今年もあと二日で終わりです。日本ならば晦日、大晦日でどこもかしこも気忙しい時期なのに、ここKLでは特にそんな感じはありません。

先日の土曜日(2013.12.28)、パタマモールでの日本語授業を終えてから、これも定番となったKL SOGO近くの屋台通りを巡ってきました。

今日は、KL屋台通りバーチャルツアーと題し、静止画と動画を順にアップしながら名物屋台通りのウォーキングを少し詳しく紹介したいと思います。

ウォーキングのコースは、LRTのマスジットジャメ(Masjit Jamek)駅からKL SOGOまでの約1kmの屋台街です。

以前も「KL SOGO周辺のそぞろ歩き」でこの辺りを綴りましたが、実はこのSOGO界隈はもうほとんど「私の庭」状態になってまして、これから紹介する屋台街も今まで何度も脚を運び、好きなアジアンテイストを心ゆくまで堪能できる私のお気に入りのプレイスなのです。

今回のスタート地点のマスジットジャメ駅は、そのMasjitと言う名の通り、大きなイスラム教のモスクのすぐ前にあります。

これがそのジャメモスク(Masjit Jamek)です。

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クアラルンプールの名の由来は「泥の川の交わるところ」と言うものだそうですが、その二つの川、つまり、クラン川とゴンバック川の交わるところの三角地帯にこのモスクは建っています。つまりその場所が今のKLの発祥地と言うことなのだそうです。

それはさておき、ここはそのモスクの前のLRTのマスジットジャメ駅改札出口です。

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さあ、ウォーキングのスタートです。駅の改札出口を背にして斜め右方向に歩いてみましょう。

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右方向の階段を下りると、そこはもう常設の屋台街です。
なお、屋台街の右手はクラン川、左手はマレー通り(ジャランムラユ)です。

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クラン川とマレー通りに挟まれた細長い常設の屋台街は、通りに沿って奥へと延びています。

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一人同士のすれ違いがやっっとのような路地をゆっくりと歩きます。
路地の両側には、サンダル屋さん、衣料品店、サングラス屋さん、などなど、ぎっしりと軒を連ねています。

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今度は動画でバーチャルウオーキングを体感してください。



200mほどで突き当たりを右に折れます。そこはやや広いアーケード通りになっています。

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今日は、いつもよりも人出が少ないような気がします。(いつもこの辺りはすごい人混みなのです。)
もっともこれから先の屋台街は、実は夜市(Pasar Malam)が本命なので、まだ陽の高いうちは前座なのですがね。

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アーケードの出口にきました。

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アーケードから外に出ると、そこはインドモスク通り(Jalan Masjit India)です。

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アーケード出口左手に、KL最古のインドモスク(Masjit India)が建っています。

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ここまでのウォーキング動画です。



インドモスクを左に見ながらツアンクアブドゥルラーマン小路(Lorong Tuanku Abdul Rahman)へと進みます。小路と言っても、普段は車が行き来する立派なストリートなのですが、Jalanの格下のLorongと言う名です。
ここから、土曜日定番の夜市通りが始まります。

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本命は夜市なのですが、ほとんどは昼から店開きをしています。この界隈はすでに結構な人混みです。

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屋台(stall)では実に様々な物を売っています。ちょっと眺めただけでは、それがなにか良く分かりません。

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屋台の販売アイテムを数え上げればキリがありませんが、ここにはとにかくありとあらゆるものがあります。

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おっ、これはジャックフルーツです。
ドリアンよりも甘くて歯ざわりもgood、こっちの方が果物の女王だと言い張る人もいるのだそうです。。

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とにかく大きいです。でも、こんなビッグなものがスイカやメロンのように地面に転がるのではなく、樹になる(木の枝からぶら下がってなる)光景を想像できますか?

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バナナの葉で挟んだ焼き物ですが、これ何か分かりますか?

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魚肉にカレーソースなどをコーティングしてバナナの葉で包んで焼いたスナックのようなものです。
5個で4リンギ(120円ぐらい)、もちろん食べてみましたが、あまり美味しいとは思いません。(笑)

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そんな屋台通りのウォーキング動画です。



ヤングココナツのジュース、ミロ、テンビカイ(スイカ)のジュース、その他いろいろです。
甘いシロップ(砂糖水)に果物のエキスと氷を混ぜます。1杯1.5リンギ(50円弱)程度です。

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陽はまだまだ高く、かなり暑いです。歩いていると汗が噴き出てきます。

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シンガポールロジャ(スナック)の軽食屋さんです。

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その隣にお肉の串焼き屋さんがありました。こんな串焼き屋さん、この通りにいくつもあって、その前を通るたびにいつも美味しそうだなぁと思いながらも素通りしてました。でも今日は、ダギンレンブ(ビーフ串焼き)を1本食べてみました。1本6リンギ、安くないですね。でも日本に比べれば決して高くない値段ですけど。

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うーん、私としてはこのお肉の上にかけてもらった甘いソースが邪魔ですね。次からは「ソス、ノニ」(Sause No need)と言うようにしましょう。

ここはホームメイドのマレーのケーキ屋さんです。どれもとても甘いです。

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これもスィーツ屋さんです。

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ずっと向こうにマジュジャンクションのビルが見えています。

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まだ屋台街は続いています。

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ここまでのウォーキング動画です。



ようやく屋台街を抜け出て、いつものKL SOGOの前に来ました。

スタートからここまで約1時間、途中いろいろなアジアンティストを味わいながらのウォーキングでしたので距離(約1K)の割には時間がかかりましたね。

お、これは例のUPINとIPINの風船ではありませんか。そう、最近、これ持って走り回っている子をよく見かけるのですが、やっぱりあのテレビ番組って子供に人気があるんですね。

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ほら、目の前にイピン風船持ってるこんな可愛い子がいました。



と言うことで、日本では暮れが押迫ってみなさん気忙しいのでしょうが、そんな中、今日は常夏の国マレーシアから、KL名物屋台街のウォーキングツアーをお送りしてみました。

では、また。。。
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マレーシアの新鮮地魚を刺身で食らうシリーズの第4弾です。

これは、昨日(2013.12.22)、我が家に招いたメキシコ人ファミリーのために私が腕に縒りをかけて造ったお刺身の盛り合わせです。

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実は先月(11月)、このファミリーに、KL中心部にあるメキシカンレストランに招待され、初めてのメキシコ料理をたらふくご馳走になったのです。それらはすべて美味しく、併せていただいたテキーラの酔いもあって、それはそれは素晴らしいひとときでした。

さて、このお返しはどうしたものやらと考えていましたが、突然あることに気がつきました。

このファミリー、ご夫婦と12歳の男の子の三人なのですが、外交官としての前任地が東京だったこともあり、和食が本当に大好きなご家族なのです。

と言うことは、メキシコレストランに招待されたお返しは、日本食レストランにご招待?

もちろん、ここKLにも日本食レストランは山ほどあるのですが、残念ながら他の国のレストランより随分高めです。
中でも、特に新鮮なお刺身の盛り合わせなどは超高級料理の部類に入ります。なので新鮮なお刺身を腹いっぱい食べたい私のような人間にとっては、なかなか近づけないところなのです。

そうだ、我が家に招待すれば良い。マレーシアの新鮮地魚を刺身で食らうシリーズのこれまでの成果として、私が腕に縒りをかければ良いのだ、そう結論づけました。

その結果が昨日だったという訳です。

昨日kepongの魚市にでかけ、準備したクールボックスに1.3kgのイカンメラ(スナッパー)、800gのシャカップ(スズキ)、それに約1kgのソトン(アオリイカ)を目利きして買って来ました。

早速それぞれを捌いてみましたが、いずれも鮮度抜群、very goodです。

これがスズキ(ローカル名:シャカップ)です。美味しそうでしょう。身も適度に締まっていて旨い刺身です。

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こちらは、スナッパー(ローカル名:イカンメラ→姿や味はフエフキダイとほぼ同じ、鮮度の良いものは噛みごたえもあり実に旨い)を海鮮チラシ寿司用に切ったもの、そして柔らかくて蕩けるような甘みのアオリイカ(ローカル名:ソトンカタ)です。イカソウメン風の細切りと海鮮チラシ寿司用に切ったものです。

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この刺し盛りですが、みなさん美味しい美味しいと言ってあっと言う間に平らげてしまいました。

実は最近、新鮮地魚を食べたい皆さんからのリクエストが多く、ついこの前の12月15日にも某日本人会の部活動の忘年会に刺身を切りました。この時はなんと総勢35名もの宴席に刺身を盛ることになったのです。もちろん私一人ではなく、数名でやっつけたのですが、このときも大量の刺身(スズキ3.5kg、スナッパー2.5kg、アオリ3kg)があっと言う間に平らげられました。やっぱり皆さん刺身に飢えていたのですね。。

昨日の我が家へのご招待ディナーには、刺身だけでなくもちろん他の料理も準備したのですが、メインは私の「男の料理」です。

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上の写真の手前も私の男の料理ですが、これも刺身同様にいつのまにか私の得意メニューとなってしまいました。

そうです、これです、ローストビーフです。こんなことを自慢げに言うとみんなに驚かれるのですが、こっちは刺身に比べて実に簡単なのです。(日本から持ってきた日立のスチームオーブンレンジが全部やってくれます。)

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と言うことで、昨夜は私も美味しい料理(手前味噌で恐縮です。)と、これも一昨日わざわざKLCCから買ってきた新潟の地酒でしこたま酔ってしまいました。

もちろん皆さんは大好きな和食に大満足(?)の様子でしたし、日本酒も大変美味しいと言って喜んでくれました。私としても、腕に縒りをかけた刺身の盛り合わせをたくさん褒めていただいて、久々に大満足の食卓でした。


さて、旨い刺身を食らいたい一心で、この8月から恐れを知らぬ人体実験(笑)を繰り返してきましたが、その結果、刺身で旨い新鮮地魚を何種類か特定でき、一定の成果を得たのかなと思います。

今までこのブログにそのことを書いたり、日本人会の部活動などの合間にこのことを話したりしてきました。そのせいかは分かりませんが、kepong現地の日曜魚市では多くの日本人の方たちを見かけるようになりました。

昨日も見ず知らずの方から、ブログを書いてる方ですかと声を掛けられ、大変嬉しい気がしました。

しかし、それと同時にこの南国で獲れた魚を刺身で食べることのリスクについて、みなさんに今一度注意を喚起しておかなければとも思いました。そうです、食品衛生上の問題と言うか食中毒についてです。

たしかに、kepongの魚市にトラックで運ばれてくるさかなたちは、一般のスーパーで売られているよりは遥かに新鮮だと思います。でも、注意して下さい。なかには、新鮮ではない魚たちも混じっています。

なぜ、鮮度が異なるのかは分かっていません。運ばれてくる魚たちが同じ場所(漁港)で同じ時(たいていは一日前の夜間だと思いますが)に水揚げされたものであれば、鮮度はほぼすべて同じはずです。

ところが決してそうではありません。中には明らかに臭いのするような鮮度落ち魚も混じっています。魚を手にとり臭いを嗅いでみて選別できるものもあるし、中には捌いてから内臓や魚肉の臭いを嗅がないと分からないものもあります。

今までも何度も書いたり言ったりしていますが、特に刺身で食らおうと考えている方は、さかなの鮮度には十分注意して下さい。

魚体からすでに臭いを発しているものは当然×です。臭いのない新鮮そうな魚を目利きするわけですが、やはりその一番の方法は、やはりエラの色を見ることです。真紅に近ければ近いほど○です。でもあのようなところではなかなか真紅に近いものは見つけられません。そうなると次点探しです。なるべく赤いエラの魚の中から、魚体の表面のぬめりや張り、特に腹の硬さ、もちろん眼の濁りや張りも重要です。

そうそう、お店のスタッフや周りにいるローカルの方に聞いても無駄です。彼らには魚を生で食べる習慣がないため、尋ねても質問の意味すら理解されないことがほとんどです。それに英語はほぼ通じませんしね。でもローカルのお客さんたちも鮮度の良い魚を求めて集まっているんですけど、調理して食べるせいか、私たち日本人ほど神経質ではないようです。

今一度注意して下さい。先ず魚の臭いを嗅ぐ、エラを開けて見る、表面を見る、腹を押してみる、などですが、刺身の適否の最終確認は捌いてからです。最後に刺身にするサクの臭いをかいでみて下さい。新鮮なもの、刺身に適しているものはなんの臭いもしません。僅かでも臭いの発するものは刺身には不適と判断して下さい。

以上、今日はマレーシアの新鮮地魚を刺身で食らうシリーズの第4弾でした。

でもまだ、このシリーズは続きます。まだまだ食していない魚もありますので、それらをひととおり食してみた暁には、刺身で美味しく食べられるマレーシアの地魚一覧表でも発表しましょうかね。。。乞う、ご期待!!!
この前、マレーシア人は生ぬるい水が好きなんですよ、ってローカルの方に聞きました。

でもなんで?汗かいたら冷たい水がおいしいじゃんって言ったら、そりゃそうだけど、みんなそうしてるしって。

えーっ?ホントー?そうなんだー?って返事したんですけど、良く考えてみれば、絶対その方が身体のためにはいいに決まってますよね。

それに、屋台やローカルレストランのアイス(氷)はただの水道水から出来てることが多そうなので、お腹壊すかも知れないし、みんなそう言うことを考えた上での自己防御策なのかなーって思いました。

でも、みんなそうしてるから自分もそうするって、これなんか変じゃないですか?

私はみんなそうしていようが、誰がなんて言おうが、あの生ぬるい水(Lukewarm Water)は嫌いです。

ここは身体がいつも汗ばむ陽気だし、特に日中、炎天下を歩いた後など、気持ち悪くって生ぬるい水など飲めますかってんだよね。

この前どこかのローカルレストランでCold Water Pleaseって言ったら、このLukewarm Waterが出てきたんですよ。

なんだよ、これCold Waterじゃないじゃんって、店員さん呼んで氷もらったんですけど、そっか、ローカルの人達にとってはこれがトレンディなんですかね。

ホットウォーター以外はコールドウォーターなんだよって、誰かが言ってましたけど、やっぱりIced Waterとか、Water with Iceって言わないとだめなんですね。

そう言えばここKLでは、ローカルの若い人達がペットボトルの水を手にぶら下げて歩いているのを良く目にしますが、あれ絶対生ぬるい筈だけど、これもトレンディなんですね。

ちなみに私はずっと以前からTHERMOSの真空断熱チタンボトルを愛用してまして、もちろんここでも常に持ち歩いています。ですから、いつでもどこでも冷たい水で喉を潤すことができるのですが、飲みきってしまったりした時に、前述のようなケースに遭遇するわけです。

そっかー、生ぬるい水が好きなのかーって、そんなことがトレンディなのかーって、改めて、ところ変われば品変わるものだと思いました。

私、異文化に溶けるを目標にしているんですけど、この異文化(生ぬるい水が好きと言う異文化)には溶け込みたくありません。絶対、冷たい水とかギンギンに冷えたビールとか、そしてたまには適度に冷えた純米吟醸酒とか、くーっ、たまりませんよね。

しかし、だんだん、少しずつ分かってきたような気がします。

なにがって、こちらの方達の好みとか話し方とかしぐさとか、トレンディのいろいろですよ。

でも、中には絶対に許せない、我慢できないトレンディもたくさんあります。

いままでもいろいろ書いていますが、今日もすこし書かせて下さい。

この国に移り住んで1年超、私が感じている「この国の人たちの許せないトレンディビッグ3」は、①店員さんの無愛想、②ゴミのポイ捨て、③信号無視 です。

この中で、①店員さんの無愛想、ですけど、先日、メトロジャヤと言うデパートに行って買い物をしてきたのですが、レジの店員さんの怠惰かつ徹底した無愛想ぶりには本当に腹が立ちました。

この国では、買い物をしたり、外食したりするたびに、怠惰で、のろまで、かつ無愛想な店員さんたちにいつも腹が立つわけですが、日本の価値観をこの国に持ち込んではいけないなどと聖人君子のようなことを仰る先輩たちも多くいて、我慢に我慢を重ねているのです。

お陰で最近はいろいろなことにも随分慣れてきました。

少々無愛想にされてもほとんど腹も立たなくたりました。

あちらが無愛想でも、なるべくHelloとかThank Youなどと、こちらから声かけするようにしています。

すると、たまには、あちらからも、ちょっとはにかんだようにして小さな声で、Thank Youと返ってくることもあったりして、少しは爽やかな気持ちにもなれるのですが、先日の女店員さんの怠惰ぶりと無愛想は徹底していました。

KL市内某地区のメトロジャヤデパート紳士服のキャッシャー(レジ)でのことです。

いつものように、品物とカード(デビットカード)をレジの女店員さんに手渡しましたが、仏頂面で一言も発せずこちらとは眼を合わせようともしません。

決して若くない(&綺麗でない)ご婦人なのですが、顔は斜め横を向いたままです。

無言でレジスターを打ち、私のカードを端末機に挿し込んだ後、側にいたほかの店員さんと笑いながらなにやらおしゃべりを始めました。

見ていると、ややしばらくして端末機からスリップが打ち出されてきましたが、おしゃべりを止める気配はありません。

大体、端末機を見ていません。

その場には、私の他に客がいなかったせいか、根っからの怠惰とのろま(これは推測ですが)に、のんびりゆっくりが重なったのか、私の大切なカードを挿し込んで放置したまま、まだおしゃべり続行中です。

彼女が私の方を向こうともせず、ずっと横を向いているので、私が話し相手の方を睨みつけると、話し相手がそのことに気付き、なにごとか彼女に小声で注意しました。

すると、彼女、全く慌てる様子もなく、端末機からスリップを取り出し、私にサインしろと言わんばかりにボールペンとスリップをキャッシャーデスクに放り投げるように置いたのですが、私と言う客とは眼を一切合わせず、顔は斜め横を向いたまま、そして完全無言です。

こんなヤツもたまにはいるんだよなーなんて心の中で舌打ちしながらスリップにサインして返すと、彼女、仏頂面のままそれを受け取り、私が買った品物をいかにも面倒くさそうにレジ袋に入れて、これも放り投げるようにしてテーブルに置いた後、またしてもおしゃべり開始です。

不思議なのですが、他の店員さんと向き合った途端に笑顔になるんですね。これって真逆じゃないでしょうか?

私が、おいおいカードを返してくれよって言う意味で、ちょっと強く「My Card」って言うと、こちらを振り向き様に仏頂面に変身して、端末機からカードを取り出し私に返してくれたのですが、もちろん謝りもしないどころか、一切無言です。

まったく何が気に入らないんだよ、オレがおまえになにかしたか???

いやいやこいつの無愛想は徹底してるぜって、チョー腹立たしく思いながらも、帰りがけ、聞こえよがしにThank You Very Muchって言ったのですが、なんとこれも完全に無視されてしまいました。

茫然自失と言う四文字熟語を咄嗟に思い出しましたが、なんだか戦いに敗れた気分です。

一体全体、彼女をして何がこうさせているのでしょうか。

家庭の躾が悪いのか、職場や学校の教育が悪いのか、はたまた世の中の環境や制度が悪いのか・・・・もっとも今日のこのご婦人は、恐らく子供さんもそろそろ巣立とうかと言う年配とお見受けしましたが、これじゃ子供の躾など出来るわけがなく、とすれば彼女から巣立った子供は益々怠惰で無愛想になるのじゃないかと、この国の将来を憂い、本当に悲しくなりました。

この国に移り住んで1年経ちましたが、移り住んでみて良かったこと、悪かったこと、人それぞれだとは思いますが、気候のこと、食べ物のこと、生活インフラのこと、そりゃ様々あります。

でも、この国の人々のことについて、この国の偉い方たちがワールドクラスのホスピタリティと公言して憚らないように、この国に住むいろいろな顔かたちの方たちと親しく接してみると、確かに、皆さん真面目で優しくてとても良い方たちばかりに思えます。

ところがどうでしょう。お店やレストランの客と言う立場からこちらの国の人々を見ると、ワールドクラスどころかワーストクラスに成り下がってしまうのです。とても不思議に思います。

もちろん、そうではない方たちもたくさんおられるとは思います。でも、これだけ高確率でワーストクラスのホスピタリティに遭遇してしまうと、この国全体のなにか歪みのようなものを感じてしまいます。

社会主義国ではなく、自他共に認めるれっきとした資本主義経済の国でありながら、なにがそうさせているのでしょうか。

私は、このブログで以前も書きましたが、この国の長年にわたる民族保護政策にその一因があるのではないかと考えています。もちろん、このことを専門に調査研究したわけではないので根拠はありません。私の単なるひらめきのようなものです。

先日、お昼に食事をした某外資系レストランでも、いわゆるセルフサービスなので、食べ終えた後は、テーブルを片づけ、トレーごと近くのトレー下げ場に持っていくよう、何箇所にも大きく張り紙がしてあるのにも関わらず、誰一人として食べ終えた後の片づけをする人はいません。

ファミリーもお友達グループもヤングカップルも熟年夫婦も老夫婦も、みんな散らかし放題に食い散らかしたまま、そのまま立ち去ってしまいます。(たまに自分で後片づけてしている人がいますが、決まって欧米人か日本人です。)

でも、その後にテーブルに座るローカルの人たちも、ゴミの山のテーブルで、別に気にする風でなくにこやかに食べています。

民度が低い、そんな一言で片付けてしまえばそれまでですが、この国にできる限り永く暮らしたいと思う私としては、なにか方策はないものかと真剣に悩んだりしています。

車の窓から平気でポイ捨てする人たち、道端や空き地や側溝などに夥しいゴミが散乱していても気にも止めない人たち、客に対して無愛想で怠惰な店員たち、車を運転して平気で列に割り込んだり、信号でさえも無視する人たち、私たち日本人から見れば、すべてがあり得ない事柄ばかりです。

でも一人ひとりに直に接してみると、真面目で優しくてとても親切な人たち、皆おなじこの国の人たちです。まったく不思議な思いです。

最近はこう考えています。みんな悪気はないのです。悪気はまったくないがみんなでやれば怖くない。周りがやるから自分もやる。これってある意味「みんなトレンディ」なんですね。そのトレンディがいつのまにか普通になってしまい、いけないこと、改善すべきことだとは気付かずにいるのではないでしょうかね。

この前、The Sunの新聞紙上にユニークな写真が掲載されていました。

これです。

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ご参考までに写真下段の文字を起こして見ますと、

REMINDER RED MEANS STOP. YOU MIGHT KILL SOMEONE.
注意! 赤は止まれの意味。 (赤で止まらないと)誰かを殺してしまうかも。。

さらには、

DELINQUENT BY CHOICE ... This driver obviously knows the law, but chooses to ignore safety, common sense and plain courtesy to others by running a glaring red light at Taman Tun Dr Ismail, Kuala Lumpur.
好んで犯罪者となるか.....このドライバーは明らかに法律は知っている。しかし、赤信号を突っ切ることにより、安全、常識そして他者に対する礼儀を無視することを選んでいる。(TTDI, KL)←モントキアラの近くです。

最近、良く憤慨しているのですが、信号待ちの先頭車となり、赤で止まっている時に、後ろからクラクションを鳴らされる。おいおい、行けってことなのかよ、赤だぜ。。

これ、特に左折する際に多いことなのですが、常時左折可の車線ならいざ知らず、そうでない場合は信号に従わなければいけない、これ常識ですよね。

ところが、どうもこちらの方たちは赤でも左折するのがトレンディだと考えてる節がありますね。

とんでもないことです。後ろからクラクションを鳴らされて、一度は私が間違っているのかと勘違いして赤信号なのに左折してしまったことがありましたが、後で良く考えたら、あそこは常時左折可の交差点ではないことを確認し後悔しました。

それ以降は、いくら後ろからクラクションを鳴らされても頑として無視しています。

こんなことがトレンディだなんて、恐ろしいことですよね。

ゴミのポイ捨ても店員の客に対するマナーの悪さもすべてこの国の「みんなトレンディ」なんですね。

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(写真はTESCOスーパーマーケットですが、記事とは一切関係ありません。)

このトレンディ、一過性のものではなさそうなので、軌道修正には国民的な意識改革が不可欠だと思います。

政治や行政やメディアやいろいろな組織体が本当に真剣にならないとなかなか厳しいでしょうね。。

でも、新聞などには時々、これらの問題関連の投書や投稿記事も散見されることから、この国にも同じような考えの方たちは少なくないと思いますし、そんな中、こんな私にも何かできることがないものかと常々想いを巡らせています。

今日は、この国の人達の「みんなトレンディ」について思うところを書いてみました。

では、また。。
以前のこのシリーズ(その1)で、この国の道路税スティッカー(Road Tax Sticker)について書きました。

当地では、去年やおととしの期限切れスティッカーを後生大事にそのまま貼り残している車をよく見かけるが、あれはスティッカーを車のウィンドウに直貼りすると、糊が半端じゃなくきついものだから綺麗に剥がせないことがその理由に違いないと、まぁ私の推測を書いた訳です。

ところが、今回、私自身このスティッカーの貼り替え作業を実際にやってみて、時間はかかったけれどもなんとか綺麗に剥がすことができました。なので、あの人たち(古いスティッカーを剥がさずにいる人たち)は単なる無精者なのであろうと今は思っています。

でも確かに糊跡を残さず綺麗に剥がすことは簡単ではなく、結構手間がかかりました。

ですから、私も新しいスティッカーは、1年後に容易に剥がせるように直貼りせずに、TOKIO MARINEからいただいたビニール台紙に貼り付けてからウィンドウに貼ろうとした訳ですが、これが思ったよりも難しいのです。

と言うのは、スティッカーは超がつくほど薄く繊細なので大変破れ易い。そして、糊面には極めてきつい糊がついている。

そおっと透明のセロファンから剥がして、TOKIO MARINEのビニール台紙の枠内にきちんと貼ろうと思っても、端っこが先にくっ付いたりしてなかなか思うところには貼れない、何度もやり直しをするうちに超薄のスティッカーは穴が開いたり破れたりで、いやはや汗をかきかき四苦八苦してしまいました。

それでも最後にはなんとか体裁を整えてことなきを得たのですが、しかしこのスティッカーって、もうちょっと材質などを考えて簡単に取替えができるように作れないものかと、心の中でこの国に悪態をついてしまいました。

その後、このスティッカーの貼り替え作業について、そのコツなどを詳しく説明している多くのWEB SITEを発見し、やっぱりこの国にも私と同じ思いの人たちが結構いるんだなぁと、妙に感心したりしてしまいました。

そんなWEB SITEのうちのひとつです。もっと早くこれを読んでいれば私もきれいに貼れたのにと残念に思います。

Replacing Malaysian Road Tax without damaging your windscreen

ちなみに、このスティッカーが破れて使えなくなったりした場合に、再発行は可能なものかどうか、今回発行してもらったTOKIO MARINEに尋ねたところ、弊社では分からないのでJPJに相談して下さいと言われました。

さもありなんとは思いますが、JPJのスティッカー再発行手続きなど超難しそうだし、やはりここは破らないよう、そして穴など開けないように細心の注意を払うべきなのだと思いました。


さて、次は前回記事にて予告しましたとおり、TOKIO MARINEのロードサイドアシスタンスとホームアシストについて少々掘り下げて書いてみたいと思います。

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先ず、ロードサイドアシスタンスですが、これはどこの自動車保険にも付帯しているもので、いわばこのサービスの良し悪しが自動車保険の評価に大きく作用すると私は思っています。
(私はこれまで一度も使った経験がありませんが、いつでも使えると思うととても安心です。)

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これは事故や車両故障で契約の自動車が自走できなくなった場合などに緊急的に提供されるサービスで、TOKIO MARINEの場合、

①事故時はRM200まで無償(個人使用自動車の場合:以下同じ)、車両故障時(ガス欠、バッテリー上がり、鍵の閉じ込み、パンク等修理を含む)はRM150まで無償のレッカーサービス及び現地応急修理

②事故時、車両故障時共に無償で提供される情報伝達サービス、通訳サービス、医療機関紹介サービス

③事故時、車両故障時共に費用全額本人負担となる車両自宅回送サービス、代行運転サービス、宿泊施設紹介サービス、代替交通手段紹介サービス、医療機関への緊急搬送手段提供サービス、弁護士等紹介サービス 

があります。

ロードサイドサービス


このサービスを受ける場合は、事故・故障受付コールセンター(24時間365日対応可)に電話します。電話番号は、フリーダイヤル1-800-88-1301です。

残念ながら日本語対応はしていないとのことですが、コールする場合を想定し、あらかじめ必要な情報を英文でメモしておけば、いざと言う場合に、このコールセンターが心強い見方になることは間違いなさそうです。

コール時に必要な情報とは、

①氏名、自動車保険種類、証券番号

②携帯電話番号

➂契約自動車の登録番号、車種、車名、塗装色

④要求種別(事故対応要求/車両故障対応要求/情報提供要求)

⑤事故または車両故障等の内容及び情報提供要求内容

ですので、事故または車両故障などを想定してあらかじめ作成し、直ぐ取り出せるようにダッシュボードにでも常時保管しておけば良いのかと思います。

TOKIO MARINEでは、マレーシア全土に400以上の契約整備工場(PANEL WORKSHOP)があり、レッカーサービスや現地応急修理なども、別に被保険者の指示がない限り最寄の契約整備工場に速やかに手配するとのことです。(コールセンター手配によるレッカー到着前に流しのレッカーが来て、TOKIO MARINEとは無関係の工場に運ばれてしまうこともあるそうですから十分確認が必要と言うことです。一旦運ばれてしまうと、後々面倒になることがよくあるそうですから要注意です。)


もちろん、事故時はこのロードサービス要求のほかに、ポリスリポート(警察への事故報告)などの事故対応があるわけですが、このことについてはまたあらためて取り上げる予定でいますので、ここでは省きます。


次に、ホームアシストについて取り上げてみたいと思います。

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えっ、自動車保険にホームアシストって?と思われた方はよくご存知の方です。

そうですね、普通はこのホームアシストって火災保険や家庭総合保険などのいわゆるホーム保険に付帯しているものですよね。日本で、このホームアシストが自動付帯している自動車保険ってありましたっけ?
(未確認ですがアクサダイレクトなどの通販ものにひょっとしたらついているかも知れませんね。)

ところが、TOKIO MARINEのこの自動車保険(Comprehensive Motor)にはこのサービスが付帯されていて、契約者の家庭内の、

①電気配線等修理
②水道管の水漏れ等修理
➂エアコン修理
④玄関扉などの開錠
⑤カーペットや家具のクリーニング等
⑥屋根の修理

のための業者手配を引き受けてもらえるのです。(飽くまで手配だけですが、この国ではそれだけでも大変ありがたいことだと思います。)

もちろん手配業者はすべてTOKIO MARINEの契約業者で、それに市価よりも安価かつ信頼性も高いとのことです。

24時間365日対応が可能とのことで、このサービス要求も、事故や車両故障時と同じフリーダイヤル1-800-88-1301にコールすれば良いのです。(TOKIO MARINEに確認済みです。)

しかも費用は、1回の訪問につき最低RM25を契約者が負担、合計費用がRM150を超える場合はRM25を差し引いた費用を契約者が負担する仕組みです。

これってすごく魅力的に思えませんか?

マレーシアの自動車保険って、これ(ホームアシスト自動付帯)が普通なのかとTOKIO MARINEの担当の方に尋ねてみたところ、他社商品のことは良く存じていないとのことでしたが、私がざっと見た限りでは他にはなさそうな、、、、でも、しっかりと調査したわけではないので、あるいはTOKIO MARINE以外にもあるのかも知れません。。。

いつかこのホームアシストを実際に利用する機会があれば、またその感想などをブログにアップしたいと考えています。(どなたか先にこのホームアシストを実際に利用したことがある方がいらっしゃったらその使い勝手などを教えていただければと思います。)

以上、今日は自動車保険の中のロードサイドアシスタンスとホームアシストについて少々詳しく書いてみました。

ではまた。。。

今日はマレー語について今感じているところを書いてみたいと思います。

マレー語を習い始めてようやく1年になるわけですが、まったくのゼロから始めた割には最近なんとなく分かってきた、と言うか、少しだけそのベールが剥がれてきたような気がしています。

なんてことを書くと、おいおい、まだちっとも分かっていないくせに自惚れるなよ、と誰かに怒られそうですが、少なくとも、至るところで聞こえてくるネイティブのマレー語に対しても、最初のころよりは随分と親しみを感じるようにはなりました。

もちろん、ネイティブの会話の内容が全部理解できるようになった、と言う意味では決してありません。

でも1年前は耳がまったく素通りしていたネイティブの早口のマレー語も、最近はほんのちょっぴりですが、習い憶えた単語や言い回しが聞こえるようになり、時々は、朧気にこんなことを言っているのかなぁと想像できる程度になりました、と言う意味です。

また、ごく簡単な日常会話なら、ゆっくりですけど話したり、聞くことができるようにもなりました。

この年で、素地のまったくない他言語に挑戦することなど無理ではないかと、大いに不安でしたが意外や意外、どちらかと言えばとても楽に、そしてとても楽しく勉強できているのです。

きっとこれは、マレー語と言う言語が、とても易しい言語だからなのだろうと思います。

本当にそうかは分かりませんが、世界で一番難しい言語は、アラビア語、次いで日本語だと聞きました。(日本語が一番難しいと仰る方もいます。)

ご承知のとおり、私は、今、ローカルの方に日本語を教えている訳ですが、教えてみてその難しさを改めて感じています。確かに、動詞や形容詞の語形変化、丁寧語や尊敬語や謙譲語、あいまい表現、いろいろな数の数え方、助詞の使い方など、教える者、教わる者の双方にとって極めて難しい言語と言うのは間違いなさそうです。

でも、嬉しいことにマレー語はとても易しいのです。
決して見くびっているわけではありませんが、易しく思えるのです。なぜかと言うと、動詞の語形変化などないし、時制だっていい加減、疑問文の作り方だって簡単なのです。

だから、ある一定のルール、つまり文法をざっくりと覚えてしまえば、あとは必要な単語を前後に並べるだけで、簡単に文の形ができ上がると言うわけです。

このように易しいマレー語なのですが、しかし、単語や熟語などはどうしても憶えないといけません。当たり前ですが、単語や熟語などを憶えないと、言いたいことも言えないし、何を言われているのか聞き取りもできないのです。

と言うことで、私の当面の目標は、日常生活に必要な約3000の単語、熟語、慣用句などをを完全に憶えること。

嬉しいことに、他の言語に比べて熟語や慣用句は、その数が極端に少ない上に理解が容易ときています。

しかしながら、初めて聞く単語や熟語などを次から次に記憶していくことはなかなか難しい。特に年々歳々脳細胞が減少しつつあるシニア連にとっては、1つ憶えて2つも3つも忘れることの繰り返しですからなかなか前に進めない。

そこで、悩めるシニア連の苦肉の策が、語呂合わせの言葉憶えとなる訳です。

以前のブログでも少し紹介しましたが、今回もその他いくつかを紹介してみたいと思います。

誰もが知ってる超有名な語呂合わせ
NASI(ナシ) → ご飯 飯(めし)はナシだ
ORANG(オラン) → 人 人はオラン
IKAN(イカン) → 魚 魚はイカンよ

創意工夫の語呂合わせ
GULA-GULA(グラグラ) → キャンディ(飴)  キャンディ食べて歯がグラグラ
MULA-MULA(ムラムラ) → 最初 最初っからムラムラしてる
KATA(カタ) → 語る(話す) カタる
MUKA(ムカ) → 顔 ムカつく顔
ANTARA(アンタラ) → 間 アンタラの間
HUJAN(フジャン) → 雨 雨がフ(ッ)ジャン(降るじゃん)
STESEN(ステセン) → 駅 そんな駅はだれもス(ッ)テセン(知らない)
HADAPAN(ハダパン) → 表 ハダ(カ)パン(ツ)で表に出るな
BALIK(バリ) → 帰る バリっとして帰って来いよ
CIRIT-BIRIT(チリビリ) → 下痢 チ(リ)ビリ  ごめんなさい、これは言わずもがなですね。

以上思いつくままですが、キリがありませんのでこの辺にしておきます。

でも、身体で憶えたと言うか、実戦で身につけた言葉って本当に強いですよね。

我がマレー語教室のクラスメートの中に、昔、隣国のインドネシアで長年働いていたと言うD氏とI女史がいるのですが、彼らのマレー語(インドネシア語?)はたいしたものです。
(注:マレー語とインドネシア語は兄弟言語でほぼ同じです。)


グル(先生)の咄嗟の質問にも、間髪をいれず、答えが口をついて出てくることには、驚きと言うか、いや羨ましい限りです。

彼らの実戦マレー語の強さは、以前みんなでセキンチャンに出かけたときに強く思いました。

KANPUNG(田舎)のおじさんおばさんたちと肩を叩きあいながら談笑できる、これですよこれ。

我々のグループは、どこから見ても外国人(日本人)なのですが(外見や態度で容易に識別できるのだそうです)、片言でもマレー語を話すことが判ると、現地の方たちは途端に警戒心を解き、相好を崩してくるのです。

いやぁ、言葉って大切ですよね。異国の地で、異文化の中で、現地の人たちと仲良く暮らして行くには、現地の言葉を使えるようになることが始めの一歩、改めてそう感じました。


そうそう、先日、と言ってももう1、2ヶ月も前のことですが、こんなことがありました。

実は、私のコンドの隣のユニットにマレー系のファミリーが住んでいて、そこの年配のご婦人(私と同年代かちょっと上か?)とお孫さんのような少年に、家の前のエレベータホールやエレベータの中でよく出会うことがあるのですが、しばらくの間は、私が外国人と分かるのか表情がとても硬いままでした。

時にはこちらから英語で声をかけてみるのですが、完全に無視されるしで、隣どうしなのに困ったものだなぁと思ってました。

そんなことがしばらく続いていたある日の朝のこと、エレベータホールで出会ったその年配のご婦人に、Selamat Pagi!(おはようございます)とマレー語で挨拶してみたら、途端に彼女の顔がくしゃくしゃにほころんで、Pagi!(おはよう)と返ってきたではありませんか。

そして、マレー語が話せるの?なんで?アナタ日本人でしょ?って続けざまに質問です。

幸いなことにそれぐらいのことは聞き取りできましたので、日本人だけどこの国やこの国の人たちのことが好きだからマレー語を勉強しているんだ、でもまだ少しだけしか話せないけどね、って答えると、さも嬉しそうに、そうだったの?で何人で住んでるの?誰と住んでるの?って矢継ぎ早やに聞いてくる・・・、あはは、やっばりこの人たちもこっちに興味があったんだ。。。

私も嬉しくなって、エレベータの中でも続きの会話をしてました。

この一件以来、このご婦人と孫のようなマレーの少年とはすっかり仲良しになり、最近では私が玄関を出入りする気配を感じると、家の奥から出てきて、私に、どこに行くの?とか声をかけてくれたり、一度は私がホールでエレベータを待っているのを見かけたらしく、ご婦人が家からパジャマ姿で出てきて、私の後ろで体操を始めたのには大変驚きました。

私も笑いながらご婦人の体操を見ていましたが、やってきたエレベータに乗って降りる私に飛び切りの笑顔で、Selamt Jalan(行ってらっしゃい)と手を振ってくれました。

いや、言葉ってこんなにも嬉しいものなのですね。

後で判ったことですが、彼らは英語はまったく話せないし聞けないのだそうです。道理で私の英語には無反応だった訳ですね。

さて、今日の最後に、最近私がマレー語の勉強のためによく見るユーチューブの動画を紹介したいと思います。

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実はこれ、こちらの人気テレビアニメなのですが、ある日何気に見たら、その郷愁を誘う場面設定と言い、登場人物の面白さと言い、ストーリー展開のユニークさと言い、実に興味深いものがあり、目が釘付けになってしまいました。

さらに、私にとっての嬉しい発見は、このアニメが英語のサブタイトル(字幕)がついたマレー語アニメと言うことなのです。

まぁ、百聞は一見に如かず、ユーチューブにアップされている「UPIN & IPIN(ウピンとイピン)」をご覧下さい。(フルで1時間半もある動画ですので、通しではなく区切ってご覧になった方が良いかも知れません。)




いかがでしたでしょうか、英語の読み取り練習、マレー語の聞き取り練習に最適の教材だと思いませんか。

私はしばらくはこのアニメに取り憑かれそうです。(笑)

では、また。。

今日からいよいよ12月です。

思えばちょうど1年前の今日は、引っ越し荷物の発送も終え、いよいよがらんどうとなった我が家で、すべてのスケジュールを予定どおりにこなし終えた安堵感と、これから始まる人生最大・最後の冒険の旅への期待と不安、それにふるさとを遠く離れることの一抹の寂しさなどが激しく交錯して心が千々に乱れていました。

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あれからちょうど1年が過ぎ、我が人生最大・最後の冒険の旅もようやく軌道に乗りつつあると感じていますが、その後の様々な状況変化や想定外の事象もこれありで、とても順風満帆とは言えず、決して安閑としてはいられません。

もとより少々の波風は覚悟の上、いや、波乱万丈も厭わずの覚悟で海を渡って来たのだからと自らを励ましてはいますが、それよりも気になるのは、予想以上に異なる食などの日常生活や周辺環境になかなか馴染めず必死に堪えているmy better halfのことです。

私が決めた我が人生最大・最後の冒険の旅に、言われるがままについて来てくれたmy better halfですが、異国の地での健康管理に対する不安、英語のプライベートレッスンを続けているとは言えまだまだ自由には会話をこなせないことに対する不安、そして極めつけは、もし私と言う存在が突然消滅してしまった場合などに対する言い知れない不安、そんな不安を抱えながらも毎日必死に頑張っているのです。

そんなmy better halfの不安を拭い、辛く悲しい残りの人生ではなく、楽しく悔いのない残りの人生にすべきは私の絶対的責任。移住後1年を省みて改めてそう思います。

ともすれば、周りを顧みずひたすら突き進む性向のある私ですが、時には後ろを振り返り、better halfが遅れているならば少し後戻りしてもいい、しっかりと支えながら共に生きる、そうでなければいけないと決意しています。

移住の前に約束していた緊急事態対処マニュアルも、私の余裕のなさから未だ作成に至らず、そのことも不安を与えている一因だろうと思います。時間の余裕を見ながら早急に整備しなければと考えています。

さて1年の節目に、これまでの成果はいかに、と思いを巡らせてみました。

このブログはまさに私の成果と反省の記録なのですが、もちろん、ブログには書かない、書けないことも数多くありました。

そして、もう何度も書いていますが、この私の残りの人生は、どなたかの書かれているご褒美人生とは違うと思っています。

人生最大・最後の冒険の旅なのです。したがって、進むべき道筋を考え、段階的に成すべき目標を掲げ、その過程における達成感を生き甲斐にしようというものです。

私の当初1年目のマイルストーンは、生活拠点を定め、生起するであろうあらゆる問題を克服して冒険の旅に支障のないインフラや環境を先ず整備することと、それに並行して、言葉の障害を取り払う、特に英語とマレー語の習得を開始・継続することでした。

結果、総じて見れば、予定どおりにできているのかなと思います。(まったくの自己評価です。)

インフラの構築に当たっては、予想通りに、いやそれ以上にいろいろな問題が生起しました。電気、水道、バス、エアコンの問題、防虫・防蚊の問題、騒音の問題、テレビ・インターネット・電話の問題、そのほかにもいろいろあったと思いますが、まぁ、1年経ってみてそろそろ出尽くしたかなと言うところでしょうか。

当地のコンドミニアムは、聞かされていたとおり、入居後様々な問題に直面します。そのたびに知恵を絞り、相談を請い、なんとか切り抜けてきたと言うものの、そんな時に痛切に思うのは、異文化の中でのコミュニケーションの難しさです。

この国では英語は第二の国語、英語だけでも日常の意思疎通に困ることはない、そう理解してきたものの意外にそうではないことに気付かされました。

銀行やモールやレストランなど、街中での会話は確かにほぼ100%、英語だけで十分です。

しかし、KAMPUNG(村、田舎)などでは英語が通じないことも多いのです。

KLは大都市ですが、実はまだ至るところにKAMPUNGがあります。私の住むモントキアラも直ぐ隣はKAMPUNGです。

コンドミニアムの電気、水道、バス、エアコンなどの修理の人達は例外なくKAMPUNGからやってきます。

KAMPUNGからやってくる人たちの中には、英語が出来る人もたまにはいますので、その場合は良いのですが、そうでない場合は片言のマレー語での会話を余儀なくされます。

こんな時にはマレー語習得の必要性を改めて感じるのですが、それにしても、英語が通じるのは、都市部などの標準教育履修者層以上に限られると言うことを最近知りました。

以前聞いたところでは、マレーシアの英語浸透率は80%ぐらいだろうと言う事だったのですが、先日インターネットで2010年のグーグル統計データを見て驚きました。マレーシアは27%だと言うのです。もっとも日本が12%、中国が1%と言うものですから、ちょっと俄かには信じ難い数字だとは思いますが。(日本の英語浸透率12%はどう考えても高すぎますよね。もっとも統計の取り方にも拠りますけど。)

マレーシアの27%は低すぎる数字と思いますが、実際に暮らしてみて、いろんな階層の人たちと会話してみた印象から言うと80%は高すぎ、27%は低すぎで、まぁ、5~60%程度ではないでしょうか。

いずれにしても、そんな時、少しでもマレー語に慣れてきた自分を感じることができ、これも1年間の成果なのかなと思っています。

この他には、思いがけずに日本語を教えることになったこと。これはまったく想定していなかったことなのですが、ローカルの若い人たちに日本語や日本文化の一端を教えることの難しさと面白さ、そして時々英語とマレー語と日本語をチャンポンにして熱く会話している自分に気付くこともあり、私の人生最大・最後の冒険の旅に彩を添えるひとコマなのかなと思っています。もちろん今も続いていて、大変ですがとても充実感を感じています。

また、ブログにもこまごまと綴っていますが、新鮮な地魚を売る日曜市を発見(私が発見したのではなく人づてに聞いたのですが)し、恐れを知らず刺身で食らう人体実験を敢行して、当地在住の日本人の多くの方の賞賛(嘲笑かも知れません。)を得たこと、高い韓国米よりもおいしい地元産の安い日本種米の買い方を憶えたことの他、安いビールや美味しくて安いサーモンの買い方までしっかり身につけたことは、もちろん成果に違いありません。

これで、衣食住のインフラはほぼ整いましたし、ツールとしての車、その道路税や自動車保険の手続きもこのたび無事に終えました。車検整備に代わる車両整備やタイヤ交換もこの月内に終えるつもりでいますので、2年目以降の行動に不可欠な脚も磐石です。

と言うことで、移住後1年を振り返ってみましたが、当初予定のマイルストーンはほぼクリアしたのかと思っています。

2年目は、ただひたすらコミュニケーション能力を高めつつ、ローカルの人たちを含む人的コネクションを広げ、更には夢の実現に必要な分野の勉強も始めたいとも考えています。

もちろん、がむしゃらではなく時々後を振り返り、必要に応じて小旅行などの休憩も織り交ぜながら、徐々に現地に溶けるつもりでいます。

もっとも、最近では私のもともと黒い肌が益々黒く陽に焼けて、もう肌の色ではローカルに負けていない、などと他人に言われることもあり、そういう意味では私の計画どおりにことが進んでいるのかなと思っています。(笑)

ではまた。。