐車場があります。

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駐車場は一見とても混んでる風に見えたのですが意外にあっさり駐車できて良かったです。でもJPJの建物入り口付近には、何かの呼込み人のような胡散臭い連中がひっきりなしに声えかけてきて邪魔くさいし、建物内は狭くてイスには座れないぐらいの人でごった返していて、それにエアコンの利きがまったく悪くて大汗かくしで、もし次回、JPJに用事がある時は絶対ここには来ないぞ、と思ったほどでした。

ナンバーチケットを手に持ち40分ほど待ったら順番がやってきたので、カウンターの係りの人に、運転免許証を無くしたので再交付して欲しい、と英語で告げると、「パスポートと写真と20リンギ(約600円)」とだけ言われました。もっといろいろ聞かれるかと思ったのにただそれだけです。。

せっかくもらってきたのだからと警察報告も併せて提出してみましたが、残念ながらそれは不要と突き返されてしまいました。(笑)

係りの人は、パスポートを見ながら何度かキーボードを叩き、プリントした再交付料20リンギの領収証に写真をクリップしたものを手渡してくれて、はい終わり、ですって。。文字通りあっと言う間の出来事です。

これ↓がその20リンギの領収証です。

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え、この後は、ど、どうすれば良いのですか、と問うと、「16番」とだけ答えてくれましたが、どうやら、この領収証と写真を16番カウンターに提出するらしい。。もたもたしているうちに「次の方どうぞ」って追いやられてしまいました。。

次に16番カウンターに行ってそれを提出すると、今度の係りもダンマリのままそれを受け取って何も言ってくれない。あのぉ、ど、どのくらい待つのでしょうかと尋ねると、ブッキラボーに「10分」と発しただけ。。

いやはや、凄まじい混みよう、そして凄まじいブッキラボー&不親切、こっちが聞かなければなにも教えて貰えない。ここには「お客様の立場に立って」などの文言は明らかに存在していませんね。

それでもきっかり10分後、大きな声で名前を呼ばれ、カウンターに出向くと、なんと簡単、なんと素早い、ちゃんと私の再交付運転免許証ができていました。ただ写真はついさっき、このJPJの入り口にあった小さな小屋みたいなところで撮ってもらったインスタント写真(4枚10リンギ40セン)なので、マレーの犯罪人みたいな顔つきで気に食わないのですが、まあ仕方がないです。

と言うか、これてすべて終わりです。いやぁ、ほっとしました。。



結局私は同日中に警察報告も免許証の再交付も終えた訳で、結果だけ見れば今回は警察報告など不要だったのかも知れませんが、でもまぁ、これがあるべき姿だろうと思いますし、なによりそのことでバライポリスのJ氏と知り合えたことも良かったのかなと思っています。

ではまた。。