夏まつりや盆踊りと言えば・・・

秋田の西馬音内盆踊りとか富山の越中おわら風の盆って、
たまらなくいいですよね。

どちらも妙に心の琴線に触れるものを感じて好きです。

できれば毎年観に行きたいと思うのですが、
会社現役の時には、まつりと仕事の日程が折り合わず、
なかなか行けずにほとんどYouTubeで我慢してました。

なので、今年こそはと考えていましたが、
現実はとても厳しく、比較的近場の西馬音内さえも都合でダメ。

また、9月初めのおわら風の盆もマレーシア行きの準備があるので
とても行けそうにもなく、ちょっと気持ちがくさってました。

MM2Hの仮承認もとれたし、ここは区切りだからと考えていたところ、
突然My better half曰く、徳内まつりって面白いかなぁ?だって。

えっ?徳内まつり? そっか、いつかの酒田まつにりも、
山車が一台、友情出演かなにかで出てたよなあ・・・

そうだね、行ってみるか、と言うことで、
昨晩、むらやま徳内まつりを観に行ってきました。

実はこの祭り、花笠まつりや新庄まつりに比べると、
ちょっとマイナーなのですが、近年とみに評判が高くなり、
いつか直に観てみたいと思っていたのです。

村山市は内陸部の山形市と新庄市のちょうど中間点に位置し、
自宅からは最上川沿いに車で1時間半ほどの距離です。

これは今年の徳内まつりのポスターです。
        ↓
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よさこいソーラン型のこのまつりの歴史は浅く、
まだ17年ほどだそうです。ちなみに徳内というネーミングは、
この地出身の江戸時代の学者、最上徳内に由来しているそうです。

夕方6時の山車パレード開始を待つ間、
どこぞのテレビ局が目の前で撮影開始のようです。
この二人なに?お笑い芸人のようだけど?

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それにしても、まつりの山車の絢爛豪華さには驚きますね。
新庄まつりの山車には感動したものだけど、これも負けてないですね。

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各町内(?)ごとの山車は、囃し手を上に載せ、
その後方にいくつかのグループ別の勇壮な踊り手軍団が続くという構成。

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まつりパレードに参加する若者たち、
衣装もお化粧もずいぶん派手で、ノリノリですね。

左端の若者に、その髪型は誰が?と聞いた。
若者曰く、美容師の彼女(右端)が結ったとのこと。
すかさず、右端の彼女に、貴女の髪はどなたがと聞いた。
自分でできるところは自分で、できない部分は同僚の美容師がとのこと。

いやいや、いいんじゃないですかね。
いろいろ工夫してまつりを盛り上げる、
この国の若者も捨てたものじゃないと思います。

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それにしても、この熱気、傍で観てると汗しぶきが飛んできますね。
琴線に触れる盆踊りもいいけど、この熱いまつりも悪くないですね。

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なんか、パイレーツオブカリビアンだね。
彼、絶対意識してるよね、カリブの海賊、ジャック・スパロウのこと。

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燦燦ってあの愛燦燦の燦燦だよね。
山車も踊りも赤の艶やかさがいいじゃないですか。

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ホント、この山車、お金かかってますよね。
まぁ、地元の方たちの力の入れようが伝わってきます。

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このよさこいソーラン型のおまつりって、激しく飛び回る踊りだから、
ほとんど若者中心だけど、中には、年配者もいたりして、思わず、
頑張れ!!と声かけたくなりますね。

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おっと、中にちょっと毛色の変わった(文字通りですが)
グループがいましたね。

聞けば、地元村山市のフレンドシップCityなのだそうですが、
カナダ、バリー市からの高校生訪問団だと言うことです。

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このまつり、昨日に引き続き、今日そして明日と3日間続きます。
結構な人気らしく沿道にはかなりの人出もありました。

だけど、そこで感心したのは、環境の美化というか、ごみを収集して歩く、
おまつりボランティアの方たちです。
みなさん、ごみ袋を持って沿道の観客の間を巡り歩き、なんと観客から
ごみを分別回収しているのです。

いやぁ、いいですね。ごみは持ち帰らねばと思い込んでいた身にとって
ちょっと驚きでしたが、こういうことを飾らずに淡々とやれているなんて
素晴らしいじゃないですか。

暑い夏の夜でしたが、おかげで最後にちょっとほのぼのとしました。
ボランティアの方たち、お疲れ様でした。
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2012.05.21 酒田まつり
5月20日は酒田まつりの本祭りだった。
酒田まつりは、毎年その日取りが決まっているが、、
なかなか土日にヒットすることも難しく、
昨年もそしてその前の年も確か平日の開催だったように思う。

勤め先が、市内大通りに面したところに在ったため、
まつりの日になると、目の前を通る山車行列の
賑やかなお囃子が気になって、仕事も手につかず、
事務所を出たり入ったりして行列を眺めたものである。

ところが今年は宵祭りと本祭りが見事に土日にヒットして、
しかも天候にも恵まれた。

じっくりと、まつり見物でもしようかと出かけてみた。

中町通りから清水屋前交差点まで、
出店でも眺めながらそぞろ歩きをするつもりが、
驚くほどの人混みで、なかなか前に進めないほどなのだ。

普段は、言わずと知れたシャッター商店街、
閑散とした中町通りだが、今日はなんと、この人出。
酒田にこんなに人がいたとは驚いた。

これはやはり、土日と天気のせいだよ、
だから言っただろう、日取りを土日にして
しまえばいいんだって、今まで、そう思いながらも、
声を大にしたこともないフレーズをまたも飲み込み
ながらひたすら歩き、ようやく清水屋前に到着。



山車行列をここで見物しようかと思ったが、
すでに通りは見物人で溢れ、後ろに立っても
良く見えない。
ここじゃダメだと場所移動。
普段は有料だが、まつりで入場無料の旧鐙屋さんを
裏口から通り抜けして市役所前に出た。

うーん、ここも人混み、いや、参ったのだが、
止むを得ず、人混みの隙間をくぐって見物した。



おっ、神輿がきた。いいねえ、神輿は祭りの華だよ。
神輿と言えば、今日は浅草の三社祭もやってるぞ、
規模も人出もまるで桁が違うけど、あっちは5月の第3土日だ。



浅草あたりじゃ土日でなくても人出には困らないだろうに、
それにしても、なんで酒田まつりもそうしないのかなー、
ふと、またひねくれ団塊特有の問題意識が
ちょこっと顔出しそうになったところで、
神輿にまつわる想い出ひとつ。

まだ体力にも十分余裕のあった時、
東京市ヶ谷台に勤務していた頃である。
地元町内会から神輿の担ぎ手を請われ、
新宿牛込柳町のまつりに参加したことがある。

夏の盛りのまつりであったため、生まれて初めての
神輿担ぎは、汗だくで、塩吹きながらの体力勝負だった。
だけど練り歩きの先々で、街の人から散々声かけられて、
うれしくて、皆、持てる体力を使い果たした。
それでも無事担ぎ終え、見ず知らずの地元の人たちと
飲めや歌えの場面では、一度は息を吹き返したのだが、
最後はやっぱり皆つぶれた。



まつりはいい、血が騒ぐ。
今までじっくり見物したこともなかったので、
山車行列の中身も知らなかった。
まさか山車の屋台上で、ちょっと厚化粧のご婦人方が、
なぜか演歌をバックに踊りを舞うとは知らなかった。



そして山車行列の中で一際目立つ、
というか、全体的には新庄まつりなどの絢爛豪華な
山車・屋台などに比べれば、ほとんどが幼稚で可愛い
(ごめんなさい、一生懸命に準備した人たち大変ご苦労さま、
でもこれ、私の素直な感想です。)造作の山車の中にあって、
まあ、これはと言える大人の山車、日吉丸の登場だ。



ここまでくると、山車行列も終わりに近い。
ここで、行列を離れ、また清水屋さん前から、
今度は日和山へ。しかし、人が多い。
そしてまつり出店の数も半端じゃない。
こんなに良く集まったねと関心するが、
今日の人出じゃ元はしっかりとれるだろうなとか、
この人たちってどこに泊まるのかなーとか、
ホント余計なことを考えながら、
人混みに押され、そして日和山。

おおっ、お化け屋敷もある。
なんか、いつか弘前のさくらまつりで見たけど、
レトロなお化け屋敷とか迷路とか、
酒田にもあったなんて知らなかった。
酒田に戻って10年も経つというに、
まつりで日和山まで来たことがなかった。



昔、酒田を出る前、高校生の頃は、
年中部活に忙しく、祭り見物どころではなかった。
だから、酒田にお化け屋敷が来てるなんて、
聞けば昔からあったそうだけど、
恥ずかしながら初めて知った。

最後に立山鉾だ。公園の芝地に鎮座して、いや、
すっくと立っていた。
高さが20m超もあるそうな。立派である。
でも、いつか見た五所川原の立佞武多に比べれば、
ちょっと華やかさに欠けると言うか、迫力がないような。
でも、これも、一生懸命まつりのために頑張ってきた
人たちをくさすつもりは毛頭ない。
それどころか、
昔の立て山車を忠実に再現したものだそうだから、
本当にご苦労様と言いたいだけなのだ。



里のまつりはいい。
酒田まつりも年々賑わいを取り戻していると聞く。
このまま、ますます賑やかになって欲しいと切に願う。
2012.05.09 里のまつり
5月1日は、旧松山町のおまつりだった。

思い起こせば、子供のころ、母親に連れられて、
まつりの日に、知り合いを歩いて訪ねたことがある。
旧松山町のその前の松嶺町のころである。

それ時以来すっかり忘却の彼方にいた
松山まつりだが、半世紀超ぶりに見に行った。

あらためて見てみると、
昔はなかった気がするが、
武者行列や砲術演舞など、なかなかどうして、
みどころも多く、感心させられた。

しかし、それより、
松嶺の中心を流れる用水(上堰)と、
それに添うレトロな細い町並みは、
昔も今もほとんど変わらず、
なんとも言えない風情がある。

そして、ここに立つと、彼方の記憶が蘇える。
当時もおまつりは賑やかで、
知り合い宅のごちそうにも目を見張ったが、
ポケットの小遣いを固く握り締め、
興奮しながらまつり屋台や出店を巡った。
楽しくて、帰りたくないと言って、母親に叱られ、
手を引かれながら、遠い道のりを歩いて帰った。

遥か昔のことである。

松山まつりの帰りに、眺海の森を経由した。
いつも思うが、ここからの眺めは素晴らしい。
正面の庄内平野も裏からの鳥海山も天下一品だ。





里もいい、まつりもいい、
レトロな町並みも、
ノスタルジックな想い出に浸れるのもいい。
でも、このまま座して、時を過ごしたくない。
異文化や異言語に挑戦することと、
里の自然を大切に思う気持ちを相携えてゆきたい、
そんなことを考えた一日でした。