最近、私はまたブリックフィールズにあるYMCAのマレー語クラスに通っています。

実はこのBH(BAHASA MALAYSIA) Level2のコースは私にとって2回目です。昨年末に1回目のLevel2を終了したのですが、まだ全部消化できてないと感じた私は、Level3に進む自信がなくて、再度Level2を受けようと、コースの開始を待っていたらこの時期になってしまったと言うことなのです。

きっと若い頃の私ならば、少々自信がなくてもガムシャラにLevel3に進んでいたのでしょうが、この齢になってようやく人並みの自制心が身に付いたと言うことかも知れません。

↓久しぶりのYMCAです。

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↓約5ヶ月ぶりのYMCAですが、心なしか周囲の景色も少し変わったような気がします。目を右に転じてKLセントラル駅方向を見ています。

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↓そのまた右を見ています。

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↓その右です。真後ろ方向になりますが、昨年はまだ工事中だった左のビルが完成し、その右に新たに2つのビルが建ち始めています。

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↓このブリックフィールズ界隈、あと10年も経ったら劇的に様変わりしそうな気もしますので、今のうちと思って、周囲360度の動画を撮影してみました。興味のある方はどうぞご覧下さい。



↓YMCAのエントランスですが、以前よりも少し綺麗になったような気がします。

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↓YMCAのレセプションです。相変わらず人の出入りが多くて賑やかです。(写真は人の出入りが途絶えたところを狙いましたが、そのためしばらく待ちました)

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さて、肝心のBHレベル2ですが、使用するテキストは前回に同じ、そしてなんと担当教師も前回と同じクアンタン出身のR先生です。

なので、私としてはこのコース、前回よりも随分楽に感じているのですが、R先生としては少々やりにくいのかも知れませんね。R先生に尋ねたところ、同じコースを2度受ける生徒は始めてだそうです。

クラスメートは全部で11名、欧州、アフリカ、中東、東南アジア、インド、オーストラリア、そして私、孤軍奮闘のニッポン代表です。随分バラエティに富んだカラフルなクラスメートたちです。

もちろん授業は英語。先生の英語はカラフルなマレーシァンイングリッシュ。そしてクラスメートたちの英語も随分カラフルです。前回のクラスはこんなにカラフルなメンバーではなかったので、特に何も感じませんでしたが、今回は凄いです。

だけど、このことは私にとってはとても良い刺激になるし勉強にもなります。英語圏のクラスメートたちでも彼らの話す英語にはそれぞれ大きな特徴があるし、非英語圏のクラスメートたちの英語には独特の母国語訛りやアクセント、そして表現方法などにもそれぞれの特徴があります。

でも、いつも感じることですが、どこの国の若者も、いや若者だけではありませんが、それぞれ目的を持って集まる人たちの共通言語は英語以外にないのです。当然ながら英語を話せない、理解できない者はその輪には入れないし、もし入ったとしても意思を疎通できずに疎外感を感じることになるわけです。(幸いなことに最近の私はそんな環境にも慣れたせいか、カラフルな人種の輪の中にいても疎外感を感じることはほとんどなくなりました。)

それにしても、国が違っても、現代の若者たちの英語によるコミュニケーション力は素晴らしいと思います。誰もが臆せず質問し、そして堂々と意見を述べるのです。

翻って日本の若者たちはどうかと考えてしまいます。果たしてこんな若者たちと、世界共通言語の英語で丁々発止に渡り合って行けるのだろうかなどと、今更ながらわが日本国の若者たちに対する英語教育のあるべき姿を思い、要らぬ心配をしています。

先週の土曜日(5/23)はこのコースの3回目のセッション、私にとっては2回目のセッションでした。(1回目は例のサムライパレードのお手伝いのため止むを得ず欠席しました)

そして、この日は恐らくこのコースの最大山場のPrefix "me"に関する3時間集中レッスン日です。

ご存知かも知れませんが、マレー語には、他の言語のような厳格で複雑な文法はありません。ひととおり目を通すだけで基本的な文法は理解できる、その程度のものだと言われています。

ただし、私たち外国人にとって難解なのは、接辞のついた語彙が非常に多いことです。動詞や名詞、そして形容詞や副詞などにもいろんな接頭辞や接尾辞がついていたりしますので、先ずこの接辞のルールをしっかり身につけ、ルートワード(基語)を判別しないことには辞書さえ引けないのです。

この接辞の代表格が接頭辞(Prefix)の"me"です。(このPrefix"me"は、さらに計6つのPrefixに分類され、それぞれルールが細分化されています。)

通常10時開始のはずの授業に大幅に遅刻して、10時25分に登場したR先生、開口一番、トゥデイ、ウィレン プリフィクスムッ モスインポテン インレベルトゥ.(Today we'll learn prefix "me" most important in level 2. )と切り出しました。

私は2回目のレベル2ですので、当然prefixやsuffixの何たるかは既に十分理解しているつもりです。理解はできるがまだ身についていないと言う段階です。しかし、他のクラスメートたちにとっては多分始めてのprefixなのでしょう。みんな、一生懸命聞き耳をたてています。

でも、このR先生のマレーシァンイングリッシュは相当に早口です。なので英語圏の生徒たちにも聞き取れない、理解できない部分が少なからずあるようです。

すると突然、誰かが、Excuse me teacher, Could you gostan please.と言いました。

ゴステン?(Gostan?) ユセッド ゴステン?(You said "gostan"?)とR先生がニヤっと笑い、そして、エブリバデ アンデステン ワッイズゴステン?(Everybody understand what is gostan?)と他の生徒に問いかけます。

授業開始前にシンガポール大使館に勤めていると自己紹介してくれた前席のW女史が、It means to reverse the vehicle.(車をバックさせることよ)ってすかさず答えました。

アハハ、そうなんですね。ゴステン/ゴスタンって、車をバックさせることなんですね。これマングリッシュの代表選手なんだそうです。いや、マングリッシュだけでなく、実はシングリッシュ(Singaporean English)でもあるのだそうです。

↓代表的なマレーイングリッシュ"Gostan"を紹介するビデオ、Oh-My Englishです。



多分、R先生の講義の途中で、説明を良く聴き取れなかった生徒の一人が、もう一度説明して欲しい、ちょっと戻って欲しい、という意味で、知ってるマングリッシュを使ってゴステンと言ったのでしょうが、コレ、厳密には誤用ですよね。

R先生、接辞の講義を中断して、ゴステンの意味とその由来について説明を始めました。R先生ご出身のクアンタン州では良く使われている言葉だそうですが、元々は航海用語の"go astern"から来ているとのことです。英語のasternって船尾のことですよね。船を後進させると言う航海用語のゴースタンがいつのまにか、車を後退させる、と言うマングリッシュのゴステンに進化してしまったのですね。

R先生、さらにマングリッシュについて、とうとうと講釈を垂れ始めました。



R先生の講釈を要約すると・・・・・

マングリッシュとは、英国英語をベースにしているが、それにマレー語、広東語、タミール語、そして多くのヨーロッパ言語をミックスし、なおかつアメリカやオーストラリアのスラングもテレビなどの影響でふんだんに取り込まれた言葉なのだそうです。

なので、マングリッシュは、別名をロジャ(※)またはロジャ語(Rojak or Bahasa Rojak)とも呼ばれているそうですが、英国英語をベースにしていることで、その独自性を確立しているのだそうです。(※ロジャとはマレー語でスナックやサラダやごちゃ混ぜ料理の意です)

ナルホドなぁと感心しましたね。

さらにR先生曰く、都市部の人間は昔も今も英語を話す。しかし、田舎には英語を話せない人間が多い。都市部の人間が田舎に行って、オレたちは英語も話せるんだぞと自慢気に英語を話すが、田舎の人たちにも通じるようにマレー語なども混ぜて話すようになり、次第に今のロジャ語になったのだ、とのことです。

はい、良く分かりました。マレー人の話すごちゃ混ぜ英語がマングリッシュ。抑揚もアクセントもなんとなくマレー語や広東語に似てますよね。良く聞けば確かに英語なのだけど、ちょっと聞いただけではマレー語か中国語のようにも聞こえるマングリッシュです。

ところで、R先生のイングリッシュもマングリッシュですよね?

えっ、私の英語?これはマングリッシュじゃないです。これはフツーのマレーシァンイングリッシュです!(Manglish≠Malaysian English?)

・・・・・・・・・・・・・(しーん)



ここで突然、話があらぬ方向に飛んでしまうようで恐縮ですが、今しがた、ちょっと腹立たしいことがありましたので是非聞いていただきたいのです。誰かに話さないと腹の虫が治まりません。

実は、ほんの数分前までエアアジアのプレミアラインに電話していました。プレミアラインと言うのはつまりビジネスクラスのお客様相談センターのようなところなのですが、このブログを書いている最中に友人から電話があり、ビジネスクラスの預け荷物の重量超過と超過料金に関することを、本人に代わって確認して欲しいと依頼されたものだから、ブログを書く手を止めて電話していたのです。

友人からここに電話して、と言われたプレミアラインの専用電話番号に電話すると、直ぐに録音メッセージが流れ、なんとこの通話は1分につき2リンギ弱もかかると言うのです。おいおい、なにがプレミア専用ラインだよ、とイラつきながらしばらく待って、ようやく担当に繋がりほっとしたのも束の間、友人になり代わって電話してることを宣言したにも関わらず、ビジネスクラス搭乗の本人確認が必要とのことで、友人の氏名、住所、電話番号、予約番号などさんざん言わされた挙句、ブッキングに使用したemailアドレスを言えという。

えっ、そんなの分からないよ、とも言えず、確認して再telするハメになったのですが、その後、2度目の電話も、同行者の生年月日を言え、などという意地悪な質問に答えられずにあえなく撤退、いよいよ3度目の正直だぞと、本人たちの個人情報の大半を聴き取った上の最終トライとなりました。

頭にくることに、電話の向こうの相手は毎回異なる人物です。何度も何度もいちから説明してなんとか本人確認はクリア。では質問をどうぞと言われ、エクセスバゲージのことだけど、40kgのアローワンスを超過しトータル60kgほどになるが、バゲージドロップは可能かと尋ねたところ、チェックインカウンターで超過料金を支払えばできる、との返答。

しからば超過料金はいくらになるか、と尋ねたところ、ここでは分からないのでチェックインカウンターで聞け、とのこと。こっちは一般的なことを聞いているのだ、1kg超過につきいくらだとかはないのかとたたみかけると、さもメンドくさそうに、ありません、だと。そんな馬鹿な、ないわけはないだろう、知らないだけだろうと思ったが、こんな奴を相手にしていると腹が立つばかりなのでサンキューも言わずに電話を切りましたが・・・・・・・

なんと不親切、なんとブッキラボー、なんとツッケンドン、なにがプレミアラインかよ、なんなんだここは、、、、と、正直言って頭にきました。さんざん本人確認に時間を費やしておきながら、肝心の答えは調べもせずにカウンターで聞け、ですと。

しかも、担当者の英語は100%のマレーシァンイングリッシュです。いつも思うのですが、耳をすませて聞いていても良く聞こえない、いや聞こえないのではなくてまるで別物のワードに聞こえるのです。特に電話会話の場合は難解です。もうなんどもなんども同じような経験をして、ある程度は聞こえるようになったつもりでいたのですが、いやいや、まだまだのようですね。

それにしても、英語圏の人たちも口を揃えて言ってますが、マレーシアンイングリッシュは聞きにくい、慣れないとまるで別の単語に聞こえる、まさにそのとおりです。確かにマングリッシュとしての独自性を確立していることは素晴らしいとは思うのですが、英語を聞いているつもりでいても不思議にすんなりと頭に入ってこない、それがマングリッシュでありマレーシアンイングリッシュなんだとあらためて感じました。

ここまで書いたら大分落ち着きました。こんな私の低劣なボヤキにもお付き合いいただき大変ありがとうございました。(笑)

おっと、書き忘れてました。プレミアラインに電話し終え、私のプリペイド携帯の残高をチェックしてみてさらに腹が立ちました。こんな些細な電話ひとつでなんと約30リンギも引き落としされていたのです。たいしたプレミアラインですよ。トホホのホですね。(泣)



さて閑話休題です。

ゴステンの話題で大分まわり道をしましたが、ようやくprefixの講義に戻りました。でも、R先生のフツーのマレーシァンイングリッシュも良く聞いていると、かなり面白い。

メナ、メナって言うからなんのことかと思っていたらマナー(manner)のことだったし、ベテリも最初何を言ってるのか分からなかったけどバッテリー(battery)のことだったんです。

こんな面白ワードが一杯あって、私はprefixの講義に集中できなかったのですが、以下、さらに一例を紹介すると、ペレントはペアレント(parent)、ペーがペアー(pair)、エダがアザー(other)、ペシブがパッシブ(passive)、メネジはなんとマネージ(manage)のことなんですよ。

ね、フツーのマレーシァンイングリッシュでも結構面白いでしょう?こんなのにゴステンやチョップ(stampの意)が混じるマングリッシュなんて、分からなくて当然と思いませんか?

ここで、話をマレー語に戻しますね。

マレー語は、世界の言語の中でも最も簡単な方だって聞いてたものだから、最初は舐めてかかってました。ところが案の定、日本人会の週1時間だけじゃモノになろうはずがありません。いくら優しい言語と言えども、外国語の習得がそんなに簡単にできるわけがないのです。

なのでYMCAで週1回3時間のコースも取っているのですが、それでもまだまだ少ない。できればマレー人コミュニティの中にどっぷり浸かって暮らせば良いのだろうけれども、My better halfのことを思うとそれもできない相談だろうと思うのです。

事前に準備した言葉で問いかけし、期待どおりの答えが帰って来てようやくカタコトの会話ができる、私の場合はまだその程度なんです。これじゃあいつまで経っても目標には届かない。

なにが足りないかと言えば決定的に語彙が足りない。語彙が足りないからネイティブの会話を聞いても瞬時にその意味を理解できないし、例え意味が分かったとしても言いたいことの3分の1も言えない。これじゃあいつまで経ってもカタコトの域にも届かない。正直言ってかなり焦ってきましたね。

努力が足りないと言われればそのとおりなのかも知れませんが、特に最近は加齢性の脳細胞減少症とやらが進行しているらしく、並みの努力ではこれがなかなか難しいのです。

なんとか楽に語彙を増やす方法はないものかと、いつも日本人会マレー語クラスのタカちゃんと話をして、語呂あわせをおふざけ兼ねて考えたりしていますが、日常会話に必要と言われる数千の語彙を全部語呂あわせでカバーできるわけもないので、ほんの気休めにしかなりません。

それでも語呂あわせで憶えた単語はなかなか忘れない。だから、コレでひとつでもふたつでもニューワードを憶えられれば儲けものです。恥ずかしながら↓はそのホンの一例です。

yakin------------夜勤(やきん)は自信(confident)もってするもんだ  
kami/kita---------誰が髪(かみ)切った(きた)? 自分たち(we)だよ
undang-undang-----法律(law)うんだうんだ言わない
agama------------宗教(religion)あがまう(崇まう)もの
gosok------------ゴソゴソこする(rub)
daki--------------だきだき登る(climb)
cat---------------チャットしながらペイント(paint)するな
sukarela wan-------ボランティア(volunteer)か、すかたねなー≒仕方ねなー(スカレラワン)
ganggu------------玩具(ガング)鳴らして邪魔する(disturb)
ejek--------------えーじぇえーじぇとからかう(tease)
eja---------------スペル(spell)なんかどうでもエージャ
utara-------------北(North)に行って売ったら(ウタラ)いいじゃん
ketawa------------笑って(笑うlaugh)食ったわ(クタワ)
pendek------------短い(short)ペンでも   ←下段に続く
surat-------------すらスラット手紙(letter)が書ける

語呂合わせなんて、所詮はオヤジギャグと笑われるのでしょうし、こんなことを考えている暇があったら、もっと真っ当な勉強しろよって言われそうですね。(笑)

でも、でもですよ、YMCAのマレー語クラスで、R先生がこれは重要だからって何度も何度も繰り返し説明している接辞のこと、一見なんの脈絡もなさそうな単語の先頭文字によって分類されるPrefixのことだって、こんなこともオヤジギャグで憶えられないものかと、藁にも縋る思いで今必死に考えているのです。

そのうち妙案ができましたらご披露しますね。

それではまた。
(何を言いたいのか訳の分からない文章かつ尻切れトンボで終わるようで心苦しいのですが、瞼が重くて重くてしょうがないので今日はこれで失礼します。)

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みなさん、こんばんは。

今日は、私の住む街クアラルンプールのモントキアラで、先日(5月9日)行われたパパママちびっ子サムライパレードのお話をしてみたいと思います。

実はこのサムライパレードですが、みなさん憶えておられますか、昨年の今頃、クアラルンプール日本人会でMy Better Halfの布絵本展示会とコラボした友人アレックスの甲冑展示会のこと。

そうです、今回はその彼の手製の甲冑を身に纏ったインターナショナルなちびっ子とそのパパママたちのサムライパレードのお話なんです。

先ずは、甲冑作者の友人アレックス↓をあらためて紹介させて下さい。

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以前のブログにも書いたことがありますが、日系メキシカン3世の彼は、1世のご祖父が東北宮城県のご出身だそうで、そのせいか伊達政宗などの戦国武将たちにいたくご執心です。

彼は、メキシコの大学でグラフィックデザインを学んだフォトグラファーなのですが、いや実に多才な人物で、特にその芸術的、美術的センスは私などの武骨者とは大違いです。

幼い頃から慣れ親しんできたと言う様々な楽器を自在に操り、彼が現在所属しているKLのアマチュア交響楽団では、最近までビオラを弾いていたのですが、この前、もっとレベルの高い交響楽団のオーボー(オーボエ)奏者のオーディションに合格したと言って喜んでました。

彼は音楽のことでも私に詳しく話を聞かせてくれるのですが、如何せん、この私は昔っから音楽の時間が大の苦手と言う手合いです。もちろんカラオケでは歌謡曲やライト演歌などの和モノを得意げに歌ったりするのですが、譜面が読めない、楽器を知らない、扱えないと言う典型的な体育会系的人間です。

なのでせっかくの彼の専門的な話も、およそ猫に小判状態なのですが、それでも彼は一生懸命説明してくれたりして・・・・私としては、いやとても有難いことだと思っています。

また先日、彼の家で中国茶会をやろうと言うことになり、KL日本人会の英語クラスの女性達と一緒に行ってみたのですが、しかしまぁ、彼は何事にも凝り性と言うか、芸術的なんですね。

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↓最近買い揃えた中国茶器で、習い憶えたと言う作法どおりにいろんな中国茶をみんなに振舞うアレックスです。

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↑普段は強気の女性陣も、流石に神妙な面持ちでちょっと押され気味ですね。(笑)

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↓ええ、もちろん中国茶もいいのですが、私はついでに彼の甲冑工房を覗いてみました。

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コンドミニアムの一室が彼の甲冑工房なのですが、狭いながらも実に機能的。甲冑作りのための各種部品や工具類など・・・

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↓そして、本棚には甲冑作りのマニュアルもありました。

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彼の甲冑は100%手作りなのですが、特に感心するのは、その材料のほとんどをダイソーなどの100均ショップで求めていることです。100均ショップで買い求めた材料を見事に創意工夫して甲冑を作る。もうこれだけでも凄いです。

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しかし彼の甲冑はとても精巧にできています。本物そっくりと言うか、そして、この甲冑が何でできているのか、どのように作られたのかを尋ねた誰もが一様に驚きます。

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細かな部品のひとつひとつに至るまですべて手作りです。材料を創意工夫し繊細に加工していきます。彼のアイディアとその創作技術には、類稀なる芸術的、美術的センスが見事に生かされています。

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そんな彼の甲冑作品に目をとめたのが、モントキアラにもたくさんのコンドミニアムを保有・管理しているUEMサンライズと言う、大手の不動産開発会社の女性イベンターさんです。

モントキアラにもたくさん住んでいる日本人ヤングファミリィやその他の外国人ファミリィ、そして地元のヤングファミリィに、誰もが大好きな日本のサムライ文化を体験させたいと言うのです。

もちろんアレックスも望むところです。二つ返事ですぐに↓こんなイベントの開催が決まりました。

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サムライパレードの規模は25名程度、オール手製の武将隊としては結構な人数です。アレックスは不足の甲冑を不休不眠で作ったと言います。

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そして5月9日当日です。モントキアラJalan Kiara 2の突き当たりにある↓UEMサンライズのコミュニティセンター(Chil‐OutT)がパレードの準備会場です。

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当日、私とMy Better Halfは甲冑の着付けを手伝いました。もちろん、事前にアレックスから着付けの特訓を受けてのことなんですけど。。

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↓こんな可愛いちびっ子に着付けするもう一人のアシスタントは、私のマレー語クラスメート、髭のinuさんです。

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そして不肖ワタクシひねくれ団塊の登場です。先にパレードの総大将役のパパ、次に足軽隊のちびっ子を着付けしたところ、なんとママもやってみたいですって・・・・うーん、このママには女武将がお似合いかなと思ったのですが、彼女、男武将をやりたいって。。。

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↓さあ、ちびっ子たちの準備はいいかな?

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↓さぁパレード準備だ、みんなくつを履いて一列に並んでみてね。

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↓おーいそこの足軽隊のみなさん、ちゃんと前向いて並んでね。

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↓お、ちびっ子女武将隊もなかなかカッコいいよ、ん?ど、どうしたの?な、なんで、泣いてるの?泣かないでよ、頼むからさ。ちょっと我慢しててね。

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↓おーいそこのちびっ子サムライたち、遊ばないでね、もうすぐ出発だからって、注意している忍者は甲冑作者のアレックスです。

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↓ワイワイガヤガヤ、これじゃアッツくてたまんないよ、あはっ、早く出発しろよなぁと、言ってるちびっ子武将隊デス。

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↓さ、いよいよ総大将を先頭にパレード開始です。

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↓みなさん、立ち止まらないで下さい。

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↓ホラ、後ろがつっかえてますよ。なーに言ってんの、ワタチたちお姫様は早く歩けないんだから。。だって杖ついてるんだもん。

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↓あはっ、ちびまるくん、刀抜いて遊んでるから遅れちゃうんだよ。早く前についてってよ。。ママも気が気じゃないよ。

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↓パレードの途中だけど、みんなで記念撮影です。一番前の伊達政宗パパの兜の三日月がサマになってますね。

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↓ちょっと失礼、ズームアップさせて下さい。うーん、このパパ、見事に絵になってますね。日本の方?ですよね。ちょっとはボカシを入れたつもりですが、これ以上(ボカシを)強くすると精悍なお顔が見えなくなるのでコレぐらいで許して下さいね。

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↓みんなー。ちゃんと並んでね。ハイ、カメラさんこっちこっち。大忙しのアレックス忍者です。

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↓うんいいですね。みんな可愛くてカッコいいです。たくさんの見物の人たちが上から覗いてまたしよ。

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↓ねぇねぇ、そこのお姫様と女武将隊さん、みんなこっち向いてよ、ほら長刀をちゃんと握ってね。

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↓ほら、そこのボク。。キミは男サムライなんだから、こっちじゃないよ、あっちだよ。え?キミって女の子だったの?

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↓アハハ、そんなに睨みつけたってちっとも怖くないからね。みんなカワイイよ。

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このアレックス忍者の忍者服、実はこれも彼のお手製なんです。なにを隠そうその隣のお姫様の着物も被り物も、みんな見よう見真似(グラフィックデザインはお手のものです)で彼が作ったのだそうです。彼、ミシン掛けの達人なんですよ。

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↓大人武将隊の勢ぞろいです。さぁ、これからパフォーマンスが始まりますよ。

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↓忍者アレックスが前で演技するので、みんなその通りにやってみてね。

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↓えいっ、やぁっ・・・・、ちょ、ちょっと違うなぁ。。でも仕方ないよ、練習なしのぶっつけ本番だからさ。。

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↓と言うわけでアレックス忍者だけが、いやいや、全員とってもサマになってるグッドパフォーマンスでした。

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ハイ、記念のポーズです。。みなさん、拍手をお願いしますね。

この後、また陣形を組みなおし、ゆっくりとパレード再開です。そして大人もちびっ子も全員脱落することなしに無事UEMサンライズのChil-Outに戻りました。パパもママもそしてちびっ子のみなさんも暑い中よく頑張りましたね。



このマレーシアの地で、日系メキシカンお手製の甲冑を身に纏ったインターナショナルな武将隊パレード、なかなかあり得ないコンビネーションでしたが、とても楽しい日本文化の体験・紹介イベントだったと思います。私たちもこんな楽しいイベントを多少なりともお手伝いできたことを本当に嬉しく思っています。アレックス、そしてイベンターのJunkoさん本当にありがとう。(ご参考までに当日5月9日、私はこの後、前回記事で紹介した刺し盛りパーティの準備と参加で朝から晩まで大忙しでしたが、とても充実した長い1日でした。)

ではまた。。


みなさん、こんにちは。

私の右眼の術後はすこぶる順調です。みなさんに、術後のアルコールは絶対ダメ!と、お叱りをいただいたお陰で若干はセーブしたことが良かったのかどうか、あれほど真っ赤っかだった白目が大分きれいになってきました。

もちろん、今まで右目に覆い被さっていたあのエイリアンみたいな奇妙な膜はもうありません。こうなると身も心も軽くなって、こんなことならもっと早く手術しとけば良かった、なんてほざいたりもしたくなります。

とにかく、手術して下さった女医さんに乾杯!、ISECに乾杯!、マレーシアに乾杯!です。えっ、なんで乾杯かって?そりゃ、あなた、嬉しい時には乾杯でしょ、だから、今でしょ?それともなんですか?下戸の方たちはこんな時、お茶かコーヒーをグビですか?それって、なんか、、、サミシクありません?

なんて、のっけからバカ言ってしまいましたけど、こんな私をご心配下さった方々、本当にありがとうございました。

さて、今日は久しぶりに地魚のお話です。

このところスラヤンのパサーボロン(卸売市場)から足が遠のいていましたけど、4月下旬の日曜日と一昨日(5月9日)の土曜日、久々にお刺身盛り合わせのご注文をいただきましたので(注:と言っても一銭にもならないボランティア出前ですけど)、私、男ひねくれ団塊板前モドキ、みなさんの喜ぶ顔が見たくて頑張りましたです、ハイ。

↓久々のクアラルンプール卸売市場の朝3時半です。

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↓市場横のフードショップ&レストエリアですけど、結構賑わってますね。

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↓そして市場の中です。あー、このニオイ、この汚さ、この喧騒、こんな雰囲気が好きだなんて、私は多分普通じゃないです。人一倍きれい好きでニオイが大嫌いのMy Better Halfを連れて来たら卒倒すること間違いなしです。

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↓まぁ、静止画だけでは雰囲気が良く分からないでしょうから、ここはひとつ、動画を撮ってきましたので是非ご覧下さい。



いかがでしたか。ここは新卸売市場の方ですが、ジャランクチンの向こう側にあるスラヤンの旧卸売市場も同じようなものです。いつ行ってもこんな感じです。

カメラを向けていると、ある若者が、Surat khabar yang mana?と声を掛けてきました。えっ、何処の新聞社かって?こんな安物カメラなのに新聞社に見えるのかい?申し訳ないけど、Bukan, bukan surat khabar、い、いや、新聞社じゃないっす、って答えときました。

お、お、おっ?↓これはなんだ?イナダかワラサみたいに見えるけど・・・・

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Apa nama ikan ini? これなんて言う魚って、そこのオニイサンに聞いたら、後にいたオヤジが、Ikan Pisangだ、バナナフィッシュだよって言う。ナニ?コレがバナナフィッシュか、しかし、ワラサ、いやヒラマサみたいにも見えるけどなぁ。。

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ホントかなぁと頚を傾げながらちょっと奥に行ったら、そこにも同じ魚があったから、そこでもう一回聞いてみた。そしたら今度はオニイチャン、こいつはサーモンだよ、なんて言う。ほぉ、こいつはサーモンか、サーモンねえ・・・・

要するにさっきのオヤジもこのニイチャンも、毎日魚仕入れて、毎日魚売ってるけど、魚の名前も知らないんだ。それでか?いつかこの辺で、この魚は何処から来たかとか、いつ上がったかとか聞いたら、なんと、こいつは港から来たんだ、さっき来たんだ、なんて胸張って言ってたけど、要するに何にも知らないってことだ。

分かった。彼らに聞いても無駄だ。もうなにも聞かない、自分で調べる。。

さっきの魚だって、ひょっっとしてヒラマサだったりしたら、しかも天然ヒラマサだなんてことならビックリだよ。よし、次に来た時に絶対買って食ってみよう。(今日は無理、なぜならマグロとスズキとヤリイカだけで重くて持ちきれないから)

↓コレ、ジャワラビットフィッシュです。自分で調べました。

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↑いつもいかにも新鮮そうに見えるので、そのうち食ってみようと思ってましたが、先日、ついにちょっと大ぶりのこいつを喰らってみましたので、後(本ブログの最後)で、こいつの食味をリポートしてみたいと思います。

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↑グルッパと↓アンダマンアジ(推定)

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↓かなり大型のスズキ。赤目スズキじゃない黒目のスズキ。

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↓いかにも美味そうなアオリイカ。

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おっと、そんなに遊んではいられません。今日は、魚の買い付けに来たのです。

この後、予定どおり、コシナガマグロ3本(5.2kg)、赤目スズキ3本(3.7kg)、ヤリイカ3本(2kg)買い付けました。〆て145リンギ(4800円程度)。でも、本当に安いですよね、これで24人分の刺し盛りができるのですからね。

家に帰り、辺りはまだ真っ暗だと言うのに、私独り、何の因果か、黙々と魚捌きです。

パーティは翌日。なので、今日は柵に取って冷蔵庫で一晩寝かせます。このマグロはその方が美味い。何度も実験した結果の知恵です。スズキとヤリイカは当日でも翌日でも同じ。なので、翌日のパーティ用の魚買い付けは前日朝に済ませて柵取りする、そのように手順を決めています。

↓左バットがスズキ、右バットがコシナガマグロの柵です。この他、ヤリイカ2kgも捌いて、翌日は切って盛るだけ。今日の作業はこれで終了です。

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そして翌日です。夕方6時のパーティ開始に併せ、3時半から切り方開始。キッチンペーパーとラップに包んで一晩寝かしたコシナガマグロは、余分な水分が出てちょうど食べごろです。身が締まったスズキは適度な歯応えと甘み、ヤリイカもその柔らかさと甘味がなんとも言えない絶品です。この3種をせっせと切り分けて大皿に盛り付けます。

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ふうー、ようやく大皿3皿の刺し盛り完成です。男ひねくれ団塊板前モードで一生懸命頑張りました。でも、この前も感じたんですけど、私の盛り付け方、いくら板前モドキと言えどイマイチ不満です。プロの方の盛り付け写真などを参考にいろいろ工夫はしてみるものの、結局最後はこんな風になってしまいます。やっぱり私にはアーティスティックな才能が不足しているのかも知れませんね。

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今夜の刺し盛りパーティ会場は、モントキアラの、とあるコンドミニアムの最上階(43F)ラウンジ。でも、はっきり言って、大皿3皿引っさげて最上階ラウンジまでは大変でした。なぜって、なぜかエレベータは39F止まりでそれから上は階段上りなのです。たった4階分ですけど、ちょっと汗かきましたね。

でも、見て下さい。ラウンジから見るモントキアラの夜景ですけど、こんなに素晴らしいのです。

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バルコニーから下を覗くとこんな感じ。なかなか眺めも良くて、お酒も話も弾みました。もちろん板前モドキ作成の刺し盛りもみなさんに喜んでもらえて、いやぁ、今夜のパーティもサイコーでしたなぁ。

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さて、今日のオマケです。

↓ジャワ・ラビットフィッシュ(マレー名:Dengkis jawa)と言うアイゴ科のお魚です。いかにも新鮮で美味しそうと思いませんか?えっ、思わない?そうですか、やっぱり私の見立てがイマイチなんですかねぇ。

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とにかく、頭を落とし腹を出してみましょう。

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そして、3枚にしてみました。と、ここまではすこぶる順調。。見て下さい、半身の白い身肉などプリプリで美味しそうでしょう?

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しかし、ここで私のいつものクセ。この段階で半身の身肉の匂いを嗅ぐのです。。

ん、ん、ん?コレ微かに匂ってる。良く言えば磯の香り、普通に言うと青臭い。。こりゃ、刺身は無理かも。。

でも、ここまできた以上、もちろん柵に取り、刺身に切って食べました。わさびもつけて。。

んぐ、んぐ、んぐ・・・・ダッメだぁぁ・・・・こりゃ刺身じゃ無理、青臭さがやっぱり邪魔!

後で調べてみると、こいつ、もっぱら磯で海藻食ってんですね。だから、磯臭いっていうか青臭さが身肉まで染みてる。結論、このラビットフィッシュは刺身に不適、勝手ながらそう判断しました。もちろん、煮たり焼いたりすれば美味しいのかも知れませんけど。。

以上、ジャワラビットフィッシュに関するオマケの情報でした。

それではまた。。





先日の日曜日(5月3日)は、日本では憲法記念日、当地マレーシアではWesak Day(釈迦誕生日)と言うナショナルホリデーでした。

今年のマレーシアのWesak Dayは5月3日の日曜日と重なったため翌日の月曜日が振替休日となり、その結果、全国的に5月1日のLabour Day(メイデー)から4日間の連休となったのです。

と言っても毎日が日曜日の私たちには特に関係はないのですが、街にはカップルやヤングファミリーが溢れ、お陰でちょっぴり、この時期の日本のゴールデンウィークに想いを馳せることができました。

そして連休中の5月3日、たまたま東京から来訪中の知人夫妻と共にKL中心地近くにあるカンポンバルをDBKL(KL市役所)主催のガイド付きツアーで巡った際、思いがけずに旧日本軍の足跡に触れることができ、私は、ガイドさんの説明を聴きながら往時に想いを巡らせているうち、今日(その日)が日本国の憲法記念日であったことまで、ついでに思い出したと言う訳です。

そうか、今日は憲法記念日だったか、なんて呟きながら、家に帰って日本の関連ニュースをネットでチェックしてみると、先ず目に飛び込んできたのは毎年恒例の護憲派集会の記事ですが、そこには「すべて安倍のせい」とか、「米演説は露骨なウソ」とか、「憲法使い切ってない…」などと言う過激な文字が踊っていました。

その後複数メディアの関連記事にも目を通しましたが、いつものメディアがいつもの難癖記事のオンパレードです。いやはや日本と言う国は、いつまでもなぜこうなのだろうとまたしてもうんざりさせられました。

よって、今日のブログはいつもとはちょっと趣を変えて、こんなことがらに対する私の普段の思いや気付きを少々書いてみたいと思います。



ところで、KLのカンポンバル(Kampong Bahru)は、KL市街中心地近くに今も残るKL最大最古のマレー集落です。

↓ツインタワーなどの高層ビル街区の手前に広がっているのがカンポンバル地区です。

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英国殖民地時代に始まったマレー人専用の広大な居住地は、ツインタワーなどの高層ビルが林立する市街区に隣接しているため、近年、再開発と歴史や伝統文化の保護政策の間でかなり大きく揺れ動いているのですが、今なお続く伝統文化、伝統家屋などを広く内外に広報しようと、昨年(2014年)10月から無料の英語ガイド付きツアーが開始されています。

このガイド付きツアーは、以前このブログでも紹介した別の2つのツアー(リトルインディアツアーとムルデカヘリテージツアー)と同じくDBKL(KL市役所)の企画・主催です。

しかしながら、再度お断りしておきますが、今回の記事はこのツアーの紹介記事ではありません。ツアー中に想いを馳せたことを起点にした日本国内の社会事象に対する私の普段の思いと気付きを述べてみたいと思います。



ガイドさんの案内で、ツアーウォーキング中、Kelab Sultan Slaimanと言う施設に立ち寄りました。このKelab Sultan Slaimanの建物はこのカンポンバル居住民の社交クラブ施設で、ツアーの集合場所となった現クラブの前代のクラブ建物のレプリカなのだそうです。

↓第2世代のKelab Sultan Slaiman(レプリカ)です。現在はギャラリーとして使用されています。

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建物の後方には、サッカーコート2~3面程度の広いフィールドがあって、今では学校のグランドとして使用されているのだそうですが、英国殖民地時代の戦前は英国にまねてクリケットなどが盛んに行われていたそうです。

今から74年前の1941年12月8日、ハワイ・真珠湾攻撃開始の1時間前、旧日本陸軍がマレー半島東海岸のコタバルに奇襲上陸、その後怒涛の勢いで英軍を駆逐しながらマレー半島を南進して、翌年(1942年)2月15日にはシンガポールを攻略し、英軍は降伏、その後ボルネオ及びスマトラ島を含むマラヤ全域が日本軍政下に置かれ1945年の日本敗戦に至るまで日本統治が行われました。

マレー作戦

当地クアラルンプールにおいては、英軍が早々に退却したため大規模戦闘には至らず、現在の市内には特に戦跡と呼べるものは遺されていません。しかし、クアラルンプールは昔からマレー半島統治の中心であり、市内中心部には英国植民地時代に建設され、日本軍進駐後は軍政に使われた建物が遺されてはいるものの、日本統治を彷彿させるものはほとんど目にしません。市内の各博物館に若干の日本軍火器やマレー作戦で銀輪部隊が使った自転車や装備品などが展示されているのみです。

しかしながら、今回、意外なところで旧日本軍の足跡を目にしました。いや、目にしたと言うより、ガイドさんのお話を聴きながら私が勝手に往時に想いを馳せただけなのですが、実はこのことが私の信ずるところを見事に裏打ちしてくれました。私にとって、このことはカンポンバルツアーの意外な効用だったのです。

話は変わりますが、中韓隣国による旧日本軍の蛮行説は昨今益々その勢いを増してきており、私はいつも苦々しく思っています。以前も書きましたが、戦後70年もの歳月を経た今、後世に生きる私たちは過去の史実を目の当たりにしていないので、過去に何があったのか、何が真実なのかは、人に教わり、そして自ら学ぶ以外に知る術はありません。

しかし、誰に何を教わり何を学ぶのか、そして如何なる史料や史実から如何に自らが積極的に学ぶかが重要なのです。

当地マレーシアにおいても、当時の日本軍の蛮行を今なお訴える人はいるようです。なかでも奇異に感ずることは、現代の当地の一部学生たちがそのことを信じ、動画作成による普及活動まで行なっているという事実です。(You Tubeなどで検索すると簡単にヒットします)

しかし、調べてみるとその殆どに史実の裏打ちがあるとは思えません。それどころか、当地の多くの歴史学者や識者と言われる方々の著書などには、それとはまったく逆のこと、つまり日本軍による蛮行など一切なかったとの文言がほとんどなのです。(どこの国にも正しくないことを教える教員がいて、教えられたことを盲目的に信ずる若者たちがいるものだと悲しくなります)

ツアーのガイドさんの説明によれば、ここKelab Sultan Slaimanの建物は、KL市内の他の著名な建造物と同じように当時の日本軍に接収され、特にここカンポンバル居住地区の軍政に使用されたのだそうです。

そして、建物の裏手に広がる広いフィールド。ここは当時、何に使用されたか分かりますか?とのガイドさんの突然の質問にちょっと面食らいましたが、軍事教練(Military Drill)ですか?なんて咄嗟に答えてしまいました。

↓建物の後方にフィールドの一部が見えています。

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ところがガイドさん笑って曰く、いいえ、そうではありません。当時の日本軍は食糧不足を補おうと、この広いサッカー場を野菜畑に変えて野菜を作っていたのです、とのこと。

ツアーの他の参加者たちからは特に目だった反応はありませんでしたが、私には強烈なパンチ、でも喜ばしい強烈パンチでした。

電撃的にマレー作戦を成功させた日本軍ですが、1942年に入ると徐々に制海権を失うようになり、そのため後方作戦に支障を来たし十分な補給も得られず、慢性的な食糧不足に陥っていたのです。しかしながら、軍律厳しい旧日本軍においては、現地人からの食料品その他の召し上げ、窃盗・搾取は一切まかりならん、もしも発覚したる場合は厳罰に処す、との軍司令官の命令一下、極めて統制的かつ自律的な行動であったと、複数の歴史書で読んだことがありました。

一方で、日本国内の関連書物や識者・言論人の一部にはまるで正反対のことを言ったり書いたりしている人もいて、まるで日本国や日本国民を意図的に貶める中韓隣国の方のようです。果たしてどちらが真実なのか、もちろん私の中では前者に違いないとの確信はとうにあったのですが、もし可能ならば、そんな史料をさらに裏打ちするなにものかがみつからないものかと密かに探していたのです。

旧日本軍が、軍政のために接収した施設のグランドを野菜畑に変えて食料を自給していたと言うエピソードは、まさに日本軍による蛮行など一切なかったと言うことの証左ではないでしょうか。なぜならば・・・・

ここカンポンバルは、英国殖民地政府がKL内外に散在していたマレー農家を集めて作った一大農業集落です。したがって広大なエリアには田畑が多くあり、米や野菜が豊富に作られていたはずです。それにも関わらず、旧日本軍は現地人が作った米や野菜には一切手を出さず(軍が交渉して購買するなどは当然あったのでしょうが)に野菜畑を耕して自給していたとはなんと驚きです。

そんなに軍律厳しい日本軍が、そして心根の正しい旧日本軍将兵が、マレー半島で現地人を1万人殺戮しただとか、現地人の女性を強制連行して性奴隷にしただとか、例え戦時下であったとしても、そんなことはあろうはずがありません。



以前、上坂冬子さんの「南の祖国に生きて-インドネシア残留日本兵とその子供たち」と言うノンフィクションの時代ルポを読み、当時の日本軍の厳しい軍律や、現代よりもはるかに健全だったかも知れない日本軍将兵の心意気に深く感動した覚えがあります。

南の祖国

今でもインドネシア建国の英雄として旧日本軍の将兵が公に称えられていることなどは、まさに、中韓などの隣国が、いや隣国だけでなく日本国内の一部の識者や言論人までもが声高に叫んでいる南京大虐殺や従軍慰安婦問題などの、いわゆる日本軍の蛮行とは真逆のストーリィです。

私は、南京大虐殺や従軍慰安婦問題などは、対極的な両論を知れば知るほど、それが意図的にでっち上げ、捏造されたストーリィと断じざるを得ないと確信していますが、世の中にはなぜにこうも史実に基づかない、しかも既に多くの歴史学者が指摘しているように、完全に論理破綻した無茶苦茶なストーリィを頑なに信じたり、それを振りかざす人たちが多いのかと情けなく思います。

上坂冬子さんは79歳でその生涯を閉じられましたが、このような昭和史や戦後史に対しても彼女の筆の鋭さは晩年に至るまで色あせることはありませんでした。

上坂さんと同年代の女流作家としては他に曽野綾子さんがおられます。そして少々年代は若くなりますが、最近益々溌剌としてご活躍中の櫻井よし子さんがおられます。お三方とも保守派の素晴らしい論客です。お三方の昭和史や戦後史に関わるそのご見識の高さにはまさに脱帽です。

そうそう、上坂さんと同年代の女流作家と言えば、もう一方、沢地久枝さんもおられますが、彼女はいつの頃からか9条の会などと言う、私自身の信条とは真逆の方向に走っておられるようで、つい彼女の作品からは足が遠のいてしまっています。

9条の会と言えば、私がカンポンバルのツアーで思いがけずに旧日本軍の足跡に触れて感動していた、まさにその頃、日本各地においては憲法記念日行事としての護憲派集会が開かれていたのですね。

私がオンラインメディアで目にした「すべて安倍のせい」とか、「米演説は露骨なウソ」とか、「憲法使い切ってない…」などと言う過激な文字は、すべからく、9条の会のメンバーの発言だったようです。

オンラインメディアによると、横浜での護憲派集会だったらしいのですが、女優の木内みどりさんが司会となり、演壇には、作家の大江健三郎氏、樋口陽一東大名誉教授、沢地久枝さんなどの他、民主党の長妻昭代表代行や共産党の志位和夫委員長、そして生活の党と山本太郎と仲間たちの山本太郎共同代表などが上がったとのことでした。

しかし、安倍首相を安倍と呼び捨てにした上で罵詈雑言を叫ぶとは、内容はともかくとしてこの人たちの人間性を疑ってしまいます。

いくらなんでも自国の総理大臣を呼び捨てにするなど、良識ある大人のすることではないでしょう。

しかし護憲の理由については、もういいです。聞きたくもありません。あの人たちが皆そうであるように、私自身も負けずに頑固です。私の信条は長年の学習の蓄積の上にすでに十分固まっています。反対意見などはもはや説いても無駄です、と言うより聞きたくもないのです。改憲派がいて護憲派がいる。日本は自由と民主主義の国ですからそれはそれでいいのです。

ただし、お互い日本人同士、せめて相手に対する尊敬心だけは失わないようにしたいものです。



また、大江健三郎氏の「米演説は露骨なうそ」と言うのは、安倍首相が4月29日に行った米国議会での演説を指していると思われるのですが、私には大江氏の言う意味がまったく理解できません。

そもそも、嘘をつくと言うのは(人を騙すために)事実ではないことを話すことだと私は理解しているのですが、安倍首相のあの米議会演説のどの部分を指して嘘だと断じているのでしょうか。

私も、あの首相演説には大変興味がありましたので、「希望の同盟」と題する演説の動画を何度も繰り返して見たり、外務省のサイトで演説全文の一言一句をチェックしたりしましたが、ほとんどの方の評価同様、実に素晴らしいものでした。

あの演説のどこをどう捉えて、嘘だと言うのでしょうか。またいつものことで、ほとほとうんざりするのですが、「侵略に対するお詫びなし」として非難した朝日新聞ほかの日本メディア、そしてなんと村山元首相までもが安倍首相演説をして、「おわび」に言及しなかったことについて痛烈に批判したそうです。

なぜ日本の首相が米国議会で中韓宛の謝罪演説をしなければいけないのか、そんなことをしたら却って米国に対して非礼だろうと私は思うのですけど、この方たちの思考回路は果たして正常なのでしょうか。

私は何度も英文全文を読みましたし、動画も繰り返し観ました。そして実に良く練られた素晴らしい演説であると心底感銘しました。特に最後のくだり、我々の同盟を、Alliance of Hope(希望の同盟)と呼ぼうと、安倍首相が声高らかに謳いあげた時、私は思わず感動で震えていました。

恐らく、チーム安倍が練りに練り上げたスピーチ原稿なのだろうと思います。史上初の日本国総理大臣としての米国議会での演説、しかも母国語ではない英語での演説です、でもよほど練習されたのでしょう、あの大舞台であれだけできれば上々です。

それなのに、民主党の小西洋之議員なる人物が、ひどい棒読みだとか、単語を読み上げているだけだとか、日本の高校生よりひどい、 せめてちゃんと練習ぐらいして行けなどと、ツィートしたそうですが、とんでもないことです。

小西議員はどれだけ英語が堪能なのでしょうか。私も英語にはもう随分苦労していますが、あの安倍首相の英語スピーチは実に堂々たるものでした。聴いている人に通じないどころか、実にポイントを押さえた素晴らしい英語演説であったと思います。

多分、小西議員なる人物は英語が堪能かどうかではなく、それ以前の問題なのでしょうね。

とにかく、あの演説は十分評価に値するものであったと私は思っていますが、今日、Yahooの意識調査で、この首相演説を評価するかどうかのアンケート調査結果を見てやや驚きました。

なんと、まったく評価できないと言う人と、あまり評価できないと言う人の割合が併せて38%もいるのですね。(5/5現在)

約4割と言うことは、10人のうちの4人、5人のうちの2人と言うことですからもちろん無視はできない数字です。

しかし、私はこれをナゼだろうと思ってしまいます。朝日新聞その他の国賊メディアのプロパガンダの為せる業なのかも知れませんね。もっとも、具体的なコメント欄に否定的な人の書き込みがほとんどないことから、他の誰かが指摘しているようにこのアンケート調査自体、果たして精度のあるものなのかどうか、ひょっとしたら同一人物がなんらかの手法を用いて繰り返し投票できるのかも知れないなどと、疑りたくもなります。



いずれにしても、今の世の中、国や国民を貶めるかの如くの新聞やテレビなどのマスメディア、そして識者や言論人もまだまだ健在です。そんな中、歴史問題にしろなんにしろ、何が正しくて何が正しくないのかを見極めることは決して容易ではありませんが、自分が正しいと信ずることを再評価しつつ、混沌とした世の中を正しくみつめて行かなければと思っています。

以上、今日は、これまでとは少々趣を変えて、私の普段の思いや気付きの一端を綴ってみました。

では、また。。

お断り:今日書いたことは私の普段の思いや気付きです。すべて私自身の信条に基づくものですが、異なるご意見をお持ちのどなたとも議論する気は毛頭ありません。悪しからずご了承下さい。