今日は、今回旅行記(サバ州@ボルネオ島見聞記)の最終回です。

見聞記(その1)で書いたキナバル山麓を巡る旅ですが、あらためて感想や私見を含みやや詳しく綴ってみたいと思います。

コタキナバル市街からドライバーつきのバンを走らせ、最初に到着したのはタンパルリという田舎町です。

私たちがレンタルしたバンのドライバー氏は、グリーンラベル(上級)のガイド資格を持っていると言う、私と同年代の方でした。道中いろいろな質問をしたり世間話をしたりするうち私たちともすっかり意気投合し、ガイド料はまったく払っていないのに終始ガイデッドツアーのようなフルのガイドサービスをしてもらいました。(あとで少々チップをお渡ししました。)

その彼が最初に案内してくれたのが、ここタンパルリです。

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聞けば、この地は戦時中(太平洋戦争中)、ボルネオを占領した旧日本軍の輸送部隊の拠点だったそうで、タンパルリ(Tamparuli)という地名は、実はその日本軍のTempat Lori(マレー語:テンパッ・ロリ→トラックの場所)に由来するのだとか。

これが実話かどうかは定かではありませんが、図らずも祖国日本の往時を偲び、祖国・国民のため、こんな遥か南方まで海を越えてやってきた幾万もの先人が本当にいたのだと言うことを実感させられました。



1941年(昭和16年)12月8日、祖国日本は自存自衛のための太平洋戦争に突入したのですが、良く知られているハワイ真珠湾の奇襲作戦と同時に、マレー・蘭印(オランダ領東インド)作戦も開始されたのです。

マレー半島東海岸のコタバル(ボルネオのコタキナバルではない。)上陸が真珠湾攻撃に同じ12月8日、そして、ここ北ボルネオに関しては12月16日にジェッセルトン、明けて1942年(昭和17年)1月17日にはサンダカンに陸軍部隊が上陸しています。

その後日本陸海軍は想定以上の快進撃を続け、同年3月までにはシンガポールを含む英領マレー半島全域とボルネオ島、スマトラ島、ジャワ島、セレベス島及びニューギニア島西半分などからなる蘭印全域を占領、作戦の主目的であった石油資源の確保を果たし、以降、1945年(昭和20年)8月の太平洋戦争敗戦に至るまで約3年9ヶ月の日本統治が続いたのです。



こんなことを思い出させてくれたここタンパルリ、今ではトゥアラン川に架かる川面すれすれの橋と、その脇に架かる大きなサスペンションブリッジ(歩行者専用吊り橋)で有名な観光地なんだそうです。

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このタンパルリの町を流れるトゥアラン川、昔から氾濫を繰り返していて、英領時代から日本統治時代を経て現在に至るまで幾度も幾度も架け替えられてきたのだそうです。この鉄筋コンクリートに支えられた新しい吊り橋は川下にあった元の吊り橋が流された1999年以降に架け替えられたものだそうです。

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新しい吊り橋のすぐ側にある低いコンクリート橋は、一番古くて頑丈な橋だそうで、川が氾濫しても流されないのだそうです。ただし、橋が水を被ることはしょっちゅうあるそうで、そんな場合、車を置いて人は吊り橋を渡るのだと聞きました。

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吊り橋の袂には、タンパルリの市場があり、たまたまその日は日曜朝市が開かれてました。

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市にはもともと興味がある私です。素早く廻ってみましたが、とても素朴な味わいのある市のようです。赤い服の可愛い女の子、カメラを向けるとはにかみながらも笑顔で愛想してくれました。

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ところでコレなんか分かりますか?ドリアン?いいえ。小型のジャックフルーツ?いいえ。

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コレはですね、タラップ(Tarap)と言うボルネオ特産のローカルフルーツだそうです。みんなで1個(4リンギ≒125円)買って試食してみましたが、うん、コレは美味しい。甘味も酸味も適度にあって爽やか。私はドリアンよりもジャックフルーツよりもずっと好きですね。

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朝市をもっとゆっくり見ていたかったのですがそうも行きません。バンに乗り込もうとしたところ道端のおばあちゃんと眼が合いました。どうも、朝からちっとも売れてなさそうな、もの悲しそうな眼をしたおばあちゃんです。

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私は、こんなおばあちゃんに弱いんですね。ずっと昔の子供の頃、父親の里のおばあちゃんに可愛がられたことを今でもかすかに思い出すことがあるんです。うっ、まずい、思い出がかさなっちゃったよ。私の意志に反して、口(mouth)が勝手にしゃべり始めます。



私: Hello Nenek, buah pisang ini berapa? (ねぇ、おばあちゃん、このバナナいくら?)

バ: (ちょっと考え、小さな声で) du、dua belas ringit ( ・・・デュ、デュバラスリンギ:12リンギ→380円)

私: (一瞬高いなと思ったけど)黙って10リンギ札1枚と5リンギ札1枚を手渡しました。(おつりをもらおうと思ったのです。)

バ: (しばし無言) ちょっともじもじした後、いったんは受け取った10リンギ札を私に黙って返してきました。

私: Oh, No. Berapa ini? (えっ、コレいくらなの?)

バ: (ますますか細い声で) Lima ringit (リマリンギ:5リンギ→155円)

これをじっと見ていた周りのローカル男たち: (おばあちゃんに何事か耳打ちします。)

バ: (泣きそうになりながら)首をヨコに振ってる。

私: (ハハーン、旅行者とみて吹っかけたんだね、だけど、やっぱりウソつけなかったんだ。それを見た、周りが、客が納得して金払うんだからもらっとけよって、多分こんな耳打ちしたんだろうと、咄嗟に理解しました。)

私: ちょっと考えて、右手の10リンギ札を再びおばあちゃんの手に戻しました。

バ: 半泣き状態のおばあちゃん、一瞬キョトンとし、今度はホントに顔くしゃにして泣いちゃいました。

周りのローカル男たち: 突然私を囲み、私の手をとって笑顔の握手、握手、握手攻めです。

私: 何故か分からないけど咄嗟に、Kami orang Jepun, datang dari Jepun terima kasih, terima kasih (オレたち日本人なんだ、日本から来たんだよ、ありがとう、ありがとう。)と口走ってしまいました。(お陰でおつりをもらいそこねましたけど)



なんちゅうか、元々人情話には弱いひねくれ団塊です。でも、こんな果てまでやってきて、心温まるちょっといい体験をさせてもらいました。さて、こんなほのぼ人情村のタンパルリを後にして、いよいよキナバルパークにやってきました。

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ここはキナバル山の登山口、ティンポホンゲート(Timpohon Gate)標高1866m地点です。

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やっぱりこうして見ていると、今にも登りたくなってきますね。登山口の1866mから頂上の4095mまで標高差2229m、これを1泊2日で登るのがスタンダードだそうです。

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でも、確かに標高差2229mは我が身にはきついかも知れないが、途中、小屋泊もするのだし、以前、スキーを履いたり担いだりして冬山を登っていたことを思えばできないことはないだろう、そう自分に言い聞かせ、よしいつかまたここに来ようと意を決しながら帰ってきました。

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それにしても、↑ここラナウ(Ranau)界隈はとても気持ちの良い高原地帯ですね。当日は曇ったり時々陽が射したりの天候でしたが、青空の時などはもっともっと素晴らしいのではないかと思います。

今度はラナウからサンダカンに通じる主要道から逸れ、ポーリン温泉(Poring Hot Spring)に向かいます。

ここはポーリン温泉近くのラフレシア(Rafflesia)が咲く場所(森の中)だそうです。幸運にもちょうど今咲いていると言うことで、その場所に案内してもらうことになりました。車道から森の中へは、ぬかるみがあって普通の車では無理だから、4WDに乗り換えてと言うので、乗り換えようとしたらなんとこんなちっちゃな軽トラです。これにみんな乗るのかよ。。

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↑この荷台のヨコ板、なんだと思いますか?これ椅子のつもりですよ。まっ、これも愛嬌と10人も軽トラの荷台に乗ったら↓こんな状態、しっかり摑まってないと凸凹の急坂で振り落とされそうになり、スリル満点、みんないい年してキャーキャー言いながらも結構楽しそうでした。

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ラフレシアはこっちです、の立て札。

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そしてこれがラフレシアです。でも巨大すぎるしその形も色も私としては余り好きじゃないです。どちらかと言うと不気味な花に見えるのですが、一生のうちたった3日しか咲かず、咲き終わったら瞬く間に土に還るのだと言うことを聞かされたらちょっとだけ興味が湧きました。

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ラフレシアを見学した後、この界隈の観光定番らしいキャノピーウォークウェイにトライすることになりました。

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コレ、いつかKLのFRIM(森林公園みたいなところ)とほぼ同じですね。

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でも、これは特に怖いなんてこともなし、凄いということもなし、まっ、タダなら来てもいいけど、金取るなら来なくても良かったかな程度でした。そしてその後、今日のツアーの最後、ポーリン温泉↓にやってきました。

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ここがどうやら湯元のようです。ゆでたまご禁止の立て札がありました。

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このポーリン温泉、実はボルネオ占領中の旧日本軍が発見したのだそうです。以来、地元の人たちにも愛され、今では立派な温泉観光地になったというわけです。

旧日本軍と聞いて、またまた、当時に遠く想いを馳せてしまいましたが、祖国のため、愛する家族のためと信じながら、否応なく南方戦地に渡ってきた先人たち、こんな異国の地で温泉に出会った時の感激はひとしおであったろうと思います。



1942-45年(昭和17-20年)の日本統治の間、ここボルネオ島にも軍人のみならず、あまたの民間人が海を越えて渡ってきました。

ラナウから先にサンダカンと言う、現在ではサバ州第2の商業都市(港町)があります。スールー海に面し、古くから隣国フィリピンやインドネシア諸島との海上交易が盛んな土地で今でも近くの島々からの密航者があとを絶たないと聞きました。

しかし島々の人たちにとってみれば国の境界線が引かれる以前から頻繁に往来していたこともあり、密航だとか不法移民だとかの意識はハナからないのです。それがボルネオ島マレーシアに多くのフィリピーノやフィリピーナが住み着き、コタキナバルでもフィリピーノマーケットが繁盛していると言う単純な理由なのだそうです。

ところで、サンダカンと言えば、山崎朋子さんのサンダカン八番娼館を思い出します。後に映画化もされた社会小説で若い頃に興味を持って読んだことを朧気に記憶しています。

九州天草の貧しさから逃れて海を渡ったからゆきさんを描き、日本女性の底辺史を暴いたとされるこの小説って、はていつの時代のことだったんだろうとちょっと調べてみたら、明治、大正、昭和初期の頃のことだったんですね。

と言うことは、当時のボルネオからみれば、もっと前の時代の戦前(太平洋戦争前)の話であったわけですが、日本統治下の当時においてはなおさらのこと日本人(軍人及び民間人)を相手とする娼館がたくさん存在し、からゆきさんのような女性たちで賑わっていたのだろうと思います。

当時の日本には公娼制度もありました。いや日本のみならず諸外国においてもありましたし、今もってそのような制度が存続している国もあると聞いています。そのため、当時は確かに公認ビジネスとしての芸娼業が存在していたのです。

そのため、出稼ぎ感覚で海を渡った女性たちが多くいたとしてもなんら不思議はありません。
しかし、日本各地から海を渡ったからゆきさん、そして日韓併合時代に朝鮮半島から渡った女性たち、これらの女性たちには、自ら望んで海を渡った人たちも少なくなかったと思いますし、貧困以外にも様々な事情があったに違いありません。

話が本題から逸れてしまい恐縮ですが、昨今お隣の韓国や中国の人たちから、当時の日本軍の「従軍慰安婦」のことで謂れなき非難の集中砲火を浴びていますが、極めて不愉快で激しい憤りさえ感じています。

先ずは「従軍慰安婦」などという制度が旧軍に存在した事実はまったくないのに、こんな造語が長年一人歩きして世界中に誤解をばら撒いていることはとんでもないし、強制連行とか強制性とか、事実とは異なる(と私が信じている)議論が堂々まかりとおっていることに、私は、いや私の周りの人たちも、普通の日本人たちはみな不快感や憤りを感じているのです。

中国もお隣の韓国も自国の内政その他の事情や背景があるのかも知れませんが、最も許されないと思うのは、それを主張して止まない日本人が多くいることです。政治家にも言論人にも教育家といわれる人たちの中にも多くいると言うことを私も知っています。

確かに後世に生きる人々は過去の史実を目の当たりにしていないので、過去に何があったのか、何が事実なのかは、人に教わり、そして自ら学ぶ以外に術はないのです。しかし、誰に何を教わり誰から何を学ぶかが大事です。正しくない歴史教育を受け、正しくない史料を学べば自ずと誤った歴史観を持つ人間になってしまいます。

今の世の中、情報資料が溢れ玉石混交していますので、どの情報資料や史料が正しくて、どの情報資料などが誤っているかを見極める必要があります。しかし、これを見極めることがとても困難な世の中になってきていることも確かです。見極めるには、それなりの見識が必要とも言えるでしょう。

とても困ったこと、と私が感じていることは、そのような見極めをあまりできない人たちが世代を超えて数多くおられる、と言うか、この方たちの割合の方が大多数なのだろうと言うことです。この方たちは、普段の新聞やテレビやラジオから一方的に流される偏った情報や誤った情報でさえも単純に信じてしまうかも知れないのです。最近ではインターネット上にも情報資料等が溢れていますが、玉石混交の情報資料等を正しく振り分けることができないならば状況は同じです。

いずれにしても、今、騒がれている慰安婦問題は、我が日本にとっては謂れなき非難であると、私は固く信じています。もちろん根拠は、誰に何を言われようが、私自身の歴史観です。

最近、国連の自由権規約委員会なるところから、慰安婦問題に関する日本政府の見解について、河野談話と現政府の主張の矛盾を指摘されているとの報道を目にしましたが、さもありなんと思いますね。

報道によれば、強制連行を示す資料が発見されてないにもかかわらず、河野談話で慰安婦募集の強制性を認めたことの矛盾を突かれたかたちだ、とありましたが、こんなこと、国連から突かれる以前に、我々普通の国民視点でもとっくに分かっているし、大体子供の教育にも良くない。普通一般の人はこのことで限りないフラストレーションを感じていますよ。

矛盾があるなら、堂々と訂正すれば良い、ただそれだけのこと、と私は思います。

ここボルネオ島の地に立って、サンダカンの娼館に思いを致す時、懸命に生きた往時の女性たちや、祖国のため、愛する家族のために命を掛けて闘った幾万もの将兵や新天地を切り開かんと海を渡ったあまたの民間人たち、これら先人たちの姿が見える思いです。

こんな先人たちの懸命の努力と犠牲があってこそ、現代日本の繁栄があり、わたしたちが今ここにいられる所以なのです。



今日は、ボルネオ島の最終旅行記でしたが、いつの間にかちょっと硬い話になってしまいました。書いたことは私の普段の何気のない思いですが、本ブログにおいてはこの件(歴史認識に関する件)についてどこの誰とも議論するつもりは毛頭ありません。したがって、この件への異論・反論のコメントなどは固くお断りさせていただきます。

それではまた、お会いしましょう。


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今日は、ボルネオ島サバ州見聞記その2です。

今回のボルネオ旅行は、3泊4日のサバ州滞在でしたが、うち1日がキナバル山麓ツアー、そしてもう1日がサピ島に渡ってのシュノーケリングでした。

去年、ランカウイ島でのアイランドホッピングツアーの際は、白い砂浜とクリスタルクリアーな海を目の前にしながら、潜ることはおろか、水に浸ることもなく帰ってきた残念な思いがあったので、今回は、しっかり海水浴の準備を整えた上で、かなりテンション高くして島に渡ったわけです。

当日朝早く、ボート乗り場のジェッセルトンポイントに向かいます。(今回ツアーではドライバーつきのバンをレンタルして行動しました。旅行会社が販売するパッケージツアーに参加するよりも安上がりかなと賢く?算段したのです。)

ジェッセルトンポイント(フェリーターミナル)入り口です。聞けばこのジェッセルトンと言う名前は、現在のサバ州がまだイギリス領北ボルネオだった頃の首都名なのだそうですが、独立してマレーシアのサバ州となった時に今のコタキナバルに改名されたと言うことです。

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ジェッセルトンポイントの全体写真です。

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ジェッセルトンポイントチケットカウンターです。ここからは、連邦直轄領で免税品購入が魅力的なラブアン島やブルネイへのフェリーが発着する他、マヌカン島、サピ島、ガヤ島などのアイランドを巡る大小のボートが多く発着しています。

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早速サピ島往復のチケットを購入し、ボート乗り場に向かいます。

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ランカウイのボート乗り場を思い出しました。

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今日のボートはこれです。これも去年のランカウイとほぼ同じです。

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先ほど同じボート会社のチケットを購入した乗客全員(と言っても全部で14、5人程度ですが)が乗り終わると、なんの合図もなくボートは走り始めました。

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見る間に速度が上がり、舳先を宙に浮かせたまま、時々海面を激しく叩きながらひたすら走ります。

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20分ほどでサピ島に到着です。あれがサピ島か?なんだもっと大きな島かと思っていたら意外に可愛い小島でしたね。。

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これが小さな島の小さな桟橋です。

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小さな桟橋を渡りサピ島に上陸しました。↓これは島側から桟橋を撮った写真です。(向こう側に見えているのはガヤ島です。)

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桟橋の端にある田舎の駅の改札口みたいなところで、外国人用入島料を渋々支払い、無事に島内に入ったところです。すぐ目の前には、大きな島内案内板がありました。

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島内案内板を拡大してみました。フムフム、面積は25エーカーか、と言うことは、東京ドームが確か11エーカーのはずだから、なんだ東京ドーム2つちょっとか、全然広くない、て言うか想像したよりメッチャちっちゃな島ジャネ?

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白い砂浜の奥には大きな樹々の木陰にたくさんのテーブルや椅子が並べられ、その更に奥側には売店などもありました。

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そしてまだ朝が早いせいか、ビーチは人影もまばらで、水も一見綺麗そうだし、早速ゴーグルを装着し、とにかく海に入りました。もちろん、今日はビーチに着いて直ぐに入れるよう、ホテルを出るときから既に水着です。その辺は抜かりないしテンションも高いです、ハイ。

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えっ、↓コレはなんだって?えーっと、コレはですね、私の財布の中身です。全部並べて陰干しをしてるところなんです。

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え、意味わかんないですか?実はですね、テンション高くして慌てて水に入ったもんだから、ポケットに財布入れたまま、潜ってしまったんですよ。抜かりなく水着を着て来たまでは良かったんですけど、財布が水着のポケットに入っていることをすっかり忘れてました。

お陰で、札もカードもなにもかも濡れ濡れびっちょり。以前、父の日のプレゼントだからと娘に買ってもらったブランド物の皮の財布、とても気に入って大事にしてたのにかなり哀れな姿になってしまいました。

あーぁ、オレってなんでいつもこうなんだろう。いつもなにか忘れてくるし、忘れ物しないように気を張ってたらこの有り様だもんね。今回だって、自慢じゃないけどコレだけじゃないよ。メガネを失くしたと思って必死に探しても見つからないから半ば諦めかけてたら、なんとどこから出てきたと思う?酒のつまみにしようと思って買った「サキイカ」の袋から出てきたんだよ。

そうそう、そう言えば思い出したよ、大事なメガネを失くすといけないから、どこにしまうか考えて、大事な酒のつまみの袋に入れておけば絶対失くさない、その時はいい考えだとほくそ笑んでいたのに、そのことをすっかり忘れてしまって独り大騒ぎするていたらく。まったく年は取りたくないですよね。

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↑ちょっと人が多くなってきましたね。

↓ほら、見てみろよ、魚がいっぱい寄ってくるぞ。ウッハッハー。(どうでもいいけどこのオヤジもっとダイエットが必要だね。)

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実は、コレ密かにポテトチップを細かく砕いて、それを撒き餌にしてみたのです。
小さな魚たちが面白いほど寄ってきて、仲間数人で騒いでいたら、それを遠くで見ていたらしい監視員がやってきて、ポテトチップを没収されてしまいました。(餌やり禁止だそうです。もしそれを知らずにやったのなら素直に謝りましょう。)

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桟橋の近くの浅瀬ではスキューバダイビングの講習(練習)をやってました。

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でも、このサピ島のこのビーチ、誰かのクチコミほどきれいな海ではありませんね。シュノーケルで潜ってみても透明度が悪く水中視界は1m程度。がっかりでした。(人手のある観光ビーチはどこもこんなものかも知れませんね、本物のクリスタルクリアーな海はもっと離れ小島に行かないとダメかも。)

でもこのきれいな砂と一見透明なエメラルドブルーの海、南国の太陽が容赦なくジリジリと肌を焼くのですが、砂浜の大きな樹の下はとても快適。風も幾分出てきたしもっと涼んでいたかったのですが、お昼ごろにはかなり混んできましたので、早々とまたスピードボートに乗り込んで元来た道ならぬ海をジェッセルトンポイントに戻りました。

そしてその夜です。カルチュラルダンスショーつきのシーフードディナーにしようと皆で相談し、ここ「フローティングシーフードマーケットレストラン」にやって来ました。

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陽もとっぷり暮れて(KLより東にあるせいか日没も随分早い気がします。)、なかなかいいムードです。

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↓この看板にある「漁村」、Kampung Nelayan」、「Fisherman Village」はいずれも同じ意味でいわゆる漁村です。

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↓店内には大きな水槽(生簀)があり、魚やカニやエビ、そして貝類もたくさん入ってました。
そして、私の目に止まった水槽はコレ、見ると、私がいつもKepongの日曜魚市で買って捌いて刺身で食べてるスズキが泳いでいるではありませんか。おー、オマエたちこんなところに居たのかよーなんて、懐かしい気分になったりして、しばし眺めてしまいました。

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ここは大きな池の上に建てられた水上レストランです。見て下さい、こんなに広いんです。

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奥にはダンスステージがあります。

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ステージではボルネオ島の様々な民族舞踊が始まりました。

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いや、とても楽しいシーフードディナーでした。え?味はどうだったのかって?うーん、それなりでしたね。水槽から選んでも良かったのですが、面倒だからセットのお任せにしました。結果は可もなく不可もなくと言うところでしょうか。

ビルを見ると一人およそ40リンギ、ダンスショーつきだし、十分許せる範囲ですね。

実は、ボルネオ島のシーフード、私はとても期待していたのです。南シナ海やスールー海に囲まれたボルネオ島、さぞかし水産資源が豊富だろうし、ナマ魚(刺身)好きの私は特に、生マグロなども売ってるなんてクチコミを真に受けてそれはそれは楽しみにしていたのです。

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でも今回時間がなくて、↑上のようなマーケット(フリピーノマーケットなど)に行くことが出来ませんでした。

クチコミやweb上の写真を見ると、旨そうな焼き魚や焼きイカなどもたくさん売ってるし、干物もいっぱいある。もし新鮮なマグロを見つけたら、ホテルに持ち帰りナイフで切って刺身で食ってみようと、日本酒や、これは内緒ですがアウトドア用のツールも準備して行ったのに、肝心のマーケットに行けなかったとは、悔しいの一言です。

でも、このフィリピーノマーケット、なぜフィリピーノなのかは次回に書きたいと思いますが、返すがえすもマグロを食い損なったことが唯一の心残りです。よし、いつかまたここに来よう、I shall return hereなどとマッカーサーのようにつぶやきながら帰ってきましたとさ。

では、また。。

追伸:
こんなことは世の中のルールに逆らった自分の恥なので書くまいと思っていたのですが、気が変わりました。実は、アウトドア用のツールですけど、帰りの空港セキュリティチェックにひっかかり、かなり抵抗したのですが結局没収されてしまいました。

KLを出るときはOKだったのに手薄のハズのKKで引っかかるとは意外でした。
でも、確かに危険物の機内持ち込みルールに反することですもんね。昔、アメリカで40USドルも払って買った、私のお気に入りの道具の一つだったのに、今だにとても悔しい思いです。

なんでそんなもの持ち込んだんだよと、仲間にも問われましたが、本文でもちょっと書いたように、ボルネオで新鮮マグロに出会ったときのことを想像し、それを切り分ける道具が必要と考えたのです。(大体そんな発想そのものが普通じゃないと言われれば返す言葉もありません。)

しかも、今回はケチって荷物預けをしない、つまり機内持込み荷物だけにしたので、愛用の刺身包丁なんかはもちろんダメ。考えた挙句、そうだコレにしよう思ったのが山用のアウトドアツール、折りたたみの小型ツールです。もちろんペンチやドライバーや缶きり、栓抜きなどの他、切れ味抜群のナイフがついてます。コレ、折りたたむと長さ10cmほどの長方体と言うか四角柱になるんです。コレなら分からんだろう、と甘く考えてました。

行きのklia2は無事通過、帰りのkkも無事に通過するもんだと考えていたのが甘かったですね。
でも、そのためにだけ預け荷物の手続きするのが面倒だったことと、係りのお巡りさんの態度がとてもフレンドリーだったこともあって、「要らない」「捨ててもらっていい」と最後に言ってしまったのです。

だって、こんなの良く見つけたねと言うと、嬉しそうにいろいろ聞いてくる。挙句、こんなツールは便利でいいね、オレも欲しいな、みたいなことを何度も言うものだから、結局は、じゃいいよ、捨てても、なんてことを口走ってしまったと言う訳です。

お巡りさん:So sorry yah, but it's rule, so sorry yah・・・・(ニヤリとしながら)

ハハ、コレもひとつのボケかも知らん。以前のオレだったら、先ずはこんなに甘い見通し立てなかっただろうし、そして発覚しても何とか言い訳つけて逃れることもできただろうにと思うと、年は取りたくないと、またしても落ち込んでしまうひねくれ団塊なのでした。

それにしてもあのツール、ボルネオマグロの顔も見ずに、なんの役にも立たずにサバ州のお巡りさんのポッケに入ってしまったことを今頃どう思ってんだろう、なんてバカなことを考えているどこまでもバカなヤツの物語でした。

今朝未明、またとんでもない航空機墜落のニュースが飛び込んできました。

しかも、墜落したのはオランダのアムステルダムからKLに向かって飛行中のマレーシア航空機で、ウクライナ東部の紛争地域上空で地対空ミサイルにより撃墜された模様とのこと。

なんと言うことでしょう、マレーシア航空としては今年3月のMH370機に続き、2度目の悲劇です。
航空史上稀に見る大惨事がこんなに短期間に、しかも同じ航空会社で発生するとは、まさに前代未聞の驚天動地です。

今後、マレーシア航空はどうなるのか。当地の経済アナリストの中には「その理由や原因の如何を問わず、このような短期間に続けて2度もの悲劇的航空事件・事故に遭遇したマレーシア航空の各種の損失は計り知れず、今後1年も存続することは難しい」とかなり厳しい見方をしている人もいるようですが、その危機的状況は確かだろうと思います。

政治・経済がともに安定し、シンガポールと共に東南アジアの優等生と言われるマレーシア、2020年には世界の先進国入りを果たすとしているマレーシア、そのナショナルフラッグキャリアとして長年に渡り世界のトップブランドを誇ってきたマレーシア航空の今後は果たしてどうなるのでしょうか。。(私の今後の視点は「悲劇のマレーシア航空」でほぼ決まりそうです)

MH370の時もそうでしたが、今回のMH17も早速その悲劇の乗員乗客とその家族に祈りをささげるPRAYER BOARDが街中に現れた模様です。

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いずれにしても、関係各国による迅速かつ透明性のある原因調査がスムーズに行われ、二度とこのような悲劇が起こることのないような世界になって欲しいと祈るばかりです。



さて、今日の本題に移ります。

実は先日、ボルネオ島に小旅行に行ってきました。ご承知のとおりここマレーシアは、西に「半島マレーシア」が、東に「ボルネオ島マレーシア」があるのです。それを地図で見ると↓こうです。

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今回は、そのボルネオ島マレーシアのうちのサバ州に行きました。(上の地図の赤点線で囲ったところです)
ボルネオ島って、世界で3番目に大きな島で日本の倍ぐらいの面積なのだそうです。こんなこと、ずっと昔に中学の社会で習ったきりでそれっきりになってました。島はマレーシアとブルネイとインドネシアの領地に分割されています。

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今回初めて訪れたボルネオ島サバ州、実は同じマレーシア国内と言えども、今話題の南シナ海を挟んで1600km以上も離れています。

飛行機で約2時間半、サバ州の州都のコタキナバル、マレーシアではKLに次いで2番目に大きな街だよって誰かに聞きましたが、これウソですね。調べてみたら人口は50万程度で人口順位で言うと15番目でした。(Wikipedia)

さあ、着きました。ここがボルネオ島マレーシアの表玄関コタキナバル国際空港です。

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おーおー、ここがコタキナ国際空港かい。。当然、空港には目がないと言うか、空港大好き人間の私ですからこのKK(コタキナバルの略)空港にも興味津々です。

ん?でも、↓これが国際空港のターミナルかい?ちょっとショボクない?

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ターミナル内のレストランとかスーベニアショップとかもあんまり充実してないし、ひょっとして、これってLCCTか?

ピンポーン。。。そうなのです。これ、つまりターミナル2は、以前のメインターミナルを改築したLCCTだったのです。

このターミナル2は、ほぼエアアジア機専用(一部チャーター機なども使用)で、当然ボーディングブリッジなどもなく、乗客は歩いてターミナルビルに入ります。

とすると、KK国際空港のメインターミナルはどこ?
ハハ、やっぱりそうでした。3500mほどの長さの滑走路の反対側にありました。

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↓これです。これが何年か前に新築されたKK国際空港のメインターミナルです。

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エアアジアではなく、マレーシア航空とか普通の航空会社の飛行機で来ればこちらにつくということなのですね。

ハハ、とすると私はこれからもずっとLCCTですね。だってエアアジアってメチャ安いし、ホテルと込み込みでブッキングすると信じられないぐらいの低価格で来れるんですから。

ところで、このサバ州ですが、恥ずかしながら始めて知りました。マレーシア国内の移動でも空港のイミグレーションカウンターでパスポートコントロールを受けるんですね。

なぜ?って思い、ちょっと調べたら直ぐに分かりました。

このボルネオ島のサバ州とサラワク州は、かつて英領から独立した際、諸々の理由から両州には高度の自治権を永続的に認める旨の協定(Malaysia Agreement)が関係国間で締結され今に至っているのです。

なのでサバ州では20-point Agreementが、サラワク州では18-point Agreementが現在も有効であり、入出境管理もそのうちのひとつなのだそうです。

したがって、サバ州以外から州内に入る場合も出る場合も、パスポートにしっかりインとアウトのスタンプが押されます。

もっともこのパスポートスタンピングは我々外国人だけです。マレーシア人の場合は、MyKadと言う国民登録局発行のICカードを提示するだけで良いのですが、全ての移動情報が電子媒体に瞬時に記録されてしまうというのも、考えたらちょっと怖い感じがしますけどね。

これが、私のサバ州入出境パスポートスタンピングですが、実は今回、帰りのイミグレでちょっと可笑しなことがありました。

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帰りのイミグレ、つまりコタキナバルからクアラルンプールに帰る際のイミグレーション通過後の搭乗待合ホールでのことです。

何気に見た自分のパスポートにサバ州のアウトスタンプが見当たりません。え?と思い、念入りに見たのですが、どこを探してもやはり押されていないのです。(↑上のスタンピングは後で押してもらったものです)

ハテ?係官の押し忘れかな?でも、これってアウトスタンプがないと、今後になにか影響するかなーとか考えてみましたが、よく判りません。インのスタンプが押してあるのに、アウトがないと言うことはサバ州に入ってから出てないと言うことになるよなーとか、インのスタンプをよく見たら90日間の滞在許可になってるので、このままずっと出てないことになると許可外滞在、つまり不法滞在で逮捕なんてありえるかなー、なんて冗談っぽく考えてみましたが、いずれにしろすっきりしません。

なので、イミグレカウンターに戻り、係官に聞いてみることにしました。

以下は係官との1問1答です。(記憶のままです)

私:Excuse me sir, but how come no out stamp on my passport here? (すみません、パスポートにアウトのスタンプがないんですけど?)
係官:Let me have a look. (ちょっと見せてください)
私:Yes please. (はいどうぞ)
係官:Hmmm, ok, no problem. (うーん、ok、問題なし)
私:Why it's no problem? (なんで問題ないんですか?)
係官:Because you're going to KL, not outside Malaysia, you still inside of this country?
(なぜって、あなたはクアラルンプールに行くんでしょ、外国ではないでしょ、まだ国内にいるんでしょ?)
私:・・・・but your state of Saba doing passport control right? You stamped here when i came in.
(でも、このサバ州ってパスポートコントロールしてるんでししょ? 入る時はスタンプ押してくれたじゃないですか)
係官:So you want out stamp too? (それでどうしてもアウトのスタンプが欲しいってこと?)
私:Yes, please. (ええ、お願いします)
係官:OK, but It doesn't make much sense. (いいですよ、でもあんまり意味ないけどね)
私:???????

これってどういうことですかね。ただ単に係官がルーズだったってことかな? そして、自分のミスを照れ隠す意味であんないい加減なこと言ったのかな?でも最後の「押してもあんまり意味ない」ってどういうことなのか、今もって訳が分かりません。



さて、このサバ州ですが、実は私が未だに(登山の)望みを捨てていない東南アジア最高峰のキナバル山があるのです。

今日はちょっとだけ、そのキナバル山をご覧いただきたいと思います。

あいにくその日は快晴とまでは行かず、寧ろ分厚い雲がようやく取れてその山頂の一部が顔を出した程度だったのですが、キナバル山は私がマレーシア移住を決意した時からの憧れの山。それだけでも嬉しくて、あぁここまで来た甲斐があったととても満足しました。

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これ(↑&↓)は、コタキナ(コタキナバルの略)からキナバルパークに向かう途中のナバル村(標高800mほど)から見るキナバル山、標高4095mです。

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ここナバル村はコタキナから車で1時間半ぐらいで来れる小さな村です。眺めはいいし、空気もきれい。そしてローカルフルーツもとても美味しい。この日も、観光客や若い人たちで大賑わいでした。

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そんな中、ひときわ目立つオッサンがひとり。なにを隠そう、こいつがひねくれなんとかの正体なのです。

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恥ずかしくもなく日本一の富士山を背中にしょって、なんとキナバル山と勝負しようとでも言うのかいと、突っ込みを入れられると、返す言葉もなくシュンとしてしまう、口ほどにもないヤツなのです。

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キナバル山、晴れていればこんな風に見えるはずだったのです。

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ほら、分かるでしょう富士山や鳥海山のような円錐形じゃなく、台形状の山です。しかもこのようなロッキーマウンテン(北米のロッキーマウンテンではなくて岩山の意)です。

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いや、こうして見ていると年々足腰が弱りつつある身で果たして登れるかと不安になります。もっともっとジムで足腰を鍛えなくてはいけないなと思うだけのひねくれ団塊オヤジなのでした.。

今日は、サバ州聞きかじりと題し、コタキナ到着からキナバル山麓までを綴ってみました。ではまた。。


このブログでは、過去に3回(2012.11.21、2012.12.08、2013.11.16)、マレーシアで見る日本のテレビについて取り上げましたが、最近その視聴環境が急速に変化している様子ですので、この辺で私自身の視点でもう一度おさらいをしてみたいと思います。

先日我が家のHyppTV(注:TM社のIPTV)を見ていたら、いつのまにかチャネル414に「NHKワールド」が入っていることに気がつきました。もちろん無料です。

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これがHyppTVch414の「NHKワールド」です。(今朝、7月11日朝の撮影画像です。なお、以下の掲載画像は全て同じ今朝の撮影画像です。)

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調べてみると、この7月1日からTM社でも「NHKワールド」の配信を開始したのだそうです。

今までは、ABNxcess社(ケーブルテレビ局)とeTV社(中華系IPTV局)しか配信していなくて、我が家のHyppTVでは視れなかったのですが、これは大変便利になったものだと嬉しくなりました。

そうは言っても、この「NHKワールド」、これまでもPCやmobilePC(スマホなどを含む)では無料で簡単に視れていたので、HyppTVが配信を開始したと言ってもさほどのことではないのでしょうが、それにしても大画面テレビでしかもHD画質で簡単に視られるようになったことは、私にとってみれば大変喜ばしいことです。

ほら見て下さい、こんなにきれいなHD画像です。他のチャネルよりも断然きれいな画像です。

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ここで、こういうことにあまりお詳しくない方のために、この「NHKワールド」と「NHKワールドプレミアム」の違いについて簡単に説明しておきます。(承知の方はスルーして下さい)

ここマレーシア在住の方たちが良く言う「日本のテレビ」とは、数年前までは後者の「NHKワールドプレミアム」のことを指していたようです。(今ではNeoBox、i-homeTV、JPnetTVやスリングボックスなど日本のテレビ番組を海外でも視聴できる環境が急速に整いつつありますので、「日本のテレビ」とは必ずしも「NHKワールドプレミアム」のことだけではありません。)

この「NHKワールドプレミアム」は、ここマレーシアでは衛星放送局のアストロ社(Astro Malaysia Holdings Bhd)が配信するNHK海外日本語放送(NHK World Premium)のことで、海外在住日本人を対象として特別に編集された番組の24h有料放送です。

一方の「NHKワールド」(NHK World)は、海外一般の視聴者を対象に、日本発のワールドニュースと情報系の番組に特化した24hの無料多言語放送です。(HyppTVは英語放送です。)

どちらも衛星放送なので衛星アンテナを使用して直接受信することも可能なようですが、日本語放送(プレミアム)の方は、個別にNHKとの受信契約が必要とのことです。

さて、このたび我が家のHyppTVでも大画面、高画質で視られるようになった無料の方の「NHKワールド」、もちろん日本語ではなく英語放送なのですが、実は私はこれが大のお気に入りです。

このように日本語ではなく、英語の放送です。

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↓この女性、タレントの石田純一氏の娘さんですって?なんせこういうことにまったく疎いものですから、初めて知りました。

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この「NHKワールド」が大のお気に入りの理由は後で述べますが、その前に我が家で見ている「日本のテレビ」についてちょっと紹介します。



我が家ではこちらに来て以来、「日本のテレビ」視聴はスリングボックスを使用し、主にPC画面で、必要に応じ47インチTVにHDMI出力して見ています。(地デジもBSも全番組を見ることができます。)

スリングプレーヤーを起動してログインすると、↓このようなリモコンが画面左に現れますが、このリモコンは私が日本の長男宅に置いているスリングボックスに連結した専用のブルーレイディスクレコーダーとまったく同じリモコンです。

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画面上のこのリモコンで、チャネル切り替えや録画・再生など必要なすべての操作を瞬時に行います。(5000km以上もの彼方にある機材を瞬時に遠隔操作できるなんて、科学技術の進歩って本当にありがたいものですね。)

↓これは番組ナビ。2チャンネル同時の録画予約や番組説明などが普通にできます。

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そして、↓これは見るナビ。録り溜めた番組の再生や編集などが普通にできます。

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我が家の「日本のテレビ」は大画面に出力しても、画質はとても綺麗だし、滅多にフリーズすることもありません。(それでも過去に何度かはありました。その場合はすぐ家族に電話して機材のリセット操作を依頼しなくてはならないので、スリングボックスによる視聴には、そのような環境条件が絶対必要です。)

47インチテレビにHDMI出力した画像です。(以下同じです。)

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このように、大画面テレビでもとても綺麗にかつストレスなく見れていますので、スリングボックスにはほとんど不自由も不便も感じていません。

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周りの一部の方の中にはスリングボックスは良く画面が固まるし、画質も悪いと仰っている方もおられますが、それは恐らく送信側(本体設置側:日本)と受信側(当地)のインターネット接続環境に因るものではないかと思います。

また最近、NeoBox、i-homeTV、JPnetTVなど雨後の筍のように増えてきた「日本のテレビ配信業者」さんの方が世話要らずでいいよって仰る方も多くおられるのですが、私は、決して安くない視聴料が永続的に発生するこれらの業者さんよりは、視聴料の一切かからないスリングボックスの方がコストパフォーマンスに絶対優れていること、好きな番組の録り溜めができること、LIVE番組や録り溜めた番組を旅行中の海外ホテルでもどこででも視聴できることなどが絶対に有利と判断しています。



このように我が家ではマレーシア移住直後からほとんど日本に居るときと変わらない「日本のテレビ」視聴環境を構築・維持しているので、「NHKワールドプレミアム」のような海外日本語放送を有料契約する必要もまったくありません。

ではなぜ、無料放送の「NHKワールド」が大のお気に入りかと言うと、これが日本語放送ではなく英語放送だからなのです。

確かに「日本のテレビ」視聴による日本の様々な情報は、私たち海外在住の日本人にとっても死活的に重要です。

ところが、だからと言って四六時中、テレビから日本語が聞こえてくると言うのも、せっかく海外に住んでいるのにある意味良くないと感じることもあるのです。

なので、「日本のテレビ」を見ていないときはHyppTVのローカル番組や英語番組などを意図的に点けっぱなしにしていることが多いのですが、その際、やはり気になるのが番組内容とコスト、それに画質です。

我が家の場合、TMUnifiのVIP10パッケージ契約なので、このHyppTV、それにインターネット接続と固定電話込み込みで月に199リンギ(約6000円)です。

テレビの左がIPTV用のセットトップボックス(STB)、その奥が固定電話、そして Wi-Fi ルーターとModemがテレビ台の下に隠れていますが、これがパッケージ一式です。

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なるべくリビングコストを抑えたい我が家としては、HyppTVの有料チャネルは必要最小限、と言うか、どうしても視たい番組がある月のみ有料(10リンギ以下)視聴、それ以外はオール無料チャネルで我慢(?)しています。

英語のシャワー番組として、私が良く視ているのはシンガポールのチャネルニュースアジア(CNA)なのですが、内容はともかく画質が良くないのです。

ところが、7月1日からHyppTVの無料チャネルに「NHKワールドHD」が入った。これが良いのです。画質も素晴らしく綺麗だし、内容もニュースと情報番組が主、しかも日本のことやアジアのことに特化した内容が主で馴染みが深い、と言うか、違和感がほとんどない。

家の中で、そんなお気に入り番組の英語シャワーがいつも聞こえてくる環境は私にとってこの上なく心地良いのです。

HyppTVの無料チャネルにはこの他、マレー語や英語のローカル番組や「Travel channel HD」のようなHD画質の英語番組など計17の番組があるのですが、このたび日本発の「NHKワールドHD」を無料チャネルに取り入れたことは、私のような視聴者のみならずマレーシアローカルの方たちにとっても大変有意義なことだと思います。(マレーシアの人たちは日本の番組を見ることが大好きなようです)

以上、今日はTMHyppTVの無料チャネルに「NHKワールドHD」が組み込まれたと言う嬉しいニュースを中心に、マレーシアで「日本のテレビ」を見ることについて再度のおさらいをしてみました。

では、また。



今日は久しぶりにプトラジャヤです。

前から夜景を見に行こうとチャンスを伺っていたのですが、なかなか機会がありませんでした。

て言うか、暇は作ればいくらでもできるのに、なかなかその気になれず今日(7月3日)になってしまったと言うことです。

何かのイベントに合わせてなんて考えていたせいもあるのですが、おいしそうなイベントは全部逃してしまい、結局今日みたいなごく普通の日に行くハメになってしまったと言うことなんです。

夕方から出かけて現地到着6時半。でもまだこんなに明るいのです。
先ずはPICC(Putrajaya International Convention Centre)に直行です。

もう何度もブログにアップしているプトラジャヤ大通り(Boulevard Putrajaya)ですが、今日はヘイズにも邪魔されず向こうの首相府まで良く見通せています。

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ズームアップしてみます。

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しかしこの場所、ブルバード(大通り)が良く見通せて絶好のカメラポイントです。
後を振り返ると、PICCの巨大な建物が、ほらこんなんです。(このPICCですが、建物内を見学する場合はB1、B2の無料パーキングに車を停め、リフトでGFに上がり左方向に廻った方がベターです。GFにはレストランやショップがいくつかありました。)

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このPICCってちょっと小高い丘の上に建っているんですよ。
ブルバードの反対側から見ると、ほら、良く分かるでしょう?

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ここは、暗くなってからもいちど来ようと考え、次はMM2Hの件で何度か訪問したことのある観光省近くのマリタイムセンターに行ってみることにしました。

ここがマリタイムセンターです。空が少し暗くなってきたようです。福祉省、住宅・地方自治省の高層ビル群が右手対岸に見えています。

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さらに暗くなってきたので、カメラを夜景モードに変えます。
正面に見えるスリ・サウジャナ橋をちょっとズームアップしてみました。

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右手対岸の官庁高層ビル群にも灯がともります。

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その右にはブルバード(大通り)に架かるスリ・ゲミラン橋です。

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さらに右には、さきほどのPICCが最奥に見えています。

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しかしここは広々としてナイスプレイスです。周りを見ると、平日のせいか閑散としていましたが、それでも若者グループが何組か大きなシートを広げ、食べ物飲み物持参でとても楽しそうにおしゃべりしてました。(ムスリムの若者たちもいたようなので、日没を待っていたのかも知れないですね。)

そう言えばお腹が空いたなぁと、ふと目の前を見ると、ん?Munakata Ramen?これラーメン屋?でも、むなかたラーメンって聞いたことがあるような、ないような、喜多方ラーメンのパクリかな?

でも店構えはすごく立派、なによりレイクビューが素晴らしい。この立地になんでラーメン屋????と思ったけど、とにかく中に入ってみることにしましょう。

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私、この店のオーナーは日本人じゃないってこと、一発で気がつきました。
そう、ラーメンの縦のカタカナ文字、て言うか、これで直ぐバレルのです。KLでも同じようなカタカナ表記の看板を良く見るけど、大体が縦のカタカナに横棒だよ。これもあれかな、、みんなで書けば怖くないってことか?それでこれがKLスタンダードになったりしてね。。

でもでも、私、昔からこういうの黙ってられない性格してるし、ちょっと悩んだ挙句、一番偉そうなおネーさんに、ねぇ、これ間違ってるよって、やっぱり言っちゃいました。

そしたら、おネーさん、別に悪びれるでもなく、アッハッハーって・・・・、まっいいか。。

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しかしですね。これお店の名誉のために言いますけど、このむなかたラーメン、実はとってもお勧めのレストランだってことが分かったんです。(注:文末の追記参照のこと)

だって名前はラーメン屋さんだけど実はそうではない。メニューを見てちょっとびっくり。なになに刺身、てんぷら、すきやき、しゃぶしゃぶ・・・エトセトラ、エトセトラ。

インテリアのセンスはあまり感心したものではないけど、なにせきれいで新しい(2ヶ月前オープンだそうです)のがいいし、セットもアラカルトも和食メニューがズラリ。

これで中味がグッドだったら言うことないのになぁ・・と期待しないで、私は刺身・寿司セットディナーをオーダーしてみました。(RM40++)

大体この類のちょっと怪しい日本食レストランの味って絶対良くないですよね。ほとんどローカライズされていて、当たり外れで言うと外れがほとんどなんですけど、ここは目の前のレイクビューが余りにも素敵なものだから、つい騙されてもいいかなって思ったのです。

そしたらですね、なんと驚いたことにこれが普通に美味。中トロの刺身も赤身のマグロもそして久しぶりの蛸もVERY GOOD。器もいいし、特にお刺身が氷の上に盛ってあるのがいい。で、握り寿司のネタもシャリも。これは今までKLで食べた日本食のベスト3に入るぐらいじゃないかなぁ。。(注:文末の追記参照のこと)

でも、ネタの入荷日とかシャリの炊き方など偶然の成せる業だったのかも知れないので、たった一度のティスティングで他人に勧めることなどできないとは思いますが、試してみる価値はあると思います。(注:文末の追記参照のこと)

そうでなくても、レストラン情報、いやレストランそのものがまだまだ少ないプトラジャヤです。素敵なレイクビューを楽しみながらゆったり和食、もしプトラジャヤに行かれたらお試しにぜひどうぞ。。。(注:文末の追記参照のこと)

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そうこう言ってるうちにすっかり暗くなってしまいました。こうなると完全夜景モードです。ライトアップされた美しいスリ・サウジャナ橋をズームで撮ってみました。橋の後方にアイアンモスク(プトラジャヤ第2モスク)が見えてます。

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対岸の高層ビル群もこうです。手前はマリーナピアです。

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次はいよいよブルバードに行こうかとマリタイムセンターを出ると、直ぐ目の前はオレンジ色に輝くプルマンレイクサイドホテルです。

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ついふらふらと、ホテルの中庭にお邪魔してみました。そこではラマダンブッフェの最中で池の畔では、マレーバンドがあの耳に優しいラマダンミュージックを奏でてました。

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さて、こちらはブルバードのほぼ中央部、イスラム建築が美しいマレーシア最高裁(Palace of Justice)建物の対面です。

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パープルにライトアップされたシースルーの鉄骨構造物はとても目立ちますが、これ、プトラジャヤコーポレーションの建物だそうです。アーチの二本の脚部はエレベータ塔になっている(?)のだそうです。

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今はラマダン中なので、期間中は夜市が立つのだそうです。

アーチの前で大勢のムスリムの人たちが記念撮影をしてました。

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でも時間が遅い(9時30分頃)せいか、市はほとんど閉店しているか、店仕舞中です。奥にアイアンモスクが見えています。

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近寄ってみると、Festival Ramadan Putrajaya(プトラジャヤラマダン祭)と読めます。夜市はどうやらアイアンモスクに通じている模様です。

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モスクに通じる夜市をもっと奥まで歩いてみようかと思いましたが、時間も遅いのでこの辺でブルバードに戻ることにします。

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ブルバード反対側の最高裁建物です。荘厳なイスラム建築が周囲を圧倒しています。

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次に、ブルバードを北上し、突き当たりのプトラ広場からライトアップされたピンクモスクと首相府を撮ろうと考えていたのが完全な誤算でした。プトラ広場に近づくにつれ夥しい車の群れです。あの広大なプトラ広場やその前のプトラ橋にも二重駐車どころか三重、四重駐車の有様です。

これは何?って一瞬考えてしまいましたが、そうか、ラマダン中の特別礼拝(タラウィー)だって直ぐ気付きました。

ピンクモスクに特別礼拝に訪れたムスリムの方達の車で道路と言わず空き地と言わず埋め尽くされていてまったく前に進めません。やむを得ずここは無理と判断し、スリ・ワワサン橋に行って見ることにしました。

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綺麗にライトアップされたスリ・ワワサン橋の上です。ん?こんなところに若者たちが?ラマダンの特別礼拝は関係ないのかな?なんてヤボなこと言うの止しましょうね。

ライトアップされた橋の上は、若者たちが好んで集う世界共通のスポットのようです。でも、ここの彼らは暴走族風でもなく、とても大人しく控えめな若者たちで、私は大変微笑ましく思いました。

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わが愛車のウィッシュくんもバックの対岸にピンクモスクを望み満足の様子です。

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橋上から北の方向、ピンクモスクと首相府方向を撮ってみました。湖面に映る灯りが眩く輝いています。

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そしてこれは、反対方向つまり南側を望遠した写真です。一昨日からブログのトップ画像に据えている写真ですが、左手の尖塔はプトラジャヤミレニアムモニュメント、そして正面がプトラジャヤの第2モスクといわれる通称アイアンモスク(正式名:Masjid Tuanku Mizan Zainal Abidin)、そして右に一部だけ見えてるライトアップされた橋は、マリタイムセンターの正面遠くに見えたスリ・サウジャナ橋です。

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ミレニアムモニュメントのライトアップがグリーンからパープルに変わります。その左はブルバードの建物群です。

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アイアンモスクに近づいてみました。レイクサイドに立つこのモスクの厳かな美しさについ見とれてしまいます。

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ブルバードに戻ってきました。これは国民登録局とその向こうは開発省ビルです。

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ブルバード(大通り)を北方向(首相府方向)に見たところです。

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ここプトラジャヤのブルバード沿いにはほとんどレストランが、いやレストラン情報もありません。ここはトリップアドバイザーに唯一載っているアルデンテ(Al Dente)イタリアンレストランです。

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これはブルバードに架かるスリ・ゲミラン橋ですが、この親柱のような柱、何て言うんですかね、何本かあるこの柱の一部が赤とかグリーンに変化してとても美しいです。

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そしてほら、これ間近に見えるPICCですよ。ナイトビューもなかなか迫力ありますよね。

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そして最後はもいちどプトラジャヤブルバード、今度は夜景です。明るいうちに来てベストポイントを探していましたので、迷うことなくピンポイントに三脚設置です。

先ほどのスリ・ゲミラン橋とその向こうのブルバード、左手にはアイアンモスクとスリ・ワワサン橋も見えています。

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ちょっとズームで撮った写真です。4.2km彼方の首相府がきれいに見えています。

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最後の最後にカメラを左にパンした写真です。プルマンレイクサイドホテルとその右はMunakata Ramen Restaurantがあるマリタイムセンターです。

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以上、今日はプトラジャヤのナイトビューを紹介してみました。ピンクモスクや首相府など私の思わぬ誤算で撮れなかったところもあるのですが、噂に違わず美しくライトアップされたプトラジャヤでした。

それではまた。。ごきげんよう。。

追記:
プトラジャヤのむなかたラーメンですが、本日、日本からのお客様を案内して、夕食に訪れました。周囲にはお刺身の美味しいお店と吹聴して廻っていたのに、今回出されたもの(刺身定食)はまったくの期待はずれでした。何故こんなにも激しく異なるのか理由はわかりませんが、お勧めのお店を撤回させて下さい。(2014.9.18)