今日はDAY23、マレーシア航空370便(MH370)が南シナ海上空でその消息を絶ってから既に23日が経ちました。

昨日もテレビニュースでそのお顔が見えてましたけど、マレーシア国防相兼運輸相代行のスリ・ヒシャムディン氏(Datuk Seri Hishammuddin)ですが、かなりグローバルな時の顔になってきましたね。

私は、KLIA2シリーズのブログでもしばしば氏の言動を取り上げているため良く存じていましたが、今回は世界中のメディアの注目を浴びて、幸か不幸か思いがけず時の顔になり、かなりお疲れなのではないかと思います。

ここクアラルンプールでは、いたるところにMH370の乗員・乗客の無事を祈る「WALL OF HOPE AND PRAYERS(希望と祈りの壁(パネル)」が設置され、どこのパネルにも余白がないほどぎっしり書き込まれていますが、未だにその行方が分からず、真に残念ながら奇跡は起こりそうにありません。

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いずれにしろ、国際合同捜索隊が早く海洋浮遊物を回収して墜落地点を特定し、バッテリー切れまでもう1週間しか余裕のないブラックボックスの回収に全力を挙げてもらいたいと思います。

そして、願わくば我が日本の国際緊急援助隊による当該機の残骸発見などの活躍を期待したいものです。

そうそう、国際緊急援助隊と言えば、我々シワガレ爺軍団は、偶然にも今回のツアー間、クアラルンプール市内の雑踏の中で、このマレーシア航空機の捜索救難に派遣された我がニッポン国緊隊(コッキンタイ)の若者たちに遭遇したのです。

時は3月16日、遭遇場所はここです。

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そうです、ブキビンタンにあるパビリオンの正面エントランス前の信号交差点です。

我々軍団が、いつもながら周囲を憚らない大きな声(耳が遠いせい?)で話しながら信号を待っていると、突然、前にいた若者たちが一斉に後を振り返り「日本から来られたんですか?どこからですか?」って話しかけてきたのです。

「えっ?ど、どこからって、オレはこっちに住んでるんだけど・・・他のメンバーは栃木とか茨城とかからきてるんだけど・・・・」って私が答えたのですが、良く見るとみんな若くて、背が高くて、スマートで、そしてイケメン揃い。、なんかどこかの体育会系の大学生のように見えたので「大学のスポーツの大会かなんかできてるの?」って返したんですよ。

そしたらその中の一人がすかさず「コッキンタイなんです」って。。

「ん?コッキンタイ?おぉーっ、そっか、国緊隊か、すっ、すると、あ、あのマレーシア航空の?」ってどもりながら聞き返す私(ワタシ)。。。

爺「てことは、君たちみんな自衛隊?」

若者「はい、航空自衛隊です。今スバンの飛行場にいるんですけど」

爺「で、今なにしてんの?」

若者「今日は待機なので、先輩に言われて買い出しに来たんです」だと。。。。

ほぇーっ、今まさに超ホットな話題のMH370、その中心で活躍する捜索救難隊の若者たち、しかも我がニッポン自衛隊の若者たちから声掛けられたとはね、こいつはまさに驚きだ。

良く見ればみんな買い物袋ぶら下げて、中には缶ビールがぎっしり。くうーーっ、なんてことだ、俺たちシワガレ爺軍団は、毎日朝から晩まで呑んだくれて、全員身体から加齢臭とアルコール臭を発し、猫もよけて通るくらいだっつうのに、君たち良く声かけてくれたぜ。

そしてここで遭ったが100年目だ。シワガレ爺軍団全員このMH370には特に興味がある。なんせ永年航空関係でメシ食ってきた連中だから。それよりなにより日本人のはしくれとして彼らを激励したい。

「と、とにかく、どっかでコーヒーでも飲みながら話を聞かせてくれないか?」と取り囲み、誘ってみるシワガレ軍団の面々。。

だが、そんな爺軍団の思いがけない反撃に気圧されたのか、彼らは「い、いやタクシー待たせてあるから帰らないと」と不安顔するものだから、「んじゃ、とにかくパビリオンの中に入って立ち話でも・・・、さ、さっ、こっち、こっち」と、若者たちを強引に拉致してしまった爺たち。

聞けば、C130に乗って遥々ニッポンからやって来た航空自衛隊捜索救難隊のみなさんだそうで、パイロットや整備やメディックの方たちだと言うことでした。。それはそれはご苦労様です。

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今日は、捜索区域がマレー半島東側から西側に変更になることで、朝から「待機」を命じられ、そのために生じた束の間の休日なのだそうです。

そうかそうか、なるほどなるほど、フムフムフムと軍団全員が一人ひとりを質問攻めにし始めました。

しかし、この若者たち、変なジジイたちに捕まっちゃったよ、困ったなぁ・・みたいな顔をしてるものだから、「あのさぁ、オレたちみんなジジイだけど、全員自衛隊大好き応援団だから心配しなくていいよ」「そうだよ、そうだよ、ニッポン自衛隊頼りにしてるヨ」「ねぇ、ビール買ってあげよっか」「なんかおつまみとか差し入れしてあげよっか?」などなど、パビリオンエントランスの人ごみの中で、矢継ぎ早やに言葉攻めする爺軍団でした。

だが、彼らにしてみれば、大声で日本語話している陽気な年寄りたちがいたから、ちょっと声かけてみただけなのに、なんなんだよ、この軽くてとんでもないノリの爺たちは?と、思ったに違いないです、いや絶対そう思われたはず・・・。

うーん、でもいつまでもこの若者たちを拉致していると、彼らの大切な休養日を邪魔し、ひいては重要なミッションを阻害することになると考え、止むを得ず拉致解放を決心しましたが、その際、まるで旧知の仲間たちがするような固い握手と大袈裟な抱擁で別れました。(彼らはマジ引いてましたね・・)

私たちにとっては偶然に遭遇した凛々しい日本の若者たちとの嬉しい一場面だったのですが、彼らにしてみれば、異国の任務地でチョー変な爺軍団に拉致されてしまった訳の分からんいっときだったかも知れません。(´v`)ニィ

その後、MH370の捜索区域がインド洋南部に変更されたことにより、航空自衛隊のC-130Hの捜索救難隊は3月25日に帰国し、本邦待機となったそうですが、みなさま本当にお疲れ様でございました。

なお、まだまだMH370の消息が掴めておらず、国際合同捜索救難隊のミッションは我が海上自衛隊のP3Cを含む海洋哨戒の専用機チームにより、その活動拠点をオーストラリアのパース近くの豪軍基地に移して続けられています。

海上自衛隊P3Cの機上から目視で捜索活動を行う海自国際緊急援助隊の隊員です。

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今日は、祖国から遠く離れた異国の地で偶然出会ったわが国自衛隊の凛々しい若者たち、その彼らがなんと頼もしく見えたことか、やっぱり自衛隊は頼りになる、やっぱり日本は素晴らしいと祖国を改めて惚れ直した日でもありました。

(その4につづく)

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今日は、「朋有り遠方より来たる」その2「カンポンジャパン爺(ジジィ)軍団マラッカを行く」の巻です。

夕べの狂宴から一夜明け、少々ふらつきながらも皆朝だけは早い年寄り軍団だから、まだ寝てるんじゃないかなどと心配する必要もなく、ショボイホテルの1階にある食堂には、朝食開始時間の7時半には全員見事に勢ぞろいしてました。

そうそう、ホテル宿泊階の3階から食堂のあるロビー階に下りるエレベータでのこと、誰かが「これ壊れてるぞ、カードキー入れても動かない」と叫んでました。私も、そんな馬鹿な、どれどれ貸してみろよ・・、えっ?な、なんで動かないんだ?とちょっとあせりましたね。

一人が、しょうがないから階段で下りるかなんてこと言ってるうちに、他の客が乗り込んで来てタッチパネルの「G」をプッシュ、エレベータは何事もなく動いたのです。

・・・・・軍団全員、黙して語らず、そして、はっと気がついた私、そうだよ、この国では「1F」でなく「G」なんだよ、1Fって日本で言う2階のことだし、それにこのカードキーでは宿泊階以外には行けないようになってるんだよ、と小声で説明したものの、私の脳味噌も夕べの酒のせいかかなりの遅延回路が効いているようで、まことに情けない体たらくでした。

ホテルの朝食は、クチコミにあったとおり、まさにショボイの一言でした。これがホテルの朝食ブッフェ?というぐらいのものでしたが、軍団はそんな粗食にも決して負けていません。人間三大欲のうちの最後の欲(食欲)しか残っていない軍団ですから、皆旺盛に平らげ、ふぅー、旨かった、、、だと。(笑)

ん? なっ、なんだ? 軍団の中の一人、えっ、あの女性(ひと)一体だれ?って言うほど親しく談笑しながら食事してる。

聞けば、成田からの飛行機で一緒だった女性で、偶然におんなじホテルだったんだと。。おいおい、飛行機でナンパしたのかよ、食欲しか残って無いって言ってたくせにどうなってんだ???

件の女性、そんなにお若くはないお年頃とお見受けしましたが、なんと勇気ある一人旅なのだそうで、そのうちワイワイみんなで話しているうち、「今日は予定があるから無理だけど、明日、良ければご一緒させていただけませんか?」なんてご提案をいただき、食欲しか残ってないはずの爺軍団の筈なのに、皆の顔色がデレンとして、一瞬だけでもシワが伸びたかの顔に見えたのは気のせいだったんでしょうか。

私は、ハイ、分かりました、それではツアー会社と相談して今夜お答えしますね、と元気にお返事しておきました。(´v`)ニィ

そう言えば、今回ツアーのため、ツアー会社に前もってかなり強くお願いしていた「女性ガイド」さんですが、爺パワーに恐れをなしたか直前に体調が悪くなったとドタキャンされ、止むを得ず全員男だけ、まったく女っ気なしのグループツアーだワイと諦めていた我々軍団ですので、これも渡りに舟かも知れませんね。

それにしても、こんなむさ苦しいシワガレ爺軍団の中に紅一点とは大した勇気ですよ。もっともホントに誰が見ても人畜無害の軍団ですから、そんなこと心配するほうが変かも知れませんけど。


さて、その後8時半にお迎えのバスが到着し、男性ガイドのヨンさんと握手した私は、すかさずヨンさんの袖の下に幾許もない心づけを無理やり押し込み、さっきの件(明日女性一人追加する件)をよろしくとお願いし、快諾を得て、さぁ、マラッカデイツアーのスタートです。

バスは注文どおりのゆったりサイズ、皆、ゆったり席を一人締めして、ヘイズに曇るKLから一路マラッカに向けバスは走ります。

ヘイズと言えば今日も外は真っ白。このところ毎日新聞発表されるAPI(空気汚染指数)を注意して見ているんですけど、KL地区を含めてあんまり芳しくない数字。まあ、でも余命幾許もない爺軍団だから、健康のため外出を控えましょう程度じゃ気にする必要もないか。。

ところがどういう訳か、バスがマラッカに近づくにつれ、ヘイズが次第に晴れてきて、なんと青空が見えてきたではありませんか。なんと言うラッキー、なんと言う勝負強さなんでしょうかね。

見て下さい、マラッカのオランダ広場に着いた頃には、いつもの青空、いつもの太陽がじりじりと照ってました。

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ガイドさんの説明を受けながら、セントポール教会の丘に登ります。直射日光はたまらなく暑いのですがたくさんある木陰に入るとそよ風もあって涼しく感じます。

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丘に登る途中、マラッカ海峡を望みます。

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丘の上から軍団全員の記念撮影です。

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丘の反対側に下りてきました。ファモサ要塞跡(サンチャゴ砦)です。

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そしてここからトライショーに乗りました。二人ずつ5台連なってリバークルーズ船乗り場まで行進です。

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さあ、ここからあのリバークルーズ船に乗ります。

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高そうなカメラですが、使いこなせているんですかね。猫に小判じゃないのか、などとからかわれていましたね。

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でもこうなるとまるで小学生ですよ。時々両岸の石の上やコンクリート護岸の上で日向ぼっこしている大トカゲを見つけては皆大はしゃぎです。

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こんな川の大トカゲじゃ食っても不味いだろーな、なんて誰かが言ってましたが、食うって発想が出るってことが軍団らしいですよね。

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マラッカの街を流れるマラッカ川のクルーズですが、川沿いに見える古い家並みやおしゃれな建物など、世界文化遺産に登録されている古都マラッカの情緒を感じることができる約45分間の船旅でした。

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さて、そうこうしているうちお腹か空いてきました。ここは、レストランプラナカン、マラッカ名物ニョニャ料理レストランです。

プラナカン(PERANAKAN)とは、15世紀後半から数世紀にわたって中国から当地に移住してきた中華系民族の末裔のことです。この地域では、マレー民族と中華系民族との独特の融合文化が生まれ、ニョニャ料理はその代表的な食文化です。

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このレストランはマラッカでは余りに有名なレストランで、大勢の観光客が訪れます。

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建物は幾度も改修されたと聞きましたが、内装などは絢爛豪華なだけでなく、往時を髣髴とさせる素晴らしいものです。

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ふぅー、ようやく昼飯にありついたわい。どれどれ先ずは冷たいビールで乾杯ですね。
で、肝心のニョニャ料理ですが、私がずっと以前にパックツアーで来たときの不味い料理とは打って変わって、普通に美味しい料理でした。でも正直言って、これは旨いというシロモノでもないですよね。

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お腹も落ち着いたので、近くのジョンカーストリートを散策することにしました。

ここは、日本のどこかに似てますね。あっそうそう、古都鎌倉の町並みに似ています。もっとも鎌倉のほうがずっとずっと綺麗でお洒落ですけどね。ここの町並みは、あの鎌倉の町にゴミをちらかして、もっともっと雑多にしたようなそんな感じの町並みです。でも私はこんなところも大好きです。

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これ何か分かりますか?
え?ドリアン?違います、ジャックフルーツです。大きいものは20kgにもなるというあのジャックフルーツです。
でもこうやって見ると、このおじさん、ローカルのオヤジとなんら見分けがつかないですよ。
ほら、その証拠に観光客からなんか話しかけられて、言葉が分からないから聞こえないフリしてたじゃないですか。。

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いっぺん食ってみようぜ・・・・、おっ、意外に美味いぞ、、夕べアロー街で食ったドリアンより美味いカモって言ってます。

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このバスが、軍団を運んでくれた観光バスです。

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中はもちろん寒いぐらいにエアコンガンガンで、席も、ほらこんなにゆったりです。少々高くついてもいいからゆったりバスを頼むとリクエストして大正解でした。狭い車内にぎゅうぎゅう詰めでは、特にこの軍団の場合、加齢臭同士が混ざり合ったり、気持ち悪く汗ばんだ肌がくっついたりして、お互い眩暈がするのは目に見えてましたからね。いや、私も気遣いしましたよ、、ふぅーっ・・・

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古都マラッカの旅の最後は、私のお気に入りの海峡モスク(ストレイツモスク)です。このモスク、普通の観光ルートには入ってないらしく、ガイドのヨンサンもためらっていましたが、半ば強引に中を見学させてもらいました。

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半ズボン姿の者はたとえ男性でもダメです。専用ローブを借りて中に入ります。
ぷっ、でもこれ、可笑しくないですか。なんか、子供の絵本にでてくる黒マントのおじさんを思い出しました。

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これは、モスクの海側バルコニーからマラッカ海峡を背にしての記念写真です。
残念ながら、視程が悪くマラッカの海がよく見えません。晴れて視程の良い日は、インドネシアのスマトラ島が見えるということです。

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以上でマラッカツアーは終わりです。この後、バスでKLに戻りましたが、途中、いろんなところで、山火事や野火を目にしました。ガイドのヨンさんの説明によれば、これらはみな自然発火によるものだそうです。しかし、いくらなんでもこんなに多くては火の消しようがないだろうとか、高速道路すぐ側の赤い火の手にも止まらずに走り去る車を見ては、すごいなー、日本だったら大騒ぎで大渋滞なのにーって、みな変なところに感心してました。




ここはMATIC(Malaysia Tourism Center)にあるサロマレストランです。

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そうです、今日の夕食はここサロマレストランで、Cultural Dance Show(マレー伝統舞踊)を観ながら、マレー料理のブッフェ豪華ディナーなのです。

でもなにこれ?もっともっと美味しい料理がたくさんあるのに、なぜかサテーを一斉に頬張る軍団の面々です。
そして、うぇ、これ甘ーっだと。そりゃそうだ、見た目は日本の焼き鳥そっくりだけど、甘ダレかけて焼いているから、昭和のシワガレ爺さんのお口にはけっして合わないと、私も思います。

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ダンスショーが始まるまで、しばし生ビールとマレーブッフェで歓談です。うん、でも、なかなかですよ。ブッフェ料理はお肉もシーフードも野菜も果物もたくさんあって目移りして困るほどです。でも中には激辛のカレー料理があったり、独特の香辛料がつかってあったり、見たこともないトロピカルフルーツがあったりして、軍団のみなさんはどこかの修学旅行生のようにはしゃいでました。

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さて、次にこれはなんでしょう?

このレストラン、給仕の人たちがテーブルを廻りながらしきりにお世話してくれるんですね。カンポン軍団の一人、ブッフェ料理を皿にいっぱい盛ってテーブルに座り、さぁ食べようと思ったがフォークがない。自分で取りに行けば良いものを、給仕の一人をつかまえて、「君、フォークを持って来てくれたまえ」といかにも鷹揚に言ったそうな。

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その結果がこれですよ。フォークを待って座っている軍団の一人の前に突然、一杯のコーラが運ばれてきたのです。
これを見た周りの者も私も不思議に思いました、ビール好きの彼なのに、なぜコーラ?おい、おまえ、どっか悪いのか?なんでコーラなんだよって、周りから一斉に攻め立てられた彼、いっ、いや、なんでコーラって、お、オレ頼んでないよ。。

皆・・・・あっそうか、オマエ、フォークって言ったろ、それコークと間違えられたんだぞ。。。
そ、そっか、そう言えばオレ、ワンフォークって言った。な、なにが「君、フォークを持って来てくれたまえ」だよ、全然通じてないじゃないか、ワッハッハと、軍団一同大爆笑の巻でした。。。

おぉーっ、これいい写真じゃないですか、実に良く撮れてる。隣のワリアー(戦士)と雰囲気ぴったりだ。それもそのはず、彼、剣道の達人で、今は街の剣道場の館長さんだそうです。いやいや、日本の古武士もまだまだ負けてはいませんぞ。

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一方、ステージのうえの華やかなダンスショーですが、これ、マレー舞踊だけかと思ったら、さすがに多民族国家のマレーシアですね。インド舞踊あり、中国舞踊あり、多種多様なカルチュラルダンスショーに軍団の面々も大満足でした。

ダンスショーの最後に客をステージに呼び込み簡単なステップダンスを教えてくれるのですが、我が軍団の面々も嬉々としてステージに上がり、他所の客は子供や若者ばかりでステップも軽やかだと言うのに、我が軍団のみ敬老会のヨタヨタダンスのようで、可笑しくもあり微笑ましくもありでこれはこれで良かったのではないでしょうか。。

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最後の最後にダンサーたちとの記念ショットです。軍団の面々、みな笑顔でいい顔してましたよ。いや、美味しくて楽しい思い出の一夜でしたね。

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今日も朝から歩き廻り、見て廻り、触りまくり、食いまくり、そしてバスの中でもレストランでも常に呑みまくりで、さぞ疲れたことでしょう。かく言う私も大変疲れました。でも、明日も明後日も続くのです。体力気力を温存しておかないとと思うのですが、ホテルに戻り、みな疲れてバタンキューかと思いきやもゾンビが墓穴から這い出てくるが如く、またぞろ集まって深夜の酒盛りと相成りました。

みなさん、明日もあるのですよ、早く寝ましょう、などと言ってもだれも聞く耳持たず、今夜も延々と酔いどれ爺の宴は続くのでした。

(その3に続く)


有朋自遠方来 不亦楽、これは論語の一節ですが、読みは、朋有り遠方より来たる 亦た楽しからずや、その意味は、友人が遠方から訪ねてきてくれるのは、こんなうれしいことはない、でしたよね。

実は先日の3月13日から3月16日まで、私にもそんな嬉しいことがありました。

先ずは、百聞は一見に如かずです、とにかくこれをご覧あれ。

これ何か分かりますか?いや、日本酒だってことは猫でも分かるんですけど、この勢ぞろいはどうしたわけかってことですよ。(ごめん、全部日本酒かと思ってたら、焼酎も混じってました)

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実はこの度、私の古い友人たちが遥々マレーシアに遊びに来ることになり、お土産は何が良いのかと問われたのがきっかけで、私は咄嗟にある策略を思いついたのです。

ご存知のように当地マレーシアは日本酒が大変高価で、小遣いの少ない私なんかいつも日本酒難民してるもんだから、今回、渡りに舟とばかりに日本酒獲得大作戦を練ったと言うわけです。

お土産は何が良いのかと問われ、紙パックの日本酒を忍ばせてくれば私も喜ぶ、みんなも心地良く酔えて楽しいツアーができると、一見素直、実は深い策略の元に答えたがための結果なのです。

私が素直に答え、そして古き友人たち全員が素直に反応したがための結果です。と言いつつも、多分こうなることを期待した上での確信犯的犯行だったのです。

案の定、全員がスーツケースに2、3本ずつ忍ばせ、何食わぬ顔でカスタムを通過してきた結果がこれですよ。

ホテルに同宿した私の部屋に、お土産全員集合の号令一下、次から次にほとんど2リットル入りの日本酒パックが続々と集まり始め、あっと言う間にその数なんと19本(この写真の他に8本もありました)、いやはや、これって「嬉しい悲鳴」以外に形容のしようがありません。(19本36リットル=20升=2斗)

もちろん、これ、私へのお土産だけでなく、今回ツアーの間にみんなで消費する分を含んでいるわけですが、それにしてもたった三日三晩でこんなに消費できるわけもなく、このほとんどが残るだろうと皮算用した私は思わずニンマリとするのでした。(´v`)ニィ

だって、ホテルの部屋の冷蔵庫にも、ほれっ、このとおりビールがぎっしりなのですよ。

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もちろん、ビールはこの他にも大量(5ケース)に買ってあって、翌朝から始まるデイツアー3連荘にもクールボックス積み込んで朝から晩まで酒浸りにしてやろうとの魂胆なので、誰がどう考えても、この日本酒全部呑めるわけがない。

昔は、みな元気があって朝まで呑んでも平気で仕事する連中だったが、今じゃ見るも無残なシワガレ爺がほとんどなので、なんのなんの恐れるに足らず。

かくして私の深謀遠慮な日本酒獲得作戦は好調なスタートを切ったのでありました。


次にこれ見て下さい。はい、お酒のおつまみです。ホテルの私のベッドに並べてみたんですけど並べきれないほど集まりました。

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実はここにあるのは一部だけで、もっともっといっぱいあったんですよ、この3倍ぐらいです、いやこれホントです、はい。。

知ってますでしょ?こっちでこういう日本の乾き物と言うかおつまみの類を買おうとすると、恐らく日本で買う1.5倍はしますよね。しかも種類が少なくろくなものがない。

かといって、ローカルのこの類は、いろいろ試してみたけれど、甘いやら不味いやらでとても酒のつまみにはならないものばかりだしね。

かくして、日本酒難民同様、おつまみ難民化して久しいわけですが、へへ、これ見てるだけで嬉しくて自然に笑いがこみ上げてきますね。

いや、本作戦は実に出だし好調、願わくば、今次ツアー間に、参加メンバーがあんまり日本酒やおつまみの類を消費しないように、そして、私の手元にどっさりと残ってくれて、まんまと作戦成功しますように。。

なんてね、一人ほくそ笑む私なのでした。ψ(*`ー´)ψ ゥヶヶ


あっそうそう、これ書かなきゃ絶対怒られる。

これ何か分かりますよね。そうです、香ばしい二度付け醤油煎餅ですよ。

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実は、私は大の煎餅好きで、今でも机の引き出しに醤油煎餅を隠し入れてぼりぼりとかじっているのですが、これはもう随分若い頃からのことなのです。

今回の参加メンバーに、この私の煎餅好きを憶えていてくれた先輩がいて、有名な煎餅屋さんにわざわざネット注文したものを遥々運んで来てくれたのです。

いやいやこれには嬉しくて涙が出そうになりました。

私にとっては日本酒に勝るとも劣らぬとっても嬉しい土産です。

この場を借りて改めて御礼を言いたいです。ありがとうございました。

さて、私の古き良き友人ご一行様は、3月13日、おりしも話題のマレーシア航空のB777-200にて成田から無事にKLIAに到着し、旅行会社手配のブキビンタンのホテルで、夕刻から待ち受けていた私と予定どおりに合流しました。

私は、この日を待ちわび(いえ、人ではなくバゲージを)、彼らが転がしてきたずっしりと重そうなスーツケースを横目で見てはニンマリしながら、久しぶりの再会に思わず涙しそうになりました。(ウソです

あ、それと、宿泊ホテルは日本の一流旅行会社手配のホテルとは思えないほどのショボイホテル(これホテルの名前ではありません)でしたが、どうせ女っ気まったくなしの爺同士(あってもどうにもならない爺同士)なので、そんなことはあんまり気にはならなかったのですが、場所がアロー通りの裏手と言う超便利なハナマル立地なのでまぁ良しとしましょう。

で、ホテルチェックイン後、早速アロー通りの屋台街に繰り出しました。

しかし、この屋台街はいつ出かけてみてもむせ返るようなアジアの熱気に満ちていて、私はいつもハッピーな気分に浸れるのですが、果たして私の古い友人たちの眼にはどのように見えたことでしょう。

ご覧下さい、この面々が私の古い友人たちです。

みんなそれなりに年輪を重ね、昔の面影はあるものの随分と様変わりするものだと変に感心したりしました。
かく言う私もそうなんですね。人のことあんまり言えたものでないです。

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これ、ぷっ、と噴出しそうですよね。だって、みんな緊張しているのか一列縦隊行進ですよ。いい年して小学生みたいでしょう。

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屋台のオネーチャンに、どっから来たの?トーキョー?って声かけられて、まごまごしてるおっさんたちだったので、すかさず私が、カンポンジャパン(Kampung Jepun=日本の田舎)って答えたら、大爆笑してましたね。

今回の友人たちは、私が青年時代(20代)を過ごした栃木県宇都宮市在住(一人は茨城県龍ヶ崎市)の面々なので、田舎などと言うと失礼なと怒られそうですが、皆のシワガレ顔を見比べては大笑いする屋台のオネーチャンたちなのでした。

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ホテルへの帰り道、こんな海老食ってみたいなぁなんて、囁く面々もいたりして、おいおいちょっと待てよ、今回ツアーはグルメツアーだよ、美味しいシーフードもたらふくあるでよって言った私のその一言が、後でとんでもないことになろうとは、まだこのときは思いもしませんでした。

この後ホテルに帰り、私の部屋(二次会部屋)にて話の尽きるまで、体力エネルギーの尽きるまで、そしてお酒の尽きるまで?、いやいやお酒はドンだけ飲んでも尽きないほどあるのでそこはそれ、皆レロレロになるまで呑んで話して次第に全員が意識朦朧になる第一夜でした。

(その2につづく)
今日は2014年3月12日水曜日、マレーシア航空のMH370便が消息を絶ってまもなく丸5日です。

私も御多分に漏れずテレビニュースなどに釘付け状態なのですが、いまだに消息不明のままと言うのはまさに前代未聞の航空ミステリーだと思います。

一刻も速く遭難地点や事故場所が特定され、捜索活動から救難救援活動にシフトされることを祈るばかりですが、実は、このニュースは私自身のイベントにとっても無関係ではいられない事情があるのです。

と言うのは、明日(3月13日)から、私の古い友人たちが大挙して成田からMAS便を利用してやってくるのですが、何の因果か成田とKLの間の使用機材は今回のMH370便と同じ、B-777-200ERです。

ありがたいことに古い友人たちは、MH370便のことはまったく気にしていないと言い、予定どおりにMAS便で海を越えて来るのですが、待ち受ける私としては、要らぬ心配かも知れませんが多少は気にせざるを得ません。

でも、このまま見つからない状態がいつまでも続くと、それこそマレーシア航空やこの国の航空行政だけでなく国全体の危機管理体制まで非難されそうな気配ですから、それこそKLIA2のオープニングセレモニーなんて言ってられないくらいの非常事態なのかも知れませんね。(非常事態は分かるのですが、今日、占い師に占ってもらったとかニュースで言ってましたけど、これ政府の正式措置ですかねー、ちょっとどうかとは思いますけどねー。)

それと、マレーシア政府の協力要請を受けてわが国の自衛隊機や海保機も参加するそうですね。これで益々眼が離せなくなりましたね。

さてさて何事もどうなることやら、私は偶然にも渦中のマレーシアに居るわけですから、目を皿にし耳をダンボにしてことの全てを注意深く見守って行きたいと思います。



さて閑話休題です。

こんなときに不謹慎と思われるかも知れませんが、たまには明るく楽しい話題も必要と考え、最近参加した、とあるほろ酔いパーティをリポートしてみたいと思います。


昼下がりのほろ酔いパーティ

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日時:「ある日の昼下がり(平日の真昼間)です」

会場:「JCKL内の、とある真面目な場所です」

目的:「本場のテキーラテイスティングが主目的、加えて皆さんの相互親睦と英語フリートークです」

参加メンバー:「とある暇な人たちが集まりました」

使用言語:「日本語使用禁止、の筈がいつのまにか英語と日本語のチャンポントークでした」

主催及びテイスティング講師:「とある日系3世のイケメンメキシカン、サポートは不肖この私です」


みなさん、知ってますか、テキーラって、サボテンから造られているんですよ・・・・と知ったかぶりに言った途端、違う、違うと全否定されてしまいました。(´Д`;)

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私、大変恥ずかしかったので一生懸命wikiで勉強しました。¢(・ω・`)

テキーラ(Tequila)とは、メキシコ国内で、竜舌蘭(Agave, アガベ/アガヴェ)から造られる蒸留酒である。メキシコ産であることから、サボテンが原料と誤解されることがあるが、竜舌蘭とサボテンは異なる植物である。」だそうです。

そして、「ウイスキーのようにそのまま飲まれるほか、カクテル等の材料にも使われる。産地ではそのまま飲まれることが多く、食塩を舐めライムを口へ絞りながら楽しむのが正統な飲み方とされる。」のだそうです。

これ、私の友達のAlex(今回のパーティの主催者)が説明したこととほぼ同じです。彼もこれを事前に読んで勉強してきたのかな?(もっとも彼の説明は全部流暢な英語だったんだけど。。)

さらに、「食塩を舐めるのは、高いアルコール度数から喉を守るため、とされるがその効能は無い。」のだそうです。また、「100%アガベで作られた高級テキーラの香りや味わいを楽しむために、ワイングラスなどの口のひろいグラスを用いる飲み方も増えてきている。」のだそうです。

へへん、こんだけ知ってりゃ、もうメヒコ(メキシコのスペイン語読み)レストランも怖くないかも、、、

でも、私、正直言って、今までテキーラってどんなお酒なのかさっぱり分かっていませんでした。(メヒコ料理のこともです。)

以前、友達のAlexファミリーにメヒコレストランに招待されたとき、オーダーはもちろんのこと、食べたり飲んだりに至るまでの全部を手取り足取り教えてもらったのですが、やっぱり一度だけじゃなかなか覚えられません。なので、今年の1月にメキシコに一時帰国したAlexに本場のテキーラを買ってきてもらい、それでテキーラのテイスティングパーティをやろうよと言うことになったのです。

でも、私のイメージとしては彼がせいぜいテキーラ1本持ってきて、こんな味なんだよって、ちっちゃなグラスで舐める程度かなって思ってたのに、当日、彼が大層な荷物を搬入してきたのには正直言って驚きました。

よく考えたら、彼って、本物のアーティストなんですね。常に絵になると言うか様になるのです。この前の戦国武将の手作り甲冑展示会でもそうでしたし、彼の写真集を見てもそう感じます。

そして何事も徹底して準備する。それはもう感心するほどなんです。なんせこの1月に、自作の甲冑を十数体も故郷のメキシコに運び、アカプルコで日本戦国武将パレードをやってのけたくらいですからね。それはそれは準備も調整も大変だったと思いますよ。

そっか、彼のやり方には中途半端はないんだ、遅ればせながらそう気がつきました。

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パーティ用の温台まで用意してきたとは、さすがと言うか、皆びっくりでしたが、お陰で温かいメキシコ料理もとてもおいしくて、えっ、こんなに美味しい料理やおいしいテキーラをいただいて、こっ、これ、タダでいいんすか?って、誰しもが思いましたよ。

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もう、わたしなんか、真昼間から高級なテキーラを呑みまくって、ほろ酔い通り越して、かなりいい気分になったもんだから、普段より饒舌、多分そうだと思うんですが、いろいろなこと、英語と日本語とたまにマレー語のチャンポンで話しまくり、後で余計なこと言わなかったかなーって心配するほどでした。

これなにか分かりますか?メヒコの伝統菓子だそうです。

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これ、美味しいかどうかってことより、このアートが素晴らしいですよね。(Alexごめん!!)

とにかく、平日の昼下がり、真面目な場所で、仲間同士ほろ酔い気分になりながら、本場のテキーラを十分にテイスティングしました。参加者全員、Alexに感謝です。(この後、ほろ酔いがなかなか覚めない私はAlexに家まで送ってもらいました。)

ではまた。。。

2014.03.08 KLIA2(その12)
開港予定期日の5月2日まで残すところ僅か8週間、KLIA2もいよいよ大詰めのようです。

しかし、昨日(3月7日)の各メディアのKLIA2に関する記事はそれぞれ特徴がありとても興味深いものがありました。

先ず目に付いたのが、毎日目を通しているThe Sunです。

The Sunのタイトルは、
klia2 to open on May 2 without AirAsia?
KLIA2、AirAsia抜きで5月2日にオープンか?

と、タイトルもそうですが、記事の内容も、私が前回のブログ(2014.2.28)に書いたことや私が感じていることとほぼ同じです。


で、他のメディアはどうかなと思い、各紙を見ていくと、なんとこれがいろいろなんですね。

5月2日の開港に向け関係者が一致協力すべき的な記事や、いろんな問題があってとても間に合わないでしょ、安全重視してやって下さいね的な記事、そして政府が依頼した独立検査機関による安全確認の結果を待とう的な記事、など、それぞれ特徴がありとても興味深いのです。


以下、関係メディアの記事タイトルのみを書いてみますね。

(The Edge Malaysia)
klia2 likely to miss dead line again
KLIA2またもや期限を守れずか、、

(The Star on line)
KLIA's Safety to be evaluated
KLIA2の安全性は(独立検査機関により)評価される。。

(New Straits Times)
Get Ready to be amazed with klia2
KLIA2(の素晴らしさ)に驚くことを覚悟しなさい。。

(Bernama)
Low Cost Carriers should start Moving to klia2
LCC(AirAsiaのこと?)はKLIA2に引越しを開始すべきだ。。


上記の各メディアの記事内容については、ほぼタイトルに同じなので詳細は省きますが、要するに政府とMAHBは5月2日に固執している、まぁ、それはもう数え切れないほど延期を重ねて来た訳ですから、もうこれ以上の遅延は国の威信に係わる的なものがあるのは十分に分かります。

ところが、CCCはまだ取れていない、軽易な補修工事は完了しているものの、一番厄介な下水道管の補修工事は4月までかかりそう、KLIA2最大ユーザーのAirAsiaがまだ本腰を上げていない、AirAsiaは10月か11月に動くとの情報もある・・・・

ここにきて、関係者(Stakeholder)のいろいろな思惑が複雑に交差していることが容易に想像できます。

いずれにしても、あと2ヶ月を切っているわけですから、今後事態が急展開する可能性もあり、私としては毎日眼が離せない状況が続きそうです。


最後に、KLIA Info Gallery 9から最新(2014.2.14~)の工事進捗状況の写真をピックアップしてみます。

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では、また。。

このところどうも気になるニュースが連続しているので、私の意に反してブログ更新のペースが速くなっています。

でもこんなペースのブログ更新は私の場合、決して永続きしないと思うので、早くまわりの事象が落ち着いてくれないかと切に願っています。

これは、昨日(3月1日)のTHE STAR on lineのトップ画像をお借りしたものですが、この首都圏の集水域にあるスランゴールダム(クランゲートダムかも知れません)の様子です。

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見てお分かりのようにかなり貯水率が低下している様子ですが、THE STAR on lineによるとこれで50%程度とのことです。

このところ連日猛暑が続き、ほとんど雨が降らないので、ダムの水は大丈夫なのかなぁなんて思っていたら、やっぱりこんな状態なんですね。

50%の貯水率がどの程度のものなのかは知りませんが、このまま雨が降らないと本当に大変なことになりそうですよね。

で、そのTHE STAR on lineを読んでみると、なんと、明日(3月2日)からほぼ首都圏全域で給水制限に入ることが決まったと書いてある。そして、給水制限の方法、対象地域などのリストが載っていて、その中に、ゲッ「モントキアラ」も入っているではありませんか。

俄かに他人事ではなくなりました。

期間はとりあえず3月2日から3月31日まで、そしてそれ以降については3月末までの降水状況とダムの貯水率をみて決めると書いてあります。

また、他のメディアによると、気象当局の予報として、向こう1ヶ月は雨がほとんど期待できないとのことですし、そのためロイヤルマレーシアンエアフォース(マレーシア空軍)の協力のもと人口降雨作戦も準備しているが、肝心のタネとなる積雲が見当たらない、集水域上空に十分な規模の積雲が発生するのを待って作戦を発動する、なんてことも書いてありました。

おいおい、これってほとんどWater Crisisじゃないのかなと思ってしまいました。

でも、それにしては私の周りでは、こんなことはちっとも話題になっていません。昨日(3月1日)、このことが気になって日本人だけでなく日本人以外の方にもいろいろ聞いてみたのですが、ほとんど問題意識がない、と言うよりみんな無関心です。

給水制限?断水?どうせたいしたことないよ。去年だっていろいろ心配したけど結局なんにもなかったし、、、それに水がなくなるわけがない、なくなったら買いに行けばいいんだよ。。

みんなその程度の認識なんですね。(これって、私の周りだけでしょうかね?)

それに不思議なことに、さっきウチのコンドのエレベータ内の「お知らせ」読んだばかりなんですけど、それには今回の給水制限対象地区域にモントキアラは入らないって書いてあったのです。一体どうなってんだろうと、思い、早速コンドミニアムの管理事務所に行ってきました。

最近かなり親しくなったマネージャー氏に問うと「えっ?それいつの情報?」って言うから、私が新聞情報を指し示したのですが、「あぁ、これ第二次制限給水だよ、二次ではモントキアラも入るんだ?」って。

あっそうか、エレベータ内の「お知らせ」は先週からの第一次制限給水のことだったんだと、咄嗟に理解した私。

でも、続けてマネージャー氏曰く「Don't worry. We have up to 48 hours supply water tank.」

えっ、でも元が断たれちゃタンクの48時間だけだよね、ん?ちょっと待てよ、だから今回の制限給水が、2日給水、2日断水って計画になってんの?

マネージャー氏「おぉ、それグッドアイデア!(グッドアイデアはないでしょ)、コンドミニアムの水タンクはどこも大体48時間だから、その辺水道会社も分かってくれてんのじゃないの?」、私「・・・・・・・・・」。

どうも、この国ではあまり水不足の経験がないようで、全体的に真剣さが足らないような、そんな気がしてなりません。

大体、対象地域を二つ(ゾーン1、2)に分けて、交互に、2日給水、2日断水を繰り返すのだそうです。さらに細かく見ていくと、41時間給水、55時間断水の繰り返しとのことです。この方法、日本で良くある減圧給水とか時間給水とは違うんですね。(どの方法がいいか悪いかなんてど素人の私に分かる訳もないです)

うーん、これって実際に始まってみないと分からないけど、どうなんだろう。普段でも蛇口からお湯が出てくるような熱さのこの国で丸2日以上も完全に停まった水道って、送水を再開しても直ぐには使えないと思うんですけどどうなんですかね。しかし、もともと綺麗な水道水ではないし、飲料水は買って飲んでるんだからあんまり関係ないのかな、などなど想いを巡らしてみても良くわかりません。

しかし、心配なのは雨がいつ降るかですよね。もし、全地球的な異常気象が原因で今回の状況になってるとしたら、こりゃ大変だ、、、なんて心配しても始まらないか。。

その後、私の進言を受けてマネージャー氏、コンドのエレベータ内の「お知らせ」の貼紙を即取替えてくれたのですが、曰く「明日から第二次給水制限が始まるが、当コンドにおいては十分に水を確保しているので心配ない。しかしながら念のために各家庭においても万一のため水を貯めておくなどの準備をした方が良い」・・・・

これで良いのですかね?みんなが水を貯めだしたら、タンクの水なんて直ぐ空になっちゃうんじゃないのかな、なんて余計なことを心配してるんですけど・・・・。

で、不思議なことには、これまでメディアなどでは、節水、節水ってあんまり騒いでいないですよね。

もっともっと節水を呼びかけないと、ダムの貯水率がこれ以上に低下した場合、大変なことになると思うんですけど。。



新聞情報の出所と思われる首都圏上水道供給会社(SYABAS)の第2次制限給水計画

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制限給水計画の詳細リンク→SYABAS

SYABASの制限給水計画はすべてマレー語表記ですので、ご参考まで頭の部分のみ英訳と和訳をつけてみます。

1. TEMPOH PERLAKSANAAN PELAN CATUAN BEKALAN AIR
Bermula pada 2 Mac 2014 (Ahad) hingga 31 Mac. 2014 (Isnin). Tempoh ini tertakluk kepada pindaan dari masa ke semasa oleh SPAN.
1.THE IMPLEMENTATION PLAN RATIONED SUPPLY
Beginning on March 2, 2014 (Sunday) to 31 March. 2014 (Monday). During this period subject to change from time to time by SPAN.

1.制限給水実施計画
2014年3月2日~31日の間、ただし期間はSPANにより随時変更される。(訳者註:SYABAS判断により期間変更あり)

2. KAWASAN TERLIBAT
Kawasan yang terlibat dibahagikan kepada 2 zon seperti di dalam JADUAL 1, 2, 3, 4, 5 dan 6.
2.AFFECTED AREAS
Affected areas are divided into two zones as shown in Table1, 2, 3, 4, 5 and 6.

2.影響(対象)地域
対象地域はテーブル1、2、3、4、5及び6に示す二つのゾーンに区分される。

3. JADUAL CATUAN BEKALAN AIR
Jadual catuan berdasarkan konsep pembekalan air: setiap zon bergilir-gilir dua (2) hari dapat air dan dua (2) hari tiada air.
3.TABLE RATIONED SUPPLY
Table ration based on the concept of water supply each zone in turn two (2) days to water and two (2) days with no water.

3.制限給水テーブル
制限給水は原則としてそれぞれのゾーンごとの交代制で、2日間給水、2日間断水を交互に実施する。

以下略(全文訳は面倒なので省略しますが、内容は上に書いたこととほぼ同じです)



で、でも、これ、対象地域のリストを改めて良く見てみると、新聞には明記されていた「モントキアラ」の文字がない??? (すみません、私の見誤りでした。「Mont kiara」ではなく「kawasan mount kiara」って載ってました。)

さらに良く良く見ていくと、新聞のリストに載っていたその他の地名なども抜けてるし、なんか地名ではなく、コンドミニアムの名前とかも入ってる。。。

こんなに細分化した給水制限が果たしてできるのでしょうかね??

これ、どうなってんのか、さっぱり分かりませんね。やっぱりこの国では「なるようになる」ので「なる前から要らぬ心配することはない」がいいのかも知れませんね、なんちゃって。。

では、また。。



追記1:その後、このブログをアップした3月2日の夜、3日の朝、そして4日の朝と続けてお湿り程度の降雨がありましたが、KL北東部の集水域では果たしてどうなのでしょう。
今日(3月4日)と明日(3月5日)、この地区(ゾーン1)は断水のはずですが、今のところコンドの水道栓からは今までどおり普通に水が出ていますので、コンドのマネージャー氏の言うとおり、さほどの影響はないのかも知れませんね。(2014.3.4 12:30)



追記2:上記のお湿りですが、昨日、誰かがこれは多分「人口降雨作戦」の結果だよって、言ってたことに対し、そんな訳ないよ、集水域ならあり得るがこんな市街地ではあり得ないと反論した私でしたが、すみません、全面的に訂正させて下さい。

ここ数日の降雨(集水域+KL周辺地域)はどうやら「人口降雨作戦」の結果のようです。集水域での作戦は、もちろん渇水対策のため、そしてKL周辺での作戦は、このところ問題化しているヘイズ対策のためだったのだそうです。

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ROYAL MALAYSIAN AIR FORCE C-130H @SUBANG

RMAF(マレーシア空軍)のC130に、150Kgの塩を含む1トンの塩化ナトリウム溶液(食塩水)タンク4本を搭載し、集水域とKL周辺地域上空の積雲直下で空中散布したのだそうです。作戦は見事に成功し、それぞれ散布の30分後には雨が降り出したとのことでした。

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CLOUD SEEDING OPERATION BY RMAF C-130H

日本では様々な問題があり、まだ完全実用化には至っていない「人口降雨」ですが、ここマレーシアでは既に相当以前から実用化されていて、なんとその成功率も100%なのだそうです。

今回も、期待に違わずかなりの量の降水があったものの、それぞれ長くは続かず、ダムの貯水率も大きな変化はないようですし、市街地のヘイズの状態も作戦発動前後でほとんど変わっていないとのことですから、まだまだ安心はできません。

まぁしかし、このまま行けば次の段階(第3次)の制限給水は免れないような気がしますので、関係者のいろいろな努力は評価されて然るべきと思います。

私は、特に人口降雨作戦で空中散布した化学物質が、健康被害の懸念のある「ヨー化銀」ではなく、「塩」だと知り安堵しているところです。(2014.3.4 23:20)