別にこの店に頼まれた訳でもなんでもないのですが、一昨日〈2月1日〉と昨日(2月2日)、2日続けて通ってみて一遍にファンになりましたので、今日は特別にこのお店の宣伝をさせて下さい。

そのお店とは、先月(1月18日)、LOT10に新しくオープンしたJ's Gate Dining「信濃路」です。

信濃路蕎麦

実はこのたび遅ればせながら評判のJ's Gate Diningに行ってみましたが、そこは確かに綺麗で清潔そうで近代的な食空間の広がるまるで日本のフードコートでした。

いやフードコートと言うか、厳密に言うとちょっと違いますね。ISETAN JAPAN STOREの4Fに昨年オープンした日本食レストラン街「THE TABLE」に隣接する、かなり広い食空間は、真ん中にLOT10の大きな吹き抜けがあって、真下にはhoops stationのバスケットボールコートが覗けます。

このJ's Gate Diningを構成する計20の和食店舗(うち17店舗が営業中、残り店舗も3月上旬までに開店予定とか)が、この吹き抜けの周囲に配置されていて、ぐるりと一周してみましたが、中には店舗内に自前の食事スペースを持つ普通のレストランもあって、まぁ、全体としてはフードコートとレストラン街のミックススペースのようですね。

なんだ、フードコートと言うけど全部が全部そうじゃないんですね。で、どの店舗がフードコート店でどの店舗が普通のレストランなわけ?

と言うのは、フードコート店って一般にサービスチャージとか取らない(取れない)じゃないですか。だから一周して各店舗の入り口に掲げてあるメニューリストの価格をチェックしてみたのですが、店舗内に自前の食事スペースがあるレストランは、やっぱりサービスチャージとGSTが外税(++)で、自前の食事スペースを持たない、所謂フードコート店は内税なんです。(でも例外もありましたけどね)

でも、これっていささか重要と思いませんか?だって、この国のレストランで食事する時、大概は外税(++)なので、いつも予想よりバカ高い会計払わされ、なにか騙された気がしているのはひねくれ者の私だけでしょうか?なので、価格が内税だととても嬉しい気分なのですよね。

しかし、しかしですよ、既にオープンして2週間も経つと言うのに、しかも12時前後のお昼時だと言うのに、なにこれ?この客まばら状態は?

どの店の店員も暇そうにしていて、なに、この静けさは?と思いましたが、考えてみれば今日は休日(Federal Territory Day)で、このLot10や周囲のオフィスビルで働くヤングサラリーマンたちもお休みなのだろう。

うーん、でも平日はどうなんだろうか?一瞬、Quil City MallのLGフロアにある「新丸(あらがん)横丁」を思い浮かべましたよ。あそこは悲惨過ぎますよね。アジア最大の本格日本食レストラン集合スペースがKLに初お目見えとかの華々しい謳い文句でオープンしたはいいが、その後いつ行ってもガラガラ。あーもガラガラだと、なにか問題でもあるのか知らんと疑い、入りたくなくなるから不思議ですよね。

これって、何が問題なのだろうか?と考えてみたこともあるのですが、所詮は他人事ゆえそれからしばらく忘れてました。このJ's Gate Diningもそうならなければ良いがと案じていましたが、次の日(平日)に行ってみて、前日とは打って変わった賑わいだったことに、他人事ながらなにかしら安堵してしまいました。

それでは本題に入りますね。まずJ's Gate Diningの全体レイアウトからです。

P_20180201_115547.jpg

↑ちょっと小さくて見にくいので、画像にレイアウト拡大画像のリンクを貼っています。画像をクリックしてご覧下さい。

↓J's Gate DiningからISETAN側の日本食レストラン街「THE TABLE」を見ています。

P_20180201_115205.jpg

↓反対側(THE TABLE側)から「J's Gate Dining」を見ています。

P_20180201_115357.jpg

P_20180201_115224.jpg

先ほどの全体レイアウト拡大画像でお分かりのように、LOT10の5F、6Fの駐車場に車を停めて直近の下りエスカレーターで下ってくるとそこはもう「J's Gate Dining」です。

P_20180201_115109.jpg

↓そしてここが私の俄かお気に入り、信州蕎麦屋「信濃路」さんです。

P_20180202_134151.jpg

P_20180201_114706.jpg

P_20180202_132827.jpg

↑先ほどの全体レイアウトに描かれているNo.5の店舗です。この「信濃路」さん、調べたところ和歌山のお蕎麦屋さんで、これが初の海外店舗だとか。。え、和歌山の信州蕎麦?いやいや良いのですよ。美味しければ何処の信州蕎麦でも‥ね。

↓余り大きくはないフードコートエリアです。2月1日(休日)は閑散としていましたが、翌日(平日)はこれこの通り。見ればやっぱりChinese系のヤングサラリーマンが多いようですね。

P_20180202_133757.jpg

で、このお気に入りの「信濃路」さんのメニューリストがこれ↓。なお、これも画像に元画へのリンクを貼っていますので、是非拡大してご覧ください。

26962027_645160455607861_1405809884154169898_o.jpg

ね、このメニュー表を見てお判りでしょう?私がなぜこのお店の俄かファンになったかの理由が。そう、そうなんです。どれもこれも大変リーズナブルですよね。でもね、安かろう不味かろうってこともあるからと先ずは食してみましたよ。

↓初日はこれ。。(いや、本当はFamily MenuのZanmai Sobaをとったのですが、この麺大喰らいの私でも食べきれないほどのボリュームでした)

26910914_643791522411421_6491777052682305042_o.jpg

うーん、こりゃ悪くないんじゃない?信州蕎麦の、粘り少なめ&つるっとした喉越し、私は好きですねぇ。でも好みは人それぞれだから一概には言えませんけど、私ははっきり言って大・大好きです。蕎麦の茹で方もいいし、甘過ぎない蕎麦つゆもいい。

↓そして2日目は、店で一番人気と言う、Nikumori soba(肉盛り蕎麦)を食べてみました。

27021970_643791639078076_373810213264806954_o.jpg

↑たっぷりの薄切り味付け牛肉の下はこれまたたっぷりの白ネギと下にたっぷりの信州蕎麦。そしてそれに特製の冷やしつゆをぶっかけて食す。こりゃ美味い、うーん、これも頗る美味。

蕎麦好きと言うか、大の麺好きの私は、KLのあちこちで麺を食べているのですが、蕎麦にしてもラーメンにしてもうどんにしても、不味い、高いのいずれかか、両方コンボの店ばかりで実は不平不満だらけだったのです。

でも、美味しくて安いコンボのここ「信濃路」は絶対良いと思いますよ。だって、今までざる蕎麦11リンギなんて聞いたことがないですよね。普通の和食店でもせいろやざる蕎麦に天婦羅つけるだけで30リンギ近くもとるところが多い中、そんなことを知ってか知らずか、この驚くべき良心的な低価格は賞賛に値するのではないか、なんてね。

そして蕎麦以外のメニューも安い。おっと忘れてた、ここのお店の価格表示はすべて内税なんです。だから、メニュー表に書かれている以外のhidden priceがない。これもまた精神衛生に頗る良い。

実はこのメニューリストは、「信濃路」さんのフェイスブックからいただいたものなんですが、このFBをみていたらなんとこんなもの↓がありましたよ。

27023391_644656338991606_5304044253343144415_o.jpg

FBでFollowまたはShareすると20%ディスカウントになるんですって。もちろん早速、2日目の食事にちゃっかりと私も利用させていただきましたけどね。(残念ながらこのプロモーションは2月9日で終わりだそうです)

今までは、友達の友達なんてウザった過ぎて、ほとんどFBなと活用したことのない私ですが、こんな美味しい話があるならばと、早速「信濃路」さんをFollow させてもらっています。



以上で「信濃路」さんのお話は終わりですが、このJ'sb Gate Dining には、「信濃路」以外にもリーズナブルで美味しいお店があるようですので、今後しばらくは格安美食探検などで楽しめそうです。参考までに「信濃路」以外のお店画像などもアップしておきますね。

「信濃路」から反時計回りに紹介してみます。

まず富士の桜、鍋屋さんです。聞いたところ、「富士の桜」も「信濃路」と同じ会社のようです。

01_2018020317162890d.jpg

次はBonta Bontaと言う鰻屋さんです。

02_20180203171627f6f.jpg

で、次のお店は、Tsujiriと言うデザート屋さん。まだ開店準備中です。

次がフードコートの中央にある唯一のドリンク屋さん。若いマレー人女性が二人働いていましたので、早速インタビューしてみたところ、彼女たちが一番好きな日本食は、な、な・ん・と、「信濃路」さんのお蕎麦ですと。これホントの話ですよ。

08_20180203171827373.jpg

そして次もまだ開店準備中のモモパラダイスと言うすき焼き&しゃぶしゃぶ屋さん。

次は店内に自前の食事スペースのあるレストランなのに内税表示が嬉しいとり酒場 華善

03_20180203171626c7f.jpg

↓価格はサービスチャージもGSTも含んでいますって。ホント嬉しいリーズナブル価格ですよね。

04_20180203171626f2d.jpg

そして京都おばんざいのお店、ハチさん。

05_20180203171625f53.jpg

05-1.jpg

軽食もあるコーヒーハウス、カフェViTO

07_201802031718271eb.jpg

ここは焼き鳥とり錦(Torikin)さん。

06_20180203172858b00.jpg


次にここはこのJ's Gate Diningで一番高そうな気配のうまい鮨勘です。

06-1.jpg

次に鉄板焼き&お好み焼きのOSAKAきっちんですが、写真は撮り損ねましたのでありません。

次は串揚げ金目

09_20180203171750ab5.jpg

↓ここは定食屋さんのやよい軒。2日目はこのJ's Gate Diningでここが一番賑わっていましたね。

10_2018020317175041f.jpg

次はポークフリーラーメンのかぐら屋さん。厳密にいえばハラル認証店かどうか分かりませんが、ポークフリーって看板はマレー人にはとても分かりやすくていいですね。

11_20180203171749dba.jpg

12_20180203171749897.jpg

13_201802031717487e5.jpg

次は、ここもまだ開店準備中の天丼屋さん、琥珀

うどん屋さんの一優亭

14_2018020317174899c.jpg

そして、いよいよお店紹介の最後は、信濃路のひとつ手前の海鮮丼の金目さんです。残念ながら写真は撮っていません。



以上、今日は「蕎麦好きには堪らん信州蕎麦 @ J's Gate Dining」と題してお気楽お店の紹介と洒落てみました。でも、ふうーっ、こう言うのって意外に疲れますね。

ではまた。


スポンサーサイト
今回はKLのレンタカー業者さんの良し悪しを考えると言うお話です。お勧めしたいレンタカー業者さんとそうではない業者さんについて、私の体験をちょっとだけ書いてみたいと思います。

実は今週、東京から知り合いのヤングカップルが来マすると言うので、彼らの要望に応えてマラッカを案内することになったのですが、その直前の日曜日(12月24日)、突如として私の車に問題発生です。なにごとかと言うと、走行中に計器盤のアラームランプのうちのいくつかが点灯したまま消えないのです。

正直言うと、このことは今回が初めてではありません。2ヵ月ほど前に初めてアラームが点灯したため、驚いてすぐさま行きつけの整備工場(日系の整備工場)に持って行って点検(コンピューター診断)してもらったのですが、異常個所は見つからず、その時はアラームをリセットしてもらい、次回再度点灯したらまた持ち込むことを打ち合わせていました。

そして今回その2回目です。こうなるといよいよアラームは本物のようです。これではとてもこのままは乗れません.。まして今回はまだ結婚して間もないヤングカップルを乗せてマラッカまで行くわけですからなおさらのことです。

いやこれは困った。はて、どうしたものかと真剣に悩みましたが、翌12月25日はクリスマスホリディ、マレーシアは全国的に公休日で整備工場も休みです。

そこで閃いたのがレンタカー。止むを得ない、レンタカーを借りよう。そう決心した後、早速ネットであたりをつけ、これはと思うレンタカー屋さんに電話しまくり、ついに見つけましたよ。

そのレンタカー屋さんは、24時間営業で、営業所が我が家からもほど近いBangsaだと言う。できれば日本車かつコンパクトカーでとの私の希望にも喜んで対応するとのこと。そして肝心の費用も1日200リンギ程度で十分想定内。しかもデリバリーも返却時のピックアップも無料なのだそう。さらに応対してくれた若者(推定)の電話口でのフレンドリーな物言いにも好感を覚えた私は、一点の疑いも持たずに即決したわけです。

そして、1日置いて火曜日(12月26日)当日朝。約束のデリバリー時間の30分前、8時ちょうどに念入れのメッセージを入れました、whatsappで。。ところがしばらく待っても音沙汰なし。ん?今、準備中かな。運転中かな、と思ってもうちょっと待ってみても返信なし。。約束時間の5分前に、ひょっとして・・との不安もあって、今度は電話を入れたんですね、、ハイ。

でもそれにも応答なしです。。でもこの時気付いたんです。そっか、やっぱりこの業界もそうだったか、ハハ、こんなもんだよ、マレーシアは。。

実はこれ、マレー語ではジャンジ・ムラユ(Janji Melayu)と言うんですね。日本語に訳せば"マレー式約束"となりますが、つまり30分ぐらいの遅れは遅れのうちには入らないと言う意味なんです。だから、役所や会社の会議でも、なにかのイベントでも、さらには語学学校のクラスでも時間どおりに始まることはほとんどない。でも終わりはなぜか時間どおりと言うのがこれまた魔訶不思議なんですけどね。だから、私のYMCAのマレー語クラスでは、先生が常に遅れてきて授業の開始は平均30分遅れなのに、終わりは定刻どおり。これって、金払って授業受けてる生徒の立場としてはなにか損してる気分なんだけど先生はなにも感じてないようで、未だに理解できない異文化のひとつなんですけどね。

ちなみに、マレー語には"時間どおり"と言う表現もあって、なんとそれはジャンジ・ジャプン(Janji Jepun)と言うのです。これ"日本式約束"と言う意味ですよ。笑っちゃいますよね。

フムフム、やっぱりそうだったか、、、でもオレさまだって負けてないぜ。。オレさまは、そんなジャンジムラユを先読みしてたから、デリバリータイムを30分早めにしといたのさ。。

近くのホテルに昨夜遅くに投宿したヤングカップルの今朝のピックアップ時間は9時30分の約束だから、レンタカーの到着が30分ぐらい遅れたからと言って慌てるオレさまじゃないのさ。。。。

でもなぜ電話に出ないのだろう? whatsappのメッセージには既読のチェックマークが入っているのに、どうして返信がないのだろう?と思いながら、とうとう9時になりました。もちろんこの間、イライラしながら何度も電話やwhatsappを入れてるわけだけど、それでも依然としてなんの反応もない。

かなりイラつきながらもヤングカップルを待たせるわけにもいくまいと思い、電話で訳を説明し、我が家で待ってもらうことにしましたよ。ま、私の車は、ただアラームランプが点いてるだけで、走行に特段の支障が出ているわけでもないし、私が自分の車で近くのホテルまで迎えに行ってお連れしました、我が家に。。。

そして、さらに1時間経過の10時、そしてついに11時です。依然として電話もwhatsappも繋がりません。こりゃ単なるジャンジ・ムラユじゃないぜ。。

私もとうとう我慢の限界ですよ。レンタカー会社の配車時間が、何時間も遅れるなんて、しかもこの間なんの連絡もなしのつぶて。さらにこちらからの連絡もつかないなんて、こんなこと、日本じゃとても考えられないことですよね。

流石の私も、もう許せないと怒り心頭です。堪らずwhatsappで怒りのキャンセルメッセージいれました。もちろん一方的にですけどね。。しかしそれに対してもなんの反応もない。なんという会社だ、絶対許せない。私としては目一杯に腹を立てながらも、我が家で遠慮がちに待ってもらっているヤングカップルを失望させたくないし、心配かけたくもないので、見かけは平静を装いながらも新たなレンタカー会社を必死に探してました。

その後幸運にも、こちらの条件に合致するレンタカー会社が見つかり、電話とwhatsappでひととおりの手配を終えたのが11時半です。その会社はシャーラムにあって、我が家からはちょっと遠いのですが、デリバリーも可と言うのでお願いすることにしました。

今から最速で準備して、2時間後の午後1時30分にデリバリーすると約束してくれた新たなレンタカー会社は、Venture Car Rental Sdn. Bhd.。

venturescarrental_20171228201840259.jpg

でも一度マレーシアのレンタカー会社なんてこんなもんかと思ってしまった私としては、実際に車が手元に届くまでは安心はできません。少々不安を感じながら待っていたところ、約束時間の午後1時30分ジャストにゲート到着のコールあり。なんと誠実・安心な会社かとホッとしましたが、でもこれが普通なんですよね。

その後の車の状態説明も、緊急時の連絡手段などの説明もなんと手際よいこと。そして支払いもデポジットもあっと言う間のPOS Mobile Terminalでのカード決済。いや簡単なものですなあ。(パスポートと免許証画像はwhatsappで送付済み)

それに比べて、先のとんでもないレンタカー会社とは未だに連絡付かず。こんなレンタカー会社は実名で晒してやろうかと思ったけど、流石にそれは止めときますが、場所がバンサでアジアなんとかと言う一見良さげなレンタカー会社ですわ。え、これほとんど実名晒してるじゃないかって?ハハ、当たり前ですよ。。

レンタカー会社が車貸さないでどうすんだよ?これって良くある蕎麦屋の出前より酷いよ。今出た、とか、間もなく着くから待ってて、とか、なにか反応があるならまだしも、何度電話しても応答がなければ、誰だって頭にくるでしょうよ。。補償金要求したいくらいだよ。

このとんでもないレンタカー会社から、その日の夕方になってようやくwhatsappメッセージが入りましたけど、驚きの言い訳にはほとほと呆れました。曰く、①先客の車の返却が遅れたため約束時間のデリバリーができなかった②今日は従業員が急に2人も休んだので忙しくて対応できなかった③自分(オーナー?)の体調も悪かったので対応できなかった・・・・・・・・・・・・・え、え、えーっ?なんと言う言い訳、なんと言ういい加減、なんと言う無責任。

こんなの商売やる資格なし。まったく呆れてモノも言えないよ。。

こんなこと、日本じゃ絶対考えられないでしょ?でもこれが、マレーシアなんですよね。もちろん全部が全部こうじゃないけど、中にはこんなのもいるってことですね。

ま、結果として、KL出発は大幅に遅れたものの、それ以外はほぼ予定どおり、そして無事に一泊二日の古都マラッカ案内を終えました。マラッカ到着が遅れたため、見学コースを夜中心に切り替えざるを得ませんでしたけど、その分、海峡モスクの見事なライトアップを始め、夜の古都も十分楽しんでもらったかなと思いますので、総じてみればOKでしたけどね。

↓今、本ブログのトップ画像に据えてるマラッカ海峡モスクです。

P_20171226_193818_vHDR_Auto_2017122908164584f.jpg

↓夜のマラッカリバークルーズです。

P_20171226_204909_vHDR_Auto.jpg

↓マラッカ名物ベチャ(トライショー)に乗るヤングカップル(K夫妻)です。

P_20171226_210338_vHDR_Auto.jpg

↓マラッカハードロックカフェです。

P_20171226_212047_vHDR_Auto.jpg

↓ジョンカーストリートの横路です。

P_20171226_212943_vHDR_Auto_20171229081643f8d.jpg


以上今日は、マレーシア移住以来初めてレンタカーを手配してみて経験したこと感じたことをちょっと書いてみましたが、みなさんも注意して下さいね。

ではまた。。


えーっと、あれはPULARAに行く2週間前ぐらいのことだったかな、頭(髪の毛)がかなりボサボサになってたので、人前に出るのだから少しはマシな頭にしようと行きつけの床屋さんに行ったんですよ。えぇ、ムティアラダマンサラのTESCOにあるお気に入りの床屋さんですけどね。

その床屋さんのことは前にも書きましたけど、インド人の床屋さんで、技術が確かな上に散髪代が13リンギ(350円ぐらい)とめちゃ安なんです。それにもう何度も通って顔を覚えてもらってるので、なにも言わなくても私好みの頭にしてくれて、とっても安心かつ楽ちんなんです。

私は、頭部の外形上、特に後ろと脇を短く刈り上げられるのが大嫌いなので、ある程度の長さを保つよういつも床屋さんに口うるさく言ったりしてるものだから、なかなかお気に入りの床屋さんが見つからなくていたのに、ついに見つけたんですよ。このことは以前のブログにも書きましたよね。

だからその日も安心して直ぐに眼を閉じて半分眠ってましたよ。でも、なにか違和感を感じて鏡を見たら、うわっ、バリカンでバリバリ刈り上げられてるじゃないですか。な、なんでーっ❔❔❔❔❔

インド系のお兄さん、ニタニタしながら曰く、これぐらいで良いですかぁ?って。。な、な、なんでこうなるの、と思ったけど、声にならない。でもこれ、途中で止められないでしょ。もう既に半分以上刈りあがっているんだから。

ボス(年上の客のことをこう言う)、後ろ短くしてって言いましたよね?

え?そ、それはそうだけど、ちょっとだけって言ったじゃないか。はぁー、で、でも、ま、しょうがない、ここまでやっちゃんたんだからと、覚悟を決めて、あとはお兄さんがなんとか体裁整えてくれるだろうと期待してましたよ。

ところが、ところが、それからお兄さん、何を考えたのか、後ろも脇もさらに短く、まるで剃ったように刈り上げてくれて、最後には、これじゃあまるで悪名高いどこかのキチガイ国のキム○○ウン将軍様じゃん。。

床屋さんって、長すぎたら、もうちょっと短くしてって言えるけど、短く切った髪を長くしてって言えないですよね。半分涙目になりながら床屋を後にしましたけど、その後すぐにTESCOのトイレの鏡でいろいろ点検してみて、ほとほと悲嘆にくれました。

でもなんでこんなことになったんだろう。オレ、確かに後ろをちょっとだけ短くしてって言ったけど、 a bit shorten my back of the head、オレとしては襟足をいつもよりちょっとだけ短くしてねって言ったつもりなのに、お兄さん、そうは取らなかったんだね。。後ろ全体を刈り上げちゃったんだよ。そうなると脇も後ろに合わせて刈り上げなきゃいけないしね。

とにかくもう後には戻れない。でもこれだけ短くされたら、実際、後ろと脇は昔五厘刈りってあったけど、まったくあんな感じ。まるで剃ったように短くて、地肌がもろに出てるし、それにオレの一番嫌いな後頭部のデコボコと側頭部のデコがもろ見えだし、鏡見るたんびにため息が何度も何度も出たよ。 

で、でもこれ、あと2週間でどれだけ伸びるだろうか。オレって年寄りのくせに意外と新陳代謝が良いからちょっとは伸びるかもと毎日鏡と睨めっこしてましたよ。

でも、やっぱり2週間経ってもいくらも伸びなかった。他人は、さっぱりしていいじゃないかって言ってくれるけど、やっぱり他人事だからそんなことどうでもいいんだよな。だから私は、いいよ、いいよ、と益々ひねくれながらそして不貞腐れながらパンコール島に向かったのですよ。



で、パンコール島に車で向かう当日、ペラ州に入ったころから激しい雨が降り出して、うわっ、何これって言うぐらい前が見えない。でもそんな土砂降りでも安心してましたよ。なんせWaze(人気のスマホ用カーナビアプリ)があるから、路上の案内標識など気にせずひたすらスマホ画面を見ながら一路パンコール島に渡るフェリー乗り場目指してました。

そして予定通り、まさにぴったりの午後3時に、PULARA事務局から指示されたターミナルジェッティ(フェリーターミナルのこと)に着きました。まだ少し雨が降っていて、海の向こうは霞んでほとんど見えませんでしたけどね。。

000_2017120914015779a.jpg
(写真を撮っていなかったので、これはネット上から拝借したものです。当日は雨でこんなに明るくはありませんでした。)

↓向こうに見える島影が当然目指すパンコール島だと思ってました。(実際はあれは島ではなく入り江の向こうの陸地でしたね。)

001_2017120914014346a.jpg

でも、待てど暮らせど出迎え人のDr.Rなる人物が現れない。不思議に思って聞いてた電話番号に電話すると、ターミナルジェッティで待っているとのこと。え?私もターミナルジェッティに居るんですけど、、、、と言いつつ辺りを見渡すもそのような人物は見当たらない。なにかが変だ。電話の声に雑音が混じって不鮮明なので、マレー語会話に齟齬があるのかも知れないと思い、なんどか繰り返してみたが、どうも変だ。

この時、私は咄嗟に、Dr.Rはまだ対岸のパンコール島のジェッティに居るのだろう。今からフェリーに乗ってこっちにやってくるのに違いないと思った。で、何分ぐらい待てば良いかと尋ねたら、15分ぐらいと言う。15分ね、15分。。じゃ待つことにしよう。。

でもこの時とんでもない間違いをしていることにはまったく気づいていなかった。なんとその間違いに私が気付いたのは、全ミッション終了後の帰る日(12月3日)のことだ。Dr.Rに先導されてパンコール島のジェッティからフェリーに乗り、対岸に着いたは良いが、どうもジェッティの様子が違う。Dr.Rにここがジェッティかと尋ねるとそうだ、ここがマリーナジェッティだと答える。えっ、マリーナジェッティ?・・・・・ひょっとして、こことは違う、パンコール行きの別のジェッティがあるかと尋ねると、あるけどかなり遠いよとの返。

ガ・ガ・・ガーン。。な、な。なんと、知らなかったよぉ、パンコール島行きのジェッティ(フェリーターミナル)が二つもあるなんて。。そうか、パンコール島に渡る日(11月30日)のあの不思議な体験は、私の大いなる誤解と言うか勘違いと言うか、早とちりだったのだ。

思い起こしてみれば、DBPのDr.Dにも言われていたのかも知れないな。パンコールに行く時、なにかが二つあるから気を付けろって言われていた気がする。。でも、私は、なぁに直前にグーグル先生に確認するし、Wazeもあるのだから心配ないと、真剣には聞いちゃいなかった。

話をもとに戻すが、それから15分どころか30分以上待っても出迎え人(Dr.R)は一向に現れない。その間パンコール島からのフェリーが2便も到着したのだがそれらしき人は下りて来ない。またまた電話を掛けましたよ。そしたら、今度は切符を受け取って次のフェリーに乗ってくれ、と言う。チケットカウンターに行って、PULARAの参加者だと言えばチケットを渡してくれるから、と言うのでカウンターに行ったが、まったく話が通じない。止むを得ず、自分で金を払ってチケットを購入し、出港しようとしていたフェリーに慌てて乗り込んでパンコール島に向かいましたよ。

002_20171209140143f1f.jpg

どうも腑に落ちないことばかりだが、なぁにこんなに近いんだから、出迎えなんて要らないよ。さっさとフェリーに乗って島に渡ってればよかった。

003_20171209140142f01.jpg

でもそれでもまだ不思議は終わらない。目と鼻の先の対岸にあるはずのパンコール島のジェッティになかなかフェリーが到着しないのだ。それどころか対岸の島がだんだん離れていくじゃないか。。こうなるとやや不安になり隣の客に聞いてみたりしたけど、パンコール島で間違いはないと言う。

こりゃいよいよ頭がこんがらがってきた。私もいよいよ呆けたのかも知れないと思った。でも実はこの時は気が付いていなかったのだが、グーグルでパンコール島行きのフェリーターミナルを検索した時に真っ先に出てきたのがあのターミナル。私は、まさか、ターミナルが二つもあるとは思っていなかったので、この場所を疑ってもみなかった。

結果として、島に渡る二つのフェリーターミナルのうちの指定されたところとは異なるところに、Wazeに案内されて、「今着いた」とDr.Rに電話し、あーだこーだと訳の分からんことを言っていたのだった。

ちなみにこの二つのターミナルとは古くからあるルム(Lumut)のターミナルと、新しくできたマリーナのターミナルだ。この二つのターミナルは場所がまったく異なっていて約10kmほど離れているのだそうだ。Dr.Rも、私との電話会話でさぞコンフューズしたことだろう。

004_2017120914014185f.jpg

↑その後、パンコール島のジェッティで、予定時間より1時間半以上も遅れて出迎え人のDr.Rと無事に合流することができた。結果として長時間彼を待たせてしまったことを私は何度もお詫びをしたが、その時はまだ私はこうなった原因にまったく気付いていなかったので、どうも腑に落ちなかったのだ。↓

P_20171202_123408_vHDR_Auto.jpg
(今回、終始親身にお世話いただいたIPG IPOHのDr.R)



↓宿泊先として主催者が準備してくれたホテル、コーラル・ベイ・リゾート。

005_20171209140141b1d.jpg

↓ホテルロビーでのPULARA招待者受付

006_201712091401407b3.jpg

ようやくホテルに到着しPULARA事務局の方がたとの挨拶も済ませ、いよいよ明日からは本番だが、私のスピーチの順番は明後日(12月2日)。まだまだ余裕だな、なんて思いながら持参してきたカールスバーグのロング缶をグビグビ飲みながら、いつものごとくネットで遊んでました。(ただ、ホテルのwifiは速度が遅くてほとんど使い物にならないので、専らスマホの4GをテザリングしてPCをネットに繋いでました。)

明けて2日目の12月1日の朝。昨日の悪天が嘘のような良い天気です。ホテルのすぐ前にはこんなモノもありました。

013_201712091359214a8.jpg

朝食後に迎えに来てくれたお世話係のDr.Rと共にセミナー会場となるクジョラ・ガーデン・リゾートに出向き、そこで他のゲストスピーカーの方々に紹介していただいたのですが、皆さん大層な肩書の方々ばかりで驚きました。私なぞまるで居場所を間違えたようで居心地の悪いこと悪いこと。

↓ホテルから目と鼻の先にあるクジョラ・ガーデン・リゾートのセミナーホールです。

014_20171209135920971.jpg

↓おぉ、明日はこのステージでスピーチするのかと、少しばかり緊張しましたね。

015_20171209135920a9c.jpg

で、問題と言うのは、この正面の大画面に投射するプレゼンスライドのことです。実は、情けないことに肝心の本番で操作が思い通りにならなかったんです。今回のPULARAでの私の最大のミステークです。

このことは出来れば伏せておきたいと思ったのですが、やはり、私としてはこのことをしっかり記録し反省しなくてはならないので、恥を忍んでことの顛末を書き留めておきます。

どういうことかと言うと、他の方々とは異なり、私のプレゼンスライドは従来型のパワーポイントではなく、グーグルスライドにて作成したのです(前々回のブログにも書きました)。 その理由は、ただ単に私のPCにパワーポイントソフトが入っていなかったからです。仕事現役時代はパワーポイントを使いまくってガンガンプレゼンをやっていたのですが、退職してからはそのような機会もなく、必要ではなかったのです。

ところがそのグーグルスライドの何たるかが、当地のプレゼン操作スタッフ(専門業者)の方たちにまったく理解されていない。プレゼン資料のすべてがグーグルクラウド上にあって、インターネット経由でそれをダウンロードしながらプレゼンすると言う仕組みそのものが理解されていないのです。

だから、セミナー会場にwifiがないと言うことが分かった時には正直焦りましたよ。もちろんオフライン使用も可能は可能なのですが、一部に制限がある。ネットに繋がっていないと満足には使えない。それを何度も説明したのですが、スタッフの方たちにはどうもわかってもらえないので、止むを得ず、自分のラップトップPCをスタッフ席に置いてプロジェクターケーブルに繋ぎ、それを20mほど離れたステージ上から、私のスマホで4Gテザリングし、持参した無線リモコン(兼レーザーポインター)で私が直接操作する、と言う方法に変えました。と言うか、それ以外に方法がないと判断したのです。

しかしながら、本番ではそれが上手く行かなかった。スライドが思うように動かない。音が出ない。途中でいきなりグーグルからログアウトしてしまうなどなど・・・・想定外のハプニングが次から次に起こったのです。

な、なぜだ❔❔ ステージ上の私は大いに焦りましたよ。だってスライドが思うように動かないし、出るはずの音(音楽)が出てこないし。。さらにスライドを操作しようと焦っていたら、今度はいきなり私のPCデスクトップ画面がプロジェクターの大画面いっぱいに現れて、グーグルログインを求めてる。

な、なんだこれは❔❔ いや冷汗どころか泣きたくなりましたよ。だってこれ、本番やってる最中のことなんだから。。

しかし、このことは未だに原因不明なんです。だってこんなこと、どうやっても再現できないんですよ。スライドが思うように動かなかったのは、あるいは無線リモコン(兼レーザーポインター)の操作範囲ギリギリの距離(25m程度)だったからかも知れない。音が出なかったのは、PCに接続したHDMI/VGA変換ケーブルにオーディオがなかったせいかも知れない。でもこのことは事前に操作スタッフに2度も確認し問題はないとのことだったのに。。しかしこれもスタッフが忙しそうにしていたので私が遠慮してリハーサルを最後までやらなかった私のミスだ。

解せないのは、なぜ突然グーグルスライドが停止し、私のPCのデスクトップ画面がプロジェクターに大写しになったのかだが、ひょっとして、思うようにスライドを動かせないでいるステージ上の私を見たスタッフが、無線リモコンのレシーバを抜いたり、PCを良かれと思って弄ったのではないかと今でも疑ってる。そうでなければあんな風には絶対にならない。

だが、時、既に遅しだ。ステージ上で半べそかいた私は、しかし途中で放り出すわけには行かない。なんとか、元に戻そうとして小さな無線リモコン(兼レーザーポインター)を必死に操作しまくった。グーグルに改めてログインした後、スライドを起動して何コマか進めてようやく元通りになったのだが、プロジェクター画面を見ながら手元にないPCを無線リモコンで操作すると言う、一連の必死の作業の一部始終を見ていた大勢の皆さんは、恐らくこの先どうなるのだろうかとハラハラしてくれていたに違いない。その証拠に、ようやく元画面に戻った時は、歓声と共に拍手で私を励ましてくれた。

お陰で、大幅に予定外の時間を費やした。途中、司会者から「あと残り4分」のメモを差し入れられた時には、まだ半分も済んでいない私のスピーチをどうやって端折ろうかと考えた。音声が出ない365歩のマーチは咄嗟に、このひねくれ団塊が恥を忍んで生で歌った。その時も大勢の皆さんが手拍子で私を支えてくれた。

TADASHISPEECH.jpg
(この画面の上部に余白が出ている状態は正常ではない。しかしこのまま続行した。)

いやはや想定外のハプニングの連続に、一時はどうなることかと半べそかいてたが、なんとかやり終えた。

TADASHISPEECH02.jpg

時間がなくて、後半はスピーチの中味をだいぶ端折ったので、聞いている方たちには私の思いのすべてを語ることができなかった。返す返すも無念でならない。可能ならもう一度やり直したいと心底思ったが、終わった時に大勢の皆さんからたくさんの拍手をいただき、中には立ち上がって拍手して下さる方たちもおられたのには意外な気がした。

そして閉会セレモニーでザンブリィ州知事や他のゲストスピーカーの方たち、そしてなにより、我がことのように心配してくれていたDr.RにもGJ(Good Job)と声掛けられたが、正直言って穴があったら入りたかったのだ。決して褒められたものではない。あんな恥ずかしい取り返しのつかない大失敗、いや醜態を晒してしまったことにほとほと嫌気がさした。

なんで、あんなことになったんだろう。なんでリハーサルをしっかりやらなかったんだろう、とつくづく後悔している。それなのに、新聞記事などに大々的に報じられ、幸いなことにその部分は記事にはなってはいないのだが、あの無様な写真、刈り上げスタイルの嫌いな頭の写真を見るたびに我と我が身を苛まされる。

同行したMy better halfも、普段から、ことに当たっては念には念を入れてなどと口で言いながら、いつもいい加減、不完全、早とちりな私の本性が出たのだ、と辛辣だった。

しかし常日頃、なぜそんなにマレー語に直向きなのかと、私のチャレンジに対しモノ申すことの多いMy better halfなのだが、意外にも彼女の口から少しは理解を示すかの言葉が聞こえてきたのには驚いた。聞けば、ここまで来たら、もう止められないと気付き諦めたのだと言う。

今回のPULARAでの私のスピーチや多くのマレーの方たちからの励まし、そしてやはり極めつけは記者とのインタビューだったろうと思うが、そんなことを傍で見て感じたことなのだろうと思う。そうか、ようやく諦めたか。。それは良かった。

反省しきりの今回のPULARAでのスピーチだけど、こんなまたとないチャンスを与えてくれたDBPのDr.Dには大変感謝している。早速結果を報告したが、全部聞いて知ってるとのこと。え?スライド操作の失敗のことも知ってるの?って聞いたら、何言ってんのよ、私が知らないものはないのよって言われた。

でも、彼女も最後にはGJ(Good Job)と褒めてくれた。流石に嬉しかった。母親に褒められた子供のように嬉しかった。



以上、今回のパンコール島での出来事や私の思いを気の向くままに綴りましたが、これは飽くまで私自身の反省文です。もし、次回があるとするなら、もっとしっかり準備して今度こそは抜かりのないようにやりたい、そう思っています。

以下はセミナーホールでのスピーチ以外のPULARAフェスティバルの様子です。

↓ホテルのレストラン入り口です。

007_20171209140011797.jpg

:↓ゲストスピーカー用に準備されたテーブルと、ある昼食時の食事内容です。

008_20171209140011539.jpg

009_20171209140010762.jpg

010_201712091400102ae.jpg

011_201712091400095b1.jpg

クジョラ・ガーデン・リゾートに隣接するArena Pangkor。詩歌とフォークソングとダンスの国際フェスティバルの会場です。↓

016_20171209135919a3b.jpg

017_2017120913591918a.jpg

018_20171209135918aec.jpg

国際フェスティバルと言っても、インドネシアやシンガポールなどの周辺国、そして中国などからの参加だけのようでした。

019_20171209135823462.jpg

020_20171209135822997.jpg

感情たっぷりに詩を朗読した彼女は、インドネシアではとても高名な詩人で小説家なのだそうです。後程彼女がわざわざ私のところにやってきて、自分の本をプレゼントしたいと彼女自身のサインと私の名前入りの小説本をいただきました。↓

021_2017120913582236d.jpg

最終日(12月3日)の朝、ホテル近くのビーチです。まだ朝早いので誰も海には入っていないのですが、見れば水もクリアで、砂浜もとてもきれいです。機会があれば、また遊びに来てもいいところかもと思いましたね。↓

022_20171209135821622.jpg

023_201712091358212ad.jpg

025_201712091357204ec.jpg

いよいよパンコール島とお別れです。フェリーてはDr.Rのファミリィが一緒でした。

026_2017120913572065b.jpg

あっという間に対岸のジェッティに到着です。ここからもパンコールのジェッティが見えてるね。ところで、ここがジェッティなの❔でもなんか来た時と違うね❔

027_20171209135719c88.jpg

Dr.Rに聞いたところ、ここがマリーナジェッティだと言う。え? じゃぁ、我々が来た時に乗ったフェリーターミナルはどこなの❔ あぁ、そうか、だから話が噛み合っていなかったんだ、そこはルムのジェッティだよと、Dr.Rもようやく謎が解けたと言わんばかり。

028_20171209135719910.jpg

なんだそうだったんだ。完全な私のボケだったね。これだから老人は困るんだよねって自分で言いながら、Dr.Dファミリィにアハハと笑われたひねくれ団塊でした。。

029_2017120913571824f.jpg

ところでそのルムまでどうやって行くのって聞いたら、タクシーしかないね。でも20分もかかるよとのこと。もちろん、OK、だって車を向こうに停めてるからねって言ったら、今度は近くに居たローカルの人にも笑われた。

030_201712091357177a9.jpg

でも、皆さんに優しくサポートしていただいて、その後無事にタクシーでルムに移動し、無事に自分の車でKLに帰って来れました。

以上で、PULARA Pangkor 2017 結果編その2を終わります。すみません、その2の次にその3を書く予定だったのですが、今回纏めて最後まで書いてしまいましたので、これで終了です。

それではまた。。

pulara2017.jpg

↑これは今回のPULARA Festival in Pangkorのリーフレットです。PULARAとはPuisi & Lagu Rakyat Antarabangsaの略。日本語に訳せば"詩歌とフォークソングの国際大会"となるわけですが、イマイチピンと来ません。でも今回実際に参加してみてようやくそのグランドデザインを知りました。

このイベントは、マレーシアのペラ州、そしてペラ州の中のパンコール島に文化や文学の島としてのアイデンティティを与え世界に発信しようと言うことがひとつ。そしてマレー語標準化の国策に沿い、国語としてのマレー語教育の普及とマレー文学のグローバル化を二つ目の目的とするペラ州観光局などの州政府の一大イベントです。

今年で8回目となるこのイベントは2部門に分かれていて、ひとつはイベントタイトルにある詩歌やフォークソングや舞踊などの国際大会。そしてもうひとつは、言語(マレー語)とマレー文学に関する専門セミナーです。

会場のパンコール島西海岸には大型アリーナとそれに隣接するセミナーホールの2イベント施設が準備され、アリーナでは詩歌、フォークソング、民族舞踊など、セミナーホールでは関連の著名人による講演が、12月1日と2日の2日間にわたり行われたのです。

この私は、セミナーホールでの講演の末端を担当することになった訳ですが(この経緯については11月14日付けのブログをご参照下さい)、他の講演者の方々のお名前とそうそうたる肩書を目にし、なんでこの私がとの大いなる違和感の感じまくりでした。。

島のフェリーターミナルで出迎えていただき、その後の全日程を親身にお世話いただいた方(IPG イポーのDr.Rizalman)のタイトルも"Dr"。またお会いした主催者側の担当者のほとんども"Dr"で、この国の"Dr"の称号はだれでも簡単にとれるんだろうかと冗談で思った程です。

さらに講演者席に居並ぶゲストスピーカーの皆さんは、"Dr"だけでなく、その前に"Ybhg"とか"Datuk"とか"Prof"などたくさんのタイトルをお持ちの方ばかり。でも私のタイトルは"En"のみ(英語のMrの意)。なので末席に座ろうとしたら、いやいやどうぞこちらへと上席に案内され、居心地の悪いこと悪いこと。。

余談ながら、ホテルでの食事も、VVIP席(超VIP席)が準備されていて、無タイトルのこの私に、レストランマネージャーがダトー、ダトーと、終始うやうやしく付きまとう。毎回この調子なので、最後にはわざと時間をずらして食事に行ったり、マネージャーの目に留まらぬようこそこそと隠れるようにして食事をしたのでしたが、こんな経験は生まれて初めてのことなので、ここでも面映ゆいやらで、居心地の悪いことしきり。

しかし人間って、こんな風に扱われると悪い気がしないどころか、なにか偉くなったような勘違いな気分になるから不思議なものですね。これだから中にはおだてられて図に乗って偉ぶり、しまいには梯子を外され、身ぐるみ剥がれて階段から突き落とされる奴もいるんだよなあなんて、一方で思ってました。

さて、12月2日午後遅くの私のスピーチは、2日間の講演会の一番シンガリ。私の話など、他の方の専門的かつ高尚なお話に比べれば屁みたいなもの。高名な学者さんや作家さんなどの高尚なお話の中になぜこんな私の話が混じるのか、どうも腑に落ちなくてしようがない。そんな私のスピーチは末尾の末尾で当然だ。そして、長時間に及ぶ講演会の最後のスピーチなど誰も真剣に聞きゃしないだろうとタカを括っていたところ、私のスピーチの順番が近づくと、主催者側トップのペラ州知事やその他の偉そうな面々が突然現れて最前列のVIP席にどっかりと陣取った他、その頃には300以上もある聴衆者席もほぼ満席状態。なんと立ち見の人たちもいるようだ。。

もうこうなると何がなんだか分からん。

ええい、なるようになれだ。。



さてこの結果がどうなったかについては、以下のオンラインメディアの記事を紹介してみたいと思います。実はこの記事の他にも、ネットで検索して数えてみたところ、私のPULARAでのスピーチを報じている記事は全国紙、地方紙併せて8紙もあるのですが、総じてみればどの記事も似たりよったり。もちろんメディアによっては後述するような齟齬もありますが、長文を避けるため代表記事のみ紹介することとします。

以下は、マレーシアの全国紙ベリタ・ハリアン(ディリーニュース)のオンライン版記事全文です。もちろんマレー語なので、和訳文(必要に応じ意訳)を付けますが、記事中、私の本名が何度も出てくるのでなんとも恥ずかしい。なので、名前部分は私のニックネームの"イケサン"にすべて置き換えています。

Warga Jepun bersemangat pelajari bahasa Melayu
日本人、マレー語習得に意欲的

Sabtu, 2 Disember 2017 | 7:09pm
Oleh Noor Hidayah Tanzizi

tadashipulara2017.jpg
Menteri Besar Perak, Datuk Seri Dr Zambry Abd Kadir (kiri) menyampaikan cenderahati kepada warga emas dari Tokyo, Jepun, Ikesan 69, di Majlis Penutup Persidangan Bahasa dan Persuratan Melayu Merantasi Zaman sempena Festival Puisi dan Lagu Rakyat Antarabangsa (PULARA) Pangkor 2017 di Kejora Garden Resort.
ダトー・セリ・ドクトル ザンブリィ ペラ州知事(左)、クジョラ・ガーデン・リゾートで開催されたPULARAパンコール2017の閉会セレモニーで日本人シニアのイケサン(69)に記念品を贈呈

PANGKOR: Selepas lima tahun di Malaysia dan tertarik dengan keramahan serta keunikan rakyat kita bertutur bahasa Melayu, warga Jepun, Ikesan, 69, nekad mempelajari bahasa itu walaupun sudah semakin berusia.
(パンコール発)マレーシア在住5年、マレー語話者(マレー人)の温かさとユニークさに心惹かれた日本人のイケサンは、次第の老いに逆らいながらも懸命にマレー語を学んでいる。

Beliau yang tinggal di Mont Kiara, Kuala Lumpur mengakui jatuh hati dengan keindahan bahasa Melayu dan menganggap ia bahasa yang sangat unik dan berbudaya tinggi.
クアラルンプールのモントキアラに住む彼は、マレー語の美しさに恋したことを認め、マレー語はユニークかつ文化性の高い言語だと語った。

Ikesan menetap di negara ini bersama isteri, 67, dan mempelajari bahasa kebangsaan itu di Dewan Bahasa dan Pustaka (DBP) serta The Japan Club of Kuala Lumpur (JCKL).
この国に妻(67)と共に移住したイケサンは、国立言語・図書研究所(DBP)とKL日本人会(JCKL)でマレー語を学んでいる。
(註:各紙記者とのインタビューの中、どこでマレー語を学んでいるかとの質問に対し、私はDBPとYMCAとJCKLの3か所だと答えたのだが、なぜか各紙の記事からYMCAだけが省かれている。意図的か否かは知らず、意外なところでメディアによる記事の偏向性の一端を垣間見た気がします)

"Memanglah agak sukar apabila kita sudah biasa dengan bahasa ibunda kita. Bahasa Melayu adalah asing dan memang sukar, ditambah lagi faktor usia yang semakin meningkat.
初めての外国語を学ぶことは、母語に長年どっぷり漬かっている人間にとっては困難なことだ。マレー語だって同じこと。外人にとってみれば大変難しいことに変わりはない。まして年を重ねた人間にとってはなおのことだ、と彼は語る。

"Namun, semangat saya sentiasa berkobar-kobar untuk menguasai bahasa ini kerana saya tinggal di negara ini dan wajib mempelajari bahasa kebangsaannya.
私はマレー語をマスターすることに毎日必死に努力している。なぜなら、私は今この国に住んでいるからだ。この国に住む者がこの国の国語を学ぶことは当たり前のことだ。

"Saya seronok mempelajari bahasa Melayu kerana ada beberapa perkataannya hampir sama dengan bahasa Jepun. Ayat pertama saya pandai sebut adalah 'makanan sedap'.
私はマレー語を楽しく学んでいる。マレー語の中には日本語とよく似た単語などもある。私が最初に覚えたマレー語は、マカナン・セダップ(食べ物は美味しいね)だ。
(註:記者の質問に対して咄嗟にこう答えたのだが、考えてみればこれは正しくはない。思い起こせば、おそらく最初に使ったマレー語は、マナ・タンダス?(トイレはどこ?)だったろうと思う)(笑)

tadashipulara201702.jpg
Warga emas dari Tokyo, Jepun, Ikesan 69, pada sesi pembentangan di Persidangan Bahasa dan Persuratan Melayu Merantasi Zaman sempena Festival Puisi dan Lagu Rakyat Antarabangsa (PULARA) Pangkor 2017 di Kejora Garden Resort.
クジョラ・ガーデン・リゾートで開催されたPULARAパンコール2017中「時代と国境を越えたマレー語とマレー文学」でスピーチする日本人シニアのイケサン(69)

"Saya gembira kerana dalam masa tiga tahun, sudah boleh bertutur bahasa ini," katanya yang ditemui selepas perasmian penutup Persidangan Bahasa dan Persuratan Melayu Merentasi Zaman sempena Festival Puisi dan Lagu Rakyat Antarabangsa (PULARA) Pangkor 2017 di sini, hari ini.
私は嬉しいことに、3年でマレー語を話すことができるようになったと、今日当地で開催されたPULARAパンコール2017「時代と国境を越えたマレー語とマレー文学」の閉会式の後、彼は記者のインタビューに答えて言った。
(註:この記事も誤っている。私はこんな風には答えていない。マレー語を学び始めて5年が経ち、最近ようやく会話がスムーズにできるようになり嬉しいとインタビューで答えた筈だ。この件、別のメディア記事には正しく書かれているものもあるので、このメディアの記者の創作によるものと思うが、些細なことなのでこのまま放置することにする)

Majlis penutup disempurnakan Menteri Besar, Datuk Seri Dr Zambry Abd Kadir.
(PULARAの)閉会セレモニーはペラ州知事の出席の元に行なわれ、州知事による閉会宣言でその幕を閉じた。

Ikesan berkata, dia tertarik dengan Malaysia selepas membaca sebuah buku dan mengakui tidak mahu duduk diam selepas bersara lalu mengambil keputusan berhijrah ke negara ini.
私はとある一冊の本を読んでから(マレーシアに)心惹かれ、定年退職後に家でゆっくりのんびり過ごすことを嫌って、マレーシアへの移住を決意した、とイケサンは語った。
(註:一冊の本とは澤木耕太郎氏の「深夜特急」のことだが、別メディアの記事にはそのことを詳しく書いているものもある)

"Biarpun begitu, hanya saya tahu bertutur bahasa Melayu, isteri belum boleh bertutur dengan fasih. Ini penyertaan pertama saya di PULARA dan ia sangat menyeronokkan kerana dapat mempelajari perkara baharu.
しかし、マレー語を話すことができるのは(家では)私だけだ。妻はまだ流ちょうには話せない。今回のこの私にとって初めてのPULARA参加は大変楽しいものであった。なぜならたくさんの"始めて"を経験できたからだ。。
(註:この記事は完全に記者の創作記事だ。妻はマレー語などまったく学んでいないし、そんなことを私が言った覚えもない。しかし別メディアの記事にこんなことを書いているものはない。このBH(ベリタ・ハリアン)だけだ。ひょっとしてBHってマレーシアのアサヒかな?)

"Apabila pulang ke Jepun nanti, saya mahu membantu orang Malaysia yang datang ke sana supaya dapat memudahkan mereka mengenali Jepun dengan lebih baik pula," katanya.
私は、今後日本に帰ったら、日本を訪れるマレーシア人に何か役立つことをしたいと思っている。日本と言う国をもっとよく知ってもらうために、と彼は語った。

Zambry turut memuji usaha Ikesan menguasai bahasa Melayu biarpun baru mempelajarinya.
ザンブリィ州知事は、一からマレー語を学び、良くこれほどマスターできたものだとイケサンを褒め讃えた。

Katanya, agak memalukan bagi rakyat Malaysia yang belum atau tidak mahu menguasai bahasa kebangsaan sedangkan warga asing juga berminat untuk menguasai bahasa Melayu.
州知事はまた、まだ正しいマレー語を話せないマレーシア人や正しいマレー語を学びたがらないマレーシア人に対し、外国人でさえこれほどマレー語に興味を持ちマスターするものがいると言うことを是非知ってもらいたいと述べた。
(註:この部分は別メディアの記事や知事自身のフェイスブック記事でさらに詳しく書かれているのだが、イケサンを見習えだとか、イケサンに恥ずかしいと思えなどと私の名前が山ほど出てくるのでかなり面映ゆいのだ。)



以上、今日は、PULARA Pangkor 2017 結果編その1と題して、概括的に紹介しましたが、次回(その2)には私自身の失敗談なども含めてもっと詳しく綴りたいと思っています。

しかし、私も、同行したMy Better HalfもPULARAがこれほど大袈裟なものとは露も知らずにいたので、私がスピーチを終えてステージから下りてきてすぐに大勢の記者たちに取り囲まれたことにはとても驚きました。

どの方がどのメディアのリポーターかもまったく分からず、矢継ぎ早やのマレー語での質問に、私も咄嗟に、十分考える余裕もなく刹那的に答えてしまいました。そしてその後に今度は、地元FM放送局(Perak FM)のレコーディングチームに付き合わされて、これもまた似たように咄嗟かつ刹那的な答えをしてしまった気がします。ただし、これは翌朝の放送予定と言うことでしたが、生憎その時間にはどなたかにつかまり写真をせがまれたりしてましたので、残念これは聞き逃してしまいました。

州知事を始め、多くの方たちから過分のお褒めの言葉をいただきましたが、もちろん私のマレー語はまだまだ未熟ということを十分承知しています。今後とも奢らず慢心することなくチャレンジを続けなければと思っています。

ではまた。。

ひょんなことから、今月下旬から来月始め(11月30日~12月2日)にマレー半島西海岸のパンコール島で開催される、ペラ州政府主催のPULARA FESTIVALにゲストスピーカーとして招待されることが決まり、目下、大急ぎでその準備中です。

これ、私にとってはまったく寝耳に水の話で、聞かされた時には大いに驚きましたが、しかしその時点ですべてのお膳立てが既に整ってしまっていたのです。

プララ・フェスティバルはポエムとフォークソングとランゲージに関する国際文化フォーラムのようなものだと聞き、益々尻込みしたくなったのですが、日頃から大変お世話になっているDBP(国立マレー語・図書研究所)のDr.Dのお膳立てと言うこともあって私としては断ることは無理。なので止む無くお引き受けしました。

問題は、私がそのフェスティバルで何をするのかですが、Dr.D曰く、なぁにいつもあなたが熱く語っていることをみんなの前でちょっとくっちゃべってくれればそれで良いのよ、といつもの軽口です。

彼女(Dr.D)は、確かにこの国の国語(マレー語)教育の第一人者で知識も経験も豊富、かつとても頭の回転が速い聡明なマ女(マレー女性)なのですが、なんでも短絡・咄嗟・大雑把に判断してしまう傾向があります。

職員800名超のDBPにおいても彼女の存在は大きく、数か月前に内部異動でアカデミー(教育研修部局)からBUKU UMUM(図書編纂・編集部局)に突然異動になり、私も金魚の〇○○のように一緒に動いた訳ですが、昨日(11月13日)、彼女がどういう訳かまた突然元のアカデミーに戻されてしまった。私には何がなんだかさっぱり分からないのですが、本人曰く、結局、私がいないとどうにもならないんでしょ、だと。それって、アカデミーにはなくてならない人物ってことかと、私が問うと、まっそういうことかもね、と言う。相当な自信家でもあるらしい。

P_20171113_113254_vHDR_Auto.jpg

↑昨日(11月13日)、私もDr.Dと一緒に戻ってきたDBPアカデミー。写真手前右側が私に割り当てられたデスク。もちろんDr.Dは隣の個室。

P_20171113_113246_vHDR_Auto.jpg

↑アカデミーはこんなに広々としていて、なんと贅沢なと思ってしまう。こんなの見たら日本の官庁建物のなんと手狭なことか。。

Dr.Dは、なんでも自分でさっさと判断し、相手に有無を言わせない。そういう、女性では珍しい独断専行型の人間なので、これまでも、傍に居ていろいろと苦労させられたが、今回は、そのとばっちりが他でもない私自身に来た。

どうやら、今度のペラ州のフェスティバルでの講演依頼がDBPのDr.Dのところに来たらしい。いつもは彼女が出張るところなのだが、今度はどうやら彼女にとってはもっと大事な会議とかち合うらしく、いつものごとく、短絡的に、咄嗟に、そして大雑把に考えて、こともあろうに彼女の代理人としてこの私を指定したと言うのだ。

しかし不思議に思いませんか?私も長年公務員を務めた人間です。公組織のなんたるかが身に染みています。先月のイポーのホテルでのワークショップもそう、先日のIPG(マレー語教師養成所)の大講堂で開かれたマレー語標準化全国フォーラムでもそう。なんだか簡単に、一介の民間人でまったくの部外者、しかも外国人のこんな私を簡単にワークショップのメンバーに入れたり、全国フォーラムの事務局(準備委員会)メンバーに入れたり、そして今度はペラ州主催の国際文化フォーラムでスピーチをしろと言う。

ipgksdm201711.jpg

↑2017年10月30日(月) 夕暮れのIPGM (Institut Pendidikan Guru Malaysia=マレーシア・マレー語教師養成所) @ Taman Bukit Pantai

P_20171030_102656_vHDR_On.jpg

↑2017年10月30日(月) マレー語標準化全国フォーラム準備委員会最終準備作業

P_20171101_095010_vHDR_Auto.jpg

↑2017年10月31日(火) マレー語標準化全国フォーラム初日開始直前

P_20171031_101849_vHDR_Auto.jpg

↑2017年10月31日(火) フォーラム初日開始、壇上中央が主賓のザヒドマレーシア副首相

何度も書いているように私がこの半年間、ボランティアワーカーとして週2日のペースで身を置いているDBPはこの国のれっきとした公組織です。そんな組織の中にあって、正規の手続きを経たわけでもない部外者かつ外国人の私に、入門通行証を与え、身を置く場所とデスクを与え、そして正規のワークショップやフォーラムでの事務局メンバーや正式参加メンバーとしてちゃんと登録する。

いや、これって本当に不思議ですよ。この国ではなぜこんなことが許されるのか。DBPだけのことなのか。部局関係者の稟議もなしに、一個人(Dr.Dのこと)の判断だけでことがどんどん進んで行く。こんなこと、日本の公組織では決してあり得ないことです。

でもそんなことを以前Dr.Dに尋ねたら、余計なことは言わなくても良い、みたいな顔をされたので私もその後は黙っているのですが、この国の公務員の世界は本当に不思議なことだらけです。

しかし、この講演依頼の話、私にとっても悪い話ではない。もちろんすべてマレー語でのスピーチとプレゼンなので念入りな準備が必要だが、そこはDr.Dと言う強力な助っ人がいる。私が作成したスクリプトを、私が恥をかかないように、いやDr.Dが恥をかかないように、あーだこうだと指導され、ようやく形が整った。あとは原稿なしにそらでスピーチできるよう練習するだけだ。

人前でスピーチすることにはそれほどの抵抗感はないが、なんせ完全マレー語と来てる。いやいや、だから面白い。それに最近になってちょっとはマレー語に自信が出てきた。マレー語を学習し始めて4年半、今まで何度も、目の前に現れる壁の前で、おのれの能力のなさと努力の足りなさを老化のせいにしては立往生していたが、やはりDBPでのボランティアワークが効いてきたのか、はたまたDr.Dの厳しい指導が良いせいか、最近、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけだけれども、自信がついてきた。

嬉しい、私としては本当に嬉しい。いつもDr.Dと話してる。私はこの国に遊びに来たのではない。定年後人生のゆっくり、のんびりの生活をエンジョイしに来たのでもない。私はこのマレーシアに、恐らく人生最後のチャレンジをしに来ているのだ、と。

人は、ともすれば定年後、長年苦労してきたのだから、これからは楽をしよう。ゆっくり、のんびりとした生活をしようと思いがちだ。だが私は違う。私は、家でゆっくり、のんびりできない人間なのだ。これは誰に何を言われようが変えられない。常に目の前に努力しなければ越えられないような目標を据え、ひとつひとつクリアしていくことに達成感や生き甲斐を感じていたいのだ。

私のマレー語学習もそうだ。他人は、私をみて、なぜそんなにマレー語に直向き(ひたむき)にと思うかも知れない。でも、これが私のチャレンジなのだ。だから、ステップを踏むごとに、そしてひとつひとつ壁を乗り越えていくごとに、満足感を覚え、生き甲斐を感じているのだ。

今度のパンコール島でのスピーチで使用するプレゼンができた。Dr.D に言われて急遽作成した代物なのだが、私の人生の記録のひとコマとして、そして可愛い孫たちに贈る、じぃじがこの世に生きた証として、ここに記しておきたい。



演題「Bahasa Melayu dan Saya(マレー語と私)」 (Google Slide使用)

PULARA01.jpg

↑個人情報を記してあるのでボカシを入れてます。「ひねくれ団塊マレー語学習奮闘中!」

PULARA101.jpg

↑孫の写真を埋め込んでいるのでボカシを入れてます。「ひねくれ団塊、年よりも若く見られることは良いことだ。でも本当は孫が二人もいる。来年はもう○○歳にもなるジジイなのだ。」

PULARA102.jpg

PULARA103.jpg

↑「定年後、家でじっとしているのが嫌でマレーシアに来た。澤木耕太郎氏の深夜特急を読んで以来の東南アジアの熱烈ファンだ。そしてマレーシアはこんな私にはベストの国だ。」

PULARA104.jpg

↑「マレーシアで何をするのかって?マレーシア在住の日本人はゴルフ好きが多いけど、私はゴルフはしない。私のチャレンジはマレー語学習だ。」

PULARA105.jpg

↑「でも、日本の歌の、365歩のマーチの歌詞とおんなじ。3歩進んで2歩下がるだ。いや、時には2歩進んで3歩下がることもある。でも呆け防止には良いと思っている。」

PULARA106.jpg

↑マレー語の何が面白いかって?そのひとつは、まだまだ標準化されていないことだ。市場に行ったら、市場マレー語がある。周辺国からの出稼ぎ労働者が多く、すべての言語が脈絡なく入り混じる。それでも次第に意味が通じてくるから不思議なものだ。」

PULARA107.jpg

↑「日本語との共通性も多少ある。アラマっとか、アンダとか、アカンとかいろいろだ。」

PULARA108.jpg

↑「チャワンもおんなじだ。ピピとミミは顔の中の位置が近くて面白い。接辞はまるでパズルだ。ボケ防止にマジ役立っている。」

PULARA109.jpg

↑マレー語習得したら次に何をするのかって?それはもちろん多くのマレー人と話することだ。人生観を尋ね、考え方を議論しあう。この国の人たちのすべてを知り尽くしたいのだ。その次のステップはもちろん日本に帰ることだ。日本に帰ってからも家でじっとしていたくはない。健康でいられる限りチャレンジし続ける。そして人生ラストの生き甲斐を実践する。マレー語で日本を訪ねてくるマレー人たちをサポートしたい。少しでも人の役立つことをして感謝されたいのだ。」

PULARA110.jpg

↑「最後に、まだ若い人たちのために老人からのアドバイスだ。人間、誰でも老いる。そして多くの場合、何の努力もしなければ人は次第に理解力も記憶力も低下して最後には呆ける。呆け防止のためにもチャレンジは続けたほうが良い。座して呆け、座して死を待つよりもチャレンジし続けようではないか!」

PULARA11.jpg

↑「聞いてくれてありがとう。」



と、まぁこんな次第なのだが、本番では果たしてどうなることやら。結果はのちほど報告したいと思っている。

ではまた。。

追記: PULARA(Festival Puisi & Lagu Rakyat Antarabangsa)で使うプレゼンを更新しました。参加者の中に相当数の外国人がおられると言うことで、主催者から英語付記の要請があったためです。(2017.11.29)

昨晩から、突然↓こんな写真(ケーキ屋さんの写真)をブログのトップに飾っているので、今朝は目敏い読者の方から早速のお尋ねをいただきましたが、いえいえ、なんら深い意味はありません。

実は昨日、久しぶりにミッドバリーのメガモールに用事があって行ったのですが、ちょっと見ないうちにいろいろ変わっていて驚きました。

そのひとつにジャヤ・グロッサー(スーパーマーケット)がガーデンズモールの地下フロアに新規オープンしていて、その中にとても美味しそうなケーキ屋さんがあったのです。

Châteraisé Malaysia02

私は自他ともに認める酒吞みなのですが、実は隠れ甘党でもあるのです。昔から苺や生クリームがたっぷりのったショートケーキやチョコケーキやモンブランなどが大好きで、よく子供と先を争って食べたものです。

ところがマレーシアに住み始めてみて、美味しいはずのケーキが全然美味しくない。どこに行っても盛んに勧められるマレーシアのトラディショナルなケーキ(※マレー語ではkuihと言う)は決して美味しいと思わないし、中国の菓子もインドの菓子も、私が美味しいと思うものは、はっきり言ってないのです。

※クエ(kuih)をもっと喰え(クエ)と言われても、美味しくないので、いつもお腹がいっぱいだからと断っています。(笑)

そして時々は、日本発と謳っているケーキ屋さんのケーキも食べてみるのですが、なぜかこれすらあまり美味しくない。

やっぱり何かが違うのだろうと思うのですが、私には何がどう違うのかは分かりません。でもこのことは恐らくケーキ屋さんだけじゃなく、他のすべての食べ物屋さんにも当てはまる気がします。

もちろん、世界にはそれぞれの国や地方の独特の味覚があって、それはそれで素晴らしいことなのだけれど、日本料理とか日本発と銘打って出されたものの味や品質があまりにも違っていたら、これはちょっと・・と思ってしまいます。

例を上げればキリがないけど、最近KLにも増えている日式(日本流)の焼き鳥屋さん、ここで出されている焼き鳥のなんと硬くて不味いことか・・・・

私なんか、昔、仕事帰りに同僚たちといつも立ち寄った新橋のガード下をとても懐かしく思い出すのですが、あの焼き鳥は実に美味かった。あれほど美味い焼き鳥には以後ついぞお目にかかったことがない。

yakitori.jpg

ましてやここマレーシアの日式焼き鳥は、こんなの焼き鳥じゃないぞ、と力んでしまう。いや、店に日本人スタッフがいるうちはまだいいのだが、ほとんどの店では、ある程度過ぎると現地スタッフに任せて日本に帰ってしまうところが多いと聞く。これはそんな焼き鳥屋さんだけでなく、当地のすべてのなんちゃって和食屋さんでも同じだろうと思う。

さて、冒頭のケーキ屋さんの話に戻るが、昨日ミッドバリーのジャヤ・グロッサーでで久々に本物のケーキ屋さんを目にした。なんと「日本直輸入」とわざわざ断り書きがしてあった。さもありなん、そうでも書かないと、ここの商品が本物の日本産品なのか、あるいはなんちゃって日本産品なのか区別がつかないのだ。

だが待てよ、昨日のミッドバリーでは、果たしてこの店は日本発の店なのか、あるいはまったくの偽物なのか、どっちなのか分からないと言う店にも遭遇した。

それはここ「ユビソオ」と言う店だ。実は以前から、この店以外にも「ユニクロ」と「ダイソー」を足して2で割ったような店名とロゴを冠した怪しげな店がKLには既にあった。それは「メイソー」とか「ミニソー」と称する店で私はNU セントラルで目にしたのだが、看板に謳っている日本発と言う文言や、商品に裏書されている東京・中央区と言う会社住所がどうも怪しくて、未確認なるも中国発というのがどうも真実らしい。

これ↓は、マレーシアのどこにもあるダイソー・ジャパン。これはダイソー・ミッドバリー店。入り口は狭いが2階建ての店だ。

daiso.jpg

これ↓は、言わずと知れた世界のユニクロ、ミッドバリー店。

unikro01.jpg

そして、上のダイソーとユニクロを足して2で割ったような、ミニソー(メイソー)のどこかの店舗↓(ネットからの拾い物)

miniso-13.jpg

そんな中、いつの間にか、「ユビソオ」と言う「メイソー」の二番煎じのような店があっと言う間にマレーシアで台頭しているらしい。

これ↓は、ユビソオ、ミッドバリー店。

yubiso02.jpg

↓このロゴをみると上のミニソーのパクリか?と思いたくもなるが、ミニソーがもともとダイソーとユニクロのパクリとの噂なので、さらにその上を行くパクリのパクリなのだろうか。いやはや凄い商魂だこと。。

yubiso01.jpg

この店も、商品には堂々と(いや申し訳なさそうかも)、ユビソオ・ジャパンを謳っている。

yubisojapan01.jpg

しかし、何かが変なのだ。商品を手に取ってみると、説明書きなどの日本語が噴き出すほど笑える。これは、明らかに日本人の手によるものではない。

この国では、いや他国においてもそうだと思うが、変な日本語表示を目にすることが少なくなく、大体は笑って見過ごすことが多いのだが、あまりにも度が過ぎると少々腹が立つこともある。

昨日は、参考にするつもりで商品を写真撮影しようとしたら、それを店員に咎められてしまったので、止む無く購入したのが、↓この多機能ジューサー、10リンギぽっきり。(商品そのものは可もなく不可もなく、まぁそれなりのものだった。)

yubisojuicer00.jpg

おお凄い。堂々と会社名も、日本の住所も書いてある。しかし、そんな名前の会社も住所も、今現在は実在しない。(ひねくれ団塊グーグル調べ)

yubisojapan02.jpg

そして、いやその日本語説明書きの変なこと。↓この日本語説明ははっきり言って日本語になってない。でも言いたいことは分かる。

yubisojuicer01.jpg

↓この説明書きも面白い。まともな日本人なら、こんな文章は絶対書かない。

yubisojuicer02.jpg

↓これ、ひょっとしてグーグルなどの機械翻訳文か?それならば商品化する前になぜチェックしなかったのかが不思議。

yubisojuicer03.jpg

しかし、まあいいだろう。大体言いたいことは分かるし、堅いことは言いっこなしにしよう。でも、これ絶対日本製ではないよ、と言う粗雑なものまでJapanの表示は許せない、、、とブツブツ腹の中で文句言いながら、ある棚のある小物を手に取ってみて、噴き出した。

これは良い。これは笑える。

それが、これ、、単4の乾電池なのだが、、、

yubisobattery03.jpg

最初は、何のことか分からなかった。超重い義務????? なんだこれ?超=Extra、重い=Heavy、義務=Duty。おぉぉぉぉぉ、こりゃ上手い。Extra Heavy Duty=超重い義務だって!

・・・・・・・しかしなぁ、これは愉快な日本語だけど、考えてみれば、乾電池の性能を訴えるのに、この乾電池は超重い義務にも耐えられますってのもありかも知れん、なんて、普段、地元英字紙の日本語訳にも心してる私としては、一服の涼を感じた瞬間でもあったのだ。

ではまた。。



今日は9月3日の日曜日です。8月31日の独立記念日から4日連続の休みと言うことで、ちょうど日本のゴールデンウィークのような雰囲気なんですけど、この4日連続休暇がいつの間にか5日連続になった。つまり明日の月曜日も国民の休日になっちゃったんです。

実は、マレーシアがホストしたSEA GAMES(東南アジア競技大会8/19-8/30)の大成功とマレーシア選手団の勝利を祝って、ナジブ首相が突然、9月30日夜の閉会式で高らかにこのことを宣言し、詰めかけた8万もの観客が総立ちで歓喜したのだそうです。私なんか、仕事もしていないのだから特に関係はないかとも思ったが、待てよ、DBPでのボランティアワークがあるので、少しは関係あるな。。

しかし公務員や会社従業員など大多数の国民にとっては、休みが突然増えることは単純に嬉しいことかも知れないが、中にはそうではない人も少なからずおられるはずです。カレンダーに定められた休みであれば、事前に打ち合わせして予定を組める。でも前触れも何もない国民の休日なんて、世の中にはそのために商売の予定がぶち壊しになったとか、休めるわけがないと憤慨している人も多いのではないかと思います。

大体、こんなことがなんで首相の独断(?)で突然決まるのか、それがとても不思議ですよ。ちなみに日本であれば、国民の祝日に関する法律の一部改正が必要で、しかもそれが実際に施行されるまでは多くの手続きを経なければいけないし、突然明日、国民の休日にするなんて、とてもとてもできることではありません。

この国って、なんでもかんでも誰かにおべっか使ってゴマを擦って、そして分け前を少しだけ貰って、それで幸せな国なんですね。MRTの全線開通も偉大なナジブ首相のお陰。SEA GAMESの成功も偉大なナジブ首相のお陰。国民は偉大なナジブ首相や現政権の言うこと聞いて頑張ったから、ご褒美に休みをもう1日増やしてやるなんて言われて大喜びしてる。これってなんか、どこかの国の将軍様のお陰、、と似てないですか?

すかさず野党は選挙対策の見え透いた人気取り、などと反発していましたが、所詮目の前の人参には敵わない。現金バラマキ作戦(BR1M-Bantuan Rakyat 1 Malaysia=所得の低い国民に現金を支給するという政府の低所得層救済策)と言い、こういった人参作戦は、選挙が近づくにつれてますます嵩じてくるのでしょうね。

今日はしかし、その偉大なナジブ首相のお話ではなくて、彼のお陰(?)で全線開通したMRTに遅ればせながら乗ってきましたので、恒例の前面展望動画を中心に沿線のお楽しみなどを紹介してみたいと思います。




今回のMRT乗車の同行者は、いつもの仲良しグループ。デサスリのバス停からMRTのフィーダーバスに乗ってPUSAT BANDAR DAMANSARAの駅でMRTに乗り換えです。ちょうどその日は偉大なナジブ首相からの贈り物の切符半額期間内でしたので、私たちもちゃっかりとその恩恵に預かりましたけどね。

当日の行程はまず、そこからブキ・ビンタンまで行ってランチする。そして、その後またMRTに乗って今度は終点のカジャンの一つ手前にあるスタジアム・カジャンで降り、有名なマレー焼き鳥のサテを買って帰るというものです。

では早速、SEMANTANからBUKIT BINTANGまでのMRT前面展望動画(8分40秒)をご覧ください。



ブキ・ビンタンのあたりのMRTの工事って長かったですよね。アロー街に行くときなんか、ずうーっと不便を強いられていたんですけど、工事がようやく終わってホントに良かったです。それに、目の前にあるLot10の伊勢丹にできたジャパンストア(ISETAN The Japan Store Kuala Lumpur)、これ凄くいいですね。

確か、去年の10月頃にLGフロアなどがオープンして、クォリティの高い日本産品を綺麗に飾って売るお店や、お酒のチョイ呑みや食事ができるお店もある。これぞ日本のクォリティだって、いや気に入りましたね。でも難点はなんでもちと高い。これじゃあ、ローカルの庶民は近づけないかも知れませんね。でもこの前、若いチャイニーズグループが、カウンターに陣取って日本酒の吟醸獺祭のボトルを開け、つまみはなんとマグロの大トロでしたからね。驚きましたね、リッチなんですね。え?私ですか?指くわえて眺めていただけ。。

で、今回はそのLGフロアではなく、4Fのレストラン街のことです。どうやらこの2月にLGフロアに遅れてオープンしていたようなのですが、私は初めてです。友達に連れられて、ここのトンカツあんずと言うお店でランチしました。

MRTを降りて改札を通り・・・

001_201709031133572c7.jpg

案内標識に従い出口Dのエスカレータに乗ると、、

002_201709031133433ad.jpg

すると、すぐ目の前がLot10でした。↓

003_20170903113342bdc.jpg

ほら、パビリオン方向を見るとこうです。あれ、いつの間にかグランドミレニアムホテルの向こう側、あれパビリオンスイーツですかね。中国企業が凄いスピードで建築中の建物。。早いですね、もうあんなに高くなってる。

004_20170903113341c49.jpg

で、この日はLot10の伊勢丹フロアの4階に遅れてオープンしたと言うレストラン街、そしてここ和心とんかつ「あんず」に直行です。

005_20170903113340620.jpg

店内の模様ですが、すみません、この写真はネットからの借りものです。当日は私たちの他に数組の客がいるだけでした。

006_20170903113339ba4.jpg

で注文は迷わずコレ、と言うか、これを目当てにここに来たのです。限定20食の和定食セットランチはたったの30リンギ。こりゃ随分とお得ですね。そしてお味もベリーグッドです。

007_201709031133383a6.jpg

いやあ満足でしたなぁ。やっぱり和食はいいね、なんて話しながら、またしてもMRTに乗りこみました。今度は、スタジアムカジャンまでの22分30秒ほどの長編動画です。

隣にいたチャイニーズファミリィのちっちゃな女の子のお喋りが、可愛いけれど煩くて、撮影の邪魔だなあって思ってましたが、結局最後まで一緒でしたし、これも愛嬌かと思い、音は編集なしでそのままのせてます。



STADIUM KAJANGのプラットフォームです。↓

11_20170903121531710.jpg

スタジアムって名前がついてるってことは近くにスタジアムがあるってことだよね、と思い、駅員に尋ねたところ、目の前にあるのがそうだと言う。え、これ、、ですかぁ。。↓

12_201709031215195aa.jpg

そして、今回のお目当ては、ここ↓、駅前にあるなにやら不思議な形をした建物、これがサテ・カジャンのお店だそうです。早速行ってみましょう。

13_2017090312151874a.jpg

下に降りてきてみると、MRTの駅って大きいですね、まるで日本の新幹線の駅のよう。↓

14_201709031215185fc.jpg

でも、駅前の商店街はこんな風。ちょっと近代的なMRT駅には似合ってないような、、、いやいや、そんなことはないですね。

15_20170903121517c67.jpg

さて(笑)、これがサテ・カジャンの本舗だそうです。サテ・カジャンはSate Kajang Haji Samuriと言い、1992年開業のサテの老舗で、マレーシア各地に店舗を展開するチェーン店だそうです。

16_201709031215160b1.jpg

それにしてもなにか由緒のある建物のようですね。

17.jpg

ちょっと開店までまだ間があったので、ローカルの方たちと一緒に4時の営業開始を待って、お目当てのサテを買ってきました。これ、チキンやビーフやマトンやフィッシュやそのほか様々あるのですが、私的にはこれに付ける甘ダレがちょっと苦手。

18.jpg

なので、タレを付けずにそのまま食べたり、塩コショウを振って二度焼きしてみたりするのですが、まだかなり甘い。これって肉を甘ダレに漬け込んで焼いているのですよね。2、3本なら美味しいと思って食べられるのですが、それ以上となると、さすがの私もちょっとですね。ところがこの日は、勢いでチキンとビーフを各10本ずつ、計20本買ってしまいました。

そして家に帰り、ビール片手に覚悟を決めて独りで食べ始めたのですが、案の定ものの5本も食べぬうちに飽きてきた。でも生来のもったいない病ゆえ、残りを食べないで捨てるなんてこともできずに、無理して全部喰った。そしたら、その後しばらく気持ち悪いのなんのって、やっぱり、オレ、、、日本の焼き鳥の方が断然いい、いや、あれでなきゃもうヤダ・・・

ではまた。。



最近は毎回冒頭に愚痴を言うようで情けないのですが、こんな平凡な毎日でも人生ってなかなか自分の思う通りには行かないものですね。

何のことかと言うと、毎日の予定がなかなか予定通りにこなせない、こなそうとすると必ず予定外、想定外の障害が目の前に現れては邪魔をするのです。これってやはり歳をとったということなのでしょうね。若いころはもっと対応力があった。次から次に現れる障害を右に左にかわしながら器用に生きて来れたのに・・・

ところが歳をとって、対応力が弱くなった、不器用になったと言うことなのでしょうか。だから目の前に突然現れる些細な障害でもそれをクリアするのに意外と時間がかかる。もっとも、ここは異国なので、言葉や文化の違いから仕方がないことも多いのですが、それを割り引いても情けない、と思っているのです。

先日、次のブログに載せようと、全線開通したMRT(Mass Rapid Transit=大量高速輸送鉄道)に初乗車し前面展望動画を撮ってきたのですが、帰ってきてその編集作業を始めたところがそれが上手くいかない。どうも動画編集のためのフリーソフトがいつの間にか使えなくなっていて、止むを得ず、違うソフトをダウンロードして使おうとしたけれども、使い方が良く分からない。チュートリアルを見ながらやろうとしたのにそれでも上手くいかない。とうとう途中でメンドくさくなって諦めました。なのでまだ完成していないのです。

これなどは典型的な事象ですよね。そのせいでブログのトップ画像の写真を変えたまでは良いが、肝心の中身が準備できない。予定通りに進まないものだから気が焦る。気が焦ると次の予定も狂ってくるしちっとも良いことないのに、理解力も低下していて根気も続かないしダメですねぇ。

おっと、こんなところでブログが遅れた理由を長々と書いたり愚痴ったりしていると益々情けなくなるのでこのくらいにして本題に入りますが、皆さんはシーゲームズってご存知ですか?

実はこれSEA GAMESと書いて、東南アジア競技大会、South East Asian Gamesのことなんです。今マレーシアでは、KLを中心に第29回のシーゲームズが8月19日から30日までの予定で開催されているのですが、昨日、その一部競技を実際に見に行って来ました。

これは2年に一度、開催されている競技大会で今年はマレーシアがホスト国。いわば東南アジアのオリンピックとも言われていて、こちらでは相当盛り上がっているのです。参加国のASEAN加盟10か国と準加盟国の東ティモールを加えて11か国が、計38競技404種目に連日熱戦を繰り広げているのです。

そんな中、私の注意を惹いたのは、"シーゲームズ、マレーシアで初のウィンタースポーツ"と言う新聞の見出しと、これも新聞ですが、"オリンピックサイズのアイススケートリンクがまもなく完成"と言う二つの見出しです。

え、この南国マレーシアでウィンタースポーツ?正直言ってかなりの違和感がありましたね。土台このマレーシアは四季のない、常夏の国なのだから、そんな国でウィンタースポーツはないでしょう、と思って記事を読むと、、、なるほど、これまでは競技種目に入ってなかったウィンタースポーツ種目が、今回のマレーシア大会から初めて取り入れられるのだとか、、その理由としては、オリンピックサイズのアイススケートリンクが大会に間に合うように新設され、供されるからなのだそう。

ふぅーん、南国でアイススケートねぇ。。そういえば、いつかプトラジャヤのIOI City Mallに行ったときもスケートリンクを見たな、そうそうサンウェイピラミッドにもあったよな。。二つとも大勢のヤングカップルで賑わっていたけど、あのリンクサイズでは競技は無理だね、あれは飽くまでレジャー用だろうな。なになに、オリンピックサイズのスケートリンクが完成だって?ふぅーん、で、どこに?

と、読み進んでみてちょっと驚いた。え、ダマンサラ・プルダナ?なんだ直ぐ近くじゃないか。いつも買い物に行くTESCOやCURVEやIKEAの近くじゃないか、、、、と、俄然興味が湧いてきた。

よし、行ってみよう、と思い立ち、SEA GAMESの競技日程を検索したのだが、どこを探してもアイススケートの詳細の日程や時程が見当たらない。え?これはどういうこと?と不思議に思い、しつこくしつこく探していたら、ようやくアイスホッケー競技開始の2日ほど前(8月18日)になって始めてWEB上に詳細の日程や時程が掲載された。

どうやらこれは、当初予定では5月中旬に完成する筈だったアイスアリーナの新設工事か予定通りに進まず7月中旬まで延び、さらにそれでもオープンできずに、なんと保安検査を含むすべての工事完成検査を終えたのが8月18日だったそうな。なるほど、だからそれまで公式WEBには載せられなかったのかも知れないな。。

でも、とするとこれって随分危ない橋を渡っていたんじゃないか、、、なんて、私のような完全なる部外者が口出すようなことではないとは思うけど・・・、だがしかし、私の興味はこれで益々高まりました。そんな危ない橋を渡ったオリンピックサイズのアイスアリーナを是非この目で見てみたいし、そんなアリーナを使う国際競技大会がどんなものかを見せてもらおうかと思って、昨日行ってきた訳です。



ところが正直言って、私はウィンタースポーツのうちの氷上スポーツにはほとんど興味がありません。なぜなら、スキーは幼いころからの得意種目なのにスケートだけはどうも苦手、と言うか、今までほとんどやったことがないのです。いつか孫たちと一緒に近くのスケート場で遊んだ時も、孫たちとほとんど同じレベルのよちよち歩きで、孫たちからも白い目で見られたぐらいですから。。

さらになかでもフィギュアスケートなるものにはまったく興味がない。こんなことを言うと偏見だと怒られるかも知れないが、私は昔から男らしい体育会系の競技は大好きだが、華麗で華奢なものにはどうも興味が湧かないと言うか、はっきり言って好きじゃない。

だから、今回もせっかく見るならアイスホッケーとか、ショートトラックのスビートスケートかな、と思っていたのだ。ところがMy Better Halfが大のフィギュアスケート好き。いつも羽生選手が出るんだとか言って、マレーシアに居てもテレビの前にかじりついているほどで、昔は高橋大輔、今は羽生なんとか言う選手の大ファンなのだ。けれども残念ながら今までテレビでしか観たことがない。実際に傍で本物のフィギュアスケートを観戦したことがないと言うことを私は知っている。

そして突然閃いた。これはひょっとして一石二鳥じゃないか。私はオリンピックサイズのアイスアリーナとか、その運営そのものに、そしてMy Better Halfはフィギュアスケートに興味がある。ここのところ、彼女の体調が優れないのも気になっていたし、気晴らしにもなるだろう、とも考えたのだ。

すると、レベルの低い国の選手の演技なんか・・・などと言って最初は愚図っていたのだがやはり興味があるようで、結局昨日(8月26日)午後3時開始予定の女子、男子のSP(ショートプログラム)を観に行くことになった。

と言うことで昨日の土曜日、私はいつものYMCAのマレー語クラスを午後1時に終えてすぐに家に戻り、My Better Halfをピックアップしてダマンサラ・プルダナのアイスアリーナに車を走らせました。

その後10分もかからず2時過ぎには現地に到着し、今だけ無料と言う、広いがまだ工事途中のような無機質な地下駐車場に車を停め、これも急ごしらえのような案内板に従い会場のアイスアリーナに向かった。

↓約1週間ほど前にオープンしたばかりと言うアイスアリーナ。え、オリンピックサイズってこんなの?と思ったが60×30mのショートトラックがとれればオリンピックサイズなのだそう。。ふぅーん。。

001_201708270831388f6.jpg

確かに立派なアイスアリーナだな。でも、このアリーナが入っている建物はまだ半分も完成してないんだよ。

↓ほら、まだこんなんだよ。これエンパイア・シティ・モールって言うらしいけど、完成の暁には、全体の売り場面積で言うと、今のワンウタマ・ショッピングモールの2倍以上になるんだってさ。どこかに書いてあったけどマレーシア最大のショッピングモールらしいぞ。

empirecity.jpg

このエンパイア・シティ・モールって、場所はほらここですよ↓写真中央の建物群。参考までに我が町モントキアラは、写真左上の小高い山の向こう側。ちょっとだけ高層コンド群が写ってるでしょ。モントキアラからここまで来るのにあの小高い山のトンネルを抜けて約8分程度かな。

empirecity02.jpg

上部建物はまだ建築中と言うのに建物下部にはこんな立派なアイスアリーナがあってもうオープンしてる。

002_20170827083138065.jpg

これってなんか違和感ないですか。多分日本ではこんなことは絶対ないですよね。建物上部はまだ建築途中なのに下の出来てる部分だけでオープンし、しかも国家の威信をかけるべき国際競技大会の会場として使われているなんてね。

003_20170827083114fb1.jpg

こんなことあり得ない。絶対どこかに皺寄せ来るぞ、なんて穿った見方をしてしまうよね。でも、駐車場はタダだし、そういえば、なんとこのアイスアリーナの入場料もタダ。またまた穿った見方をすれば、なにか事故とかあっても駐車料もタダで入場料もタダだから客はなんの文句も言えない、、とかの心理作戦なのかなぁ。

004_201708270831133c5.jpg

まぁしかし、警察や消防の保安検査には合格したとのことだから、最低限の安全は大丈夫なのかも知れないが、一般車両の駐車場とか、一般入場者出入り口とか通路とかの雑なこと雑なこと。。まだオープンして1週間程度と言うのに、壁に汚れやシミは目立つし、床も汚いしところどころデコボコしてるし、水漏れもあるようだしで、やっぱりなと思ってしまいます。

でも駐車料も入場料もタダだから許せるか、なんて思ってしまう私は根っからの貧乏人なんですね。

さて、今日のフィギュアスケートの競技開始は3時。私たちが会場に入ったのが2時20分だったから開始まであと40分ほどしかないのに、会場を見渡すと、お、ラッキー、、あちらこちらに空席が結構ある。それでもあとからあとから続々と客が詰めかけてくるので、慌てて空いてる席の方に向かおうとしたが、なんと途中にロープが張られていてその先には行けないのだ。張り紙を見るとどうやらその先は招待者専用席のようだ。

007_201708270831110af.jpg

ひょっとして、1階席も2階席も3階席も、空いてる席は全部招待者席だったりして?
Oh, No!とりあえず確認しようと急ぎ足で歩きまわってみたが、ざ、残念、ぜーんぶ招待者席でした。

そ、そうか、やっぱりこんな時間じゃ席は無理なのか、、、で、でもタダだから文句言えないよなぁ。。そうこうしているうちにどんどん混んできて、立ち見も楽じゃなくなってきた。

005_2017082708311297c.jpg

案内所に行って、一般観客席で空いてるところはないのかと聞いてみたが、ない、と生意気なマレー女に冷たくあしらわれ、今度は腹が立ってきた。少々チケット料とっても良いから席ぐらい確保しとけよ、と口には出さないが心で罵った。

006_20170827083112fdb.jpg

そのうち、トイレに行きたくなってきたので、案内矢印に従って一見素晴らしく綺麗でモダンに見えるトイレに行ってみたのだが・・・

008_20170827083110711.jpg

あれっ? 小用の便器がひとつもない。見るとまだ壁に設置されてないようだ。おいおいこれで国際競技大会本番かよ。。止むを得ず、4つほどある個室のひとつに順番待って入ったが、便座が既に黒く汚れていて、床には濡れたティッシュなどが散乱してる。Oh, No!

009_2017082708300107b.jpg

最後にもうひとつダメ押しがあった。一見綺麗な洗面台だが、4台の洗面台のうちの2台で水が出ない。盆栽のようなものも飾ってあって、結構金かけてるなぁと言う印象だが、どうもちぐはぐだ。

010_2017082708300075b.jpg

↓こんな、通路や壁に貼られている大きな掲示物も一部剥がれ落ちていたり、、、

011_2017082708295941f.jpg

その後ろ側がこんな風に覗けたりして、お粗末極まりない。

012_20170827082958be6.jpg

でも会場のあちこちに設置されているVIP席は万全のようだ。

013_201708270829587af.jpg

↓こんな風にガラス張りの室内に王様が座るような立派な椅子があるのだが、まもなく競技が始まると言うのにVIPらしき人物の姿は見えず、子供が遊んでいるだけ。

014_201708270829574f5.jpg

横からも覗けるので写真を撮ってみたが、この人たちがVIP?

015_20170827082831a1d.jpg

↓競技が始まってもまだVIPルームはガラガラ。

016_2017082708283154c.jpg

係の人たちだけが手持ち無沙汰にしてVIPの到着を待ってる?

017_20170827082830d9c.jpg

ところでVIPって誰?政治家?高級公務員?団体役員?ようやくちらほらと人が入って来たが、ここではなんと飲み物や料理が供されている。これも無料?この予算はどこから出てるんだろう?この人たちは誰?それにしても、この国の偉い人たちと庶民のこの差別は一体何なんだよ。

この国ではこういう差別ってどこにいても感じるが、こんなことろでは余計癪に障る。庶民が座れるように割り当てられた席はほんの少ししかなくて、大半がVIPや招待者用だ。その制限ロープが張ってあるところで、一般客と招待客を区分けしていた係の女性に尋ねてみた。私は、実は今日、はるばる日本からこのスケートを観に来たのだが、この招待者席に入れては貰えないだろうか、、。(ウソだけどね)

一瞬困った顔をした若い女性の後ろから、デカくて怖い顔をした中華系のおばちゃんが出てきて、招待券がなければダメだとにべもない。しからばどこの誰に言えば招待券がもらえるのかとしつこく食い下がったが、いつの間にかおばちゃんは後ろの人混みに消えた。

018_201708270828297c1.jpg

しかし、そんな招待席やVIP席では庶民はあっち行け、しっしっ、みたいなぞんざいな口調で適当にあしらわれ腹も立ったが、混み合う一般席の後ろで立ち見をしていたら、前に座っていたご婦人が親切にもご自分の家族の席を空けて譲ってくれた。これには救われた。丁重に礼を言って、My Better Halfを座らせてもらったが、この国にも親切な方は大勢居る。

019_201708270828292a8.jpg

そのうち女子フィギュアのショートプログラムが始まり、3階席だったけど、席を譲ってもらい座って観戦できたMy Better Halfはとても喜んだ。初めての実際のフィギュアスケート観戦が、東京や横浜や埼玉のアイスアリーナではなく南国マレーシアだったことは、これはちょっと可哀そうだったかも知れないが、ま、話のタネぐらいにはなるだろう。

その後、男子のショートプログラムに入り、前評判の高かったフィリピンの選手が転倒して、マレーシアの選手がトップに立った。お陰て観客席はみな大喜びの大歓声。傍で見ていて、南国のウィンタースポーツ大会も悪くはないか、、と思ったが、この国の偉い人たちの顔も態度も恰幅も、なんと偉そうなこと、、それをヨイショする周りの人たちのなんと貧相なこと。。こんな差別をなくさなければ、とてもスポーツ先進国とは言えませんぞ、、なんて、またまた腹の中で思ってました。

ではまた。。

追記:2017.8.28 08:00
土曜日に席を譲ってもらった親切な中華系のご婦人方のお誘いで、昨日の日曜日(8月27日)、またまたアイスアリーナにでかけて来ました。仲良し姉妹だというご婦人方は私たちよりもやや若そうなとても親切な方たちで、自分たちが早く来て席を取っておくからゆっくり来ればいい、なんてことを言って下さる。嬉しくてついお言葉に甘えてしまいましたね。

この日は2時半からフィギュアの男女フリーの競技だったのですが、このご婦人方とお喋りしながら結局7時過ぎの最後の表彰式に至るまでしっかりと観戦してきました。

男子フィギュア初のゴールドメダリストに輝いたマレーシアのジュリアン選手↓

101_201708280649365f8.jpg

前評判は高かったが、ショートでもフリーでも転倒し、シルバーメダルに終わったフィリピンのマルチネス選手↓ちなみに1位、3位がマレーシア、2位がフィリピン。出場国は5か国9人でした。(女子も5か国9人)

102_201708280649353db.jpg

最後に行われたフィギュア男子の表彰式(29th SEA GAME's MENS FIGURE VICTORY CEREMONY)の模様です。↓




私は競技そのものにはほとんど興味がないので、どうしてもその他のことに眼や耳が向いてしまうのですが、まぁ、一見すると立派で素晴らしいこの会場施設も2日目の慣れた眼にはやっぱり粗が目立ってしょうがない。そして、改めて気が付いたのですがここはナショナルアイススケーティングスタジアム(MYNISS)と言う名前なんですね。

100_20170828064937439.jpg

と言うことは、やっぱりこれからも各種国際競技に使われるんですよ。うーん、それにしては粗雑過ぎる。いくら突貫工事で仕上げたとは言えこりゃ酷い。ひょっとして、エンパイアシティの施設すべてが完成すれば劇的に変わるのだろうか?

トイレだって、初日の思いが2日目にはさらに深化しましたよ。だって、会場にいくつもあるトイレのほとんどで工事が未完成、汚い、臭い、便座が壊れてる、水が流れないなどなど。。いや、それにしてもこれでナショナルアイススタジアムはないでしょ。もっとも、VIP用は出入り口もなにもかもが一般観客用とは完全に異なっているようだから、偉い人たちにはそんな粗雑な面は一切見えないのでしょうけどね。

なーんちゃって、今回はこの国で初めて開催されたウィンタースポーツの国際競技大会の会場となったアイスアリーナのこと、そしてその運営などについて、このひねくれ団塊の視点で、不思議に思うことや腑に落ちないことなどをちょっと書きましたが、決して貶しているわけではありません。マレーシアのためそしてマレーシア国民のために、より良い安全・安心な施設であって欲しいし、その運営についても公平・公正であって欲しいと願う気持ちから出た正直な感想です。


以上



一昨日(7/29)のことです。不肖、このひねくれ団塊主催の第4回魚市場買出しツアーの帰り道、突然鳴り出した携帯電話に出たところ、サウジの友人モハメドの声、"イマドコイル?アトナンプンデツク?"だと。。

私:えっ、どういう意味だよ?オレ、今、クアラスランゴールだけど。。

モハメド:な、なにぃぃぃ、クアラスランゴールだとぉぉ。今日のクラスはサボるのか、なんでサボるんだよ、まさか忘れてたんじゃあるまいな?

私:ちょ、ちょっと待ってよ、モハメド!今日は、国王誕生日でナショナルホリディだから、YMCAのクラスはない筈だけど。。

モハメド:なにバカ言ってんだよ。国王誕生日は9月に変わったってこと知らないのか?

私:え、えーっ?そんなぁぁ、また変わったのか?最初は6月3日だったのが変わって今日(7/29)になったんじゃないか。。なんで国王誕生日がそんなに変わるんだよ?

モハメド:そんなことオレが知るか。。とにかく今日のクラスはいつも通りなんだよ。みんな来てるぜ。来てないのは誰かさんだけだぞ。

私:オー、ノー、なんてことだ。いゃ分かった。とにかく俺のミスだ。Cikgu Rusmanやクラスのみんなによろしく言ってくれ。バーィ。。



と、まぁ、こんな顛末だったのですが、要するに、一昨日、7月29日の土曜日は、以前、確か4月だったか、首相府発表が新聞に大々的に載り、新国王(昨年12月に即位された第15代国王ムハンマド5世のこと)の誕生日がそれまでの6月第一土曜から7月最終土曜に変更されたのです。

agong.jpg

その変更理由は、今年も来年もそして再来年も6月の第一土曜はラマダン月に当たるからだそうで、なるほどそれなら変更も納得と思ってました。国王誕生日はもちろん、日本の天皇誕生日と同様、国民の祝日、つまりナショナルホリディですから、国民の関心も高いのです。

ところが、その国王誕生日がまたまた変更になったと言うのです。こんなこと、日本ではあり得ませんよね。大体マレーシアの今の国王の真の誕生日は10月6日だそうですので、当初定められた6月第一土曜も、その次の7月最終土曜も、今回新たに定められた9月9日も国王誕生日の当日ではありません。

まぁ、カレンダー上の国王誕生日とは、国王誕生をお祝いする祭日と解するのが筋だろうから、このことに特に不思議はないのですが、なぜ何度も変更するのか、、ですよ。

土台、私はこの度の変更(7/29→9/9)を知らなかったのだから、今頃偉そうなことは言えないのだけど、私が使っているオンラインカレンダーだってまだそのままだし、、、そう言えば、YMCAのロズマン先生だって7月29日のクラスはないからって、ずっと前に言って、あれ以来訂正が全然なかったじゃないか。。。

改めて今回の国王誕生日の変更に関する記事をグーグってみると、The Sunとか、Starとか、NSTなどのメインストリームメディアには確かに載ってる。7月13日付けの記事だが、でもなぜか扱いが小さい。内容は、これ多分首相府発表同文なんだろうけど、ほんの2、3行だけで変更理由の説明も何もなし。ただ、次のように変更する、と。それだけ。。

国王誕生日変更に関する首相府のプレスステートメント↓

PMO_Agong-700x665_R.jpg

↑ステートメントには、"政府は第15代国王ムハンマド5世の本年の公式誕生日を7月29日から9月9日に変更することに同意した"とだけあり、その理由にはまったく言及されていない。

なるほど、こんなんじゃあ、言い訳するようだけど、私がこの記事を見過ごしたことも頷ける。毎日会社勤めをしていてカレンダーに敏感な人たちならともかく、私のように毎日が日曜日のような人々には果たしてきちんと伝わったのだろうか・・

さらに・・・・、ちょ、ちょっと待てよ、なんで変更の理由説明がないんだ?

不思議に思い、またまたそんな角度でグーグってみると・・・・・・

そしたら、出るわ出るわ。。やはりこのことに不思議を感じている人は少なくないようだ。そしていろんなことを言っている人たちがいる。

"何度も変わる国王誕生日。もうこの国では何も怖いものはない。国王誕生日さえも自分たちの都合でいかようにも変えられるのだからね・・・"

9月か・・・・でも待てよ、9月ってこの他にもいろいろあるよな。9月1日のハリラヤ・ハジ、16日はマレーシアデーだし、21日はイスラム歴の新年だよ。で、今回の国王誕生日を9日に持ってくると、9月だけで4回も国民の休日がある。

国王誕生祭って、確か大々的な軍事パレードがあるんだよね。となると、8月31日の独立記念日に始まり、9日の国王誕生日、そして16日のマレーシアデーとほぼ毎週パレードをやることになる。軍隊だけじゃないよ、一般市民もたくさん駆り出されるからね。とにかく忙しくなるんだろうな。

でも、これって???

そこでまたまたグーグって見た・・・・・

あ、あった。FMT(Free Malaysia Today)の7月12日付け記事に、PH Sabah Youth to hold 1MDB campaign in Septemberとある。これによると、The expedition will take place in the interior, east and west coasts of the state.つまり、PH(パカタン・ハラパン= 野党連合)のサバ州青年事務局長が9月に同州にて、全野党の青年支部を総動員して1MDB問題に関する一大キャンペーンを行う旨の記者発表を行ったと言うのだ。

Razeef-Rakimin-pakatan.jpg

そしてこれは、PKR(人民公正党)党首のDr Wan Azizah氏(現在服役中のアンワル元副首相の妻)が、次期総選挙を睨み、現政権の最大恥部である1MDBスキャンダルに関する国民周知キャンペーンを、9月までの期間に全国規模で実施して、9月には街頭デモまで行うと、6月末に記者発表しているがそれに呼応するものだという、記事だ。

サバ州と言えば、与野党の双方にとって、次期総選挙のカギを握る最重要州と言われている。

偶然の一致かどうかは知らぬが、国王誕生日を7月から9月に変更するとの首相府発表は7月13日、 FMTに上記の記事が掲載された翌日のことだ。

このこと及び今回の国王誕生日変更に関する一切の理由説明がないことなどから、ローヤットネットなどのネット掲示板上では、現政権に対する懐疑的な意見や穿った見方が多数みられるが、これは致し方のないことだろう。



閑話休題。いずれにしても、私は、大切なYMCAのマレー語クラス、3時間をミスってしまった。痛恨の極みだ。

たいしたことじゃないではないかと思うなかれ。マレー語学習は私にとっての最重要事項なのだ。もう4年以上も学んでいるが満足レベルにはまだ程遠い。最近、DBP(Dewan Bahasa dan Pustaka= 国立マレー語及び図書研究所)で週2日のボランティア勤務をやったりして完全なマレー語オンリィの世界に身を浸しているのももちろんそのためだ。

で、そんなに大切なYMCAのマレー語クラスをミスって何をしていたのかと言うと、これは私の現在のマレーシアライフでマレー語の次にプライオリティを置いている魚に関するアクティビティだ。

これは知る人ぞ知る。知らない人はまったく知らないだろうが(笑)、既に趣味の範囲を脱したかも知れない、なんてことはないけれど、この年でマレーシアの魚にぞっこん惚れぬいている。これは本当だ、アハハ。

その日は、不肖このひねくれ団塊が企画・主催するマレーシア新鮮魚市場買出しツアーの催行日だったのだ。もちろん、この日が国王誕生日でナショナルホリディと知った上で企画したのだ。

既に公式には第4回、非公式を含めると第6回にもなるこの魚市場ツアーは、私のためにもなるし、そして参加して下さる皆さんのためにもなる、だろうと私は思っている。

新鮮地魚を刺身で喰らいたくて始めたマレーシア魚市場行脚、試して食して早や4年半。今ではあちこちの魚市場に知り合いもでき、多くの魚くんたちともトモダチになれたかも、と思ってる。そんなことから本ブログでは魚市場辞典なども書き始めているし、ブログで参加者を募っては市場買出しツアーまで初めてみた。今のところ、これがなかなか好評で、参加のみなさんからは大変感謝されている、と私は思ってる。

さらにさらに、先日は初めて魚の捌き方講習会をもやってみた。これも好評を博した、気がする。感謝されついでに、乗りに乗って目の前で握る鮨パーティまでやってみた。

↓7月29日の魚市場ツアーに引き続き、KLCCのとある豪華コンドミニアムにて開いた「魚捌き方講習」の後のお楽しみ「刺身&鮨パーティ」の様子

刺身パーティ01

自分で言うのも何なんだが、こいつは旨い、堪らなく旨い。海っ端の漁師市場で買い求めた新鮮地魚をその日のうちに捌いてネタに切り、その場で握って鮨を喰らう。まさか、この南国マレーシアでこんなことができるとは夢にも見なかった。でも嬉しい、そして目一杯楽しいのだ。

もうここまでくると、奇人・変人の仲間入りかも知れん、なんて人知れずちょっとは悩んでもいる(これはウソ)のだが、残り少ない私のライフ、思いっきり自由に楽しく使い切ろうと思っている今日この頃なのだ。



何を言いたいのか、何が書きたいのか分からず仕舞いのような記事になってしまいました。実際とても忙しい日が続いていて、正直言って少々疲れているのかも知れません。大いに気にはしているものの、物理的な体力と時間に追われてブログを書くことが疎かになっていますが、なにとぞご理解の上今後とも変わらぬご愛顧のほどお願いいたします。

ではまた。。




多分今回のこのタイトルの意味は、誰にも分からないですよね。

実はこれ、今日これから紹介する今年のハリラヤ短編動画(企業広告動画)に対するある視聴者のコメント("siapa laa pulak yg potong bawang ni...isshh" )を日本語に置き換えたセリフなんです。

このハリラヤ短編動画、公開されてからまだ10日弱ですが、ユーチューブでの視聴回数は既に15万回を超え、そのコメント欄は、泣けて泣けて泣けて、、しょうがない、と言うたくさんのコメントで溢れています。(余談ですが、玉ネギを切ると涙が出る、と言うのは万国共通なんですね)

憶えておられる方がおられるかも知れませんが、私の6月6日付のブログに、今年のハリラヤムービーは例年よりも出来が悪いかも、なんて書いてしまいました。でもこれ、私の完全早とちりでしたね。

あの時はまだ作品が出揃っていなかっただけなのですね。実際、あれから日を追うごとに続々と作品が出回り始め、今日現在は22作品がテレビやネットで放映されていますが、なかなか見ごたえがありますよ。

いやぁ、でもつくづく世の中って面白いと思いますね。なぜって、毎年のこのハリラヤ短編動画を記録しそれを評価している人たちがいるんですよ。このサイト、The Skopと言うモバイル機器に特化したオンラインメディアのようですが、なんとこのサイトを辿ると過去の作品も見れちゃうんですよ。

で、このサイトの記事のタイトルは、
Iklan Hari Raya 2017 Yang Mana Paling Epik?
(今年のハリラヤショートムービーはどれが一番感動的か?)
ですって。。。

170619-iklan-raya-2017-hero_R.jpg

このマレー語サイトを偶然に発見した私は思わず快哉(かいさい)を叫びたくなりましたが、もう来年からは、自分で探す必要ないですね。(笑)



さて本題です。今日紹介するショートムービーは、なかなか見応えのある今年のイクラン・ラヤ作品の中でもその「お涙頂戴」度は抜群です。たった8分弱の短編動画ですが、随所に泣ける場面があり、私なんか情けないことに何度も涙してしまいました。

ただ、この作品はマレー語のサブタイトル(字幕)のみなので、マレー語学習者以外の方には分かり難いかも知れません。ですが、始めは解説なしで、その後に、各場面ごとのマレー語の和訳文を付けていますので、それを参考にしながら少なくとも2度以上はご覧いただきたいと思います。

私もそうですから、多分みなさんもそうだろうと思うのですが、最近の世の中、日本でもマレーシアでも、腹の立つことは多くても、純に感動することなどめったにないですよね。と言うことで、是非今日は日頃の腹立ちをちょっと脇に置いていただいて、たまには純な気持ちで涙してみませんか? 決して保証はしませんが、精神衛生にも良いのではと思いますよ。



Iklan Hari Raya Pelaburan MARA 2017-Ikhlas

Kehilangan orang yang disayangi adalah amat memilukan. Adakah masih wujud hati yang ikhlas untuk meringankan beban anak-anak ini?
愛する人の死去は(何人にとっても)悲痛そのものだ。遺された子供たちの困苦を共に背負って生きる誠意はまだ存在するのであろうか?

↑これ、制作者(MARA※)の前書きみたいなものですが、お分かりの通り、突然の事故で両親を亡くした子供たちの悲しみと不安、そして怯える彼らに冷酷に降りかかる厳しい現実のなかで、一人の誠意が子供たちを救う、、そんなストーリィなんです。なにはともあれ、通しでご欄下さい。
※MARAとはMajlis Amanah Rakyat(国民信託協議会)の略で政府の農村地域開発省傘下にある政府機関です。



いかがでしたか?

サブタイトルがマレー語オンリーなので、ちょっと分かり難かったかも知れませんね。では、そんな方たちのためと、私を含めたマレー語学習者の方たちのため、各場面ごとのサブタイトルを書き起こし、それに和訳をつけてみたいと思います。ストーリィの詳細を知るためと、マレー語学習者の方は実践的なマレー語学習の参考にしていただければと思います。



Ayah, Kesian abang.
お父さん、お兄ちゃんたちと離れて寂しいよ。(末妹←まつまいと読む) 注:一番下の妹(Adik Bongsu)

iklanraya01_R.jpg

Kena naik Bas?
(お兄ちゃんたち) どうしてバスに乗らないといけなかったの?(同)

Nanti bila besar, Kita pergi dengan Along.
もっと大きくなったらね、お兄ちゃんたちもみんなで一緒に行こうね。(母)

Bila adik dah besar nanti, Ayah, nak beli kereta besar.
私たちが大きくなったら、お父さんがもっと大きな車を買うんだ。(末妹)

iklanraya02_R.jpg

Kita boleh naik sama-sama.
そしたらみんな一緒に(車に)乗れるもんね。(末妹)



(事故発生)

Ayah !
お父さん ! (長男) 注:長男はAlong、次男はAngah

Pakcik ! Berhenti Pakcik !
おじさん ! 停めて ! おじさん。。(同)

iklanraya03_R.jpg

Ayah kemalangan.
お父さんが事故った。。(長男)

---------------------------------------
Along kena betul-betul jaga adik tu,
Alongは弟や妹たちを良く面倒見るんだよ。(父)

iklanraya04_R.jpg

Nanti Ayah pergi stesen Bas.
後でバス停に迎えに行くからね。(父)

Kalau Ayah lambat, Ayah Su datang ambil.
もし父さんが遅れるようだったら、Ayah Suが行くからね。(父) 注: Ayah Suとは、Ayah Bongsu、つまりお父さんの兄弟姉妹のうちの一番下の弟(叔父さん)のこと。マレー社会ではそのような呼称が普通だそうで、ここはこのままAyah Suで通します。
---------------------------------------
Ayah !
お父さん ! (長男)

iklanraya05_R.jpg

iklanraya06_R.jpg



(イスラム墓地での埋葬式)

iklanraya07_R.jpg

注: 画面に見えているお墓の大きさの違いにお気づきですか?今回事故では、両親と小さな妹二人、そして乳飲み子の計5人が亡くなりましたが、画面の向こう側に両親(大人二人)、そして手前に子供たちの小さなお墓が並んでいるのが見え、涙を誘うシーンです。



注: 場面は変わり、遺された4人の子供たちの今後を話し合う、親類の方たちです。

Apa masalahnya
何か問題があるのか?(親戚の叔父さんA) 注: この方がお父さんの兄弟姉妹のうちの長兄と思われる。

iklanraya08_R.jpg

Didi dengan mimi kita hantar rumah kebajikan
ディディとミミは孤児院に送るって言ってんだよ。(同)

iklanraya23_R.jpg

Alon dengan Angah Kita beri sahaja siapa-siapa jaga
Along(長男)とAngah(次男)は、どっちかを面倒見るよ。(同)

Siapa-siapa tu
どっちなのよ?(親戚の叔母さんB)

siapa dia abang long 
お兄さんはどっちを世話するって言うの?(同) 注: このabang longは一族の長兄(親戚の叔父さんA)のこと。

Saya cakap awal-awal lah
前にも話していたんだけどね。(同)

iklanraya21_R.jpg

Saya memang tidak boleh jaga mereka ni
私たちには、この子たちの世話は到底無理。 (同)

Kalau setakat Mimi sorang sahaja
もしミミが一人だったらね、(親戚の叔母さんC)

Boleh lah saya jaga
私たち、世話できるんだけど。(同)

iklanraya22_R.jpg

Tiada masalah
なんの問題もないんだ。 (同)

Tapi kena hantar duit tiap-tiap bulan
だけど、毎月お金がかかるんだよね。 (同)

iklanraya24_R.jpg

Buat belanja
費用が嵩むからね。 (同)

Budak-budak ini anak saudara kita
この子たちは我々の親戚の子どもなんだよ。 (Ayah Su) 注: Ayah Suは居並ぶ兄弟のなかの末弟。

Bukan orang lain
他人じゃないんだよ。 (同)

Anugelah tuhan
神様の贈り物なんだ。 (同)

iklanraya25_R.jpg

Dah jadi hak kita
私たちの身内なんだ。(同)

Kalau ada sesiapa nak jaga
もし誰かが世話したいって言うなら、(同)

biar ikhlas
それが誠意なんだよ。(同)

Jangan nak mengungkit lepas ni
(誠意もないくせに)もうこれ以上、面倒見るなんて言うなよ!(同)

Kan dah cakap tadi
私さっき言ったでしょ ! (親戚の叔母さんC)

iklanraya26_R.jpg

Kalau Mimi seorang aku boleh jaga
ミミ一人だったら私が面倒見るって。(同)

Tiada masalah
問題ないんだから、、(同)

Lama lagi ke
いつまでこうしているの? (長兄の妻)

iklanraya27_R.jpg

Lambat sampai Kuala Lumpur nanti kita
私たち、KLに帰り着くの遅くなっちゃうよ。(同)



Terima kasih Ayah Su
ありがとう、Ayah Su!

iklanraya09_R.jpg

Buat apa Ayah Su nak jaga kami
でも、どうしてAyah Suが(私たちの)面倒見るの? (ミミ)

iklanraya10_R.jpg

Sebab Ayah Su sayang anak buah Ayah Su
それはね、Ayah SuはAyah Suの子供たちを愛しているからだよ。(Ayah Su) 注:Ayah Suの誠意が子供たちの心を救うベストなセリフ

iklanraya11_R.jpg



今、KLはまさにバリカンポンの真っ最中で、ラマダン明けを祝うハリラヤ大祭に前後して、多くのムスリムの方たちが一斉に田舎に帰省しています。お陰で街はもぬけのカラで道路もガラガラに空いているのですが、地方に伸びる高速道路や主要道路の渋滞などは日本の比ではなさそうです。

このムービーはそんな中、9人もの大家族が自家用車組とバス組に分かれてバリカンポンする途中で起きた悲劇をドラマ化しているものです。ストーリィは極めて平凡で単純ながら、泣けて泣けてしょうがないのはなぜなんでしょうね。

人間関係もなにもかもが、煩雑で自己中心的になってきているような現代社会にあって、却ってストーリィの単純明快さと一筋の光明のような誠意に、なにか心が洗われたような気がしませんでしたか?

作者はイスラム教の教え=預言者ムハンマドの教えこそが人間を豊かに幸せにすると言いたいのかも知れませんが、私はこれは人類普遍の規範であると思っています。

以上、何かの参考になれば幸いです。ではまた。。







みなさん、こんばんは。

今日は6月12日の月曜日(Hari Isnin)ですが、パブリックホリディ(Cuti Awam)なのでDBPはお休みです。何のホリディかと言うと、Nuzul al-Quran(Revelation of the Quran)と言う祝日です。と言っても、私も何のことか分かっていなかったのですが日本語ではコーラン啓示の日と言うのだそうです。

それでもまだ良く分からないのでwikiで調べたのですが、イスラム教の聖典であるコーランがアッラーの神から最後の預言者のムハンマドに対して下された日なのでコーラン啓示の日、この国の祝日だそうです。(まぁ、これぐらいの説明で勘弁して下さい)(^-^)/

そんな今日という日、前から気になっていた頭の髪のボサボサをすっきりしてもらいたくて床屋さんに行って来ました。今日はその床屋さんのお話しですが、ひねくれ団塊もいよいよブログのネタが尽きたかと思われそうですね。(笑)

実は、マレーシアに住んでもう4年半も過ぎたのですが、この、、所謂、、ごく一部の人を除いて、普通は誰もが必ず定期的にお世話になる床屋さんって、なかなかお気に入りを見つけるのが難しいですよね。

日本に住んでいても、新しいところに引っ越ししたりすると、行きつけの床屋さんってなかなか決まらないでしょう? 異国の地ではなおさらのことです。言葉が違うし、やり方も違う、まぁ文化が違うのでそこが面白いといえば面白いのですが、自分の思い通りにならない時など、これはかなりのストレスですよね。

でも若い時ならいざ知らず、とっくに頭の見栄えなど気にしなくても良い年のはずなのに、これはいつまでも他人に良く見られたいという、仕様もない人間の性(さが)なのでしょうか。

ところで最近、と言っても随分以前からですけど、日本でも格安床屋さんって急速に増えましたよね。いわゆる1000円床屋さんですけど、私など、いつの頃からかこの格安床屋さんが行きつけになっていました。それまでは、4000円とか5000円とかの高い床屋さんに行ってたのに、あの安さと手軽さには抗いようがありませんよね。

なので、マレーシアでももちろん格安床屋さんです。ここKLの数あるショッピングモールには、Quick-CutとかX-Cutなどの格安床屋のチェーン店がたくさんあるし、街中には格安のインド人床屋さんもたくさんあります。

そんな格安の床屋さんでは、どこでも大体20リンギ以下(現在26円/リンギなので日本円換算で520円以下)でチープに髪を切ってもらえるのですが、仕事が雑だとか、あまり上手じゃないだとか、職人さんがフレンドリーでないだとか、お店が清潔でないとか、やっぱり安いだけあっていろいろと不満がある訳です。

私は特に若い頃から刈り上げくんスタイルが好きではないので、バリカンでなくハサミでやってね、とか、バックとサイドはあまり短くしないでね、などとお願いしているのです。ところがこちらの格安床屋さんでは、たまにですけど、ロクに客の希望も聞かずにいきなりバリカンをばりばり入れられて、ものの5分で見事な刈り上げくんに仕立てられたりすることもあって、そんな時には、あーぁ、酷いところに入っちゃったよ、こんなところ二度と来るものかと思ってしまいます。

でも、髪ってそんなに早く伸びないから、私のような団塊シニアでも、それからしばらくは面白くない日が続くのです。だから、、早くお気に入りの床屋さんを見つけて、行きつけの店を決めたかったんだけど、でもこれって意外と難しい。なんせひと月半に一度ぐらいのペースでしか行かないから、それでも1年に8回は行くとして、マレーシアに来てからもう40回近くも行ったはずなんだけど、そのうちの大半が空くじばかり。たまに、お、ここはいいかなって思う時もあるにはあるけど、次に行くと同じ職人さんが辞めてしまっていなかったり、店が潰れて閉店していたりでホント難しいよ。

それにこの格安床屋さん情報ってなかなか探せないですよね。高級ヘアサロンやこだわりの理髪店なら、いくつものおすすめ情報がネット上にあるのに、格安の床屋さんの"これはおすすめ"ってのはなかなかないんですよ。英語ブログにもマレー語ブログにも、もちろん日本語ブログにもほとんど見当たらない。なので、自分で探すしかないのですが、これにはかなりの長期を要するわけです。

でも、このところ、あるところに偶然行き始めてから、お、なかなかいいじゃんと思うようになり、そして行き始めから3回目の今日、ついに確信しました。大袈裟に言えばマレーシア移住4年7か月にしてようやく行きつけの床屋さんが決まったということなんです。

そう言うことで、今日は私が行きつけと決めた格安床屋さんを紹介します。ただし、これは飽くまで私の好みとセンスに基づく独断評価ですから、すべての人に当てはまる訳はないと思いますので、その辺りをどうぞ斟酌し、参考情報としてお読みください。でも、もし良さげと思われた方は是非行ってみて下さいね。



場所はモントキアラから車で約8分のムティアラ・ダマンサラ(Mutiara Damansara)のスーパーマーケット、Tesco Extra店です。ここの屋内駐車場(Gフロア)の傍にある床屋さんです。

KFC最寄りの出口/入り口から駐車場に出てくると右前方のショップロットです。↓

P_20170612_113932_vHDR_Auto_R.jpg

もっと近づいて良く見てみましょう。↓

P_20170612_150731_vHDR_Auto_R.jpg

お店の名前はGOVA'S、この名前でネット検索すると、1件だけヒットするのですが、それはこの店ではなくシャーラムにある別のお店のようです。でも、やはり同じ経営者だとは思いますが、大きなチェーン店ではなさそうです。

P_20170612_113309_vHDR_Auto_R.jpg

Kedai Gunting Rambutとは英語のBarber Shopのこと、つまり床屋さんです。看板の店名の下に書かれているのは、BERSIH、CEPAT、MURAHです。マレー語でそれぞれ、きれい(衛生的)、早い、安いの意味です。そして、店の両側には世界共通の床屋さんの回転サインポール。でもあれ? 赤・白・青ではなく、緑に見えるけど、ま、こんなことはどうでも良いですね。。

うんうん、外から覗いてみる限りは、なかなか良さげ。明るくて清潔そうだし、職人さんは、、、二人だけかな、インド系の方かな。。でも、早いってのは、私の場合、時間はいつもたっぷりあるからそんなに気にする要素でもないんだけどね、、逆にあまり素早く手抜き工事でやってもらうより少しゆっくりと丁寧にやってもらってもいいかなと思ってるんですけど。

おぉ、これこれ↓これは安いよ。

P_20170612_113500_vHDR_Auto_R.jpg

大人(中学生以上)が13リンギ(約340円)、小学生が9-10リンギ、子供が7-8リンギだってさ。。うん、これは他の格安店と比較しても十分安いですね。

さぁ、次は肝心の職人さんと散髪の技術ですね。それでは中に入って見ましょう。(写真撮影とブログ掲載の件はスタッフの事前許可を得ています)

P_20170612_113142_vHDR_Auto_R.jpg

職人さん(Tukang Gunting Rambut=Barbers)はいつも二人、バーバーチェアは二台ある。聞けばスタッフは全部で三人いるのだが、店は年中無休なので三人が交代でお休みするのだそう。

P_20170612_113156_vHDR_Auto-COLLAGE_R.jpg

私は、意図的にこれまで毎回異なるスタッフの方に髪を切ってもらったのですが、三人ともとても上手で当たり外れもなさそうです。コミュニケーションは今日の方(写真の方)がマレー語も英語も一番容易だったのですが、でもあとの二人も特に大きな問題はありません。

↑の左下の写真は、今回の散髪直後の私の後ろ頭です。恥ずかしくもなくこんな写真良くアップしたなと言われそうですが、何ごとも文字だけでなく視覚にも訴えたい私です。恥を忍んでアップしてみました。

Boleh duduk sini?(ここ座っていい?)と声掛けして椅子に座ると、Nak macam mana?(どうしますか?)と聞かれたので、ハサミともバリカンとも何も言わずに、ただ、Tah suka terlalu pendik(あまり短くしないでね)とだけマレー語で言った(※)のですが、正直言って、器用に櫛とバリカン使って良くここまできれいに出来るもんだと感心するぐらいの出来でした。(※マレー語は私のマレー語実用練習のためです。最近では日常的にどこでも英語よりも先ずマレー語で話し始めるようにしています)

このGOVA'SはいわゆるKedai Gunting Rambut Mamak(Indian Barbar Shop)で、Quick-CutやX-Cutなどのチャイニーズ系の格安床屋さんとは一線を画しているインド系の床屋さんなのですが、技術も文句なしだし、店内も清潔でスタッフもフレンドリー。そしてなによりQuick-CutやX-Cutなどより4-5リンギも安いのがいい。私的には、ついにいい店見つけたな、と大変満足しています。

それに多くの日本人のお客が気にするだろうコミュニケーションですが、会話に自信がなければ、店内にべたべた貼られているヘアスタイルモデルの写真を指差すか、そうでなければ身振り手振りでも十分だろうと思います。いつかどこかのチャイニーズ系の店で、散髪中一方的に中国語で喋くりまくられたことを思い出しますが、あんなのよりもずっと寡黙で控えめなインド系の職人さんたちのほうが私は好きです。

再度言いますが、お店はムティアラ・ダマンサラのテスコ・エクストラ内にあり、周囲は隣にカーブショッピングモール、道路の対面にはイケアもIPCもあるメガショッピング&イーティングエリアです。是非皆さんも買い物や食事のついでにお試しあれ。。

以上、今日は私の行きつけと決めた格安床屋さんを紹介してみました。ではまた。。


ご承知のようにマレーシアは今、ラマダン(断食)月です。なので、ムスリムの方たちは夜明けから日没まで一切の飲食を摂りません。お陰で、街のマレーレストランなどは日中どこもガラガラ、中には臨時休業しているお店もあるほどです。

でも私たち非ムスリムにとっては、このラマダン月も特に影響なしです。寧ろ、普段より空いたレストランで、ゆったりと楽にランチができると喜んでいる人たちも少なくないと思います。

ところが私にとっての今年のラマダン月は、例年と少々勝手が違います。なぜかと言うと、週に2回、私も断食の真似ごとをしているのです。

実は今、引き続きですけどDBP(国立言語図書研究所※)に週2日通っています。
(※マレーシア教育省傘下で国語/マレー語の教育・調査・研究及び関連図書の出版等を行う外部機関です。これまで私はマレー語研修所と簡易的に呼んでいましたが、今後はより正確な日本語呼称を使うことにします)

VE150005_R.jpg

昨年10月から始めたDBPアカデミーの外国人特別マレー語コースはとっくに修了したのですが、担当の先生(Dr.D)から、"良ければここ(DBP)でインターン(研修生)をやってみませんか"と、とっても有難いお誘いをいただき、週に2日(月&木)だけ通っているんです。先生は、私がリタイアリーで仕事をしていないということを知ってのお誘いです。他のクラスメートは、平日の日中は全員仕事があるので無理なのです。

VE150004_R.jpg

DBPのインターンと言っても、別にDBPで正規に働くことを前提にした研修生ではありません。私の場合はあくまでインターンの真似ごとです。Dr.Dの雑用と言うかお手伝いをやりながらマレー語を実際に活用する、ただそれだけのことなんです。私にとってみれば、周りがすべてマレー人でマレー語オンリーの世界なので、マレー語の実際的な会話練習にはもってこいの場所なんですよね。

しかもすぐ傍には、Dr.Dを含むマレー語のスペシャリストたちがごまんといますし、マレー語学習者にとってこんなに恵まれた環境は他にはあり得ないでしょう。Dr.Dには心から感謝です。

でも今日は朝からハプニングがありました。Dr.Dがなんと突然内部異動(アカデミー部から一般図書部へ)になったんです。私にはまだこのDBPという巨大組織が良く見えていないので、なぜ突然こんな異動があるのか、なんのことやらさっぱり分からないのですが、とにかくサポート、サポート、こうなると年齢なんて言ってられないですね。60の手習いどころか、70の丁稚状態ですよ。Dr.Dの書庫や机からすべての資料や図書を段ボールに詰め込み、PCも外して、Dr.Dと共に私もアカデミーから一般図書部に引っ越してきました。

Dr.Dの新しい職場となった一般図書部は、DBPタワーの13階、広々とした部屋には30人ほどが働いておられるようですが、とても静かな職場です。加えて、Dr.Dの執務室(個室)からはKL中心部の街並みが一望でき、思わず"Wah, Pemandangan indahnya(景色がきれいだね)"と、Dr.Dとともに呟いてしまいました。

(Dr.Dの新執務室から見たKL中心部)
IMG-20170605-WA0000-COLLAGE_R.jpg

私は、Dr.Dの執務室近くに自分専用のデスクを割り当てていただき、定年後すっかり忘れていた現役当時の職場の思い出や仕事の感覚が蘇えるようです。周りの方々に伺ったところ、みなさん本の原稿を書いたり、編集のお仕事をされているんだそうです。でもこの静かな雰囲気は私にとって初めてでちょっと戸惑いましたが、まさかまさかこの年で、娘のような若い女性編集者などに囲まれて仕事(の真似ごと?)する羽目になろうとは夢の夢にも思っていませんでしたね。

で、ラマダン月の断食のことです。周りすべてがマレー人なので、当然ですが、昼休みになっても誰一人食事に出る人はいません。そんな中みんなは私に"ランチしてくれば"と勧めてくれるのですが、そう言うわけにはいきません。Dr.Dにも、"ここにいる限りは私も断食します"と勢いで宣言してしまいましたし、止むを得ず似非ムスリムを演じているわけです。

でもこれって、一日三食のうちの一食を抜くだけなんですけど、、、健康のために普段から二食だけにしている人にとってはなんでもないことなんでしょうが、この大喰らいの私には結構きついんですよ。なので、DBPの帰り時刻(今は四時)近くになると、正直腹が減って喉が乾いて堪らないのです。なので家までの30分ほどですら我慢できずについつい帰り道途中のMcDonaldとかに立ち寄っちゃうんですよね。

で、注文はいつもマック・デラックスのラージ、これって結構ボリュームがあって即効で腹いっぱいになるし、これで税込み12.9リンギ(約340円)は安いものです。しかし、私ってまったくの似非ムスリムですよね。DBPではファースティング(断食)だなんて、周りにはカッコいいこと言っちゃって、帰る途中にこれですもんね。本物のムスリムは、まだまだ日没まで飲食できないと言うのに、この似非ムスリムの我慢のなさは一体何なの?って、自分を自分で罵ってますよ。(笑)



さて、今日は例年恒例のIklan Rayaを紹介したいと思いますが、はっきり言って今年は不作だと思います。Iklanとは、まぁ、広告・宣伝の類なのですが、ここマレーシアでは、それぞれのナショナルイベントに合わせて、各企業がこぞってスピリチュアルなショートムービーを作成し、テレビなどで放映するのです。

私のような古い人間はそれで単純にお涙頂戴なんてこともあって、実は私はそれを毎年楽しみにしているのですが今年の出来はいまいちのような気がします。

然は然り乍ら、私のようなマレー語学習者への参考と私自身のマレー語学習も兼ねて、今年は1本だけ紹介してみます。



Diary Ramadan Opah(おばあちゃんのラマダン日記)と題するショートムービーです。



いかがでしたか?と言っても、画面上のサブタイトルが小さすぎて良く読めなかった方が多くいらっしゃったのではないかと思います。これはSUSU SOYA(豆乳)会社の製作による作品ですが、私はこれを今年のベストとしました。

ハリラヤのバリ・カンポンで、老母が独りで暮らす田舎の実家に帰省した子供家族の物語です。以下、ムービーのサブタイトル(マレー語+英語)を書き起こしてみましたので、マレー語学習者の方は良ければどうぞ参考になさって下さい。

Diari Ramadan Opah(おばあちゃんのラマダン日記)

Diari ini adalah kepunyaan Mak Senah !(This Diary is owned by Mak Senah !) この日記はMak Senahのもの←表紙の裏書

Along belikan mak mesin basuh yang canggih. (Along bought me a hghi-tech washing machine.)
Alongがハイテクの洗濯機を買ってくれた。(注:Alongとは長男の通称)

Along cakap mesin basuh ini tekan-tekan sahaja. (Along said that it only takes a few clicks to operate this washing machine.)
Alongは、"この洗濯機は簡単だよ、ポンポンとボタンを押すだけなんだよ" (注:tekanとはpush/pressの意→tekan-tekan=a few cliksとなる)

dan boleh basuh kain ! (and it washes all the clothes !)  
"それだけで衣服を全部洗ってくれるんだよ"って言ったけど。。。

Wah, memang selonok lah mak ! (I'm so excited !)  
凄いって私(Mak)は興奮したよ、、

Banyak kain cadar, langsir, semua nak basuh nih ! (Many bed sheets and curtains need to be washed !)  
ベッドシーツやカーテンなどいっぱい洗わなきゃいけないからね、、、

Tapi macam mana nak guna benda nih ? (But how do I use this washing machine ?)
でもこの洗濯機って、どうやって使うの ?

Along tak ajar pun mak ! (Along didn't teach me how to use it !)
Alongは使い方を教えてくれなかったよ !

Hmm うーん

Terpaksalah mak basuh kain cadar semua pakai tangan, (So I had to wash these dirty bed sheets by hands.)
だからやっぱりこの汚れたベッドシーツは手で洗わなきゃいけなかったんだよ。(注: pakaiとはこの場合useの意)

Petang ini mak lupa nak tutup periuk nasi. (I forget to turn off the rice cooker this evening.)
今日の夕方、炊飯釜の火を止めるの忘れてしまって、、

Habis hangit nasi mak. (The rice was burnt.)
ご飯が完全に焦げ付いてしまったんだよ。(注: この場合のhabisはexhaustedの意)

Tapi esoknya mak call Angah. (I called Angah the next day.)
次の日、Angah(次男の通称)に電話したら、、

Dia datang bawak periuk elektrik nasi baru untuk mak. (He dropped by and bought me a new electric rice cooker.)
彼は新しい電気炊飯器を買って持って来てくれた。 (注: 英語サブタイトル誤り。正しくはHe came to bring mak a new electric rice cookerであろう。)

Bangun sahur ini. (For today's sahoor.) 
今日のBangun sahurのために、、 (注: Bangun sahurとは断食が始まる夜明け前に食事を摂るために早起きすること、またはその食事のこと。sahurはアラビア語由来)

mak masak pakai periuk nasi baru lah ! (I will be cooking rice with the new electric rice cooker !)
これからは新しい電気炊飯器でご飯を炊くんだね。(注:このpakaiもuseの意)

Tak sabarnya ! (I can't wait !)
待ち遠しいなぁ。。

Tapi tiba-tiba sahaja. (Suddenly)
すると突然、、、

Elektrik tak ada lah pulak. (The electricity went off.)
また停電になっちゃった、、

Terpaksalah mak makan roti dan Seri Kaya. (I had to eat bread with Seri Kaya.)
たから、私(mak)はパンにSeri Kayaつけて食べなきゃいけなかったんだよ。。 (注: Seri Kayaとはココナツジャムのこと)

Tapi sedap jugak ! (But still it was delicious.)  
だけどそれでも十分美味しかったんだけどね。。

bismillahirrahmanirrahim
(注: これはアラビア語の"いただきます"のようなお祈り言葉)

Along dengan adik-beradik bagi mak TV baru. Besar ! (Along and siblings gave me a new big TV.)
Alongと兄弟たちは私に新しい大きなテレビをくれたけど、、

Katanya bole buat mak hilang rasa sunyi. (They said that it could help to ease the lonliness..)
そしてTVは私の寂しさを和らげてくれるよって言われたけど、、

Tapi (But)
しかし、、、

hidup mak memang dah lama sunyi. (My life is always felt lonely.)
私の暮らしはいつも寂しい。。

Tambah lagi selapas arwah ayah kamu semua dah tak ada. (Especially when your father passed away.).
特にあなたたちのお父さんが亡くなってから、、

Mujurlah, dah dekat raya ini. (Thankfully, Raya AidilfItri is near.)
でも有難いことに、、もうすぐハリラヤ、、

dapatlah kita berkumpul sau keluarga. (so we can get together again.)
だからまた家族がひとつになれる。。

Kita pun beraya sama-sama tahun ini. (and we can spend together for Raya-Aidilfitri.).
今年も家族みんなでハリラヤを過ごせる。。

Opah !
おばあちゃん !

Mak !
お母さん !

(以下、スポンサー企業製品の宣伝につき略)



いかがでしたか? でも、今回ムービーは、私のようなマレー語学習者以外の方にとってはあまり感動のムービーではなかったかも知れませんね。

早いもので今年のラマダンもあと半月ほどでハリラヤです。私の周囲のマレー友人たちも、みな今からバリ・カンポンをとても楽しみにしています。一方、私のDBPでの似非(えせ)断食はあと5回。私も早く断食月が明けないかな、とひそかに願っている今日この頃です。

ではまた。。




今(5月12日)、日本一時滞在中です。

ですが、孫たちとゆっくりのんびりするどころか、次から次に襲いくるハプニングに慌てふためいています。

まず、今このブログを書いているノートPCですが、突然クラッシュ寸前に追い込まれてしまい、補償期限(明日)ギリギリのタイミングでメーカー修理に出すことになりました。

今朝引き取りに来てもらうのですが、個人データなどのバックアップ作業に思いのほか手間取ってしまい、夕べはほとんど寝ていません。

VE060126.jpg
Masjid Ubudia @ Kuala Kangsar (DBP Bahasa Melayu Kelas 2017.5.6)

浦安のリペアセンターでの修理は10日間程度だそうですが、もちろん私はその間PCが使えないと言う想定外の状況です。

P_20170506_094727_BF.jpg
Dalam Keretapi ETS ke Kuala Kangsar (DBP Bahasa Melayu Kelas 2017.5.6)

と言うことは、当然ですがブログ更新もままならないわけです。まさかブログをスマホで書く根性もありませんしね。

VE060164.jpg
Galeri Sultan Azlan Shah @ Kuala Kangsar (DBP Bahasa Melayu Kelas 2017.5.6)

そのうえ泣きっ面にハチです。まずその1は、愛用の電波腕時計が突然故障してしまい、これも今日修理に出すつもりです。そしてその2は、またまたの風邪っ引きです。つくづく弱くなったものです。

そしてその3は異臭騒ぎです。この件は話すと長くなるので仔細は省きますか、家族から指摘されていた異臭の原因が私自身の持ち物だと分かり唖然としました。

VE060152.jpg
Istana Kenangan @ Kuala Kangsar (DBP Bahasa Melayu Kelas 2017.5.6)

その始末のために、今もまだあたふたしています。まだあります。愛用のipod touchをどうも家に忘れてきたようで、いろいろと支障が出ています。アンドロイドスマホは手元にあるのですが、重要なアプリはまだあっち(ipod touch)に置いているのです。

VE060149.jpg
Istana Iskandariah @ Kuala Kangsar (DBP Bahasa Melayu Kelas 2017.5.6)

そんな訳で、例年になく慌てふためいています。

次のブログは、先日(5月6日)、DBPのマレー語クラスでクアラ・カンサーに行ったのですが、その際の写真とエピソードにしようと思ってました。しかし、こんな状況なので大幅に変更せざるを得ません。

上記の写真はそのほんの一部ですが、クアラ・カンサーは想像以上に綺麗な町でした。残りの写真とエピソードはいずれまたブログに綴ってみなさんに紹介したいと思っています。

それでは今日はこれで。。



みなさん、こんにちは。

昨晩からこのブログのトップ画像を↓に変えましたので、あるいはお気づきかとは思いますが、先週は、モントキアラ在住の仲良し夫婦二組とMy better halfと共に計6人で、カンボジアのSiem Reapに行ってきました。

VE090246 (3)

目的はもちろん、昨今日本人にも超人気のアンコールワットやアンコールトムなどの遺跡見学がメインだったのですが、中国の春節後とは言え、やはりトップシーズンだったせいか、どこもかしこも騒がしい中国人や韓国人だらけでした。

もちろん日本人観光客もそれに負けず劣らずで、有名遺跡や人気の寺院などは行列つくって、立ち止まらずに歩いてください状態。加えて、ボクは日本語堪能と自信たっぷりの現地青年ガイド君による日本語の説明がイマイチで、分かったような分からなかったような、私としては久々にストレスの多い見学ツアーだった気がします。

いや、彼の基本の日本語会話にはまったく違和感がないし、冗談も言い合えるほどなのですが、肝心の仏像や寺院などの説明になるとなにを言ってるのか分からない。もっともこちらの勉強不足も相まっての話ではあるのだが、きっとこれはガイド君の日本語トレーニング方法に問題があるのだろうと、彼の日本語を聞いて思った次第。

つまり、彼の一見流暢な日本語会話は、数多くの日本人観光客から耳で習い覚えたPhonetic Japanese(音声言語)なのだろう。だから、聞いていてもまったく違和感がない。

ところが、肝心の遺跡群や寺院・仏像などの説明になると、途端にWritten Japanese(文字言語)になる。こっちは多分ガイド用のテキストに記載されている説明の暗記文なのだろうが、固有名詞や年代などの数字を早口でまくし立てることと、抑揚もメリハリもなく、さらには”てにをは”などの助詞の使い方が自己流になっていて何を言っているのか意味がさっぱり伝わらない。

もっとも我々日本人の大人の中にも、"てにをは"の使い方をきちんと理解していない人や書き言葉においてもあまり気にしない人が少なくなく、手紙やメール文やブログ文の意味を解するのに困るときもある。

なので、現地ガイド君のレベルとしては、こんなもんで上等なのかも知れない。別れ際、君の日本語は”カンペキ”と褒めてやったが、それはPhonetic Languageに関してであって、肝心のWritten Languageの方はまだまだ努力が必要だな、と本当は言いたかったのだ。

でも、その時フト思った、ちょっと待てよ、オレのマレー語はひょっとしてこの逆かも?と。

そう言えば、マレーシア移住依頼、もう随分とマレー語に集中してる。在住日本人のほとんどが熱中してるゴルフも一切やらず、旅行も最小限にして、ひたすらと言うか、必死にマレー語をやってる。

でもまだまだ満足のレベルには程遠い。一体なぜだ?と考えた。当然年をとって脳みそも大分老朽化した。可能なら脳みそのオーバーホールをしたいところだがそれも叶わぬとくれば、老体に鞭打って頑張るしかない。単語一つ憶えて二つ忘れる、一進一退どころか一進二退の毎日だ。

そして今では、DBP(Dewan Bahasa dan Pustaka=Institute of Malay language and Literature)のAcademyとYMCA、それに日本人会のマレー語教室と、週に4日も習ってる。まさにマレー語真剣勝負の毎日なのだ。

他人(ひと)からはそんなにマレー語にのめり込んで一体何するの?と問われる。まさかその年でマレー語で身を立てようというのでもあるまいに、などとも言われる。

馬鹿言うな、当ったり前だ、そんなんじゃない。単なる自己満足の世界だ。そう、自分がチャレンジすると決心したことを途中で挫折したりするのが堪らなく嫌なだけなんだ。そう、それでいいんだよ、オレは”ひねくれ団塊”なのだから。

お陰で、最近はマレー語の新聞もざっとは読めるようになったし、ラジオだって大まかに聞けるようにはなってきた。日常的な基本会話にもさほど不自由はしなくなった。

ところがだ、街に出てマレー人たちと会話していると、聞き取れない単語やフレーズがまだまだ山ほどある。語彙もフレーズもかなり増えているはずなのになぜだ?

そういえば、先日、DBPアカデミーのクラスメートでサウジアラビア出身のモハメドが話してた。「この前、どこかで一緒になったマレーのヤングファミリィの小さな男の子にマレー語で話しかけたら、このおじさん何言ってんのかさっぱり分かんないって、隣のヤングパパに告げ口された」って。

この話をDBPやYMCAの先生に話したら、ちっちゃな子供たちは、スタンダードなマレー語は習ってないからだと言う。そうか、オレたちが長年習ってきたのは、ほとんどがこの国の正式国語のスタンダードマレー=フォーマルマレーだ。ところが、このフォーマルマレーは小さな子供や十分な教育を受けていない人たちだけでなく、ほとんどのマレーシア人たちが日常的な会話には使っていない、ことに最近になってようやく気が付いた。

恥ずかしながら、今までこのことに気が付かなかった原因は、多分私が話すほとんどの相手は、スタンダードマレー=フォーマルマレーの教育を十分に受けた人たちばかりで、私のスタンダードマレーを解し、同じようにスタンダードマレーで返してくれていたからだろうと思う。

これに関しては、昨年からランゲージ・エクスチェンジのパートナーとして親しく付き合っているマレー人のラズラン氏(Razlan)にも随分諭された、と言うか、彼が最近ポストしたユーチューブ動画↓を観ていて思い知らされた。



なんと、Malay is a phonetic Language. Malay language classes are mostly taught in formal Malay, but really, nobody uses formal Malay in conversations.だと言うのだ。

いやぁ、そうか、そうだったのか。。これは目から鱗だ。マレー語は基本的に音声言語なのだ。助詞もないし時制もない。なので聞き手によっては意味が異なるかも知れないが、息の合ってる家族や友人や同僚たちとは何の問題もなく、これほど簡単な言語はないのだ。

だからサウジ出身のモハメドもイラン出身のワディジも、タイ出身のルイスも、そしてこのオレも、もう何年も共にマレー語習ってるのになんで街の人たちのマレー語が自在に聞き取れないのだろうと思ってた。そうか、オレたちは街の人たちが日常的に使うカジュアルマレーにはほとんど慣れていなかっただけなのだ。

彼らは、Di mana awak ada ?(あなたどこにいるの?)とは言わずにKat mana?(どこ?)と言い、 レストランではTolong bawakan menu(メニューを持ってきてください)とは言わずにBoleh bagi menu?(メニューもらえる?)と言うのだ。

もちろんテレビやラジオのニュースキャスターなどはマレーシアの国語としてのフォーマルマレーを話すし、新聞や書籍、それに公私の文書もほとんどがフォーマルマレーで書かれている。

だから、私たちが今までフォーマルマレーを一生懸命に習ってきたことは無駄ではないし当然必要なことだ。だが、それに加えて、いやそれより先にインフォーマルマレーと言うか、カジュアルマレーを習い憶えることもマレー語学習者にとっては必須なのだ。

そこで、前述のRazlan氏の登場だ。私は、彼との個人的なランゲージ・エクスチェンジを今後も続けるつもりでいるのだが、たまたま、先月、日本人会のマレー語教室で、今まで私たちが教わってきたマレー人女性の先生がご病気で来れなくなる事態が発生した。

そこで皆で相談した結果、新しい先生にきてもらおうと言うことになったのだが、民間の語学学校からの講師派遣では謝礼などの点で折り合いがつかず、次策の日本人会事務局に依頼しても色よい返事が貰えなくてほとほと弱り果てていたのだった。そこで私は、ダメもとのつもりで私のランゲージパートナーのRazlan氏に相談したところ、なんと本人が自営会社の経営者としての仕事時間をやりくりして引き受けてみたいと言うではないか。

私は小躍りして喜んだ。”マレー語は先ずカジュアルマレーから”が持論の彼ならば私やクラスのみんなのニーズとも合致する。彼ならマレー語を教えることに情熱的だし、人間的な信頼度も十分だ。さらに日本語学習にも意欲的でこれは私が教えているのだが、日本文化にも日本人にも人一倍興味があるし好意的だ。間違いなく適任だ、そう考えてクラスのみんなに彼を推薦したところ、私のクラスだけでなく、同様に先生探しで困っているもうひとクラスでも是非来てほしいとなった。

話はとんとん拍子に進み、結局今週水曜(2月15日)から彼は日本人会のマレー語クラスの正式講師として、当面2クラスを受け持つこととなった次第。

↓これは彼が約ひと月ほど前に作り、アップしたマレー語のレッスンビデオだ。まだまだ基本中の基本のレッスンビデオだが、これからどんどん幅を広げて行きたいと言っているし、私はとても楽しみにしている。



それにしても、マレー語はPHONETIC LANGUAGEなのだと、最近つくづく感じている。鶏が先か卵が先かと言う問題に似ているが、もともとは音声言語が先でそれに文字言語がついてきた。文字言語の代表格として有名な中国語や日本語とは生い立ちが異なっているのだ。

これまで、日本人の外国語学習は、”読み書き”が先(主)で”話す聞く”が後(従)と言うのが多かったことは、日本語が音声言語ではなく文字言語にその由来を発しているからか、などとも感じているのだが、マレー語の場合は、圧倒的なPHONETIC LANGUAGE(音声言語)。私の場合、やや遅きに失した気がしないでもないが、さぁ、新任のCikgu Razlanと一緒に楽しくCasual Malayを学ぼうではないか。。

ではまた。。



今日はマレーシアのオンラインショッピングでの気づきについてです。

と言うのは、このところどうしても買わなければいけない電気・IT関係の中・小物が何点か出てきたものだから、久しぶりに当地のオンラインショッピングを利用してみました。もちろん当地でのオンラインショッピングはこれが初めてではないのですが、今まではこれと言って何の気づきもありませんでした。だが今回は注文の商品が手元に届き、そのすべてを確認するまでハラハラドキドキかつ疑心暗鬼のオンラインショッピングでいろいろ感じさせられましたね。まぁ結果はほぼオーライだったのですが、ご参考までにちょっとまとめてみたいと思います。

購入品の第一は、UnBoxUnBlock(テレビセットボックス)です。これは日本のテレビ番組をこちらで観るのに大変便利と言うことで、Sling Boxの補完用として購入しました。(誤ってUnBlockをUnBoxと書いてしまいました。お詫びして訂正いたします。2017.2.12)
次に購入したのはスマートフォンです。遅ればせながらついに買いました。以前も書いたことがありますが、私はこれまでスマホを持っていなかった。実はこれには理由があって、これがひねくれ者の真骨頂だろう思っていた(笑)のですが、先ず、余計なは1円も使いたくない、そして人と同じことはしたくない。

だからこれまでは、移住当日に買い求めたノキア製の安物携帯とアップル社のipod touch 6thの2台持ちだったんです。ボイスとSMSは安物携帯で、その他ラインを含むもろもろはipod touchで、と言う使い方で特に不自由はなかったのですが、ここに来てどうしても不便なことが起きたと言うか、状況が変わってきたのです。

その第一はWhatsAppです。このWhatsAppがipod touchでは使えない、いや他の人の電話番号を借りてセットアップする裏技もあるということですが、それは面倒。ご存知のように、当地におけるメッセンジャーアプリはこのWhatsAppが圧倒的多数。日本人同士ならLineで良いのですが、このLineはなぜか日本人と韓国人以外にはあまり知られていないマイナーなメッセンジャーなのです。

なのでどうしてもWhatsAppが使えないと不便だし、時には他人に迷惑かけてしまう。私の場合、昨年から続けているDBPマレー語研修所の先生と学生との間の連絡通信や授業の打ち合わせは全部WhatsApp、たまに宿題などの指示もこれで来る。WhatsAppを使えない私は、仲の良いサウジのクラスメートに逐一個別のSMSで送ってもらっている始末。

次にMapsme。昨年11月にスマトラに行った時も、私のipod touchでこの地図アプリが使えないことを、同行のドイツの友人にさんざん馬鹿にされた。そう、なぜかipod touchにはGPS機能がついていないのです。

そして最後はノキア製の安物携帯電話。この安物(3000円程度)携帯電話は、登録した電話番号データが3-4年も経つと突然消えてなくなることもある、などと根も葉もない噂話に怯えていたし、日本人相手のSMSに、アルファベットしか使えないものだから、わざと英文で打ったりローマ字で打ったりして、不思議に思われてしまってた。

購入品の第3はインクジェットプリンター。これは日本から持ち込んだキャノンのプリンターが移住後まもなく壊れ、当地でキャノンの正規代理店から購入したプリンターも最近壊れ(これは最初から調子が悪かった)、おまけに予備として持ってきたポータブルプリンターも、これはドライバーの更新ができない上に消耗品のインクカートリッジを調達できないものだから使えない。やむを得ず再度新しいプリンターを購入する羽目になったと言う訳なのです。

そして、スマホケースなどの小物類。最初は実店舗を見て回って購入しようかとも思ったのですが、私はこれがどうも苦手。なぜなら、こっちの店員はウザイ、シツコイ、シラナイ(商品知識がない)の3な”イ”が普通だから。。

なので今回は、先にネットで商品を特定、それを実店舗で現物確認し、併せて価格をチェック、そして安い方を購入しようと考えた。コレ、これまで圧倒的に衝動買い的手法が多かったひねくれ団塊としては、これは合理的な商品購入法ではないかと我ながらほくそ笑んでました。



さて、そこでネットショッピングですが、ご承知のようにここマレーシアにもショッピングサイトは山ほどあって、選ぶのに困るほどです。私は日本では主にアマゾン、時には楽天を利用していて、どちらにも満足していたのですが、ここマレーシアにはアマゾンも楽天もない。いや正確に言うと、アマゾンインターナショナルに注文すれば品物によってはマレーシアにも配達してくれるのですがすべてではないので使いづらい、楽天マレーシアは、2013年にオープンしたものの業績が振るわず僅か2年半で撤退してしまったので現在(2017年2月)はなし。

しかし天下の楽天も早晩撤退してしまったし、そして住商が鳴り物入りで参入したSOUKAI.myも早々にサイトを地元ベンチャーに売り渡してしまったようですし、いずれも日本品質を売りにした大々的なマレーシア進出だったはずが一体なぜなのでしょうね。

一方、そんな日本品質のショッピングサイトをものともせずに快進撃を続けているのが、シンガポール系のマレーシア最大のショッピングサイト、LAZADAです。月に20百万アクセスを誇り、2番手の韓国系11Street.comとともに、今やマレーシアのオンラインショッピングを席巻しているかのようです。

私はこれまでどちらかと言うとeBay.com.myとかLelong.com.myをなんとなく利用していましたが、今回は、このマレーシア最大のオンラインサイトで買ってみようと思ったのです。

LAZADA100.jpg

先ず最初のUnBoxですが、これは特に問題はなかった。注文の翌々日にLAZADAから出荷完了のメール通知が届き、その翌日には宅配業者(Pos Laju以外)が予定通りに届けてくれた。届いた商品も期待通りで、うん、これなら日本のアマゾンと大差ないなと思いました。流石はアジアのアマゾンと言われているLAZADAだなと感心してました。

それから約ひと月が経ち、すっかりLAZADAを気に入ってしまった私は、次の注文もそれから次の注文もLAZADAにしたのです。

ところがこれがどうも最良ではなかったようだ。結果として注文の商品は届いたものの、それに至るLAZADAのカスタマーケア(メール通知)が無茶苦茶で大いにストレスを感じた。どういうことかと言うと、注文受付と支払い受け完了メールはすぐに届くのだが、それから次に届くはずの出荷完了メールがいつまで経っても届かない。もちろん全部ではないが、多々ある。信じられないことだが、品物の到着後に送られてくる出荷完了メールも普通にあるのだ。

↓これは注文当日の夜にメールで届いた私のオーダーステータスだ。(↓クリックで拡大画面に飛びます)

lazada03.jpg

↑によると、1月17日(火)の午後2時に注文受付完了し、同夜6時には販売店にて包装・出荷準備完了となっている。これを見た私は、流石はLAZADA、やることが素早いと思った。この調子なら翌日18日(水)か遅くとも週内にはきっと届くだろうと安心したのだった。

ところが、翌日も翌々日も出荷完了メールが届かない。Web上のマイオーダーステータスも出荷準備完了でストップしたままだ。しかし私は、もともとこの商品の配達予定日は18日(水)~23日(月)となっていたので焦らずに待とうと思った。

しかし、その後20日(金)になってもまだ出荷完了メールは届かず、とうとう週明けの23日(月)となった。その日が配達予定の最終日だ。でもまだメールも届かず、オーダーステータスも出荷準備完了で止まったままだ。流石に私も焦った。堪らずカスタマーサービスに電話した。・・・・・そうしたらなんと、20日(金)には出荷完了していると言うではないか。え????出荷が完了してるならなぜ出荷完了メールが届かないんだよ?

カスタマーサービスの女性担当者は平然とこう宣った。「お客様、システム入力の反映には48時間ほどかかりますのでそれまでお待ち下さい。」な、な、なんと、私は耳を疑った。まさか、まさか、反映まで48時間もかかるシステム入力なんてあろうはずがない。じょ、冗談でしょ?と言ったら、彼女、ウフフと笑ったような、そんな気配がした後、突然ぶっきらぼうに、「お客様のメールに宅配業者の商品追跡番号を送るのでそれで確認して下さい。」とのことだった。

気を取り直した私は、まもなく届いた商品追跡番号を元に、宅配業者(POS JAJU)のウェブページで商品を追跡した。それが↓これだ。

lazada02.jpg

↑これによると、出荷準備完了(17日夜)の丸2日後の19日夜に集荷とあるのだが、丸2日も販売店の倉庫に眠っていたのか?どうも信じ難いが、まぁ良い。で、それからどうなった?その翌日の20日の昼と夜に2回、Pos Laju Puchongを出たとある。これも摩訶不思議だが、さらに分からないのは翌21日にはKLIA Hubを経由してBlickfieldsに行ってることだ。でもこれも良しとしよう。でも、ならなぜ21日(土)の午前中にBlickfieldsに着いているのにその日のうちに配達しない?(私の理解では、Pos Lajuの土曜配達は、月の第1土曜以外は平日同様の配達時間の筈だ) そして・・・・え、なに週明けの23日(月)に再度Blickfieldsについたことになっている。

いやはや、毎度のことながらPOS LAJUはいい加減でまったく訳が分からない。一体全体、私のスマホは今どこにあるのだろう。。

この後、私は当然、POS LAJUのカスタマーセンターに電話しましたよ。ところが何度かけても繋がらない。私もしつこく何度も何度もかけなおしてはひたすら応答を待ちましたが、とうとう根負けしてしまいました。

明らかなことは、私の商品はLAZADAや販売店の手を離れてPOS LAJUにあると言うこと。こりゃひたすら待つしかないな・・と諦めかけた23日の夕方、ひょっこりと配達員現るですよ。

いやぁ、疲れました。結果だけ見ると、23日中の配達は、予告のとおりだったのですが、それにしても品物が届いた後も、LAZADAのオーダーステータスはまだ出荷準備完了のまま。一体何なんだこれ??

それでも届いた私のスマホは期待に違わず上出来で、ひょっとして粗悪品を掴まされたかと一時は疑心暗鬼にもなっていたのだが、そんなこともなくすっかり上機嫌になった私は、今回の一連の気揉みも忘れて、また次々とLAZADAに注文するのでした。

zenfone3laser-680x485.jpg

しかし、↑をLAZADAに注文する前、ブキ・ビンタンのPlaza Low Yat(KL最大のITモール)に行って、現物をこの目で確認し、触りまくり、併せて価格をチェックしたのですが、10店舗ほど廻ってもLAZADAに勝る価格提示の店舗は皆無でした。なので、LAZADAで買おうと決めたのですが、Plaza Low Yatのある店舗では、LAZADAで売られている安価品は粗悪な贋物が多いんだよ、なんてことを言う店員もいて、正直言ってちょっと心配してました。

だから、ようやく到着した商品を目を皿のようにしてチェックしまくり、すべての機能の点検・確認を行いましたが、心配は杞憂でした。それで気を良くした私は、次なる商品、スマホのケース2個とインクジェットプリンターを続けてLAZADAに注文したのです。

1月25日にスマホケース(A)そして1月27日にプリンターとスマホケース(B)を注文し、LAZADAからのメールを待ちましたが、いずれの場合も、注文受付と支払い受け完了メールは即日届き、次なる出荷完了メールを待てとのこと。

ところがこの出荷完了メールがなかなかの曲者なのだ。もちろんまともな出荷完了メールもあるのだが、時には品物の到着後しばらくしてから出荷完了メールが届くなんてことも普通にある。卑近な例が問題のスマホ。品物が到着したのは1月23日なのだが、出荷完了メールが1月24日、1月30日には商品到着遅延のお知らせとお詫びなるメールが届き、2月2日に配達完了メールが届いた。

一体どうしたらこんないい加減な仕事ができるのだろうか?これがアジアのアマゾンのすることかと不思議でならない。それにしても許せないというか、相変わらずいい加減なのはPOS LAJUだ。以前にも書いたが、POS LAJUの仕事はまともじゃない。自宅で終日宅配を待っていたのに、郵便ポストに不在票が入ってるなんて、まったく普通じゃない。

私はブリックフィールズのPOS LAJUセンターで、このことについて何度もカウンター越しに文句言い、Complaint Sheetまで出したのになんらの改善がなさそうだ。TMにしてもPOSにしてもこれだけ肥大化した半官半民の組織の成れの果てなのかも知れない。

LAZADAにしてもPOS LAJUとの横繋がりが原因でこんないい加減なことになるのかも知れないが、これが原因で客が離れることもあることを知ってほしい。現に私は今回のことに嫌気を感じ、しばらくはLAZADAで買い物するのは止めようと思っている。

今後はやっぱりLerongかeBAYか、はたまた2番手の11street.comか、いやこれは多分ないと思うけど、いずれにしてももう当分LAZADAは止める。

以上、今日はオンラインショッピングでの私の最近の気付きについて書いてみました。

ではまた。。


マレーシア初となるMRT(Mass Rapid Transit=大量高速輸送鉄道)が昨年12月16日に一部区間開通しました。

このことは、日本経済新聞を含む内外のメディアで報じられ、かつ日本語、英語、マレー語などの多くのブロガーがこぞって記事にしていましたので、このことをまだご存じないマレーシア在住日本人の方はおられないと思います。

私ももちろん知ってはいましたが、ナジブ首相が、12月16日から1か月間の無料体験乗車をアナウンスしたことについて、主流のメディアが、これはナジブ首相から国民への嬉しいクリスマスプレゼントだ、などと持ち上げていることに嫌気がさして、わざと知らんぷりをしてたのです。

ところが元来、この種の乗り物が大好きな私です。MRTの高架下の道路を車で通るたびに、颯爽と走り去る新型のMRTを下から見上げてはちょっと悔しい思いをしてました。

そして、私の周囲でも無料体験乗車してきたことを自慢気に話す人たちが次第に増えてきて、もう今日で無料体験乗車が終わると言う1月16日、私もついに我慢が出きなくなって、遅ればせながら乗って来ました。

良く良く考えてみれば、ナジブ首相のこれ幸いとばかりの国民への人気とりの口上が気に入らなくての嫌気だったのですが、それならいっそ有料乗車にこだわれば良かったのに、それすらできなかった自分の貧乏人根性が情けないです。

ま、言い訳はともかくとして、思ったとおりの素敵なMRTでした。

今日は、そのMRTの乗車体験を読者の皆さんにも共有していただきたくて、MRTの前面展望動画を含みアップしましたので、ぜひご覧いただきたいと思います。

でもその前に、今度のMRTの全体像を日本経済新聞の記事を引用して紹介します。



日本経済新聞 2016.12.20.該当記事全文

■マレーシア 同国初の都市鉄道「MRT」の一部区間が開通した。道路の渋滞緩和と総延長51キロメートルの路線の沿線開発が期待されている。5年間かけて建設され、費用は210億リンギ(約5520億円)。当初の予想より20億リンギ抑えることができた。

ナジブ首相は開通式典で「MRTによりマレーシアは近代的で効率的な公共交通網を持つ先進国となる」と述べた。

MRTはクアラルンプール北西のスンガイブローから南東のカジャンを結ぶ。クアラルンプール中心部の9.5キロメートルの区間は地下を通る。同区間は建設大手MMCコーポレーションやガムダを含む国内企業連合が建設を担当した。

車両は独シーメンスが供給し、信号はカナダのボンバルディアが担当した。日本勢では明電舎が電力システムを提供し、三菱重工が線路に参加した。

無人運転の4両編成の列車は定員1200人。3分半に1本運行され平均時速は70キロメートル。1日40万人の利用が見込まれている。

15日に開通したのは第1期区間で、全31駅のうち12駅。全区間の開通は来年7月の予定だ。

「これまで公共交通は優先されていなかった」とナジブ首相は述べ、マハティール元首相が国産車プロトンに傾注しすぎたとの考えを示した。プロトンは1985年に登場したが、ほぼ同じ時期にシンガポールはMRT事業を開始していた。

マレーシアは2番目となるMRT路線の建設を始め、3番目の路線に関する実現可能性を調査している。これとは別にクアラルンプールとシンガポールを結ぶ高速鉄道計画なども発表している。

政府は国民1人当たりの収入を2015年の1万570ドルから2020年に1万5690ドルへ引き上げることをめざす経済改革計画を実行中で、MRT事業はその一部だ。(クアラルンプール=CK・タン)



記事中、MRTのPhase1の工費が当初見積もりより20億リンギも安くできたとか、マハティール元首相よりも自分のほうが先見の明があるかのナジブ首相のアナウンスメントは、金の使い方やその出所については数多の疑惑に埋もれている首相の発言なので、もはや多くの国民は信じてはいないのだろうと思いますが、案の定、経費の積算もれがあったための不正確な数値だったとか、国会などでは厳しく追及されているようです。また、今回の無料乗車が国民に対するクリスマスプレゼントだとか、気前のよい首相の大盤振る舞いだとか言う、この国の主流メディアの首相よいしょの文言は、逼迫する現下の国家経済状態においては大いに違和感ある文言だとは思いませんか?


さて、それはさて置き、わが町モントキアラからのMRTの最寄り駅はと言うと、バンサショッピングセンター近くのSemantanか、そのひと駅、西側のPBD(Pusat Bandar Damansara)なのですが、いずれも近くはありません。

どうしたものかと思案するうち、Feeder Busなるものがあることを知りました。Feederとは中継ぎとか連絡と言う意味があるので、これはMRT駅への連絡路線バスと言うことなのでしょう。

そのFeeder Busの路線が隣町のデサ・スリハタマスを通っているのだそうです。それにしてもなぜモントキアラは通っていないのかと突っ込みたくもなりますが、MRT の路線にしてもバス路線にしても、モントキアラはどうも蚊帳の外に置かれている気がしないでもありません。

幸いなことにわがコンドは、ゲートのすぐ前が190番(旧U7)の路線バスのバス停なので、車なしでも容易にモントキアラを脱出できるのですが、他のコンド、特にメインストリートとなるJalan Kiara沿いのコンドに住んでいる方にとってはまさに陸の孤島なのかも知れません。

で、今回のFeederバスですが、デサ・スリハタマスのどこにバス停があるかが問題です。

My Rapaidのウェブサイトで検索した結果、デサ・スリハタマスを通るFeeder BusはT818でわがコンドから一番近いバス停は↓ここのようです。

001_20170128184207ff9.jpg

バス停には↑のような看板が設置されているので容易に分かります。このバス停は名前をPlaza Cristelvilleと言い、名前からはまったくわからないのですが、デサスリで唯一のガソリンスタンドの近く、雑多なショップロットの前で、タクシー待合スタンドのところです。なんのことはない、最近仲間たちとよく行く韓国レストランDaoreの真ん前でした。

002_20170128184206ada.jpg

↑T818のバスは10から15分間隔で、MRTのPBD駅とデサスリを周回運行しているようです。もちろん時刻表はありませんが、わがコンド前の路線バスよりも頻繁な運行のようで、待つのもさほどの苦ではありません。

ただ、このバス停まで歩いてくるとなるとやっぱり汗をかきます。運行経路図から察するにもっと近くの場所で手をあげれはきっと乗り降りできるはずなので帰りに確認してみたいと思います。(帰りにバスドライバーに確認したら、経路上でならどこでも乗り降り可能だとのことなので、わがコンドからもっとずっと近くで乗り降りできそうです)

バスは、今日(1月16日)までは無料、明日(1月17日)からは1リンギだそうです。運行時間も早朝から深夜までと十分ですし、これは使えるかなと言う気がしましたね。

デサスリを出発するとこの新型バスは、サイエンス・ネガラを左に見て、ブキット・キアラを通りPBDのバスターミナルに到着します。その前にSemantanの近くも通るのですが、MRTに乗るにはこのPBDが絶対有利です。なぜなら、PBDのこのバスターミナルはMRTの駅に隣接していて、雨でも濡れないように屋根付き連絡通路とエスカレーターで行き来できるからです。

↓ここがPBDバスターミナルです。後ろがMRTのPBD駅です。

003_20170128175918ba5.jpg

↓これが新型バスです。

004_201701281759173e6.jpg

↓このターミナルからはT818のほかに、PBDとKL SENTRALを結ぶT819が発着しているようです。と言うことは、7月のPhase2を待たずともKL Sentralまではバスの乗り継ぎで行けると言うことですね。

005_201701281759168fb.jpg

バスを降りたら屋根付き連絡通路から↓このロングエスカレーターに乗ります。

006_20170128175915fb4.jpg

そして↓屋内連絡通路を抜けると・・・

007_2017012817591424d.jpg

そこは高架のPBD駅です。そして↓は自動改札を入ったところですが、見てくださいこの広々としたスペース。。

008_20170128175914a86.jpg

↓ここはプラットホームです。

009_20170128175809aca.jpg

もちろんホームドア(自動転落防止柵)も完備されていてなかなかのものです。

010_20170128175809234.jpg

↓これがMRTの新型車両です。中国製造との情報もあったのですが、日経新聞によるとドイツ製だそうです。

011_201701281842090ac.jpg

↓これは路線の車内情報ボードですが、グレーで彩色された部分が未開通で、この7月に開通するのだそうです。市内中心部を突き抜けてKajangまで一本で行けるということです。

015_20170128175805cdd.jpg

↓車内の様子です。

012_20170128175808387.jpg

↓MRTは他の交通路線よりもいちだん高い高架を走るため、見晴らしはとても良いです。

013_201701281758071de.jpg

↓このように普段は森に遮られてあまり目にすることのない墓地なども良く見えて、へぇーこんなところにお墓があったんだと思ってしまいます。

014_20170128175806a9f.jpg

それにしても、このMRTはコンピュータによる完全自動制御なので、運転席もないし運転手もだれもいないんですよ。おかげで前方の見晴らしが、架線や架線柱もないのでとても良いのですが、線路上の障害物などはどうやって識別するのだろうかとちょっと不安な気もします。

見て下さい、前も後ろもこれこの通り。大きなウィンドウがあるのみで運転手さんはいません。

016_201701281842085b5.jpg

そんな視界の良い最前席に陣取って、撮り鉄よろしく前面展望を撮ってみました。最初の1本は、Kwasa Sentralから終点のSungai Bulohまで、各駅での停車間を切り取って、約6分半。次の1本はSungai Bulohからの帰り、Kota Damansaraから降車駅のPBDまでを、これも各駅の停車間を切り取って約12分半ほどありますが、もしよろしければご覧ください。このほど新設されたクアラルンプールのMRTの乗り心地や見晴らしを、この前面展望動画で体感していただければ嬉しいです。なお、HDにて撮影していますので、ネット環境が許すなら、ぜひ大画面ディスプレイにてご覧いただけれぱと思います。

↓Kwasa Sentralから終点のSungai Bulohまでの前面展望動画(6分34秒)



↓Kota Damansaraから降車駅のPBDまでの前面展望動画(12分42秒)



いかがでしたでしょうか。なにかのご参考になれば幸いです。

ではまた。。



突然ですが、↓の写真は、今月(2016年10月)からいよいよ私のマレー語学習の正念場となったDBPの正面エントランスです。

VE150005b.jpg

DBPとはDewan Bahasa dan Pustakaの略で、英語で言うとInstitute of Language and Literatureとなりますが、つまりこの国の国語であるマレー語と関連図書に関する政府(教育省)の研究・:研修機関です。

正面から見上げると、↓こんなに大きくて背の高いビルです。私が通うDBPアカデミーはこのビルの7階にあります。

015_20161017100614d9a.jpg

実は、いつまで経ってもモノにならない私のマレー語のことを、YMCAのマレー語の先生に相談したところ、ならば絶対DBPアカデミーで学習すべきと熱心に勧められ、YMCAのクラスメート(サウジとイラクとタイのクラスメート3人)と共に今月初めから、週2日、ここの外国人特別コースに通っているのです。(YMCAの先生の特別の計らいで入れてもらいました。Cigku Rに感謝です)

このDBPのことについてはまたあらためてその詳細と私やクラスメートの進捗状況を書きたいと思いますが、外国語の習得と言うものは、特に年を取ってからは思った以上に大変だと言うことを最近身に染みて感じています。

憶えてもすぐ忘れる、1つ憶えても2つ忘れるなんてことは当たり前。嘘のようだけど私のような爺連(ジジれん)の場合は嘘じゃない。でも、だったら何も憶えられないではないか、などとツッコミまないで欲しいけど、だ・か・ら、、学んだらすぐ使う、忘れる前にすぐ使うを実践しないといけないのです。

当たり前のことですが周りにはマレー語会話の対象は山ほどいます。どこに出かけてもマレー語が通じないところはまずありません。マレー語はこの国の国語であり共通語なのでれっきとしたマレーシア人なら、中華系もインド系もひととおりのマレー語はできますし、周辺国からの出稼ぎ労働者でも片言は通じます。

しかしそんな彼らが、私の拙いマレー語の誤りを的確に指摘してくれるかと言うと、それはほとんど期待できません。彼らのマレー語も私と似たり寄ったり (文法も語彙も無茶苦茶) なので、そういう時には餅は餅屋、マレー語はマレー人に限るのです。

だからマレー人の友人を、年齢性別問わず、できるだけ多く作るのが良い。そして憶えたばかりの語彙やフレーズを使い、Face to faceで、電話で、Lineで、そしてtextで会話してみる、何度も何度も使ってみる、間違いがあれば正してもらう。これに尽きるのではないかと最近真剣に考えています。



そこで今日の主題の連邦モスクの登場です。

実は先日、ひょんなことから自宅からすぐ近くのKL連邦モスクのガイデッドツアーに、友人たちと共に参加する機会を得ました。

私はこの国のモスクの秀麗な外観や内部の美しいイスラム模様などに惹かれ、これまでいくつもの主要なモスクを訪問してきましたが、唯一、このKL連邦モスクだけは、自宅からあまりにも近いためいつでも行けるという思いで今まで訪れていなかったのです。

しかし今回参加してみて、このガイデッドツアーの素晴らしさに正直驚きました。モスクの施設の広さや豪華さもさることながら、普通、お祈り時間帯のモスク見学はお断りと言うモスクが多い中で、この連邦モスクはなんと、ムスリムの方たちがお祈り中のメインホールにガイドさんが案内してくれて、丁寧にお祈り作法の説明までしてくれるではないですか。

ガイドさんの説明はもちろん英語なのですが、私の拙いマレー語での質問にもきちんとしたマレー語で答えてくれる。そして、そのうちガイドさんチームの一人の男性の方が、いつの間にか私専属のマレー語ガイドとして付き添ってくれ、お陰で私としては意外なところでマレー語の実践練習ができました。

そしてツアーが終わった後の帰り際に、件の男性ガイド氏(R氏)の求めに応じ、お互いのコンタクトナンバーの交換をしたのですが、その際、R氏から、今後喜んでマレー語練習のパートナーとなるのでいつでも都合の良いときにモスクに来て欲しい、もし良ければ自宅にも、との意外で嬉しいお話でした。

私としては、自宅に最も近い連邦モスクで、私の好きな日時にマレー語実践練習をやりながらイスラム文化の象徴のようなモスクの学習ができるならこんな素晴らしいことはありません。(その後、M氏から2度ほど電話でお誘いを受けたのですが、私のスケジュールが合わず未だ再会叶わずですが)



さていつもの癖で前置きがちょっと長くなりましたが、今日はKL連邦モスクの素敵なガイデッドツアーを紹介したいと思います。

↓は、先日来ブログのトップに据えている画像ですが、連邦モスクのメインプレーヤーホールです。ちょうど午後1時過ぎからのお祈り(Zohor)が始まるところです。

001_201610170952323ab.jpg

↓は連邦モスクの正面エントランスです。余りにも大きすぎてその全体形状が良く分かりません。

002_20161017095231dba.jpg

なので↓は、連邦モスクの全体像を知ろうとインターネットから拝借した写真ですが、このモスクの尋常ではない大きさが良く分かります。

012_20161017095121536.jpg

これは、正面エントランスから中に入ったところのモロッコスタイルのベランダです。どこのモスクもそうですが、供門(Archway)を吹き抜けるそよ風と磨き抜かれた大理石の冷や冷やした床がとてもいい気持ちです。

003_20161017095210fe7.jpg

メインプレーヤーホールです。天井のドームはこのモスクの最大ドーム。高さと言い大きさと言い申し分なしです。モスクはこのメインドームの他、計22個のサブドームがあるのだそうです。

005_20161017095209163.jpg

↓メインプレーヤーホールに吊り下げられた巨大なミラーです。夜間は周囲から4本のライトビームがミラーに反射しそれはそれはきらきらと明るく輝くのだそうです。

006_20161017095209592.jpg

↓カメラをズームインしてみました。今日は平日木曜日なのでお祈りする人々の数は多くありません。座る人々の前に導師(IMAM)が立っています。真ん中のミフラーブ(Mihrab=壁の窪み)が礼拝の方向。右端にはミンバル(説教壇)が見えています。

006-1_2016101709520840d.jpg

↓コートヤードから見るメインドームです。

007_20161017095208540.jpg

↓2階のテラスから庭を見下ろしています。

008_20161017095207563.jpg

↓モスクの外側南角から南西方向を見ています。

009_20161017095122ab4.jpg

↓同一場所から北東方向、正面エントランスを見ています。

011_201610170951219ac.jpg

↓2本のミナレット(尖塔)のうちの1本です。

010_2016101709512226d.jpg

これ↓は、私が撮ったものではなくネットから拝借した写真ですが、次回はぜひこんな美しい夜景の撮影にチャレンジしたいものです。

013_20161017095120df3.jpg

↓最後に無料ガイデッドツアーのリーフレットです。

014_2016101709511997a.jpg

見学時間は午前10時から午後6時まで毎日OK。ただし断食明け大祭(ハリラヤプアサ)と犠牲祭/聖地巡礼際(ハリラヤハジ)当日はお休みだそうです。イスラム教のお祈り時間内も見学可とありますが、ここは他のモスクと異なるところですね。

親切にもKLセントラルとセントラルマーケットからのRapid KLの路線バスナンバーも記載されていますが、残念ながらこれは旧い番号のようです。また、なんとGPSの座標もあります。そうそう、なんとこのモスクの施設内ではWifi接続OKなんですよね。なんとも洒落たモスクじゃありませんか。

近年、世界はIS国によるテロ攻撃などが相次ぎ、非ムスリム圏の人たちのイスラム教国やムスリムを見る目には一段と厳しいものがあるのは事実です。またマレーシアは穏健イスラム教国だとの評価はあるものの、在住日本人の方の中には不安を感じている方もおられる筈。でも百聞は一見に如かずです。

ぜひみなさんも連邦モスクのガイデッドツアーに参加して、モスクのこと、イスラム教のこと、ムスリムの方たちの毎日のライフスタイルのことなどを目で見て耳で聞いて、マレーシアのモデレート(穏健)なイスラム教文化に触れてみませんか。

ツアー中、マレー語を学習されている方は是非マレー語でなんでも質問してみて下さい。喜ばれること間違いなしだし、マレー語の実践練習にもなりますよ。

グループでのツアー参加の事前予約は+60 3-6201 8767または8791へどうぞ。ではまた。。




最近ますますブログの更新が遅れ気味で、毎回(;´・ω・)(;´・ω・)です。と言っても、誰にせっつかれている訳でもないので、焦る必要もないはずなのですが・・・・

しかし私にもある種のこだわりがあり、書き物の内容をあまり薄っぺらにしたくないと思っているのです。

自分でこれはと思うトピックだけ (これは私の興味の対象が極く限られているのでもちろん万人向けではないのですが) に絞って取材し、体験し、感想や意見を含めて記録して、ちょっと大袈裟かも知れないけど、単なる日記としてだけでなく、この私と言う人間のライフスタイルや考え方などを、私が生きた証として子や孫に遺したい、、、なんて大層なことを考えていたりしてるんですけど。。。

でも、子や孫が、そんなの要らない、銭だけ遺してくれればそれで良いって、思っているんじゃないかと、最近ちょっと弱気かも、です。

ま、そんなことはさておき、今日は私の好きなマレーの伝統文化のお話です。

私は、以前からマレー半島やマレー民族の歴史や伝統文化に人一倍の興味があるのですが、最近(8/29)またひとつ、新たな興味の対象との出会いがありました。

実は、私の親しい友人の一人(※)のイスラム国際大学図書館のAnieに、自身の出身大学のUPM(Univ.Putra Malaysia)構内にあるMuzium Warisan Melayu(マレーヘリテージ美術館)に連れて行ってもらったのです。 (※私はフラットな友人関係と思っているのですが、彼女はいまだに私のことをCikgu(先生)と呼びあくまで師弟の関係を維持していたいようです)

Muzium Warisan Melayuは、Anieの前口上どおり、国立モスク傍のイスラム美術館とはまた趣の異なるコンパクトな美術館でした。でもコンパクトな割には内容がとても充実していて、その名(Warisan=遺跡)に恥じずマレーの文化遺跡の宝箱のようなところでした。

そんなMuzium Warisan Melayu@UPMは、もちろん私のお気に入りナイスプレイスのひとつとなったのですが、先月の始め、FB(フェイスブック)でこんなチラシが目に留まりました。

warisanmelayu003b.jpg

Kerisとはマレーの伝統細工の短剣のこと、Budaya Warisan Melayuとはマレーの文化遺産のことです。イベントの内容を見ると、kerisやマレーの伝統的な武器に関するセミナーや展示即売とか、マレーの古武術であるSilat dan Seni Beladiri(シラット&マーシャルアーツ)の武闘展示などは、私の興味の対象バッチリで、しかも入場無料と来ればこれはもう見逃す訳にはいきません。

と言うわけで、10月2日(日)のイベント最終日、暇つぶしを兼ねて出かけてきましたので、以下はそのリポートです。

朝9時オープンと言うので、10時ちょっと前に着いたのですが、イベント会場の美術館横広場はもう既に大勢の人混みです。(よく観察してみるとほとんどがマレー系マレー人)

02_20161009010425427.jpg

期待したとおり、8月末にAnieと来た時には一部しか入れてもらえなかったマレー伝統家屋4軒すべてが一般開放されています。これ↓はぺラク州から移築したと言う伝統家屋。

003_20161009010424b23.jpg

これ↓はパハン州から移築したと言う築97年の伝統家屋、え?ちょっと待って。中からなにやら賑やかな声が聞こえています。

004_2016100901035895e.jpg

よく見ると玄関への上り口にはたくさんの履物が脱ぎ捨ててあるけどなにやってんだろう・・・

ちょっと失礼、、、、ほほう、なぜか細長い構造の部屋には大勢の若い女性たち、、、こ、これ、なにしてるんですか?って、ニッポン代表ひねくれ親爺、おくびれもせず尋ねてみたところ、Congkak(チョンカ)と言うゲームなんだそうです。

005b.jpg

女の子たち、キャッキャッ言いながら一生懸命このオジサンに教えてくれようとしたけど、こっちは真面目に覚えるつもりなど毛頭ないので適当に聞いているもんだからチットモ理解できず。。そのうち、アンクゥ(叔父さん)もやってみる? なんて言われて、イ、イヤ、今日はいろいろ忙しいんでって、ごまかして、そそくさと隣の部屋に退散しましたとさ。

006_20161009010357137.jpg

↓さっきの部屋と棟続きの隣の部屋です。こっちは結構広くて天井も高いしゆったりしてる。

007_20161009010357059.jpg

おや? この部屋の隅にある下が覗けるほどの隙間は何? 良く観察してみると、床材がここだけ傷んで、半ば腐食しかけているいるような、、、ハテ????

008_201610090103565ba.jpg

説明係の人に聞いてみてびっくり。なんと↑の隙間は夜のおしっこ用の隙間なのだそうです。え、子供用の? いやいや大人も使いますよって。。。なるほど夜間のおしっこトイレか、どうりでね。しかしこんなところにも本物の傷んだ床材を使ったなんて芸が細か過ぎじゃん。。

さて、↓は伝統工芸品の即売場兼武技などの展示場です。砂地の地面に刺しただけのような急拵えのような門をくぐると、そこは、いろんな食べ物飲み物屋台やお土産屋台、それにkerisや工芸品の製作実演屋台などの楽しそうな屋台がいっぱいで、まるで村のお祭り広場のようでした。

009_2016100901035671c.jpg

伝統伎の火おこしを実演中の、いかにも私が村の長老だ、と言う感じの白髭爺さんです。私が余りにもジロジロ眺めているものだから、あんたもやってみるかい?と突然、"変な外人"の私に振ってきました。なにも難しいことはないから怖気る必要はない、と盛んに勧めてくるもんで、んじゃぁちょっとだけね、なんて見よう見まねでやってみたけど実に簡単。こんなのサルでもできる。だって最初から火が付いていたし、あとはフイゴのような道具で空気を送ってその火を大きくするだけだったからね。

009-1b.jpg

爺さんに、ワタシ、ニッポンジンだよ、ニッポンから来たんだよって言ったら、え、マレー人かと思った、顔がオレと同じくらい黒いし、、だと。この爺さんなかなか冗談きついよ。。

010_201610090103115ec.jpg

これ↑、田舎の村祭りを思い出しました。笛と太鼓の賑やかな祭り囃子のようですが、それにしてもなんで爺さんばっかなの?? これって何処の国も同じで今どきの若者はこんなことやりたくないってことかなぁ。。



↑でも、そんな祭り囃子のようだけど一本調子で単に喧しいだけの囃子を聞いてたら、なにやらマレーの若者が二人、Keris(短剣)をもって中央に登場です。すると、さっきの白髭爺さんがわざわざ私の傍にやって来て、なにやら説明し始めたんでちょっと驚いたけど、どうやらこれからクリスの闘いが始まるのだそう。おー、いいねぇ。。んじゃと思い、チェンドル屋台で買った氷菓子食いながら片手でムービー撮りました。ほんのさわりの場面だけ、1分程度に短くしてありますのでぜひご覧ください。

↓は、Kerisの展示即売です。お、格好いいじゃん、一本土産に買って帰ろうかといつもの衝動買いの虫が一瞬起きたけど、いつもこれ(衝動買い)で失敗してるしなとちょっと考えて止めました。

011-2.jpg

↓は、鉈 (なた)の研磨実演と研磨した後の切れ味の実演です。こんな分厚い蛮刀で、ティッシュのような柔らかい紙が綺麗に切れることにはちょっと驚きましたね。

011-3.jpg

↓お祭り広場の一角で談笑するマレーの男衆です。今日はみんな民族衣装なんですねって、みなさんブラコン(俳優)ですかって、声かけしたら、一同あっはっはーと大受けでしたね。

011-4.jpg

この後私は、お祭り広場のラクサ(マレー辛麺)屋台で腹ごしらえをしてから、またまたインタビュー開始、なんて書くとどこぞのルポライター気分ですけど、周りは皆純正のマレー人だらけなので、実は私のマレー語会話の実践練習にはうってつけなんです。

011-6c.jpg

早速、メイン会場におられたこのお二人↑に声かけました。ワオ、チャンティ(綺麗)!!って小さく、でもわざと聞こえるように言ってあげたら、二人とも満面の笑み。そしてこれこのとおり、こっちが特にお願いしなくても、カメラの前で様々なポーズをとってくれました。私は着ているドレスがチャンティ(綺麗)と言ったつもりなのに、なにか勘違いしたようですね、この二人。

↓この方にも、あなたはブラコン(俳優)ですかと声かけしました。どうも大概のマレー人はブラコンが好きのようですね。喜んでいろいろ話してくれる。こっちが聞いていないことでもぺらぺらと良く喋る。今日は家族と遊びに来たんだけど、この貸し衣装が気に入ってなんか本当にブラコンになった気分だよって。

011-5c.jpg

↑えっ、これ貸衣装なんですかって聞いたら、そう、ほらあそこのテント、あれ写真スタジオのテントだからエンチッ(あなた)も行ってみたらどうですかって・・・・

うーんなるほどね、なんだ貸衣装だったんだ・・・

いや皆が皆、貸衣装じゃないかも知れないけど、この民族衣装って言わばマレーの礼装だしね、何枚も自前の衣装持ってる人は持ってるんですよって、説明してくれました。

↓ここ写真スタジオのテントです。中を覗いてびっくり。思ったよりも本格的じゃないですか。おぉ、貸衣装もズラリ、クリスなどの小物もズラリ。そしてプロの写真屋さんがいろいろと振付まで助言してくれてる。

012_201610090102192fb.jpg

こりゃいい。よしじゃオレもやろうと、列に並んで受付を待ちましたが、その間にもらったチラシがこれ↓です。戦士にも女戦士にも虎使いにもなれる。衣装と小物を選び、背景を選んで、はいパチリなんだそう。。

画像データ(PDF)だけなら10リンギ(260円)、画像データ+A4プリントは15リンギ(400円)、そしてそれにフレームと飾りを付けたら25リンギ(650円)なんだって。。なんだ、この辺りにうろうろしてるブラコンはみんなこれだったんだね。。

013_20161009010218285.jpg

そして出来上がりがコレ↓です。大恥を忍び、思い切ってアップします。今思えば戦士にすれば良かったかなぁなんて思ってますけど。。

014_20161009010218f23.jpg

ちなみに私のは飾りフレームにリボン付きの立派なものです。でも家に持ち帰ってリビングに飾ろうとしたらなぜか即却下され、今は我がスタディルームの片隅で悲しそうにしてますけどね。

こんなひねくれ団塊親爺、どうぞ馬鹿にして下さし。そして笑ってやって下さい。。そしたらますますひねくれますから。。

ではまた。



本年1月19日付のブログで、ピーター・ホー・ビヨンドと言うKLの人気手芸店へのアクセスなどを紹介しましたが、先立って、店舗が既に元の場所(チャイナタウン近く)にはなく新しい場所に引っ越ししたらしいと親しい友人から聞かされました。

早速1月19日付のブログには、引っ越し先が分かり次第、情報をアップデートしますと追記しましたが、インターネット情報と言うのはこれこのとおり、その情報の管理者(情報の転送者を含む)がアップデートしない限りは、古い情報でも誤った情報でも、いつまでもそのまま放置されているわけで、このことは私が以前から危惧していることのひとつです。

玉石混淆(ぎょくせきこんこう)とはまさにこのインターネット情報のことを言い得ていると思うのですが、このインターネット情報を活用するには、星の数ほどある同類の情報の中から、どの情報が正しいのか、的確なのかを探し出し見極める力が必要です。

中でもその情報がいつの時点の情報なのかを知ることは基本中の基本です。が、しかし、それがなかなか分からない、すぐに判断できない場合も少なくなく、まさにこれがインターネットの情報リテラシー(情報活用力)の難解さであり、リスクであると私は思っています。

例えば、今回のピーター・ホー手芸店の新店舗情報を知ろうとして、"Peter hoe KL"というキーワードでgoogle検索してみると、:検索結果として現れた英語や日本語ページの1ページから4ページまでがすべて古い店舗の情報でした。つまり先頭から約40件ほどが古い情報のままだったのです。情報の管理者サイドに立てば、ことほど左様に情報の不断のアップデートなど容易なことではないのです。

もちろんこの古い情報の中には私のブログ情報も含まれているので、偉そうなことは決して言えないのですが、これらの古い情報を古いとは気づかずに使用する利用者もいるわけで、インターネット情報の信頼性がいつまでも新聞や雑誌などの活字版情報に劣ると言われている所以だと思っています。

他方、これらの情報を活用する側からみれば、その利便性はこの上ないものなのですが、そのためには、インターネット情報は玉石も新旧も混淆であるとの前提に立ち、先ず新旧の情報を篩にかけるのが良いでしょう。私はブラウジングにグーグルクロームを使っていますので、私の場合は、検索オプションから最終更新の期間を絞り込む方法をとっています。

もちろん場合によっては古い情報が必要な場合もあるわけですが、その場合も更新時期を指定して絞り込む方法は大変有効です。

さて、情報リテラシーに関して言いたいことはまたまだあるのですが、この先は次回に譲るとして今日は肝心の新ピーター・ホー手芸店の情報をアップデートしたいと思います。

以前の場所は、チャイナタウンの近く、セントラルマーケットからも近い位置にありましたが、このたび、先月(8月)、シェラトン・インペリアル・クアラルンプールホテルのすぐ傍に引っ越ししたのだそうです。

↓ここはジャラン・スルタン・イズマイルです。左に見えているクイルショッピングモールの対面にあるシェラトン・インペリアル・クアラルンプールホテルのすぐ西側道路(この写真では右手前)の向かいがピーター・ホー手芸店のさんの新店舗です。

peterhoe01.jpg

ジャラン・スルタン・イズマイルはマジュ交差点方向から車で来ると、シェラトンホテルの前で右折はできないので、その先でUターンして戻ってくる必要がありますが、これはUターンして戻ってきてからホテルの西側道路(Jalan Doraisamy)に左折したあとで、後ろを振り返ってジャラン・スルタン・イズマイル見ているところです。モノレールの高架の向こう側がクイルモール、手前右側がシェラトンホテルです。

peterhoe02.jpg

↓再びまわれ右をして前を見ています。ここがシェラトンホテルの西側道路向かいのThe Rawです。2階建ての細長いしゃれた建物です。

peterhoe03.jpg

↓ピーター・・ホーさんはここの2階です。入り口ドアに貼り紙があります。

peterhoe04.jpg

↓ドアの貼り紙をアップして見ています。どうやら新ピーター・ホーさんは手芸店にカフェが併設されているようです。

peterhoe05.jpg

↓入り口ドアを入ったところです。ピーター・ホーカフェのメニュー看板を通り過ぎて奥の階段を上ります。

peterhoe06.jpg

↓階段途中から2階を見上げています。左側が手芸店の店舗、そして右側がカフェのようです。

peterhoe07.jpg

peter hoe at the rawです。小洒落たセンスの良さを感じます。

peterhoe09.jpg

↓手芸店の店舗入り口(赤いドア)です。

peterhoe08.jpg

↓以下、新店舗内の写真をアップします。店内には既に何組かのお客さんがおられました。日本人の方以外にも欧米系の方や地元の方たちもおられるようでした。

VE250012_R.jpg

VE250014_R.jpg

VE250015_R.jpg

VE250016_R.jpg

VE250017_R.jpg

VE250018_R.jpg

以上がクラフトショップ内。次はピーター・ホーカフェです。

VE250019_R.jpg

↓peter hoe cafe at the raw

VE250020_R.jpg

VE250021_R.jpg

VE250022_R.jpg

VE250023_R.jpg

VE250024_R.jpg

↓カフェからクラフトショップへの抜け道(?)ですね。こちらのドアからショップとカフェを行き来できるようです。

VE250025_R.jpg

以上、ピーター・ホークラフトショップおよびカフェ情報のアップデートでした。ここでお断りしておきますが、実は私自身はこのような手芸店になんらの興味があるわけではありません。手芸小間物とか布地だとかボタンだとかいろいろ聞かされても、見せられても何が良いのやらさっぱり分からないのです。すべてはMy better halfの興味です。

手芸は日本に暮らしているときからのMy better halfの唯一の趣味でしたが、こちらに移住後はそれがますます昂じて、もうほとんど生き甲斐状態となっているようです。布絵本やパッチワークそれに手芸小間物などの過去の手芸作品を眺めたり、これから創る手芸作品を考えたり、デザインしたり、そして、一心不乱に手芸制作に没頭しているときのMy better halfが傍で見ていても一番幸せそうです。

彼女を半ば強制的にこちらに連れて来てまもなく4年になります。ここマレーシアでの生活には大分慣れてきたとは言え、まだまだ多くのストレスを感じているような毎日の様子を不憫に思い、かつ痛切に責任も感じている私です。なのでMy better halfが手芸を語るときや、手芸作品を眺めたり、買ったりしているときの楽しそうな、幸せそうな表情や仕草に私はどれほど安堵することか。。

例え夫婦といえども異なるライフスタイルがあって当然と私は思っています。異なるライフスタイルをお互いリスペクトし合い共に仲良く、健康に暮らすのが老後の夫婦のあり方ではないかとも思っています。だから私はMy better halfの手芸を最大限にリスペクトし、そのために私にできることはなんでもやろうと心に誓っているのです。

そんなことを考えながら、ピーター・ホーを後にしましたが、↓目の前の路地(シェラトンインペリアルホテルの裏の路地)の向こうにツインタワーが見えているじゃありませんか。周囲ともマッチしてなかなか洒落た景観だと思いませんか。。

VE250036_R.jpg

車を駐車したJalan Doraisamyの奥の方に向かって歩いていたら、左側に面白そうな↓インディアンレストラン見っけ。。

VE250031_R.jpg

どうやらThe Basement club KLというインディアンクラブ(ナイトクラブ)のようです。良く観察してみると、まだ明るいのにもう開店しているような・・・・・おほっ、タイガービール10リンギだと、こりゃイイ。最近はボリウッドの映画や音楽にもにわかに興味が出てきた私ですので、やっぱりピーター・ホーよりこっちがいいか、、、と内心思いましたね。

VE250032_R.jpg

あれ、↓ここにもあるぞ。えっと、ここはMain Room KLと言うナイトクラブだって。そっか、この辺りは、マスジッド・ジャメ駅にも近いしそごうデパートにも近いし、ブリックフィールズと並ぶKLの2大インド人街なんだね、、、、と今さら気づくおバカな私なのでした。よし、次はこの辺りをじっくり歩いてみて、旨いタンドリーチキン屋でも探してみようと、密かに思っています。

VE250037_R.jpg

ではまた、ごきげんよう。。



クアラルンプールから車で約2時間、マレー半島縦貫高速道路 (NSE)を約150キロほど南下するとそこは世界遺産登録の町・マラッカです。

マラッカは、太平洋とインド洋を結ぶ海上交通の要衝・マラッカ海峡に面した天然の良港で、昔から(と言っても1390年頃からですから日本で言えば室町時代頃からですね)東西交易の中継地として栄えた古都でマレーシア発祥の地とも言われています。

爾来、ポルトガル、オランダ、イギリスと、入れ替わり立ち代りの植民地支配を受け、また一時期、旧日本軍の軍政下にも置かれたマラッカには、各時代の面影を彷彿とさせる多くの歴史的な建造物などが今に遺り、2008年にはユネスコの世界文化遺産に登録されました。

東南アジア、特にこのマレー半島の歴史や伝統文化に目が無い私は、もちろんもう幾度となくこの地を訪れ、そらでガイドも出来るほどになったのですが、今まではすべて日帰り旅行で、夜に訪れたことはありませんでした。

ところが今回、日本からはるばる訪ねてきてくれた妹夫婦に同行し、初めて夜の古都を訪れてみて、昼間とは趣の異なる新たなマラッカにも魅せられてしまった私です。しかし、今回は限られた時間なのでホンの一部だけ。なので、いつかまたじっくり時間をかけて巡ってみたいと思っています。

何枚か写真を撮ってきましたので順にアップしてみます。

↓これは昨晩から本ブログのトップに据えている写真です。セイント・ポールの丘からマラッカ海峡方向を見ています。

01.jpg

↓同じ写真ですがカメラをやや左に振っています。

02.jpg

↓後ろを振り返ると、右手首のないフランシスコ・ザビエルの像の足元で、なにやら地元のアーティストと称する男性が自作の絵を売っていて、妹たちが熱心に作品選びをしています。しかし、まぁ、一枚僅か10数リンギの代物なのでどうでも良いとは思うのですが、明らかなコピー作品で原価1リンギ(30円以下)もしていないだろうにと、私はまるで他人のように冷ややかな目で眺めてました。

03.jpg

↓夜のオランダ広場です。昼間は観光客でごった返す超有名なアトラクションポイントですが、流石に夜は人影もまばらです。

04.jpg

↓マラッカ名物のトライショーのお兄さん(おじさんかも)たちが電飾をオンにしながら客待ちをしています。バッテリー上がりが心配だろうに、大変だね、お疲れ様、と声掛けたくなった優しいひねくれ団塊なのでした。

05.jpg

↓次に、夜のリバークルーズと洒落てみました。昼間は何度も乗っている私ですが夜は初めてです。乗船券売り場で一人21.8リンギ(6%GST込み)と言われ、えっなんで?と思いましたが、今日は日曜日だから高いんですって。で、でも、おかしいよなぁ、今までは一度もそんなこと言われたことなかったし、いつも15リンギぐらいじゃなかったかなぁ。。あ、そう、なら、シニア割引はないの?とやや払いたくない意思表示をしてみましたが、これはあえなく却下。(マレーシア人の場合はシニア割引もあるらしい)

こんな時、なんで外国人だけ高いんだよ、なんで外国人だけシニア割引がないんだよ、っていつも思います。だって、このリバークルーズもマレーシア人は平日たったの10リンギ(税別)、でも外国人は15リンギ(税別)ですよ。

06.jpg

あのKLタワーだってそうだ。最近またまた値上げしたらしく、なんと外国人は52リンギ(税込み)になっていた。(ちなみにマレーシア人は32リンギ)実はそのKLタワーに、今日の午前中、妹夫婦を案内したのだが、みんな60歳を超えているのでシニア割引を申し出たところ、外国人はダメだとの冷たい返事。え、だってこの前来た時は日本人ならOKだって全員(8人)シニア割引してくれたじゃないか。。

この前のことは知らないが、ダメなものはダメ、規則だからね、とノタマウおにいちゃん、うっ、うううう。。いやね、たかが10リンギぐらいどうでも良いんだけどね、シニア割引してくれなかったり、してくれたり、たまに間違えた振りして運転免許証出してみたら、マレーシア人扱いになってめっちゃ安い入場料で入れたり、入れなかったり。。

07.jpg

あのサー、あんたたちサー、その場その場で言うことが違うんだよね。ウェブサイトに書いてあることと、カウンターで言うことが違うんだよね。そんでサー、こっちがしつこく食い下がるとたまに面倒くさがって、んじゃ、いいよって言ってくれるじゃん。。こういうことって、結局、、、い、いい加減だってことなんだよ。

08.jpg

超レイジーなくせにいい加減ってんじゃ浮かばれないぞ。思い出しついでに言わしてもらうけど、この前、ワンウタマのイオン・ジャスコに行った時、家庭用品売り場の最奥のちょっと見えないところにある売り物の二段ベッドの下段で、店員の誰かが隠れて寝てたよね。靴が見えたからなんだろうと思って覗いたら、店員がこそこそ逃げてったよ。胸のネームタグ見て通報してやろうかと思ったけど面倒だから止めといたんだけどね。

まったくレイジーな奴らめ、寝るんならせめて靴ぐらい脱げよ。。大体サー、この国の店員って、みんな、いっつもスマホいじって遊んでるよね。そいで客が近づいても止めやしない。客の方がおそるおそる声掛けすると、なんだよっ!って感じで睨まれる。そいで、何を聞いても、知らない、分からない、挙句の果てには、在庫ない、だよ。。

09.jpg

おっと、写真とはぜんぜん関係ないことバッカ書いてないで、写真のことも説明しなきゃね。。

↓これ、マラッカ川のナイトクルーズだけど、川面が真っ黒で例のリザード(オオトカゲ)もなんにも見えないのはグッド。でもアレ?大分ドブの臭いがするなぁ。。今までの中で一番臭いなぁ。最近川の清掃とかあんまりしてないのかなぁ。。

普段から口煩い私の妹など、こんな汚なくて臭い黒い水の飛沫がかかったら絶対悪い病気に罹るからと言って一生懸命旦那の陰に隠れてたけど、世界遺産の町のリバークルーズが、これじゃあいけないな、、と私も思いましたです、ハイ。

11.jpg

でも、そんなことを除けば、と言うか、気にしなければリバーサイドのライトアップは幻想的だしなかなかのもの。まぁ、涼風とまでは行かぬものの、異国の地・マラッカの生温かい夜風を肌に受けながらそれなりに楽しんだ風でした。

10.jpg

↓リバールーズを終えた一行はジェッティ(舟着場)で客待ちをしていたトライショーにチャレンジです。

jonker-walk4.jpg

かくして、ジョンカーストリート周辺の夜の散策に出発と相成りましたが、ド派手なイルミネーションと大音響のミュージックで道行く人々を驚かしながら突き進むトライショーのエンジンはもちろん人間の脚なので、ちょっとした坂道でも大変です(乗客の私たちには関係ありませんけど・・)。

ジョンカーストリートの手前のマラッカ川の橋を渡るところの坂道では、立ち上がってペダルを懸命に漕いでいたトライショーのお兄さん(おじさんかな?)、とうとう力尽きたか知らんが、漕ぐのを止め自転車を下りて歩いてよっこらしょと押し始めた。おっとこれは、最近体重増に悩んでいる私に対する嫌味かそれとも当て付けか。(´・Д・)」

colorful-trishaws-will.jpg

今日は週末日曜日、ジョンカーストリートは夜市(パサー・マラム)のため車もトライショーも通行不可です。なので仕方なく周囲を巡るルートを案内してもらったが、夜なので、例えば有名仏教寺院などはオールクローズ。でも私を除く一行はそんな場所にはほとんど興味なさそうだし、かく言う私は既に何度も観て知っているのでまったく問題なし。

12.jpg

既にあまり人影のない暗い古都の路地をひととおり巡った後、さあ着いた。ここがなんちゃら1673だよ、なんてことを言うトライショーのおじさんに一応礼を述べて別れを告げたのだが、私にはここがリバークルーズ中に電話で予約を入れた希望のレストランではないことが直ぐに分かりました。

14-1.jpg

だから、私たちは夜市の人混みを掻き分けて1ブロックほど歩き、初めてだけどなぜか懐かしい(グーグルマップのストリートビューをじっくり見てしっかりインプットしてました)”BISTRO YEAR 1673”と言う人気レストランに到着し、評判のヒストリカルなコートヤードで生バンド付きのディナーを楽しんだ、と言う次第でした。

095.jpg

これ↓は、一夜明けた朝のことです。この海峡モスクは私のブログにこれまで何度かアップしていますので、ご記憶の方もおられるかと思いますが、KLのブルーモスク同様私の一押しモスクです。

15.jpg

本当は、昨夜の夕景を撮りたかったのですが、リバークルーズなどの関係で叶いませんでした。マラッカ海峡に沈む夕陽を背にした海峡モスクを撮りたいと願っていますので、近い将来の再チャレンジを心に誓っています。

以上、今日はHistorical City of Malacca by Nightのリポートでした。

ではまた。。




早いもので今日はもう6月27日、ラマダンもあと10日ほどで終わりです。

最近親しく交流しているIIUM(マレーシア国際イスラム大学)図書館のAnieや彼女の多くの友人たちは、今やラマダン明けのハリ・ラヤ(断食明け大祭)を指折り数えて心待ちにしているのだそうですが、私としては、毎年のイスラム教最大のイベントが今年ももう終わるのかと思うと、ちょっぴり寂しい気持ちになります。

なぜかと言うと、これまで(マレーシア移住前まで)はイスラム教などにはほとんどなんの興味も関心もなかった私ですが、移住後初めてこの眼で見たムスリムの方たちの神聖かつ圧倒的規模のこの宗教イベントは、私にとって実に新鮮な驚きであり、これぞまさに異文化の極みと感じたものです。

以来、非常な興味をもって毎年のラマダンやハリ・ラヤを身近に見てきたわけですが、それももう今年で四度目、そしてその四度目もまもなく終わろうとしています。月日の経つのは真に速いものです。果たしてこの後何度この本物の異文化体験ができるのだろうかと思うと寂しくもあり、儚くも感じてしまう今日この頃です。

さらに、マレーシア移住以来もっとも親しく付き合ってきた日系3世メキシカンのAlexもこの度、本国のメキシコに帰ってしまいました。なので、今日の私はいつになく感傷的になっています。

もちろん今では、私の周りには親しくお付き合いをいただいている日本人夫婦の方も大勢いて、食事会や小旅行などにもよくお誘いいただいています。土曜の夜も、KLセントラルのホテルで開かれた「志の輔らくご」会に行ってきました。寄席や落語会なんて何十年ぶりだろうなんて思いながら志の輔師匠の匠の話術に聞き惚れていましたが、その間ずっと感じていたことは、「言葉」というものの奥深さ、神秘さ、そして難しさなどです。

落語は、私たちが日本人だからこそ心底笑える、楽しめる。だけど、この落語を英語やマレー語などの現地語に同時通訳すれば日本人以外の現地の方たちも落語が理解できて楽しめるようになるのだろうか、などと真剣に考えてしまいました。

・・・・否、絶対無理、無理だ。あらかじめ台本を得て、一語一語それを翻訳することは出来たとして、ある程度の笑いをとることができてもそれ以上は無理、絶対無理と思います。どなたかに、志の輔師匠のお弟子さんに英語落語をやっている方がおられると聞きました。とても斬新な素晴らしい試みだとは思いますが、日本人以外の方に、落語本来の素晴らしさを理解していただくことは容易なことではないでしょう。

それぞれの国で話されている言葉と言うものはよくよく考えてみれば、それぐらい奥が深く、神秘的で、かつ難しいものなのだと思います。私などは、別にそれを極めようなどと思っているわけではなく、単に大雑把に意思疎通ができれば良いぐらいにしか考えていないのですが、ただそれだけでも私のマレー語は依然として悪戦苦闘しておりますです、ハイ。

今日の本題はまさに今、私が悪戦苦闘しているマレー語についてです。思うように上達しない私のマレー語、その原因は私の努力不足はさて置いて、「書き言葉」と「話し言葉」のあからさまな違いにあるのではないか、最近そんなことを思うようになりました。

もちろん日本語を含めた世界のいかなる言語においても似たようなものかも知れませんが、マレー語は特にその違いが大きいような気がします。そんな中、今年のラマダンのスピリチュアルムービーの中に、マレー語の「話し言葉」の学習に大変良いと思うものを発見しましたので、私自身の理解を整理する目的を兼ねて、マレー語学習中の他のみなさんにも紹介したいと思います。



Iklan Raya 2016 Dari Samsung

iklanraya2016samusung01TOP.jpg

これは、実は私の大●●●な韓国・サムスン製スマホの宣伝ムービーなのですが、内容は、WhatsAppと言うメッセンジャーアプリを使った、テキストメッセージ交換による、あるマレーファミリィの仄々とした家族愛の物語です。

先ずはとにかく一度ムービーをご覧下さい。



如何でしたでしょうか?これを見てすんなりと内容が理解できた方はマレー語の話し言葉に精通していらっしゃる方でしょうから、この後はもちろんスルーして下さい。他方、私同様に、言葉(テキスト)のあちこちで???と思われた方、是非ご一緒に一行ずつ勉強してみませんか?



以下、各画面ごとのテキストメッセージの英語訳と日本語訳を、画面下部に書き入れ必要と思う解説を加えて行きます。なお、各テキストのほとんどは日常使われている簡易な話し言葉で構成されており、中にはSMS独特の略語も使用されています。

iklanraya2016samusung02TOP.jpg
Pak Dan’s Clan→Keluarga Encik Dan→Mr Dan's family(ダンさん家族)
Papa, Mak, Along, Adik→Father, Mother, Elder Brother, Younger Sister(父、母、長男、末娘)

iklanraya2016samusung03TOP.jpg
Mak(母)
Cantik tak kaler ni?→Isn't this colour beautiful?(この色って綺麗じゃない?)  注:kaeler=warna

iklanraya2016samusung04TOP.jpg
Adik(末娘)
Kaler lain tak ada ke? Yang lighter sikit.→Don't you have another colour? Little bit lighter.
(違う色はないの?もう少し明るい色) 注:ke=kah

iklanraya2016samusung05TOP.jpg
Adik(末娘)
Adik lagi cantik kalau pakai light sikit.→Adik more beautiful if wear a bit light colour→I prefer a bit lighter colour.(私はもうちょっと明るい色が好きだな)

iklanraya2016samusung06TOP.jpg
Along(長男)
Aii..Shopping Nampak.→Aii..you look Shopping→Aii..are you Shopping?
(おーい、買い物でもしてるのか?)

iklanraya2016samusung07TOP.jpg
Mak(母)
Tak shopping pun. Tengah kemas-kemas rumah jumpa tudung ni.→No.not shopping. I was cleaning the house, then I found this headscarf.
(いいえ、買い物ではありませんよ。家を掃除してたら、このトドンを見つけたのよ) 注:ni=ini,

iklanraya2016samusung08TOP.jpg
Mak jumpa gambar lama.→Mother is looking at old photos. (母は古い写真を見ています)

iklanraya2016samusung09TOP.jpg
Adik(末娘)
Rindunya kat Angah..→I miss Angah (second brother) ( Angahに会いたいよぉ) 
注:kat=kepada 

iklanraya2016samusung10TOP.jpg
Along(長男)
Apalah cerita Angah. Lama tak dengar khabar.→You have any story about Angah?. Long time no see him. (何かAngahのこと知ってる? 随分と会ってないんだけど)

iklanraya2016samusung11TOP.jpg
Along(長男)
Message pun tak reply.→I message him but he did not reply. (SMS送ったけど返事がないんだ)

iklanraya2016samusung12TOP.jpg
Mak(母)
Ada rezeki, panjang umur, hilang merajuk Angah tu.→I believe, he will come home soon.
(きっとすぐ帰ってくると思うけど、ちょっと拗ねて隠れているだけなのよ) 
注:Ada rezeki, panjang umurを直訳すれば「人生は長い。全ては神の思し召し」となるが、この会話の中のrezekiは私たちにはなかなか理解しにくい言葉です。"神の思し召し"の意で、何か希望することが実現して欲しい時や、なにかの施しを受けて感謝する時によく使われるアラビア語由来のワードだそうです。また、hilang merajuk Angah tuは、「Angahがすねて隠れてるのよ」の意。 tu=itu

iklanraya2016samusung13TOP.jpg
Adik(末娘)
Benda ni takkan jadi kalau Along minta maaf dulu→This thing did not happen if Along say sorry to him first. (これってAlongが先に謝っていれば起きなかったことなのよ) takkan=tidak akan

iklanraya2016samusung14TOP.jpg
Adik(末娘)
Dah lama adik nak cakap…→It's been a long time Adik wanting to say→Today I’m going to say… (ずっと言いたかったことなんだけどね→今日こそ言いたいんだけどね)

iklanraya2016samusung15TOP.jpg
Adik(末娘)
Along yang buat Angah macam tu.→Along, you did it to him. 
(Alongが Angahをそうさせたのよ)

iklanraya2016samusung16TOP.jpg
Along(長男)
KENAPA AKU KENA MINTA MAAF! DIA YANG KENA MINTA MAAF! CARI PASAL→WHY ME! HE MADE ME ANGRY. HE IS SUPPOSED TO APOLOGIZE TO ME.
(なんでオレが謝らなければならないんだよ! あいつがオレを怒らせたんだよ。あいつがオレに謝れよ!)

iklanraya2016samusung17TOP.jpg
Adik(末娘)
Along yang tinggalkan Angah sorang2→You left him, alone.
(Alongが Angahを一人ぼっちにさせたのよ) 注:sorang2=seorang-seorang=alone

iklanraya2016samusung18TOP.jpg
Adik(末娘)
Along punca semua ni!→You are the cause of the entire thing. (Alongがすべての原因なのよ)

iklanraya2016samusung19TOP.jpg
Adik(末娘)
Along yang salah!!!!!!!→That’s all your fault Along!!! (Alongが全部悪いのよ)

iklanraya2016samusung20TOP.jpg
Papa(父)
Heyyyyy…heyyyy→Heyyy..heyyyy (ちょっとちょっと)

iklanraya2016samusung21TOP.jpg
Along left (長男退場) 注:退場とはチャットグループから抜け出ること

iklanraya2016samusung22TOP.jpg
Along left (長男退場)

iklanraya2016samusung23TOP.jpg
Adik 涙涙

iklanraya2016samusung24TOP.jpg
Papa added +60 12-345 6789 (父が +60 12-345 6789 を呼び出し) 
注:呼び出しとはチャットグループに招き入れること

iklanraya2016samusung25TOP.jpg
Adik(末娘)
Siapa ni Papa→Papa, who is this? (パパ、これ誰?)

iklanraya2016samusung27TOP.jpg
+60 12-345 6789
Assalamualaikum semua→ Hi everbody (やぁ、みんな) 
注:Assalamualaikum(アッサラームアライクン)はイスラム世界の挨拶言葉

iklanraya2016samusung28TOP.jpg
Adik(末娘)
Angah! Rindu!→Angah! I miss you! ( Angah、会いたかったよぉぉ)

iklanraya2016samusung29TOP.jpg
Papa(父)
Walaikumsalam.→Hi (やぁ)
Mak(母)
Walaikumsalam.→Hi 
Adik(末娘)
Walaikumsalam.→Hi 
注:Walaikumsalam(ワライクンサラーム)はAssalamualaikum(アッサラームアライクン)に対する返しの挨拶言葉

iklanraya2016samusung30TOP.jpg
Adik(末娘)
Jom lepak Angah. Byk citer nih.→Angah, shall we hang out together. Lot of stories I want to tell you.
( Angah、一緒に遊ぼうよ、一杯話したいことがあるんだから) 注:Byk=banyak citer=cerita nih=ini

iklanraya2016samusung31TOP.jpg
Angah(次兄)
Ha ha! Nanti Angah free sikit kita lepak. Rindu Adik juga, rindu semua.→Ha ha! We should, i will be free later on. I miss you too, Adik. I miss all of you.
(あはは、そうだね、もうちょっとで暇になるからね、後で遊ぼうね、 AngahもAdikと会いたかったよ、みんなとも会いたいよ)

iklanraya2016samusung32TOP.jpg
Angah(次兄)
Along mana?→Where is Along? (Alongはどこ?)

iklanraya2016samusung33TOP.jpg
Papa added Along→父が長男を呼び出し

iklanraya2016samusung34TOP.jpg
Mak(母)
Dah gebu ni. →You look chubby..(ちょっと太ったんじゃない?)

iklanraya2016samusung35TOP.jpg
Angah(次兄)
Along apa khabar?→How is Along? (Alongは元気?)
Along(長男)
Eh…Angah? Bila masuk?→Eh…Angah? When were you in? (えっ、Angahなの? いつ入ったの?)

iklanraya2016samusung36TOP.jpg
Angah(次兄)
Papa add tadi→Papa added me just now. (さっきパパに呼び出しされたんだよ)
Along(長男)
Nak minta maaf Angah→Forgive me Angah (Angah、ごめん、オレが悪かった)

iklanraya2016samusung37TOP.jpg
Angah(次兄)
Dah lepas tu biarlah→It's a long time ago, never mind→Let bygones be bygones
(過去のことは水に流そうよ)

iklanraya2016samusung38TOP.jpg
Adik(末娘)
Angah gemuklah.→Angah, you look chubby. (Angah, ちょっと太ったね)
Along(長男)
Ha ha ha!

iklanraya2016samusung39TOP.jpg
Mak(母)
Dah,Dah. Jangan cakap papa lagi. Nanti ada yang left group lagi.→Ok, don’t say anything bad. I'm afraid someone will leave again.
(Ok、もう悪いことは言わないで。また誰かが退場するといけないから) 注:papa lagi=furthermore
Papa(父)
Ngah, datanglah buka sama-sama. Mama masak laksa Sabtu ni.→Angah, please come home and breakfast together. Mama will cook Laksa this Saturday 
(Angah、家に帰っておいで。そしてみんなで断食明けを祝おうじゃないか。今度の土曜日、母さんがラクサを作って待ってるからね) 注:lakusa=name of food, made from rice noodle

iklanraya2016samusung40TOP.jpg
Angah(次兄)
Insyaallah pa.→ I will papa. (分かったよ、パパ)
注:For Muslim, Insyaallah means ‘I will’

iklanraya2016samusung41TOP.jpg
Pak Dan's Clan→Mr Dan's Family (ダンさん家族)
Papa, Mak, Along, Angah, Adik→Father, Mother, Elder broyher, Second brother, Younger sister
注:晴れてAngahが加わりました
Walau masa mengubah cara.→Although the time has been changed. (時間は変われども)
Kasih keluarga tetap utama.→Family’s love is the first. (家族愛は普遍)

iklanraya2016samusung42TOP.jpg
Bersama kita hulurkan tangan bermaafan sempena Ramadan dan Syawal ini.→We together extend our hand of forgiveness during this Ramadan and Syawal→May this Ramadan and Syawal remind us to forgive and forget to let go of the past and more forward.
(ラマダンとシャワルは私たちがお互いの過ちを許し、未来への希望を抱かせる時なのです) 
注:Syawal=ラマダン月の翌月(イスラム暦10月)



いかがでしたでしょうか、ここまでお付き合いくださった方、大変お疲れ様でした。しかしマレー語は難しい。世界で何番目かに簡単な言語だなどと侮ってはいけません。文法事項や基本語彙が比較的簡単だからと油断していたら、接頭辞や接尾辞などのあるなしで意味が千変に万化したり、標準語(tata bahasa)の書き言葉(written language)と市場言葉(bahasa pasar)が多用される話し言葉(spoken language)はの間には数多くの違いがあったりととても難解です。

今日取り上げたムービーはそんな意味で言うと、私などにはもってこいの教材であると思いましたが、私と一緒に勉強してくださったみなさん、大変ありがとうございました。

なお、今回取り上げたムービーの英語訳については、私の親しいマレーフレンド(Cik Rohaniza Badar@Perpustakaan IIUM Taman Duta)の協力を得てはいますが、もし誤りなどにお気づきの場合はご遠慮なくご指摘下さい。どうぞよろしくお願いいたします。

ではまた。。




みなさん、こんにちは。

実は最近、私のこのブログの更新が少しずつ遅くなってきています。そのことを私は大変気にしているのですが、正直言って、このところブログに割く時間と体力・気力が十分ではないのです。

なんてことを書くと、仕事が忙しいのかとか、身体の調子が悪いのかなどと心配して下さる方が、ひょっとしておられるかも知れませんが、いやそうではありません。私はまったくの年金暮らしで仕事はしていません(ボランティア日本語教師は都合で辞めました)し、また特に身体を壊しているわけでもありません。

ではなぜそうなのかと言うと、私のこの国への移住目的達成の道筋が未だに見えて来ず、大いに焦っているからなのです。これまでも何度か書きましたが、私のマレーシア移住の目的は、ゴルフやテニスなどの趣味に明け暮れるためではなく、日本に比して格段に安いコストで毎日優雅に暮らすためでもありません。

私が敢えて定年後に、ここマレーシアに移住したのは、残り少ない人生で自分に何が出来るのだろう、自身のためだけでなく、地域や社会に喜ばれ・役立つことができることはないものか、もしあるとすればその可能性にチャレンジし、その成否は余り問わずとも良い、チャレンジすることによって、ああ十分に満足な人生だったと、最後に思いたいからなのです。

もちろん、人はそれぞれですから余生の目的も目標も異なるでしょう。私の古い友人たちの中には、地域の自治会長などの役に就きその思いを遂げつつある人たちもいます。でも私の場合は、それがマレーシア移住だったわけです。

私の余生の唯一かつ最大の目的である「地域や社会に喜ばれ・役立つことを成す」ためのファーストステップは、「この国を知り、この国に溶け込む」ことです。そしていずれ日馬(日本・マレーシア)の文化や人の交流活動の一端を成したい、そのことが私のマレーシア移住のセカンドステップであり、即ちマレーシア移住の目的なのです。

しかしながら、第1段階目標の「この国を知り、この国に溶け込む」をクリアするためにはどうしても通らなければならない関門があります。それはこの国の国語であるマレー語を習得することです。もちろんこの国においては英語がよく通じますが、それはほとんど都会に限ったことです。田舎に行けば行くほど英語だけでは最早意思の疎通は困難です。

したがって英語を自由に喋れて、その上で少なくとも日常生活に不自由のない程度のマレー語を話せるようになること、は私にとっての必須条件なのです。なのに・・・・・

最近では情けないことに本当に自身の能力の衰えを感じています。記憶力にしても論理・分析力や空間的時間的感覚さえも若いときのような冴えが徐々に失われつつある気がしています。

若い方たちには理解できないことかも知れませんが、これってとっても焦ることなんです。

多分私は今、毎日、持てる時間のうちの大半をマレー語に費やしているのかも知れません。もちろん、毎週のYMCAと日本人会のマレー語レッスンには欠かさず通っている他にです。それなのに・・・それなのに、なかなか思うように進まないのです。

もちろん語彙もフレーズも文法もかなり習い憶えたつもりでいます。なのに。。いざと言う時には咄嗟にそれが出てこない。情けないです。

もちろん、もっともっと時間をかけて、昼も夜も寝ないで勉強すればと思うのですが、それもできない情けのない男なのです。飲み会に誘われれば決してイヤとは言えないし、遊びに行こうといわれればホイホイと出かけてしまう。好きな日本酒をたらふく飲んで、一週間ぐらいかけてやっと憶えたはずのマレー語もすっかり忘却の彼方です。

最近では、親友のアレックスがメキシコに帰国するというので、某所で開いた送別宴会で、ビールと日本酒とテキーラとワインとウィスキーをチャンポンかつ大量に飲み干してしまったお陰で、翌日の頭痛と記憶喪失は洒落にならないほどでした。

そんなこんだで最近は特に、時間の余裕も、体力・気力の余裕もないのです。このことがブログ更新が少し遅れてきた真の理由なのですが、でも、なんとか頑張ろうとの思いはまだ残っています。

幸か不幸かマレーシア政界疑獄シリーズにおいては、最近ではリポートしたい記事も見当たらず、平穏無事と言うか、このまま世紀の大悪事が見逃されてしまうのだろうかとの不安も興味も人一倍あるのですが、そういう状況なのでしばらくは当たり障りのないブログ記事でお茶を濁そうかと考えています。なので今後とも本ブログをご愛顧賜りますようよろしくお願いいたします。

さていつもの癖で、前置きが長くなりましたが本題に入ります。今日のブログタイトルは「IFTAR2016と反動の侈衣美食(しいびしょく)」ですが、この意味はこうです。

今、この国はラマダン中です。なのでムスリムの方たちは毎日日中に断食をして、夕方、日が沈んでからいっせいに食事を摂ります。それがIFTARですが、このIFTARがラマダン期間中の毎週末に、KLのムルデカスクェアとスルタン・アブドゥル・サマドビルディングの間のジャラン・ラジャをブロックして大がかりなイベントとして開催されているのです。

DBKL(KL市役所)主催のこのIFTARは非ムスリムの外国人も参加できるというので、私は昨年も参加しそのことをブログに書きましたが、今年は、私の日本人会のマレー語クラスの友人たちを誘って参加してきましたので、その雰囲気などを是非写真でお伝えしたいと思います。

で、なぜ「反動の侈衣美食(しいびしょく)」かと言うと、そのIFTARのあまりに質素なお弁当を食べさせられた(おっと、タダでお弁当や飲み物をもらい、おまけに完食までしたと言うのに、こんなことを言ったらバチがあたりますね)反動かは知らず、翌日、これでもかと言うほどのご馳走にありつきました。

別にそのこととIFTARとはなんの関係もないのですが、IFTARの質素な健康食と私たち日本人の飽食三昧を対比する意味で「IFTAR2016と反動の侈衣美食(しいびしょく)」とのタイトルを打ってみました。

今日はそのことを写真を中心にリポートしてみたいと思います。




その日(6月18日)のIFTARには自宅から乗り合いバスで向かいました。と言うのは、IFTAR終了後に仲間で飲もうとの約束を事前にしてあったからなのです。なので、バックパックに1.8Lの日本酒紙パックを放り込み、自宅コンド前のバス停からムルデカ・スクェア方面行きの路線バスに乗りました。

でもこれが間違いでした。なんとまだ夕方4時半だと言うのに、バスがこれでもかと言うほど混んでいたのです。え?なんで?と思いましたが、またもや私の老化による分析力欠如を思い知らされました。

そうです、ラマダン期間中のムスリム労働者たちは4時上がりだということをすっかり忘れていたのです。お陰で、近くの建設工事現場で働く大量の男女ムスリム作業員たちと押し合い圧し合い、身動きひとつ出来ないひといきれの中で、マレー語やインドネシア語やミャンマー語などに包まれてしばし過ごしましたが、ものは考えようで、これも"この国に溶け込む"ことのひとつなのかも知れませんね。

バスはムルデカアクェアの直ぐ側を通るのですが、まだ仲間たちとの待ち合わせ時間に少し早かったので、手前のパタマモールで降りて歩くことにしました。

時刻はもう夕方、街はラマダンバザーが全開でとても賑やかです。

001iftar.jpg

そごうデパート前の交差店近くです。なにやらそごうデパート前に人だかりができてます。ちょっっと行ってみますね。

003iftar.jpg

そごうデパート正面入り口前です。ここはいつもストリートパフォーマンスが行われていて、このような人だかりができています。

006-1iftar.jpg

さてこの人たちはどんなパフォーマンスを観ているのでしょうか?

006-2iftar.jpg

これです。ちっちゃい子連れのマレーバンドです。母子なのか息がぴったり合っていて、観客から絶えず笑いと拍手が湧いています。ちびちゃんは子供用のタンバリンを片手に持ち、音楽に合わせてくねくねと踊りながら実に器用にタンバリンを打っています。

007iftar.jpg

そごう前の通り、つまりジャラン・トゥアンク・アブドゥル・ラーマンをムルデカスクェアに向けて歩きます。この辺りは、衣料品店や生地屋さんが多いところです。

009-0iftar.jpg

通りの向かい側もほとんどが衣料品店や生地屋さんです。

009-1iftar.jpg

横道を覗くと既に土曜ナイトバザーが開いていて凄い人出です。

015iftar.jpg

歩いているうち、いつの間にか、ジャラン・トゥン・ぺラクとの交差点を渡り、ジャラン・ラジャに出ました。DBKL主催のIFTAR会場は向こうの時計台の前あたりですが、おっ、既に移動販売車が出ています。

018-1.jpg

通りの反対側、ムルデカ・スクェア側にも何台か出ています。

018-2iftar.jpg

カメラを向けるとマレーガイが三人そろって精一杯の愛嬌です。何売ってるの?と聞いたら、メニュー看板を指差して、チキンラップとかエッグソーセージラップとか、ベジタブルラップだよ、飲み物もあるよ、だってさ。。

018-3.jpg

ムルデカスクェアの芝地を見てみると、別に規制のロープはなさそうなのに芝生内には余り人が入っていません。去年はこっちにも一杯人が出てたのに・・・

018-4iftar.jpg

あぁ、良く見たらなんか規制の立て札が立ってますね。ほら、だからこんなところにシート敷いて座ってるグループもいるんですね。

018-5iftar.jpg

ここ、ここです。ここが今日の私たちの待ち合わせ場所です。みなさん、既に集まってました。

018-6iftar.jpg

えーっと、何処が空いてるかなぁ?すみません、おネーさん(係りの人)、ごめんおネーさんではなかった、良く見たら結構なおばさんだった。マレー語で"チッ(Cik)"って言うと若い娘さんのことを指すが、年配の女性にはいつもなんて声掛けすれば良いのか迷います。"アンティ(Auntie)"っておばさんのことで、いつか私がそう言ったら、えっ、私がアンティ?私はあなたより若いワヨって顔されたし、"カカッ(Kakak)"とは年上のおネーさんのことなのだが、我々より年上の女性なんて普通こんなところにうろうろしいる訳ないですからね。。

018-7iftar.jpg

おネーさん(おばさん)に私たちが日本から来た日本人だってことを告げると、途端に相好を崩して、ではどうぞどうぞと案内してくれようとします。

018-8ftar.jpg

お茶の無料サービスです。ご自由にどうぞって。。

018-9-1iftar.jpg

おばさんにガイドされるまでもなく、我々こういうことには目ざといニッポンオヤジ連です。ちゃっかりと若い人たちの隣席に陣取りました。

018-9iftar.jpg

早速みなさん、マレー語会話の練習です。隣のグループ、私たちが日本人と知ると大喜び。東海岸のクランタンから車で来たんだよ、とか、今度10月には大阪に行くんだよ、とかいろいろな話題で盛り上がりましたね。

すると、そこにさっきの案内係りのおばさんが現われ、みなさん、一番前のゲスト席にどうぞと言う。そしてなんと、日本からのゲストだと司会が私たちをみんなに紹介すると言うではありませんか。

さ、流石に、そ、それはと遠慮しようと思っていたら、それを側で聞いてた隣グループの女性たち、ダメ!行っちゃダメっ、ここに居て!と、なんと驚きのこのモテぶり。。。 特にEK氏、TY氏、普段は若い女性にモテることなどないであろうニッポンオヤジたち、もうそれだけでも、今日は来て良かったぁぁぁ。。。(あはは笑笑)

101iftar.jpg

さて、目の前のお弁当はと言うと、一人前のワンセットはこれ。真ん中が、向きは逆になっているけどメインのお弁当。去年より大きくはないけど中味はどうでしょうね。その左にはブブ・ランブ(ラマダン粥)とライチのジュース、そして右側はお水とお茶です。

018-12iftar.jpg

IFTAR開始時間の日没時刻まで、まだしばらく時間があるので前のメイン席の方をうろうろしてみました。やはりメイン席にはどうも招待客のようなゲストが陣取るようですね。まだこの時間になっても大分空いています。

030iftar.jpg

だんだん少しずつ埋まってきましたね。

046iftar.jpg

そしてゲスト席もほとんど埋まったようです。この辺りからは後方が見えません。どのぐらいの人数なのでしょうかね。

050iftar.jpg

外はまだ明るいのですが、前の特設ステージ上で、宗教指導者と言われる方なのでしょうか、なにやらお話が始まりました。

052iftar.jpg

そしてその後、一斉にIFTAR開始です。

071-0iftar.jpg

こっちは左隣のファミリィですが、とても可愛い女の子がいて、私と目が合うと、なんと、やんちゃにあっかんべぇみたいな可愛いしぐさをします。こっちもあっかんべぇで返すと、すかさずパパの後ろに隠れてから顔を半分出してこっちを覗き見るのです。思わずちっちゃいころのあーちゃん(孫娘、小2)を思い出しました。

071-1iftar.jpg

これがIFTARお弁当の中味です。ナシ・プティ(ご飯)とブア・クルマ(デーツ)が3個、それに少々のサユー(野菜炒め)とひとかけらのアヤム(骨付きチキンの煮込み)がついています。

071iftar.jpg

ブブ・ランブ(ラマダン粥)です。うーん、これは美味しいと言うよりとても胃に優しい食べ物なのだそうです。あれ?みんなどうしたの?食べないの?

072iftar.jpg

オカズも美味いだろう?え、なに?不味いって?おいおいそりゃないぜ。胃に優しい、胃に優しいって唱えながら食べるんだよ。まさか美味いものを期待してIFTARに参加したわけじゃないよな?

073iftar.jpg

などと言いながら私はこれらを完食しました。周りのムスリムの方たちは、日中ずっと断食してたわけだから、当然みんな完食でしょ?え、あれ、なぜか残してる人も居るなぁ。なぜ?だんだんIFTARも時代が変わってきたと言うことなのかなぁぁ。。

と見る間に、みなさん食べ終えて、帰り支度をしてさっさと帰り始めました。去年もそうだったけど、これで今日のIFTARは終わりです、みたいな締めのステートメントはないのかね。

もっとも開始の合図もないのだから、そういうもんなのかねえ。。

078iftar.jpg

IFTARテントの外に出てみると、おおーっ、淡いブルーにライトアップされたスルタン・アブドゥル・サマドビルディングの大時計が闇の中に浮かんで見えて、とても素敵です。

080iftar.jpg

素敵と言えばこの辺り、美しい歴史的建造物がたくさんあります。これは国立織物博物館。

081-0.jpg

そしてこれは国立音楽博物館です。

081iftar.jpg

以上でIFTAR2016@KLの写真リポートは終わりです。

え?この後どうしたかってですか。もちろん言わずと知れた、喰い直し、飲み直しですよ。と言うことで飲兵衛オヤジご一行様は、この後タクシーすっ飛ばし、タマンデサ界隈の、とある日本食レストラン(アルコール持ち込み自由)にて、私がずっと背中に担いでいた日本酒1.8L紙パックとEK氏が担いでいたたっぷりの缶ビールとで、遅くまでわいわい賑やかに飲み喰いしましたよ、はい。。



さて次は、反動の侈衣美食(しいびしょく)の章です。侈衣美食なんて、漢検1級に出てきそうな難解な四文字言葉を好んで使う私は一体なんなんでしょうね。でも昔からこんな四文字言葉が好きでこっそりと暗記してはひとり悦にいってたものです。

はい、ご覧あれ!ここはモントキアラのさる私の知人宅(コンドミニアム)なのですが、以前から計画していたご馳走持ち寄りパーティがたまたまIFTARの翌日、つまり昨日6月19日の日曜日だったってことなんです。

montkiara002.jpg

このご馳走、凄いでしょう?前日のIFTARに比べたら天地の差、雲泥の差、月とすっぽんの差なのですが、"反動"とは言っても別に前日のIFTARの質素な食事を当てこすっている訳でもなんでもありません。そんなことを言ったら、飽食のニッポンジジババが何を言うかと怒られそうです。

montkiara003.jpg

これ普段、モントキアラでお付き合いをしている5ファミリィのご馳走持ち寄りの結果なんですけど、和洋亜いろとりどりでとても美味しそうですよね。

montkiara004.jpg

我が家の持ち寄りは、ご想像通りこの刺身盛り合わせ(二皿)とアジフライの盛り合わせとナスの漬物です。

016-1.jpg

刺し盛りは、もちろん私の作品ですが実は当初3種盛りにしようと考えていたのに、前夜の酒のせいか、私としたことが鮮度チェックをおざなりにしてしまい、結果、この↓Pinjalo Merah(セダカタカサゴ)の生食は諦めました。それでこのような↑ヒラスズキとヤリイカの2種盛りになったということなんです。

montkiara009.jpg

この↑ピンジャロ、一見鮮度が良さげに見えたのでエラ蓋も開けずに買ってしまいましたが、家に帰ってから腹を開けてみると内臓からほんの僅か臭いが来るのです。最終的には身肉を口に含んでみて生食はちょっと無理と判断しましたが、パサー・ボロン(卸売市場)になぜこんな鮮度落ちの魚が混じっていたのか不思議です。やっぱりこの国では卸売市場と言えども信用できませんね。今回のことで肝に銘じました。

そしてこれはMy better halfの作品のアジフライの盛り合わせです。この身肉の厚いローカルアジは私が三枚に下ろし、小骨を抜き、薄皮まで引いてから冷凍保存してあったものです。刺身もアジフライも美味しいと言ってみなさんに喜んでもらえたことはやはり嬉しいことでした。

010_201606202020103b5.jpg

それにしてもこのパーティのご馳走は盛りだくさんで、あり余るほどの飽食でした。↓このラザニアは見た目も豪華、美味しさもボリュームも言うことなし。さすが若い頃から世界を渡り歩いてきたUD氏夫人の芸術品ですね。

montkiara006.jpg

そして最後はコレ!手打ち蕎麦です。今日のパーティ会場を提供してくださったOU氏が午前中に打ったものだそうです。蕎麦の切り方と言い茹で方と言い、そして蕎麦つゆに至るまで完璧でした。まさか、南国マレーシアでこんな美味い蕎麦をいただけるとは、いやぁ実に美食な今宵でしたなぁぁ。

montkiara008.jpg

また、ここでは飲み物のことは書きませんでしたが、パーティはもちろんビールに始まり日本酒、ワインと続き、そしてなんと最後には、OU氏自慢の新潟・三条の職人の手によると言う見事なシェーカーを振って創る微細な泡立ちのカクテル、それに加えてKN氏の甘いギター演奏と来ればもう夜の更けるのもついつい忘れてしまうほどでした。

しかし、ラマダン期間中というのに私たちニッポン人だけ、こんな侈衣美食(しいびしょく)で良いのでしょうか、非ムスリムと言えども一片の呵責を感じざるを得ない一夜でございました。

ではまた。。





今日は柄にもなく、東西の老若女子に人気の真珠アクセサリーのショップとハンディクラフトのショップを紹介してみたいと思います。

私は決してお店や美味しいもの紹介なんて言うキャラではないし、本ブログではそんな日常的な事柄を記事の対象にはしていないつもりなのですが、今回は、我ながら気味の悪いことに、そんな乙女チックな気分なので悪しからずご了解を。

実は今月末に私の古い友人たちが遥々日本から訪ねて来ます。で、中には奥様帯同の友人もいるため、何処に案内すれば良いのかを思案していて、フト思い出しました。以前、My Better Halfの友人に請われて案内したことのある人気の真珠アクセサリーショップのことです。

女性と言う生きもの(失礼!)はいくつになってもあんなモンが好きなのですね。特に"一見高そうでいて実は安い"、なんて代物に出くわしたときの表情と言うか、顔つきは尋常ではないですよね。(これも失礼!)

"男はいくつになっても奥方を立てるが良い"、これは既に他界した大先輩の教えですが、今回の奥様帯同の私の友人だって、ひょっとしたら嫌がる奥方を無理やり連れてくるのかも知れないし、もしそうならば、せめて初めて訪れた異国の地で、その奥様方にそんな嬉しい思いをさせてあげたい、そうすることによって私の古い友人たちの男としての顔も立つだろうし・・・・・なんてしょうもないことを考えていたら思い出したんですよ。

そうだ、淡水パールだ、ボルネオパールだと。。

024_201601182306224a5.jpg

ところでみなさんはこの淡水パールのことをご存知ですか?そんなのとっくに知ってるよっていう方はスルーして下さいね。

私も最近知ったのですが、パールにはいくつもの種類があって、日本の伊勢湾で採れるような真珠は海水パール。

そして淡水パールとは、イケチョウ貝やカラス貝といった、淡水生の貝の中に出来る真珠のこと。現在流通している淡水パールのほとんどは養殖によって生産されていて、養殖の際に母貝内に核を挿入しないことから、真珠が真円には育たずライス型やドロップ型といったさまざまな形状の真珠となる。その色も、オレンジや紫など多岐にわたる。淡水パールのうち、粒が小さく安価なものはビーズとして使用されるが、近年では核を挿入して10mmを超える大玉も産出されるようになったとのこと。(Wikipedia)

まぁ、こんな屁理屈はどうでも良いのですが、この淡水パール、ボルネオのサバ州のものが特に品質が良いと評判なのだそうです。品質が良いと言うのは何処のものと比較してそう言うのか私にはわかりませんが、まぁ信じるものは救われるみたいなものですかね。(笑)

でもね、この淡水パール、モノによっては一見高そうでいて実は安い、なんて代物なのですよ、ハイ。

コレどこで売っているかというと、KLではホテルとかショッピングモールとかエアポートの貴金属店やアクセサリーショップなのですが、とっても気さくに入れるお店がここセントラルマーケットにあるんです。

032_20160118230621160.jpg

セントラルマーケットのGフロアーの中ほど右手、RUMAH MELAYU通りにある"BORNEO PEARLS"がそのお店なのですが、いつか誰かにこのことを教えてあげたら、後で"セントラルマーケットで探したけど見つけられなかった"なんて言われたことがありますので、今日はその場所を図解してみますね。(図中の赤丸がお店です)

borneopearlslocation.jpg
原図(pdf)はこちら

お店は↓このように右と左に分かれているのですが・・・

025_20160118230621714.jpg

右側の↓こちらが海水パールのお店で・・・

023_20160118230623e73.jpg

左側の↓こちらが淡水パールのお店です。

024_201601182306224a5.jpg

どちらが海水パールか淡水パールかは価格を見れば一目瞭然ですが、私たち無粋な男衆には値札を見ない限り分かりません。(そんな無知で無粋な男にはこんなお店を紹介する資格なんてないのかも知れませんが)

だって、海水パールのほうはいずれも3桁から4桁リンギット、片や淡水パールは2桁からせいぜい3桁リンギットですもんね。

さらに店員さんによっては、ディスカウント交渉に応じてくれる・・・かも知れない。でも飽くまでこれは店員さん次第だと思うので、もし店員さんが二人居たらどちらか愛想の良いほうに声をかけてみるのが良いと思われます。(自己責任でどうぞ。。)

昨日、友人のUD氏夫妻のお姉さんが日本から遊びに来ておられるので、皆で一緒にこのBORNEO PEARLSにも立ち寄ってみたのですが、あいにくこの時は渋顔の店員さん一人しかおらず、値下げ交渉には一切応じてもらえませんでした。

太っ腹のお姉さん(注:別にお腹が太いわけではありません。サルサダンスが上手でとても溌剌として素敵な方です)は、仕方がないので、3個まとめて買えばぐんと安くなると言うそのネックレスを1個だけ、あまり安くない値段で買ってしまったのですが、その後、私がお店の写真を撮りに戻ってみると、気さくで値下げ交渉にも応じてくれそうな愛想の良い女性がにこにこ顔で座っていました。

あれ、さっきの無愛想で気難しそうなマレーの若い店員さんは何処?と思いましたが、もうちょっと待っていれば良かったのかも知れませんね。残念!(笑)




さて次は人気ハンディクラフト店の紹介です。

(注:すみません。以下に紹介しているお店は、いつの間にかシェラトンインペリアルホテル近くに引越ししていました。現地確認のうえ近日中に詳細をリポートします。2016.9.18追記)


(注:2016.9.25 新ピーターホー手芸店に行ってきました。アップデートの記事は新ピーター・ホー(クラフトショップ)と情報リテラシーをご覧ください。2016.9.29追記)

このお店はセントラルマーケットの直ぐ近くで、今までにも多くの方の英語や日本語のブログで紹介されている人気店です。私はネットを何気に見て廻っているうちにこのお店のことを知り、手芸店大好き人間のMy Better Halfを連れて行ってあげようと思い調べてみると、その場所が非常に分かり辛い。

さらに最近、開業25年にもなるオリジナルの店舗(ピーター・ホー・エボルーション)が閉鎖されたようで、グーグルマップによると、現在店舗のビヨンドが旧店舗のエボルーションと記載され、しかもご丁寧に"閉鎖"の文字まで入っています。

ちょっとコンフューズしてしまいますね。ということで先ずはその場所からご紹介します。

このお店↓、ピーターホービヨンドはセントラルマーケットから歩いてほんの数分の位置なんです。

2016011801.jpg

セントラルマーケット前のジャラン・トゥン・サンバンサンを横切り、ジャラン・ハン・レキルを少し歩いていくと、右手にPOPULAR(ポピュラー書店)の看板に直ぐ気がつくはずです。目当ての手芸店はこのビルの2ND Floorなのですが、その入り口は、その先の角を右に回ったところにあります。

2016011802.jpg

入り口は角を右に回ったビルの一番奥なのですが、看板も何も出てないのでまったく目立ちません。そうそう、この位置は中華街のGuan Di Templeの対面なんです。(手芸店の入り口はこの↓写真建物の左側に見えています)

2016011803.jpg

入り口のセキュリティガードさんに念押しすると奥にあるリフト(エレベータ)を指差してくれます。2Fなのですが日本で言う3階ですので、私たちのようなご年配はエレベータを利用したほうが楽ですよ。(要らぬお世話かも知れませんがね)

そしていよいよお店探訪です。お店の玄関はとてもつつましいのですが、中に入るとこれこの通りです。さ、それではこれから先はなにも余計なことは言いませんし書きません(実は私はこういうものが苦手で説明もなにもできないのです)のでじっくりと店内写真をご覧あれ。

2016011804.jpg

2016011805.jpg

2016011806.jpg

2016011807.jpg

2016011808.jpg

2016011809.jpg

2016011810.jpg

2016011811.jpg

2016011812.jpg

2016011813.jpg

2016011814.jpg

そして↓この方がPeter Hoe氏だそうです。(注:これから先は写真を含み、2015年6月7日付けのMalay Mail Onlineの記事から引用させていただきました)

2016011815.jpg

ピーター・ホー手芸店は、このPeter氏が1990年にピーター・ホー1号店(エボルーション)をセントラルマーケットの前の通りを挟んだ対面に開店し、その後2002年に、アートデコスタイルのリー・ラバー・ビル2Fに現在の2号店(ビヨンド)を開店したのだそうです。

しかし最近どういう理由かは知らず、エボルーションの方はクローズされています。氏の全体のコンセプトはドリームカムトルーだそうで、なるほどねぇーと、店内を見渡してみてそう感じました。

2016011816.jpg

2016011817.jpg

2016011818.jpg

↓なんと店内にはカフェもあるんですよ。先日は我々もそうでしたが、手芸品などに興味のない男衆はスマホでもいじりながらここで待つのが良いかと思います。しかし唯一残念なことに、ここFreeWiFiないんですよね。

2016011819.jpg

どうかPeterさん、このブログにお目を通されたならば(んなことないか)、是非是非待合の男衆のためにWiFiを設備してくだされ。。

以上今日は柄にもないリポートでお茶を濁しましたでござる。

ではまた。。


welcomeobama.jpg

これ↑は、先週金曜日(11月20日)、KL市内の主要道路上の道路情報電光表示板(ITIS※)に突如表れた、米国オバマ大統領歓迎の文字なのですが、私はこれを見て、ナニコレ?と思いました。(※ITISの説明はこちら→KLの道路情報電光表示板の不思議について)

米国オバマ大統領歓迎とは、翌11月21日から22日の間、ここKLで開催される東アジアサミットに参加する同大統領を歓迎すると言う意味なのですが、私が感じたことは、先ず、普段、頑としてマレー語表記にこだわっている筈のITISなのに、こんな時だけは英語なんだ?と言うことが第1のナニコレ

そしてその次に、あれ?でもこの英語、なんかおかしくね?ちょ、ちょっっと、これってあきらかな文法誤りだよね、が第2のナニコレ

これ、オバマ大統領を歓迎するって言いたいのであれば、その場合の"WELCOME"は他動詞なのだから、名詞の前に前置詞の"TO"は要らないな。そ、それに、その次の冠詞の"THE"もこんな場合は要らないんだよ、なんて、憎たらしい文法小僧みたいなことを咄嗟に呟いてしまいました。

さらに・・・あれ?これってオバマ大統領だけ?我がニッポンの安倍総理はないの?その他の国々の首脳たちは?

と、思ってみてたら、しばらくしてこんな↓文字が現れました。

008_201511222357465ec.jpg

なんとASEAN LEADERSは十把ひと絡げで歓迎ですって。だけど、なぜか知らん・・・・我が安倍総理やその他のASEAN以外の国々の首脳たちはこの十把ひと絡げにも入っておらず、どうも歓迎されてはいないようだ、と言うのが第3のナニコレです。

しかしこれって誰の仕業?今をときめく時のナジブ将軍様はこのことをご存知なのだろうか?こんなに派手にデカデカと出しちゃって、ASEANサミットや東アジアサミットの関係者だけでなく、渋滞でのろのろ運転中の数多くのドライバーが目にする(した)筈だし、これを見て違和感やストレスを感じた人は、私を含めて少なくないと思うんですけど。

特に英文の文法誤りなど、DBKL(KL市役所)のITIS担当者の単純ミスで済まされることではないと思ってしまうのは、私がひねくれてる証拠ですか?

でも・・・あちこちにあるKLのITISって、本来目的(交通情報提供)にはほとんど役に立ってないと酷評されているのに、これにデカデカ書いたら目立つことは間違いないので、ある意味、意外に役立つ政府広報(プロパガンダ?)マシンになり得るのかも知れませんね。

家に帰ってからニュースチェックして、議長国マレーシアのナジブ首相のオープニングスピーチ全文を読みました。だけどやっぱり、例の南シナ海問題では、"すべての関係国は緊張をエスカレートさせるような行動を自制し平和的な手段で解決を"、なんて米国の"航行の自由作戦"を暗に非難し、明らかに中国様にたっぷり気遣いしたかのような玉虫色のスピーチでした。

あれ?これじゃあ、米国様が提示している踏み絵には全然応えてないけど、この国は果たしてこれでいいのでしょうか・・・・・。

あ、そっか、だからITISでオバマ大統領だけをデカデカと一人名指しで歓迎し、マレーシアは米国様に一番気遣いしてますって、あからさまなゴマすりの態度を見せたわけですか?

とすれば、これは政府とDBKLの協同作戦ですか。だとしたら余計に恥ずかしいですね、全世界にこの国の幼稚さと言うか恥ををさらけ出したようなものですからね・・・・・。

そしてその翌日、つまり11月21日、サミット本番の日の朝です。私はいつものようにYMCAのあるブリックフィールズに車を走らせていたのですが、あれ?ITISの文言が昨日とちょっと違ってる。

自分の目の錯覚かな?と思って通り過ぎるいくつかのITISに目を凝らしましたが、やはり昨日の文言とは異なっています。

011_20151122231526ec5.jpg

これ↑です。おお、文法誤りが一晩で訂正されているじゃないですか。"WELCOME TO"の使い方もこれならば違和感がないし、不要な"THE"も消えてますね。

いや、こりゃ素早い。第2のナニコレはこれで解決しましたね。しかしこれ、担当者が自ら気が付いたのでしょうか、それとも誰かが指摘した?

うーん、これは謎ですね・・・・

そして、そして、その次の日曜日、つまり昨日11月22日です。いつものとおり何気にニュースチェックをしたところ、ニュー・ストレイツ・タイムズに私が感じたことそのまんまバッチリの記事が掲載されているではありませんか。

思わず身を乗り出して、フムフムなるほどと記事を読みましたが、やっぱりこのことに気が付いた人は私だけではなかったんだと、妙な安堵感を感じてしまいました。

以下、ニュー・ストレイツ・タイムズの昨日の記事を紹介したいと思います。



DBKL's 'bad' English in welcoming Obama draws criticism from netizens
オバマ(大統領)歓迎のDBKLの間違い英語がネット市民の非難を浴びる

22 NOVEMBER 2015 @ 12:07 AM
NEW STRAITS TIMES ONLINE

KUALA LUMPUR: A snapshot of an electronic billboard welcoming US President Barack Obama has shot to fame for all the wrong reasons. The billboard which stated "Welcome to the President of USA Barack Obama" has been slammed by Malaysian netizens for its poor use of English.
バラク・オバマ米大統領を歓迎する電子掲示板(ITIS)の電光表示が酷評されている。 "Welcome to the President of USA Barack Obama"と書かれた掲示板は、その貧弱な(間違い)英語をマレーシアのネット市民からさんざんこき下ろされている。

The posting, which surfaced on Friday in time for Obama’s arrival in the city for the 27th Asean Summit and related summits drew widespread ridicule. “Heard they used Google translate…” quipped a Facebook user , while another mocked “ Asean English bro...” on the same thread. One Facebook user took a dig, posting “English is so much fun…when idiots is in charge”.
第27回ASEAN及び関係国首脳会議に参加するオバマ大統領のKL到着に間に合わせようと金曜日(11月20日)に(ITIS上に)現れた電光掲示が広範囲の嘲笑を呼んでいる。"グーグル翻訳を使ったって聞いてるよ"とフェイスブックユーザーがからかうと、他のユーザーが、同一のスレッドで"アセアンの英語BRO・・・(意味不明)"と嘲る。またユーザーの一人は、"英語って面白いね、バカが(ITISの)担当者ではね"と投稿した。

However, the user was swiftly corrected by another netizen who pointed out that ‘idiots’ was plural, which must be followed by ‘are’.
しかし、(そう投稿した)そのユーザーは、"idiots"って複数だぜ、だったら"are"が次に来ないといけないね、と他のネット市民によって指摘され、素早く誤りを修正されてました。(笑)

Mayor Datuk Mhd Amin Nordin Abd Aziz confirmed the picture of the board used to display traffic was not a doctored image. “We have changed it. It was to welcome Asean leaders. Hopefully it doesn’t switch back,” said Amin. He said he had tasked City Hall executive director Datuk Tan Keng Chok with checking if the board was still flashing the same message.
Datuk Mhd Amin Nordin Abd Aziz市長(KL市長)は、その交通情報用の(問題の)電光掲示は吟味されたものではなかった、(だから)われわれは(すぐに)変更した。それはASEANリーダーを歓迎するためのものだ、スイッチバック(変に誤解)しないでもらいたいと述べ、市のDatuk Tan Keng Chok助役に対し、ITISがまだ問題の電光掲示を表示していないかチェックするように命じたと述べた。

Meanwhile, retired English teacher Elsie Ong said authorities charged with the licensing of signages and boards should make sure that embarrassing mistakes such as these did not reoccur. “The sentence is wrong, it can never be ‘welcome to’ unless it’s an invitation, a greeting is always welcome. ‘Malaysia welcomes US President Barack Obama’ would be more appropriate, “she said, adding that ‘the’ in the greeting was also wrongly used. “They should definitely be stricter on the use of the language and do their homework,” she said.
一方、元英語教師のElsie Ongは、「ITISの責任者はこんなきまりの悪い間違いが二度と起こらないようににしないといけない。(あの)文章は間違いだ。"WELCOME TO"は"招待"の場合に使うものだし、"挨拶"の場合は常に"WELCOME"を使う」と述べ、(この場合は)「‘Malaysia welcomes US President Barack Obama’がより良い適切な表現でしょう。挨拶文に"THE"を使うことは間違い。彼らは言葉の使用にはもっと厳しくならないといけないし、宿題とすべきですね」と彼女は述べた。

“But no one in City Hall sees the point. In fact English has gone to the dogs and it’s not only in Malaysia,” she added. Ong said there was no point in being a grammar snob about the whole thing. “A mistake is a mistake you improve on it and there is no need to be ashamed.” “People are sometimes just pretentious as they are not welcome to change even though they don’t know proper English usage.”
「しかし、市役所の誰もこのことを分かっていない。実際、(マレーシアの)英語は地に落ちている(無茶苦茶になっている)が、これはマレーシアのことだけではありません」と彼女は付け加え、「文法小僧になる必要はないが、間違いは間違いなのだから改善すれば良い。なにも恥じることはない。人々は、例え彼らが正しい英語を知らないことが原因だとしても、"変更は歓迎しない"などと時々もったいぶるものだ。(それはいけないことだ)」と述べた。



以上、昨日(11月22日)のニュー・ストレイツ・タイムズの記事を紹介しましたが、内容的にはほぼ私の第2のナニコレと同じでしたね。しかし世界にはおんなじところに目が行く同士が居るもんですね。変な意味で大いに感心しました。

さて、しかしながら、私が感じた第1と第3のナニコレは、まだなにも記事にもなっていませんが、誰も気が付いていない、と言うか、こんなことを感じてしまう私がやっぱりひねくれ者だということなんですかね。

ま、それならそれで良しとしましょうか。

じゃ、今日はこれで。。



最近益々謎ときが難解になってきたこの国のポリティカルスキャンダルはさて置き、今日は先日(11月7日)のクアラルンプールYMCA老人会主催の日帰りバスツアーをリポートしてみたいと思います。

しかし、ふと思ったのですが、YMCAってYoung Men's Christian Association、つまりキリスト教の青年会のことですよね。と言うことは、この会は青年会の中の老人会、老人なのに青年会。これってなんか変じゃないですか?いやいや、今老人でも昔は青年だったわけだから、ずっと入会している人はいいのかな・・・でも、老人になってから入った人はどうなんだろう?・・・・なんてくだらないことを考えるだけ時間の無駄ですか?それもそうですね、ハイ。

さて、これ↓は今日からブログのトップに据えた写真ですが、今回ツアーの目的地セキンチャンの稲作平野です。しかし、これだけ見ると私の田舎の庄内平野となんら変わりませんね。

2015110701.jpg

私は以前のブログでもセキンチャンのこのライスフィールドのことを書きましたけど、風景がよく似ているのです。ほら比べてみて下さい。

これ↓はわが故郷、庄内平野です。この写真では稲穂が黄金色に染まっているところがちょっと違いますが、これは多分収穫前の9月頃なのでしょう。遠くに鳥海山がかすかに見えています。

2015110701-0.jpg

ね、ほとんど違和感がないでしょう?もっとも稲作の風景なんてどこでも同じなのかも知れませんが、こうやって広々としたセキンチャンの田んぼを眺めていると、故郷がとても懐かしくて思えて、こんな私でも少々感傷的になってしまいます。

そう言うことで、私のお気に入りのナイスプレイスのひとつのセキンチャンなのですが、結構距離は遠い(約100km)し、さらに特産のパールライス(日本種米)がなぜか生産中止になり、米工場の直売所でも売ってないと、日本人コミュニティで散々聞かされていたものだから、もう隋分長いこと訪れていませんでした。

なので、このパールライスの生産中止が果たして本当かどうか、自分の目で確かめたいと思っていたこともあって、恐れを知らない老人会のチャイニーズババ軍団にやや二の足を踏みながらも、私にとってはこれで2回目となるYMCA老人会の日帰りバスツアーに参加したのです。

でも今回のツアーは、実は、事前に私のマレー語クラスの仲間に声掛けしてみたところ、嬉しいことに同年輩のIW氏が手を挙げてくれましたのでチャイニーズババ軍団に対抗するニッポンジジも私独りではありません。

これで前回のように、大勢のチャイニーズババ軍団に独り囲まれてたじたじすることはあるまいと、内心ほくそ笑みながらツアーに参加したのですが、パスに乗り込んで見渡してみると、なんと前回のジジババはほとんど参加していなくて完全に拍子抜けしてしまいました。(笑)

2015110701-1.jpg

そして老人だけかと思っていたら、なんのなんの若い女性も子供もいるではないですか。なんのこっちゃ、今日は前回と違ってごく普通のツアーになりそうだワイと、やや安堵もしたものの、少々期待外れも感じたひねくれ団塊なのでした。

しかしこのYMCA、もともとキリスト教信者さんのための会であるのに、私のような、仏教なんだか神道なんだか自分でも良くわからず、はたまた最近ではイスラム教にも少々興味を持っているようないい加減な人間をも受け入れてくれて、私としてはちょっと申し訳ないような気もしているんです。

普段頻繁にこのYMCAに出入りしていても、キリスト教なんてちっとも気にかけたこともないのに、今回のバスツアーでは、バスが発車して間もなく、車内でキリスト教のお祈りがありました。かなり年配のご婦人なんですけど、(バスの)席からすっくと立ち上がり、流暢な英語でお祈りを諳んじて皆さんをリードされてました。と言うことは、やっぱり皆さんカトリック信者さんなんですかねー。

でも私は筋金入りの無宗教、いや形だけの仏教徒兼神道なんですけど(こんなこと言ったら、私の昔の仲間の大和尚に叱られそうですが)、皆さんカトリック信者さんなんですか?なんて余計なことはもちろん一言も尋ねずに黙ってました。

2015110701-2.jpg

↑ツアーバスの車内の様子です。前回は眩暈がしそうなくらいド派手な内装だったのに今回はさほどでもありません。それに、ツアー会社の添乗ガイドさんもいません。前回は、男性のガイドさんがひっきりなしに中国語と英語で車窓から見える土地土地の説明など、うるさいほどしてくれたのに、そんなことも一切ありませんでした。まぁでも、静かな分だけ良しとしましょうね。

朝の8時半にYMCA前を出発、KL市内を抜けてN-S高速道路(E-1)を北上しスンガイブローから一般道に分岐・・・・・

ん?どうしてこのまま高速道路(E-25)を行かないのかな?高速料金、ケチってるのかなー?多分30kmぐらいだろうと思うけど、E-25で行ったら直ぐクアラ・スランゴールなのになー・・・

それにしてもこの運ちゃん、運転が随分荒っぽいなー。お、おい、ロードバンプ通過するときはしっかり減速してくれよ・・・・・お、お、おい!今、天井に頭ぶっつけそうだったぞ・・・・・お、お、お、おい!今度は前につんのめりそうだったぜ。あのさー、おれたち最後尾の座席だからさ、上下の振幅がとてつもなく大きいんだよ。それぐらい、分かってんだろう?

縦揺れに横揺れに斜め揺れ、ありとあらゆる揺れが次から次と襲ってきます。な、なんなんだよ、このバスは!いやこの席は!ったく、こりゃシートベルトしてないと殺されるワ、と私たちニッポンジジ二人、青くなりながら座席のシートベルトを慌てて手で探るもベルトがない、いや短いベルトがあるが引っ張っても絶対出て来ない。な、なんなんだよ、このバスは。

結局我々ニッポンジジ二人とも、シートベルトもできずに恐怖の数十分を過ごす羽目になったのですが、この間、バス横転の恐怖数回、天井頭ぶっつけ恐怖数回、前方つんのめり恐怖数回、二人とも前の座席にしがみつき、両足踏ん張りながらただただキリストさまと神様と仏様に無事をお祈りしてました。

でもこの恐怖、多分私たちの最後尾の座席でしか味わえなかったのだろうと思います。だって、前の席の人達は平気な顔してましたから・・

ま、でもバスに乗って、遊園地のロールコースターのスリルを味わえたのだと思えば腹も立たないのかも知れませんね。

それにしても、あのインド人の運ちゃん、最後まで乗客のことはほとんど見向きもせず、最後尾の我々には一切気遣いすることもなく、ある時は狭い一車線道で大型トラックと競走してみたり、信じられないほど乱暴なドライビングでした。いや、本当に怖い思いをしました。

ま、そんなことも束の間、ほどなくセキンチャンのグリーンの水田が目に飛び込んできました。

2015110702.jpg

おー、久しぶりのパディフィールドだなー。もう稲穂が垂れて来てるなー。この分だとまもなく辺り一面が黄金色に染まるんだろーなー。

2015110703.jpg

今日はヘイズもなく空がすっきり見えてます。マレーシア気象局の予報通り、ヘイズは見事に去りました。まだインドネシアの森林火災は消えていない模様ですが、南シナ海からの北東季節風が吹き始めたためにマレー半島周辺の風向きが大きく変わり、よってスマトラのスモッグがマレー半島にやってくることは今後しばらくなさそうです。

2015110704.jpg

今回ツアーの最大の目的地のセキンチャンライスファクトリー↓に到着しました。

2015110705.jpg

ライスファクトリーは、前回(2013年)に来た時よりも規模が大きくなっているような気がします。

2015110706.jpg

ファクトリーは、台湾から米作の技術や機械を輸入しているのだそうですが、マレーシア国内ではこのセキンチャンがもっとも機械化が進んでいると言うことです。

2015110707.jpg

さて、私の今日のツアーの参加目的でもあるので、早速うわさのパールライスをチェックしてみました。

2015110708.jpg

なんだなんだ、店頭にたくさん売られているじゃないですか。さっき見学者コースの2階から工場内を覗いて見たら、パールライスのパッキング作業も見えたし、真空パックのパールライスが山積みされてるところも見えたので、このパールライスが生産中止になったなんて情報はどうやら正しくはないようですね。

で、でも、よぉーく見てみると、価格が値上がりしています。以前は2kgでRM13だったのが、今はRM16です。いつ値上がりしたのかを店員さんに確認したところ、今年(2015年)の4月だそうです。

パールライスの生産中止の件は直売所の店員さんに聞いても返事が返って来なかった(多分店員さんは何も知らない)し、確証は取れていないのですが、いろいろな情報を総合するとどうも生産中止(停止)にはなっていないようです。(2014年産も2015年産も出ていますから生産は継続されていると言うことですよね)

確かに一時(今年の6月頃)この直売店からもこのパールライスは消えたそうですが、しかしそれは単に2014年産パールライスを売り尽くしてしまったためであって、新米(2015年6月産)が出てからまた店頭に並び始めた、売られ始めた、と言うことではないのでしょうか。とにかくこれでひと安心です。

今店頭にあるのはすべて2015年産パールライスです。

一方、こちら↓の香り米(フレグラントライス)は2kgでRM18です。(値上がり前はRM16でした)

2015110709.jpg

私は今までこの香り米を食べたことがなかったので、今回は1パックだけ買って帰り、早速試食してみたのですが、うーん、私は、この香り米、決して美味しいとは思いません。まあ、でもこれは人それぞれなのでこれを芳しい、いい匂いと思う人も居るのでしょうね。



次にライスファクトリーを後にして、例のマンゴーファームに立ち寄り、そしてバガン(Bagan)のフィッシィングビレッジにやってきました。

↓セキンチャンのバガン漁港です。お世辞にもきれいな港とは言えませんが、潮がほぼ満ちているらしくジェッティ(船着場)の水位も十分です。(前回ここに立ち寄った時は、干潮で汚い川底が丸見えでした)

2015110710.jpg

この漁港は河口と小さな運河から出来ていて、木杭の上に木板が渡してあるだけの簡素なジェッティが所狭しと並んでいます。夜半にかけて潮が引き、次の満潮は明日の早朝と言うことです。だから漁船の出漁は毎日の早朝なのです。

2015110711.jpg

今のこの時間(午後5時ごろ)は、今朝早朝に出漁した大小の漁船がそれぞれのジェッティに戻り、水揚げ作業に余念がありません。この狭い港はそんな漁船でぎっしりです。

ここ↓はそんなジェッティのひとつです。内側(道路側)から水揚げ作業場を通してジェッティを見ていますが、向こうに船が着いているのがお分かりですか?

2015110712.jpg

おー、ここ↓では水揚げ(アンローディング)の後の魚の選別(カテゴライズ)及び計量(ウェイ)作業中ですね。それにしても小魚ばっかりです。うーん、こりゃ私が期待していたほどではないですね。

2015110713.jpg

ん?この↓色と大きさからすると、これはインディアンプローン(タイショウエビ)でしょうか?

2015110714.jpg

良く見てみると確かに鮮度が良さそうなインディアンプローン↓です。そうか、ここの船はこれがメインなんだな、そう思いました。これ買えますか?と値段を聞いたところ、1kg25リンギで売ってくれるそうです。もちろん25リンギなら文句なしに買いです。(市場でもこれぐらいのものは大体キロ35~40リンギぐらいはするかと思います)すかさず周りにいたチャイニーズババたちとシェアすることにして計5kg(一人1kgずつ)買いました。

2015110715.jpg

↑このインディアンプローン、作業員の方が、空いていた発泡スチロールの箱にぎっしりと氷詰めにしてくれたので、家に着いてからも鮮度保持ばっちりでした。こういうものに目がない私は、早速小ぶりを数匹刺身で試食してみましたが、身肉が締まっていて甘みも最高。チョー美味しい。うーん、こんなエビ久しぶりです。。今日の成果はこれですね。(これまで、市場のエビの鮮度確認ができずに生食を避けてましたので、マレーシア初です)

次にやってきたのが、バガン(Bagan)のフィッシシングインダストリーのメインと言う水産加工場↓です。

2015110716.jpg

加工場と言っても数あるジェッティのひとつの粗末な小屋です。中を覗いてみると、一見して周辺国からの出稼ぎガールと分かる若い子たちが脇目も振らずに働いていました。

2015110717.jpg

それを覗きながらあーだこーだ言ってるチャイニーズババたちです。右側の体格の良いインディアンガイ↓は、見かけによらず気立てが良くてなにかと私たちニッポンジジを世話してくれようとしたりして、とってもいい青年でした。

2015110718.jpg

裸のボテ腹おっさんが機械を動かしながら作っているのはフィッシュボールです。そう言えば思い出しましたが、以前聞いた話に、漁港の水産加工所でフィッシュボール作ってるのを見てからフィッシュボールが大嫌いになった。見なきゃ良かった。なんて話がありましたが、以前は恐ろしいほど酷い環境の作業場だったんでしょうね。でも今日のここは大分きれいですよ。十分許せる範囲だと思います。

2015110719.jpg

できたフィッシュボールはこうやってたらいに浮かべて、なんのためか知らないけどジェッティに並べて置くのですね。それを見て周った私は、足元の床板が濡れて滑り、慎重に歩かないと滑って転んで・・・

2015110720.jpg

こんな汚い運河にすってんころりんと落ちてしまったら、強烈な汚泥や細菌だらけになって二度と浮かんで来れそうにもないので、ビクビクものでした。だって、床板が腐っているものもあってちょっと強く踏むと抜け落ちそうでスリルだったんですよ。(笑)

2015110721.jpg

これ↓は見ての通りの魚の開きを干しているところです。世界中どこでも、人の食べるものにさほど変わりはありませんね。これ、なんの魚か判別できなかったのですが、炙って食べたら酒のつまみに良さそう、いや涎が出てきました。

2015110722.jpg

セキンチャンツアーの最後は、レダン(Redang)ビーチです。マレーシアのレダンビーチと言うと誰もが東海岸にあるレダン島のきれいなビーチを思い浮かべると思うのですが、これ、甚だしい誤解です。ここセキンチャンのレダンビーチはそんなイメージとは程遠いこんなところ↓です。

2015110723.jpg

でも、こうやって写真に撮ると、一見きれいなビーチリゾートに見えますが、実際は決してきれいではありません。私はいつかもここを訪れたのですが、ちょうど干潮時(お昼ごろ)だったせいもあって、潮が遠くまで引いていて、ゴミだらけで真黒な海底が剥き出しになってました。

でも、今日は潮が完全に満ちているだけまだマシです。夕陽を背にしてこうやって撮ると、実際には真っ黒な海面もそうは見えないしすっかり騙されてしまいそうです。

2015110724.jpg

同行のIW氏が波打ち際まで行って、ここは「泳ぐどころか、絶対足を入れたくない海だな」って言ってましたけどこれは本当ですね。

2015110725.jpg

そして、例の気立ての良いインディアンガイが傍によってきたので話をしましたが、この辺りのマレー人(彼はマレーシア人)にとって、ビーチって泳いだりサンベイジング(日光浴)するところじゃないんだよ、ひたすら食うところなんだよ、あいつら、いっつも食ってるんだから、って教えてくれました。

体格のとても良い彼はそう言いながら、手に持った袋のプローンクラッカー(マレーシア版エビセン)をムシャムシャ頬張り、私にも食え食えとしつこくすすめてくるのでした。

2015110726.jpg

浜辺には出店が所狭しと並び、大勢の客たちがココナツジュースを飲んだり食事をしたりしています。おっと、これ↓は地元のお客じゃありません。わがツアー仲間のチャイニーズババたちです。

2015110727.jpg

私は実はこのココナツジュース、今まで美味しいと思ったことがありません。なので屋台で買って飲むなんてこともありません。したがって、この時もチャイニーズババたちの仲間入りはせず、うしろで眺めたり写真撮ったりしていたのですが、そしたらチャイニーズババの一人が、何を勘違いしたのか、一コ買ってあげたから、ほらここに座りなさいよ、って自分の隣に席を作ってくれたのです。

2015110728.jpg

おいおい余計なお世話すんなよなー、って思いましたが、そんなことはおくびにも出さずに、まあ、ご親切にありがとう、と作り笑いして頬が引き攣りながらもそのババの隣に座り、美味しくもないココナツウォーターをストローで吸い、隣のババに、なにやってんの?こうするのよ、って教えて貰いながら中の白い身肉をスプーンで削って無理やり食べました。

美味しいでしょ?って何度も聞かれて、不味いとは答えられないでしょ。でも何が美味しいのこれって。。

美味しい、不味いと言えば、今日のシーフードランチ、なんだかなー、あんまり美味しくなかったなー。。レストランに入る前に、バスの窓から、偶然にも店の横のたらいの溜め水で皿洗っているの見ちゃったしなー、オレなんかあんまり食欲出ないしなー。

それに、エビもカニも殻を手で剥くのが大変で、手がびちゃびちゃぬるぬるになって気持ち悪いしで、食った気しなかったなー。。でも周りにそんなこと言えないでしょ?同行のIW氏もきっとそう思ったかも知れない、と考えたら今回のツアー、無理やり誘って悪かったかなーってちょっぴり反省しました。IWさん、ごめん。。

でも、私にとっての今回ツアーの収穫は、セキンチャンパールライスがたくさん売られていたことを確認できたこと、その真空パックを何個か購入できたこと、パガンの漁港で水揚げされたばかりの刺身でも食べられる新鮮なタイショウエビをゲットできたこと、そしてそれを小分けして冷凍保存したので今後しばらくウッシッシーかなーって思っていること・・ですかねー。

それではまた。。

... 続きを読む
眠い時に寝て、目が覚めたらなにかする、と言うまことに自由気ままな、だらしのない生活を始めて久しいのですが、そんな中でも毎日欠かさないのが内外のニュースチェックです。

当地マレーシアはもちろんのこと、祖国日本のニュースや世界のニュースなども、たっぷりある時間を贅沢に使って、毎日丹念にチェックしています。これはきっと、私の中には、まだ時流の中にどっぷり浸かっていたいとか、世間からまだ疎外されたくないと思う気持ちや未練があるのだろうと思いますが、近い将来のボケ防止には役立つに違いない、そう考えて励んでいます。(笑)

このニュースチェックですが、私の場合は紙の媒体ではなく、ほとんどがインターネット上のオンラインニュースポータルのチェックです。紙の媒体は、外出した際に分厚いフリーイングリッシュペーパー(無料英字新聞)をせっせと貰ってくるのですが、(活字が小さくて読むのが辛いと言う理由で)ほとんど読まずに、定期的に大量に出る魚の頭や内臓などの処理に使っています。でも、これはこれで大変役に立っているので、フリーペーパーカンパニーさんには本当に感謝しています。

この前、ローカルの方にそんなお話をしたところ、マレーカンポンの人たちもほとんど読まずにナシレマなどの弁当の包み紙として利用しているのだそうです。おー、マレーの村人たちもなかなかやりますなぁ。(笑)

今は便利な世の中ですね。これは私の英字新聞の速読訓練を兼ねたニュースチェックなのですが、以前は、分からない単語などが出てくると、いちいち辞書を引いてました。でも今はカーソルを乗せるだけでポップアップ辞書が瞬時に自動起動するのですね。モバイル端末でもそれと似たような機能があって、指をタッチするだけで辞書が立ち上がる。いやぁ便利な世の中になったもんです。

私の場合は、ローカルのオンラインメディアを大体6~7紙、日本とインターナショナルを数紙、定期的に巡回しているのですが、お陰で速読もかなり楽になりました。定期的に巡回チェックしていると言っても、もちろん、記事の全部を読んでいるわけではありません。

タイトルだけざっと見渡して気になる記事をピックアップし、次にその中でこれはと思うものを複数のメディアを比較しながら順にチェックするわけですが、メディアの性質や報道姿勢などの違いからか、視点や論点が180度異なるものも数多くあって大変興味深いところです。

しかし同一メディアで昨日の記事と今日の記事が180度異なるなんてあっていい訳がないと思っていたら、実は、昨日それを発見しました。

なんのことかと言うと、今、マレーシアでもシンガポールでも大変な話題になっているヘイズ(Haze)のことです。

↓10月20日(火)のクアラルンプール国際空港(klia)の様子です。

Hazy Day

↓10月21日(水)のわが家のバルコニー(ベランダ)から南方向を見た様子です。(視界は500m程度かと思います)

003_20151022101221782.jpg

結論から先に述べてしまいますけど、10月19日(月)のthe Sundailyに、このヘイズは来年3月頃まで続く見通し、とのショッキングな記事が掲載されました。もちろん私はそれをピックアップして、他のメディアもチェックしたわけですが、配信元は英国ロイター通信(Reuters UK)で、マレーシアやシンガポールの主要メディア各紙に同一記事が一斉に掲載されていました。

ところがその翌日、つまり10月20日(火)のことですけど、同じthe Sundailyに、今度は、このヘイズは11月には収束する見通しだ、との前日とはまるで異なる、と言うか前日の記事を打ち消す記事が掲載されたのです。

え?これ、一体どうなってんの?って思いますよね。もちろん、こんな迷惑なヘイズ、一日も早く去って欲しいと誰もが思っていますので、早く終わりそう、なんて言う記事は大歓迎なのですが、ホントにホントなのか?と疑いたくもなりますよね。

と言うわけで、今日は相反するそれぞれの記事の全文を紹介してみたいと思います。



先ずは10月19日(月)のthe Sundailyの記事です。

Hazy new year: Southeast Asia set to suffer for months as Indonesia fails to douse fires
ヘイジーなニューイヤー:インドネシアは火災を消火出来ず、お陰で東南アジアの苦悩は何ヶ月も収束しない

the Sundaily
Posted on 19 October 2015 - 04:32pm

hotspots01.jpg

JAKARTA:Indonesian forest fires that have caused choking smoke to drift across Southeast Asia are spreading to new areas and are unlikely to be put out until next year, experts said on Monday.
ジャカルタ発:東南アジアに息の詰まるようなスモーク(ヘイズ)を漂わせているインドネシアの森林火災は新しい地域に広がっていて、来年まで消火できそうにない、と専門家が月曜日(今日)に述べた。

Indonesia has come under increased pressure from its neighbours to contain the annual "haze" crisis, which is caused by slash-and-burn agriculture practices, largely on Sumatra and Kalimantan.
インドネシアでは、主にスマトラとカリマンタンで行われている焼き畑農業に起因する毎年の「ヘイズ」危機を阻止せよ、との周辺国からの圧力が高まっている。

But it has failed to put out the fires, with "hot spots" growing in eastern parts of the country and industry officials and analysts estimating the smoke will last until early 2016.
しかし、国の東部地域で増え続ける「ホットスポット」はまだ消火できておらず、産業担当者とアナリストは、ヘイズは2016年始めまで続くとであろうと予想している。

"Maybe it will last until December and January," said Herry Purnomo, a scientist at the Center for International Forestry Research, adding that hot spots had reached Papua, a region that usually avoids widespread fires.
「多分それは12月と1月まで続くだろう」と、国際林業研究センターの科学者であるHerry Purnomo氏はこう述べ、ホットスポットはパプア(インドネシア東方域にあるニューギニア島西部の州で、通常ここまで広範囲に火災が広がることはない)に達していると付け加えた。

"It is because people are opening new agriculture areas, like palm oil," he said.
「それは、人々がパームオイルなどの新農業地域を開墾しているからだ」と、彼は述べた。

A senior official at a company active in Indonesia's forested areas said the haze could continue until March.
インドネシアの森林地域で活動する会社の幹部は、ヘイズは3月まで続く可能性があると述べた。

Indonesia usually enters its wet season in October and November, but this year the country is expected to face moderate El Nino dry conditions which could strengthen until December and may hinder efforts to control the fires.
インドネシアは、通常10月~11月に雨期に入る。しかし今年は、中程度のエルニーニョによる乾季が12月まで続き、火災の消火活動の阻害となることが予想されている。

Indonesia's national disaster management agency has made several forecasts for when the forest fires will be brought under control, many of which have now passed, but their latest target date is early November.
インドネシアの国家災害管理局は、森林火災をいつ鎮火できるかについて(その時期を)いくつか予想していたが、そのほとんどは既に通り過ぎた。彼らの最も遅い目標時期は11月上旬だ。

Indonesia has revoked the land licences of PT Mega Alam Sentosa and state-owned PT Dyera Hutan Lestari, Rasio Rido Sani, the director general for law enforcement at the forestry ministry, told reporters late on Monday.
インドネシアは、Mega Alam Sentosa社と国営のDyera Hutan Lestari社に対する土地(開発)許可を取り消した、とRasio Rido林業省法執行部長が月曜日遅くに記者発表を行った。

Both firms could not be reached for comment.
しかし両社からのコメントは得られなかった。

Last month, Indonesia ordered four companies to suspend operations for allegedly causing forest fires.
先月インドネシアは、4社に対し、森林火災を引き起こしたとして、その活動を停止するよう命令した。

On the ground, NASA satellites detected 1,729 fire alerts across Indonesia on Wednesday, a national holiday, more than any single day in the last two years.
NASAの人工衛星は、インドネシアの祝日の水曜日(10月14日)、国の全域で、1,729箇所のホットスポット(火災発生地点)を探知した。

About half of the fires during the last week have been on carbon-rich peat land areas, mostly in South Sumatra, South and Central Kalimantan, Sulawesi and Papua.
先週(10/11~10/17)の火災の約半数は、そのほとんどが南スマトラ(スマトラ島)、南・中央カリマンタン(ボルネオ島)、スラウェシ(旧セレベス島)及びパプア(ニューギニア島)の炭素が豊富に含まれるピートランド(泥炭地)地域であった。

Indonesian President Joko Widodo has increased government efforts to tackle the haze in recent weeks, making several visits to the worst-hit areas and asking other countries for help, but apparently to little avail.
インドネシアのジョコ・ウィドド大統領は、ここ数週間、ヘイズに取り組む政府努力を増大した。最も深刻な地域を視察し、他の国への支援要請も行ったが、明らかにまったく効果を示せていない。

hotspots03.jpg

"We all know that the burned areas are now widening beyond normal conditions," Widodo told reporters on Sunday. " ... the efforts to extinguish the fires are ongoing now both by land and air. We have to be patient because the burned areas is now wide."
「我々は、延焼地域が異常に広がっていることを知っている。空地からの消火の努力が現在も進行中だが、延焼地域が拡大しているので忍耐が必要だ」とウィドド大統領は日曜日に記者団に語った。




次は翌日10月20日(火)の同じthe Sundailyの記事です。

Haze will not last till March 2016
ヘイズが来年3月まで続くことはない

the Sundaily
Posted on 20 October 2015 - 08:06pm
Last updated on 20 October 2015 - 09:43pm

PETALING JAYA: The haze affecting the country currently will not last till March 2016, as claimed by certain parties.
ペタリンジャヤ発:現在国(マレーシア)に影響を及ぼしているヘイズは、どこかの誰かが主張しているような2016年3月まで続くことはないだろう。

"The current haze situation is caused by typhoon Champi and Typhoon Koppu, east of the Philippines, and when these typhoons hit landfall, the winds will change and the haze situation will improve after Oct 26," said Science, Technology and Innovation Minister Datuk Seri Madius Tangau in a statement today.
「現在のヘイズ状況は台風Champiと台風Koppuによって生じているものだ。その台風は現在(10月20日)、フィリッピンの東に位置しているが、これらの台風が陸地に接近する時、風は変わる。したがってヘイズの状況は10月26日以後改善される見通しだ」と、(マレーシア)科学技術革新担当大臣のDatuk Seri Madius Tangau氏が今日語った。

Madius said the coming northeast monsoon season from November will see a change in wind direction and will no longer carry over haze from Indonesia to Malaysia, despite the Indonesian forest fires expected to last until March.
Madius大臣は、11月に来るべき北東モンスーンシーズンが、風向の変化をもたらすだろう。そして、インドネシアの森林火災が来年3月まで収束しないとしても、もはや(緩やかな南西風が)インドネシアからマレーシアにヘイズを運んでくることはないだろう、と述べた。

hotspots02.jpg

Meanwhile, rainfall is expected to decrease nationwide due to typhoon Koppu, thus making the haze situation even worse.
一方、台風Koppuが原因で全国的に降雨が減少することが予想されてる。このことはヘイズ状況を悪化させる。

According to the Meteorological Department (MetMalaysia) weather outlook, typhoon Koppu is currently 1,187km north-east of Kudat, Sabah. It will eventually head north-west towards Taiwan.
(マレーシア)気象局(MetMalaysia)の気象概況によると、台風Koppuは、現在Kudat(サバ州)の1,187kmの北東に位置していて、最終的には台湾方向に向けて北西進するであろう。

In addition, typhoon Champi located 2,942km north-east of Kudat is slowly heading north.
それに加え、台風Champiが、現在Kudatの北東2,942kmにあって、ゆっくり北進中である。

The presence of both typhoons has affected the wind patterns across the country as a result, especially rainfall due to the moderate south-westerly winds.
両方の台風の存在は、その穏やかな南西風により、(マレーシアの)全国的な風向(緩やかな南西風)と特に降雨(少ない雨)に影響を及ぼしてきた。(訳者註:これは現下の異常なヘイズはこの2つの台風によってもたらされているものだとの主張)

Separately, the Department of Environment recorded 3,534 cases of open burning detected nationwide, from the start of the year to Oct 19.
またこれとは別に、(マレーシア)環境局は、年初から10月19日までの間、マレーシア全土で探知された野焼きは3,534を記録した。

As of 6pm today, a total of 27 areas recorded unhealthy Air Pollutant Index (API) readings, with Port Klang with the highest at 179, followed by Shah Alam at 164, and Kuala Selangor at 139.
今日(10月20日)午後6時現在、合計27の地域の空気汚染度指数(API)がアンヘルシーと記録された。指数の最高は179のポートクランで指数164のシャー・アラムと指数139のクアラ・スランゴールがそれに続いている。



いかがでしたか。19日の記事は英国ロイター通信がその配信元で、翌日20日の記事は独自取材に基づくもののようです。この20日の記事と同様の記事は、このthe Sundailyの他にもAstro Awaniなどにもありました。

うーん、最初に記事のタイトルだけ読んで今回ブログのタイトルも決めてしまいましたが、この二つの記事を良く読んでみると、ロイター通信の配信記事は、ホットスポットの拡大の現状とエルニーニョがもたらす雨季の到来遅延によって、ヘイズの原因となっているインドネシアの森林火災は来年3月まで消化できない可能性があると言っている。

一方、20日の記事では、台風コップと台風チャンピの存在が、今のマレー半島におけるヘイズ被害をもたらしているのであって、この二つの台風が陸地に接近すると地域の全体的な風向が変わり、インドネシアで発生したスモークがマレー半島に襲来することはない、と言っているのですね。

さあ、どうでしょうね。科学技術革新担当大臣は10月26日になると状況が改善するとまで述べたようですが、26日って来週月曜日ですよ。しかし、そんなことは今までどこの誰も言ってなかったことだと思うので、これってやっぱり正直言って驚きですよ。

果たしてどちらの予想が当たるかどうか、どこかの誰かと掛けたいものですね。え?どっちに掛けるのかって、ですか。うーん、やっぱり私は、オッズが高いであろうこの突拍子もない大臣予想に掛けてみたいものですね。

でも大臣がこんなこと言っちゃって大丈夫なんですかねえ。これひょっとして、現下のポリティカルな重大問題から国民の関心を逸らすためのものだったりして?なんてことはないですね。失礼しっましたぁぁぁ。

それではまた。。


追記(2015.10.23):
実は11月7日の土曜日のYMCAのじじばばバスツアーの第2弾に、知り合いのじじばば軍団から是非参加してくれと言われて、いやいやながら参加しようとしてたのですが、一昨日参加費を払いに行った際、「あ、それキャンセルになったから、ヘイズで。」とあっさり言われてしまいました。

キャンセルになったことはそんなにがっかりしたことではないのですが、そうか、ツアーがキャンセルになるんだ、このヘイズで・・・・と、改めてこのヘイズの影響が大なることを思い知らされました。

だったら、この国の観光産業にも随分影響が出てるのかもしれないな、なんて余計なことまで心配してしまいましたが、ならばホントに来週からヘイズがなくなるのかちょっと真剣にチェックしてみることにしました。

先ず、日本の衛星画像を見てみよう、と昔懐かしい(※)ひまわり画像をチェックしてみました。(※昔は仕事の関係で毎日毎日衛星画像を眺めていたもんです。いや、気象をやっていたわけではないのですが、それに近いところで仕事をしていた関係でちょっとはかじっているのです)

ひまわりと言えば、今は8号ですか。確か昨年打ち上げられて今年の7月ごろから運用開始されたはずですよね。

気象庁のサイトを見てみたら直ぐに見つかりました、ひまわり8号の鮮明な衛星画像が。今はこのひまわり8号、地球環境観測衛星と銘打って、世界各国で活用されているんだそうです。なんかとても誇らしい気がしますね。

↓本日午前10時の衛星画像です。

himawari01.jpg

これ↑によると、台風コップは既に温帯低気圧となり日本の南西諸島付近、一方の台風チャンパー(チャンピではなくチャンパーと呼ばれているようです)はまだ勢力を保ちながら日本の小笠原付近に位置しているようです。

次にこの画像をマレーシア周辺地域に拡大してみます。↓

himawari04.jpg

良く見てみると、スマトラ島北部、マラッカ海峡及びマレー半島には薄い雲が見えているものの台風の影響となる反時計回りの筋雲は既に見えていません。つまり風の方向は読めません。台風の影響があるとすれば温帯低気圧に変わった台風コップだけですが、それとて遥か彼方に離れていて、もはやこの地域にまで影響を及ぼしていることは考えにくいですよね。

次に、この国マレーシア科学技術革新省発表による風向風速などの週間予報をチェックしてみました。これ↓は同省発表による南部マラッカ海峡の風向風速等の週間予報です。

malaysiaforcast01.jpg

↑これによれば、南部マラッカ海峡の向こう1週間の風は東南東(東南東から吹いてくる風)のようです。もはや、台風の影響とされた西南西の風ではなく、この時期本来あるべき北東モンスーンの影響(?)による風向きの変化を予報しているものと思われます。もっともこの風向は卓越風向を指していますから、常にその方向とは限りませんがね。また、その風速は10~20km/h程度で緩やかな予報となっています。

ただ天気概況の欄には、今日だけは晴れでヘイズとあるものの、明日以降はところによっては雷雨、そしてヘイズも徐々に弱くなるような予報です。この分だと来週月曜になるとヘイズは去り、木曜にはきれいな青空が見える・・・といいですね。

いや、これってMadius大臣の言ったとおりではないですか。(もっともこれは科学技術革新省発表の資料ですから大臣説明と違っていたら大変ですけど)

しかしこの記事を冷静に読み解いてみると、インドネシアの森林火災のことについてはなにも言っていません。まあ、今年のエルニーニョ(El nino)は記録的な強さだそうですから、スマトラ島に雨が降るのはやはりかなり遅れるのでしょう。とすれば、やはり火災は直ぐには消せない。が、しかし元は絶てないが、北東モンスーンのお陰で全体的な風向きが変わる。だからマレー半島のヘイズはまもなくなくなる、こう言っているのです。

これって自分さえ良ければみたいに思えなくはないけど、正直言って、これが本当に当たったら嬉しいですね。いや、この予報が当たることを祈りましょうね。

以上、追記終わり。
突然ですが、ポス・マレーシア(POS MALAYSIA)は、マレーシア国内に1000を超えるタッチポイント(Pos支店、Posミニ支店、Pos24Hセルフサービス、移動Pos等)を有するこの国最大の郵便事業者です。
(註:POSはマレー語です。英語のPOSTと同じく郵便局を意味しています)

ポスでは日本の郵便局(日本郵便株式会社)同様、郵便事業のみならず、保険取扱いや各種支払いそして送金業務などの幅広いサービスを行っており、市民にとっては身近にあってとても便利な存在です。

しかし最近、このポス・マレーシアのポスメン(マレー英語:ポストマン/配達人のこと)など担当者の仕事っぷりに関し、いささか腹に据えかねることがありましたので、今日はそのことをひとしきりぼやいて憂さを晴らしたいと思います。



みなさんはEMSってご存知ですよね。Express Mail Serviceの略で国際スピード郵便(国際速達郵便)のことなのですが、ここマレーシアでは国際、国内便とも速達郵便をポス・ラジュ(POSLAJU)と呼んでいます。ちなみに、"LAJU"とはマレー語で速達とか速度と言う意味です。

さて先日のことです。あるITデバイスを11street.comと言うショッピングサイトでオンライン購入したのですが、驚いたことに注文・決済の数時間後の夕方に販売店から電話がありました。

電話はお店の方からで、注文を受けたお礼と、在庫を確認したのでPOSLAJUでまもなく発送する、と言うものでした。その後1時間ほどで発送完了のメールと電話メッセージ(SMS)が届き、久々に気持ちの良い取引だなぁと甚く感心したものでした。

そして私としては、そのアイテムの入手を特に急いでいたわけでもないのですが、POSLAJUで発送してくれたと聞き、翌日の午前中には届くものと期待したわけです。

なので翌日に予定していた外出を急遽キャンセルしポスメンを待つことにしたのです。ところが、昼まで待っても、夜まで待っても待ち人来たらず。とうとうその日は荷物を受け取ることが出来ませんでした。

次の日の朝、不思議に思ってネットでPOSLAJU追跡(Track & Trace)をしてみると、不安的中、そこにはUnsuccessful delivery(配達不能)の文字です。しかも確認日時は前日の午前11時57分になってる。

これ↓がPOSLAJU TRACK & TRACEの画面です。

POSLAJUTRACK.jpg

冗談じゃない、その時間は、と言うより、朝からずっと1日中どこも行かずに待ってたんだよ、それでなんで不達な訳?と思いながらもとりあえずコンドのエレベーターホールの一角にあるメールボックスを覗きに行ったところ、入ってましたよ、例の不在票が。。

ん?そう言えば以前もこんなことがあったよな、最近どうも記憶力があまりパッとしないものだから、いつだったかは思い出せないけど、確か、あの時もずっと待っててもポスメンが来ないから、ひょっとしたらと思ってメールボックスを確認したらやっぱり入ってた、この不在票が。。

で、なになに?配達不能の理由のところ、不在のため、そして電話にも応答なし、にチェックマークがついてる。応答なしって、電話も何ももらってないけどこれどういう意味?? ・・・・そう言えば思い出したよ、あの時も不在票には同じように書いてあった。

そしてやっぱり憤慨して、KLセントラル駅近のポスまで引取り(Self Collection)に行ったんだよ。

しかし、これってホントどういうことなんだろ。もちろんこれまで、ちゃんと玄関先に配達してくれたPOSLAJUもあったけど、うーん、これはポスメン(配達人)によるのかなぁ。。

久しぶりに気持ちの良いオンラインショッピングができたと喜んでいたのに、これじゃあ、販売店さんの素早い対応も心遣いも台無しですよね。でもとにかく荷物を引取って来ようと思い、不在票に示されたSelf Collectionのポスに行きました。

↓いつもYMCAのマレー語教室に通い慣れているジャラン・サンバンサンにあるポスです。目新しい高層ビルの狭間でひときわ目立つ古ぼけた平屋建ての建物です。

011_201508250558551ed.jpg

ここは、POSLAJU(国際/国内速達郵便)の発送と引取りに特化したセンターのようです。

008_2015082506053514a.jpg

営業時間↓は、発送業務が8.00am-8.30pm(月-土)、毎月第1土曜と日曜が10.00am-4.00pm。引取り業務は、8.00am-10.00pm(月-土)、毎月第1土曜と日曜が10.00am-4.00pm。祝祭日は通常お休みと書いてありました。

003_20150825055854299.jpg

入り口を入ると、正面に発送業務カウンター↓(カウンター1~4)があります。

007_20150825055854305.jpg

そして右奥が引取り業務カウンターです。(カウンター5~6) なお引取りのみの場合はナンバーチケット不要とのことです。

004_20150825055854878.jpg

荷物の引取りには、不在票と本人確認証明(パスポートなど)が必要です。(不在票にもその旨が記載されています)

005_2015082505585367d.jpg

荷物の引取りは、さほど待たされることなく完了したのですが、私、ひねくれ団塊としてはこのままでは腹の虫が収まりません。当然ながら、今回のこと、そして記憶にあるずっと前のこと、ひとしきり目の前のおネーさんを相手にクドキました。(注:おネーさんを口説いたのではありませんよ)(笑)

不在票をメールボックスに入れたということは、ポスメンが私宛の荷物持ってそこまで来たと言うことだよね、んじゃなんで直ぐ近くにあるリフト(エレベータ)で上に上がって来ないワケ?それでこの不在票には、電話したけど応答ナシにチェックがついてるけど、なんでこんなウソ書くワケ?これって、コレが初めてじゃないんだよ。以前もあったしさ、これじゃ困るんだよ。。昨日は予定変更して忙しいのにずっと待ってたのに、どうしてくれるんだよ。。

いや、私も最近ではこのぐらいの文句はいちいち和文英訳しなくても口をついて出てくるのですよ。そしたら、おネーさんの隣にいたおニィさんが、私に、こう言いました。"ポスメン疲れちゃったのかなぁ。。"

はぁっ?疲れちゃった?ウチ18階だけどリフト使えるよ、階段昇らなくていいんだよ。でも、なんで?

"うーん、じゃ、多分メンドくさかったんだよ。。" はぁっ?メンドくさいって、そんなのあり?ありえないでショ?

"ハイハイ、じゃ、これ書いて下さいね。"って手渡されたのが、カスタマー・フィードバック・フォーム(お客様ご意見書みたいなやつ)。はぁ?これ書いて出すとどうなるの? "うーん、ボス(上司)が考えてくれると思うよ。"って。。

はっきり言って、こんなの書いても無駄ですよね。なんか、ポスメンも、ここのカウンターの人もあんまり責任感じてなさそう。だけど、イッツマレーシア!って冗談で済ませられることと済ませられないことがあるんだよね。

でも、ここはニッポンじゃないし、そんなこと期待しても無駄か。

そう言えばついでにこんなことも思い出しましたよ。これ、そんなに古いことじゃないですよ。今年の1月(私の誕生月)に、毎年年金機構と共済組合連合会に出さなければならない現況届けをついうっかり普通郵便で送ったら、共済年金の方だけ途中で紛失してしまったらしく、結果としてその後の年金支給がストップされてしまったんですよ。

どういうことかと共済組合に電話で問い合わせしたら、書類が届いていないと言う。そんな筈ないと、いろいろ説明したけど届いてないものは届いてない、と逆切れされる始末。普通郵便だから追跡もできないし、止むを得ず今度はPOSLAJUで送り直したのだけど、お陰で3ヶ月ほど支給が遅れてしまったし、こういうことってホントに困るよね。

しかし考えてみれば、ハナからそういうリスクがあるってこと考えて、やっぱりこういうものはPOSLAJUで送るべきだったんだろうと思いましたけど、このPOSLAJUって実はそんなに安くないんですよ。

年金の現況届けなんて言う、たった数枚の書類を送るだけで、確か5、60リンギほどとられたような気がしたし、うーん、今後はどうしようかなと考えながらPOSのサイトを何気に眺めていたら、アレ?オレってバカじゃん、書留郵便って手があったんだ。。

今まで、てっきりこの国の郵便で間違いなく届いて、万一の場合は追跡も出来るってPOSLAJUしかない、絶対これに限ると思ってたんだけど、考えてみればこの国に間違いがないなんてありえないし、だったらPOSLAJUではなくてフツーの航空郵便を書留にすればいいんじゃないの、て言うか、それが普通なのかもと今更ながら気づきました。

そこで、ここマレーシアから祖国日本に、POSで書類や小包を送る場合の料金や送達日数などをチェックしてみました。

↓先ず重さ50gです。A4、3.~5枚程度の書類ならこれ以下でいけます。

POSRATE50g_2015082509441670d.jpg

↓次に1kg、かなり分厚い書類か書籍、ちょっとした小包などはこれでOKです。

POSRATE1KG.jpg

上の表はいづれもポス・マレーシアのサイトから切り取ったものです。
(HOME>POSTAL SERVICE>QUICK ACCESS>Calculate Postage>International Rates)

配達種別は、上から順に航空郵便、海上郵便、小型航空小包、普通航空小包、海上小包、EMS書類、EMS商品となっています。

私がこの1~4月に再送した年金書類は、当初は普通の航空郵便、再送分はEMS(POSLAJU)書類で送りました。A4用紙が3、4枚に封筒だけですので重さはせいぜい30~50gだったろうと思います。

上の50gの表によると、航空郵便の送達日数は5~11日、料金は3.2リンギ(現在レートで100円程度)、でもこれは追跡不可です。

一方あらためて再送したEMS書類の場合は、送達日数が2~3日、料金は58.75リンギ(現在レートで1760円程度)です。もちろんこれは追跡できますし、万一の場合は行方を確認できます。しかし高いですよね。この書類の場合の航空郵便との料金の差はべラボーです。

そして、表の一番下に書いてありますが、書留サービスがあるんですね。恥ずかしながら今の今までこのことに気づきませんでした。これだと追跡ができて、追加料金はたったの4.6リンギ(現在レートで140円程度)ですよ。

あんな軽いぺらぺらの書類を、しかも特に急ぐ書類でもないのに、バカ高いPOSLAJUで送ったなんて、いやぁ私がマヌケでした。。

今後は絶対書留航空郵便にします。こんなこと、みなさんは、とっくにご存知のこととは思いますが、もし私同様の方がおられたら、今度からはそうしましょうね。

さて、次に1Kgの表を見て下さい。1Kg位の分厚い書類や書籍の場合は、航空郵便+書留サービスが64.8リンギ、EMS書類が73.75リンギとなり、両者の差はさほどなくなりました。なので、この場合は速く届くPOSLAJUの方が良いですよね。

ま、上の2つの表から判断できることはたくさんありますが、要は、送付する中味の重要性や緊急性、それに大きさや重さなどを勘案して配達種別を事前に決めるべきなのですよ。恥ずかしながら、今頃こんなことに気付くなんてやっぱり老年性の脳細胞減少症が進行しているのかも知れません。(笑)



アレ?いつの間にか、今日の本題からちょっと外れてしまいましたので、ここで閑話休題です。

この国の、特にマのつくレースの方たちのなんとレイジーなこと、これには定評がありますよね。全部が全部ではないのでしょうが、そんなレイジーな方たちは特に探さなくてもあちらこちらで頻繁に目にします。スーパーマーケットで、レストランで、コンビニで、銀行で、デパートで、そしてお役所で、などなどありとあらゆるところで、不思議なほど上から目線で無愛想だったり、動作が極めてノロかったり、商品知識などまったくなくて真面目な質問にもテキトーに答えたり、まぁ、日本ではとても考えられない方たちです。

そう思うと、今日のタイトルに掲げたポス・マレーシアのポスメン(配達人)の仕事っぷりも十分に納得がいきます。

このKLにどれぐらいの数のポスメンがいるのかは知りませんが、中には、宅配の荷物を届ける前に疲れてしまったり、メンドくさくなってしまったりして、不在表をメールボックスに入れて帰ってしまうレイジーなポスメンがいてもなんら不思議なことではありません。

セントラル駅近のポスラジュセンターの係りの方が言ったことは、ジョーダンではなく、本当のことだったのですね。

でも、あのポスラジュセンターの係りの方たち、やっぱりマの付くレースの方たちですが、ポスメンのことをレイジーだからと嗤ってましたが、あの方たちはレイジーではないのでしょうか。

後で、この↓表(今日の最初の写真を一部拡大したものです)をチェックしてみて、少々違和感を感じました。

POSLAJUTRACK3.jpg

と言うのは、この表↑の一番上の行に、8月21日5.36 PM、カウンターで自己引取り(Self Collection at counter)と記されていますよね。これ間違いですよ。私が荷物の引取りに行ったのは21日ではなくて翌日8月22日の11時ごろですから。

これって、引取りカウンターにいたあの彼らの仕業ですよね。の意図的?とすればなんのため?・・・なんて、つい深読みしたくもなりますけど、いや、ま、良しとしましょう。

最後に、マレーシア最大のネット掲示板と言われているローヤット・ネット(Lawyat.net)のPOSに関するスレッドでは、ポスラジュの郵便物や荷物がきちんと宅配されずに、今回のようにポスメンが疲れてしまったり、メンドくさくなったりして荷物を届けずに不在表だけ置いて帰っちゃったなんて例のなんと多いこと。そんなマレーシアのPOSLAJUが彼らになんと評されているのかを紹介して今日の締めくくりとします。

"あれはPOSLAJUじゃなくて、POSLAMBAT(遅配便)だよ。" 注:LAMBATとはマレー語で、"遅い"という意味です。


ではまた。。



みなさんは下の写真を見て、ここがどこかお分かりですか?

KLのツインタワーの下だ、と直ぐに分かった方はよほどのKL通だと思います。ツインタワーの真下から東方向を見ているのですが、いつの間にかジャランアンパンの向こう側にあんなに高い建物が建ちましたね。で、良く見るとあれもツインタワーじゃないですか。

2015080900.jpg

聞くところによると、Le Nouvelと言う高級サービスアパートメントだそうですが、まだ建築中なんだそうです。あれ、絶対こっち側のツインタワーを意識してますよね。

そして↓これは廻れ右をして西側を眺めているところです。

2015080900-1.jpg

ツインタワーのエントランス前の水場とグリーンをちょっと北側↓に歩くと・・

2015080900-2.jpg

今回のKLシティグランプリ2015のための華やかな臨時施設が所狭しと立ち並んでいます。

2015080901.jpg

ジャランPラムリーの片側道路を完全閉鎖し、そこには有料のスタンド席も建っています。

2015080903.jpg

いや、いずれもこの3日間(8/7~8/9)のシティグランプリのために準備した施設でしょうが、臨時施設にしてはすべてが立派です。これでは準備もさぞかし大変だったでしょう。

2015080904.jpg

どうも私は直ぐに貧乏人根性が出てしまうのですが、たった3日のためにこんな大袈裟なことをやって、お金も随分かかっただろうし、果たして大丈夫なのかと思ってしまいます。でもこれでもペイできるってことなのでしょうか。

そう言えば、有料スタンド席の入場料が最低でも350リンギ(約11,000円)もするそうなので、満員御礼にでもなれば良いのでしょうけどね。

2015080905.jpg

グランプリの最終日(8月9日)は日曜でしたので健康ウォーキングも兼ねて出かけてみました。いや私の場合、自動車レースに特に興味があるわけでもないので、ほとんど物見遊山です。

2015080906.jpg

プログラムによると朝一番のレースはFMCSと言うF1のレースと言うことでしたので、スタート前の9時ごろにKLCCに到着、辺りをウロウロしてみました。まだ朝のせいか思ったほどの人出ではありませんが、やっぱりフェンスの外側からは良く見えませんね。

2015080907.jpg

ウロウロしながらジャランアンパンの北側にやって来ました。事前にDLしたマップによると、この辺りはプレミアムウォークアバウトと言う有料のウォークアバウト(立見席)のようなのですが、どうやらチケットなしでもまったく問題なさそうです。どうなっているのか良く分かりませんけどとにかく見たもの勝ちですからね。

ところでKLシティグランプリって、マレーシア初なんだそうですね。マレーシアにはKLIAの近くのセパンと言うところに大層立派なサーキットがあって、有名なF1レースも行われているのだそうです。在住日本人の中にも結構高価なチケットを購入して出かける方々がおられるようですが、私はそんなことには興味ゼロ、きっとタダと言われても面倒だから行かないと思うかも知れません。

2015080908.jpg

では、そんな私が今回はなぜ?と問われれば、答えは簡単です。ストリートレースなるものに興味が湧いたからです。公道を閉鎖してサーキットを臨時に造るって、一体どうやるんだろう?

もちろんその運営については、DBKL(KL市役所)も主催者なのだから、市の職員や警察や消防などをフル動員してこなすのだろうけど、サーキットの内側に位置する人たちや商業施設にとっての迷惑はどうするのだろう、などの興味が湧いてきます。

私は当日朝、モノレールのブキッ・ナナスの駅から臨時のサーキット(1周4.2km)の外側を反時計回りに歩いて半周してみたのですが、全てがコンクリートブロックと金網つきの鉄柵に囲まれていて、アリ一匹も通さないぞと言う厳重なものでした。

しかし、こんな風に朝から晩まで3日間も車や人の通行を完全にブロックしたら、内側にあるホテルとかレストランなどへは客もまったく行き来できないわけだから、一体どうするのだろうと思ってしまいます。

ここはKLの中心地です、たった4.2kmのサーキット内の狭い地域とは言え多くの商業施設が林立しています。これって内側の経済を完全に犠牲にしてるってことですか。パンフレットの説明書きを読むと今年が初回で、来年以降は毎年の恒例にするとのことですけど。。

もちろんこんな経済効果や損失など、メリット・デメリットを十分検討した結果のことかも知れませんが、これじゃ反対意見もさぞ多かったのではないかなどと真面目に危惧したりして、私って、本当に貧乏人根性+ひねくれ者なのかも知れませんね。

さて、9時30分になりました。プログラム最初のF1レースがスタートしたようです。おぉっ、爆音と共にF1がやってきました。慌てて持参のカメラを構える私ですが、Ummmmm、目の前の金網が邪魔になってよく撮れません。

2015080909.jpg

私は、金網の向こうを走るF1のみにピントを合わせたいのですが、安全のための金網フェンスと観客立ち入り防止策の間が約1.5mほどあるので、私のコンデジではどうしても金網がくっきりと撮れてしまうのです。

2015080910.jpg

自動焦点をオフにしてマニュアルでもいろいろトライしてみたのですが、如何せん、一眼カメラのように上手く手前の金網をぼかすことができませんでした。これって私の操作が不味いのでしょうかね。

2015080911.jpg

ほら、これ↓だって、目の前を疾走するF1を上手に撮れているのに、手前の金網が邪魔でしょう?

2015080912.jpg

KLCCでひととおりF1レースを観てから、今度は、KLCCビンタン・ウォークウェイを通って、ジャランペラク↓にやってきました。うん?こっちの方が良く観えるような気がします。でもやっぱり金網が邪魔ですよね。

2015080913.jpg

格好いいF1が次から次に、凄い爆音とともに目の前を疾走していきます。

2015080915.jpg

ほら、これ↓なんかもスピード間が出ていていい写真でしょう?

2015080916.jpg

ほら、これ↓も。。

2015080917.jpg

ほらっ、こっち↓もでしょ?でも、、、どうしても金網が邪魔なんだよなぁ。。

2015080918.jpg

じゃじゃーん。んじゃこれはどうだ。。いや、すんません、これ↓は8月9日付けのFastMotoringと言うマレーシアのモーター情報誌に掲載されていた写真です。流石にプロは違いますね。

2015080919.jpg

これ↑って場所取りもいいですよね。そう言えばサーキットのところどころにクレーンで持ち上げられたカメラポイントがありましたが、この写真も多分そう言う場所に陣取ったプロカメラマン撮影によるものなのでしょうね。

ところでこれ↓なにか分かりますか?

2015080920.jpg

はい、これはKLCCビンタン・ウォークウェイ、KLCCとブキッ・ビンタンのパビリオンを結ぶ空中回廊(連続歩道橋のようなもの)の途中にある降り口のひとつです。

実は、このウォークウェイは、今回のサーキットを構成する公道のひとつ、ジャランペラクに沿っているので、ところどころからはサーキットが良く見渡せるのです。私は事前にグーグルマップでこのことに気付いていましたので、良く見えなかったときの最後の手段として心密かに期待していたのですが、いざ、その場所に行ってみてガッカリです。

なぜってほら、上の写真のように暗幕が張ってあって、サーキットが覗けないようにしてあるのです。おぉーっ、なんと言う意地悪、なんと言う儲け主義。。。

さらにこの場所↑には、係りの人が見張っていて、覗こうとする人を厳しく制しています。こらっ覗いちゃダメ!写真撮っちゃダメって。。えっ?なんで写真撮っちゃダメなの?


しかし、そんなことにめげる我々大衆ではありません。ほら、ここではみんなで覗けば怖くないです。暗幕なんてくるくる巻いて持ち上げればいいんだよ。ほら、そこの人、暗幕が垂れてこないようにしっかり押さえといてよ!

2015080921.jpg

ここなんか完全に目隠しなしです。みんな入れ替わり立ち替わりにしっかりカメラを構えています。もちろん近くには係りの人が見張っているのですが、多勢に無勢、なんにも注意しません、いやできません。注意しても誰も聞かないし、無視されるから。

2015080922.jpg

私も早速カメラで被写体を狙いました。でもここはちょうどカーブになっているところでみな速度を落とすので迫力に欠けるかな?

2015080923.jpg

でもですよ、↓ここはジャランペラクのグランドスタンド(有料スタンド席)ですが、F1レースの最中だと言うのにこんなにガラガラです。一体どうしたと言うのでしょう。

2015080924.jpg

主催者の思惑が外れた?まさか3日間ともこんな状態だったんじゃないよね?1日目、2日目は練習日でしかも初日は雨だったというし、今日は最終日の本戦なんですけど、これでこんなにガラガラ、一体ナゼ?

最近、私はこの国のいろんなことに気がついて若干まごつく時もあるんですけど、これだってそんなものかも知れないな。マレーシアって、急速に所得格差が出てきてるって言われてますよね。つまりお金持ちと貧乏人のギャップがあって、一部の裕福な人たちとその他大勢の貧乏人たち。

大勢の貧乏人たちは、私も含めて、F1レースは観たいけど高いチケットなんか絶対買わない。暗幕丸めて覗き見するだけで十分なんだよね。

あーぁ、これ絶対大赤字だな、きっと。そんなことを思いながら、このイベントに関する新聞記事を早速チェックしてみましたけど、期待に反して大半がお気楽&お調子記事のオンパレード。でも中には、セパンの常設サーキットではなくてなぜKLシティグランプリなんだと疑問を呈する記事も若干はありましたけど。

主催者側はこのイベントがもたらす経済効果を高らかに謳いあげているようですが果たして来年以降は如何に?

さて、そんなKLシティグランプリ2015でしたが、ここで嬉しいニュースをひとつ。

この↓写真はもちろんプロ写真家による写真(BHディジタル8/10)ですが、このカッコいい車、ランボルギーニ・ウラカンスーパー・トロフェオと言う舌を噛みそうな名前の車だそうですが、本イベントの目玉レースで総合優勝した車だそうです。

2015080925.jpg

で、いかにも速そうなこの車のドライバーは、なんと日本人。横溝直輝さんというレーシングドライバーだそうです。

2015080926.jpg

真ん中のイケメンドライバーが横溝さんだそうです。凄いですね、KLでの初市街戦を制した、総合優勝者が日本人ドライバーだなんてね。自動車レースにはまったく興味のない私もちょっぴり嬉しくなりました。

NAOKIYOKOMIZO.jpg

さて、今回最後は、私が撮ったムービーです。一部暗幕の隙間からの覗きもありますが、ほとんどは金網越しの撮影なので、観づらいところもあるでしょうが、興味のある方はご覧いただきたいと思います。



今日は、KLで始めてのストリートグランプリの様子と、私の気付きを綴ってみました。それではまた。。


みなさん、こんにちは。今日は、先日の日曜日(7月12日)に単独初参加したクアラルンプールYMCA老人会バスツアーのリポートです。

いや、本当はシニアシチズンズクラブの方たちなので、老人会なんて書くときっと怒られるのでしょうが、万一、その中の誰かがこのブログを目にしたとしても誰も日本語が解らないだろうからとタカを括っています。(笑)

老人会と言えば・・・、今、書きながら思い出し笑いをしてますが、以前、私の田舎の中学の50年ぶりの修学旅行と題し、その泣き笑いの一部始終をブログに綴りました。あの時はお互いの姿かたちの半世紀ぶりの変わりように驚き、昔を語りながら、飲み、食べ、笑い、歌い、踊り、そして最後にはみな涙したものでした。

あの時も思いました。人間誰しも60年以上も生きていると、順風満帆の人生だろうが艱難辛苦の人生だろうが、顔には一様に皺も染みも増えてきて、いくら本人たちが否定しようとも、傍から見れば紛うことなき老人会です。私も、もちろんその中の一人なのだから逃げも隠れもできないし、寧ろその中にどっぷりと浸かることの心地良さも十分に承知しているのですが、いまだに気持ちも見てくれも若くありたいと抗う自分もいるのです。

だから、世の老人会のイベントなど余程のことがない限り参加したいなんて思わないのですが、今度ばかりはすっかり騙されました。今回のバスツアーですけど、最初にKLのYMCAでその参加者募集のポスターを見たとき、老人会のツアーだなんて一言も書いてなかったのです。ベントン(Bentong)とかラウブ(Raub)の文字と日帰りバスツアーの文字が目に止まり、私がこれまで行ったことのない田舎だったし、YMCAの企画だからきっといろいろな人種が参加するに違いない、これはきっと面白いぞと思ったのです。

しかし、ツアーの旅程表の最後にはドリアンブッフェと書いてあってやや躊躇しました。

人間誰しも不得手なことや苦手のものがあるのは当たり前のことかと思いますが、私の場合、その一つが果物の王様と称されるドリアンなんです。マレーシアはちょうど今がフルーツシーズン、街にはドリアン売りの屋台があちらこちらに出ています。でもmy better halfはもちろんのこと、私もやっぱりあの臭いがダメで、なるべく避けて通るようにしてますし、スーパーマーケットでもドリアン売り場の周囲には近づかないようにしています。

でもローカルの人たち、いや、当地の多くの日本人からも、あんなに美味しいものはないよって、何度も聞かされるものだから、どうも懐疑的ながら、いつかは美味しいドリアンに巡り会うのかも知れないと思ってみたり、いつまでもみんなが美味しいと評するものに背を向けてはいられないと考えたりしてました。これも郷に入れば郷に従えの類なのかも知れないし、今度チャンスがあったら再チャレンジしてみようと思っていたのです。

なのでしばらく考えて、よしチャレンジだ、そう決断しました。

でもこのツアー、まさかYMCA老人会のツアーだとは知りませんでした。それに気付いたのはなんと当日朝です。YMCAのレセプションに集まった面々を見るうちなんとなく不安が過ぎりました。面々がみな中華系のお年寄りなのです。中には私と同年代かあるいは少々若いかと思う人もいるにはいるのですが、ほとんどがジジババ軍団です。

側の怖い顔をしたオバサンに恐る恐る尋ねてみると、今日はシニアクラブのバスツアーだよ、って教えてくれて、アンタも参加するのかい、へぇーっ?って不思議そうな顔をされてしまいました。

え、えーっ、なんだ老人会のツアーだったなんて、知らなかったよぉ。しかもみーんなチャイナだよ。周りから聞こえてくる騒々しい中国語の中で、これ一体どうしてくれんだよって思いましたがもう完全手遅れです。

正直言うと私の苦手なものは、ドリアンの他はこの中国語と韓国語なんです。いや、話すことができないとか、聞くことができないと言う類の苦手ではなくて、側で話されるとムシズが走ると言う苦手なんです。何言ってるのかさっぱり分からないことは、これはしょうがないのですが、側に他人がいても気遣いすることなく無遠慮に大声で話すし、それになんと言っても態度やマナーが悪い。

と言うことで、要するに中国語を話す人、韓国語を話す人が大の苦手なのですが、今日はよりによってそんな中国語のジジババ会だよ。いや参ったなぁ、トンデモナイツアーに参加しちゃったなぁと独り嘆いていました。

YMCA前です。バスは大型の観光バス、同行する企画担当の女史に聞いたところ、本日の参加者は44名、うち老人会から41名、日本人1人、インド系マレー人2人だそうです。

2015071201.jpg

ほとんどがお年寄りだから、前の席から順番に座っていって、最後に一番後の席だけが残りました。そこに私とインディアンカップル、そして、これは最後には本当にありがたいと思った、とっても世話好きな中華系のオバサンが座りました。

2015071202.jpg

でも、こっちのバス↑って、なんでこんなに内装が派手派手なんだろう、私たち日本人の感覚からすると落ち着かないというか、眩暈がするほどド派手な色合いと色彩なんです。こっちって、こんな観光バスがフツーなんですよ。

朝8時にKLのブリックフィールズを出発した観光バスは、バツーケーブの東にあるゴンバック料金所からE8の高速道路に入り、一路ベントンに向かいます。ベントン↓とは、KL中心部から約80km北北東、ゲンティンハイランドの裏側(東側)に位置する山間の町です。

途中、ツアーガイドの男性(この方も中華系)が、これは感心するほどしゃべりっぱなしです。それが、今英語で話していたと思うと、いつのまにかマンダリンに切り替っていたり、また突然英語に戻ったり、またまたマンダリンになったりで目まぐるしいテンポで言語が変わるのです。

恐らく、本人には言語を切り換えているという意識がないのだと思いますが、中国語がまったく解らない私と隣の席のインディアンカップルにとってはいい迷惑です。

しかしその他のマジョリティのみなさんは、これで問題ないのでしょうかね。いや、ガイドさんのバイリンガリズムのことです。誰一人文句も言わないところをみると、みなさん、年齢に関係なくバイリンガルなんでしょうね。

でも多勢に無勢、思わぬところで人種のマイノリティの悲哀を噛み締めながらじっと耐えていたところ、そんな雰囲気を察したのか、隣のオバサンがガイドさんの中国語部分の英語同時通訳を始めてくれたのです。

いや、これには本当に感謝です。その後ツアー終了までずっとそれを続けてくれて、お陰でガイドさんの面白おかしい話も良く理解できました。

そしてほぼ予定どおり、出発から約1時間半でベントン到着です。

bentong.jpg

旅程表では朝市に行くことになっていて、私はそれをとても楽しみにしていたのですが、朝市に近づくに連れて車が押し合いへし合いのノロノロ状態となり、ようやく市場の前に着いたと思ったら交通整理のお巡りさんに邪魔だからあっちに行けと指示されてしまったのです。

ガイドさんによれば、もっと向こうに行けばバスを停めるところがあるからと言う説明だったのに、行けども行けどもバスは停まれない。ついに諦めたらしく、ここでみんな降りてご飯食べてきて、と言ってすれ違いもできないような狭い道路の真ん中でバスは停車、みんな降り始めたのですがジジババ軍団ゆえに動作がのろい、杖をついたり手を引かれる老人もいて、時間だけはたっぷりとかかります。

そんなバスの後にはいつの間にか長蛇の車列。でもバスは道の真ん中で長時間の立ち往生、往来を堂々塞いで遠慮なし。あぁそうか、これがチャイナ式のマナーかと思いましたね。でも、そんな私も今日はチャイナの一員、でも穴があったら入りたい、そんな気分でした。

あーぁ、朝市でなんか美味しいもの食べたかったのに、、と思っていたら、、ほら、あそこにビッグハウスがあるでしょ、あそこで朝ごはん食べなさい、だと。。なにぃ、どこがビッグハウスだよ、なんて悪態つきながら見てみると、ビッグハウスって名前のレストランだったんだ。。

2015071203.jpg

まだ10時前だと言うのにこの人出はなに?って思う。でも良く考えたら今日は日曜日だし不思議なことでもないか。。で、この人たちみんな中華系なんだね。そっか、今はラマダン中だからマレー系が居る訳ないよね。でもインド系もいないから、ひょっとしたらこのベントンって町は中華系の町かも。。

2015071204.jpg

そんなことを思いながらウロウロしてたら、老人会のジジババの一人に、これ食べなさい、これ美味しいからっていうビーフヌードルをやや強制的に薦められて食べました。でも、はっきり言って美味しくなかったです。ヌードルも不味かったし、ビーフって言っても、私がイメージする牛肉ではなく、牛の胃袋とかの内臓そのままだし、ゴム食ってるようで決して美味しくない。

だけど隣で、ちょっと怖い顔のババが、美味しいだろ、美味しいだろってしつこく言うものだから、泣きそうになりながらも、全部食べました。スープも全部飲めなんて、無理言うもんだから、これも全部飲み干しました。

あー、恐怖の朝食タイムでした。いやいや今日のバスツアーって、ジジババ監視付きだよ、これじゃあこの先が思い遣られるぞと、改めて泣きたくなったひねくれ団塊チャレンジャーなのでした。

さて、ベントンの町を離れてバスはさらに北上します。次なる目標は飛び切り美味しい豆腐工場とこれも絶対美味しいピーナツ工場だそうです。でもこれは周りのジジババ情報ですから、私は決して信用していません。

2015071205.jpg

上↑のバスに注目です。なんか昭和にスリップしたような風景だと思いませんか。つい懐かしくなるラウブのバスセンターです。

そして、ここが豆腐工場のある村です。この↓立て看板も昭和の郷愁を誘う、そんなレトロな感じがたまりませんね。

2015071207.jpg

村の小路をジジババ軍団と共にのろのろ歩きます。見えて来ました、国旗が立ってるあそこ↓が村の豆腐工場だそうです。

2015071208.jpg

私たちの前にも大勢の人たちが工場の中にいます。工場と言ってもせいぜい10坪ほどの狭い、そしてむさ苦しいところなのですが、はて、ここの何が良いのでしょうか。

2015071209.jpg

中に入ってみたところ、これも昔見たことがあるような、ないようなレトロな雰囲気の豆腐工場です。それにしてもここの何が良いのか、私には皆目分かりません。

2015071210.jpg

工場内はこれこのとおり、身動きもできないような状態です。皆、先を争って買い込んでいましたが、私にはまだ何がなんだか分かりません。

2015071211.jpg

私だけ知らん振りをするのも嫌なので、財布を握り締めて、さも、買うぞって雰囲気でいたとこら、後ろにいたジジに、これ買えと指さされました。それがこれです。なんだこれ?スーパーで売ってるヨントーフーとかスチームボートに入れる油揚げじゃないか。。

2015071212.jpg

薦められるままに、一袋(12個ほど入って4リンギ)買いました。一晩冷蔵庫に置いた後翌日の夕飯で食べてみましたが、まぁ可もなく不可もなくと言うところでしょうか。私はこんなものより、日本のホントに美味しい豆腐を冷奴で食べたい。こっちのスーパーでは、日式豆腐の名で、似て非なるものを売ってはいるのですが、賞味期限が数ヶ月も先だったりするし、食べてもあまり美味しいとは思わないのです。

ジジババ情報によると、KLからわざわざ買いに来る人もいるそうで、とても美味しいと評判なのだそうな。そう何度も言われても、やっぱり私にはそうは思えませんでしたけど、軍団の中には、手に持てないほど買い込んだ人も大勢いましたね。

↓バスの最後席の私の隣でマイノリティの悲哀を共に嫌と言うほど味わったインディアンカップルです。マイノリティ同士ひっそりと肩寄せあったお陰ですっかり仲良くなりました。(私とカップルが、と言う意味です)

2015071213.jpg

オレンジのシャツが今回のツアーガイドさんです。聞いたところ、7ヶ国語をほぼ同じレベルで話せるそうです。普段、何語で考えるているの?と尋ねたら何語で考えているのかは特に意識していないが多分マンダリンか英語かなと言うことでした。

しかし、バイリンガリズムとかトリリンガリズムって、そういうものなんでしょうか。特に意識することなくマルチの言語で考え、意識することなくマルチの言語が口をついて出てくるのですね。英語脳も中国語脳も並列状態にあると言うことなのかも知れませんね。

2015071214.jpg

↑左の女性はYMCAの企画担当、その後は彼女の妹さんです。ジジババ軍団の中に介添が必要なオオババが一人いるのでそのための介添人として連れてきたとのことでした。

そして、次なるところはピーナツ工場、と言ってもこれフツーの村のお店ですね。いやぁ、ここも繁盛してること・・・

2015071215.jpg

それにしてもみなさん良く買いますね。そう言う私もここではビールのおつまみにと少しピーナツを買いましたけどね。

2015071216.jpg

↓車窓からの眺めです。おー、マレーカンポンハウスじゃないですか、これいい。でも良く見たらちょっと右に傾いているような。。

2015071217.jpg

はい、この方↓が老人会の大御所さんです。バスに乗車した際、握手を求められ自己紹介を強要されました。私の名前はトーサンだ、おトーサンではないぞ、と笑いながら仰いましたがほんのちょっぴり日本語ワードも解る御年85歳の会長さんだそうです。

2015071218.jpg

↑その後、このトーサンとガイドさんが代わる代わるにマイクを持って、土地の説明や風景の説明などしてくれましたが、なんとこの会長さんも英語と中国語のごちゃ混ぜなんです。でも声には張りがあるし冗談ばかり飛ばす随分元気の良いオオジジでした。

さて、バスは次なる目標の昼食レストランに向かっているのだろうと思ったら、どうもそうではなさそうです。ガイドさん曰く、今朝出がけにドリアンファーム(バスツアーの最後の立ち寄り先)に電話したら、今日はシンガポールの団体客がバス7台で来ることになった、とのことだった。シンガポーリアンはみな大食いなので、彼らに先を越されたら、私たちが食べるドリアンがなくなってしまうから、予定を変更して今からドリアンファームに向かう、と言うことでした。

え、なんだ今、ドリアンファームに向かっているんだ?と独り言を言ったら、隣の通訳オバサンがいろいろ補足の説明をしてくれます。そうなのよ、あの人たち(シンガポーリアンのこと)ってちっとも他人に気遣いしないのよ、自分さえ良ければって感じなのよね。マナーは悪いし食べ方は汚いし、大っ嫌い!今日は絶対、あの人たちの先越してドリアンファームのドリアン全部食べ尽くしてしまおうね、って、、とんでもないことを仰る。で、アンタもドリアン、もちろん大好きでしょ?だからこのツアーに参加したんでしょ?私たち、このドリアン食べ放題ツアー、ずっと前から楽しみにしてたんだから。。。

えっ?これって、ドリアン食べ放題ツアーなんですか?なんだアンタ知らなかったの?みんなドリアンが大好きで死ぬほど食べたい人たちなんだよって・・・・・。おいおい、これドリアンがメインのツアーだったんだ。知らなかったよぉ。で、でも、まぁいっか。。何事もチャレンジだし、と腹を括る私です。

さぁ、どうやらドリアンファームに着いたようです。でも、バスの前の方でガイドさんやトーサンやその他のオバハンたちがなにやらざわついています。なんだなんだと良く見ると、前方には大型観光バスがずらり。。

2015071219.jpg

こ、これって、シンガポールの団体?隣の通訳オバサン曰く、どうやらそのようね、だと。。私にはちっとも区別がつきませんが、どうやらオバサンたちには、シンガポーリアンと自分たちチャイニーズマレーシアンとの見分けがつくようです。なんと、先を越すはずのシンガポーリアンにその先を越されてしまったのですね。悔しがるジジババ軍団ですが仕方がありません。

時計を見ると午後1時半、ファームのまん前にバスは停まり、ガイドとトーサンから"しばらく待て"のサインです。

窓から下を見ると、いるわいるわ、大勢のシンガポーリアンが盛んにドリアンをパクついています。ほら、見なさいよ、あんな食べ方して汚いでしょ、だからシンガポーリアンって嫌いなのよ、でも中国本土から来るチャイニーズはもっと嫌いだけどね、だと。。

2015071220.jpg

え?そう?そうなの?本土の中国人って嫌いなの?でも、なんで?と思わず突っ込み入れてしまう私です。そしたら、そんな会話が周りにも聞こえたらしく、前の席のオバハンたちやもその隣の席のジジババも参戦してきて、本土の中国人大嫌い討論会になりました。

内容については少々他言が憚られるようなこともありましたのでここでの詳述は控えますが、結論は、同じ中華DNAであっても育ちが違うのよねー、でした。

しかし、この後もバスの中で随分待たされました。40分ほど経って、ようやくシンガポーリアンの団体が去った後、トーサンから"下車よし"の指示。いよいよ私たちチャイニーズマレーシアンのジジババ軍団+インディアン2人と日本人1人グループの出番です。結構広いトタン屋根つきの土間みたいなところに、大きな古い木製のテーブルが何台か置いてあり、ファームの作業員みたいな男の人が次から次にドリアンを割って手渡してくれます。

2015071221.jpg

ムサンキング、漢字で書くと猫山王、これが一番美味いのだそうです。ガイドさんとトーサンの説明では、濃い黄色、クリーミィ、良い香り、蕩ける甘さ、ちょっとビター(苦い)、そして種が小さいのが特徴だそうです。良い香りだなんて、これが良い香りなの?うん、確かに街のスーパーに比べれば臭いが柔らかいと言うか、きつくないです。でもぉ、、、

2015071222.jpg

側で見ていると、我がジジババ軍団もシンガポーリアンに負けず劣らず迫力の一気食いです。

2015071223.jpg

皆先を争い、息もつかずにひたすら頬張ります。さっき、盛んにシンガポーリアンの食べ方が汚いって罵っていたオバハンたちだって、私が見たところとても上品とは言い難いのですけど・・・・

2015071224.jpg

じっと見ていたら、何みてんのよ、ほらアンタもいっぱい食べなさいって、世話好きオバサンが次から次に手渡してくれるものだから、食べないわけにもいかず、思い切って頬張りました。うっ、むせかえるような独特の匂い、で、でも美味い、いつか食べたものよりずっと美味い。

2015071225.jpg

いやぁ、食べました。ほら、ムサンキングの食べ放題です。

2015071227.jpg

こんな濃い黄色のドリアン、20個以上も食べました。私の新記録です。食べていたら周りのニオイもだんだん気にならなくなりましたが、食べすぎのドリアンゲップはちょっといただけないかも。でも、今日のチャレンジ、ひょっとして成功したかも知れません。苦手のドリアン、皆で食べれば怖くないって感じでしょうか。でもまだ独りで買って食べたいとは思いませんけどね。

2015071228.jpg

1時間ほどでしたが、みなさんゲップが出るほどの食べまくりで大満足のようでした。いくらご老人と言っても食欲だけはあるのですね。でもお陰で、バスの車内はジジババのゲップでまるで死のガス室状態だっただろうと思います。でも、負けずに私もゲップを車内に撒き散らしていましたので、大して気にはなりませんでした。

2015071226.jpg

これ↑がドリアンの木です。こんな大きなドリアンの実が熟したらひとりでに落ちてくるそうです。頭に当たってら死ぬよぉってジジババに脅されました。死ぬと言えば、アンタ、あんだけドリアン食べたんだから、今晩は絶対お酒飲んだらダメだからね、死ぬからね、と顔が憎たらしいしわくちゃババに脅されました。

なんだあいつ、絶対やっちゃダメと諭されたら余計にやりたくなると言うオレのとんでもチャレンジ精神を知らねーな。なんだ、ドリアンとアルコールってなんか化学反応でも起こすのか?そんなの科学的な根拠があるのか?よっし、だったら今夜絶対試してみよっか、と密かに思うひねくれ団塊なのでした。

さて、ドリアンが終わり、次はどこかと尋ねたら、次はまたベントンに戻り、アーリィディナーだって。。え、だって今ドリアン食い放題食べたばかりなのに、もう夕食かよ。。。。

2015071230.jpg

ベントンの町に戻ってきました。時計はまもなく4時半だけど、ディナーにはまだちょっと早いからと言うことで界隈を散策することにしました。でも陽もまだ高く暑いです。なので、隣の通訳オバサンとその他数名のジジババと連れ立ってアイスクリーム屋さんに行きました。ここ↓はベントンでは有名なお店だそうです。

2015071231.jpg

しかし、見て下さい、こんなにぎっしりのお客さんです。空いてるテーブルなんかありません。あー、こんなんじゃ座れないよ、無理だよ、と日本人なら直ぐに諦めるところですが、今日は中華DNAジジババ軍団です。あっと言う間に見事に席を確保しました。どうしたかと言うとまばらに座ってる人たちを寄せて動かし、自分たちのテーブルを強引に確保したのです。見事と言うほかありません。

いやぁ、なんと便利なジジババ軍団なんだろ。オレ、この人たちに弟子入りしちゃおかな、、、なんて、ハハ、これは冗談冗談。。

2015071232.jpg

↓これが評判のアイスクリームだそうです。いや、バニラアイスクリームと小豆が上にのっかってるカキ氷ですね。コーンものってますけどこっちはコレがフツーなんです。でも確かに美味しい、ちょっと炎天下を歩いて身体が火照っていただけに余計美味しく感じましたけど、これで5.5リンギ(約180円)は高いのか安いのか、うーん安いと言うべきでしょうね。

2015071233.jpg

さあ、みなさん5時半です、ディナータイムになりました。ここが本日のツアー最後のイベント(?)のディナー会場です。はぁ?この汚い店?これがディナー会場?いやはや恐れ入谷の鬼子母神です。日本人のツアーだったら絶対あり得ない店構えですよ。

日本人だったら個人でも絶対敬遠しますよね。でも、だから本当に美味しい店を探せないのかも知れない。今日はなんでもチャレンジだしいい勉強だよ。

2015071234.jpg

ん、でも2階に上がったら、なんだ意外に綺麗じゃん。階下の入り口があんまりみすぼらしかったから、なんだこんなところと思ったけど、これは大変失礼しました。

早速我がテーブルの面々で記念撮影です。筆者(最右)の左隣が会長のトーサン、そしてその後ろがありがたい世話好き通訳オバサンです。でも、この会長さん、いつも私の側に来ていろいろ話しかけてきます。今度絶対うちのクラブに入りなさい、と最後に約束させられそうになりましたが、なんとか言葉を濁してやんわりとお断りしました。

2015071235.jpg

総勢50名弱の軍団でしたから、テーブルが5つほど、私が最後のお礼にと言葉を交わしながら順に写真を撮って回ると、いろんな面々に腕を取られ、まぁここに座れと言って長居させられそうになりました。酒を酌み交わすのならお付き合いしたいけど、お茶だけでジジババのお話にお付き合いするのはキツイかなと思いやんわりとお断りしました。でも総じてみなさん良い方ばかりですね。

2015071236.jpg

中には、現役時代はエアラインのパイロットだった、日本航空(JAL)にも10年ほど勤め、B747に乗っていたなどと言う方もいて驚きましたが、さらにその方の奥様も、今は主婦してるけどリタイアする前はATC(航空管制)だったなんて仰ったのでまたまた驚きです。もちろんその後は、パイロットだったご主人を含め、大いに話が盛り上がったことは言うまでもありません。

2015071237.jpg

そして、バス最後列の3人です。インディアンカップルと優しい世話好きオバサン。ヨーガくんとはメルアド交換したり大分世代が違うけどなかなかの好青年で私との話題もぴったりでした。隣の女性は、実は嫁さんでも彼女でもなく、なんと実の妹さんなのだそうです。え、えーっ、カップルじゃなかったのぉ、ってチョット驚きましたが、これホントかなぁ。兄妹にしては仲が良すぎるような・・・・

2015071238.jpg

そしてその右が、世話好きオバサンのシャロンさんです。私やヨーガくんたちの世話をかいがいしくしてくれて、本当に感謝です。聞いたところ特にそのつもりはなかったけど、偶然最後列に座っちゃったから、とのことでした。

トーサンやシャロンさん、そして企画担当のジニーさん、その他、今度一緒にラインダンスしようって盛んに誘ってくる怖い顔のババや皺くちゃのジジババたち、みんなみんないい方ばかりで、終わってみればとっても楽しい充実のバスツアーでした。

ベントンやラウブの町では、期待したような美しい景色はあまり見れなかったけど。なんと言っても今まで大の苦手だったドリアンに再挑戦できたこと、そして苦手が大好きに激変はしそうもないけど、まぁ、なんとか克服できたかも知れないことが大きな成果だったと思います。

さらに今までは、周りの中国語に耳が拒否反応を示し、これも大の苦手の一つだったのに、今回は計らずも一日中その真っ只中に身を置いて、次第に耳が慣れたこと、そして特に、私たちは本土のチャイニーズとは姿かたちは似ていても中身がまったく違うのよ、と言って憚らなかった怖い顔のババたち。そんな愛すべきジジババたちを知ったことは私の内なる進歩にきっと繋がる、そう確信しました。ありがとう、クアラルンプールYMCA老人会、いやシニアシチズンズクラブのみなさん。

追記(2015.7.16 20:00):当日の夜、例のドリアンとアルコールの化学反応が実際に体内で起こるかどうかの人体実験にトライしてみました。ツアー中、ババに"飲んだら死ぬよ"などと脅されたものだから、恐る恐る、缶ビールをゆっくりと胃に流し込んで、なにか変化が起きるかどうか試してみました。でも別に何の変化もありませんでした。流石にそれでもカールスバーグ2本でその日は止めときましたが、身体が少し火照ってくるとかあったら面白かったのになんの変化もなかったです、ハイ。。。

ではまた、、


みなさん、おはようございます。今、朝です、朝の3時半です。どうも最近は私の体内時計が完全に狂ってしまったようで、眠い時に寝て、目覚めたら起きて何かする。こんな出鱈目な生活になって久しいのですが、かつての私がそうだったように(※)共に暮らす身になれば、これほど迷惑な存在は他にないだろうと思います。※以前、しばらく実家で老父と暮らしていたのですが、当時の父は今の私とまったく同じ出鱈目パターンで本当に迷惑してました。(笑)

さて、突然話は変わりますけど、ブログって、毎回の題材探しが結構大変なんですよ。だから、寝て起きて、頭が冴える今なんですよ、題材考えたり、書いたりするのは・・・・と言いつつ、今、一生懸命考えながらキーボードを叩いています。

それでも私の場合は平均すると週一のペースなので、まだまだ楽な方かも知れません。中には毎日、いや毎日どころか日に何度も書いている方も大勢おられますので、まったくもってご苦労なことだと思います。それにしても毎日書くって、大変ですよね。きっと寝ても覚めてもブログのことばかりなんでしょうね。私には到底無理です。

週一のペースでもこんなに苦労しているのにと思いますけど。もっとも私のブログは、一回のボリュームを減らして内容をもっと軽めのものにすれば、さほど苦にはならないのかも知れませんが、私には私のこだわりがあるんですよね。

私の場合、タイトルこそ日記ですけど、単なる日記風ではなくエッセイ風に書きたい、しかもちょっと濃い目の短編の読み物風に仕上げたいなどと、小難しいことを考えているんですけど、これって自分で自分の頚を絞めているようなものですね。(笑)

先日、何のためにキナバル山に登るのか?と誰かに問われましたがこれとて同じことです。誰に強制されたわけでもなく自ら望んで苦しいことや辛いことに挑み、それを自からの努力で達成できた時に得られる無常の喜び、達成感、これですよ、これ。

なーんちゃってね、でも、今日は最初から鼻息を荒くするつもりは毛頭ありませんのでご心配なく。。(笑)

さて、今、イスラム世界は年に一度のラマダン月の真っ只中ですが、思い起こしてみれば、昨年も、一昨年もラマダン関連のスピリチュアルなムービー作品を何本か紹介しましたよね。

なので、今年もそれを恒例にしようと、ユーチューブやソーシャルメディアなどの動画サイトを今まで懸命に探し廻っていたのですが、ようやくこれはと思ういくつかの作品を発見しました。今日は、そんな中から私が選んだショートフィルムベスト2を紹介してみたいと思います。



では先ず、ショートフィルムのベスト2からお送りします。

私は、↓この作品を何気に見ているうち、なにかとても不思議な感覚に包まれました。この感覚は一体なんなのだろうかと頚を傾げながら何度も繰り返して見ているうち、その登場人物やストーリィ、そして後半に流れるスローテンポのテーマソングに私は不思議に心を打たれたのです。

まぁ、百聞は一見に如かずです。ちょっと長いムービー(約8分)ですが最後までご覧下さい。(今日紹介するムービーはすべてHD画質ですので、是非大きな画面でどうぞ)



見終えてから、この作品のことをちょっと調べてみました。これは、昨今なにかと話題のMAS(マレーシア航空)が制作したショートフィルムですが、この5月24日に発表されたそうです。発表後1週間で100万回を超えるビューがあったということで、その人気振りが際立っています。

ストーリィはご覧になってお分かりのとおり、ロンドンとマレーシアに離れて暮らすヤングカップルの遠距離愛と家族愛のお話です。でも、これが単なる作り話かと言うと、実はそうではなく実在の人物の実話だというから凄いのです。

以下は、The Malaysian Women's Weeklyと言うマレーシアの女性週刊誌に掲載された記事(2015.5.31)の抜粋です。

Are the “leads” in this film, Aadil and Athirah, a real-life couple?
このフィルムの主役のアディル(男性)とアシラ(女性)は実在のカップルか?

“Yes they are. Aadil Marzani Samsuddin is as an engineer based in London, UK, while Nik Nurul Athirah is a doctor at Hospital Kuala Krai, in Kota Bharu, Kelantan.
そのとおり。アディル・マルザニ・サムスディンはロンドンをベースとするエンジニア、ニク・ヌルル・アシラはマレーシア、クランタン州のコタバル市にあるクアラ・クライ病院の医師だ。

Why is the film called #lundangtonewcastle?
なぜ、このフィルムは#lundangtonewcastleと呼ばれているのか?

”Athirah lives in Kota Bharu (which is the Malay translation of ‘Newcastle’) while Aadil lives in London (which Kelantanese jokingly refer to as ‘Lundang’). The focus of the story is on how this couple’s love remains strong despite the long distance, and how social media has become a bridge between the couple.”
アシラはコタバル(マレー語でNew Castleの意)に住んでいる。一方のアディルはロンドン(クランタン州の人たちは冗談でLundangと言う※)に住んでいる。ストーリィの焦点は、このカップルの愛は長距離でありながらどうして強く保たれているのか、またソーシャルメディアがいかにしてこのカップルの架け橋になり得るのか、と言うことだ。(※訳者註:コタバルにはルンダン(Lundang)と言う地名がある)

At one point in the film, Aadil says the first time he met Athirah was when he had to pick her up at the airport. Was that really their first meeting?
フィルムの一場面で、アディルがアシラと初めて会ったのは、彼が彼女を空港に出迎えた時と言っているが、本当にこれが初めての顔合わせだったのか?

“The two first met on Facebook through a circle of friends when Aadil was working in Malaysia for three months. At the time, Athirah was studying medicine in Dublin, Ireland. So the first time they met face-to-face was when Athirah came back for a semester break, and Aadil had offered to pick her up at KLIA.”
二人が知り合ったのは、フェイスブックの友達サークルを通じてだ。アディルがマレーシアで3ヶ月間働いていた時のことだったが、その時、アシラはアイルランドのダブリンで薬学を学んでいた。なので彼らの初顔合わせは、アシラが学期休みで(マレーシアに)帰国した際にアディルがKLIA(クアラルンプール国際空港)に彼女を出迎えに行った時のことだった。

When are the couple getting married – and where will they call home?
カップルはいつ結婚するのか、そして彼らはどこをhomeと呼ぶのか(どこに住むのか)?

“They are getting married in August this year, but in terms of where they will call ‘home’, we didn’t want to ask such specific questions to respect the couple’s privacy. Plus, we always strive to engage our audience with our content, and leave that answer open-ended: ‘What is your idea of home?’
彼らはこの8月に結婚する。しかし彼らがどこをhomeと呼ぶのか(どこに住むのか)については、カップルのプライバシーを尊重して、そのような具体的な質問はしたくなかったので知らない。それに加えて、我々は、常に内容で聴衆を惹きつけるように努めているし(訳者註:フィルムの内容で勝負すると言うこと)、その中で、あなたのhomeに対する考え方はなにか?と言うことを皆さんに問いかけてオープンのエンディングとした。



いや驚きましたね。そして、このヤングカップルだけでなく、登場するご両親も青年の友達も皆実在のご本人たちなのだそうです。さらに驚くべきは一切台本なしで、それぞれが自分の言葉で録ったという。そうだとすれば実にいい仕上がりだと思いませんか。うーん、だからでしょうか。このムービーには本物の魅力と言うか、観る者を包み込む不思議な感覚があるような気がします。

しかし、このアディル青年は爽やかですね。最初はなかなか感じの良い役者さんだなーと思っていたのですが、フィルムのエンディングで役者さんではなく当の本人と知って驚きです。

そして、アシラという名の清々しくとても可愛い彼女、本物の若い女医さんと知ってこれまた驚きです。さらに実に味わいのあるご両親の言葉、将来二人がどこに住んで欲しいか、とのインタビューに応えて、イギリスのロンドンではなくクランタンのロンドン(Lundang)だと近くて良いのにと笑って仰った、これも良かった、そう思います。

さらに補足で説明したいと思いますが、アディル青年はマレーシアからイギリスに移住したご両親の間にロンドンで生まれたロンドン育ち、現在は本人がロンドン、彼のご両親はイギリスのニューカッスルと言うところにお住まいだそうです。

一方のアシラさんですが、マレーシア東海岸のコタバルにご両親とお住まいです。コタバルは英語に訳すとニューカッスル、この縁がなんとも可笑しいですよね、LondonとLundangもそうですけど。こんな背景が判るとストーリィの全体をさらに良く理解できますので、ぜひもう一度どうぞ。(笑)

で、ムービーの後半に流れているテーマソングですけど、こんな旋律の曲って、実は私好みなんですよね。何度も聴くうち、ムービーだといちいち操作が面倒なので、絶対アラカルトでもある筈と思って探してみたら、やはりありました。↓これです。



歌っているのは、Aizat Amdanと言うマレーシアのプロ歌手です。最初はフィルムの主役の男性か?と思いましたが良く見れば全然違いますね。ご参考までに以下にこの歌のマレー語の歌詞とその英訳文を載せておきます。



Angau - Theme for Malaysia Airlines #lundangtonewcastle Campaign

Melangut di sempadan
Sempadan langit senja
Senja memanggil riang
Riang ketawa si dayang

Terlukis laut
Lautan kisah
Kisah terpaut
Dipaut gadis indah

Baiduri
Selamkan sunyi
Ooh, petik silam yang sirna
Cambahkan di singgahsana
Igauan mekar
Angau ku mekar

Terpana si perjaka
Dibuai ayu ratna
Gemalai sambut nyawa
Soldadu yang terluka

Andai intan
Bimbang tercalar
Kan aku simpan
Dalam dakapan buana

Baiduri
Selamkan sunyi
Ooh, petik girang yang sirna
Hias pada mata suria

Bidadari
Hanyutkan sunyi
Ooh, petik hening berwarna
Ukiri satu purnama

Baiduri
Hanyutkan sepi
Ooh, petik silam yang pudar
Cambahkan di singgahsana
Igauan mekar
Angau ku mekar

Angau ku mekar
Angau ku mekar



そして、これ↓は上記のマレー語歌詞の英訳版です。

Wondering in the horizon
In the horizon of the sunset sky
The sunset beckons merrily
The merry laughter of a maiden

A sea is painted
with an ocean of tales
A tale that is linked
linked to a beautiful maiden

Baiduri ( Malay for gemstone Opal )
Please drown away the silence
Ooh, Choose a past that has gone
And nurture it on my throne
My dream blossoms
My enamoured love blossoms

The stunned beau
Swayed by the maiden's soft beauty
Gracefully reaching out for the soul
of the soldier who is hurt

If a raw diamond
is worried that it will be cut
Then I will keep it
safe in the embrace of this world

Baiduri ( Opal )
Please drown away the silence
Ooh, Choose the happiness that is gone
And let it decorate the sun

Baiduri ( Opal )
Please drown away the silence
Please carry away the silence
Ooh, Choose the colorful calm silence
and carve a beautiful full moon

Baiduri(Opal)
Please carry away the silence
Ooh, Choose a faded past
And nurture it on my throne
My dream blossoms
My enamoured love blossoms

My enamoured love blossoms
My enamoured love blossoms



さて、ここまでちょっと長くなってしまいましたが、いよいよベストワンの登場です。

もちろんこれも、スポンサー企業のコマーシャルとこの時期(ラマダン)の道徳教育を兼ねたムービーです。どのムービーを見ても内容は毎年似たり寄ったりというか、家族愛とか隣人愛とかそう言う類のものばかりで、先が見えたりする時もあるのですが、どうも私はこの手のものに弱いんですよね。

このムービー、前のムービーよりも長い11分ものですが、どうぞ最後までご覧下さい。



いかがでしたでしょうか。なぜ、これが私の選ぶ今年のベストワンかと言うと、泣けてくるムービーだからベストワンなんです。

その表情や仕草がとても可愛いい小学生の女の子と担任女性教師との心のふれあい、感動の場面もありましたしね。いつもの作り話ムービーだとは分かっていても、もともと涙腺の緩い私は思わず泣けてきて涙がとまりませんでした。だから、こっちがベストワンなんです。(特にこの女の子は、私が目に入れても痛くないと思う私の孫娘と同い年ぐらいで、顔やその仕草もなんとなく似てるような気がするのでなおさらです)

しかし今年も思いましたが、現代日本では徐々に希薄になってきたとされる家族愛や隣人愛など、こんなショートフィルムは、今の日本にこそ必要なのかも知れませんね。

以上、今日は私が選んだマレーシア最新のベストなショートフィルムを2本+1本(おまけ)、お届けしてみました。

では、また。。