多分今回のこのタイトルの意味は、誰にも分からないですよね。

実はこれ、今日これから紹介する今年のハリラヤ短編動画(企業広告動画)に対するある視聴者のコメント("siapa laa pulak yg potong bawang ni...isshh" )を日本語に置き換えたセリフなんです。

このハリラヤ短編動画、公開されてからまだ10日弱ですが、ユーチューブでの視聴回数は既に15万回を超え、そのコメント欄は、泣けて泣けて泣けて、、しょうがない、と言うたくさんのコメントで溢れています。(余談ですが、玉ネギを切ると涙が出る、と言うのは万国共通なんですね)

憶えておられる方がおられるかも知れませんが、私の6月6日付のブログに、今年のハリラヤムービーは例年よりも出来が悪いかも、なんて書いてしまいました。でもこれ、私の完全早とちりでしたね。

あの時はまだ作品が出揃っていなかっただけなのですね。実際、あれから日を追うごとに続々と作品が出回り始め、今日現在は22作品がテレビやネットで放映されていますが、なかなか見ごたえがありますよ。

いやぁ、でもつくづく世の中って面白いと思いますね。なぜって、毎年のこのハリラヤ短編動画を記録しそれを評価している人たちがいるんですよ。このサイト、The Skopと言うモバイル機器に特化したオンラインメディアのようですが、なんとこのサイトを辿ると過去の作品も見れちゃうんですよ。

で、このサイトの記事のタイトルは、
Iklan Hari Raya 2017 Yang Mana Paling Epik?
(今年のハリラヤショートムービーはどれが一番感動的か?)
ですって。。。

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このマレー語サイトを偶然に発見した私は思わず快哉(かいさい)を叫びたくなりましたが、もう来年からは、自分で探す必要ないですね。(笑)



さて本題です。今日紹介するショートムービーは、なかなか見応えのある今年のイクラン・ラヤ作品の中でもその「お涙頂戴」度は抜群です。たった8分弱の短編動画ですが、随所に泣ける場面があり、私なんか情けないことに何度も涙してしまいました。

ただ、この作品はマレー語のサブタイトル(字幕)のみなので、マレー語学習者以外の方には分かり難いかも知れません。ですが、始めは解説なしで、その後に、各場面ごとのマレー語の和訳文を付けていますので、それを参考にしながら少なくとも2度以上はご覧いただきたいと思います。

私もそうですから、多分みなさんもそうだろうと思うのですが、最近の世の中、日本でもマレーシアでも、腹の立つことは多くても、純に感動することなどめったにないですよね。と言うことで、是非今日は日頃の腹立ちをちょっと脇に置いていただいて、たまには純な気持ちで涙してみませんか? 決して保証はしませんが、精神衛生にも良いのではと思いますよ。



Iklan Hari Raya Pelaburan MARA 2017-Ikhlas

Kehilangan orang yang disayangi adalah amat memilukan. Adakah masih wujud hati yang ikhlas untuk meringankan beban anak-anak ini?
愛する人の死去は(何人にとっても)悲痛そのものだ。遺された子供たちの困苦を共に背負って生きる誠意はまだ存在するのであろうか?

↑これ、制作者(MARA※)の前書きみたいなものですが、お分かりの通り、突然の事故で両親を亡くした子供たちの悲しみと不安、そして怯える彼らに冷酷に降りかかる厳しい現実のなかで、一人の誠意が子供たちを救う、、そんなストーリィなんです。なにはともあれ、通しでご欄下さい。
※MARAとはMajlis Amanah Rakyat(国民信託協議会)の略で政府の農村地域開発省傘下にある政府機関です。



いかがでしたか?

サブタイトルがマレー語オンリーなので、ちょっと分かり難かったかも知れませんね。では、そんな方たちのためと、私を含めたマレー語学習者の方たちのため、各場面ごとのサブタイトルを書き起こし、それに和訳をつけてみたいと思います。ストーリィの詳細を知るためと、マレー語学習者の方は実践的なマレー語学習の参考にしていただければと思います。



Ayah, Kesian abang.
お父さん、お兄ちゃんたちと離れて寂しいよ。(末妹←まつまいと読む) 注:一番下の妹(Adik Bongsu)

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Kena naik Bas?
(お兄ちゃんたち) どうしてバスに乗らないといけなかったの?(同)

Nanti bila besar, Kita pergi dengan Along.
もっと大きくなったらね、お兄ちゃんたちもみんなで一緒に行こうね。(母)

Bila adik dah besar nanti, Ayah, nak beli kereta besar.
私たちが大きくなったら、お父さんがもっと大きな車を買うんだ。(末妹)

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Kita boleh naik sama-sama.
そしたらみんな一緒に(車に)乗れるもんね。(末妹)



(事故発生)

Ayah !
お父さん ! (長男) 注:長男はAlong、次男はAngah

Pakcik ! Berhenti Pakcik !
おじさん ! 停めて ! おじさん。。(同)

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Ayah kemalangan.
お父さんが事故った。。(長男)

---------------------------------------
Along kena betul-betul jaga adik tu,
Alongは弟や妹たちを良く面倒見るんだよ。(父)

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Nanti Ayah pergi stesen Bas.
後でバス停に迎えに行くからね。(父)

Kalau Ayah lambat, Ayah Su datang ambil.
もし父さんが遅れるようだったら、Ayah Suが行くからね。(父) 注: Ayah Suとは、Ayah Bongsu、つまりお父さんの兄弟姉妹のうちの一番下の弟(叔父さん)のこと。マレー社会ではそのような呼称が普通だそうで、ここはこのままAyah Suで通します。
---------------------------------------
Ayah !
お父さん ! (長男)

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(イスラム墓地での埋葬式)

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注: 画面に見えているお墓の大きさの違いにお気づきですか?今回事故では、両親と小さな妹二人、そして乳飲み子の計5人が亡くなりましたが、画面の向こう側に両親(大人二人)、そして手前に子供たちの小さなお墓が並んでいるのが見え、涙を誘うシーンです。



注: 場面は変わり、遺された4人の子供たちの今後を話し合う、親類の方たちです。

Apa masalahnya
何か問題があるのか?(親戚の叔父さんA) 注: この方がお父さんの兄弟姉妹のうちの長兄と思われる。

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Didi dengan mimi kita hantar rumah kebajikan
ディディとミミは孤児院に送るって言ってんだよ。(同)

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Alon dengan Angah Kita beri sahaja siapa-siapa jaga
Along(長男)とAngah(次男)は、どっちかを面倒見るよ。(同)

Siapa-siapa tu
どっちなのよ?(親戚の叔母さんB)

siapa dia abang long 
お兄さんはどっちを世話するって言うの?(同) 注: このabang longは一族の長兄(親戚の叔父さんA)のこと。

Saya cakap awal-awal lah
前にも話していたんだけどね。(同)

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Saya memang tidak boleh jaga mereka ni
私たちには、この子たちの世話は到底無理。 (同)

Kalau setakat Mimi sorang sahaja
もしミミが一人だったらね、(親戚の叔母さんC)

Boleh lah saya jaga
私たち、世話できるんだけど。(同)

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Tiada masalah
なんの問題もないんだ。 (同)

Tapi kena hantar duit tiap-tiap bulan
だけど、毎月お金がかかるんだよね。 (同)

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Buat belanja
費用が嵩むからね。 (同)

Budak-budak ini anak saudara kita
この子たちは我々の親戚の子どもなんだよ。 (Ayah Su) 注: Ayah Suは居並ぶ兄弟のなかの末弟。

Bukan orang lain
他人じゃないんだよ。 (同)

Anugelah tuhan
神様の贈り物なんだ。 (同)

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Dah jadi hak kita
私たちの身内なんだ。(同)

Kalau ada sesiapa nak jaga
もし誰かが世話したいって言うなら、(同)

biar ikhlas
それが誠意なんだよ。(同)

Jangan nak mengungkit lepas ni
(誠意もないくせに)もうこれ以上、面倒見るなんて言うなよ!(同)

Kan dah cakap tadi
私さっき言ったでしょ ! (親戚の叔母さんC)

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Kalau Mimi seorang aku boleh jaga
ミミ一人だったら私が面倒見るって。(同)

Tiada masalah
問題ないんだから、、(同)

Lama lagi ke
いつまでこうしているの? (長兄の妻)

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Lambat sampai Kuala Lumpur nanti kita
私たち、KLに帰り着くの遅くなっちゃうよ。(同)



Terima kasih Ayah Su
ありがとう、Ayah Su!

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Buat apa Ayah Su nak jaga kami
でも、どうしてAyah Suが(私たちの)面倒見るの? (ミミ)

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Sebab Ayah Su sayang anak buah Ayah Su
それはね、Ayah SuはAyah Suの子供たちを愛しているからだよ。(Ayah Su) 注:Ayah Suの誠意が子供たちの心を救うベストなセリフ

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今、KLはまさにバリカンポンの真っ最中で、ラマダン明けを祝うハリラヤ大祭に前後して、多くのムスリムの方たちが一斉に田舎に帰省しています。お陰で街はもぬけのカラで道路もガラガラに空いているのですが、地方に伸びる高速道路や主要道路の渋滞などは日本の比ではなさそうです。

このムービーはそんな中、9人もの大家族が自家用車組とバス組に分かれてバリカンポンする途中で起きた悲劇をドラマ化しているものです。ストーリィは極めて平凡で単純ながら、泣けて泣けてしょうがないのはなぜなんでしょうね。

人間関係もなにもかもが、煩雑で自己中心的になってきているような現代社会にあって、却ってストーリィの単純明快さと一筋の光明のような誠意に、なにか心が洗われたような気がしませんでしたか?

作者はイスラム教の教え=預言者ムハンマドの教えこそが人間を豊かに幸せにすると言いたいのかも知れませんが、私はこれは人類普遍の規範であると思っています。

以上、何かの参考になれば幸いです。ではまた。。







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みなさん、こんばんは。

今日は6月12日の月曜日(Hari Isnin)ですが、パブリックホリディ(Cuti Awam)なのでDBPはお休みです。何のホリディかと言うと、Nuzul al-Quran(Revelation of the Quran)と言う祝日です。と言っても、私も何のことか分かっていなかったのですが日本語ではコーラン啓示の日と言うのだそうです。

それでもまだ良く分からないのでwikiで調べたのですが、イスラム教の聖典であるコーランがアッラーの神から最後の預言者のムハンマドに対して下された日なのでコーラン啓示の日、この国の祝日だそうです。(まぁ、これぐらいの説明で勘弁して下さい)(^-^)/

そんな今日という日、前から気になっていた頭の髪のボサボサをすっきりしてもらいたくて床屋さんに行って来ました。今日はその床屋さんのお話しですが、ひねくれ団塊もいよいよブログのネタが尽きたかと思われそうですね。(笑)

実は、マレーシアに住んでもう4年半も過ぎたのですが、この、、所謂、、ごく一部の人を除いて、普通は誰もが必ず定期的にお世話になる床屋さんって、なかなかお気に入りを見つけるのが難しいですよね。

日本に住んでいても、新しいところに引っ越ししたりすると、行きつけの床屋さんってなかなか決まらないでしょう? 異国の地ではなおさらのことです。言葉が違うし、やり方も違う、まぁ文化が違うのでそこが面白いといえば面白いのですが、自分の思い通りにならない時など、これはかなりのストレスですよね。

でも若い時ならいざ知らず、とっくに頭の見栄えなど気にしなくても良い年のはずなのに、これはいつまでも他人に良く見られたいという、仕様もない人間の性(さが)なのでしょうか。

ところで最近、と言っても随分以前からですけど、日本でも格安床屋さんって急速に増えましたよね。いわゆる1000円床屋さんですけど、私など、いつの頃からかこの格安床屋さんが行きつけになっていました。それまでは、4000円とか5000円とかの高い床屋さんに行ってたのに、あの安さと手軽さには抗いようがありませんよね。

なので、マレーシアでももちろん格安床屋さんです。ここKLの数あるショッピングモールには、Quick-CutとかX-Cutなどの格安床屋のチェーン店がたくさんあるし、街中には格安のインド人床屋さんもたくさんあります。

そんな格安の床屋さんでは、どこでも大体20リンギ以下(現在26円/リンギなので日本円換算で520円以下)でチープに髪を切ってもらえるのですが、仕事が雑だとか、あまり上手じゃないだとか、職人さんがフレンドリーでないだとか、お店が清潔でないとか、やっぱり安いだけあっていろいろと不満がある訳です。

私は特に若い頃から刈り上げくんスタイルが好きではないので、バリカンでなくハサミでやってね、とか、バックとサイドはあまり短くしないでね、などとお願いしているのです。ところがこちらの格安床屋さんでは、たまにですけど、ロクに客の希望も聞かずにいきなりバリカンをばりばり入れられて、ものの5分で見事な刈り上げくんに仕立てられたりすることもあって、そんな時には、あーぁ、酷いところに入っちゃったよ、こんなところ二度と来るものかと思ってしまいます。

でも、髪ってそんなに早く伸びないから、私のような団塊シニアでも、それからしばらくは面白くない日が続くのです。だから、、早くお気に入りの床屋さんを見つけて、行きつけの店を決めたかったんだけど、でもこれって意外と難しい。なんせひと月半に一度ぐらいのペースでしか行かないから、それでも1年に8回は行くとして、マレーシアに来てからもう40回近くも行ったはずなんだけど、そのうちの大半が空くじばかり。たまに、お、ここはいいかなって思う時もあるにはあるけど、次に行くと同じ職人さんが辞めてしまっていなかったり、店が潰れて閉店していたりでホント難しいよ。

それにこの格安床屋さん情報ってなかなか探せないですよね。高級ヘアサロンやこだわりの理髪店なら、いくつものおすすめ情報がネット上にあるのに、格安の床屋さんの"これはおすすめ"ってのはなかなかないんですよ。英語ブログにもマレー語ブログにも、もちろん日本語ブログにもほとんど見当たらない。なので、自分で探すしかないのですが、これにはかなりの長期を要するわけです。

でも、このところ、あるところに偶然行き始めてから、お、なかなかいいじゃんと思うようになり、そして行き始めから3回目の今日、ついに確信しました。大袈裟に言えばマレーシア移住4年7か月にしてようやく行きつけの床屋さんが決まったということなんです。

そう言うことで、今日は私が行きつけと決めた格安床屋さんを紹介します。ただし、これは飽くまで私の好みとセンスに基づく独断評価ですから、すべての人に当てはまる訳はないと思いますので、その辺りをどうぞ斟酌し、参考情報としてお読みください。でも、もし良さげと思われた方は是非行ってみて下さいね。



場所はモントキアラから車で約8分のムティアラ・ダマンサラ(Mutiara Damansara)のスーパーマーケット、Tesco Extra店です。ここの屋内駐車場(Gフロア)の傍にある床屋さんです。

KFC最寄りの出口/入り口から駐車場に出てくると右前方のショップロットです。↓

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もっと近づいて良く見てみましょう。↓

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お店の名前はGOVA'S、この名前でネット検索すると、1件だけヒットするのですが、それはこの店ではなくシャーラムにある別のお店のようです。でも、やはり同じ経営者だとは思いますが、大きなチェーン店ではなさそうです。

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Kedai Gunting Rambutとは英語のBarber Shopのこと、つまり床屋さんです。看板の店名の下に書かれているのは、BERSIH、CEPAT、MURAHです。マレー語でそれぞれ、きれい(衛生的)、早い、安いの意味です。そして、店の両側には世界共通の床屋さんの回転サインポール。でもあれ? 赤・白・青ではなく、緑に見えるけど、ま、こんなことはどうでも良いですね。。

うんうん、外から覗いてみる限りは、なかなか良さげ。明るくて清潔そうだし、職人さんは、、、二人だけかな、インド系の方かな。。でも、早いってのは、私の場合、時間はいつもたっぷりあるからそんなに気にする要素でもないんだけどね、、逆にあまり素早く手抜き工事でやってもらうより少しゆっくりと丁寧にやってもらってもいいかなと思ってるんですけど。

おぉ、これこれ↓これは安いよ。

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大人(中学生以上)が13リンギ(約340円)、小学生が9-10リンギ、子供が7-8リンギだってさ。。うん、これは他の格安店と比較しても十分安いですね。

さぁ、次は肝心の職人さんと散髪の技術ですね。それでは中に入って見ましょう。(写真撮影とブログ掲載の件はスタッフの事前許可を得ています)

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職人さん(Tukang Gunting Rambut=Barbers)はいつも二人、バーバーチェアは二台ある。聞けばスタッフは全部で三人いるのだが、店は年中無休なので三人が交代でお休みするのだそう。

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私は、意図的にこれまで毎回異なるスタッフの方に髪を切ってもらったのですが、三人ともとても上手で当たり外れもなさそうです。コミュニケーションは今日の方(写真の方)がマレー語も英語も一番容易だったのですが、でもあとの二人も特に大きな問題はありません。

↑の左下の写真は、今回の散髪直後の私の後ろ頭です。恥ずかしくもなくこんな写真良くアップしたなと言われそうですが、何ごとも文字だけでなく視覚にも訴えたい私です。恥を忍んでアップしてみました。

Boleh duduk sini?(ここ座っていい?)と声掛けして椅子に座ると、Nak macam mana?(どうしますか?)と聞かれたので、ハサミともバリカンとも何も言わずに、ただ、Tah suka terlalu pendik(あまり短くしないでね)とだけマレー語で言った(※)のですが、正直言って、器用に櫛とバリカン使って良くここまできれいに出来るもんだと感心するぐらいの出来でした。(※マレー語は私のマレー語実用練習のためです。最近では日常的にどこでも英語よりも先ずマレー語で話し始めるようにしています)

このGOVA'SはいわゆるKedai Gunting Rambut Mamak(Indian Barbar Shop)で、Quick-CutやX-Cutなどのチャイニーズ系の格安床屋さんとは一線を画しているインド系の床屋さんなのですが、技術も文句なしだし、店内も清潔でスタッフもフレンドリー。そしてなによりQuick-CutやX-Cutなどより4-5リンギも安いのがいい。私的には、ついにいい店見つけたな、と大変満足しています。

それに多くの日本人のお客が気にするだろうコミュニケーションですが、会話に自信がなければ、店内にべたべた貼られているヘアスタイルモデルの写真を指差すか、そうでなければ身振り手振りでも十分だろうと思います。いつかどこかのチャイニーズ系の店で、散髪中一方的に中国語で喋くりまくられたことを思い出しますが、あんなのよりもずっと寡黙で控えめなインド系の職人さんたちのほうが私は好きです。

再度言いますが、お店はムティアラ・ダマンサラのテスコ・エクストラ内にあり、周囲は隣にカーブショッピングモール、道路の対面にはイケアもIPCもあるメガショッピング&イーティングエリアです。是非皆さんも買い物や食事のついでにお試しあれ。。

以上、今日は私の行きつけと決めた格安床屋さんを紹介してみました。ではまた。。


ご承知のようにマレーシアは今、ラマダン(断食)月です。なので、ムスリムの方たちは夜明けから日没まで一切の飲食を摂りません。お陰で、街のマレーレストランなどは日中どこもガラガラ、中には臨時休業しているお店もあるほどです。

でも私たち非ムスリムにとっては、このラマダン月も特に影響なしです。寧ろ、普段より空いたレストランで、ゆったりと楽にランチができると喜んでいる人たちも少なくないと思います。

ところが私にとっての今年のラマダン月は、例年と少々勝手が違います。なぜかと言うと、週に2回、私も断食の真似ごとをしているのです。

実は今、引き続きですけどDBP(国立言語図書研究所※)に週2日通っています。
(※マレーシア教育省傘下で国語/マレー語の教育・調査・研究及び関連図書の出版等を行う外部機関です。これまで私はマレー語研修所と簡易的に呼んでいましたが、今後はより正確な日本語呼称を使うことにします)

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昨年10月から始めたDBPアカデミーの外国人特別マレー語コースはとっくに修了したのですが、担当の先生(Dr.D)から、"良ければここ(DBP)でインターン(研修生)をやってみませんか"と、とっても有難いお誘いをいただき、週に2日(月&木)だけ通っているんです。先生は、私がリタイアリーで仕事をしていないということを知ってのお誘いです。他のクラスメートは、平日の日中は全員仕事があるので無理なのです。

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DBPのインターンと言っても、別にDBPで正規に働くことを前提にした研修生ではありません。私の場合はあくまでインターンの真似ごとです。Dr.Dの雑用と言うかお手伝いをやりながらマレー語を実際に活用する、ただそれだけのことなんです。私にとってみれば、周りがすべてマレー人でマレー語オンリーの世界なので、マレー語の実際的な会話練習にはもってこいの場所なんですよね。

しかもすぐ傍には、Dr.Dを含むマレー語のスペシャリストたちがごまんといますし、マレー語学習者にとってこんなに恵まれた環境は他にはあり得ないでしょう。Dr.Dには心から感謝です。

でも今日は朝からハプニングがありました。Dr.Dがなんと突然内部異動(アカデミー部から一般図書部へ)になったんです。私にはまだこのDBPという巨大組織が良く見えていないので、なぜ突然こんな異動があるのか、なんのことやらさっぱり分からないのですが、とにかくサポート、サポート、こうなると年齢なんて言ってられないですね。60の手習いどころか、70の丁稚状態ですよ。Dr.Dの書庫や机からすべての資料や図書を段ボールに詰め込み、PCも外して、Dr.Dと共に私もアカデミーから一般図書部に引っ越してきました。

Dr.Dの新しい職場となった一般図書部は、DBPタワーの13階、広々とした部屋には30人ほどが働いておられるようですが、とても静かな職場です。加えて、Dr.Dの執務室(個室)からはKL中心部の街並みが一望でき、思わず"Wah, Pemandangan indahnya(景色がきれいだね)"と、Dr.Dとともに呟いてしまいました。

(Dr.Dの新執務室から見たKL中心部)
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私は、Dr.Dの執務室近くに自分専用のデスクを割り当てていただき、定年後すっかり忘れていた現役当時の職場の思い出や仕事の感覚が蘇えるようです。周りの方々に伺ったところ、みなさん本の原稿を書いたり、編集のお仕事をされているんだそうです。でもこの静かな雰囲気は私にとって初めてでちょっと戸惑いましたが、まさかまさかこの年で、娘のような若い女性編集者などに囲まれて仕事(の真似ごと?)する羽目になろうとは夢の夢にも思っていませんでしたね。

で、ラマダン月の断食のことです。周りすべてがマレー人なので、当然ですが、昼休みになっても誰一人食事に出る人はいません。そんな中みんなは私に"ランチしてくれば"と勧めてくれるのですが、そう言うわけにはいきません。Dr.Dにも、"ここにいる限りは私も断食します"と勢いで宣言してしまいましたし、止むを得ず似非ムスリムを演じているわけです。

でもこれって、一日三食のうちの一食を抜くだけなんですけど、、、健康のために普段から二食だけにしている人にとってはなんでもないことなんでしょうが、この大喰らいの私には結構きついんですよ。なので、DBPの帰り時刻(今は四時)近くになると、正直腹が減って喉が乾いて堪らないのです。なので家までの30分ほどですら我慢できずについつい帰り道途中のMcDonaldとかに立ち寄っちゃうんですよね。

で、注文はいつもマック・デラックスのラージ、これって結構ボリュームがあって即効で腹いっぱいになるし、これで税込み12.9リンギ(約340円)は安いものです。しかし、私ってまったくの似非ムスリムですよね。DBPではファースティング(断食)だなんて、周りにはカッコいいこと言っちゃって、帰る途中にこれですもんね。本物のムスリムは、まだまだ日没まで飲食できないと言うのに、この似非ムスリムの我慢のなさは一体何なの?って、自分を自分で罵ってますよ。(笑)



さて、今日は例年恒例のIklan Rayaを紹介したいと思いますが、はっきり言って今年は不作だと思います。Iklanとは、まぁ、広告・宣伝の類なのですが、ここマレーシアでは、それぞれのナショナルイベントに合わせて、各企業がこぞってスピリチュアルなショートムービーを作成し、テレビなどで放映するのです。

私のような古い人間はそれで単純にお涙頂戴なんてこともあって、実は私はそれを毎年楽しみにしているのですが今年の出来はいまいちのような気がします。

然は然り乍ら、私のようなマレー語学習者への参考と私自身のマレー語学習も兼ねて、今年は1本だけ紹介してみます。



Diary Ramadan Opah(おばあちゃんのラマダン日記)と題するショートムービーです。



いかがでしたか?と言っても、画面上のサブタイトルが小さすぎて良く読めなかった方が多くいらっしゃったのではないかと思います。これはSUSU SOYA(豆乳)会社の製作による作品ですが、私はこれを今年のベストとしました。

ハリラヤのバリ・カンポンで、老母が独りで暮らす田舎の実家に帰省した子供家族の物語です。以下、ムービーのサブタイトル(マレー語+英語)を書き起こしてみましたので、マレー語学習者の方は良ければどうぞ参考になさって下さい。

Diari Ramadan Opah(おばあちゃんのラマダン日記)

Diari ini adalah kepunyaan Mak Senah !(This Diary is owned by Mak Senah !) この日記はMak Senahのもの←表紙の裏書

Along belikan mak mesin basuh yang canggih. (Along bought me a hghi-tech washing machine.)
Alongがハイテクの洗濯機を買ってくれた。(注:Alongとは長男の通称)

Along cakap mesin basuh ini tekan-tekan sahaja. (Along said that it only takes a few clicks to operate this washing machine.)
Alongは、"この洗濯機は簡単だよ、ポンポンとボタンを押すだけなんだよ" (注:tekanとはpush/pressの意→tekan-tekan=a few cliksとなる)

dan boleh basuh kain ! (and it washes all the clothes !)  
"それだけで衣服を全部洗ってくれるんだよ"って言ったけど。。。

Wah, memang selonok lah mak ! (I'm so excited !)  
凄いって私(Mak)は興奮したよ、、

Banyak kain cadar, langsir, semua nak basuh nih ! (Many bed sheets and curtains need to be washed !)  
ベッドシーツやカーテンなどいっぱい洗わなきゃいけないからね、、、

Tapi macam mana nak guna benda nih ? (But how do I use this washing machine ?)
でもこの洗濯機って、どうやって使うの ?

Along tak ajar pun mak ! (Along didn't teach me how to use it !)
Alongは使い方を教えてくれなかったよ !

Hmm うーん

Terpaksalah mak basuh kain cadar semua pakai tangan, (So I had to wash these dirty bed sheets by hands.)
だからやっぱりこの汚れたベッドシーツは手で洗わなきゃいけなかったんだよ。(注: pakaiとはこの場合useの意)

Petang ini mak lupa nak tutup periuk nasi. (I forget to turn off the rice cooker this evening.)
今日の夕方、炊飯釜の火を止めるの忘れてしまって、、

Habis hangit nasi mak. (The rice was burnt.)
ご飯が完全に焦げ付いてしまったんだよ。(注: この場合のhabisはexhaustedの意)

Tapi esoknya mak call Angah. (I called Angah the next day.)
次の日、Angah(次男の通称)に電話したら、、

Dia datang bawak periuk elektrik nasi baru untuk mak. (He dropped by and bought me a new electric rice cooker.)
彼は新しい電気炊飯器を買って持って来てくれた。 (注: 英語サブタイトル誤り。正しくはHe came to bring mak a new electric rice cookerであろう。)

Bangun sahur ini. (For today's sahoor.) 
今日のBangun sahurのために、、 (注: Bangun sahurとは断食が始まる夜明け前に食事を摂るために早起きすること、またはその食事のこと。sahurはアラビア語由来)

mak masak pakai periuk nasi baru lah ! (I will be cooking rice with the new electric rice cooker !)
これからは新しい電気炊飯器でご飯を炊くんだね。(注:このpakaiもuseの意)

Tak sabarnya ! (I can't wait !)
待ち遠しいなぁ。。

Tapi tiba-tiba sahaja. (Suddenly)
すると突然、、、

Elektrik tak ada lah pulak. (The electricity went off.)
また停電になっちゃった、、

Terpaksalah mak makan roti dan Seri Kaya. (I had to eat bread with Seri Kaya.)
たから、私(mak)はパンにSeri Kayaつけて食べなきゃいけなかったんだよ。。 (注: Seri Kayaとはココナツジャムのこと)

Tapi sedap jugak ! (But still it was delicious.)  
だけどそれでも十分美味しかったんだけどね。。

bismillahirrahmanirrahim
(注: これはアラビア語の"いただきます"のようなお祈り言葉)

Along dengan adik-beradik bagi mak TV baru. Besar ! (Along and siblings gave me a new big TV.)
Alongと兄弟たちは私に新しい大きなテレビをくれたけど、、

Katanya bole buat mak hilang rasa sunyi. (They said that it could help to ease the lonliness..)
そしてTVは私の寂しさを和らげてくれるよって言われたけど、、

Tapi (But)
しかし、、、

hidup mak memang dah lama sunyi. (My life is always felt lonely.)
私の暮らしはいつも寂しい。。

Tambah lagi selapas arwah ayah kamu semua dah tak ada. (Especially when your father passed away.).
特にあなたたちのお父さんが亡くなってから、、

Mujurlah, dah dekat raya ini. (Thankfully, Raya AidilfItri is near.)
でも有難いことに、、もうすぐハリラヤ、、

dapatlah kita berkumpul sau keluarga. (so we can get together again.)
だからまた家族がひとつになれる。。

Kita pun beraya sama-sama tahun ini. (and we can spend together for Raya-Aidilfitri.).
今年も家族みんなでハリラヤを過ごせる。。

Opah !
おばあちゃん !

Mak !
お母さん !

(以下、スポンサー企業製品の宣伝につき略)



いかがでしたか? でも、今回ムービーは、私のようなマレー語学習者以外の方にとってはあまり感動のムービーではなかったかも知れませんね。

早いもので今年のラマダンもあと半月ほどでハリラヤです。私の周囲のマレー友人たちも、みな今からバリ・カンポンをとても楽しみにしています。一方、私のDBPでの似非(えせ)断食はあと5回。私も早く断食月が明けないかな、とひそかに願っている今日この頃です。

ではまた。。




今(5月12日)、日本一時滞在中です。

ですが、孫たちとゆっくりのんびりするどころか、次から次に襲いくるハプニングに慌てふためいています。

まず、今このブログを書いているノートPCですが、突然クラッシュ寸前に追い込まれてしまい、補償期限(明日)ギリギリのタイミングでメーカー修理に出すことになりました。

今朝引き取りに来てもらうのですが、個人データなどのバックアップ作業に思いのほか手間取ってしまい、夕べはほとんど寝ていません。

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Masjid Ubudia @ Kuala Kangsar (DBP Bahasa Melayu Kelas 2017.5.6)

浦安のリペアセンターでの修理は10日間程度だそうですが、もちろん私はその間PCが使えないと言う想定外の状況です。

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Dalam Keretapi ETS ke Kuala Kangsar (DBP Bahasa Melayu Kelas 2017.5.6)

と言うことは、当然ですがブログ更新もままならないわけです。まさかブログをスマホで書く根性もありませんしね。

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Galeri Sultan Azlan Shah @ Kuala Kangsar (DBP Bahasa Melayu Kelas 2017.5.6)

そのうえ泣きっ面にハチです。まずその1は、愛用の電波腕時計が突然故障してしまい、これも今日修理に出すつもりです。そしてその2は、またまたの風邪っ引きです。つくづく弱くなったものです。

そしてその3は異臭騒ぎです。この件は話すと長くなるので仔細は省きますか、家族から指摘されていた異臭の原因が私自身の持ち物だと分かり唖然としました。

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Istana Kenangan @ Kuala Kangsar (DBP Bahasa Melayu Kelas 2017.5.6)

その始末のために、今もまだあたふたしています。まだあります。愛用のipod touchをどうも家に忘れてきたようで、いろいろと支障が出ています。アンドロイドスマホは手元にあるのですが、重要なアプリはまだあっち(ipod touch)に置いているのです。

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Istana Iskandariah @ Kuala Kangsar (DBP Bahasa Melayu Kelas 2017.5.6)

そんな訳で、例年になく慌てふためいています。

次のブログは、先日(5月6日)、DBPのマレー語クラスでクアラ・カンサーに行ったのですが、その際の写真とエピソードにしようと思ってました。しかし、こんな状況なので大幅に変更せざるを得ません。

上記の写真はそのほんの一部ですが、クアラ・カンサーは想像以上に綺麗な町でした。残りの写真とエピソードはいずれまたブログに綴ってみなさんに紹介したいと思っています。

それでは今日はこれで。。



みなさん、こんにちは。

昨晩からこのブログのトップ画像を↓に変えましたので、あるいはお気づきかとは思いますが、先週は、モントキアラ在住の仲良し夫婦二組とMy better halfと共に計6人で、カンボジアのSiem Reapに行ってきました。

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目的はもちろん、昨今日本人にも超人気のアンコールワットやアンコールトムなどの遺跡見学がメインだったのですが、中国の春節後とは言え、やはりトップシーズンだったせいか、どこもかしこも騒がしい中国人や韓国人だらけでした。

もちろん日本人観光客もそれに負けず劣らずで、有名遺跡や人気の寺院などは行列つくって、立ち止まらずに歩いてください状態。加えて、ボクは日本語堪能と自信たっぷりの現地青年ガイド君による日本語の説明がイマイチで、分かったような分からなかったような、私としては久々にストレスの多い見学ツアーだった気がします。

いや、彼の基本の日本語会話にはまったく違和感がないし、冗談も言い合えるほどなのですが、肝心の仏像や寺院などの説明になるとなにを言ってるのか分からない。もっともこちらの勉強不足も相まっての話ではあるのだが、きっとこれはガイド君の日本語トレーニング方法に問題があるのだろうと、彼の日本語を聞いて思った次第。

つまり、彼の一見流暢な日本語会話は、数多くの日本人観光客から耳で習い覚えたPhonetic Japanese(音声言語)なのだろう。だから、聞いていてもまったく違和感がない。

ところが、肝心の遺跡群や寺院・仏像などの説明になると、途端にWritten Japanese(文字言語)になる。こっちは多分ガイド用のテキストに記載されている説明の暗記文なのだろうが、固有名詞や年代などの数字を早口でまくし立てることと、抑揚もメリハリもなく、さらには”てにをは”などの助詞の使い方が自己流になっていて何を言っているのか意味がさっぱり伝わらない。

もっとも我々日本人の大人の中にも、"てにをは"の使い方をきちんと理解していない人や書き言葉においてもあまり気にしない人が少なくなく、手紙やメール文やブログ文の意味を解するのに困るときもある。

なので、現地ガイド君のレベルとしては、こんなもんで上等なのかも知れない。別れ際、君の日本語は”カンペキ”と褒めてやったが、それはPhonetic Languageに関してであって、肝心のWritten Languageの方はまだまだ努力が必要だな、と本当は言いたかったのだ。

でも、その時フト思った、ちょっと待てよ、オレのマレー語はひょっとしてこの逆かも?と。

そう言えば、マレーシア移住依頼、もう随分とマレー語に集中してる。在住日本人のほとんどが熱中してるゴルフも一切やらず、旅行も最小限にして、ひたすらと言うか、必死にマレー語をやってる。

でもまだまだ満足のレベルには程遠い。一体なぜだ?と考えた。当然年をとって脳みそも大分老朽化した。可能なら脳みそのオーバーホールをしたいところだがそれも叶わぬとくれば、老体に鞭打って頑張るしかない。単語一つ憶えて二つ忘れる、一進一退どころか一進二退の毎日だ。

そして今では、DBP(Dewan Bahasa dan Pustaka=Institute of Malay language and Literature)のAcademyとYMCA、それに日本人会のマレー語教室と、週に4日も習ってる。まさにマレー語真剣勝負の毎日なのだ。

他人(ひと)からはそんなにマレー語にのめり込んで一体何するの?と問われる。まさかその年でマレー語で身を立てようというのでもあるまいに、などとも言われる。

馬鹿言うな、当ったり前だ、そんなんじゃない。単なる自己満足の世界だ。そう、自分がチャレンジすると決心したことを途中で挫折したりするのが堪らなく嫌なだけなんだ。そう、それでいいんだよ、オレは”ひねくれ団塊”なのだから。

お陰で、最近はマレー語の新聞もざっとは読めるようになったし、ラジオだって大まかに聞けるようにはなってきた。日常的な基本会話にもさほど不自由はしなくなった。

ところがだ、街に出てマレー人たちと会話していると、聞き取れない単語やフレーズがまだまだ山ほどある。語彙もフレーズもかなり増えているはずなのになぜだ?

そういえば、先日、DBPアカデミーのクラスメートでサウジアラビア出身のモハメドが話してた。「この前、どこかで一緒になったマレーのヤングファミリィの小さな男の子にマレー語で話しかけたら、このおじさん何言ってんのかさっぱり分かんないって、隣のヤングパパに告げ口された」って。

この話をDBPやYMCAの先生に話したら、ちっちゃな子供たちは、スタンダードなマレー語は習ってないからだと言う。そうか、オレたちが長年習ってきたのは、ほとんどがこの国の正式国語のスタンダードマレー=フォーマルマレーだ。ところが、このフォーマルマレーは小さな子供や十分な教育を受けていない人たちだけでなく、ほとんどのマレーシア人たちが日常的な会話には使っていない、ことに最近になってようやく気が付いた。

恥ずかしながら、今までこのことに気が付かなかった原因は、多分私が話すほとんどの相手は、スタンダードマレー=フォーマルマレーの教育を十分に受けた人たちばかりで、私のスタンダードマレーを解し、同じようにスタンダードマレーで返してくれていたからだろうと思う。

これに関しては、昨年からランゲージ・エクスチェンジのパートナーとして親しく付き合っているマレー人のラズラン氏(Razlan)にも随分諭された、と言うか、彼が最近ポストしたユーチューブ動画↓を観ていて思い知らされた。



なんと、Malay is a phonetic Language. Malay language classes are mostly taught in formal Malay, but really, nobody uses formal Malay in conversations.だと言うのだ。

いやぁ、そうか、そうだったのか。。これは目から鱗だ。マレー語は基本的に音声言語なのだ。助詞もないし時制もない。なので聞き手によっては意味が異なるかも知れないが、息の合ってる家族や友人や同僚たちとは何の問題もなく、これほど簡単な言語はないのだ。

だからサウジ出身のモハメドもイラン出身のワディジも、タイ出身のルイスも、そしてこのオレも、もう何年も共にマレー語習ってるのになんで街の人たちのマレー語が自在に聞き取れないのだろうと思ってた。そうか、オレたちは街の人たちが日常的に使うカジュアルマレーにはほとんど慣れていなかっただけなのだ。

彼らは、Di mana awak ada ?(あなたどこにいるの?)とは言わずにKat mana?(どこ?)と言い、 レストランではTolong bawakan menu(メニューを持ってきてください)とは言わずにBoleh bagi menu?(メニューもらえる?)と言うのだ。

もちろんテレビやラジオのニュースキャスターなどはマレーシアの国語としてのフォーマルマレーを話すし、新聞や書籍、それに公私の文書もほとんどがフォーマルマレーで書かれている。

だから、私たちが今までフォーマルマレーを一生懸命に習ってきたことは無駄ではないし当然必要なことだ。だが、それに加えて、いやそれより先にインフォーマルマレーと言うか、カジュアルマレーを習い憶えることもマレー語学習者にとっては必須なのだ。

そこで、前述のRazlan氏の登場だ。私は、彼との個人的なランゲージ・エクスチェンジを今後も続けるつもりでいるのだが、たまたま、先月、日本人会のマレー語教室で、今まで私たちが教わってきたマレー人女性の先生がご病気で来れなくなる事態が発生した。

そこで皆で相談した結果、新しい先生にきてもらおうと言うことになったのだが、民間の語学学校からの講師派遣では謝礼などの点で折り合いがつかず、次策の日本人会事務局に依頼しても色よい返事が貰えなくてほとほと弱り果てていたのだった。そこで私は、ダメもとのつもりで私のランゲージパートナーのRazlan氏に相談したところ、なんと本人が自営会社の経営者としての仕事時間をやりくりして引き受けてみたいと言うではないか。

私は小躍りして喜んだ。”マレー語は先ずカジュアルマレーから”が持論の彼ならば私やクラスのみんなのニーズとも合致する。彼ならマレー語を教えることに情熱的だし、人間的な信頼度も十分だ。さらに日本語学習にも意欲的でこれは私が教えているのだが、日本文化にも日本人にも人一倍興味があるし好意的だ。間違いなく適任だ、そう考えてクラスのみんなに彼を推薦したところ、私のクラスだけでなく、同様に先生探しで困っているもうひとクラスでも是非来てほしいとなった。

話はとんとん拍子に進み、結局今週水曜(2月15日)から彼は日本人会のマレー語クラスの正式講師として、当面2クラスを受け持つこととなった次第。

↓これは彼が約ひと月ほど前に作り、アップしたマレー語のレッスンビデオだ。まだまだ基本中の基本のレッスンビデオだが、これからどんどん幅を広げて行きたいと言っているし、私はとても楽しみにしている。



それにしても、マレー語はPHONETIC LANGUAGEなのだと、最近つくづく感じている。鶏が先か卵が先かと言う問題に似ているが、もともとは音声言語が先でそれに文字言語がついてきた。文字言語の代表格として有名な中国語や日本語とは生い立ちが異なっているのだ。

これまで、日本人の外国語学習は、”読み書き”が先(主)で”話す聞く”が後(従)と言うのが多かったことは、日本語が音声言語ではなく文字言語にその由来を発しているからか、などとも感じているのだが、マレー語の場合は、圧倒的なPHONETIC LANGUAGE(音声言語)。私の場合、やや遅きに失した気がしないでもないが、さぁ、新任のCikgu Razlanと一緒に楽しくCasual Malayを学ぼうではないか。。

ではまた。。



今日はマレーシアのオンラインショッピングでの気づきについてです。

と言うのは、このところどうしても買わなければいけない電気・IT関係の中・小物が何点か出てきたものだから、久しぶりに当地のオンラインショッピングを利用してみました。もちろん当地でのオンラインショッピングはこれが初めてではないのですが、今まではこれと言って何の気づきもありませんでした。だが今回は注文の商品が手元に届き、そのすべてを確認するまでハラハラドキドキかつ疑心暗鬼のオンラインショッピングでいろいろ感じさせられましたね。まぁ結果はほぼオーライだったのですが、ご参考までにちょっとまとめてみたいと思います。

購入品の第一は、UnBoxUnBlock(テレビセットボックス)です。これは日本のテレビ番組をこちらで観るのに大変便利と言うことで、Sling Boxの補完用として購入しました。(誤ってUnBlockをUnBoxと書いてしまいました。お詫びして訂正いたします。2017.2.12)
次に購入したのはスマートフォンです。遅ればせながらついに買いました。以前も書いたことがありますが、私はこれまでスマホを持っていなかった。実はこれには理由があって、これがひねくれ者の真骨頂だろう思っていた(笑)のですが、先ず、余計なは1円も使いたくない、そして人と同じことはしたくない。

だからこれまでは、移住当日に買い求めたノキア製の安物携帯とアップル社のipod touch 6thの2台持ちだったんです。ボイスとSMSは安物携帯で、その他ラインを含むもろもろはipod touchで、と言う使い方で特に不自由はなかったのですが、ここに来てどうしても不便なことが起きたと言うか、状況が変わってきたのです。

その第一はWhatsAppです。このWhatsAppがipod touchでは使えない、いや他の人の電話番号を借りてセットアップする裏技もあるということですが、それは面倒。ご存知のように、当地におけるメッセンジャーアプリはこのWhatsAppが圧倒的多数。日本人同士ならLineで良いのですが、このLineはなぜか日本人と韓国人以外にはあまり知られていないマイナーなメッセンジャーなのです。

なのでどうしてもWhatsAppが使えないと不便だし、時には他人に迷惑かけてしまう。私の場合、昨年から続けているDBPマレー語研修所の先生と学生との間の連絡通信や授業の打ち合わせは全部WhatsApp、たまに宿題などの指示もこれで来る。WhatsAppを使えない私は、仲の良いサウジのクラスメートに逐一個別のSMSで送ってもらっている始末。

次にMapsme。昨年11月にスマトラに行った時も、私のipod touchでこの地図アプリが使えないことを、同行のドイツの友人にさんざん馬鹿にされた。そう、なぜかipod touchにはGPS機能がついていないのです。

そして最後はノキア製の安物携帯電話。この安物(3000円程度)携帯電話は、登録した電話番号データが3-4年も経つと突然消えてなくなることもある、などと根も葉もない噂話に怯えていたし、日本人相手のSMSに、アルファベットしか使えないものだから、わざと英文で打ったりローマ字で打ったりして、不思議に思われてしまってた。

購入品の第3はインクジェットプリンター。これは日本から持ち込んだキャノンのプリンターが移住後まもなく壊れ、当地でキャノンの正規代理店から購入したプリンターも最近壊れ(これは最初から調子が悪かった)、おまけに予備として持ってきたポータブルプリンターも、これはドライバーの更新ができない上に消耗品のインクカートリッジを調達できないものだから使えない。やむを得ず再度新しいプリンターを購入する羽目になったと言う訳なのです。

そして、スマホケースなどの小物類。最初は実店舗を見て回って購入しようかとも思ったのですが、私はこれがどうも苦手。なぜなら、こっちの店員はウザイ、シツコイ、シラナイ(商品知識がない)の3な”イ”が普通だから。。

なので今回は、先にネットで商品を特定、それを実店舗で現物確認し、併せて価格をチェック、そして安い方を購入しようと考えた。コレ、これまで圧倒的に衝動買い的手法が多かったひねくれ団塊としては、これは合理的な商品購入法ではないかと我ながらほくそ笑んでました。



さて、そこでネットショッピングですが、ご承知のようにここマレーシアにもショッピングサイトは山ほどあって、選ぶのに困るほどです。私は日本では主にアマゾン、時には楽天を利用していて、どちらにも満足していたのですが、ここマレーシアにはアマゾンも楽天もない。いや正確に言うと、アマゾンインターナショナルに注文すれば品物によってはマレーシアにも配達してくれるのですがすべてではないので使いづらい、楽天マレーシアは、2013年にオープンしたものの業績が振るわず僅か2年半で撤退してしまったので現在(2017年2月)はなし。

しかし天下の楽天も早晩撤退してしまったし、そして住商が鳴り物入りで参入したSOUKAI.myも早々にサイトを地元ベンチャーに売り渡してしまったようですし、いずれも日本品質を売りにした大々的なマレーシア進出だったはずが一体なぜなのでしょうね。

一方、そんな日本品質のショッピングサイトをものともせずに快進撃を続けているのが、シンガポール系のマレーシア最大のショッピングサイト、LAZADAです。月に20百万アクセスを誇り、2番手の韓国系11Street.comとともに、今やマレーシアのオンラインショッピングを席巻しているかのようです。

私はこれまでどちらかと言うとeBay.com.myとかLelong.com.myをなんとなく利用していましたが、今回は、このマレーシア最大のオンラインサイトで買ってみようと思ったのです。

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先ず最初のUnBoxですが、これは特に問題はなかった。注文の翌々日にLAZADAから出荷完了のメール通知が届き、その翌日には宅配業者(Pos Laju以外)が予定通りに届けてくれた。届いた商品も期待通りで、うん、これなら日本のアマゾンと大差ないなと思いました。流石はアジアのアマゾンと言われているLAZADAだなと感心してました。

それから約ひと月が経ち、すっかりLAZADAを気に入ってしまった私は、次の注文もそれから次の注文もLAZADAにしたのです。

ところがこれがどうも最良ではなかったようだ。結果として注文の商品は届いたものの、それに至るLAZADAのカスタマーケア(メール通知)が無茶苦茶で大いにストレスを感じた。どういうことかと言うと、注文受付と支払い受け完了メールはすぐに届くのだが、それから次に届くはずの出荷完了メールがいつまで経っても届かない。もちろん全部ではないが、多々ある。信じられないことだが、品物の到着後に送られてくる出荷完了メールも普通にあるのだ。

↓これは注文当日の夜にメールで届いた私のオーダーステータスだ。(↓クリックで拡大画面に飛びます)

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↑によると、1月17日(火)の午後2時に注文受付完了し、同夜6時には販売店にて包装・出荷準備完了となっている。これを見た私は、流石はLAZADA、やることが素早いと思った。この調子なら翌日18日(水)か遅くとも週内にはきっと届くだろうと安心したのだった。

ところが、翌日も翌々日も出荷完了メールが届かない。Web上のマイオーダーステータスも出荷準備完了でストップしたままだ。しかし私は、もともとこの商品の配達予定日は18日(水)~23日(月)となっていたので焦らずに待とうと思った。

しかし、その後20日(金)になってもまだ出荷完了メールは届かず、とうとう週明けの23日(月)となった。その日が配達予定の最終日だ。でもまだメールも届かず、オーダーステータスも出荷準備完了で止まったままだ。流石に私も焦った。堪らずカスタマーサービスに電話した。・・・・・そうしたらなんと、20日(金)には出荷完了していると言うではないか。え????出荷が完了してるならなぜ出荷完了メールが届かないんだよ?

カスタマーサービスの女性担当者は平然とこう宣った。「お客様、システム入力の反映には48時間ほどかかりますのでそれまでお待ち下さい。」な、な、なんと、私は耳を疑った。まさか、まさか、反映まで48時間もかかるシステム入力なんてあろうはずがない。じょ、冗談でしょ?と言ったら、彼女、ウフフと笑ったような、そんな気配がした後、突然ぶっきらぼうに、「お客様のメールに宅配業者の商品追跡番号を送るのでそれで確認して下さい。」とのことだった。

気を取り直した私は、まもなく届いた商品追跡番号を元に、宅配業者(POS JAJU)のウェブページで商品を追跡した。それが↓これだ。

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↑これによると、出荷準備完了(17日夜)の丸2日後の19日夜に集荷とあるのだが、丸2日も販売店の倉庫に眠っていたのか?どうも信じ難いが、まぁ良い。で、それからどうなった?その翌日の20日の昼と夜に2回、Pos Laju Puchongを出たとある。これも摩訶不思議だが、さらに分からないのは翌21日にはKLIA Hubを経由してBlickfieldsに行ってることだ。でもこれも良しとしよう。でも、ならなぜ21日(土)の午前中にBlickfieldsに着いているのにその日のうちに配達しない?(私の理解では、Pos Lajuの土曜配達は、月の第1土曜以外は平日同様の配達時間の筈だ) そして・・・・え、なに週明けの23日(月)に再度Blickfieldsについたことになっている。

いやはや、毎度のことながらPOS LAJUはいい加減でまったく訳が分からない。一体全体、私のスマホは今どこにあるのだろう。。

この後、私は当然、POS LAJUのカスタマーセンターに電話しましたよ。ところが何度かけても繋がらない。私もしつこく何度も何度もかけなおしてはひたすら応答を待ちましたが、とうとう根負けしてしまいました。

明らかなことは、私の商品はLAZADAや販売店の手を離れてPOS LAJUにあると言うこと。こりゃひたすら待つしかないな・・と諦めかけた23日の夕方、ひょっこりと配達員現るですよ。

いやぁ、疲れました。結果だけ見ると、23日中の配達は、予告のとおりだったのですが、それにしても品物が届いた後も、LAZADAのオーダーステータスはまだ出荷準備完了のまま。一体何なんだこれ??

それでも届いた私のスマホは期待に違わず上出来で、ひょっとして粗悪品を掴まされたかと一時は疑心暗鬼にもなっていたのだが、そんなこともなくすっかり上機嫌になった私は、今回の一連の気揉みも忘れて、また次々とLAZADAに注文するのでした。

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しかし、↑をLAZADAに注文する前、ブキ・ビンタンのPlaza Low Yat(KL最大のITモール)に行って、現物をこの目で確認し、触りまくり、併せて価格をチェックしたのですが、10店舗ほど廻ってもLAZADAに勝る価格提示の店舗は皆無でした。なので、LAZADAで買おうと決めたのですが、Plaza Low Yatのある店舗では、LAZADAで売られている安価品は粗悪な贋物が多いんだよ、なんてことを言う店員もいて、正直言ってちょっと心配してました。

だから、ようやく到着した商品を目を皿のようにしてチェックしまくり、すべての機能の点検・確認を行いましたが、心配は杞憂でした。それで気を良くした私は、次なる商品、スマホのケース2個とインクジェットプリンターを続けてLAZADAに注文したのです。

1月25日にスマホケース(A)そして1月27日にプリンターとスマホケース(B)を注文し、LAZADAからのメールを待ちましたが、いずれの場合も、注文受付と支払い受け完了メールは即日届き、次なる出荷完了メールを待てとのこと。

ところがこの出荷完了メールがなかなかの曲者なのだ。もちろんまともな出荷完了メールもあるのだが、時には品物の到着後しばらくしてから出荷完了メールが届くなんてことも普通にある。卑近な例が問題のスマホ。品物が到着したのは1月23日なのだが、出荷完了メールが1月24日、1月30日には商品到着遅延のお知らせとお詫びなるメールが届き、2月2日に配達完了メールが届いた。

一体どうしたらこんないい加減な仕事ができるのだろうか?これがアジアのアマゾンのすることかと不思議でならない。それにしても許せないというか、相変わらずいい加減なのはPOS LAJUだ。以前にも書いたが、POS LAJUの仕事はまともじゃない。自宅で終日宅配を待っていたのに、郵便ポストに不在票が入ってるなんて、まったく普通じゃない。

私はブリックフィールズのPOS LAJUセンターで、このことについて何度もカウンター越しに文句言い、Complaint Sheetまで出したのになんらの改善がなさそうだ。TMにしてもPOSにしてもこれだけ肥大化した半官半民の組織の成れの果てなのかも知れない。

LAZADAにしてもPOS LAJUとの横繋がりが原因でこんないい加減なことになるのかも知れないが、これが原因で客が離れることもあることを知ってほしい。現に私は今回のことに嫌気を感じ、しばらくはLAZADAで買い物するのは止めようと思っている。

今後はやっぱりLerongかeBAYか、はたまた2番手の11street.comか、いやこれは多分ないと思うけど、いずれにしてももう当分LAZADAは止める。

以上、今日はオンラインショッピングでの私の最近の気付きについて書いてみました。

ではまた。。


マレーシア初となるMRT(Mass Rapid Transit=大量高速輸送鉄道)が昨年12月16日に一部区間開通しました。

このことは、日本経済新聞を含む内外のメディアで報じられ、かつ日本語、英語、マレー語などの多くのブロガーがこぞって記事にしていましたので、このことをまだご存じないマレーシア在住日本人の方はおられないと思います。

私ももちろん知ってはいましたが、ナジブ首相が、12月16日から1か月間の無料体験乗車をアナウンスしたことについて、主流のメディアが、これはナジブ首相から国民への嬉しいクリスマスプレゼントだ、などと持ち上げていることに嫌気がさして、わざと知らんぷりをしてたのです。

ところが元来、この種の乗り物が大好きな私です。MRTの高架下の道路を車で通るたびに、颯爽と走り去る新型のMRTを下から見上げてはちょっと悔しい思いをしてました。

そして、私の周囲でも無料体験乗車してきたことを自慢気に話す人たちが次第に増えてきて、もう今日で無料体験乗車が終わると言う1月16日、私もついに我慢が出きなくなって、遅ればせながら乗って来ました。

良く良く考えてみれば、ナジブ首相のこれ幸いとばかりの国民への人気とりの口上が気に入らなくての嫌気だったのですが、それならいっそ有料乗車にこだわれば良かったのに、それすらできなかった自分の貧乏人根性が情けないです。

ま、言い訳はともかくとして、思ったとおりの素敵なMRTでした。

今日は、そのMRTの乗車体験を読者の皆さんにも共有していただきたくて、MRTの前面展望動画を含みアップしましたので、ぜひご覧いただきたいと思います。

でもその前に、今度のMRTの全体像を日本経済新聞の記事を引用して紹介します。



日本経済新聞 2016.12.20.該当記事全文

■マレーシア 同国初の都市鉄道「MRT」の一部区間が開通した。道路の渋滞緩和と総延長51キロメートルの路線の沿線開発が期待されている。5年間かけて建設され、費用は210億リンギ(約5520億円)。当初の予想より20億リンギ抑えることができた。

ナジブ首相は開通式典で「MRTによりマレーシアは近代的で効率的な公共交通網を持つ先進国となる」と述べた。

MRTはクアラルンプール北西のスンガイブローから南東のカジャンを結ぶ。クアラルンプール中心部の9.5キロメートルの区間は地下を通る。同区間は建設大手MMCコーポレーションやガムダを含む国内企業連合が建設を担当した。

車両は独シーメンスが供給し、信号はカナダのボンバルディアが担当した。日本勢では明電舎が電力システムを提供し、三菱重工が線路に参加した。

無人運転の4両編成の列車は定員1200人。3分半に1本運行され平均時速は70キロメートル。1日40万人の利用が見込まれている。

15日に開通したのは第1期区間で、全31駅のうち12駅。全区間の開通は来年7月の予定だ。

「これまで公共交通は優先されていなかった」とナジブ首相は述べ、マハティール元首相が国産車プロトンに傾注しすぎたとの考えを示した。プロトンは1985年に登場したが、ほぼ同じ時期にシンガポールはMRT事業を開始していた。

マレーシアは2番目となるMRT路線の建設を始め、3番目の路線に関する実現可能性を調査している。これとは別にクアラルンプールとシンガポールを結ぶ高速鉄道計画なども発表している。

政府は国民1人当たりの収入を2015年の1万570ドルから2020年に1万5690ドルへ引き上げることをめざす経済改革計画を実行中で、MRT事業はその一部だ。(クアラルンプール=CK・タン)



記事中、MRTのPhase1の工費が当初見積もりより20億リンギも安くできたとか、マハティール元首相よりも自分のほうが先見の明があるかのナジブ首相のアナウンスメントは、金の使い方やその出所については数多の疑惑に埋もれている首相の発言なので、もはや多くの国民は信じてはいないのだろうと思いますが、案の定、経費の積算もれがあったための不正確な数値だったとか、国会などでは厳しく追及されているようです。また、今回の無料乗車が国民に対するクリスマスプレゼントだとか、気前のよい首相の大盤振る舞いだとか言う、この国の主流メディアの首相よいしょの文言は、逼迫する現下の国家経済状態においては大いに違和感ある文言だとは思いませんか?


さて、それはさて置き、わが町モントキアラからのMRTの最寄り駅はと言うと、バンサショッピングセンター近くのSemantanか、そのひと駅、西側のPBD(Pusat Bandar Damansara)なのですが、いずれも近くはありません。

どうしたものかと思案するうち、Feeder Busなるものがあることを知りました。Feederとは中継ぎとか連絡と言う意味があるので、これはMRT駅への連絡路線バスと言うことなのでしょう。

そのFeeder Busの路線が隣町のデサ・スリハタマスを通っているのだそうです。それにしてもなぜモントキアラは通っていないのかと突っ込みたくもなりますが、MRT の路線にしてもバス路線にしても、モントキアラはどうも蚊帳の外に置かれている気がしないでもありません。

幸いなことにわがコンドは、ゲートのすぐ前が190番(旧U7)の路線バスのバス停なので、車なしでも容易にモントキアラを脱出できるのですが、他のコンド、特にメインストリートとなるJalan Kiara沿いのコンドに住んでいる方にとってはまさに陸の孤島なのかも知れません。

で、今回のFeederバスですが、デサ・スリハタマスのどこにバス停があるかが問題です。

My Rapaidのウェブサイトで検索した結果、デサ・スリハタマスを通るFeeder BusはT818でわがコンドから一番近いバス停は↓ここのようです。

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バス停には↑のような看板が設置されているので容易に分かります。このバス停は名前をPlaza Cristelvilleと言い、名前からはまったくわからないのですが、デサスリで唯一のガソリンスタンドの近く、雑多なショップロットの前で、タクシー待合スタンドのところです。なんのことはない、最近仲間たちとよく行く韓国レストランDaoreの真ん前でした。

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↑T818のバスは10から15分間隔で、MRTのPBD駅とデサスリを周回運行しているようです。もちろん時刻表はありませんが、わがコンド前の路線バスよりも頻繁な運行のようで、待つのもさほどの苦ではありません。

ただ、このバス停まで歩いてくるとなるとやっぱり汗をかきます。運行経路図から察するにもっと近くの場所で手をあげれはきっと乗り降りできるはずなので帰りに確認してみたいと思います。(帰りにバスドライバーに確認したら、経路上でならどこでも乗り降り可能だとのことなので、わがコンドからもっとずっと近くで乗り降りできそうです)

バスは、今日(1月16日)までは無料、明日(1月17日)からは1リンギだそうです。運行時間も早朝から深夜までと十分ですし、これは使えるかなと言う気がしましたね。

デサスリを出発するとこの新型バスは、サイエンス・ネガラを左に見て、ブキット・キアラを通りPBDのバスターミナルに到着します。その前にSemantanの近くも通るのですが、MRTに乗るにはこのPBDが絶対有利です。なぜなら、PBDのこのバスターミナルはMRTの駅に隣接していて、雨でも濡れないように屋根付き連絡通路とエスカレーターで行き来できるからです。

↓ここがPBDバスターミナルです。後ろがMRTのPBD駅です。

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↓これが新型バスです。

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↓このターミナルからはT818のほかに、PBDとKL SENTRALを結ぶT819が発着しているようです。と言うことは、7月のPhase2を待たずともKL Sentralまではバスの乗り継ぎで行けると言うことですね。

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バスを降りたら屋根付き連絡通路から↓このロングエスカレーターに乗ります。

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そして↓屋内連絡通路を抜けると・・・

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そこは高架のPBD駅です。そして↓は自動改札を入ったところですが、見てくださいこの広々としたスペース。。

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↓ここはプラットホームです。

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もちろんホームドア(自動転落防止柵)も完備されていてなかなかのものです。

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↓これがMRTの新型車両です。中国製造との情報もあったのですが、日経新聞によるとドイツ製だそうです。

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↓これは路線の車内情報ボードですが、グレーで彩色された部分が未開通で、この7月に開通するのだそうです。市内中心部を突き抜けてKajangまで一本で行けるということです。

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↓車内の様子です。

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↓MRTは他の交通路線よりもいちだん高い高架を走るため、見晴らしはとても良いです。

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↓このように普段は森に遮られてあまり目にすることのない墓地なども良く見えて、へぇーこんなところにお墓があったんだと思ってしまいます。

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それにしても、このMRTはコンピュータによる完全自動制御なので、運転席もないし運転手もだれもいないんですよ。おかげで前方の見晴らしが、架線や架線柱もないのでとても良いのですが、線路上の障害物などはどうやって識別するのだろうかとちょっと不安な気もします。

見て下さい、前も後ろもこれこの通り。大きなウィンドウがあるのみで運転手さんはいません。

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そんな視界の良い最前席に陣取って、撮り鉄よろしく前面展望を撮ってみました。最初の1本は、Kwasa Sentralから終点のSungai Bulohまで、各駅での停車間を切り取って、約6分半。次の1本はSungai Bulohからの帰り、Kota Damansaraから降車駅のPBDまでを、これも各駅の停車間を切り取って約12分半ほどありますが、もしよろしければご覧ください。このほど新設されたクアラルンプールのMRTの乗り心地や見晴らしを、この前面展望動画で体感していただければ嬉しいです。なお、HDにて撮影していますので、ネット環境が許すなら、ぜひ大画面ディスプレイにてご覧いただけれぱと思います。

↓Kwasa Sentralから終点のSungai Bulohまでの前面展望動画(6分34秒)



↓Kota Damansaraから降車駅のPBDまでの前面展望動画(12分42秒)



いかがでしたでしょうか。なにかのご参考になれば幸いです。

ではまた。。



突然ですが、↓の写真は、今月(2016年10月)からいよいよ私のマレー語学習の正念場となったDBPの正面エントランスです。

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DBPとはDewan Bahasa dan Pustakaの略で、英語で言うとInstitute of Language and Literatureとなりますが、つまりこの国の国語であるマレー語と関連図書に関する政府(教育省)の研究・:研修機関です。

正面から見上げると、↓こんなに大きくて背の高いビルです。私が通うDBPアカデミーはこのビルの7階にあります。

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実は、いつまで経ってもモノにならない私のマレー語のことを、YMCAのマレー語の先生に相談したところ、ならば絶対DBPアカデミーで学習すべきと熱心に勧められ、YMCAのクラスメート(サウジとイラクとタイのクラスメート3人)と共に今月初めから、週2日、ここの外国人特別コースに通っているのです。(YMCAの先生の特別の計らいで入れてもらいました。Cigku Rに感謝です)

このDBPのことについてはまたあらためてその詳細と私やクラスメートの進捗状況を書きたいと思いますが、外国語の習得と言うものは、特に年を取ってからは思った以上に大変だと言うことを最近身に染みて感じています。

憶えてもすぐ忘れる、1つ憶えても2つ忘れるなんてことは当たり前。嘘のようだけど私のような爺連(ジジれん)の場合は嘘じゃない。でも、だったら何も憶えられないではないか、などとツッコミまないで欲しいけど、だ・か・ら、、学んだらすぐ使う、忘れる前にすぐ使うを実践しないといけないのです。

当たり前のことですが周りにはマレー語会話の対象は山ほどいます。どこに出かけてもマレー語が通じないところはまずありません。マレー語はこの国の国語であり共通語なのでれっきとしたマレーシア人なら、中華系もインド系もひととおりのマレー語はできますし、周辺国からの出稼ぎ労働者でも片言は通じます。

しかしそんな彼らが、私の拙いマレー語の誤りを的確に指摘してくれるかと言うと、それはほとんど期待できません。彼らのマレー語も私と似たり寄ったり (文法も語彙も無茶苦茶) なので、そういう時には餅は餅屋、マレー語はマレー人に限るのです。

だからマレー人の友人を、年齢性別問わず、できるだけ多く作るのが良い。そして憶えたばかりの語彙やフレーズを使い、Face to faceで、電話で、Lineで、そしてtextで会話してみる、何度も何度も使ってみる、間違いがあれば正してもらう。これに尽きるのではないかと最近真剣に考えています。



そこで今日の主題の連邦モスクの登場です。

実は先日、ひょんなことから自宅からすぐ近くのKL連邦モスクのガイデッドツアーに、友人たちと共に参加する機会を得ました。

私はこの国のモスクの秀麗な外観や内部の美しいイスラム模様などに惹かれ、これまでいくつもの主要なモスクを訪問してきましたが、唯一、このKL連邦モスクだけは、自宅からあまりにも近いためいつでも行けるという思いで今まで訪れていなかったのです。

しかし今回参加してみて、このガイデッドツアーの素晴らしさに正直驚きました。モスクの施設の広さや豪華さもさることながら、普通、お祈り時間帯のモスク見学はお断りと言うモスクが多い中で、この連邦モスクはなんと、ムスリムの方たちがお祈り中のメインホールにガイドさんが案内してくれて、丁寧にお祈り作法の説明までしてくれるではないですか。

ガイドさんの説明はもちろん英語なのですが、私の拙いマレー語での質問にもきちんとしたマレー語で答えてくれる。そして、そのうちガイドさんチームの一人の男性の方が、いつの間にか私専属のマレー語ガイドとして付き添ってくれ、お陰で私としては意外なところでマレー語の実践練習ができました。

そしてツアーが終わった後の帰り際に、件の男性ガイド氏(R氏)の求めに応じ、お互いのコンタクトナンバーの交換をしたのですが、その際、R氏から、今後喜んでマレー語練習のパートナーとなるのでいつでも都合の良いときにモスクに来て欲しい、もし良ければ自宅にも、との意外で嬉しいお話でした。

私としては、自宅に最も近い連邦モスクで、私の好きな日時にマレー語実践練習をやりながらイスラム文化の象徴のようなモスクの学習ができるならこんな素晴らしいことはありません。(その後、M氏から2度ほど電話でお誘いを受けたのですが、私のスケジュールが合わず未だ再会叶わずですが)



さていつもの癖で前置きがちょっと長くなりましたが、今日はKL連邦モスクの素敵なガイデッドツアーを紹介したいと思います。

↓は、先日来ブログのトップに据えている画像ですが、連邦モスクのメインプレーヤーホールです。ちょうど午後1時過ぎからのお祈り(Zohor)が始まるところです。

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↓は連邦モスクの正面エントランスです。余りにも大きすぎてその全体形状が良く分かりません。

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なので↓は、連邦モスクの全体像を知ろうとインターネットから拝借した写真ですが、このモスクの尋常ではない大きさが良く分かります。

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これは、正面エントランスから中に入ったところのモロッコスタイルのベランダです。どこのモスクもそうですが、供門(Archway)を吹き抜けるそよ風と磨き抜かれた大理石の冷や冷やした床がとてもいい気持ちです。

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メインプレーヤーホールです。天井のドームはこのモスクの最大ドーム。高さと言い大きさと言い申し分なしです。モスクはこのメインドームの他、計22個のサブドームがあるのだそうです。

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↓メインプレーヤーホールに吊り下げられた巨大なミラーです。夜間は周囲から4本のライトビームがミラーに反射しそれはそれはきらきらと明るく輝くのだそうです。

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↓カメラをズームインしてみました。今日は平日木曜日なのでお祈りする人々の数は多くありません。座る人々の前に導師(IMAM)が立っています。真ん中のミフラーブ(Mihrab=壁の窪み)が礼拝の方向。右端にはミンバル(説教壇)が見えています。

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↓コートヤードから見るメインドームです。

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↓2階のテラスから庭を見下ろしています。

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↓モスクの外側南角から南西方向を見ています。

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↓同一場所から北東方向、正面エントランスを見ています。

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↓2本のミナレット(尖塔)のうちの1本です。

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これ↓は、私が撮ったものではなくネットから拝借した写真ですが、次回はぜひこんな美しい夜景の撮影にチャレンジしたいものです。

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↓最後に無料ガイデッドツアーのリーフレットです。

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見学時間は午前10時から午後6時まで毎日OK。ただし断食明け大祭(ハリラヤプアサ)と犠牲祭/聖地巡礼際(ハリラヤハジ)当日はお休みだそうです。イスラム教のお祈り時間内も見学可とありますが、ここは他のモスクと異なるところですね。

親切にもKLセントラルとセントラルマーケットからのRapid KLの路線バスナンバーも記載されていますが、残念ながらこれは旧い番号のようです。また、なんとGPSの座標もあります。そうそう、なんとこのモスクの施設内ではWifi接続OKなんですよね。なんとも洒落たモスクじゃありませんか。

近年、世界はIS国によるテロ攻撃などが相次ぎ、非ムスリム圏の人たちのイスラム教国やムスリムを見る目には一段と厳しいものがあるのは事実です。またマレーシアは穏健イスラム教国だとの評価はあるものの、在住日本人の方の中には不安を感じている方もおられる筈。でも百聞は一見に如かずです。

ぜひみなさんも連邦モスクのガイデッドツアーに参加して、モスクのこと、イスラム教のこと、ムスリムの方たちの毎日のライフスタイルのことなどを目で見て耳で聞いて、マレーシアのモデレート(穏健)なイスラム教文化に触れてみませんか。

ツアー中、マレー語を学習されている方は是非マレー語でなんでも質問してみて下さい。喜ばれること間違いなしだし、マレー語の実践練習にもなりますよ。

グループでのツアー参加の事前予約は+60 3-6201 8767または8791へどうぞ。ではまた。。




最近ますますブログの更新が遅れ気味で、毎回(;´・ω・)(;´・ω・)です。と言っても、誰にせっつかれている訳でもないので、焦る必要もないはずなのですが・・・・

しかし私にもある種のこだわりがあり、書き物の内容をあまり薄っぺらにしたくないと思っているのです。

自分でこれはと思うトピックだけ (これは私の興味の対象が極く限られているのでもちろん万人向けではないのですが) に絞って取材し、体験し、感想や意見を含めて記録して、ちょっと大袈裟かも知れないけど、単なる日記としてだけでなく、この私と言う人間のライフスタイルや考え方などを、私が生きた証として子や孫に遺したい、、、なんて大層なことを考えていたりしてるんですけど。。。

でも、子や孫が、そんなの要らない、銭だけ遺してくれればそれで良いって、思っているんじゃないかと、最近ちょっと弱気かも、です。

ま、そんなことはさておき、今日は私の好きなマレーの伝統文化のお話です。

私は、以前からマレー半島やマレー民族の歴史や伝統文化に人一倍の興味があるのですが、最近(8/29)またひとつ、新たな興味の対象との出会いがありました。

実は、私の親しい友人の一人(※)のイスラム国際大学図書館のAnieに、自身の出身大学のUPM(Univ.Putra Malaysia)構内にあるMuzium Warisan Melayu(マレーヘリテージ美術館)に連れて行ってもらったのです。 (※私はフラットな友人関係と思っているのですが、彼女はいまだに私のことをCikgu(先生)と呼びあくまで師弟の関係を維持していたいようです)

Muzium Warisan Melayuは、Anieの前口上どおり、国立モスク傍のイスラム美術館とはまた趣の異なるコンパクトな美術館でした。でもコンパクトな割には内容がとても充実していて、その名(Warisan=遺跡)に恥じずマレーの文化遺跡の宝箱のようなところでした。

そんなMuzium Warisan Melayu@UPMは、もちろん私のお気に入りナイスプレイスのひとつとなったのですが、先月の始め、FB(フェイスブック)でこんなチラシが目に留まりました。

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Kerisとはマレーの伝統細工の短剣のこと、Budaya Warisan Melayuとはマレーの文化遺産のことです。イベントの内容を見ると、kerisやマレーの伝統的な武器に関するセミナーや展示即売とか、マレーの古武術であるSilat dan Seni Beladiri(シラット&マーシャルアーツ)の武闘展示などは、私の興味の対象バッチリで、しかも入場無料と来ればこれはもう見逃す訳にはいきません。

と言うわけで、10月2日(日)のイベント最終日、暇つぶしを兼ねて出かけてきましたので、以下はそのリポートです。

朝9時オープンと言うので、10時ちょっと前に着いたのですが、イベント会場の美術館横広場はもう既に大勢の人混みです。(よく観察してみるとほとんどがマレー系マレー人)

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期待したとおり、8月末にAnieと来た時には一部しか入れてもらえなかったマレー伝統家屋4軒すべてが一般開放されています。これ↓はぺラク州から移築したと言う伝統家屋。

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これ↓はパハン州から移築したと言う築97年の伝統家屋、え?ちょっと待って。中からなにやら賑やかな声が聞こえています。

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よく見ると玄関への上り口にはたくさんの履物が脱ぎ捨ててあるけどなにやってんだろう・・・

ちょっと失礼、、、、ほほう、なぜか細長い構造の部屋には大勢の若い女性たち、、、こ、これ、なにしてるんですか?って、ニッポン代表ひねくれ親爺、おくびれもせず尋ねてみたところ、Congkak(チョンカ)と言うゲームなんだそうです。

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女の子たち、キャッキャッ言いながら一生懸命このオジサンに教えてくれようとしたけど、こっちは真面目に覚えるつもりなど毛頭ないので適当に聞いているもんだからチットモ理解できず。。そのうち、アンクゥ(叔父さん)もやってみる? なんて言われて、イ、イヤ、今日はいろいろ忙しいんでって、ごまかして、そそくさと隣の部屋に退散しましたとさ。

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↓さっきの部屋と棟続きの隣の部屋です。こっちは結構広くて天井も高いしゆったりしてる。

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おや? この部屋の隅にある下が覗けるほどの隙間は何? 良く観察してみると、床材がここだけ傷んで、半ば腐食しかけているいるような、、、ハテ????

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説明係の人に聞いてみてびっくり。なんと↑の隙間は夜のおしっこ用の隙間なのだそうです。え、子供用の? いやいや大人も使いますよって。。。なるほど夜間のおしっこトイレか、どうりでね。しかしこんなところにも本物の傷んだ床材を使ったなんて芸が細か過ぎじゃん。。

さて、↓は伝統工芸品の即売場兼武技などの展示場です。砂地の地面に刺しただけのような急拵えのような門をくぐると、そこは、いろんな食べ物飲み物屋台やお土産屋台、それにkerisや工芸品の製作実演屋台などの楽しそうな屋台がいっぱいで、まるで村のお祭り広場のようでした。

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伝統伎の火おこしを実演中の、いかにも私が村の長老だ、と言う感じの白髭爺さんです。私が余りにもジロジロ眺めているものだから、あんたもやってみるかい?と突然、"変な外人"の私に振ってきました。なにも難しいことはないから怖気る必要はない、と盛んに勧めてくるもんで、んじゃぁちょっとだけね、なんて見よう見まねでやってみたけど実に簡単。こんなのサルでもできる。だって最初から火が付いていたし、あとはフイゴのような道具で空気を送ってその火を大きくするだけだったからね。

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爺さんに、ワタシ、ニッポンジンだよ、ニッポンから来たんだよって言ったら、え、マレー人かと思った、顔がオレと同じくらい黒いし、、だと。この爺さんなかなか冗談きついよ。。

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これ↑、田舎の村祭りを思い出しました。笛と太鼓の賑やかな祭り囃子のようですが、それにしてもなんで爺さんばっかなの?? これって何処の国も同じで今どきの若者はこんなことやりたくないってことかなぁ。。



↑でも、そんな祭り囃子のようだけど一本調子で単に喧しいだけの囃子を聞いてたら、なにやらマレーの若者が二人、Keris(短剣)をもって中央に登場です。すると、さっきの白髭爺さんがわざわざ私の傍にやって来て、なにやら説明し始めたんでちょっと驚いたけど、どうやらこれからクリスの闘いが始まるのだそう。おー、いいねぇ。。んじゃと思い、チェンドル屋台で買った氷菓子食いながら片手でムービー撮りました。ほんのさわりの場面だけ、1分程度に短くしてありますのでぜひご覧ください。

↓は、Kerisの展示即売です。お、格好いいじゃん、一本土産に買って帰ろうかといつもの衝動買いの虫が一瞬起きたけど、いつもこれ(衝動買い)で失敗してるしなとちょっと考えて止めました。

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↓は、鉈 (なた)の研磨実演と研磨した後の切れ味の実演です。こんな分厚い蛮刀で、ティッシュのような柔らかい紙が綺麗に切れることにはちょっと驚きましたね。

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↓お祭り広場の一角で談笑するマレーの男衆です。今日はみんな民族衣装なんですねって、みなさんブラコン(俳優)ですかって、声かけしたら、一同あっはっはーと大受けでしたね。

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この後私は、お祭り広場のラクサ(マレー辛麺)屋台で腹ごしらえをしてから、またまたインタビュー開始、なんて書くとどこぞのルポライター気分ですけど、周りは皆純正のマレー人だらけなので、実は私のマレー語会話の実践練習にはうってつけなんです。

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早速、メイン会場におられたこのお二人↑に声かけました。ワオ、チャンティ(綺麗)!!って小さく、でもわざと聞こえるように言ってあげたら、二人とも満面の笑み。そしてこれこのとおり、こっちが特にお願いしなくても、カメラの前で様々なポーズをとってくれました。私は着ているドレスがチャンティ(綺麗)と言ったつもりなのに、なにか勘違いしたようですね、この二人。

↓この方にも、あなたはブラコン(俳優)ですかと声かけしました。どうも大概のマレー人はブラコンが好きのようですね。喜んでいろいろ話してくれる。こっちが聞いていないことでもぺらぺらと良く喋る。今日は家族と遊びに来たんだけど、この貸し衣装が気に入ってなんか本当にブラコンになった気分だよって。

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↑えっ、これ貸衣装なんですかって聞いたら、そう、ほらあそこのテント、あれ写真スタジオのテントだからエンチッ(あなた)も行ってみたらどうですかって・・・・

うーんなるほどね、なんだ貸衣装だったんだ・・・

いや皆が皆、貸衣装じゃないかも知れないけど、この民族衣装って言わばマレーの礼装だしね、何枚も自前の衣装持ってる人は持ってるんですよって、説明してくれました。

↓ここ写真スタジオのテントです。中を覗いてびっくり。思ったよりも本格的じゃないですか。おぉ、貸衣装もズラリ、クリスなどの小物もズラリ。そしてプロの写真屋さんがいろいろと振付まで助言してくれてる。

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こりゃいい。よしじゃオレもやろうと、列に並んで受付を待ちましたが、その間にもらったチラシがこれ↓です。戦士にも女戦士にも虎使いにもなれる。衣装と小物を選び、背景を選んで、はいパチリなんだそう。。

画像データ(PDF)だけなら10リンギ(260円)、画像データ+A4プリントは15リンギ(400円)、そしてそれにフレームと飾りを付けたら25リンギ(650円)なんだって。。なんだ、この辺りにうろうろしてるブラコンはみんなこれだったんだね。。

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そして出来上がりがコレ↓です。大恥を忍び、思い切ってアップします。今思えば戦士にすれば良かったかなぁなんて思ってますけど。。

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ちなみに私のは飾りフレームにリボン付きの立派なものです。でも家に持ち帰ってリビングに飾ろうとしたらなぜか即却下され、今は我がスタディルームの片隅で悲しそうにしてますけどね。

こんなひねくれ団塊親爺、どうぞ馬鹿にして下さし。そして笑ってやって下さい。。そしたらますますひねくれますから。。

ではまた。



本年1月19日付のブログで、ピーター・ホー・ビヨンドと言うKLの人気手芸店へのアクセスなどを紹介しましたが、先立って、店舗が既に元の場所(チャイナタウン近く)にはなく新しい場所に引っ越ししたらしいと親しい友人から聞かされました。

早速1月19日付のブログには、引っ越し先が分かり次第、情報をアップデートしますと追記しましたが、インターネット情報と言うのはこれこのとおり、その情報の管理者(情報の転送者を含む)がアップデートしない限りは、古い情報でも誤った情報でも、いつまでもそのまま放置されているわけで、このことは私が以前から危惧していることのひとつです。

玉石混淆(ぎょくせきこんこう)とはまさにこのインターネット情報のことを言い得ていると思うのですが、このインターネット情報を活用するには、星の数ほどある同類の情報の中から、どの情報が正しいのか、的確なのかを探し出し見極める力が必要です。

中でもその情報がいつの時点の情報なのかを知ることは基本中の基本です。が、しかし、それがなかなか分からない、すぐに判断できない場合も少なくなく、まさにこれがインターネットの情報リテラシー(情報活用力)の難解さであり、リスクであると私は思っています。

例えば、今回のピーター・ホー手芸店の新店舗情報を知ろうとして、"Peter hoe KL"というキーワードでgoogle検索してみると、:検索結果として現れた英語や日本語ページの1ページから4ページまでがすべて古い店舗の情報でした。つまり先頭から約40件ほどが古い情報のままだったのです。情報の管理者サイドに立てば、ことほど左様に情報の不断のアップデートなど容易なことではないのです。

もちろんこの古い情報の中には私のブログ情報も含まれているので、偉そうなことは決して言えないのですが、これらの古い情報を古いとは気づかずに使用する利用者もいるわけで、インターネット情報の信頼性がいつまでも新聞や雑誌などの活字版情報に劣ると言われている所以だと思っています。

他方、これらの情報を活用する側からみれば、その利便性はこの上ないものなのですが、そのためには、インターネット情報は玉石も新旧も混淆であるとの前提に立ち、先ず新旧の情報を篩にかけるのが良いでしょう。私はブラウジングにグーグルクロームを使っていますので、私の場合は、検索オプションから最終更新の期間を絞り込む方法をとっています。

もちろん場合によっては古い情報が必要な場合もあるわけですが、その場合も更新時期を指定して絞り込む方法は大変有効です。

さて、情報リテラシーに関して言いたいことはまたまだあるのですが、この先は次回に譲るとして今日は肝心の新ピーター・ホー手芸店の情報をアップデートしたいと思います。

以前の場所は、チャイナタウンの近く、セントラルマーケットからも近い位置にありましたが、このたび、先月(8月)、シェラトン・インペリアル・クアラルンプールホテルのすぐ傍に引っ越ししたのだそうです。

↓ここはジャラン・スルタン・イズマイルです。左に見えているクイルショッピングモールの対面にあるシェラトン・インペリアル・クアラルンプールホテルのすぐ西側道路(この写真では右手前)の向かいがピーター・ホー手芸店のさんの新店舗です。

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ジャラン・スルタン・イズマイルはマジュ交差点方向から車で来ると、シェラトンホテルの前で右折はできないので、その先でUターンして戻ってくる必要がありますが、これはUターンして戻ってきてからホテルの西側道路(Jalan Doraisamy)に左折したあとで、後ろを振り返ってジャラン・スルタン・イズマイル見ているところです。モノレールの高架の向こう側がクイルモール、手前右側がシェラトンホテルです。

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↓再びまわれ右をして前を見ています。ここがシェラトンホテルの西側道路向かいのThe Rawです。2階建ての細長いしゃれた建物です。

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↓ピーター・・ホーさんはここの2階です。入り口ドアに貼り紙があります。

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↓ドアの貼り紙をアップして見ています。どうやら新ピーター・ホーさんは手芸店にカフェが併設されているようです。

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↓入り口ドアを入ったところです。ピーター・ホーカフェのメニュー看板を通り過ぎて奥の階段を上ります。

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↓階段途中から2階を見上げています。左側が手芸店の店舗、そして右側がカフェのようです。

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peter hoe at the rawです。小洒落たセンスの良さを感じます。

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↓手芸店の店舗入り口(赤いドア)です。

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↓以下、新店舗内の写真をアップします。店内には既に何組かのお客さんがおられました。日本人の方以外にも欧米系の方や地元の方たちもおられるようでした。

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以上がクラフトショップ内。次はピーター・ホーカフェです。

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↓カフェからクラフトショップへの抜け道(?)ですね。こちらのドアからショップとカフェを行き来できるようです。

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以上、ピーター・ホークラフトショップおよびカフェ情報のアップデートでした。ここでお断りしておきますが、実は私自身はこのような手芸店になんらの興味があるわけではありません。手芸小間物とか布地だとかボタンだとかいろいろ聞かされても、見せられても何が良いのやらさっぱり分からないのです。すべてはMy better halfの興味です。

手芸は日本に暮らしているときからのMy better halfの唯一の趣味でしたが、こちらに移住後はそれがますます昂じて、もうほとんど生き甲斐状態となっているようです。布絵本やパッチワークそれに手芸小間物などの過去の手芸作品を眺めたり、これから創る手芸作品を考えたり、デザインしたり、そして、一心不乱に手芸制作に没頭しているときのMy better halfが傍で見ていても一番幸せそうです。

彼女を半ば強制的にこちらに連れて来てまもなく4年になります。ここマレーシアでの生活には大分慣れてきたとは言え、まだまだ多くのストレスを感じているような毎日の様子を不憫に思い、かつ痛切に責任も感じている私です。なのでMy better halfが手芸を語るときや、手芸作品を眺めたり、買ったりしているときの楽しそうな、幸せそうな表情や仕草に私はどれほど安堵することか。。

例え夫婦といえども異なるライフスタイルがあって当然と私は思っています。異なるライフスタイルをお互いリスペクトし合い共に仲良く、健康に暮らすのが老後の夫婦のあり方ではないかとも思っています。だから私はMy better halfの手芸を最大限にリスペクトし、そのために私にできることはなんでもやろうと心に誓っているのです。

そんなことを考えながら、ピーター・ホーを後にしましたが、↓目の前の路地(シェラトンインペリアルホテルの裏の路地)の向こうにツインタワーが見えているじゃありませんか。周囲ともマッチしてなかなか洒落た景観だと思いませんか。。

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車を駐車したJalan Doraisamyの奥の方に向かって歩いていたら、左側に面白そうな↓インディアンレストラン見っけ。。

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どうやらThe Basement club KLというインディアンクラブ(ナイトクラブ)のようです。良く観察してみると、まだ明るいのにもう開店しているような・・・・・おほっ、タイガービール10リンギだと、こりゃイイ。最近はボリウッドの映画や音楽にもにわかに興味が出てきた私ですので、やっぱりピーター・ホーよりこっちがいいか、、、と内心思いましたね。

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あれ、↓ここにもあるぞ。えっと、ここはMain Room KLと言うナイトクラブだって。そっか、この辺りは、マスジッド・ジャメ駅にも近いしそごうデパートにも近いし、ブリックフィールズと並ぶKLの2大インド人街なんだね、、、、と今さら気づくおバカな私なのでした。よし、次はこの辺りをじっくり歩いてみて、旨いタンドリーチキン屋でも探してみようと、密かに思っています。

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ではまた、ごきげんよう。。



クアラルンプールから車で約2時間、マレー半島縦貫高速道路 (NSE)を約150キロほど南下するとそこは世界遺産登録の町・マラッカです。

マラッカは、太平洋とインド洋を結ぶ海上交通の要衝・マラッカ海峡に面した天然の良港で、昔から(と言っても1390年頃からですから日本で言えば室町時代頃からですね)東西交易の中継地として栄えた古都でマレーシア発祥の地とも言われています。

爾来、ポルトガル、オランダ、イギリスと、入れ替わり立ち代りの植民地支配を受け、また一時期、旧日本軍の軍政下にも置かれたマラッカには、各時代の面影を彷彿とさせる多くの歴史的な建造物などが今に遺り、2008年にはユネスコの世界文化遺産に登録されました。

東南アジア、特にこのマレー半島の歴史や伝統文化に目が無い私は、もちろんもう幾度となくこの地を訪れ、そらでガイドも出来るほどになったのですが、今まではすべて日帰り旅行で、夜に訪れたことはありませんでした。

ところが今回、日本からはるばる訪ねてきてくれた妹夫婦に同行し、初めて夜の古都を訪れてみて、昼間とは趣の異なる新たなマラッカにも魅せられてしまった私です。しかし、今回は限られた時間なのでホンの一部だけ。なので、いつかまたじっくり時間をかけて巡ってみたいと思っています。

何枚か写真を撮ってきましたので順にアップしてみます。

↓これは昨晩から本ブログのトップに据えている写真です。セイント・ポールの丘からマラッカ海峡方向を見ています。

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↓同じ写真ですがカメラをやや左に振っています。

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↓後ろを振り返ると、右手首のないフランシスコ・ザビエルの像の足元で、なにやら地元のアーティストと称する男性が自作の絵を売っていて、妹たちが熱心に作品選びをしています。しかし、まぁ、一枚僅か10数リンギの代物なのでどうでも良いとは思うのですが、明らかなコピー作品で原価1リンギ(30円以下)もしていないだろうにと、私はまるで他人のように冷ややかな目で眺めてました。

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↓夜のオランダ広場です。昼間は観光客でごった返す超有名なアトラクションポイントですが、流石に夜は人影もまばらです。

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↓マラッカ名物のトライショーのお兄さん(おじさんかも)たちが電飾をオンにしながら客待ちをしています。バッテリー上がりが心配だろうに、大変だね、お疲れ様、と声掛けたくなった優しいひねくれ団塊なのでした。

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↓次に、夜のリバークルーズと洒落てみました。昼間は何度も乗っている私ですが夜は初めてです。乗船券売り場で一人21.8リンギ(6%GST込み)と言われ、えっなんで?と思いましたが、今日は日曜日だから高いんですって。で、でも、おかしいよなぁ、今までは一度もそんなこと言われたことなかったし、いつも15リンギぐらいじゃなかったかなぁ。。あ、そう、なら、シニア割引はないの?とやや払いたくない意思表示をしてみましたが、これはあえなく却下。(マレーシア人の場合はシニア割引もあるらしい)

こんな時、なんで外国人だけ高いんだよ、なんで外国人だけシニア割引がないんだよ、っていつも思います。だって、このリバークルーズもマレーシア人は平日たったの10リンギ(税別)、でも外国人は15リンギ(税別)ですよ。

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あのKLタワーだってそうだ。最近またまた値上げしたらしく、なんと外国人は52リンギ(税込み)になっていた。(ちなみにマレーシア人は32リンギ)実はそのKLタワーに、今日の午前中、妹夫婦を案内したのだが、みんな60歳を超えているのでシニア割引を申し出たところ、外国人はダメだとの冷たい返事。え、だってこの前来た時は日本人ならOKだって全員(8人)シニア割引してくれたじゃないか。。

この前のことは知らないが、ダメなものはダメ、規則だからね、とノタマウおにいちゃん、うっ、うううう。。いやね、たかが10リンギぐらいどうでも良いんだけどね、シニア割引してくれなかったり、してくれたり、たまに間違えた振りして運転免許証出してみたら、マレーシア人扱いになってめっちゃ安い入場料で入れたり、入れなかったり。。

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あのサー、あんたたちサー、その場その場で言うことが違うんだよね。ウェブサイトに書いてあることと、カウンターで言うことが違うんだよね。そんでサー、こっちがしつこく食い下がるとたまに面倒くさがって、んじゃ、いいよって言ってくれるじゃん。。こういうことって、結局、、、い、いい加減だってことなんだよ。

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超レイジーなくせにいい加減ってんじゃ浮かばれないぞ。思い出しついでに言わしてもらうけど、この前、ワンウタマのイオン・ジャスコに行った時、家庭用品売り場の最奥のちょっと見えないところにある売り物の二段ベッドの下段で、店員の誰かが隠れて寝てたよね。靴が見えたからなんだろうと思って覗いたら、店員がこそこそ逃げてったよ。胸のネームタグ見て通報してやろうかと思ったけど面倒だから止めといたんだけどね。

まったくレイジーな奴らめ、寝るんならせめて靴ぐらい脱げよ。。大体サー、この国の店員って、みんな、いっつもスマホいじって遊んでるよね。そいで客が近づいても止めやしない。客の方がおそるおそる声掛けすると、なんだよっ!って感じで睨まれる。そいで、何を聞いても、知らない、分からない、挙句の果てには、在庫ない、だよ。。

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おっと、写真とはぜんぜん関係ないことバッカ書いてないで、写真のことも説明しなきゃね。。

↓これ、マラッカ川のナイトクルーズだけど、川面が真っ黒で例のリザード(オオトカゲ)もなんにも見えないのはグッド。でもアレ?大分ドブの臭いがするなぁ。。今までの中で一番臭いなぁ。最近川の清掃とかあんまりしてないのかなぁ。。

普段から口煩い私の妹など、こんな汚なくて臭い黒い水の飛沫がかかったら絶対悪い病気に罹るからと言って一生懸命旦那の陰に隠れてたけど、世界遺産の町のリバークルーズが、これじゃあいけないな、、と私も思いましたです、ハイ。

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でも、そんなことを除けば、と言うか、気にしなければリバーサイドのライトアップは幻想的だしなかなかのもの。まぁ、涼風とまでは行かぬものの、異国の地・マラッカの生温かい夜風を肌に受けながらそれなりに楽しんだ風でした。

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↓リバールーズを終えた一行はジェッティ(舟着場)で客待ちをしていたトライショーにチャレンジです。

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かくして、ジョンカーストリート周辺の夜の散策に出発と相成りましたが、ド派手なイルミネーションと大音響のミュージックで道行く人々を驚かしながら突き進むトライショーのエンジンはもちろん人間の脚なので、ちょっとした坂道でも大変です(乗客の私たちには関係ありませんけど・・)。

ジョンカーストリートの手前のマラッカ川の橋を渡るところの坂道では、立ち上がってペダルを懸命に漕いでいたトライショーのお兄さん(おじさんかな?)、とうとう力尽きたか知らんが、漕ぐのを止め自転車を下りて歩いてよっこらしょと押し始めた。おっとこれは、最近体重増に悩んでいる私に対する嫌味かそれとも当て付けか。(´・Д・)」

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今日は週末日曜日、ジョンカーストリートは夜市(パサー・マラム)のため車もトライショーも通行不可です。なので仕方なく周囲を巡るルートを案内してもらったが、夜なので、例えば有名仏教寺院などはオールクローズ。でも私を除く一行はそんな場所にはほとんど興味なさそうだし、かく言う私は既に何度も観て知っているのでまったく問題なし。

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既にあまり人影のない暗い古都の路地をひととおり巡った後、さあ着いた。ここがなんちゃら1673だよ、なんてことを言うトライショーのおじさんに一応礼を述べて別れを告げたのだが、私にはここがリバークルーズ中に電話で予約を入れた希望のレストランではないことが直ぐに分かりました。

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だから、私たちは夜市の人混みを掻き分けて1ブロックほど歩き、初めてだけどなぜか懐かしい(グーグルマップのストリートビューをじっくり見てしっかりインプットしてました)”BISTRO YEAR 1673”と言う人気レストランに到着し、評判のヒストリカルなコートヤードで生バンド付きのディナーを楽しんだ、と言う次第でした。

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これ↓は、一夜明けた朝のことです。この海峡モスクは私のブログにこれまで何度かアップしていますので、ご記憶の方もおられるかと思いますが、KLのブルーモスク同様私の一押しモスクです。

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本当は、昨夜の夕景を撮りたかったのですが、リバークルーズなどの関係で叶いませんでした。マラッカ海峡に沈む夕陽を背にした海峡モスクを撮りたいと願っていますので、近い将来の再チャレンジを心に誓っています。

以上、今日はHistorical City of Malacca by Nightのリポートでした。

ではまた。。




早いもので今日はもう6月27日、ラマダンもあと10日ほどで終わりです。

最近親しく交流しているIIUM(マレーシア国際イスラム大学)図書館のAnieや彼女の多くの友人たちは、今やラマダン明けのハリ・ラヤ(断食明け大祭)を指折り数えて心待ちにしているのだそうですが、私としては、毎年のイスラム教最大のイベントが今年ももう終わるのかと思うと、ちょっぴり寂しい気持ちになります。

なぜかと言うと、これまで(マレーシア移住前まで)はイスラム教などにはほとんどなんの興味も関心もなかった私ですが、移住後初めてこの眼で見たムスリムの方たちの神聖かつ圧倒的規模のこの宗教イベントは、私にとって実に新鮮な驚きであり、これぞまさに異文化の極みと感じたものです。

以来、非常な興味をもって毎年のラマダンやハリ・ラヤを身近に見てきたわけですが、それももう今年で四度目、そしてその四度目もまもなく終わろうとしています。月日の経つのは真に速いものです。果たしてこの後何度この本物の異文化体験ができるのだろうかと思うと寂しくもあり、儚くも感じてしまう今日この頃です。

さらに、マレーシア移住以来もっとも親しく付き合ってきた日系3世メキシカンのAlexもこの度、本国のメキシコに帰ってしまいました。なので、今日の私はいつになく感傷的になっています。

もちろん今では、私の周りには親しくお付き合いをいただいている日本人夫婦の方も大勢いて、食事会や小旅行などにもよくお誘いいただいています。土曜の夜も、KLセントラルのホテルで開かれた「志の輔らくご」会に行ってきました。寄席や落語会なんて何十年ぶりだろうなんて思いながら志の輔師匠の匠の話術に聞き惚れていましたが、その間ずっと感じていたことは、「言葉」というものの奥深さ、神秘さ、そして難しさなどです。

落語は、私たちが日本人だからこそ心底笑える、楽しめる。だけど、この落語を英語やマレー語などの現地語に同時通訳すれば日本人以外の現地の方たちも落語が理解できて楽しめるようになるのだろうか、などと真剣に考えてしまいました。

・・・・否、絶対無理、無理だ。あらかじめ台本を得て、一語一語それを翻訳することは出来たとして、ある程度の笑いをとることができてもそれ以上は無理、絶対無理と思います。どなたかに、志の輔師匠のお弟子さんに英語落語をやっている方がおられると聞きました。とても斬新な素晴らしい試みだとは思いますが、日本人以外の方に、落語本来の素晴らしさを理解していただくことは容易なことではないでしょう。

それぞれの国で話されている言葉と言うものはよくよく考えてみれば、それぐらい奥が深く、神秘的で、かつ難しいものなのだと思います。私などは、別にそれを極めようなどと思っているわけではなく、単に大雑把に意思疎通ができれば良いぐらいにしか考えていないのですが、ただそれだけでも私のマレー語は依然として悪戦苦闘しておりますです、ハイ。

今日の本題はまさに今、私が悪戦苦闘しているマレー語についてです。思うように上達しない私のマレー語、その原因は私の努力不足はさて置いて、「書き言葉」と「話し言葉」のあからさまな違いにあるのではないか、最近そんなことを思うようになりました。

もちろん日本語を含めた世界のいかなる言語においても似たようなものかも知れませんが、マレー語は特にその違いが大きいような気がします。そんな中、今年のラマダンのスピリチュアルムービーの中に、マレー語の「話し言葉」の学習に大変良いと思うものを発見しましたので、私自身の理解を整理する目的を兼ねて、マレー語学習中の他のみなさんにも紹介したいと思います。



Iklan Raya 2016 Dari Samsung

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これは、実は私の大●●●な韓国・サムスン製スマホの宣伝ムービーなのですが、内容は、WhatsAppと言うメッセンジャーアプリを使った、テキストメッセージ交換による、あるマレーファミリィの仄々とした家族愛の物語です。

先ずはとにかく一度ムービーをご覧下さい。



如何でしたでしょうか?これを見てすんなりと内容が理解できた方はマレー語の話し言葉に精通していらっしゃる方でしょうから、この後はもちろんスルーして下さい。他方、私同様に、言葉(テキスト)のあちこちで???と思われた方、是非ご一緒に一行ずつ勉強してみませんか?



以下、各画面ごとのテキストメッセージの英語訳と日本語訳を、画面下部に書き入れ必要と思う解説を加えて行きます。なお、各テキストのほとんどは日常使われている簡易な話し言葉で構成されており、中にはSMS独特の略語も使用されています。

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Pak Dan’s Clan→Keluarga Encik Dan→Mr Dan's family(ダンさん家族)
Papa, Mak, Along, Adik→Father, Mother, Elder Brother, Younger Sister(父、母、長男、末娘)

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Mak(母)
Cantik tak kaler ni?→Isn't this colour beautiful?(この色って綺麗じゃない?)  注:kaeler=warna

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Adik(末娘)
Kaler lain tak ada ke? Yang lighter sikit.→Don't you have another colour? Little bit lighter.
(違う色はないの?もう少し明るい色) 注:ke=kah

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Adik(末娘)
Adik lagi cantik kalau pakai light sikit.→Adik more beautiful if wear a bit light colour→I prefer a bit lighter colour.(私はもうちょっと明るい色が好きだな)

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Along(長男)
Aii..Shopping Nampak.→Aii..you look Shopping→Aii..are you Shopping?
(おーい、買い物でもしてるのか?)

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Mak(母)
Tak shopping pun. Tengah kemas-kemas rumah jumpa tudung ni.→No.not shopping. I was cleaning the house, then I found this headscarf.
(いいえ、買い物ではありませんよ。家を掃除してたら、このトドンを見つけたのよ) 注:ni=ini,

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Mak jumpa gambar lama.→Mother is looking at old photos. (母は古い写真を見ています)

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Adik(末娘)
Rindunya kat Angah..→I miss Angah (second brother) ( Angahに会いたいよぉ) 
注:kat=kepada 

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Along(長男)
Apalah cerita Angah. Lama tak dengar khabar.→You have any story about Angah?. Long time no see him. (何かAngahのこと知ってる? 随分と会ってないんだけど)

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Along(長男)
Message pun tak reply.→I message him but he did not reply. (SMS送ったけど返事がないんだ)

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Mak(母)
Ada rezeki, panjang umur, hilang merajuk Angah tu.→I believe, he will come home soon.
(きっとすぐ帰ってくると思うけど、ちょっと拗ねて隠れているだけなのよ) 
注:Ada rezeki, panjang umurを直訳すれば「人生は長い。全ては神の思し召し」となるが、この会話の中のrezekiは私たちにはなかなか理解しにくい言葉です。"神の思し召し"の意で、何か希望することが実現して欲しい時や、なにかの施しを受けて感謝する時によく使われるアラビア語由来のワードだそうです。また、hilang merajuk Angah tuは、「Angahがすねて隠れてるのよ」の意。 tu=itu

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Adik(末娘)
Benda ni takkan jadi kalau Along minta maaf dulu→This thing did not happen if Along say sorry to him first. (これってAlongが先に謝っていれば起きなかったことなのよ) takkan=tidak akan

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Adik(末娘)
Dah lama adik nak cakap…→It's been a long time Adik wanting to say→Today I’m going to say… (ずっと言いたかったことなんだけどね→今日こそ言いたいんだけどね)

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Adik(末娘)
Along yang buat Angah macam tu.→Along, you did it to him. 
(Alongが Angahをそうさせたのよ)

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Along(長男)
KENAPA AKU KENA MINTA MAAF! DIA YANG KENA MINTA MAAF! CARI PASAL→WHY ME! HE MADE ME ANGRY. HE IS SUPPOSED TO APOLOGIZE TO ME.
(なんでオレが謝らなければならないんだよ! あいつがオレを怒らせたんだよ。あいつがオレに謝れよ!)

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Adik(末娘)
Along yang tinggalkan Angah sorang2→You left him, alone.
(Alongが Angahを一人ぼっちにさせたのよ) 注:sorang2=seorang-seorang=alone

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Adik(末娘)
Along punca semua ni!→You are the cause of the entire thing. (Alongがすべての原因なのよ)

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Adik(末娘)
Along yang salah!!!!!!!→That’s all your fault Along!!! (Alongが全部悪いのよ)

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Papa(父)
Heyyyyy…heyyyy→Heyyy..heyyyy (ちょっとちょっと)

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Along left (長男退場) 注:退場とはチャットグループから抜け出ること

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Along left (長男退場)

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Adik 涙涙

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Papa added +60 12-345 6789 (父が +60 12-345 6789 を呼び出し) 
注:呼び出しとはチャットグループに招き入れること

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Adik(末娘)
Siapa ni Papa→Papa, who is this? (パパ、これ誰?)

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+60 12-345 6789
Assalamualaikum semua→ Hi everbody (やぁ、みんな) 
注:Assalamualaikum(アッサラームアライクン)はイスラム世界の挨拶言葉

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Adik(末娘)
Angah! Rindu!→Angah! I miss you! ( Angah、会いたかったよぉぉ)

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Papa(父)
Walaikumsalam.→Hi (やぁ)
Mak(母)
Walaikumsalam.→Hi 
Adik(末娘)
Walaikumsalam.→Hi 
注:Walaikumsalam(ワライクンサラーム)はAssalamualaikum(アッサラームアライクン)に対する返しの挨拶言葉

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Adik(末娘)
Jom lepak Angah. Byk citer nih.→Angah, shall we hang out together. Lot of stories I want to tell you.
( Angah、一緒に遊ぼうよ、一杯話したいことがあるんだから) 注:Byk=banyak citer=cerita nih=ini

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Angah(次兄)
Ha ha! Nanti Angah free sikit kita lepak. Rindu Adik juga, rindu semua.→Ha ha! We should, i will be free later on. I miss you too, Adik. I miss all of you.
(あはは、そうだね、もうちょっとで暇になるからね、後で遊ぼうね、 AngahもAdikと会いたかったよ、みんなとも会いたいよ)

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Angah(次兄)
Along mana?→Where is Along? (Alongはどこ?)

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Papa added Along→父が長男を呼び出し

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Mak(母)
Dah gebu ni. →You look chubby..(ちょっと太ったんじゃない?)

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Angah(次兄)
Along apa khabar?→How is Along? (Alongは元気?)
Along(長男)
Eh…Angah? Bila masuk?→Eh…Angah? When were you in? (えっ、Angahなの? いつ入ったの?)

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Angah(次兄)
Papa add tadi→Papa added me just now. (さっきパパに呼び出しされたんだよ)
Along(長男)
Nak minta maaf Angah→Forgive me Angah (Angah、ごめん、オレが悪かった)

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Angah(次兄)
Dah lepas tu biarlah→It's a long time ago, never mind→Let bygones be bygones
(過去のことは水に流そうよ)

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Adik(末娘)
Angah gemuklah.→Angah, you look chubby. (Angah, ちょっと太ったね)
Along(長男)
Ha ha ha!

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Mak(母)
Dah,Dah. Jangan cakap papa lagi. Nanti ada yang left group lagi.→Ok, don’t say anything bad. I'm afraid someone will leave again.
(Ok、もう悪いことは言わないで。また誰かが退場するといけないから) 注:papa lagi=furthermore
Papa(父)
Ngah, datanglah buka sama-sama. Mama masak laksa Sabtu ni.→Angah, please come home and breakfast together. Mama will cook Laksa this Saturday 
(Angah、家に帰っておいで。そしてみんなで断食明けを祝おうじゃないか。今度の土曜日、母さんがラクサを作って待ってるからね) 注:lakusa=name of food, made from rice noodle

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Angah(次兄)
Insyaallah pa.→ I will papa. (分かったよ、パパ)
注:For Muslim, Insyaallah means ‘I will’

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Pak Dan's Clan→Mr Dan's Family (ダンさん家族)
Papa, Mak, Along, Angah, Adik→Father, Mother, Elder broyher, Second brother, Younger sister
注:晴れてAngahが加わりました
Walau masa mengubah cara.→Although the time has been changed. (時間は変われども)
Kasih keluarga tetap utama.→Family’s love is the first. (家族愛は普遍)

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Bersama kita hulurkan tangan bermaafan sempena Ramadan dan Syawal ini.→We together extend our hand of forgiveness during this Ramadan and Syawal→May this Ramadan and Syawal remind us to forgive and forget to let go of the past and more forward.
(ラマダンとシャワルは私たちがお互いの過ちを許し、未来への希望を抱かせる時なのです) 
注:Syawal=ラマダン月の翌月(イスラム暦10月)



いかがでしたでしょうか、ここまでお付き合いくださった方、大変お疲れ様でした。しかしマレー語は難しい。世界で何番目かに簡単な言語だなどと侮ってはいけません。文法事項や基本語彙が比較的簡単だからと油断していたら、接頭辞や接尾辞などのあるなしで意味が千変に万化したり、標準語(tata bahasa)の書き言葉(written language)と市場言葉(bahasa pasar)が多用される話し言葉(spoken language)はの間には数多くの違いがあったりととても難解です。

今日取り上げたムービーはそんな意味で言うと、私などにはもってこいの教材であると思いましたが、私と一緒に勉強してくださったみなさん、大変ありがとうございました。

なお、今回取り上げたムービーの英語訳については、私の親しいマレーフレンド(Cik Rohaniza Badar@Perpustakaan IIUM Taman Duta)の協力を得てはいますが、もし誤りなどにお気づきの場合はご遠慮なくご指摘下さい。どうぞよろしくお願いいたします。

ではまた。。




みなさん、こんにちは。

実は最近、私のこのブログの更新が少しずつ遅くなってきています。そのことを私は大変気にしているのですが、正直言って、このところブログに割く時間と体力・気力が十分ではないのです。

なんてことを書くと、仕事が忙しいのかとか、身体の調子が悪いのかなどと心配して下さる方が、ひょっとしておられるかも知れませんが、いやそうではありません。私はまったくの年金暮らしで仕事はしていません(ボランティア日本語教師は都合で辞めました)し、また特に身体を壊しているわけでもありません。

ではなぜそうなのかと言うと、私のこの国への移住目的達成の道筋が未だに見えて来ず、大いに焦っているからなのです。これまでも何度か書きましたが、私のマレーシア移住の目的は、ゴルフやテニスなどの趣味に明け暮れるためではなく、日本に比して格段に安いコストで毎日優雅に暮らすためでもありません。

私が敢えて定年後に、ここマレーシアに移住したのは、残り少ない人生で自分に何が出来るのだろう、自身のためだけでなく、地域や社会に喜ばれ・役立つことができることはないものか、もしあるとすればその可能性にチャレンジし、その成否は余り問わずとも良い、チャレンジすることによって、ああ十分に満足な人生だったと、最後に思いたいからなのです。

もちろん、人はそれぞれですから余生の目的も目標も異なるでしょう。私の古い友人たちの中には、地域の自治会長などの役に就きその思いを遂げつつある人たちもいます。でも私の場合は、それがマレーシア移住だったわけです。

私の余生の唯一かつ最大の目的である「地域や社会に喜ばれ・役立つことを成す」ためのファーストステップは、「この国を知り、この国に溶け込む」ことです。そしていずれ日馬(日本・マレーシア)の文化や人の交流活動の一端を成したい、そのことが私のマレーシア移住のセカンドステップであり、即ちマレーシア移住の目的なのです。

しかしながら、第1段階目標の「この国を知り、この国に溶け込む」をクリアするためにはどうしても通らなければならない関門があります。それはこの国の国語であるマレー語を習得することです。もちろんこの国においては英語がよく通じますが、それはほとんど都会に限ったことです。田舎に行けば行くほど英語だけでは最早意思の疎通は困難です。

したがって英語を自由に喋れて、その上で少なくとも日常生活に不自由のない程度のマレー語を話せるようになること、は私にとっての必須条件なのです。なのに・・・・・

最近では情けないことに本当に自身の能力の衰えを感じています。記憶力にしても論理・分析力や空間的時間的感覚さえも若いときのような冴えが徐々に失われつつある気がしています。

若い方たちには理解できないことかも知れませんが、これってとっても焦ることなんです。

多分私は今、毎日、持てる時間のうちの大半をマレー語に費やしているのかも知れません。もちろん、毎週のYMCAと日本人会のマレー語レッスンには欠かさず通っている他にです。それなのに・・・それなのに、なかなか思うように進まないのです。

もちろん語彙もフレーズも文法もかなり習い憶えたつもりでいます。なのに。。いざと言う時には咄嗟にそれが出てこない。情けないです。

もちろん、もっともっと時間をかけて、昼も夜も寝ないで勉強すればと思うのですが、それもできない情けのない男なのです。飲み会に誘われれば決してイヤとは言えないし、遊びに行こうといわれればホイホイと出かけてしまう。好きな日本酒をたらふく飲んで、一週間ぐらいかけてやっと憶えたはずのマレー語もすっかり忘却の彼方です。

最近では、親友のアレックスがメキシコに帰国するというので、某所で開いた送別宴会で、ビールと日本酒とテキーラとワインとウィスキーをチャンポンかつ大量に飲み干してしまったお陰で、翌日の頭痛と記憶喪失は洒落にならないほどでした。

そんなこんだで最近は特に、時間の余裕も、体力・気力の余裕もないのです。このことがブログ更新が少し遅れてきた真の理由なのですが、でも、なんとか頑張ろうとの思いはまだ残っています。

幸か不幸かマレーシア政界疑獄シリーズにおいては、最近ではリポートしたい記事も見当たらず、平穏無事と言うか、このまま世紀の大悪事が見逃されてしまうのだろうかとの不安も興味も人一倍あるのですが、そういう状況なのでしばらくは当たり障りのないブログ記事でお茶を濁そうかと考えています。なので今後とも本ブログをご愛顧賜りますようよろしくお願いいたします。

さていつもの癖で、前置きが長くなりましたが本題に入ります。今日のブログタイトルは「IFTAR2016と反動の侈衣美食(しいびしょく)」ですが、この意味はこうです。

今、この国はラマダン中です。なのでムスリムの方たちは毎日日中に断食をして、夕方、日が沈んでからいっせいに食事を摂ります。それがIFTARですが、このIFTARがラマダン期間中の毎週末に、KLのムルデカスクェアとスルタン・アブドゥル・サマドビルディングの間のジャラン・ラジャをブロックして大がかりなイベントとして開催されているのです。

DBKL(KL市役所)主催のこのIFTARは非ムスリムの外国人も参加できるというので、私は昨年も参加しそのことをブログに書きましたが、今年は、私の日本人会のマレー語クラスの友人たちを誘って参加してきましたので、その雰囲気などを是非写真でお伝えしたいと思います。

で、なぜ「反動の侈衣美食(しいびしょく)」かと言うと、そのIFTARのあまりに質素なお弁当を食べさせられた(おっと、タダでお弁当や飲み物をもらい、おまけに完食までしたと言うのに、こんなことを言ったらバチがあたりますね)反動かは知らず、翌日、これでもかと言うほどのご馳走にありつきました。

別にそのこととIFTARとはなんの関係もないのですが、IFTARの質素な健康食と私たち日本人の飽食三昧を対比する意味で「IFTAR2016と反動の侈衣美食(しいびしょく)」とのタイトルを打ってみました。

今日はそのことを写真を中心にリポートしてみたいと思います。




その日(6月18日)のIFTARには自宅から乗り合いバスで向かいました。と言うのは、IFTAR終了後に仲間で飲もうとの約束を事前にしてあったからなのです。なので、バックパックに1.8Lの日本酒紙パックを放り込み、自宅コンド前のバス停からムルデカ・スクェア方面行きの路線バスに乗りました。

でもこれが間違いでした。なんとまだ夕方4時半だと言うのに、バスがこれでもかと言うほど混んでいたのです。え?なんで?と思いましたが、またもや私の老化による分析力欠如を思い知らされました。

そうです、ラマダン期間中のムスリム労働者たちは4時上がりだということをすっかり忘れていたのです。お陰で、近くの建設工事現場で働く大量の男女ムスリム作業員たちと押し合い圧し合い、身動きひとつ出来ないひといきれの中で、マレー語やインドネシア語やミャンマー語などに包まれてしばし過ごしましたが、ものは考えようで、これも"この国に溶け込む"ことのひとつなのかも知れませんね。

バスはムルデカアクェアの直ぐ側を通るのですが、まだ仲間たちとの待ち合わせ時間に少し早かったので、手前のパタマモールで降りて歩くことにしました。

時刻はもう夕方、街はラマダンバザーが全開でとても賑やかです。

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そごうデパート前の交差店近くです。なにやらそごうデパート前に人だかりができてます。ちょっっと行ってみますね。

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そごうデパート正面入り口前です。ここはいつもストリートパフォーマンスが行われていて、このような人だかりができています。

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さてこの人たちはどんなパフォーマンスを観ているのでしょうか?

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これです。ちっちゃい子連れのマレーバンドです。母子なのか息がぴったり合っていて、観客から絶えず笑いと拍手が湧いています。ちびちゃんは子供用のタンバリンを片手に持ち、音楽に合わせてくねくねと踊りながら実に器用にタンバリンを打っています。

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そごう前の通り、つまりジャラン・トゥアンク・アブドゥル・ラーマンをムルデカスクェアに向けて歩きます。この辺りは、衣料品店や生地屋さんが多いところです。

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通りの向かい側もほとんどが衣料品店や生地屋さんです。

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横道を覗くと既に土曜ナイトバザーが開いていて凄い人出です。

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歩いているうち、いつの間にか、ジャラン・トゥン・ぺラクとの交差点を渡り、ジャラン・ラジャに出ました。DBKL主催のIFTAR会場は向こうの時計台の前あたりですが、おっ、既に移動販売車が出ています。

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通りの反対側、ムルデカ・スクェア側にも何台か出ています。

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カメラを向けるとマレーガイが三人そろって精一杯の愛嬌です。何売ってるの?と聞いたら、メニュー看板を指差して、チキンラップとかエッグソーセージラップとか、ベジタブルラップだよ、飲み物もあるよ、だってさ。。

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ムルデカスクェアの芝地を見てみると、別に規制のロープはなさそうなのに芝生内には余り人が入っていません。去年はこっちにも一杯人が出てたのに・・・

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あぁ、良く見たらなんか規制の立て札が立ってますね。ほら、だからこんなところにシート敷いて座ってるグループもいるんですね。

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ここ、ここです。ここが今日の私たちの待ち合わせ場所です。みなさん、既に集まってました。

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えーっと、何処が空いてるかなぁ?すみません、おネーさん(係りの人)、ごめんおネーさんではなかった、良く見たら結構なおばさんだった。マレー語で"チッ(Cik)"って言うと若い娘さんのことを指すが、年配の女性にはいつもなんて声掛けすれば良いのか迷います。"アンティ(Auntie)"っておばさんのことで、いつか私がそう言ったら、えっ、私がアンティ?私はあなたより若いワヨって顔されたし、"カカッ(Kakak)"とは年上のおネーさんのことなのだが、我々より年上の女性なんて普通こんなところにうろうろしいる訳ないですからね。。

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おネーさん(おばさん)に私たちが日本から来た日本人だってことを告げると、途端に相好を崩して、ではどうぞどうぞと案内してくれようとします。

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お茶の無料サービスです。ご自由にどうぞって。。

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おばさんにガイドされるまでもなく、我々こういうことには目ざといニッポンオヤジ連です。ちゃっかりと若い人たちの隣席に陣取りました。

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早速みなさん、マレー語会話の練習です。隣のグループ、私たちが日本人と知ると大喜び。東海岸のクランタンから車で来たんだよ、とか、今度10月には大阪に行くんだよ、とかいろいろな話題で盛り上がりましたね。

すると、そこにさっきの案内係りのおばさんが現われ、みなさん、一番前のゲスト席にどうぞと言う。そしてなんと、日本からのゲストだと司会が私たちをみんなに紹介すると言うではありませんか。

さ、流石に、そ、それはと遠慮しようと思っていたら、それを側で聞いてた隣グループの女性たち、ダメ!行っちゃダメっ、ここに居て!と、なんと驚きのこのモテぶり。。。 特にEK氏、TY氏、普段は若い女性にモテることなどないであろうニッポンオヤジたち、もうそれだけでも、今日は来て良かったぁぁぁ。。。(あはは笑笑)

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さて、目の前のお弁当はと言うと、一人前のワンセットはこれ。真ん中が、向きは逆になっているけどメインのお弁当。去年より大きくはないけど中味はどうでしょうね。その左にはブブ・ランブ(ラマダン粥)とライチのジュース、そして右側はお水とお茶です。

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IFTAR開始時間の日没時刻まで、まだしばらく時間があるので前のメイン席の方をうろうろしてみました。やはりメイン席にはどうも招待客のようなゲストが陣取るようですね。まだこの時間になっても大分空いています。

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だんだん少しずつ埋まってきましたね。

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そしてゲスト席もほとんど埋まったようです。この辺りからは後方が見えません。どのぐらいの人数なのでしょうかね。

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外はまだ明るいのですが、前の特設ステージ上で、宗教指導者と言われる方なのでしょうか、なにやらお話が始まりました。

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そしてその後、一斉にIFTAR開始です。

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こっちは左隣のファミリィですが、とても可愛い女の子がいて、私と目が合うと、なんと、やんちゃにあっかんべぇみたいな可愛いしぐさをします。こっちもあっかんべぇで返すと、すかさずパパの後ろに隠れてから顔を半分出してこっちを覗き見るのです。思わずちっちゃいころのあーちゃん(孫娘、小2)を思い出しました。

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これがIFTARお弁当の中味です。ナシ・プティ(ご飯)とブア・クルマ(デーツ)が3個、それに少々のサユー(野菜炒め)とひとかけらのアヤム(骨付きチキンの煮込み)がついています。

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ブブ・ランブ(ラマダン粥)です。うーん、これは美味しいと言うよりとても胃に優しい食べ物なのだそうです。あれ?みんなどうしたの?食べないの?

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オカズも美味いだろう?え、なに?不味いって?おいおいそりゃないぜ。胃に優しい、胃に優しいって唱えながら食べるんだよ。まさか美味いものを期待してIFTARに参加したわけじゃないよな?

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などと言いながら私はこれらを完食しました。周りのムスリムの方たちは、日中ずっと断食してたわけだから、当然みんな完食でしょ?え、あれ、なぜか残してる人も居るなぁ。なぜ?だんだんIFTARも時代が変わってきたと言うことなのかなぁぁ。。

と見る間に、みなさん食べ終えて、帰り支度をしてさっさと帰り始めました。去年もそうだったけど、これで今日のIFTARは終わりです、みたいな締めのステートメントはないのかね。

もっとも開始の合図もないのだから、そういうもんなのかねえ。。

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IFTARテントの外に出てみると、おおーっ、淡いブルーにライトアップされたスルタン・アブドゥル・サマドビルディングの大時計が闇の中に浮かんで見えて、とても素敵です。

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素敵と言えばこの辺り、美しい歴史的建造物がたくさんあります。これは国立織物博物館。

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そしてこれは国立音楽博物館です。

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以上でIFTAR2016@KLの写真リポートは終わりです。

え?この後どうしたかってですか。もちろん言わずと知れた、喰い直し、飲み直しですよ。と言うことで飲兵衛オヤジご一行様は、この後タクシーすっ飛ばし、タマンデサ界隈の、とある日本食レストラン(アルコール持ち込み自由)にて、私がずっと背中に担いでいた日本酒1.8L紙パックとEK氏が担いでいたたっぷりの缶ビールとで、遅くまでわいわい賑やかに飲み喰いしましたよ、はい。。



さて次は、反動の侈衣美食(しいびしょく)の章です。侈衣美食なんて、漢検1級に出てきそうな難解な四文字言葉を好んで使う私は一体なんなんでしょうね。でも昔からこんな四文字言葉が好きでこっそりと暗記してはひとり悦にいってたものです。

はい、ご覧あれ!ここはモントキアラのさる私の知人宅(コンドミニアム)なのですが、以前から計画していたご馳走持ち寄りパーティがたまたまIFTARの翌日、つまり昨日6月19日の日曜日だったってことなんです。

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このご馳走、凄いでしょう?前日のIFTARに比べたら天地の差、雲泥の差、月とすっぽんの差なのですが、"反動"とは言っても別に前日のIFTARの質素な食事を当てこすっている訳でもなんでもありません。そんなことを言ったら、飽食のニッポンジジババが何を言うかと怒られそうです。

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これ普段、モントキアラでお付き合いをしている5ファミリィのご馳走持ち寄りの結果なんですけど、和洋亜いろとりどりでとても美味しそうですよね。

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我が家の持ち寄りは、ご想像通りこの刺身盛り合わせ(二皿)とアジフライの盛り合わせとナスの漬物です。

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刺し盛りは、もちろん私の作品ですが実は当初3種盛りにしようと考えていたのに、前夜の酒のせいか、私としたことが鮮度チェックをおざなりにしてしまい、結果、この↓Pinjalo Merah(セダカタカサゴ)の生食は諦めました。それでこのような↑ヒラスズキとヤリイカの2種盛りになったということなんです。

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この↑ピンジャロ、一見鮮度が良さげに見えたのでエラ蓋も開けずに買ってしまいましたが、家に帰ってから腹を開けてみると内臓からほんの僅か臭いが来るのです。最終的には身肉を口に含んでみて生食はちょっと無理と判断しましたが、パサー・ボロン(卸売市場)になぜこんな鮮度落ちの魚が混じっていたのか不思議です。やっぱりこの国では卸売市場と言えども信用できませんね。今回のことで肝に銘じました。

そしてこれはMy better halfの作品のアジフライの盛り合わせです。この身肉の厚いローカルアジは私が三枚に下ろし、小骨を抜き、薄皮まで引いてから冷凍保存してあったものです。刺身もアジフライも美味しいと言ってみなさんに喜んでもらえたことはやはり嬉しいことでした。

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それにしてもこのパーティのご馳走は盛りだくさんで、あり余るほどの飽食でした。↓このラザニアは見た目も豪華、美味しさもボリュームも言うことなし。さすが若い頃から世界を渡り歩いてきたUD氏夫人の芸術品ですね。

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そして最後はコレ!手打ち蕎麦です。今日のパーティ会場を提供してくださったOU氏が午前中に打ったものだそうです。蕎麦の切り方と言い茹で方と言い、そして蕎麦つゆに至るまで完璧でした。まさか、南国マレーシアでこんな美味い蕎麦をいただけるとは、いやぁ実に美食な今宵でしたなぁぁ。

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また、ここでは飲み物のことは書きませんでしたが、パーティはもちろんビールに始まり日本酒、ワインと続き、そしてなんと最後には、OU氏自慢の新潟・三条の職人の手によると言う見事なシェーカーを振って創る微細な泡立ちのカクテル、それに加えてKN氏の甘いギター演奏と来ればもう夜の更けるのもついつい忘れてしまうほどでした。

しかし、ラマダン期間中というのに私たちニッポン人だけ、こんな侈衣美食(しいびしょく)で良いのでしょうか、非ムスリムと言えども一片の呵責を感じざるを得ない一夜でございました。

ではまた。。





今日は柄にもなく、東西の老若女子に人気の真珠アクセサリーのショップとハンディクラフトのショップを紹介してみたいと思います。

私は決してお店や美味しいもの紹介なんて言うキャラではないし、本ブログではそんな日常的な事柄を記事の対象にはしていないつもりなのですが、今回は、我ながら気味の悪いことに、そんな乙女チックな気分なので悪しからずご了解を。

実は今月末に私の古い友人たちが遥々日本から訪ねて来ます。で、中には奥様帯同の友人もいるため、何処に案内すれば良いのかを思案していて、フト思い出しました。以前、My Better Halfの友人に請われて案内したことのある人気の真珠アクセサリーショップのことです。

女性と言う生きもの(失礼!)はいくつになってもあんなモンが好きなのですね。特に"一見高そうでいて実は安い"、なんて代物に出くわしたときの表情と言うか、顔つきは尋常ではないですよね。(これも失礼!)

"男はいくつになっても奥方を立てるが良い"、これは既に他界した大先輩の教えですが、今回の奥様帯同の私の友人だって、ひょっとしたら嫌がる奥方を無理やり連れてくるのかも知れないし、もしそうならば、せめて初めて訪れた異国の地で、その奥様方にそんな嬉しい思いをさせてあげたい、そうすることによって私の古い友人たちの男としての顔も立つだろうし・・・・・なんてしょうもないことを考えていたら思い出したんですよ。

そうだ、淡水パールだ、ボルネオパールだと。。

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ところでみなさんはこの淡水パールのことをご存知ですか?そんなのとっくに知ってるよっていう方はスルーして下さいね。

私も最近知ったのですが、パールにはいくつもの種類があって、日本の伊勢湾で採れるような真珠は海水パール。

そして淡水パールとは、イケチョウ貝やカラス貝といった、淡水生の貝の中に出来る真珠のこと。現在流通している淡水パールのほとんどは養殖によって生産されていて、養殖の際に母貝内に核を挿入しないことから、真珠が真円には育たずライス型やドロップ型といったさまざまな形状の真珠となる。その色も、オレンジや紫など多岐にわたる。淡水パールのうち、粒が小さく安価なものはビーズとして使用されるが、近年では核を挿入して10mmを超える大玉も産出されるようになったとのこと。(Wikipedia)

まぁ、こんな屁理屈はどうでも良いのですが、この淡水パール、ボルネオのサバ州のものが特に品質が良いと評判なのだそうです。品質が良いと言うのは何処のものと比較してそう言うのか私にはわかりませんが、まぁ信じるものは救われるみたいなものですかね。(笑)

でもね、この淡水パール、モノによっては一見高そうでいて実は安い、なんて代物なのですよ、ハイ。

コレどこで売っているかというと、KLではホテルとかショッピングモールとかエアポートの貴金属店やアクセサリーショップなのですが、とっても気さくに入れるお店がここセントラルマーケットにあるんです。

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セントラルマーケットのGフロアーの中ほど右手、RUMAH MELAYU通りにある"BORNEO PEARLS"がそのお店なのですが、いつか誰かにこのことを教えてあげたら、後で"セントラルマーケットで探したけど見つけられなかった"なんて言われたことがありますので、今日はその場所を図解してみますね。(図中の赤丸がお店です)

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原図(pdf)はこちら

お店は↓このように右と左に分かれているのですが・・・

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右側の↓こちらが海水パールのお店で・・・

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左側の↓こちらが淡水パールのお店です。

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どちらが海水パールか淡水パールかは価格を見れば一目瞭然ですが、私たち無粋な男衆には値札を見ない限り分かりません。(そんな無知で無粋な男にはこんなお店を紹介する資格なんてないのかも知れませんが)

だって、海水パールのほうはいずれも3桁から4桁リンギット、片や淡水パールは2桁からせいぜい3桁リンギットですもんね。

さらに店員さんによっては、ディスカウント交渉に応じてくれる・・・かも知れない。でも飽くまでこれは店員さん次第だと思うので、もし店員さんが二人居たらどちらか愛想の良いほうに声をかけてみるのが良いと思われます。(自己責任でどうぞ。。)

昨日、友人のUD氏夫妻のお姉さんが日本から遊びに来ておられるので、皆で一緒にこのBORNEO PEARLSにも立ち寄ってみたのですが、あいにくこの時は渋顔の店員さん一人しかおらず、値下げ交渉には一切応じてもらえませんでした。

太っ腹のお姉さん(注:別にお腹が太いわけではありません。サルサダンスが上手でとても溌剌として素敵な方です)は、仕方がないので、3個まとめて買えばぐんと安くなると言うそのネックレスを1個だけ、あまり安くない値段で買ってしまったのですが、その後、私がお店の写真を撮りに戻ってみると、気さくで値下げ交渉にも応じてくれそうな愛想の良い女性がにこにこ顔で座っていました。

あれ、さっきの無愛想で気難しそうなマレーの若い店員さんは何処?と思いましたが、もうちょっと待っていれば良かったのかも知れませんね。残念!(笑)




さて次は人気ハンディクラフト店の紹介です。

(注:すみません。以下に紹介しているお店は、いつの間にかシェラトンインペリアルホテル近くに引越ししていました。現地確認のうえ近日中に詳細をリポートします。2016.9.18追記)


(注:2016.9.25 新ピーターホー手芸店に行ってきました。アップデートの記事は新ピーター・ホー(クラフトショップ)と情報リテラシーをご覧ください。2016.9.29追記)

このお店はセントラルマーケットの直ぐ近くで、今までにも多くの方の英語や日本語のブログで紹介されている人気店です。私はネットを何気に見て廻っているうちにこのお店のことを知り、手芸店大好き人間のMy Better Halfを連れて行ってあげようと思い調べてみると、その場所が非常に分かり辛い。

さらに最近、開業25年にもなるオリジナルの店舗(ピーター・ホー・エボルーション)が閉鎖されたようで、グーグルマップによると、現在店舗のビヨンドが旧店舗のエボルーションと記載され、しかもご丁寧に"閉鎖"の文字まで入っています。

ちょっとコンフューズしてしまいますね。ということで先ずはその場所からご紹介します。

このお店↓、ピーターホービヨンドはセントラルマーケットから歩いてほんの数分の位置なんです。

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セントラルマーケット前のジャラン・トゥン・サンバンサンを横切り、ジャラン・ハン・レキルを少し歩いていくと、右手にPOPULAR(ポピュラー書店)の看板に直ぐ気がつくはずです。目当ての手芸店はこのビルの2ND Floorなのですが、その入り口は、その先の角を右に回ったところにあります。

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入り口は角を右に回ったビルの一番奥なのですが、看板も何も出てないのでまったく目立ちません。そうそう、この位置は中華街のGuan Di Templeの対面なんです。(手芸店の入り口はこの↓写真建物の左側に見えています)

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入り口のセキュリティガードさんに念押しすると奥にあるリフト(エレベータ)を指差してくれます。2Fなのですが日本で言う3階ですので、私たちのようなご年配はエレベータを利用したほうが楽ですよ。(要らぬお世話かも知れませんがね)

そしていよいよお店探訪です。お店の玄関はとてもつつましいのですが、中に入るとこれこの通りです。さ、それではこれから先はなにも余計なことは言いませんし書きません(実は私はこういうものが苦手で説明もなにもできないのです)のでじっくりと店内写真をご覧あれ。

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そして↓この方がPeter Hoe氏だそうです。(注:これから先は写真を含み、2015年6月7日付けのMalay Mail Onlineの記事から引用させていただきました)

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ピーター・ホー手芸店は、このPeter氏が1990年にピーター・ホー1号店(エボルーション)をセントラルマーケットの前の通りを挟んだ対面に開店し、その後2002年に、アートデコスタイルのリー・ラバー・ビル2Fに現在の2号店(ビヨンド)を開店したのだそうです。

しかし最近どういう理由かは知らず、エボルーションの方はクローズされています。氏の全体のコンセプトはドリームカムトルーだそうで、なるほどねぇーと、店内を見渡してみてそう感じました。

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↓なんと店内にはカフェもあるんですよ。先日は我々もそうでしたが、手芸品などに興味のない男衆はスマホでもいじりながらここで待つのが良いかと思います。しかし唯一残念なことに、ここFreeWiFiないんですよね。

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どうかPeterさん、このブログにお目を通されたならば(んなことないか)、是非是非待合の男衆のためにWiFiを設備してくだされ。。

以上今日は柄にもないリポートでお茶を濁しましたでござる。

ではまた。。


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これ↑は、先週金曜日(11月20日)、KL市内の主要道路上の道路情報電光表示板(ITIS※)に突如表れた、米国オバマ大統領歓迎の文字なのですが、私はこれを見て、ナニコレ?と思いました。(※ITISの説明はこちら→KLの道路情報電光表示板の不思議について)

米国オバマ大統領歓迎とは、翌11月21日から22日の間、ここKLで開催される東アジアサミットに参加する同大統領を歓迎すると言う意味なのですが、私が感じたことは、先ず、普段、頑としてマレー語表記にこだわっている筈のITISなのに、こんな時だけは英語なんだ?と言うことが第1のナニコレ

そしてその次に、あれ?でもこの英語、なんかおかしくね?ちょ、ちょっっと、これってあきらかな文法誤りだよね、が第2のナニコレ

これ、オバマ大統領を歓迎するって言いたいのであれば、その場合の"WELCOME"は他動詞なのだから、名詞の前に前置詞の"TO"は要らないな。そ、それに、その次の冠詞の"THE"もこんな場合は要らないんだよ、なんて、憎たらしい文法小僧みたいなことを咄嗟に呟いてしまいました。

さらに・・・あれ?これってオバマ大統領だけ?我がニッポンの安倍総理はないの?その他の国々の首脳たちは?

と、思ってみてたら、しばらくしてこんな↓文字が現れました。

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なんとASEAN LEADERSは十把ひと絡げで歓迎ですって。だけど、なぜか知らん・・・・我が安倍総理やその他のASEAN以外の国々の首脳たちはこの十把ひと絡げにも入っておらず、どうも歓迎されてはいないようだ、と言うのが第3のナニコレです。

しかしこれって誰の仕業?今をときめく時のナジブ将軍様はこのことをご存知なのだろうか?こんなに派手にデカデカと出しちゃって、ASEANサミットや東アジアサミットの関係者だけでなく、渋滞でのろのろ運転中の数多くのドライバーが目にする(した)筈だし、これを見て違和感やストレスを感じた人は、私を含めて少なくないと思うんですけど。

特に英文の文法誤りなど、DBKL(KL市役所)のITIS担当者の単純ミスで済まされることではないと思ってしまうのは、私がひねくれてる証拠ですか?

でも・・・あちこちにあるKLのITISって、本来目的(交通情報提供)にはほとんど役に立ってないと酷評されているのに、これにデカデカ書いたら目立つことは間違いないので、ある意味、意外に役立つ政府広報(プロパガンダ?)マシンになり得るのかも知れませんね。

家に帰ってからニュースチェックして、議長国マレーシアのナジブ首相のオープニングスピーチ全文を読みました。だけどやっぱり、例の南シナ海問題では、"すべての関係国は緊張をエスカレートさせるような行動を自制し平和的な手段で解決を"、なんて米国の"航行の自由作戦"を暗に非難し、明らかに中国様にたっぷり気遣いしたかのような玉虫色のスピーチでした。

あれ?これじゃあ、米国様が提示している踏み絵には全然応えてないけど、この国は果たしてこれでいいのでしょうか・・・・・。

あ、そっか、だからITISでオバマ大統領だけをデカデカと一人名指しで歓迎し、マレーシアは米国様に一番気遣いしてますって、あからさまなゴマすりの態度を見せたわけですか?

とすれば、これは政府とDBKLの協同作戦ですか。だとしたら余計に恥ずかしいですね、全世界にこの国の幼稚さと言うか恥ををさらけ出したようなものですからね・・・・・。

そしてその翌日、つまり11月21日、サミット本番の日の朝です。私はいつものようにYMCAのあるブリックフィールズに車を走らせていたのですが、あれ?ITISの文言が昨日とちょっと違ってる。

自分の目の錯覚かな?と思って通り過ぎるいくつかのITISに目を凝らしましたが、やはり昨日の文言とは異なっています。

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これ↑です。おお、文法誤りが一晩で訂正されているじゃないですか。"WELCOME TO"の使い方もこれならば違和感がないし、不要な"THE"も消えてますね。

いや、こりゃ素早い。第2のナニコレはこれで解決しましたね。しかしこれ、担当者が自ら気が付いたのでしょうか、それとも誰かが指摘した?

うーん、これは謎ですね・・・・

そして、そして、その次の日曜日、つまり昨日11月22日です。いつものとおり何気にニュースチェックをしたところ、ニュー・ストレイツ・タイムズに私が感じたことそのまんまバッチリの記事が掲載されているではありませんか。

思わず身を乗り出して、フムフムなるほどと記事を読みましたが、やっぱりこのことに気が付いた人は私だけではなかったんだと、妙な安堵感を感じてしまいました。

以下、ニュー・ストレイツ・タイムズの昨日の記事を紹介したいと思います。



DBKL's 'bad' English in welcoming Obama draws criticism from netizens
オバマ(大統領)歓迎のDBKLの間違い英語がネット市民の非難を浴びる

22 NOVEMBER 2015 @ 12:07 AM
NEW STRAITS TIMES ONLINE

KUALA LUMPUR: A snapshot of an electronic billboard welcoming US President Barack Obama has shot to fame for all the wrong reasons. The billboard which stated "Welcome to the President of USA Barack Obama" has been slammed by Malaysian netizens for its poor use of English.
バラク・オバマ米大統領を歓迎する電子掲示板(ITIS)の電光表示が酷評されている。 "Welcome to the President of USA Barack Obama"と書かれた掲示板は、その貧弱な(間違い)英語をマレーシアのネット市民からさんざんこき下ろされている。

The posting, which surfaced on Friday in time for Obama’s arrival in the city for the 27th Asean Summit and related summits drew widespread ridicule. “Heard they used Google translate…” quipped a Facebook user , while another mocked “ Asean English bro...” on the same thread. One Facebook user took a dig, posting “English is so much fun…when idiots is in charge”.
第27回ASEAN及び関係国首脳会議に参加するオバマ大統領のKL到着に間に合わせようと金曜日(11月20日)に(ITIS上に)現れた電光掲示が広範囲の嘲笑を呼んでいる。"グーグル翻訳を使ったって聞いてるよ"とフェイスブックユーザーがからかうと、他のユーザーが、同一のスレッドで"アセアンの英語BRO・・・(意味不明)"と嘲る。またユーザーの一人は、"英語って面白いね、バカが(ITISの)担当者ではね"と投稿した。

However, the user was swiftly corrected by another netizen who pointed out that ‘idiots’ was plural, which must be followed by ‘are’.
しかし、(そう投稿した)そのユーザーは、"idiots"って複数だぜ、だったら"are"が次に来ないといけないね、と他のネット市民によって指摘され、素早く誤りを修正されてました。(笑)

Mayor Datuk Mhd Amin Nordin Abd Aziz confirmed the picture of the board used to display traffic was not a doctored image. “We have changed it. It was to welcome Asean leaders. Hopefully it doesn’t switch back,” said Amin. He said he had tasked City Hall executive director Datuk Tan Keng Chok with checking if the board was still flashing the same message.
Datuk Mhd Amin Nordin Abd Aziz市長(KL市長)は、その交通情報用の(問題の)電光掲示は吟味されたものではなかった、(だから)われわれは(すぐに)変更した。それはASEANリーダーを歓迎するためのものだ、スイッチバック(変に誤解)しないでもらいたいと述べ、市のDatuk Tan Keng Chok助役に対し、ITISがまだ問題の電光掲示を表示していないかチェックするように命じたと述べた。

Meanwhile, retired English teacher Elsie Ong said authorities charged with the licensing of signages and boards should make sure that embarrassing mistakes such as these did not reoccur. “The sentence is wrong, it can never be ‘welcome to’ unless it’s an invitation, a greeting is always welcome. ‘Malaysia welcomes US President Barack Obama’ would be more appropriate, “she said, adding that ‘the’ in the greeting was also wrongly used. “They should definitely be stricter on the use of the language and do their homework,” she said.
一方、元英語教師のElsie Ongは、「ITISの責任者はこんなきまりの悪い間違いが二度と起こらないようににしないといけない。(あの)文章は間違いだ。"WELCOME TO"は"招待"の場合に使うものだし、"挨拶"の場合は常に"WELCOME"を使う」と述べ、(この場合は)「‘Malaysia welcomes US President Barack Obama’がより良い適切な表現でしょう。挨拶文に"THE"を使うことは間違い。彼らは言葉の使用にはもっと厳しくならないといけないし、宿題とすべきですね」と彼女は述べた。

“But no one in City Hall sees the point. In fact English has gone to the dogs and it’s not only in Malaysia,” she added. Ong said there was no point in being a grammar snob about the whole thing. “A mistake is a mistake you improve on it and there is no need to be ashamed.” “People are sometimes just pretentious as they are not welcome to change even though they don’t know proper English usage.”
「しかし、市役所の誰もこのことを分かっていない。実際、(マレーシアの)英語は地に落ちている(無茶苦茶になっている)が、これはマレーシアのことだけではありません」と彼女は付け加え、「文法小僧になる必要はないが、間違いは間違いなのだから改善すれば良い。なにも恥じることはない。人々は、例え彼らが正しい英語を知らないことが原因だとしても、"変更は歓迎しない"などと時々もったいぶるものだ。(それはいけないことだ)」と述べた。



以上、昨日(11月22日)のニュー・ストレイツ・タイムズの記事を紹介しましたが、内容的にはほぼ私の第2のナニコレと同じでしたね。しかし世界にはおんなじところに目が行く同士が居るもんですね。変な意味で大いに感心しました。

さて、しかしながら、私が感じた第1と第3のナニコレは、まだなにも記事にもなっていませんが、誰も気が付いていない、と言うか、こんなことを感じてしまう私がやっぱりひねくれ者だということなんですかね。

ま、それならそれで良しとしましょうか。

じゃ、今日はこれで。。



最近益々謎ときが難解になってきたこの国のポリティカルスキャンダルはさて置き、今日は先日(11月7日)のクアラルンプールYMCA老人会主催の日帰りバスツアーをリポートしてみたいと思います。

しかし、ふと思ったのですが、YMCAってYoung Men's Christian Association、つまりキリスト教の青年会のことですよね。と言うことは、この会は青年会の中の老人会、老人なのに青年会。これってなんか変じゃないですか?いやいや、今老人でも昔は青年だったわけだから、ずっと入会している人はいいのかな・・・でも、老人になってから入った人はどうなんだろう?・・・・なんてくだらないことを考えるだけ時間の無駄ですか?それもそうですね、ハイ。

さて、これ↓は今日からブログのトップに据えた写真ですが、今回ツアーの目的地セキンチャンの稲作平野です。しかし、これだけ見ると私の田舎の庄内平野となんら変わりませんね。

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私は以前のブログでもセキンチャンのこのライスフィールドのことを書きましたけど、風景がよく似ているのです。ほら比べてみて下さい。

これ↓はわが故郷、庄内平野です。この写真では稲穂が黄金色に染まっているところがちょっと違いますが、これは多分収穫前の9月頃なのでしょう。遠くに鳥海山がかすかに見えています。

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ね、ほとんど違和感がないでしょう?もっとも稲作の風景なんてどこでも同じなのかも知れませんが、こうやって広々としたセキンチャンの田んぼを眺めていると、故郷がとても懐かしくて思えて、こんな私でも少々感傷的になってしまいます。

そう言うことで、私のお気に入りのナイスプレイスのひとつのセキンチャンなのですが、結構距離は遠い(約100km)し、さらに特産のパールライス(日本種米)がなぜか生産中止になり、米工場の直売所でも売ってないと、日本人コミュニティで散々聞かされていたものだから、もう隋分長いこと訪れていませんでした。

なので、このパールライスの生産中止が果たして本当かどうか、自分の目で確かめたいと思っていたこともあって、恐れを知らない老人会のチャイニーズババ軍団にやや二の足を踏みながらも、私にとってはこれで2回目となるYMCA老人会の日帰りバスツアーに参加したのです。

でも今回のツアーは、実は、事前に私のマレー語クラスの仲間に声掛けしてみたところ、嬉しいことに同年輩のIW氏が手を挙げてくれましたのでチャイニーズババ軍団に対抗するニッポンジジも私独りではありません。

これで前回のように、大勢のチャイニーズババ軍団に独り囲まれてたじたじすることはあるまいと、内心ほくそ笑みながらツアーに参加したのですが、パスに乗り込んで見渡してみると、なんと前回のジジババはほとんど参加していなくて完全に拍子抜けしてしまいました。(笑)

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そして老人だけかと思っていたら、なんのなんの若い女性も子供もいるではないですか。なんのこっちゃ、今日は前回と違ってごく普通のツアーになりそうだワイと、やや安堵もしたものの、少々期待外れも感じたひねくれ団塊なのでした。

しかしこのYMCA、もともとキリスト教信者さんのための会であるのに、私のような、仏教なんだか神道なんだか自分でも良くわからず、はたまた最近ではイスラム教にも少々興味を持っているようないい加減な人間をも受け入れてくれて、私としてはちょっと申し訳ないような気もしているんです。

普段頻繁にこのYMCAに出入りしていても、キリスト教なんてちっとも気にかけたこともないのに、今回のバスツアーでは、バスが発車して間もなく、車内でキリスト教のお祈りがありました。かなり年配のご婦人なんですけど、(バスの)席からすっくと立ち上がり、流暢な英語でお祈りを諳んじて皆さんをリードされてました。と言うことは、やっぱり皆さんカトリック信者さんなんですかねー。

でも私は筋金入りの無宗教、いや形だけの仏教徒兼神道なんですけど(こんなこと言ったら、私の昔の仲間の大和尚に叱られそうですが)、皆さんカトリック信者さんなんですか?なんて余計なことはもちろん一言も尋ねずに黙ってました。

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↑ツアーバスの車内の様子です。前回は眩暈がしそうなくらいド派手な内装だったのに今回はさほどでもありません。それに、ツアー会社の添乗ガイドさんもいません。前回は、男性のガイドさんがひっきりなしに中国語と英語で車窓から見える土地土地の説明など、うるさいほどしてくれたのに、そんなことも一切ありませんでした。まぁでも、静かな分だけ良しとしましょうね。

朝の8時半にYMCA前を出発、KL市内を抜けてN-S高速道路(E-1)を北上しスンガイブローから一般道に分岐・・・・・

ん?どうしてこのまま高速道路(E-25)を行かないのかな?高速料金、ケチってるのかなー?多分30kmぐらいだろうと思うけど、E-25で行ったら直ぐクアラ・スランゴールなのになー・・・

それにしてもこの運ちゃん、運転が随分荒っぽいなー。お、おい、ロードバンプ通過するときはしっかり減速してくれよ・・・・・お、お、おい!今、天井に頭ぶっつけそうだったぞ・・・・・お、お、お、おい!今度は前につんのめりそうだったぜ。あのさー、おれたち最後尾の座席だからさ、上下の振幅がとてつもなく大きいんだよ。それぐらい、分かってんだろう?

縦揺れに横揺れに斜め揺れ、ありとあらゆる揺れが次から次と襲ってきます。な、なんなんだよ、このバスは!いやこの席は!ったく、こりゃシートベルトしてないと殺されるワ、と私たちニッポンジジ二人、青くなりながら座席のシートベルトを慌てて手で探るもベルトがない、いや短いベルトがあるが引っ張っても絶対出て来ない。な、なんなんだよ、このバスは。

結局我々ニッポンジジ二人とも、シートベルトもできずに恐怖の数十分を過ごす羽目になったのですが、この間、バス横転の恐怖数回、天井頭ぶっつけ恐怖数回、前方つんのめり恐怖数回、二人とも前の座席にしがみつき、両足踏ん張りながらただただキリストさまと神様と仏様に無事をお祈りしてました。

でもこの恐怖、多分私たちの最後尾の座席でしか味わえなかったのだろうと思います。だって、前の席の人達は平気な顔してましたから・・

ま、でもバスに乗って、遊園地のロールコースターのスリルを味わえたのだと思えば腹も立たないのかも知れませんね。

それにしても、あのインド人の運ちゃん、最後まで乗客のことはほとんど見向きもせず、最後尾の我々には一切気遣いすることもなく、ある時は狭い一車線道で大型トラックと競走してみたり、信じられないほど乱暴なドライビングでした。いや、本当に怖い思いをしました。

ま、そんなことも束の間、ほどなくセキンチャンのグリーンの水田が目に飛び込んできました。

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おー、久しぶりのパディフィールドだなー。もう稲穂が垂れて来てるなー。この分だとまもなく辺り一面が黄金色に染まるんだろーなー。

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今日はヘイズもなく空がすっきり見えてます。マレーシア気象局の予報通り、ヘイズは見事に去りました。まだインドネシアの森林火災は消えていない模様ですが、南シナ海からの北東季節風が吹き始めたためにマレー半島周辺の風向きが大きく変わり、よってスマトラのスモッグがマレー半島にやってくることは今後しばらくなさそうです。

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今回ツアーの最大の目的地のセキンチャンライスファクトリー↓に到着しました。

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ライスファクトリーは、前回(2013年)に来た時よりも規模が大きくなっているような気がします。

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ファクトリーは、台湾から米作の技術や機械を輸入しているのだそうですが、マレーシア国内ではこのセキンチャンがもっとも機械化が進んでいると言うことです。

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さて、私の今日のツアーの参加目的でもあるので、早速うわさのパールライスをチェックしてみました。

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なんだなんだ、店頭にたくさん売られているじゃないですか。さっき見学者コースの2階から工場内を覗いて見たら、パールライスのパッキング作業も見えたし、真空パックのパールライスが山積みされてるところも見えたので、このパールライスが生産中止になったなんて情報はどうやら正しくはないようですね。

で、でも、よぉーく見てみると、価格が値上がりしています。以前は2kgでRM13だったのが、今はRM16です。いつ値上がりしたのかを店員さんに確認したところ、今年(2015年)の4月だそうです。

パールライスの生産中止の件は直売所の店員さんに聞いても返事が返って来なかった(多分店員さんは何も知らない)し、確証は取れていないのですが、いろいろな情報を総合するとどうも生産中止(停止)にはなっていないようです。(2014年産も2015年産も出ていますから生産は継続されていると言うことですよね)

確かに一時(今年の6月頃)この直売店からもこのパールライスは消えたそうですが、しかしそれは単に2014年産パールライスを売り尽くしてしまったためであって、新米(2015年6月産)が出てからまた店頭に並び始めた、売られ始めた、と言うことではないのでしょうか。とにかくこれでひと安心です。

今店頭にあるのはすべて2015年産パールライスです。

一方、こちら↓の香り米(フレグラントライス)は2kgでRM18です。(値上がり前はRM16でした)

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私は今までこの香り米を食べたことがなかったので、今回は1パックだけ買って帰り、早速試食してみたのですが、うーん、私は、この香り米、決して美味しいとは思いません。まあ、でもこれは人それぞれなのでこれを芳しい、いい匂いと思う人も居るのでしょうね。



次にライスファクトリーを後にして、例のマンゴーファームに立ち寄り、そしてバガン(Bagan)のフィッシィングビレッジにやってきました。

↓セキンチャンのバガン漁港です。お世辞にもきれいな港とは言えませんが、潮がほぼ満ちているらしくジェッティ(船着場)の水位も十分です。(前回ここに立ち寄った時は、干潮で汚い川底が丸見えでした)

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この漁港は河口と小さな運河から出来ていて、木杭の上に木板が渡してあるだけの簡素なジェッティが所狭しと並んでいます。夜半にかけて潮が引き、次の満潮は明日の早朝と言うことです。だから漁船の出漁は毎日の早朝なのです。

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今のこの時間(午後5時ごろ)は、今朝早朝に出漁した大小の漁船がそれぞれのジェッティに戻り、水揚げ作業に余念がありません。この狭い港はそんな漁船でぎっしりです。

ここ↓はそんなジェッティのひとつです。内側(道路側)から水揚げ作業場を通してジェッティを見ていますが、向こうに船が着いているのがお分かりですか?

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おー、ここ↓では水揚げ(アンローディング)の後の魚の選別(カテゴライズ)及び計量(ウェイ)作業中ですね。それにしても小魚ばっかりです。うーん、こりゃ私が期待していたほどではないですね。

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ん?この↓色と大きさからすると、これはインディアンプローン(タイショウエビ)でしょうか?

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良く見てみると確かに鮮度が良さそうなインディアンプローン↓です。そうか、ここの船はこれがメインなんだな、そう思いました。これ買えますか?と値段を聞いたところ、1kg25リンギで売ってくれるそうです。もちろん25リンギなら文句なしに買いです。(市場でもこれぐらいのものは大体キロ35~40リンギぐらいはするかと思います)すかさず周りにいたチャイニーズババたちとシェアすることにして計5kg(一人1kgずつ)買いました。

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↑このインディアンプローン、作業員の方が、空いていた発泡スチロールの箱にぎっしりと氷詰めにしてくれたので、家に着いてからも鮮度保持ばっちりでした。こういうものに目がない私は、早速小ぶりを数匹刺身で試食してみましたが、身肉が締まっていて甘みも最高。チョー美味しい。うーん、こんなエビ久しぶりです。。今日の成果はこれですね。(これまで、市場のエビの鮮度確認ができずに生食を避けてましたので、マレーシア初です)

次にやってきたのが、バガン(Bagan)のフィッシシングインダストリーのメインと言う水産加工場↓です。

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加工場と言っても数あるジェッティのひとつの粗末な小屋です。中を覗いてみると、一見して周辺国からの出稼ぎガールと分かる若い子たちが脇目も振らずに働いていました。

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それを覗きながらあーだこーだ言ってるチャイニーズババたちです。右側の体格の良いインディアンガイ↓は、見かけによらず気立てが良くてなにかと私たちニッポンジジを世話してくれようとしたりして、とってもいい青年でした。

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裸のボテ腹おっさんが機械を動かしながら作っているのはフィッシュボールです。そう言えば思い出しましたが、以前聞いた話に、漁港の水産加工所でフィッシュボール作ってるのを見てからフィッシュボールが大嫌いになった。見なきゃ良かった。なんて話がありましたが、以前は恐ろしいほど酷い環境の作業場だったんでしょうね。でも今日のここは大分きれいですよ。十分許せる範囲だと思います。

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できたフィッシュボールはこうやってたらいに浮かべて、なんのためか知らないけどジェッティに並べて置くのですね。それを見て周った私は、足元の床板が濡れて滑り、慎重に歩かないと滑って転んで・・・

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こんな汚い運河にすってんころりんと落ちてしまったら、強烈な汚泥や細菌だらけになって二度と浮かんで来れそうにもないので、ビクビクものでした。だって、床板が腐っているものもあってちょっと強く踏むと抜け落ちそうでスリルだったんですよ。(笑)

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これ↓は見ての通りの魚の開きを干しているところです。世界中どこでも、人の食べるものにさほど変わりはありませんね。これ、なんの魚か判別できなかったのですが、炙って食べたら酒のつまみに良さそう、いや涎が出てきました。

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セキンチャンツアーの最後は、レダン(Redang)ビーチです。マレーシアのレダンビーチと言うと誰もが東海岸にあるレダン島のきれいなビーチを思い浮かべると思うのですが、これ、甚だしい誤解です。ここセキンチャンのレダンビーチはそんなイメージとは程遠いこんなところ↓です。

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でも、こうやって写真に撮ると、一見きれいなビーチリゾートに見えますが、実際は決してきれいではありません。私はいつかもここを訪れたのですが、ちょうど干潮時(お昼ごろ)だったせいもあって、潮が遠くまで引いていて、ゴミだらけで真黒な海底が剥き出しになってました。

でも、今日は潮が完全に満ちているだけまだマシです。夕陽を背にしてこうやって撮ると、実際には真っ黒な海面もそうは見えないしすっかり騙されてしまいそうです。

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同行のIW氏が波打ち際まで行って、ここは「泳ぐどころか、絶対足を入れたくない海だな」って言ってましたけどこれは本当ですね。

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そして、例の気立ての良いインディアンガイが傍によってきたので話をしましたが、この辺りのマレー人(彼はマレーシア人)にとって、ビーチって泳いだりサンベイジング(日光浴)するところじゃないんだよ、ひたすら食うところなんだよ、あいつら、いっつも食ってるんだから、って教えてくれました。

体格のとても良い彼はそう言いながら、手に持った袋のプローンクラッカー(マレーシア版エビセン)をムシャムシャ頬張り、私にも食え食えとしつこくすすめてくるのでした。

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浜辺には出店が所狭しと並び、大勢の客たちがココナツジュースを飲んだり食事をしたりしています。おっと、これ↓は地元のお客じゃありません。わがツアー仲間のチャイニーズババたちです。

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私は実はこのココナツジュース、今まで美味しいと思ったことがありません。なので屋台で買って飲むなんてこともありません。したがって、この時もチャイニーズババたちの仲間入りはせず、うしろで眺めたり写真撮ったりしていたのですが、そしたらチャイニーズババの一人が、何を勘違いしたのか、一コ買ってあげたから、ほらここに座りなさいよ、って自分の隣に席を作ってくれたのです。

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おいおい余計なお世話すんなよなー、って思いましたが、そんなことはおくびにも出さずに、まあ、ご親切にありがとう、と作り笑いして頬が引き攣りながらもそのババの隣に座り、美味しくもないココナツウォーターをストローで吸い、隣のババに、なにやってんの?こうするのよ、って教えて貰いながら中の白い身肉をスプーンで削って無理やり食べました。

美味しいでしょ?って何度も聞かれて、不味いとは答えられないでしょ。でも何が美味しいのこれって。。

美味しい、不味いと言えば、今日のシーフードランチ、なんだかなー、あんまり美味しくなかったなー。。レストランに入る前に、バスの窓から、偶然にも店の横のたらいの溜め水で皿洗っているの見ちゃったしなー、オレなんかあんまり食欲出ないしなー。

それに、エビもカニも殻を手で剥くのが大変で、手がびちゃびちゃぬるぬるになって気持ち悪いしで、食った気しなかったなー。。でも周りにそんなこと言えないでしょ?同行のIW氏もきっとそう思ったかも知れない、と考えたら今回のツアー、無理やり誘って悪かったかなーってちょっぴり反省しました。IWさん、ごめん。。

でも、私にとっての今回ツアーの収穫は、セキンチャンパールライスがたくさん売られていたことを確認できたこと、その真空パックを何個か購入できたこと、パガンの漁港で水揚げされたばかりの刺身でも食べられる新鮮なタイショウエビをゲットできたこと、そしてそれを小分けして冷凍保存したので今後しばらくウッシッシーかなーって思っていること・・ですかねー。

それではまた。。

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眠い時に寝て、目が覚めたらなにかする、と言うまことに自由気ままな、だらしのない生活を始めて久しいのですが、そんな中でも毎日欠かさないのが内外のニュースチェックです。

当地マレーシアはもちろんのこと、祖国日本のニュースや世界のニュースなども、たっぷりある時間を贅沢に使って、毎日丹念にチェックしています。これはきっと、私の中には、まだ時流の中にどっぷり浸かっていたいとか、世間からまだ疎外されたくないと思う気持ちや未練があるのだろうと思いますが、近い将来のボケ防止には役立つに違いない、そう考えて励んでいます。(笑)

このニュースチェックですが、私の場合は紙の媒体ではなく、ほとんどがインターネット上のオンラインニュースポータルのチェックです。紙の媒体は、外出した際に分厚いフリーイングリッシュペーパー(無料英字新聞)をせっせと貰ってくるのですが、(活字が小さくて読むのが辛いと言う理由で)ほとんど読まずに、定期的に大量に出る魚の頭や内臓などの処理に使っています。でも、これはこれで大変役に立っているので、フリーペーパーカンパニーさんには本当に感謝しています。

この前、ローカルの方にそんなお話をしたところ、マレーカンポンの人たちもほとんど読まずにナシレマなどの弁当の包み紙として利用しているのだそうです。おー、マレーの村人たちもなかなかやりますなぁ。(笑)

今は便利な世の中ですね。これは私の英字新聞の速読訓練を兼ねたニュースチェックなのですが、以前は、分からない単語などが出てくると、いちいち辞書を引いてました。でも今はカーソルを乗せるだけでポップアップ辞書が瞬時に自動起動するのですね。モバイル端末でもそれと似たような機能があって、指をタッチするだけで辞書が立ち上がる。いやぁ便利な世の中になったもんです。

私の場合は、ローカルのオンラインメディアを大体6~7紙、日本とインターナショナルを数紙、定期的に巡回しているのですが、お陰で速読もかなり楽になりました。定期的に巡回チェックしていると言っても、もちろん、記事の全部を読んでいるわけではありません。

タイトルだけざっと見渡して気になる記事をピックアップし、次にその中でこれはと思うものを複数のメディアを比較しながら順にチェックするわけですが、メディアの性質や報道姿勢などの違いからか、視点や論点が180度異なるものも数多くあって大変興味深いところです。

しかし同一メディアで昨日の記事と今日の記事が180度異なるなんてあっていい訳がないと思っていたら、実は、昨日それを発見しました。

なんのことかと言うと、今、マレーシアでもシンガポールでも大変な話題になっているヘイズ(Haze)のことです。

↓10月20日(火)のクアラルンプール国際空港(klia)の様子です。

Hazy Day

↓10月21日(水)のわが家のバルコニー(ベランダ)から南方向を見た様子です。(視界は500m程度かと思います)

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結論から先に述べてしまいますけど、10月19日(月)のthe Sundailyに、このヘイズは来年3月頃まで続く見通し、とのショッキングな記事が掲載されました。もちろん私はそれをピックアップして、他のメディアもチェックしたわけですが、配信元は英国ロイター通信(Reuters UK)で、マレーシアやシンガポールの主要メディア各紙に同一記事が一斉に掲載されていました。

ところがその翌日、つまり10月20日(火)のことですけど、同じthe Sundailyに、今度は、このヘイズは11月には収束する見通しだ、との前日とはまるで異なる、と言うか前日の記事を打ち消す記事が掲載されたのです。

え?これ、一体どうなってんの?って思いますよね。もちろん、こんな迷惑なヘイズ、一日も早く去って欲しいと誰もが思っていますので、早く終わりそう、なんて言う記事は大歓迎なのですが、ホントにホントなのか?と疑いたくもなりますよね。

と言うわけで、今日は相反するそれぞれの記事の全文を紹介してみたいと思います。



先ずは10月19日(月)のthe Sundailyの記事です。

Hazy new year: Southeast Asia set to suffer for months as Indonesia fails to douse fires
ヘイジーなニューイヤー:インドネシアは火災を消火出来ず、お陰で東南アジアの苦悩は何ヶ月も収束しない

the Sundaily
Posted on 19 October 2015 - 04:32pm

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JAKARTA:Indonesian forest fires that have caused choking smoke to drift across Southeast Asia are spreading to new areas and are unlikely to be put out until next year, experts said on Monday.
ジャカルタ発:東南アジアに息の詰まるようなスモーク(ヘイズ)を漂わせているインドネシアの森林火災は新しい地域に広がっていて、来年まで消火できそうにない、と専門家が月曜日(今日)に述べた。

Indonesia has come under increased pressure from its neighbours to contain the annual "haze" crisis, which is caused by slash-and-burn agriculture practices, largely on Sumatra and Kalimantan.
インドネシアでは、主にスマトラとカリマンタンで行われている焼き畑農業に起因する毎年の「ヘイズ」危機を阻止せよ、との周辺国からの圧力が高まっている。

But it has failed to put out the fires, with "hot spots" growing in eastern parts of the country and industry officials and analysts estimating the smoke will last until early 2016.
しかし、国の東部地域で増え続ける「ホットスポット」はまだ消火できておらず、産業担当者とアナリストは、ヘイズは2016年始めまで続くとであろうと予想している。

"Maybe it will last until December and January," said Herry Purnomo, a scientist at the Center for International Forestry Research, adding that hot spots had reached Papua, a region that usually avoids widespread fires.
「多分それは12月と1月まで続くだろう」と、国際林業研究センターの科学者であるHerry Purnomo氏はこう述べ、ホットスポットはパプア(インドネシア東方域にあるニューギニア島西部の州で、通常ここまで広範囲に火災が広がることはない)に達していると付け加えた。

"It is because people are opening new agriculture areas, like palm oil," he said.
「それは、人々がパームオイルなどの新農業地域を開墾しているからだ」と、彼は述べた。

A senior official at a company active in Indonesia's forested areas said the haze could continue until March.
インドネシアの森林地域で活動する会社の幹部は、ヘイズは3月まで続く可能性があると述べた。

Indonesia usually enters its wet season in October and November, but this year the country is expected to face moderate El Nino dry conditions which could strengthen until December and may hinder efforts to control the fires.
インドネシアは、通常10月~11月に雨期に入る。しかし今年は、中程度のエルニーニョによる乾季が12月まで続き、火災の消火活動の阻害となることが予想されている。

Indonesia's national disaster management agency has made several forecasts for when the forest fires will be brought under control, many of which have now passed, but their latest target date is early November.
インドネシアの国家災害管理局は、森林火災をいつ鎮火できるかについて(その時期を)いくつか予想していたが、そのほとんどは既に通り過ぎた。彼らの最も遅い目標時期は11月上旬だ。

Indonesia has revoked the land licences of PT Mega Alam Sentosa and state-owned PT Dyera Hutan Lestari, Rasio Rido Sani, the director general for law enforcement at the forestry ministry, told reporters late on Monday.
インドネシアは、Mega Alam Sentosa社と国営のDyera Hutan Lestari社に対する土地(開発)許可を取り消した、とRasio Rido林業省法執行部長が月曜日遅くに記者発表を行った。

Both firms could not be reached for comment.
しかし両社からのコメントは得られなかった。

Last month, Indonesia ordered four companies to suspend operations for allegedly causing forest fires.
先月インドネシアは、4社に対し、森林火災を引き起こしたとして、その活動を停止するよう命令した。

On the ground, NASA satellites detected 1,729 fire alerts across Indonesia on Wednesday, a national holiday, more than any single day in the last two years.
NASAの人工衛星は、インドネシアの祝日の水曜日(10月14日)、国の全域で、1,729箇所のホットスポット(火災発生地点)を探知した。

About half of the fires during the last week have been on carbon-rich peat land areas, mostly in South Sumatra, South and Central Kalimantan, Sulawesi and Papua.
先週(10/11~10/17)の火災の約半数は、そのほとんどが南スマトラ(スマトラ島)、南・中央カリマンタン(ボルネオ島)、スラウェシ(旧セレベス島)及びパプア(ニューギニア島)の炭素が豊富に含まれるピートランド(泥炭地)地域であった。

Indonesian President Joko Widodo has increased government efforts to tackle the haze in recent weeks, making several visits to the worst-hit areas and asking other countries for help, but apparently to little avail.
インドネシアのジョコ・ウィドド大統領は、ここ数週間、ヘイズに取り組む政府努力を増大した。最も深刻な地域を視察し、他の国への支援要請も行ったが、明らかにまったく効果を示せていない。

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"We all know that the burned areas are now widening beyond normal conditions," Widodo told reporters on Sunday. " ... the efforts to extinguish the fires are ongoing now both by land and air. We have to be patient because the burned areas is now wide."
「我々は、延焼地域が異常に広がっていることを知っている。空地からの消火の努力が現在も進行中だが、延焼地域が拡大しているので忍耐が必要だ」とウィドド大統領は日曜日に記者団に語った。




次は翌日10月20日(火)の同じthe Sundailyの記事です。

Haze will not last till March 2016
ヘイズが来年3月まで続くことはない

the Sundaily
Posted on 20 October 2015 - 08:06pm
Last updated on 20 October 2015 - 09:43pm

PETALING JAYA: The haze affecting the country currently will not last till March 2016, as claimed by certain parties.
ペタリンジャヤ発:現在国(マレーシア)に影響を及ぼしているヘイズは、どこかの誰かが主張しているような2016年3月まで続くことはないだろう。

"The current haze situation is caused by typhoon Champi and Typhoon Koppu, east of the Philippines, and when these typhoons hit landfall, the winds will change and the haze situation will improve after Oct 26," said Science, Technology and Innovation Minister Datuk Seri Madius Tangau in a statement today.
「現在のヘイズ状況は台風Champiと台風Koppuによって生じているものだ。その台風は現在(10月20日)、フィリッピンの東に位置しているが、これらの台風が陸地に接近する時、風は変わる。したがってヘイズの状況は10月26日以後改善される見通しだ」と、(マレーシア)科学技術革新担当大臣のDatuk Seri Madius Tangau氏が今日語った。

Madius said the coming northeast monsoon season from November will see a change in wind direction and will no longer carry over haze from Indonesia to Malaysia, despite the Indonesian forest fires expected to last until March.
Madius大臣は、11月に来るべき北東モンスーンシーズンが、風向の変化をもたらすだろう。そして、インドネシアの森林火災が来年3月まで収束しないとしても、もはや(緩やかな南西風が)インドネシアからマレーシアにヘイズを運んでくることはないだろう、と述べた。

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Meanwhile, rainfall is expected to decrease nationwide due to typhoon Koppu, thus making the haze situation even worse.
一方、台風Koppuが原因で全国的に降雨が減少することが予想されてる。このことはヘイズ状況を悪化させる。

According to the Meteorological Department (MetMalaysia) weather outlook, typhoon Koppu is currently 1,187km north-east of Kudat, Sabah. It will eventually head north-west towards Taiwan.
(マレーシア)気象局(MetMalaysia)の気象概況によると、台風Koppuは、現在Kudat(サバ州)の1,187kmの北東に位置していて、最終的には台湾方向に向けて北西進するであろう。

In addition, typhoon Champi located 2,942km north-east of Kudat is slowly heading north.
それに加え、台風Champiが、現在Kudatの北東2,942kmにあって、ゆっくり北進中である。

The presence of both typhoons has affected the wind patterns across the country as a result, especially rainfall due to the moderate south-westerly winds.
両方の台風の存在は、その穏やかな南西風により、(マレーシアの)全国的な風向(緩やかな南西風)と特に降雨(少ない雨)に影響を及ぼしてきた。(訳者註:これは現下の異常なヘイズはこの2つの台風によってもたらされているものだとの主張)

Separately, the Department of Environment recorded 3,534 cases of open burning detected nationwide, from the start of the year to Oct 19.
またこれとは別に、(マレーシア)環境局は、年初から10月19日までの間、マレーシア全土で探知された野焼きは3,534を記録した。

As of 6pm today, a total of 27 areas recorded unhealthy Air Pollutant Index (API) readings, with Port Klang with the highest at 179, followed by Shah Alam at 164, and Kuala Selangor at 139.
今日(10月20日)午後6時現在、合計27の地域の空気汚染度指数(API)がアンヘルシーと記録された。指数の最高は179のポートクランで指数164のシャー・アラムと指数139のクアラ・スランゴールがそれに続いている。



いかがでしたか。19日の記事は英国ロイター通信がその配信元で、翌日20日の記事は独自取材に基づくもののようです。この20日の記事と同様の記事は、このthe Sundailyの他にもAstro Awaniなどにもありました。

うーん、最初に記事のタイトルだけ読んで今回ブログのタイトルも決めてしまいましたが、この二つの記事を良く読んでみると、ロイター通信の配信記事は、ホットスポットの拡大の現状とエルニーニョがもたらす雨季の到来遅延によって、ヘイズの原因となっているインドネシアの森林火災は来年3月まで消化できない可能性があると言っている。

一方、20日の記事では、台風コップと台風チャンピの存在が、今のマレー半島におけるヘイズ被害をもたらしているのであって、この二つの台風が陸地に接近すると地域の全体的な風向が変わり、インドネシアで発生したスモークがマレー半島に襲来することはない、と言っているのですね。

さあ、どうでしょうね。科学技術革新担当大臣は10月26日になると状況が改善するとまで述べたようですが、26日って来週月曜日ですよ。しかし、そんなことは今までどこの誰も言ってなかったことだと思うので、これってやっぱり正直言って驚きですよ。

果たしてどちらの予想が当たるかどうか、どこかの誰かと掛けたいものですね。え?どっちに掛けるのかって、ですか。うーん、やっぱり私は、オッズが高いであろうこの突拍子もない大臣予想に掛けてみたいものですね。

でも大臣がこんなこと言っちゃって大丈夫なんですかねえ。これひょっとして、現下のポリティカルな重大問題から国民の関心を逸らすためのものだったりして?なんてことはないですね。失礼しっましたぁぁぁ。

それではまた。。


追記(2015.10.23):
実は11月7日の土曜日のYMCAのじじばばバスツアーの第2弾に、知り合いのじじばば軍団から是非参加してくれと言われて、いやいやながら参加しようとしてたのですが、一昨日参加費を払いに行った際、「あ、それキャンセルになったから、ヘイズで。」とあっさり言われてしまいました。

キャンセルになったことはそんなにがっかりしたことではないのですが、そうか、ツアーがキャンセルになるんだ、このヘイズで・・・・と、改めてこのヘイズの影響が大なることを思い知らされました。

だったら、この国の観光産業にも随分影響が出てるのかもしれないな、なんて余計なことまで心配してしまいましたが、ならばホントに来週からヘイズがなくなるのかちょっと真剣にチェックしてみることにしました。

先ず、日本の衛星画像を見てみよう、と昔懐かしい(※)ひまわり画像をチェックしてみました。(※昔は仕事の関係で毎日毎日衛星画像を眺めていたもんです。いや、気象をやっていたわけではないのですが、それに近いところで仕事をしていた関係でちょっとはかじっているのです)

ひまわりと言えば、今は8号ですか。確か昨年打ち上げられて今年の7月ごろから運用開始されたはずですよね。

気象庁のサイトを見てみたら直ぐに見つかりました、ひまわり8号の鮮明な衛星画像が。今はこのひまわり8号、地球環境観測衛星と銘打って、世界各国で活用されているんだそうです。なんかとても誇らしい気がしますね。

↓本日午前10時の衛星画像です。

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これ↑によると、台風コップは既に温帯低気圧となり日本の南西諸島付近、一方の台風チャンパー(チャンピではなくチャンパーと呼ばれているようです)はまだ勢力を保ちながら日本の小笠原付近に位置しているようです。

次にこの画像をマレーシア周辺地域に拡大してみます。↓

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良く見てみると、スマトラ島北部、マラッカ海峡及びマレー半島には薄い雲が見えているものの台風の影響となる反時計回りの筋雲は既に見えていません。つまり風の方向は読めません。台風の影響があるとすれば温帯低気圧に変わった台風コップだけですが、それとて遥か彼方に離れていて、もはやこの地域にまで影響を及ぼしていることは考えにくいですよね。

次に、この国マレーシア科学技術革新省発表による風向風速などの週間予報をチェックしてみました。これ↓は同省発表による南部マラッカ海峡の風向風速等の週間予報です。

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↑これによれば、南部マラッカ海峡の向こう1週間の風は東南東(東南東から吹いてくる風)のようです。もはや、台風の影響とされた西南西の風ではなく、この時期本来あるべき北東モンスーンの影響(?)による風向きの変化を予報しているものと思われます。もっともこの風向は卓越風向を指していますから、常にその方向とは限りませんがね。また、その風速は10~20km/h程度で緩やかな予報となっています。

ただ天気概況の欄には、今日だけは晴れでヘイズとあるものの、明日以降はところによっては雷雨、そしてヘイズも徐々に弱くなるような予報です。この分だと来週月曜になるとヘイズは去り、木曜にはきれいな青空が見える・・・といいですね。

いや、これってMadius大臣の言ったとおりではないですか。(もっともこれは科学技術革新省発表の資料ですから大臣説明と違っていたら大変ですけど)

しかしこの記事を冷静に読み解いてみると、インドネシアの森林火災のことについてはなにも言っていません。まあ、今年のエルニーニョ(El nino)は記録的な強さだそうですから、スマトラ島に雨が降るのはやはりかなり遅れるのでしょう。とすれば、やはり火災は直ぐには消せない。が、しかし元は絶てないが、北東モンスーンのお陰で全体的な風向きが変わる。だからマレー半島のヘイズはまもなくなくなる、こう言っているのです。

これって自分さえ良ければみたいに思えなくはないけど、正直言って、これが本当に当たったら嬉しいですね。いや、この予報が当たることを祈りましょうね。

以上、追記終わり。
突然ですが、ポス・マレーシア(POS MALAYSIA)は、マレーシア国内に1000を超えるタッチポイント(Pos支店、Posミニ支店、Pos24Hセルフサービス、移動Pos等)を有するこの国最大の郵便事業者です。
(註:POSはマレー語です。英語のPOSTと同じく郵便局を意味しています)

ポスでは日本の郵便局(日本郵便株式会社)同様、郵便事業のみならず、保険取扱いや各種支払いそして送金業務などの幅広いサービスを行っており、市民にとっては身近にあってとても便利な存在です。

しかし最近、このポス・マレーシアのポスメン(マレー英語:ポストマン/配達人のこと)など担当者の仕事っぷりに関し、いささか腹に据えかねることがありましたので、今日はそのことをひとしきりぼやいて憂さを晴らしたいと思います。



みなさんはEMSってご存知ですよね。Express Mail Serviceの略で国際スピード郵便(国際速達郵便)のことなのですが、ここマレーシアでは国際、国内便とも速達郵便をポス・ラジュ(POSLAJU)と呼んでいます。ちなみに、"LAJU"とはマレー語で速達とか速度と言う意味です。

さて先日のことです。あるITデバイスを11street.comと言うショッピングサイトでオンライン購入したのですが、驚いたことに注文・決済の数時間後の夕方に販売店から電話がありました。

電話はお店の方からで、注文を受けたお礼と、在庫を確認したのでPOSLAJUでまもなく発送する、と言うものでした。その後1時間ほどで発送完了のメールと電話メッセージ(SMS)が届き、久々に気持ちの良い取引だなぁと甚く感心したものでした。

そして私としては、そのアイテムの入手を特に急いでいたわけでもないのですが、POSLAJUで発送してくれたと聞き、翌日の午前中には届くものと期待したわけです。

なので翌日に予定していた外出を急遽キャンセルしポスメンを待つことにしたのです。ところが、昼まで待っても、夜まで待っても待ち人来たらず。とうとうその日は荷物を受け取ることが出来ませんでした。

次の日の朝、不思議に思ってネットでPOSLAJU追跡(Track & Trace)をしてみると、不安的中、そこにはUnsuccessful delivery(配達不能)の文字です。しかも確認日時は前日の午前11時57分になってる。

これ↓がPOSLAJU TRACK & TRACEの画面です。

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冗談じゃない、その時間は、と言うより、朝からずっと1日中どこも行かずに待ってたんだよ、それでなんで不達な訳?と思いながらもとりあえずコンドのエレベーターホールの一角にあるメールボックスを覗きに行ったところ、入ってましたよ、例の不在票が。。

ん?そう言えば以前もこんなことがあったよな、最近どうも記憶力があまりパッとしないものだから、いつだったかは思い出せないけど、確か、あの時もずっと待っててもポスメンが来ないから、ひょっとしたらと思ってメールボックスを確認したらやっぱり入ってた、この不在票が。。

で、なになに?配達不能の理由のところ、不在のため、そして電話にも応答なし、にチェックマークがついてる。応答なしって、電話も何ももらってないけどこれどういう意味?? ・・・・そう言えば思い出したよ、あの時も不在票には同じように書いてあった。

そしてやっぱり憤慨して、KLセントラル駅近のポスまで引取り(Self Collection)に行ったんだよ。

しかし、これってホントどういうことなんだろ。もちろんこれまで、ちゃんと玄関先に配達してくれたPOSLAJUもあったけど、うーん、これはポスメン(配達人)によるのかなぁ。。

久しぶりに気持ちの良いオンラインショッピングができたと喜んでいたのに、これじゃあ、販売店さんの素早い対応も心遣いも台無しですよね。でもとにかく荷物を引取って来ようと思い、不在票に示されたSelf Collectionのポスに行きました。

↓いつもYMCAのマレー語教室に通い慣れているジャラン・サンバンサンにあるポスです。目新しい高層ビルの狭間でひときわ目立つ古ぼけた平屋建ての建物です。

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ここは、POSLAJU(国際/国内速達郵便)の発送と引取りに特化したセンターのようです。

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営業時間↓は、発送業務が8.00am-8.30pm(月-土)、毎月第1土曜と日曜が10.00am-4.00pm。引取り業務は、8.00am-10.00pm(月-土)、毎月第1土曜と日曜が10.00am-4.00pm。祝祭日は通常お休みと書いてありました。

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入り口を入ると、正面に発送業務カウンター↓(カウンター1~4)があります。

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そして右奥が引取り業務カウンターです。(カウンター5~6) なお引取りのみの場合はナンバーチケット不要とのことです。

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荷物の引取りには、不在票と本人確認証明(パスポートなど)が必要です。(不在票にもその旨が記載されています)

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荷物の引取りは、さほど待たされることなく完了したのですが、私、ひねくれ団塊としてはこのままでは腹の虫が収まりません。当然ながら、今回のこと、そして記憶にあるずっと前のこと、ひとしきり目の前のおネーさんを相手にクドキました。(注:おネーさんを口説いたのではありませんよ)(笑)

不在票をメールボックスに入れたということは、ポスメンが私宛の荷物持ってそこまで来たと言うことだよね、んじゃなんで直ぐ近くにあるリフト(エレベータ)で上に上がって来ないワケ?それでこの不在票には、電話したけど応答ナシにチェックがついてるけど、なんでこんなウソ書くワケ?これって、コレが初めてじゃないんだよ。以前もあったしさ、これじゃ困るんだよ。。昨日は予定変更して忙しいのにずっと待ってたのに、どうしてくれるんだよ。。

いや、私も最近ではこのぐらいの文句はいちいち和文英訳しなくても口をついて出てくるのですよ。そしたら、おネーさんの隣にいたおニィさんが、私に、こう言いました。"ポスメン疲れちゃったのかなぁ。。"

はぁっ?疲れちゃった?ウチ18階だけどリフト使えるよ、階段昇らなくていいんだよ。でも、なんで?

"うーん、じゃ、多分メンドくさかったんだよ。。" はぁっ?メンドくさいって、そんなのあり?ありえないでショ?

"ハイハイ、じゃ、これ書いて下さいね。"って手渡されたのが、カスタマー・フィードバック・フォーム(お客様ご意見書みたいなやつ)。はぁ?これ書いて出すとどうなるの? "うーん、ボス(上司)が考えてくれると思うよ。"って。。

はっきり言って、こんなの書いても無駄ですよね。なんか、ポスメンも、ここのカウンターの人もあんまり責任感じてなさそう。だけど、イッツマレーシア!って冗談で済ませられることと済ませられないことがあるんだよね。

でも、ここはニッポンじゃないし、そんなこと期待しても無駄か。

そう言えばついでにこんなことも思い出しましたよ。これ、そんなに古いことじゃないですよ。今年の1月(私の誕生月)に、毎年年金機構と共済組合連合会に出さなければならない現況届けをついうっかり普通郵便で送ったら、共済年金の方だけ途中で紛失してしまったらしく、結果としてその後の年金支給がストップされてしまったんですよ。

どういうことかと共済組合に電話で問い合わせしたら、書類が届いていないと言う。そんな筈ないと、いろいろ説明したけど届いてないものは届いてない、と逆切れされる始末。普通郵便だから追跡もできないし、止むを得ず今度はPOSLAJUで送り直したのだけど、お陰で3ヶ月ほど支給が遅れてしまったし、こういうことってホントに困るよね。

しかし考えてみれば、ハナからそういうリスクがあるってこと考えて、やっぱりこういうものはPOSLAJUで送るべきだったんだろうと思いましたけど、このPOSLAJUって実はそんなに安くないんですよ。

年金の現況届けなんて言う、たった数枚の書類を送るだけで、確か5、60リンギほどとられたような気がしたし、うーん、今後はどうしようかなと考えながらPOSのサイトを何気に眺めていたら、アレ?オレってバカじゃん、書留郵便って手があったんだ。。

今まで、てっきりこの国の郵便で間違いなく届いて、万一の場合は追跡も出来るってPOSLAJUしかない、絶対これに限ると思ってたんだけど、考えてみればこの国に間違いがないなんてありえないし、だったらPOSLAJUではなくてフツーの航空郵便を書留にすればいいんじゃないの、て言うか、それが普通なのかもと今更ながら気づきました。

そこで、ここマレーシアから祖国日本に、POSで書類や小包を送る場合の料金や送達日数などをチェックしてみました。

↓先ず重さ50gです。A4、3.~5枚程度の書類ならこれ以下でいけます。

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↓次に1kg、かなり分厚い書類か書籍、ちょっとした小包などはこれでOKです。

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上の表はいづれもポス・マレーシアのサイトから切り取ったものです。
(HOME>POSTAL SERVICE>QUICK ACCESS>Calculate Postage>International Rates)

配達種別は、上から順に航空郵便、海上郵便、小型航空小包、普通航空小包、海上小包、EMS書類、EMS商品となっています。

私がこの1~4月に再送した年金書類は、当初は普通の航空郵便、再送分はEMS(POSLAJU)書類で送りました。A4用紙が3、4枚に封筒だけですので重さはせいぜい30~50gだったろうと思います。

上の50gの表によると、航空郵便の送達日数は5~11日、料金は3.2リンギ(現在レートで100円程度)、でもこれは追跡不可です。

一方あらためて再送したEMS書類の場合は、送達日数が2~3日、料金は58.75リンギ(現在レートで1760円程度)です。もちろんこれは追跡できますし、万一の場合は行方を確認できます。しかし高いですよね。この書類の場合の航空郵便との料金の差はべラボーです。

そして、表の一番下に書いてありますが、書留サービスがあるんですね。恥ずかしながら今の今までこのことに気づきませんでした。これだと追跡ができて、追加料金はたったの4.6リンギ(現在レートで140円程度)ですよ。

あんな軽いぺらぺらの書類を、しかも特に急ぐ書類でもないのに、バカ高いPOSLAJUで送ったなんて、いやぁ私がマヌケでした。。

今後は絶対書留航空郵便にします。こんなこと、みなさんは、とっくにご存知のこととは思いますが、もし私同様の方がおられたら、今度からはそうしましょうね。

さて、次に1Kgの表を見て下さい。1Kg位の分厚い書類や書籍の場合は、航空郵便+書留サービスが64.8リンギ、EMS書類が73.75リンギとなり、両者の差はさほどなくなりました。なので、この場合は速く届くPOSLAJUの方が良いですよね。

ま、上の2つの表から判断できることはたくさんありますが、要は、送付する中味の重要性や緊急性、それに大きさや重さなどを勘案して配達種別を事前に決めるべきなのですよ。恥ずかしながら、今頃こんなことに気付くなんてやっぱり老年性の脳細胞減少症が進行しているのかも知れません。(笑)



アレ?いつの間にか、今日の本題からちょっと外れてしまいましたので、ここで閑話休題です。

この国の、特にマのつくレースの方たちのなんとレイジーなこと、これには定評がありますよね。全部が全部ではないのでしょうが、そんなレイジーな方たちは特に探さなくてもあちらこちらで頻繁に目にします。スーパーマーケットで、レストランで、コンビニで、銀行で、デパートで、そしてお役所で、などなどありとあらゆるところで、不思議なほど上から目線で無愛想だったり、動作が極めてノロかったり、商品知識などまったくなくて真面目な質問にもテキトーに答えたり、まぁ、日本ではとても考えられない方たちです。

そう思うと、今日のタイトルに掲げたポス・マレーシアのポスメン(配達人)の仕事っぷりも十分に納得がいきます。

このKLにどれぐらいの数のポスメンがいるのかは知りませんが、中には、宅配の荷物を届ける前に疲れてしまったり、メンドくさくなってしまったりして、不在表をメールボックスに入れて帰ってしまうレイジーなポスメンがいてもなんら不思議なことではありません。

セントラル駅近のポスラジュセンターの係りの方が言ったことは、ジョーダンではなく、本当のことだったのですね。

でも、あのポスラジュセンターの係りの方たち、やっぱりマの付くレースの方たちですが、ポスメンのことをレイジーだからと嗤ってましたが、あの方たちはレイジーではないのでしょうか。

後で、この↓表(今日の最初の写真を一部拡大したものです)をチェックしてみて、少々違和感を感じました。

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と言うのは、この表↑の一番上の行に、8月21日5.36 PM、カウンターで自己引取り(Self Collection at counter)と記されていますよね。これ間違いですよ。私が荷物の引取りに行ったのは21日ではなくて翌日8月22日の11時ごろですから。

これって、引取りカウンターにいたあの彼らの仕業ですよね。の意図的?とすればなんのため?・・・なんて、つい深読みしたくもなりますけど、いや、ま、良しとしましょう。

最後に、マレーシア最大のネット掲示板と言われているローヤット・ネット(Lawyat.net)のPOSに関するスレッドでは、ポスラジュの郵便物や荷物がきちんと宅配されずに、今回のようにポスメンが疲れてしまったり、メンドくさくなったりして荷物を届けずに不在表だけ置いて帰っちゃったなんて例のなんと多いこと。そんなマレーシアのPOSLAJUが彼らになんと評されているのかを紹介して今日の締めくくりとします。

"あれはPOSLAJUじゃなくて、POSLAMBAT(遅配便)だよ。" 注:LAMBATとはマレー語で、"遅い"という意味です。


ではまた。。



みなさんは下の写真を見て、ここがどこかお分かりですか?

KLのツインタワーの下だ、と直ぐに分かった方はよほどのKL通だと思います。ツインタワーの真下から東方向を見ているのですが、いつの間にかジャランアンパンの向こう側にあんなに高い建物が建ちましたね。で、良く見るとあれもツインタワーじゃないですか。

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聞くところによると、Le Nouvelと言う高級サービスアパートメントだそうですが、まだ建築中なんだそうです。あれ、絶対こっち側のツインタワーを意識してますよね。

そして↓これは廻れ右をして西側を眺めているところです。

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ツインタワーのエントランス前の水場とグリーンをちょっと北側↓に歩くと・・

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今回のKLシティグランプリ2015のための華やかな臨時施設が所狭しと立ち並んでいます。

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ジャランPラムリーの片側道路を完全閉鎖し、そこには有料のスタンド席も建っています。

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いや、いずれもこの3日間(8/7~8/9)のシティグランプリのために準備した施設でしょうが、臨時施設にしてはすべてが立派です。これでは準備もさぞかし大変だったでしょう。

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どうも私は直ぐに貧乏人根性が出てしまうのですが、たった3日のためにこんな大袈裟なことをやって、お金も随分かかっただろうし、果たして大丈夫なのかと思ってしまいます。でもこれでもペイできるってことなのでしょうか。

そう言えば、有料スタンド席の入場料が最低でも350リンギ(約11,000円)もするそうなので、満員御礼にでもなれば良いのでしょうけどね。

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グランプリの最終日(8月9日)は日曜でしたので健康ウォーキングも兼ねて出かけてみました。いや私の場合、自動車レースに特に興味があるわけでもないので、ほとんど物見遊山です。

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プログラムによると朝一番のレースはFMCSと言うF1のレースと言うことでしたので、スタート前の9時ごろにKLCCに到着、辺りをウロウロしてみました。まだ朝のせいか思ったほどの人出ではありませんが、やっぱりフェンスの外側からは良く見えませんね。

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ウロウロしながらジャランアンパンの北側にやって来ました。事前にDLしたマップによると、この辺りはプレミアムウォークアバウトと言う有料のウォークアバウト(立見席)のようなのですが、どうやらチケットなしでもまったく問題なさそうです。どうなっているのか良く分かりませんけどとにかく見たもの勝ちですからね。

ところでKLシティグランプリって、マレーシア初なんだそうですね。マレーシアにはKLIAの近くのセパンと言うところに大層立派なサーキットがあって、有名なF1レースも行われているのだそうです。在住日本人の中にも結構高価なチケットを購入して出かける方々がおられるようですが、私はそんなことには興味ゼロ、きっとタダと言われても面倒だから行かないと思うかも知れません。

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では、そんな私が今回はなぜ?と問われれば、答えは簡単です。ストリートレースなるものに興味が湧いたからです。公道を閉鎖してサーキットを臨時に造るって、一体どうやるんだろう?

もちろんその運営については、DBKL(KL市役所)も主催者なのだから、市の職員や警察や消防などをフル動員してこなすのだろうけど、サーキットの内側に位置する人たちや商業施設にとっての迷惑はどうするのだろう、などの興味が湧いてきます。

私は当日朝、モノレールのブキッ・ナナスの駅から臨時のサーキット(1周4.2km)の外側を反時計回りに歩いて半周してみたのですが、全てがコンクリートブロックと金網つきの鉄柵に囲まれていて、アリ一匹も通さないぞと言う厳重なものでした。

しかし、こんな風に朝から晩まで3日間も車や人の通行を完全にブロックしたら、内側にあるホテルとかレストランなどへは客もまったく行き来できないわけだから、一体どうするのだろうと思ってしまいます。

ここはKLの中心地です、たった4.2kmのサーキット内の狭い地域とは言え多くの商業施設が林立しています。これって内側の経済を完全に犠牲にしてるってことですか。パンフレットの説明書きを読むと今年が初回で、来年以降は毎年の恒例にするとのことですけど。。

もちろんこんな経済効果や損失など、メリット・デメリットを十分検討した結果のことかも知れませんが、これじゃ反対意見もさぞ多かったのではないかなどと真面目に危惧したりして、私って、本当に貧乏人根性+ひねくれ者なのかも知れませんね。

さて、9時30分になりました。プログラム最初のF1レースがスタートしたようです。おぉっ、爆音と共にF1がやってきました。慌てて持参のカメラを構える私ですが、Ummmmm、目の前の金網が邪魔になってよく撮れません。

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私は、金網の向こうを走るF1のみにピントを合わせたいのですが、安全のための金網フェンスと観客立ち入り防止策の間が約1.5mほどあるので、私のコンデジではどうしても金網がくっきりと撮れてしまうのです。

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自動焦点をオフにしてマニュアルでもいろいろトライしてみたのですが、如何せん、一眼カメラのように上手く手前の金網をぼかすことができませんでした。これって私の操作が不味いのでしょうかね。

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ほら、これ↓だって、目の前を疾走するF1を上手に撮れているのに、手前の金網が邪魔でしょう?

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KLCCでひととおりF1レースを観てから、今度は、KLCCビンタン・ウォークウェイを通って、ジャランペラク↓にやってきました。うん?こっちの方が良く観えるような気がします。でもやっぱり金網が邪魔ですよね。

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格好いいF1が次から次に、凄い爆音とともに目の前を疾走していきます。

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ほら、これ↓なんかもスピード間が出ていていい写真でしょう?

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ほら、これ↓も。。

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ほらっ、こっち↓もでしょ?でも、、、どうしても金網が邪魔なんだよなぁ。。

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じゃじゃーん。んじゃこれはどうだ。。いや、すんません、これ↓は8月9日付けのFastMotoringと言うマレーシアのモーター情報誌に掲載されていた写真です。流石にプロは違いますね。

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これ↑って場所取りもいいですよね。そう言えばサーキットのところどころにクレーンで持ち上げられたカメラポイントがありましたが、この写真も多分そう言う場所に陣取ったプロカメラマン撮影によるものなのでしょうね。

ところでこれ↓なにか分かりますか?

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はい、これはKLCCビンタン・ウォークウェイ、KLCCとブキッ・ビンタンのパビリオンを結ぶ空中回廊(連続歩道橋のようなもの)の途中にある降り口のひとつです。

実は、このウォークウェイは、今回のサーキットを構成する公道のひとつ、ジャランペラクに沿っているので、ところどころからはサーキットが良く見渡せるのです。私は事前にグーグルマップでこのことに気付いていましたので、良く見えなかったときの最後の手段として心密かに期待していたのですが、いざ、その場所に行ってみてガッカリです。

なぜってほら、上の写真のように暗幕が張ってあって、サーキットが覗けないようにしてあるのです。おぉーっ、なんと言う意地悪、なんと言う儲け主義。。。

さらにこの場所↑には、係りの人が見張っていて、覗こうとする人を厳しく制しています。こらっ覗いちゃダメ!写真撮っちゃダメって。。えっ?なんで写真撮っちゃダメなの?


しかし、そんなことにめげる我々大衆ではありません。ほら、ここではみんなで覗けば怖くないです。暗幕なんてくるくる巻いて持ち上げればいいんだよ。ほら、そこの人、暗幕が垂れてこないようにしっかり押さえといてよ!

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ここなんか完全に目隠しなしです。みんな入れ替わり立ち替わりにしっかりカメラを構えています。もちろん近くには係りの人が見張っているのですが、多勢に無勢、なんにも注意しません、いやできません。注意しても誰も聞かないし、無視されるから。

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私も早速カメラで被写体を狙いました。でもここはちょうどカーブになっているところでみな速度を落とすので迫力に欠けるかな?

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でもですよ、↓ここはジャランペラクのグランドスタンド(有料スタンド席)ですが、F1レースの最中だと言うのにこんなにガラガラです。一体どうしたと言うのでしょう。

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主催者の思惑が外れた?まさか3日間ともこんな状態だったんじゃないよね?1日目、2日目は練習日でしかも初日は雨だったというし、今日は最終日の本戦なんですけど、これでこんなにガラガラ、一体ナゼ?

最近、私はこの国のいろんなことに気がついて若干まごつく時もあるんですけど、これだってそんなものかも知れないな。マレーシアって、急速に所得格差が出てきてるって言われてますよね。つまりお金持ちと貧乏人のギャップがあって、一部の裕福な人たちとその他大勢の貧乏人たち。

大勢の貧乏人たちは、私も含めて、F1レースは観たいけど高いチケットなんか絶対買わない。暗幕丸めて覗き見するだけで十分なんだよね。

あーぁ、これ絶対大赤字だな、きっと。そんなことを思いながら、このイベントに関する新聞記事を早速チェックしてみましたけど、期待に反して大半がお気楽&お調子記事のオンパレード。でも中には、セパンの常設サーキットではなくてなぜKLシティグランプリなんだと疑問を呈する記事も若干はありましたけど。

主催者側はこのイベントがもたらす経済効果を高らかに謳いあげているようですが果たして来年以降は如何に?

さて、そんなKLシティグランプリ2015でしたが、ここで嬉しいニュースをひとつ。

この↓写真はもちろんプロ写真家による写真(BHディジタル8/10)ですが、このカッコいい車、ランボルギーニ・ウラカンスーパー・トロフェオと言う舌を噛みそうな名前の車だそうですが、本イベントの目玉レースで総合優勝した車だそうです。

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で、いかにも速そうなこの車のドライバーは、なんと日本人。横溝直輝さんというレーシングドライバーだそうです。

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真ん中のイケメンドライバーが横溝さんだそうです。凄いですね、KLでの初市街戦を制した、総合優勝者が日本人ドライバーだなんてね。自動車レースにはまったく興味のない私もちょっぴり嬉しくなりました。

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さて、今回最後は、私が撮ったムービーです。一部暗幕の隙間からの覗きもありますが、ほとんどは金網越しの撮影なので、観づらいところもあるでしょうが、興味のある方はご覧いただきたいと思います。



今日は、KLで始めてのストリートグランプリの様子と、私の気付きを綴ってみました。それではまた。。


みなさん、こんにちは。今日は、先日の日曜日(7月12日)に単独初参加したクアラルンプールYMCA老人会バスツアーのリポートです。

いや、本当はシニアシチズンズクラブの方たちなので、老人会なんて書くときっと怒られるのでしょうが、万一、その中の誰かがこのブログを目にしたとしても誰も日本語が解らないだろうからとタカを括っています。(笑)

老人会と言えば・・・、今、書きながら思い出し笑いをしてますが、以前、私の田舎の中学の50年ぶりの修学旅行と題し、その泣き笑いの一部始終をブログに綴りました。あの時はお互いの姿かたちの半世紀ぶりの変わりように驚き、昔を語りながら、飲み、食べ、笑い、歌い、踊り、そして最後にはみな涙したものでした。

あの時も思いました。人間誰しも60年以上も生きていると、順風満帆の人生だろうが艱難辛苦の人生だろうが、顔には一様に皺も染みも増えてきて、いくら本人たちが否定しようとも、傍から見れば紛うことなき老人会です。私も、もちろんその中の一人なのだから逃げも隠れもできないし、寧ろその中にどっぷりと浸かることの心地良さも十分に承知しているのですが、いまだに気持ちも見てくれも若くありたいと抗う自分もいるのです。

だから、世の老人会のイベントなど余程のことがない限り参加したいなんて思わないのですが、今度ばかりはすっかり騙されました。今回のバスツアーですけど、最初にKLのYMCAでその参加者募集のポスターを見たとき、老人会のツアーだなんて一言も書いてなかったのです。ベントン(Bentong)とかラウブ(Raub)の文字と日帰りバスツアーの文字が目に止まり、私がこれまで行ったことのない田舎だったし、YMCAの企画だからきっといろいろな人種が参加するに違いない、これはきっと面白いぞと思ったのです。

しかし、ツアーの旅程表の最後にはドリアンブッフェと書いてあってやや躊躇しました。

人間誰しも不得手なことや苦手のものがあるのは当たり前のことかと思いますが、私の場合、その一つが果物の王様と称されるドリアンなんです。マレーシアはちょうど今がフルーツシーズン、街にはドリアン売りの屋台があちらこちらに出ています。でもmy better halfはもちろんのこと、私もやっぱりあの臭いがダメで、なるべく避けて通るようにしてますし、スーパーマーケットでもドリアン売り場の周囲には近づかないようにしています。

でもローカルの人たち、いや、当地の多くの日本人からも、あんなに美味しいものはないよって、何度も聞かされるものだから、どうも懐疑的ながら、いつかは美味しいドリアンに巡り会うのかも知れないと思ってみたり、いつまでもみんなが美味しいと評するものに背を向けてはいられないと考えたりしてました。これも郷に入れば郷に従えの類なのかも知れないし、今度チャンスがあったら再チャレンジしてみようと思っていたのです。

なのでしばらく考えて、よしチャレンジだ、そう決断しました。

でもこのツアー、まさかYMCA老人会のツアーだとは知りませんでした。それに気付いたのはなんと当日朝です。YMCAのレセプションに集まった面々を見るうちなんとなく不安が過ぎりました。面々がみな中華系のお年寄りなのです。中には私と同年代かあるいは少々若いかと思う人もいるにはいるのですが、ほとんどがジジババ軍団です。

側の怖い顔をしたオバサンに恐る恐る尋ねてみると、今日はシニアクラブのバスツアーだよ、って教えてくれて、アンタも参加するのかい、へぇーっ?って不思議そうな顔をされてしまいました。

え、えーっ、なんだ老人会のツアーだったなんて、知らなかったよぉ。しかもみーんなチャイナだよ。周りから聞こえてくる騒々しい中国語の中で、これ一体どうしてくれんだよって思いましたがもう完全手遅れです。

正直言うと私の苦手なものは、ドリアンの他はこの中国語と韓国語なんです。いや、話すことができないとか、聞くことができないと言う類の苦手ではなくて、側で話されるとムシズが走ると言う苦手なんです。何言ってるのかさっぱり分からないことは、これはしょうがないのですが、側に他人がいても気遣いすることなく無遠慮に大声で話すし、それになんと言っても態度やマナーが悪い。

と言うことで、要するに中国語を話す人、韓国語を話す人が大の苦手なのですが、今日はよりによってそんな中国語のジジババ会だよ。いや参ったなぁ、トンデモナイツアーに参加しちゃったなぁと独り嘆いていました。

YMCA前です。バスは大型の観光バス、同行する企画担当の女史に聞いたところ、本日の参加者は44名、うち老人会から41名、日本人1人、インド系マレー人2人だそうです。

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ほとんどがお年寄りだから、前の席から順番に座っていって、最後に一番後の席だけが残りました。そこに私とインディアンカップル、そして、これは最後には本当にありがたいと思った、とっても世話好きな中華系のオバサンが座りました。

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でも、こっちのバス↑って、なんでこんなに内装が派手派手なんだろう、私たち日本人の感覚からすると落ち着かないというか、眩暈がするほどド派手な色合いと色彩なんです。こっちって、こんな観光バスがフツーなんですよ。

朝8時にKLのブリックフィールズを出発した観光バスは、バツーケーブの東にあるゴンバック料金所からE8の高速道路に入り、一路ベントンに向かいます。ベントン↓とは、KL中心部から約80km北北東、ゲンティンハイランドの裏側(東側)に位置する山間の町です。

途中、ツアーガイドの男性(この方も中華系)が、これは感心するほどしゃべりっぱなしです。それが、今英語で話していたと思うと、いつのまにかマンダリンに切り替っていたり、また突然英語に戻ったり、またまたマンダリンになったりで目まぐるしいテンポで言語が変わるのです。

恐らく、本人には言語を切り換えているという意識がないのだと思いますが、中国語がまったく解らない私と隣の席のインディアンカップルにとってはいい迷惑です。

しかしその他のマジョリティのみなさんは、これで問題ないのでしょうかね。いや、ガイドさんのバイリンガリズムのことです。誰一人文句も言わないところをみると、みなさん、年齢に関係なくバイリンガルなんでしょうね。

でも多勢に無勢、思わぬところで人種のマイノリティの悲哀を噛み締めながらじっと耐えていたところ、そんな雰囲気を察したのか、隣のオバサンがガイドさんの中国語部分の英語同時通訳を始めてくれたのです。

いや、これには本当に感謝です。その後ツアー終了までずっとそれを続けてくれて、お陰でガイドさんの面白おかしい話も良く理解できました。

そしてほぼ予定どおり、出発から約1時間半でベントン到着です。

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旅程表では朝市に行くことになっていて、私はそれをとても楽しみにしていたのですが、朝市に近づくに連れて車が押し合いへし合いのノロノロ状態となり、ようやく市場の前に着いたと思ったら交通整理のお巡りさんに邪魔だからあっちに行けと指示されてしまったのです。

ガイドさんによれば、もっと向こうに行けばバスを停めるところがあるからと言う説明だったのに、行けども行けどもバスは停まれない。ついに諦めたらしく、ここでみんな降りてご飯食べてきて、と言ってすれ違いもできないような狭い道路の真ん中でバスは停車、みんな降り始めたのですがジジババ軍団ゆえに動作がのろい、杖をついたり手を引かれる老人もいて、時間だけはたっぷりとかかります。

そんなバスの後にはいつの間にか長蛇の車列。でもバスは道の真ん中で長時間の立ち往生、往来を堂々塞いで遠慮なし。あぁそうか、これがチャイナ式のマナーかと思いましたね。でも、そんな私も今日はチャイナの一員、でも穴があったら入りたい、そんな気分でした。

あーぁ、朝市でなんか美味しいもの食べたかったのに、、と思っていたら、、ほら、あそこにビッグハウスがあるでしょ、あそこで朝ごはん食べなさい、だと。。なにぃ、どこがビッグハウスだよ、なんて悪態つきながら見てみると、ビッグハウスって名前のレストランだったんだ。。

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まだ10時前だと言うのにこの人出はなに?って思う。でも良く考えたら今日は日曜日だし不思議なことでもないか。。で、この人たちみんな中華系なんだね。そっか、今はラマダン中だからマレー系が居る訳ないよね。でもインド系もいないから、ひょっとしたらこのベントンって町は中華系の町かも。。

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そんなことを思いながらウロウロしてたら、老人会のジジババの一人に、これ食べなさい、これ美味しいからっていうビーフヌードルをやや強制的に薦められて食べました。でも、はっきり言って美味しくなかったです。ヌードルも不味かったし、ビーフって言っても、私がイメージする牛肉ではなく、牛の胃袋とかの内臓そのままだし、ゴム食ってるようで決して美味しくない。

だけど隣で、ちょっと怖い顔のババが、美味しいだろ、美味しいだろってしつこく言うものだから、泣きそうになりながらも、全部食べました。スープも全部飲めなんて、無理言うもんだから、これも全部飲み干しました。

あー、恐怖の朝食タイムでした。いやいや今日のバスツアーって、ジジババ監視付きだよ、これじゃあこの先が思い遣られるぞと、改めて泣きたくなったひねくれ団塊チャレンジャーなのでした。

さて、ベントンの町を離れてバスはさらに北上します。次なる目標は飛び切り美味しい豆腐工場とこれも絶対美味しいピーナツ工場だそうです。でもこれは周りのジジババ情報ですから、私は決して信用していません。

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上↑のバスに注目です。なんか昭和にスリップしたような風景だと思いませんか。つい懐かしくなるラウブのバスセンターです。

そして、ここが豆腐工場のある村です。この↓立て看板も昭和の郷愁を誘う、そんなレトロな感じがたまりませんね。

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村の小路をジジババ軍団と共にのろのろ歩きます。見えて来ました、国旗が立ってるあそこ↓が村の豆腐工場だそうです。

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私たちの前にも大勢の人たちが工場の中にいます。工場と言ってもせいぜい10坪ほどの狭い、そしてむさ苦しいところなのですが、はて、ここの何が良いのでしょうか。

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中に入ってみたところ、これも昔見たことがあるような、ないようなレトロな雰囲気の豆腐工場です。それにしてもここの何が良いのか、私には皆目分かりません。

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工場内はこれこのとおり、身動きもできないような状態です。皆、先を争って買い込んでいましたが、私にはまだ何がなんだか分かりません。

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私だけ知らん振りをするのも嫌なので、財布を握り締めて、さも、買うぞって雰囲気でいたとこら、後ろにいたジジに、これ買えと指さされました。それがこれです。なんだこれ?スーパーで売ってるヨントーフーとかスチームボートに入れる油揚げじゃないか。。

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薦められるままに、一袋(12個ほど入って4リンギ)買いました。一晩冷蔵庫に置いた後翌日の夕飯で食べてみましたが、まぁ可もなく不可もなくと言うところでしょうか。私はこんなものより、日本のホントに美味しい豆腐を冷奴で食べたい。こっちのスーパーでは、日式豆腐の名で、似て非なるものを売ってはいるのですが、賞味期限が数ヶ月も先だったりするし、食べてもあまり美味しいとは思わないのです。

ジジババ情報によると、KLからわざわざ買いに来る人もいるそうで、とても美味しいと評判なのだそうな。そう何度も言われても、やっぱり私にはそうは思えませんでしたけど、軍団の中には、手に持てないほど買い込んだ人も大勢いましたね。

↓バスの最後席の私の隣でマイノリティの悲哀を共に嫌と言うほど味わったインディアンカップルです。マイノリティ同士ひっそりと肩寄せあったお陰ですっかり仲良くなりました。(私とカップルが、と言う意味です)

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オレンジのシャツが今回のツアーガイドさんです。聞いたところ、7ヶ国語をほぼ同じレベルで話せるそうです。普段、何語で考えるているの?と尋ねたら何語で考えているのかは特に意識していないが多分マンダリンか英語かなと言うことでした。

しかし、バイリンガリズムとかトリリンガリズムって、そういうものなんでしょうか。特に意識することなくマルチの言語で考え、意識することなくマルチの言語が口をついて出てくるのですね。英語脳も中国語脳も並列状態にあると言うことなのかも知れませんね。

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↑左の女性はYMCAの企画担当、その後は彼女の妹さんです。ジジババ軍団の中に介添が必要なオオババが一人いるのでそのための介添人として連れてきたとのことでした。

そして、次なるところはピーナツ工場、と言ってもこれフツーの村のお店ですね。いやぁ、ここも繁盛してること・・・

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それにしてもみなさん良く買いますね。そう言う私もここではビールのおつまみにと少しピーナツを買いましたけどね。

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↓車窓からの眺めです。おー、マレーカンポンハウスじゃないですか、これいい。でも良く見たらちょっと右に傾いているような。。

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はい、この方↓が老人会の大御所さんです。バスに乗車した際、握手を求められ自己紹介を強要されました。私の名前はトーサンだ、おトーサンではないぞ、と笑いながら仰いましたがほんのちょっぴり日本語ワードも解る御年85歳の会長さんだそうです。

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↑その後、このトーサンとガイドさんが代わる代わるにマイクを持って、土地の説明や風景の説明などしてくれましたが、なんとこの会長さんも英語と中国語のごちゃ混ぜなんです。でも声には張りがあるし冗談ばかり飛ばす随分元気の良いオオジジでした。

さて、バスは次なる目標の昼食レストランに向かっているのだろうと思ったら、どうもそうではなさそうです。ガイドさん曰く、今朝出がけにドリアンファーム(バスツアーの最後の立ち寄り先)に電話したら、今日はシンガポールの団体客がバス7台で来ることになった、とのことだった。シンガポーリアンはみな大食いなので、彼らに先を越されたら、私たちが食べるドリアンがなくなってしまうから、予定を変更して今からドリアンファームに向かう、と言うことでした。

え、なんだ今、ドリアンファームに向かっているんだ?と独り言を言ったら、隣の通訳オバサンがいろいろ補足の説明をしてくれます。そうなのよ、あの人たち(シンガポーリアンのこと)ってちっとも他人に気遣いしないのよ、自分さえ良ければって感じなのよね。マナーは悪いし食べ方は汚いし、大っ嫌い!今日は絶対、あの人たちの先越してドリアンファームのドリアン全部食べ尽くしてしまおうね、って、、とんでもないことを仰る。で、アンタもドリアン、もちろん大好きでしょ?だからこのツアーに参加したんでしょ?私たち、このドリアン食べ放題ツアー、ずっと前から楽しみにしてたんだから。。。

えっ?これって、ドリアン食べ放題ツアーなんですか?なんだアンタ知らなかったの?みんなドリアンが大好きで死ぬほど食べたい人たちなんだよって・・・・・。おいおい、これドリアンがメインのツアーだったんだ。知らなかったよぉ。で、でも、まぁいっか。。何事もチャレンジだし、と腹を括る私です。

さぁ、どうやらドリアンファームに着いたようです。でも、バスの前の方でガイドさんやトーサンやその他のオバハンたちがなにやらざわついています。なんだなんだと良く見ると、前方には大型観光バスがずらり。。

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こ、これって、シンガポールの団体?隣の通訳オバサン曰く、どうやらそのようね、だと。。私にはちっとも区別がつきませんが、どうやらオバサンたちには、シンガポーリアンと自分たちチャイニーズマレーシアンとの見分けがつくようです。なんと、先を越すはずのシンガポーリアンにその先を越されてしまったのですね。悔しがるジジババ軍団ですが仕方がありません。

時計を見ると午後1時半、ファームのまん前にバスは停まり、ガイドとトーサンから"しばらく待て"のサインです。

窓から下を見ると、いるわいるわ、大勢のシンガポーリアンが盛んにドリアンをパクついています。ほら、見なさいよ、あんな食べ方して汚いでしょ、だからシンガポーリアンって嫌いなのよ、でも中国本土から来るチャイニーズはもっと嫌いだけどね、だと。。

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え?そう?そうなの?本土の中国人って嫌いなの?でも、なんで?と思わず突っ込み入れてしまう私です。そしたら、そんな会話が周りにも聞こえたらしく、前の席のオバハンたちやもその隣の席のジジババも参戦してきて、本土の中国人大嫌い討論会になりました。

内容については少々他言が憚られるようなこともありましたのでここでの詳述は控えますが、結論は、同じ中華DNAであっても育ちが違うのよねー、でした。

しかし、この後もバスの中で随分待たされました。40分ほど経って、ようやくシンガポーリアンの団体が去った後、トーサンから"下車よし"の指示。いよいよ私たちチャイニーズマレーシアンのジジババ軍団+インディアン2人と日本人1人グループの出番です。結構広いトタン屋根つきの土間みたいなところに、大きな古い木製のテーブルが何台か置いてあり、ファームの作業員みたいな男の人が次から次にドリアンを割って手渡してくれます。

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ムサンキング、漢字で書くと猫山王、これが一番美味いのだそうです。ガイドさんとトーサンの説明では、濃い黄色、クリーミィ、良い香り、蕩ける甘さ、ちょっとビター(苦い)、そして種が小さいのが特徴だそうです。良い香りだなんて、これが良い香りなの?うん、確かに街のスーパーに比べれば臭いが柔らかいと言うか、きつくないです。でもぉ、、、

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側で見ていると、我がジジババ軍団もシンガポーリアンに負けず劣らず迫力の一気食いです。

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皆先を争い、息もつかずにひたすら頬張ります。さっき、盛んにシンガポーリアンの食べ方が汚いって罵っていたオバハンたちだって、私が見たところとても上品とは言い難いのですけど・・・・

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じっと見ていたら、何みてんのよ、ほらアンタもいっぱい食べなさいって、世話好きオバサンが次から次に手渡してくれるものだから、食べないわけにもいかず、思い切って頬張りました。うっ、むせかえるような独特の匂い、で、でも美味い、いつか食べたものよりずっと美味い。

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いやぁ、食べました。ほら、ムサンキングの食べ放題です。

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こんな濃い黄色のドリアン、20個以上も食べました。私の新記録です。食べていたら周りのニオイもだんだん気にならなくなりましたが、食べすぎのドリアンゲップはちょっといただけないかも。でも、今日のチャレンジ、ひょっとして成功したかも知れません。苦手のドリアン、皆で食べれば怖くないって感じでしょうか。でもまだ独りで買って食べたいとは思いませんけどね。

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1時間ほどでしたが、みなさんゲップが出るほどの食べまくりで大満足のようでした。いくらご老人と言っても食欲だけはあるのですね。でもお陰で、バスの車内はジジババのゲップでまるで死のガス室状態だっただろうと思います。でも、負けずに私もゲップを車内に撒き散らしていましたので、大して気にはなりませんでした。

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これ↑がドリアンの木です。こんな大きなドリアンの実が熟したらひとりでに落ちてくるそうです。頭に当たってら死ぬよぉってジジババに脅されました。死ぬと言えば、アンタ、あんだけドリアン食べたんだから、今晩は絶対お酒飲んだらダメだからね、死ぬからね、と顔が憎たらしいしわくちゃババに脅されました。

なんだあいつ、絶対やっちゃダメと諭されたら余計にやりたくなると言うオレのとんでもチャレンジ精神を知らねーな。なんだ、ドリアンとアルコールってなんか化学反応でも起こすのか?そんなの科学的な根拠があるのか?よっし、だったら今夜絶対試してみよっか、と密かに思うひねくれ団塊なのでした。

さて、ドリアンが終わり、次はどこかと尋ねたら、次はまたベントンに戻り、アーリィディナーだって。。え、だって今ドリアン食い放題食べたばかりなのに、もう夕食かよ。。。。

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ベントンの町に戻ってきました。時計はまもなく4時半だけど、ディナーにはまだちょっと早いからと言うことで界隈を散策することにしました。でも陽もまだ高く暑いです。なので、隣の通訳オバサンとその他数名のジジババと連れ立ってアイスクリーム屋さんに行きました。ここ↓はベントンでは有名なお店だそうです。

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しかし、見て下さい、こんなにぎっしりのお客さんです。空いてるテーブルなんかありません。あー、こんなんじゃ座れないよ、無理だよ、と日本人なら直ぐに諦めるところですが、今日は中華DNAジジババ軍団です。あっと言う間に見事に席を確保しました。どうしたかと言うとまばらに座ってる人たちを寄せて動かし、自分たちのテーブルを強引に確保したのです。見事と言うほかありません。

いやぁ、なんと便利なジジババ軍団なんだろ。オレ、この人たちに弟子入りしちゃおかな、、、なんて、ハハ、これは冗談冗談。。

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↓これが評判のアイスクリームだそうです。いや、バニラアイスクリームと小豆が上にのっかってるカキ氷ですね。コーンものってますけどこっちはコレがフツーなんです。でも確かに美味しい、ちょっと炎天下を歩いて身体が火照っていただけに余計美味しく感じましたけど、これで5.5リンギ(約180円)は高いのか安いのか、うーん安いと言うべきでしょうね。

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さあ、みなさん5時半です、ディナータイムになりました。ここが本日のツアー最後のイベント(?)のディナー会場です。はぁ?この汚い店?これがディナー会場?いやはや恐れ入谷の鬼子母神です。日本人のツアーだったら絶対あり得ない店構えですよ。

日本人だったら個人でも絶対敬遠しますよね。でも、だから本当に美味しい店を探せないのかも知れない。今日はなんでもチャレンジだしいい勉強だよ。

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ん、でも2階に上がったら、なんだ意外に綺麗じゃん。階下の入り口があんまりみすぼらしかったから、なんだこんなところと思ったけど、これは大変失礼しました。

早速我がテーブルの面々で記念撮影です。筆者(最右)の左隣が会長のトーサン、そしてその後ろがありがたい世話好き通訳オバサンです。でも、この会長さん、いつも私の側に来ていろいろ話しかけてきます。今度絶対うちのクラブに入りなさい、と最後に約束させられそうになりましたが、なんとか言葉を濁してやんわりとお断りしました。

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総勢50名弱の軍団でしたから、テーブルが5つほど、私が最後のお礼にと言葉を交わしながら順に写真を撮って回ると、いろんな面々に腕を取られ、まぁここに座れと言って長居させられそうになりました。酒を酌み交わすのならお付き合いしたいけど、お茶だけでジジババのお話にお付き合いするのはキツイかなと思いやんわりとお断りしました。でも総じてみなさん良い方ばかりですね。

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中には、現役時代はエアラインのパイロットだった、日本航空(JAL)にも10年ほど勤め、B747に乗っていたなどと言う方もいて驚きましたが、さらにその方の奥様も、今は主婦してるけどリタイアする前はATC(航空管制)だったなんて仰ったのでまたまた驚きです。もちろんその後は、パイロットだったご主人を含め、大いに話が盛り上がったことは言うまでもありません。

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そして、バス最後列の3人です。インディアンカップルと優しい世話好きオバサン。ヨーガくんとはメルアド交換したり大分世代が違うけどなかなかの好青年で私との話題もぴったりでした。隣の女性は、実は嫁さんでも彼女でもなく、なんと実の妹さんなのだそうです。え、えーっ、カップルじゃなかったのぉ、ってチョット驚きましたが、これホントかなぁ。兄妹にしては仲が良すぎるような・・・・

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そしてその右が、世話好きオバサンのシャロンさんです。私やヨーガくんたちの世話をかいがいしくしてくれて、本当に感謝です。聞いたところ特にそのつもりはなかったけど、偶然最後列に座っちゃったから、とのことでした。

トーサンやシャロンさん、そして企画担当のジニーさん、その他、今度一緒にラインダンスしようって盛んに誘ってくる怖い顔のババや皺くちゃのジジババたち、みんなみんないい方ばかりで、終わってみればとっても楽しい充実のバスツアーでした。

ベントンやラウブの町では、期待したような美しい景色はあまり見れなかったけど。なんと言っても今まで大の苦手だったドリアンに再挑戦できたこと、そして苦手が大好きに激変はしそうもないけど、まぁ、なんとか克服できたかも知れないことが大きな成果だったと思います。

さらに今までは、周りの中国語に耳が拒否反応を示し、これも大の苦手の一つだったのに、今回は計らずも一日中その真っ只中に身を置いて、次第に耳が慣れたこと、そして特に、私たちは本土のチャイニーズとは姿かたちは似ていても中身がまったく違うのよ、と言って憚らなかった怖い顔のババたち。そんな愛すべきジジババたちを知ったことは私の内なる進歩にきっと繋がる、そう確信しました。ありがとう、クアラルンプールYMCA老人会、いやシニアシチズンズクラブのみなさん。

追記(2015.7.16 20:00):当日の夜、例のドリアンとアルコールの化学反応が実際に体内で起こるかどうかの人体実験にトライしてみました。ツアー中、ババに"飲んだら死ぬよ"などと脅されたものだから、恐る恐る、缶ビールをゆっくりと胃に流し込んで、なにか変化が起きるかどうか試してみました。でも別に何の変化もありませんでした。流石にそれでもカールスバーグ2本でその日は止めときましたが、身体が少し火照ってくるとかあったら面白かったのになんの変化もなかったです、ハイ。。。

ではまた、、


みなさん、おはようございます。今、朝です、朝の3時半です。どうも最近は私の体内時計が完全に狂ってしまったようで、眠い時に寝て、目覚めたら起きて何かする。こんな出鱈目な生活になって久しいのですが、かつての私がそうだったように(※)共に暮らす身になれば、これほど迷惑な存在は他にないだろうと思います。※以前、しばらく実家で老父と暮らしていたのですが、当時の父は今の私とまったく同じ出鱈目パターンで本当に迷惑してました。(笑)

さて、突然話は変わりますけど、ブログって、毎回の題材探しが結構大変なんですよ。だから、寝て起きて、頭が冴える今なんですよ、題材考えたり、書いたりするのは・・・・と言いつつ、今、一生懸命考えながらキーボードを叩いています。

それでも私の場合は平均すると週一のペースなので、まだまだ楽な方かも知れません。中には毎日、いや毎日どころか日に何度も書いている方も大勢おられますので、まったくもってご苦労なことだと思います。それにしても毎日書くって、大変ですよね。きっと寝ても覚めてもブログのことばかりなんでしょうね。私には到底無理です。

週一のペースでもこんなに苦労しているのにと思いますけど。もっとも私のブログは、一回のボリュームを減らして内容をもっと軽めのものにすれば、さほど苦にはならないのかも知れませんが、私には私のこだわりがあるんですよね。

私の場合、タイトルこそ日記ですけど、単なる日記風ではなくエッセイ風に書きたい、しかもちょっと濃い目の短編の読み物風に仕上げたいなどと、小難しいことを考えているんですけど、これって自分で自分の頚を絞めているようなものですね。(笑)

先日、何のためにキナバル山に登るのか?と誰かに問われましたがこれとて同じことです。誰に強制されたわけでもなく自ら望んで苦しいことや辛いことに挑み、それを自からの努力で達成できた時に得られる無常の喜び、達成感、これですよ、これ。

なーんちゃってね、でも、今日は最初から鼻息を荒くするつもりは毛頭ありませんのでご心配なく。。(笑)

さて、今、イスラム世界は年に一度のラマダン月の真っ只中ですが、思い起こしてみれば、昨年も、一昨年もラマダン関連のスピリチュアルなムービー作品を何本か紹介しましたよね。

なので、今年もそれを恒例にしようと、ユーチューブやソーシャルメディアなどの動画サイトを今まで懸命に探し廻っていたのですが、ようやくこれはと思ういくつかの作品を発見しました。今日は、そんな中から私が選んだショートフィルムベスト2を紹介してみたいと思います。



では先ず、ショートフィルムのベスト2からお送りします。

私は、↓この作品を何気に見ているうち、なにかとても不思議な感覚に包まれました。この感覚は一体なんなのだろうかと頚を傾げながら何度も繰り返して見ているうち、その登場人物やストーリィ、そして後半に流れるスローテンポのテーマソングに私は不思議に心を打たれたのです。

まぁ、百聞は一見に如かずです。ちょっと長いムービー(約8分)ですが最後までご覧下さい。(今日紹介するムービーはすべてHD画質ですので、是非大きな画面でどうぞ)



見終えてから、この作品のことをちょっと調べてみました。これは、昨今なにかと話題のMAS(マレーシア航空)が制作したショートフィルムですが、この5月24日に発表されたそうです。発表後1週間で100万回を超えるビューがあったということで、その人気振りが際立っています。

ストーリィはご覧になってお分かりのとおり、ロンドンとマレーシアに離れて暮らすヤングカップルの遠距離愛と家族愛のお話です。でも、これが単なる作り話かと言うと、実はそうではなく実在の人物の実話だというから凄いのです。

以下は、The Malaysian Women's Weeklyと言うマレーシアの女性週刊誌に掲載された記事(2015.5.31)の抜粋です。

Are the “leads” in this film, Aadil and Athirah, a real-life couple?
このフィルムの主役のアディル(男性)とアシラ(女性)は実在のカップルか?

“Yes they are. Aadil Marzani Samsuddin is as an engineer based in London, UK, while Nik Nurul Athirah is a doctor at Hospital Kuala Krai, in Kota Bharu, Kelantan.
そのとおり。アディル・マルザニ・サムスディンはロンドンをベースとするエンジニア、ニク・ヌルル・アシラはマレーシア、クランタン州のコタバル市にあるクアラ・クライ病院の医師だ。

Why is the film called #lundangtonewcastle?
なぜ、このフィルムは#lundangtonewcastleと呼ばれているのか?

”Athirah lives in Kota Bharu (which is the Malay translation of ‘Newcastle’) while Aadil lives in London (which Kelantanese jokingly refer to as ‘Lundang’). The focus of the story is on how this couple’s love remains strong despite the long distance, and how social media has become a bridge between the couple.”
アシラはコタバル(マレー語でNew Castleの意)に住んでいる。一方のアディルはロンドン(クランタン州の人たちは冗談でLundangと言う※)に住んでいる。ストーリィの焦点は、このカップルの愛は長距離でありながらどうして強く保たれているのか、またソーシャルメディアがいかにしてこのカップルの架け橋になり得るのか、と言うことだ。(※訳者註:コタバルにはルンダン(Lundang)と言う地名がある)

At one point in the film, Aadil says the first time he met Athirah was when he had to pick her up at the airport. Was that really their first meeting?
フィルムの一場面で、アディルがアシラと初めて会ったのは、彼が彼女を空港に出迎えた時と言っているが、本当にこれが初めての顔合わせだったのか?

“The two first met on Facebook through a circle of friends when Aadil was working in Malaysia for three months. At the time, Athirah was studying medicine in Dublin, Ireland. So the first time they met face-to-face was when Athirah came back for a semester break, and Aadil had offered to pick her up at KLIA.”
二人が知り合ったのは、フェイスブックの友達サークルを通じてだ。アディルがマレーシアで3ヶ月間働いていた時のことだったが、その時、アシラはアイルランドのダブリンで薬学を学んでいた。なので彼らの初顔合わせは、アシラが学期休みで(マレーシアに)帰国した際にアディルがKLIA(クアラルンプール国際空港)に彼女を出迎えに行った時のことだった。

When are the couple getting married – and where will they call home?
カップルはいつ結婚するのか、そして彼らはどこをhomeと呼ぶのか(どこに住むのか)?

“They are getting married in August this year, but in terms of where they will call ‘home’, we didn’t want to ask such specific questions to respect the couple’s privacy. Plus, we always strive to engage our audience with our content, and leave that answer open-ended: ‘What is your idea of home?’
彼らはこの8月に結婚する。しかし彼らがどこをhomeと呼ぶのか(どこに住むのか)については、カップルのプライバシーを尊重して、そのような具体的な質問はしたくなかったので知らない。それに加えて、我々は、常に内容で聴衆を惹きつけるように努めているし(訳者註:フィルムの内容で勝負すると言うこと)、その中で、あなたのhomeに対する考え方はなにか?と言うことを皆さんに問いかけてオープンのエンディングとした。



いや驚きましたね。そして、このヤングカップルだけでなく、登場するご両親も青年の友達も皆実在のご本人たちなのだそうです。さらに驚くべきは一切台本なしで、それぞれが自分の言葉で録ったという。そうだとすれば実にいい仕上がりだと思いませんか。うーん、だからでしょうか。このムービーには本物の魅力と言うか、観る者を包み込む不思議な感覚があるような気がします。

しかし、このアディル青年は爽やかですね。最初はなかなか感じの良い役者さんだなーと思っていたのですが、フィルムのエンディングで役者さんではなく当の本人と知って驚きです。

そして、アシラという名の清々しくとても可愛い彼女、本物の若い女医さんと知ってこれまた驚きです。さらに実に味わいのあるご両親の言葉、将来二人がどこに住んで欲しいか、とのインタビューに応えて、イギリスのロンドンではなくクランタンのロンドン(Lundang)だと近くて良いのにと笑って仰った、これも良かった、そう思います。

さらに補足で説明したいと思いますが、アディル青年はマレーシアからイギリスに移住したご両親の間にロンドンで生まれたロンドン育ち、現在は本人がロンドン、彼のご両親はイギリスのニューカッスルと言うところにお住まいだそうです。

一方のアシラさんですが、マレーシア東海岸のコタバルにご両親とお住まいです。コタバルは英語に訳すとニューカッスル、この縁がなんとも可笑しいですよね、LondonとLundangもそうですけど。こんな背景が判るとストーリィの全体をさらに良く理解できますので、ぜひもう一度どうぞ。(笑)

で、ムービーの後半に流れているテーマソングですけど、こんな旋律の曲って、実は私好みなんですよね。何度も聴くうち、ムービーだといちいち操作が面倒なので、絶対アラカルトでもある筈と思って探してみたら、やはりありました。↓これです。



歌っているのは、Aizat Amdanと言うマレーシアのプロ歌手です。最初はフィルムの主役の男性か?と思いましたが良く見れば全然違いますね。ご参考までに以下にこの歌のマレー語の歌詞とその英訳文を載せておきます。



Angau - Theme for Malaysia Airlines #lundangtonewcastle Campaign

Melangut di sempadan
Sempadan langit senja
Senja memanggil riang
Riang ketawa si dayang

Terlukis laut
Lautan kisah
Kisah terpaut
Dipaut gadis indah

Baiduri
Selamkan sunyi
Ooh, petik silam yang sirna
Cambahkan di singgahsana
Igauan mekar
Angau ku mekar

Terpana si perjaka
Dibuai ayu ratna
Gemalai sambut nyawa
Soldadu yang terluka

Andai intan
Bimbang tercalar
Kan aku simpan
Dalam dakapan buana

Baiduri
Selamkan sunyi
Ooh, petik girang yang sirna
Hias pada mata suria

Bidadari
Hanyutkan sunyi
Ooh, petik hening berwarna
Ukiri satu purnama

Baiduri
Hanyutkan sepi
Ooh, petik silam yang pudar
Cambahkan di singgahsana
Igauan mekar
Angau ku mekar

Angau ku mekar
Angau ku mekar



そして、これ↓は上記のマレー語歌詞の英訳版です。

Wondering in the horizon
In the horizon of the sunset sky
The sunset beckons merrily
The merry laughter of a maiden

A sea is painted
with an ocean of tales
A tale that is linked
linked to a beautiful maiden

Baiduri ( Malay for gemstone Opal )
Please drown away the silence
Ooh, Choose a past that has gone
And nurture it on my throne
My dream blossoms
My enamoured love blossoms

The stunned beau
Swayed by the maiden's soft beauty
Gracefully reaching out for the soul
of the soldier who is hurt

If a raw diamond
is worried that it will be cut
Then I will keep it
safe in the embrace of this world

Baiduri ( Opal )
Please drown away the silence
Ooh, Choose the happiness that is gone
And let it decorate the sun

Baiduri ( Opal )
Please drown away the silence
Please carry away the silence
Ooh, Choose the colorful calm silence
and carve a beautiful full moon

Baiduri(Opal)
Please carry away the silence
Ooh, Choose a faded past
And nurture it on my throne
My dream blossoms
My enamoured love blossoms

My enamoured love blossoms
My enamoured love blossoms



さて、ここまでちょっと長くなってしまいましたが、いよいよベストワンの登場です。

もちろんこれも、スポンサー企業のコマーシャルとこの時期(ラマダン)の道徳教育を兼ねたムービーです。どのムービーを見ても内容は毎年似たり寄ったりというか、家族愛とか隣人愛とかそう言う類のものばかりで、先が見えたりする時もあるのですが、どうも私はこの手のものに弱いんですよね。

このムービー、前のムービーよりも長い11分ものですが、どうぞ最後までご覧下さい。



いかがでしたでしょうか。なぜ、これが私の選ぶ今年のベストワンかと言うと、泣けてくるムービーだからベストワンなんです。

その表情や仕草がとても可愛いい小学生の女の子と担任女性教師との心のふれあい、感動の場面もありましたしね。いつもの作り話ムービーだとは分かっていても、もともと涙腺の緩い私は思わず泣けてきて涙がとまりませんでした。だから、こっちがベストワンなんです。(特にこの女の子は、私が目に入れても痛くないと思う私の孫娘と同い年ぐらいで、顔やその仕草もなんとなく似てるような気がするのでなおさらです)

しかし今年も思いましたが、現代日本では徐々に希薄になってきたとされる家族愛や隣人愛など、こんなショートフィルムは、今の日本にこそ必要なのかも知れませんね。

以上、今日は私が選んだマレーシア最新のベストなショートフィルムを2本+1本(おまけ)、お届けしてみました。

では、また。。


また今日も、この国のメディア報道からちょっと気になる話題を取り上げてみたいと思います。

最近、新聞紙面などで良くドレスコード(DRESS CODE)と言うワードを目にします。実はこのワードを私が気にし始めたのは、先月(6月)初旬にシンガポールで開催された東南アジア競技大会(SEA Games)に出場し、マレーシアに2個の金メダルをもたらした女子体操選手の競技服装が、ソーシャルメディア上で喧々諤々の議論に発展していることを知った時からです。

21歳の女子体操選手のファラ・アン・アブドル・ハジさんは、そのSEAゲームズで、大変優秀な成績を納めたにもかかわらず、その競技服装がムスリムの戒律に反しているとの厳しい批判にさらされたのです。

↓そのファラ・アン・アブドル・ハジ選手です。

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この写真のほかにも、インターネット上には数多くの彼女の写真がアップされていて誰でも容易に見ることができるのですが、なかなかの美人で国民的人気もあるようです。

この国のイスラム教指導者たちが眉を潜めて非難する"彼女の露出度の高い服装"とはどんなものかと、早速チェックしてみましたが、なに普通の競技服装じゃないですか。

しかも彼ら(宗教指導者たち)の彼女(ファラ選手)に対する非難の言葉は辛らつかつ下品(読み手にそう感じさせます)です。もちろん、それに対してソーシャルメディア上で彼女を擁護する声も一気に高まりましたが、私はそんな議論を知り、こんなことは日本など、イスラム教国以外の国ではあり得ないことだと思い、あらためてムスリムの方達の戒律(ムスリムの生活全般の規則)の厳しさに思いを致しました。

しかし、その後、この件に関するローカルメディアの記事をいくつかチェックしましたが、中には彼女の写真の腰の部分にモザイクをかけて良く見えなくしている写真も掲載されていて、こんなことしたら逆に変だよ、と思ってしまいました。だって、モザイクを入れて隠されたら、人間(特に男性?)の本能として隠されている部分を覗いてみたくなるじゃないですか。(笑)

世に氾濫しているその手の写真じゃあるまいし、清々しい女子体操競技選手の競技写真にモザイクをいれるなんて、ちょっとおかしいでしょ。。

ところで、体操競技のことは分かりましたが、じゃ、水泳競技はどうなんですかね。水泳の女子選手の水着にもそんなチェックが入るのでしょうか。まさか、ムスリム専用のあの水着を着なさいとでも言うのでしょうか。あんな水着を着たら絶対いい結果を出せる筈がない。だって頭のフードもそうだし手足もロングでなおかつ身体の線が見えないようダブダブの水着、あんなんじゃ水の抵抗が大き過ぎて勝負になりませんよ。

でも、そうか、水泳のマレーシア代表選手って、だからほとんど中華系(一部インド系?)なのか、そっか、きっとそうなんですね。ハハーン、これでまたひとつ謎が解けました。(ムスリム専用水着を着て泳いでいる水泳選手なんて見たことがないですもんね)



さて、この女子体操選手の服装議論に触発されたのかどうか、最近、やたらとドレスコードに関する記事が目立ちます。

私は、このドレスコード、特に気にしてもいなかったのですが、そう言えば、以前ハリラヤの王宮オープンデーの時に、たまたま現地(王宮前広場)で知り合った日本の男性が、その服装(半ズボン)のため王宮内に入れてもらえないとぼやいていたこと、そして、私のマレー語クラスメートの髯のINUさんとどこかの官庁ビルに行った時に、庁舎入り口で、やはりその半ズボン姿を咎められ、彼だけが中に入れてもらえなかったことなどを思い出しました。

私たち日本人は特に、外国人である私たちにはムスリムの戒律など関係ないだろうと思いがちですが、決してそうではありません。サウジアラビアほど厳しくはないようですが、この国も歴としたイスラム教国です。なので、ムスリムはもちろんのこと、非ムスリムの国民や外国人であっても、マレーシアの国内に居る限りはイスラムの戒律に影響されることもある訳です。

例えばモスクです。モスクに入る時には女性はヘッドスカーフ(※トドンと言います。以前このブログでも書いたヒジャブと言うのはヘッドスカーフを含むムスリム用のカバークロース全体のことを指すようです)を被り、手足首までのロングスリーブとロングパンツまたはスカートの着用が求められます。男性であっても特に短パンなどはダメで、ロングパンツでなければなりません。しかしこのことは旅行社を通じて旅行客などにも広く知れ渡っているし、各モスクにおいてはフードつきのローブを無料で貸し出してくれるところが多いため、特に問題ではありません。

ところがモスク以外の場所でもそのようなドレスコードが適用されているところも意外に多いのです。

ドレスコードと言うのは、つまり服装規定です。日本人の私たちのドレスコードと言えば、学校や会社やホテルの服装規定、または観劇やパーティやセレモニーの際の服装規定ぐらいしか思い当たりませんが、ここイスラム教国におけるドレスコードはさらに広範囲に適用されるのです。

私が最近、日本語を教えに行く際に車を停めているメダン・マラの受付横にはこんなドレスコードに関するサインボードが目を惹きます。

↓メダン・マラ(MARA※)の受付横のサインボードです。

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※MARAはMajlis Amanah Rakyat、英語名は Indigenous People's Trust Council、つまりマレー系先住民族のための教育・互助・支援施設です。私が日本語コーチとして通っているPertama Complexの隣のビルです。

↓ここがマラのエントランスですが、この直ぐ横とその他の計3ヶ所にドレスコードのサインボードがあります。

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そして厄介なのは、そのドレスコードを適用する対象をムスリムに限定していないということです。

もっともこの施設はマレー系の方々の専用施設のようなところですから、ムスリム以外の方が訪れることがないのかも知れませんが、非ムスリムの私たちが、何らかの用事があってここを訪問する際には要注意です。

ちなみに、女性はヘッドスカーフを被る他、ノースリーブはダメ、ショートパンツはダメ、膝小僧が見えるようなショートスカートはダメ、サンダルはダメとあります。また、男性もノースリーブ、ショートパンツ、サンダルはダメ、そして擦り切れたズボンもダメとあります。



先日、スターオンラインのこんな記事を目にしました。

Denied entry over dressing

The Star Online
July 3, 2015

KUALA lUMPUR: I went to the Defence Ministry (Mindef) in Ampang to cover a pre­sentation of Hari Raya goodies to the armed forces by the Prime Minister’s wife, an event that was also attended by the Defence Minister and his deputy.
I was dressed in a simple black-and-white piece with short sleeves and a hemline that ended just above my knees.
Despite what I thought to be decent attire, I was denied entry at the guardhouse.
At the counter to register my vehicle, an official told me to step back several times.
I took a few small steps back until he told me: “Please step back further, I need to see what you are wearing.”
He then said I would not be allowed in because my knees were showing.
I protested by saying that I had covered Mindef events before, wearing both casual clothes such as T-shirts as well as in similar dresses, but the protest was to no avail.
I also told him that I was a reporter and needed to get in to cover the event. He and a female staff member said they would check with the officials inside the building.
They returned to say there was no response and instructed me to sit down and wait.
At this point, another military policeman politely “assessed” my outfit, saying that I had violated the dress code.
I said there should be consistency when enforcing the dress code, not as and when they like.
As I didn’t want to miss my assignment, I went to retrieve a long skirt that was kept in my car for precisely this reason – overzealous dress code enforcers.
Then another officer remarked: “See, Miss, you look nice like this as well.”
I found the comment unprofessional.
I later raised the issue with the deputy minister, who laughed it off.
I couldn’t help thinking: if people meant to defend the nation can become so distracted by a pair of kneecaps, then our country is in trouble.

↑これは、要するにザ・スター社の記者である女性が、取材のために訪れた国防省施設のエントランスで、ドレスコードに違反しているという理由で立ち入りを許可されなかったという記事です。

女性の当初の服装は↓この左の写真だそうです。確かに膝小僧は見えていますがまあごく普通の見苦しくない服装ですよね。

wartawan star dilarang
The long and short of the matter: Reporter Tashny was denied entry at the guardhouse until she covered up with a long skirt.

ガードハウスで押し問答したが埒が明かず、結局、こう言うときのために車に積んでいるロングスカートを身につけて入庁したのだ、と言う内容です。

後で、このことを国防省の副大臣に物申したところ一笑に付されてしまった、と言うことで、最後に「国防の任に当たる人たちが、こんな膝小僧のことにムキになるなんて馬鹿げている。こんなことで国の護りは大丈夫なの?」と痛烈な皮肉で記事を締め括っています。



そう言えば、この記事を目にする前、先月(6月)の下旬のことですが、KLIAの遺失手荷物交付所(the Lost and Found baggage area)に短パンにサンダル履きで入ろうとした男性客が、空港係員に入室を制止されて悶着になった、と言うニュースも読みました。

しかしこれについては、後ほど空港管理会社(MAHB)から当の男性客に、係員の誤解によるもので申し訳なかったとの謝罪があったとも報じられていました。

この記事には、最近のドレスコードの適用にまつわるニュースがさらに複数掲載されていて、どうやら、この国のドレスコードに対する考え方が変わるかも知れない、そんな一般国民の関心と言うか、機運が高まってきているようですね。

そして、極め付きは↓このニュースです。

After dress code furore, Dr M says Malaysia acting like Saudi Arabia
ドレスコードの大騒ぎの後、マレーシアはサウジアラビアのようだ、とマハティール元首相

MALAYSIAN INSIDER
25 June 2015

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Malaysia is now sliding backwards and is acting like Saudi Arabia in its zeal to impose a dress code on the public, Tun Dr Mahathir Mohamed said today.
マレーシアは今や時代に遡行している。厳格なドレスコードを一般市民にまで押し付けるなんてまるでサウジアラビアのようだ、と今日、マハティール元首相は述べた。

He said it was a person's right to wear shorts in public, and, "as long as they aren't naked", they should be allowed to enter a government building or hospital.
人前で短パンをはくことは人々の権利であるし、裸でない限り、官庁建物や病院に入ることを許されるべきだ。

"In government offices, certainly there is a dress code. But that is an office matter."
官庁には確かにドレスコードがある。しかしそれは官庁の問題だ。

“Public matters are different. We shouldn't be telling others what to do, they aren't Muslim," he told a press conference after a buka puasa event with Perkasa in Kampung Baru, Kuala Lumpur.
He said dress codes in government buildings should only apply to its staff, and not visitors, especially those who are not Muslim.‎

これは一般市民の問題ではない。我々(ムスリム)が為すべきことを、他人(非ムスリム)に強制してはいけない。彼らはイスラム教徒ではないのだ、と彼はカンポンバルでのブカプアサイベント(訳者註:前回記事のIFTARのようなイベント)の後、記者会見で述べた。

"We are now sliding backwards. Soon, not only shorts will be an issue. If a woman leaves a house without a burqa, it will be considered wrong.
我々は今、時代に逆行している。なにもショーツだけが問題ではないが、もし、(イスラムの)女性がブルカなしで外出するならば、それは間違っていると思う。(訳者註:ブルカは女性の全身を覆い隠す衣服でパキスタン、アフガニスタンなどで着用される)

"We are acting like Pakistan, Afghanistan, Saudi Arabia. That's their culture. When we try to turn it into our culture, it becomes a problem."
我々は、パキスタン、アフガニスタン、サウジアラビアのように行動している。それは彼らの文化だ。我々がそれを我々の文化に変えようとすると、それは問題になる。

A Road Transport Department (RTD) guard had caused a storm on social media for ordering a woman who had gone to the department’s Gombak office to wear a sarong. The woman had worn a skirt which ended above her knees.
道路運輸局(RTD)のガードマンが、同局のゴンバック事務所を訪れた女性が膝上丈のスカートを穿いていたため、サロン(訳者註:腰に巻きつける長い丈の布)を着るように命じた、と言うことがソーシャルメディアに嵐(のような議論)を呼んだ。

On June 16, another woman was told to cover her legs before she was allowed into the Sungai Buloh hospital. She was not given a sarong to wear but wrapped herself in a borrowed towel.
6月16日、別の女性が、スンガイブロー病院(訳者註:公立病院)で脚を出さない衣服を着るように告げられたが、サロンの貸し出しを受けられなかったため、タオルを借りて巻きつけた。

About a week later, two women were barred from entering the Selangor government headquarters in Shah Alam for wearing skirts that ended above their knees.
約2週間後、2人の女性がシャーラムのスランゴール州政府庁舎で、膝上丈のスカートを穿いているという理由で入庁を禁止された。

The RTD and hospital have issued apologies to the women involved in the three incidents, after they attracted public scorn including from former ministers.
道路運輸局と病院は、この件に関し一般市民や前大臣などからの非難が出た後、関係する3件の女性に対し謝罪を行った。

This evening, however, the umbrella union of the civil service, Cuepacs, announced that it was giving special recognition to colleagues who had been enforcing the dress code in government departments.
しかしながら今晩、傘下公務員連合(Cuepacs※)は、この件で政府部局内におけるドレスコードの適用に関わった関係職員に対し、特別認定が与えられたと発表した。※State Congress of Union Employees in the Public and Civil Service (Cuepacs)

Cuepacs president Datuk Azih Muda said a certificate of appreciation would be given to the Rela (People's Volunteer Corp) member who told the woman visitor at the Sungai Buloh hospital to cover her legs.
Cuepacs会長は、スンガイブロー病院で、女性客に脚を隠すように告げたPeople's Volunteer Corpd社のボランティアメンバーに(今後)感謝状が与えられるだろうと述べた。

He said a letter of thanks had already been given to the RTD guard at the Gombak office who gave the woman customer a sarong.
彼はまた、ゴンバックのRTD事務所で、訪れた女性客にサロンを貸し与えたガードマンには既に感謝状が贈られていると述べた。.



いかがでしたか?こんなことに感謝状とは、なんと大袈裟なとちょっと驚きましたけど、ムスリムの戒律を護ることがいかにムスリム社会では重要視されているかの証左なのだと思います。

しかし、それにしても少々違和感も禁じ得ませんね。この国がいくらムスリム教国とは言え、同時に他宗教も認める多民族の共生国家です。一方の宗教の生活規範を他宗教の国民や外国人にまで押し付けるのはいかがなものでしょう。

もちろんモスクなどは、ムスリム専用施設であって他宗教の信奉者はあくまでビジターな訳ですから、これはドレスコードを強要されて当たり前、と言うか、寧ろそうでなければならないと思います。

でも、すべての国民や外国人来訪者にも公平であるべき、官公庁の施設や病院などでは、やはりこのムスリムの戒律は限定適用に留めるべきなのだと思います。しかし、上記の記事が示すとおり、ムスリム指導層のそんな意識を変えるのは簡単ではなさそうです。

このKLの雑踏を歩いてみると、人々、特に女性たちの服装が実に多種多様であることに誰もが容易に気付く筈です。中華系や欧米系の若い女性の中には膝上どころかギリギリのミニスカートを穿き、身体の線も露なボディコンの最新流行のおしゃれな衣服に身を包み、これ見よがしに闊歩している様を、特に街の中心部やショッピングモールなどで多く見かけますし、一方ではインド系のサリー姿の女性達、そしてもちろんトドンを被ったマレー系の女性たち、その他真っ黒な目だけのニカブやブルカの女性たちなどなど、実に様々、多種多様です。

このような多種多様な服装が日常化している現状では、最早、官公庁や病院のドレスコードなど不要なのだと、マハティール元首相だけでなく多くの非ムスリムの国民が感じているのだと思いますし、私もそのとおりと思います。

2020年までの先進国入りを目標に掲げるこの国政府が、あと残り少ない年限のうちにいくつの壁を突破できるのか、大いに興味のあるところです。

以上今日は、この国のドレスコードについて考える、でした。

ではまた。。



みなさん、IFTARって言葉をご存知ですか? 

実は私も今回始めて知ったのですが、調べてみると、"Iftar (Arabic: إفطار‎ ifṭār 'breakfast') is the evening meal when Muslims end their daily Ramadan fast at sunset.(Wikipedia)"とあり、アラビア語でラマダン月の日々の断食明けの食事のことを言うのだそうです。

ところでBreakfastって、断食明けの食事のことだったんですね。。。恥ずかしながら知りませんでした。言われてみれば、Break Fasting=断食明け、文字通りの意味ですよね。ところが、英語のbreakfastは夕食ではなくて朝食の意。これもwikiで調べてみましたが、どうやらキリスト教とイスラム教の教義や習慣の違いによるもののようですね。

それはともかく、そんなIFTARのイベントがKL市内で開催される、しかもムスリム以外の外国人も参加大歓迎と言う嬉しいニュースをローカル新聞で読みました。

日時はラマダン月内の毎週土日の夕方、場所はスルタン・アブドゥル・サマド(Sultan Abdul Samad)ビルディング前のジャランラジャ(Jalan Raja)、参加者には無料で食事と飲物が提供される、ただし席に限りがあるので、First come, First served、つまり早い者勝ちだと言うのです。

と言うことで、昨日の土曜日(6月27日)、IFTAR2015@KLに参加してきましたので、今回はそのことを中心にリポートしてみたいと思います。

最近の私の土曜日と言えば、午前から午後にかけてYMCAでマレー語レッスン、それが終わったら、軽い昼食の後夕方までパタマモールで日本語コーチと結構忙しいのですが、異文化を知りたい、可能ならば異文化に溶け込んでみたいと願う私にとってこんなチャンスを逃す手はありません。

↓IFTARの会場となるスルタン・アブドゥル・サマド前のジャランラジャです。通りの右側はムルデカ広場です。この広い通りが、ラマダン期間中の土日夕方から通行止めとなりIFTARの会場になるのだそうです。

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通りのずっと向こうに大勢の人が集まっているのが見えますが、どうやらあそこが会場のようです。でも、まだ時刻は夕方6時半、西日がまともに顔に当たり暑いです。



実はここに来る前、途中のマックでちょっと休んで来たのですが、そこには大勢のムスリムファミリーが所在なげにテーブルにじっと座っていました。↓これって、みなさん断食明けの時間(日没)を待っているのですね。でも、時計をみるとまだ6時前、日没までには随分時間があるんですけど、それまでここでこうやって待つのでしょうか。。

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いやしかし、最初はこのことに気が付かずにちょっと恥ずかしい思いをしました。と言うのは、隣のテーブルの健気な女の子が、私が頬張っていた例の1リンギのバニラアイスをじっと見つめているのに気付き、ようやく、あ、そうか、みなさんまだ断食中なんだと知りました。きっと、なんてKY(空気を読めない)で厚顔なオヤジかと思われたのではなかろうかと思います。

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私の日本語の生徒さんたちも全員ムスリムなので、昨日も尋ねてみたのですが、彼らはムスリム以外の人が(自分たちの断食中に)側で食べているのを見てもまったく平気なんだそうですね。でも、やっぱりこっちにしてみれば、側でじっと見られていると、なんか申し訳ないような、そんな気にはなりませんか?えっ、全然ならない?そうですか、人ってさまざまですから、それもありですよね。



さて、↓こちらはIFTAR会場です。既に大勢の方たちが、路上に長いゴザが敷いてあって、なにやらお弁当が配られている席に着いていました。

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見渡すと殆どがマレーの方たちばかりで、外国人らしき人は皆無です。なので、ちょっと気後れしたので、最後列にいた係りの方に、これって何のイベントですか?なんて、知らばっくれて聞いてみました。すると、熱心にいろいろ教えてくれて、最後にどうぞこちらに、と私を席に案内してくれました。

えっ?私、日本人なんですけど、ムスリムじゃないんですけど・・・参加してもいいんですか?なんて、ここでも殊勝な振りをして、まんまと席取り成功です。

私が案内された席の両隣はそれぞれマレーのファミリーです。特に左側のファミリーには愛想の良い女性陣がたくさんいて、私がちょっと挨拶したら、外国人と思ったらしくいろいろ問いかけてきます。何処から来たの?って聞くから、すかさず例の得意フレーズ、ダリ・カンポン・ジャプン(日本の田舎から来たんです)て答えると、先ず私のマレー語に驚き、そしてカンポンで大笑い、と言うか、大うけです。

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アハハ、日本にカンポン(マレー語で村の意味)はないでしょ?いや、これがあるんですよ・・・などなど、とっても楽しい会話です。こっちは、あらかじめ想定問答を用意していたので、割と楽にマレー語会話もできたし、マレー語に詰まったら、比較的若い女性陣だから、みなさん英語もお上手だし、いろいろ教わったりしながら日没までの時間を過ごしました。

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それぞれの席の前には日本のお花見弁当みたいなものがズラリと並んでいて、飲み物もあるし、これってまるでお花見宴会みたいですね。もちろんアルコールなんてある訳ないですけどね。。

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私って、何を隠そう根っからの食いしん坊だから、↓目の前のお弁当が気になってしようがありません。誰がお金を出しているのか知りませんが、こんな大きなお弁当を無料で大勢に大盤振る舞いですよ。豪気と言うか太っ腹ですね。(後で知ったことですが、このイベントの主催はマレーシア観光文化省とKL市役所観光課だそうで、と言うことはすべて国や市の予算ですね)

日本でこのサイズのお花見弁当だったらきっと2千円はするなぁなんてバカなことを想像したりしてました。でも、中味はまだ見られません。だって誰も中を覗き見るなんてそんなハシタナイことをしてないから、私もじっと我慢してました。

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これ全部でどのぐらいの人数なの?って左の女性陣に聞いたら、1000人かなぁ、いや3000人かなぁ、なんていい加減な返事。でも私が見渡した限りでは2000人ぐらいでしょうか。

さぁ、日も翳ってそろそろ日没が近づいてきたようです。最前列のステージ方向からなにやら音楽か説法みたいなものが流れてきますが、周りの人々の話し声にかき消されて、良く聞こえません。

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左隣のファミリーも右隣のファミリーも、みんなお腹が空いてるらしく、今か今かとその時を待っている様子です。

私は、当然、その時がきたら、誰かが合図して、みんな一斉に食べ始めるのだろうと思っていたのですが、一向にそんな合図もなにも聞こえてきません。

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そのうち、あちこちでお弁当を開けて、いつの間にか、食べ始めている人もいます。あれ、なんの合図もないけど、食べてもいいの?って左隣の女性に尋ねたら、もちろんOKだと言います。あれ?いつもこんな感じなの?って聞いたら、いつもはテレビでアナウンスがあるんだけど・・・・・・・・・

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だけど、今日は良く聞こえないし、時間も時間だから、もう食べてもいいんだよって、教えてくれました。

さぁそれではいよいよお花見弁当ならぬ、マレーシアIFTAR弁当のご開帳です・・・・・・・・・ドキドキ

ジャジャーン、↓これがIFTARのビッグサイズお弁当の中身でーす。

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・・・・・・・・・・・・・・・・・・? ん、あれ?なに?これだけ?さっきお弁当を手に取ってみたらずっしりと重かったので、さぞかしいろいろな料理が入っているのだろうと思ってたのに、なんだあれは水の重さだったのか。

白くて硬いバサバサご飯と、マレー味の鶏肉がひとかけら、真ん中にあるのは一見梅干みたいだけどDatesと呼ばれるドライナツメヤシが2個、そして右側はキャベツの油炒めのような惣菜がほんの少々・・・・・そして飲料水、はい、これだけです。

ちょ、ちょっと待ってね。実はまだあるんですよ、飛び切りのご馳走が。。

はい、↓これです。これがブブ・ランブ(Bubur lambuk)と呼ばれるお粥ですが、これはラマダン特製で大変美味しいのだそうです。これを目当てにはるばる遠くからやって来る人もいるのだそうです。

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あはは、そうですよね、断食明けの食事が豪華なわけがないですよね。私の期待は間違いでした。そっか、断食開けだから胃の負担にならないようにこんな質素な食事なんですね。でも、このブブ・ランブ、見た目はともかく、はい、とても美味しくいただきました。

私は周りを見ながら、お粥を除き、見よう見まねで右手を使って食べようとしたのですが、あの硬い白ご飯は右手でつかんでも指の間からボロボロこぼれ落ちてしまい、なかなか口に運べないのです。左のお隣さんに無理しなくてもいいですよって言われ、お弁当についてきたスプーンとフォークを使って食べましたけど、手で食べるってことも慣れないと難しいのですね。

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写真に撮ると明るく見えますが、実際はもっと暗かったんです。でも、こうやって、大勢で食べたり飲んだりすることって楽しいですね。みなさんの顔も明るいし声も弾んでいます。聞くところによると、KL以外の土地でもこうして一堂に会してIFTARを食べることって普通にあるらしいのですが、これほど大規模なIFTARは珍しいのだそうです。

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だから、一度来てみたかったんですって、はしゃいで言ってた女性陣、最後には、みんなで、ほら、↓こんな素晴らしい笑顔で送ってくれました。一番手前の男性、多分左のご婦人のご主人かと思いますが、あまり話しの輪に入ってこないので無愛想な方かなと思ってました。でも、なんと最後には立ち上がってマレー式のハグ(Memeluk)までしてくれてちょっと驚きました。

で、みなさん、これからどちらに?え?これからみんなでマスジッドジャメ(ジャメモスク)に行ってお祈りするんですって、笑顔で答えてくれました。

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時間はまもなく夜8時。IFTAR開始からまだ30分も経っていないと言うのにあっと言う間に日が暮れましたね。でもこのIFTARイベント、もっとなにかいろいろあるのかと思っていたらこれで終わりなんですね。

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まあ、もっとも聖なるお祈りの場に我々ノンムスリムは立ち入れないのだから、このIFTAR、食べるだけのイベントで仕方がないのかもしれませんね。

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マイク放送で後片付けボランティアを集めているなと思うまもなく、IFTARの会場は見る間に片付いていきます。へえーっと感心してしまいました。

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写真を撮りながら感じたことですが、マレー人ってこんなにテキパキとやれるんですね。まさに彼らがいつも口にするMALAYSIA BOLEH!(マレーシア人はできるんだ!)のスローガンの実践ですね。

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でも、こんなにテキパキとチームワーク良くなんでもできるのに、なぜ車からゴミのポイ捨てするの?なんでドブ掃除しないの?と不思議に思ってしまうのは私だけでしょうかね。

いやそれにしてもこの歴史建造物のスルタン・アブドゥル・サマドビルディングのライトアップは素晴らしい。(これ↓は今朝からこのブログのトップ画像に据えた写真です)

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さてイベント会場を後にして、正面に見えるDBKL(KL市庁舎)を眺めながら、ふと、そうだマスジッドジャメに行って写真を撮って帰ろうと思いつきました。ここからマスジッドジャメはすぐそこなんです。

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これは、HSBC銀行の裏手、クラン川の堤から撮ったマスジッドジャメのライトアップです。実際の見た目はとても素晴らしいのですが、写真に撮ると平面的になり過ぎてちょっと良くないですね。ここは、全体が見渡せていい場所だとはおもうのですが、川があって近くに寄れないのが難点ですね。

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車を停めてあるメナラ・マラまでの道すがら、ナイトバザーを通りました。ここは、いつかもブログで紹介したことのある私のお気に入りのプレイスのひとつです。

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今はラマダン期間と言うこともあり、いつもより人出があるような気がします。

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お、これは私の大好物の牛串焼きじゃないですか。うーん、お腹はさっきのお粥とお弁当でいっぱいの筈なのに、これは別腹のようです。

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我慢できずに一本だけ買って食べましたが、う、甘い。この甘ダレは絶対許せないな、なんていつかも思った同じことをまたまた思ってしまいました。ローカルの人も進化しないけど、私も決して進化しませんからね。(味に関して言ってます)

ローカルにはローカルの味のこだわりがあるでしょうけど、私には私の味のこだわりがあるから相容れないと言うことでしょうか。なら、食べなきゃいいじゃないかって、突っ込み入れないで下さいね。

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ジャラントゥアンクアブドゥルラーマンに出てきました。まもなく夜9時半になろうとしていますが、まだ凄い人混みです。

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そごうデパート前ですが、見て下さい、この雑踏。大道芸人やストリートミュージシャンがいたり、地べたに座り込んでいる老若男女やギャーギャー泣き叫んだり走り回っている子供たちがいたりして、この国マレーシアのラマダン月の夜はまだまだ更けないのでありました。

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いかがでしたでしょうか。今日は、昨日訪れたIFTAR2015@KLとラマダン月の一夜の様子を即興でお届けしてみました。

ではまた。。


地元マレーシアの新聞やテレビを毎日何気に見ていると、やっぱり祖国日本とはちょっと違うなぁと感じることがあります。

それは主に社会面でのことなのですが、殺人事件や死亡事故などの重大事件・事故に関する記事が連日絶えることがありません。日本に比べると随分多いような気がします。(日本の治安の良さが図抜けているのかも知れません。祖国日本の素晴らしさを改めて感じる一面です)

最近では、タイ国との国境付近で例のロヒンギャ人の人身売買の犠牲者たちが大勢遺体で発見されたというニュースや南シナ海でのマレーシア船籍のオイルタンカーハイジャック事件、そして国内での様々な殺傷事件や死亡交通事故などです。

四周を完全に海に囲まれている日本とは異なり、地続きの隣国や海が境とは言え声が届くような目と鼻の先にある隣国から、人も物もそして様々な犯罪も押し寄せてくるのです。そのような環境にありながら、周辺各国よりは比較的治安が良いとされているこの国は、大変良くやっていると言うべきなのかも知れません。

つまり、国や自治体の治安機関は良好に機能し懸命に努力しているのです。そんな中、先日のキナバル山でのヌーディスト事件の件、当初はどうなることかとちょっと冷や冷やしたものでしたが、終わってみれば、至極真っ当な司法判断が下されたと思っています。

地元住民の中には、たった3日の禁固刑など軽すぎると言う人たちも多くいたようですが、当のサバ州のトップが、すぐさま、そんなことはない、今回の事件と判決は、全世界にサバ州の存在を示し、最終的には真っ当な法治国家としての評価を得たのだ、そして世界中の登山客に地元の伝統や慣習に思いを致すことを知らしめた、これで十分なのだ、と教え諭したそうです。

流石です。私はサバ州の住民でもマレーシア国民でもありませんが、なんか非常に誇らしくなりました。この国の歩んでいる道は間違っていない、そう感じています。

さて、そうは言っても、このサバ州のその後のこと、やはり気になります。

特に山を鎮める儀式のことです。その後、いろいろ、特にサバ州のローカルメディアに目を光らせていたところ、KINABALU TODAYと言う、チョーローカルなオンラインメディアの先週土曜日(6月20日)発行分に、儀式の詳細記事を発見しました。

すぐさま、ふんふんナルホドと全文を読み終えましたが、はっきり言って、まぁ、それほど目新しいものはありません。ほとんどが私の想像通りの内容でしたが、なにかの参考にとみなさんにも記事の全文を紹介したいと思います。

なお、記事の訳文はこれまで同様の意訳です。



Communicating with spirits the 'lumai' way; 'posogit' to pacify mountain guardians
ルマイによる精霊との交信と山の神をなだめるポソギットの儀式

KINABALU TODAY
Published on Saturday, 20 June 2015

KUNDASANG: First the bobolian (natives medium or shamans) used a contraption called 'lumai', to communicate with the spirits.Then a ritual (or 'monolob') was carried out to appease the spirits or guardians of Mount Kinabalu, considered sacred to the local natives. Locals called the ceremony as 'posogit' - a sort of atonement via animal sacrifice.
クンダサン発:最初に、ボーボリアン(霊媒師/シャーマン)はルマイと呼ばれる奇妙な仕掛けを用いて山の精霊と交信した。その後、キナバル山の精霊や守護神をなだめるための儀式が執り行われた。山は地元先住民の聖地であり、ポソギットと呼ばれる儀式は山の神に動物の生贄を捧げる贖罪の儀式なのだ。

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Sacrifices of buffaloes were made at the foothills of the sacred mountain just two weeks after an earthquake killed 18 people up there. Villagers living in its vicinity sought to “cool down” the spirits of the mountains
バッファローの生贄(の儀式)は聖なる山の麓で行われた。それは地震が18人の命を奪った日からちょうど2週間後のことであった。周辺の村民(地元先住民)たちは山の精霊の気を静めようとしたのだ。

Deputy Chief Minister Tan Sri Joseph Pairin Kitingan, the Kadazandusun huguan siou (paramount leader), said soon after the earthquake that Mt Kinabalu, had been desecrated by the 10 foreigners who stripped naked on the mountain on May 30. Some of them had even urinated there.
(サバ州)副首相のタン・スリ・ジョセフ・パイリン・キティンガン氏(Tan Sri Joseph Pairin Kitingan)は地震後まもなくこう述べた。キナバル山は5月30日に山で裸になった10人の外国人によって冒とくされた。そのうちの何人かはそこで放尿までしたのだ。

Just a week later, a magnitude 5.9 magnitude on the Richter scale earthquake shook Mt Kinabalu, causing rock and boulder avalanches that killed 18 people, including four mountain guides.
そのちょうど1週後に、マグニチュード5.9の地震がキナバル山を揺るがし、4人の山岳ガイドを含む18人の命を奪う岩石雪崩を引き起こした。

On Saturday, the 'monolob' ritual was carried out simultaneously at the Kinabalu Park in Kundasang and at Mamut (where the old copper mine is loctaed) in Ranau.
土曜日(6月20日)、モノロブ(monorob)の儀式(訳者註:山の神を静める儀式)は、クンダサン(Kundasang)のキナバル公園で、そしてラナウ(Ranau)のマムット(Mamut=銅鉱山の跡地)で同時に執り行われた。

Prior to conducting the ritual at 8.25 am, 'bobolian' (spirit medium) Abas Arinting, 93, from Kampung Bundu Tuhan led 10 elders from the same village and Kampung Kiau to mark the site for the ceremony.
(キナバル公園では)午前8時25分に儀式が執り行われる前、ブンドゥ・トゥハン(Bundu Tuhan)村のボーボリアン(霊媒師)、アバス・アリンティン(Abas Arinting)(93歳)は、同村及びキアウ(Kiau)村から連れてきた10人の長老たちに儀式の場所を選ばせた。

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During the 30-minute ritual in the vicinity of Timpohon, Kinabalu Park, which is the starting point for the ascent to Mt Kinabalu, a buffalo was slaughtered as a sacrifice to the mountain guardians.
キナバル山の登山口であるキナバルパークのテンポハンで行われた30分間の儀式には、1頭のバッファローが山の神への生贄として捧げられた。

The local community believe in the existence of spirits that guard the mountain, and the need to respect them and their role.
地元コミュニティは、山を護る精霊の存在を信じ、精霊やその役割に対する尊敬心が必要だと信じている。

Ceremony coordinator Johnny Ghani described Mt Kinabalu as sacred to the community and though the public could freely have access to it, customs that had been entrenched for generations must be followed.
儀式コーディネーターのジョニー・ガーニ氏(Johnny Ghani)は言う。キナバル山は地域コミュニティにとって神聖な山である。例え誰でもが自由に登ることができたとしても、何世代にも渡って引き継がれてきた慣習には従わなければならない。

Thus any transgression, such as the recent foreign visitors' action to pose nude on Mt Kinabalu was tantamount to desecration or utter disrespect, not only to the mountain guardians but the people that love it.
したがって、いかなる道徳的または宗教的な違反行為、例えば最近の外国人登山客が山で裸になるなどの行為は、山の神のみならず山を崇める人々をも冒涜あるいは完全に軽蔑したことに等しい。

"So in a way, this ritual is to restore our mountain's dignity and particularly pacify the wrath of Mt Kinabalu's guardians and us, for that matter," he said when met after the ceremony.
「ある意味、この儀式は我々の山の尊厳を元に復すること、特にキナバル山の守護神と我々の怒りを静めるためのものだ」と、式典の後に彼はこう述べた。

Only the liver, heart, a portion of the meat and the tip of the animal's nose were taken for the offering. The rest of the meat were cooked for a simple meal for those in attendance including dwellers around Mt Kinabalu.
(バッファローの)肝臓、心臓、一部の肉と鼻の頭だけが切り取られて山の神への生贄として捧げられ、 残りの肉は、キナバル山周辺地元住民などの(儀式)参加者への質素な食事として、料理され提供された。

For Johnny who is also a member of the Mt Kinabalu Advisory Council which arranged the ceremony, the ritual would hopefully restore calm and harmony within the community already devastated by the earthquake at Mt Kinabalu.
この儀式の設定をアレンジしたキナバル山諮問評議会のメンバーでもあるジョニー氏にとって、この儀式はキナバル山地震で失った地元の静けさと調和を取り戻すためのものだった。

A 5.9 magnitude earthquake shook Mt Kinabalu on June 5, killing 18 people and causing extensive damage to certain areas in the vicinity.
マグニチュード5.9の地震は6月5日キナバル山を揺るがし、18名の死者を出し、近隣地域に甚大な被害をもたらした。

Meanwhile, Terrestrial Sabah Parks manager Maipol Spait said the agency was determined to play its part to safeguard the customs, hence its involvement in the ceremony. He said the ritual was also significant as Sabah Parks would be starting work to rehabilitate the mountain trail and other relevant structures damaged in the earthquake.
一方、サバ地域公園管理局管理者のマイポル・スパイト氏(Maipol Spait)は言う、管理局も(地元社会の)慣習を保護する一端を担う、だから儀式にも関わるのだ。彼は述べた、儀式は重要だ、なぜならサバ公園(管理局)は、地震で被害を蒙った登山道その他の関係建屋の復旧作業にかかろうとしているからだ。

The ceremony at the Kinabalu Park saw bobolian or Kadazandusun shaman Abas Rintingan, 93, slaughtering a buffalo near the Timpohon Gate where climbers begin their trek up the mountain.
キナバルパークでの儀式では、ボーボリアン=カダザンドゥサンのシャーマン(霊媒師)であるアバス・リンタンガン氏(93)が登山口のテンポハンゲート近くでバッファローを屠殺するのを見た。

As villagers from nearby Bundu Tuhan and Kampung Kiau held the buffalo down, Abas slit the animal’s throat while chanting ancient prayers, at about 8.20am, with the mountain in clear view.
近隣のブンドゥ・トゥハン村とキアウ村からやって来た先住民がバッファローを押さえつけ、アバス氏が古式に則った呪文を唱えながらバッファローの喉を切り裂いた、それは午前8時20分頃のことだった。山が綺麗に澄んで見えた。

In his hands were a komborongoh (talisman) made up of parts from animals and plants.
彼の手には、動物と植物の一部から作られたコンボロンゴウ(護符のようなもの)があった。

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The media was asked to keep at a certain distance as a mark of respect for the ritual.
(その間)メディアは儀式の尊厳のため一定の距離を保つように求められた。

The ceremony was organised by the Council of Elders of Mount Kinabalu, comprising representatives of the Bundu Tuhan and Kiau.
儀式は、ブンドゥ・トゥハン村とキアウ村の代表者から成るキナバル山長老評議会によって執り行なわれた。

Council coordinator Johnny Ghani said after the buffalo died, parts of it including the tip of its nose, liver, heart and some of its flesh were sliced off and taken by Abas.The shaman brought the animals parts to a location at the base of the mountain that he had earlier chosen.
評議会コーディネーターのジョニー・ガーニ氏は、バッファローの死後、(バッファローの)鼻の頭、肝臓、心臓及びその肉の一部はアバス氏によって切り取られた、と述べた。(その後)シャーマン(訳者註:アバン氏)は先に選定した山の麓のある場所に(バッファローの)生贄を供えた。

“These were the offerings to the mountain spirits,” Johnny said, adding that the other parts of the buffalo were butchered and cooked at the hall in Kinabalu Park, and the food shared among the villagers who came to witness the ritual, also known as po sogit.
これらは山の精霊への捧げものだ。ジョニーは続けて言う。バッファローのその他の部位はキナバルパーク(のホール)で切り分けられ、料理されて、儀式に参加した地元住民に供される、これ(一連の儀式)がポソギットとして知られているものだ。

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“The sharing of the food was to signify the harmony among the people,” he added.
食物を分けあうことは人々の調和を意味している。

“We are hoping that after this ritual, the spirits of the mountain will be cooled down if they are angered by the actions of humans,” Johnny said.
我々はこの儀式の後、人間の行為によって怒った山の精霊が気を静めてくれるものと期待している。

“We hope that any imbalance in nature will be corrected and that things will return to normal on the mountain for safety of climbers, guides and Sabah Parks’ staff,” he said.
我々は、(この儀式によって)自然のいかなる不調和も元に復され、(キナバル)山における登山者やサバ公園の(マウンテン)ガイドたちの安全に関わるすべてが元通りになることを希望している。

Johnny said council also intended to hold another ritual to appease the mountain spirits just before repair works were carried out on the mountain.
ジョニー氏は、評議会は、山の(被害)復旧作業が行われる直前にも山の精霊をなだめる別の儀式を行うつもりだと、述べた。

“We want to ensure that works on Mount Kinabalu are carried out without any problems or hitches,” he added.
我々は、キナバル山での(被害復旧)作業はいかなる問題も障害もない状態で行なわれることを確信したい。

The ethnic Lotud community held similar rituals on Tuesday to appease the mountain spirits.
Kadazandusun Cultural Association executive secretary Benedict Topin said the monolob rituals at both places started at about 8am. Seven buffaloes were to be sacrificed at Mamut, was being organised by villagers from around the area.

先住民族のロータッド(Lotud)コミュニティでは、火曜日(6月16日)に、山の精霊をなだめる同様の儀式を行なった。
カダザンドゥサン文化協会事務局長のベネディクト・トピン氏(Benedict Topin)は、二ヶ所で行われたモノロブの儀式は午前8時頃から開始された、と述べた。(ラナウ地区にある)マムット(Mamut)での生贄のための7頭のバッファローは周辺地域の村民によって供された。

以上、6月20日付けのKINABALU TODAYの記事を紹介しました。



さて、本日はこの他、タイトルにも書いたキナバル山の賛歌を紹介したいと思います。

先ずはこの動画をご覧下さい。



↑この動画は、今回の地震で不幸にも命を落とした若い山岳ガイド、ロビィ・サピンギさんを悼む動画です。特に、やはりキナバル山の山岳ガイドだった彼の父親を慕い敬い、キナバル山の賛歌を歌う父親を側で満足げに眺める彼がとても好印象です。

この中で、父親が歌うキナバル山の賛歌、なんども聴いているうち、私も歌ってみたくなりました。

カラオケバージョンがある筈と思ってグーグってみたところ直ぐにこんな動画を発見しました。



いかがですか?随分単純なメロディーと歌詞で、これなら私にも歌えそうです。

なお、マレー語ですけど歌詞を載せて置きます。いや、これは私自身のためです。(この類のメモは紙に書いてもPC上のどこかにおいても直ぐに無くなってしまうので、当分の間、ここに置いておきます。(歌詞の英訳と日本語訳は後日暇がある時に追記します)

SAYANG KINABALU

Tinggi tinggi Gunung Kinabalu
Tinggi lagi sayang sama kamu
Biru biru hujung Kinabalu
Tengok dari jauh Hati saya rindu

Kinabalu dekat di Kundasang
Banyak sayur boleh pilih pilih
Apa guna pergi luar negeri
Naik Kinabalu Hati saya rindu

Sumandak sumandak pun ramai menunggu
Menari-nari lenggang sumazau
Sekali melihat melepak kulitnya
Saya jatuh cinta

Saya sayang sayang Kinabalu
Kaamatan pesta bulan lima
Sayang sayang kita pergi tamu
Jalan Tamparuli Hati saya rindu

Tinggi tinggi Gunung Kinabalu
Tinggi lagi sayang sama kamu
Biru biru hujung Kinabalu
Tengok dari jauh Hati saya rindu

Kinabalu dekat di Kundasang
Banyak sayur boleh pilih pilih
Apa guna pergi luar negeri
Naik Kinabalu Hati saya rindu

Sanak ragupun pun ramai menunggu
Menari-nari lenggang sumazau
Sekali melihat melepak kulitnya
Saya jatuh cinta

Saya sayang sayang Kinabalu
Kaamatan pesta bulan lima
Sayang sayang kita pergi tamu
Jalan Tamparuli Hati saya rindu

Sayang sayang kita pergi tamu
Jalan Tamparuli Hati saya rindu

以上、本日はこれで終わりです。

ではまた。。

追記(2015.7.2):

以下は、上記のSayang Kinabalu(I Love Kinabalu)のマレー語歌詞の英語版です。

As high as you are Mount Kinabalu
Higher is my love for you
How sky blue the kinabalu peak
Appears from faraway My heart miss you

Kinabalu is close to Kundasang(Name of place)
So many vegetables to choose from
What is the use of going overseas?
My heart miss climbing Kinabalu

Many sumandak(the local girls) are waiting
They are dancing the sumazau(the local dance) so gracefully
Their skin is really fair
And I fall in love

I love love Kinabalu
Kaamatan(Harvest) festival in the month of May
Love love we go guest
My heart miss the road of Tamparuli(Name of place)

As high as you are Mount Kinabalu
Higher is my love for you
How sky blue the kinabalu peak
Appears from faraway My heart miss you

Kinabalu is close to Kundasang
So many vegetables to choose from
What is the use of going overseas?
My heart miss climbing Kinabalu

Many beautiful girls are waiting
They are dancing the sumazau so gracefully
Their skin is really fair
And I fall in love

I love love Kinabalu
Kaamatan festival in the month of May
Love love we go guest
My heart miss the road of Tamparuli

Love love we go guest
My heart miss the road of Tamparuli

なお、これ↓は、歌詞に出てくるSumandak(the local girls)が Sumazau Danceを踊る動画です。是非ご覧下さい。



以上、ご参考までに追加しました。



みなさん、おはようございます。今日は2015年6月18日、木曜日、この国のムスリム(イスラム教徒)の方たちにとって年に一度の神聖なラマダン(断食月)が始まる日です。

早いものでこの国に住んで3回目のラマダンなんですね。ラマダンと言っても私たち非ムスリムの日常生活にはほとんど影響はないのですが、やはり街のレストランなどが日中、異様なほどガラガラに空いているのを見ると、なにかしら感じるところもあります。

私なぞ、毎日の飽食のみが生き甲斐(これはちと大袈裟かも知れませんが)なのに、ムスリムの方たちは、大人も子供も今この瞬間に何を考えているのだろうかと思うと、ほんのちょっぴりですけど、申し訳ないような気がしてしまいます。

しかし、この国に暮らしてみてつくづく感じていますが、多民族、異教徒同士が共に暮らすことって、これは大変なことですよね。

1MALAYSIA(サトゥマレーシア)の合言葉の下、マレー系も中華系もインド系もそしてその他様々な人たちが、これほど上手く仲良く暮らしている国、マレーシア、今更ながら素晴らしいと思います。

ところで今日の本題は、実はこの話題ではありません。

サバ州の地震リポートのつづきでもありません。あ、そうそう、サバ州地震と言えば、例の裸んぼグループの四人ですけど、コタキナバルの裁判所で、たった3日の禁固刑と5000リンギ(約17万円弱)の罰金刑が言い渡され、即日国外追放されたそうですね。

正直なところ、私はこれである意味ほっとしました。最長3ヶ月の禁固刑もありうるなどと内外のメディアが騒いでいたようですが、いくら周りがいきり立っていても、この国の司法はまだまだ冷静だった。ペナン島でのマレー人ヌーディストに対する前例もあったそうなので、極めて妥当な司法判断だったと思います。



このサバ州地震とキナバル山のことについては、またいつか取り上げたいと思いますが、今日はこれとはまったく異なる話題です。

タイトルに書きましたように、ここKLの道路情報電光表示板のことです。

KL市内外を車で走っていると、あちらこちらに大きな電光表示板を目にしますよね。

そうです、↓これです。

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しかしこの電光表示板を見て下さい、真っ黒でなんにも表示されていません。私はずっと以前にも、このブログでこのことを書いたのですが、KLのあちこちの表示板、長い間ずーっとこんな状態が続いていて、ようやく最近ちらほらとなんか表示されているものが出てきたものの、まだまだほとんど大部分が真っ黒のまんまです。

私が2012年末にこちらに来た当初は、まだ様々な文言が多くの表示板に表示されていました。ただ、その当時の私はマレー語がまったく読めなかったので、意味がさっぱり分からずなんの役にも立っていなかったのですが、この道路情報表示板、なぜかまもなくなにも表示されなくなり、それ以来相当年月が経つのにずっと真っ黒の状態が続いていました。

最初は、なにかシステム的なトラブルでも発生したのだろうと思ってましたが、それから半年経っても1年経ってもずっとそのまんま。一体これはどうしたことだろうととても不思議でなりませんでした。

ところがつい最近になってようやく、一部の表示板に簡単な文言が表示されるようになっていることに気付いたのですが、まだまだ大半の表示板は真っ黒のままです。

それに、時々なにか表示される表示板の文言も↓これこのとおり。

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これ読んでみると、渋滞を避けるよう計画的にドライブして下さい、みたいな文言です。なんですか、これ?

こんなこと、誰に言われなくとも分かっとるワイ、と言いたくなりますよ。何年間も真っ黒のまんまで、久しぶり、いやホントに久方ぶりに電光表示が灯ったと言うのに、肝心の渋滞に関する情報ではなくて、渋滞を避けてドライブして下さいなんて、これ絶対可笑しいですよね。それとも、まだ運用試験中?

でも、たまには↓このように一見まともに機能している(?)表示板もあるんですね。ほんの一部だけですけど。

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↑これ、「スルタンイスマイル通り及びキナバル通り方面渋滞中」と言う意味の表示ですが、その方面はいつも慢性的に渋滞しているところで、KL市民ならば誰もが知ってることなので、別に特段教えてもらわなくてもいいような、あんまり意味のない情報ですね。

それはともかくこの表示板、なぜかマレー語表示だけなので、マレー語を読めない人にとっては何の役にも立ちません。

私はマレー語特訓のお陰でなんとか読めるようになりましたので、いろいろな情報が表示されていればとても重宝するのですが、きっと他の日本人の方たち、いや英語圏の方たちでもマレー語が読めなければなんの価値もないでしょうね。

冒頭、この国では1MALAYSIAの合言葉の下に、多民族が仲良く暮らしていてとても素晴らしいと書きましたが、これはいただけませんね。いくらマレー語が国語だからと言っても、マレー語に加えて中国語もタミール語も、そしてもちろん英語での表示もなければせっかく市民の税金を投入して導入した高額な情報システムが泣きますよ。

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↑これ、ITIS DBKLとありますでしょう?

そう、これって、KL市役所が管理・管轄しているIntegrated Transport Information System’s VMS (variable message sign) boards つまり統合輸送情報システムのうちのVMSと言う各種情報表示板なのです。一般的にはITISと呼ばれています。

調べてみると、これは、予測される交通量の増加と交通混雑に対処するために、KL市役所が2002年に、約3億リンギを投入して導入した最新型の道路交通情報収集・処理・提供システムなのだそうですが、スタートしてまもなく機能不全に陥ってしまいました。

それはなぜかと言うと、a target for vandals.つまり道路上に設置されたVMSの配線ケーブル(銅線ケーブル)などが盗賊どもの格好の餌食となって引っこ抜かれ、あっと言う間に故障してしまったというのです。

いやはや凄いというか、流石にここは日本ではないなとあらためて感じてしまいますが、それからと言うもの、DBKLと盗賊どものイタチごっこが始まり、なかなか思うような結果が出ない。(と、一部のメディアに書いてありましたが、これ本当ですかね?)

いろいろなところにCCDカメラを設置して盗難予防などに躍起になっているものの、警察官やセキュリティガードが駆けつけるまでに悠々と逃げられてしまったり、敵もさるもの、顔をみられないようにフルヘルメットを被ったりしているのでなかなか犯人を捕まえられない。

そうこうしているうちに、導入以来ほとんど役に立たないままどんどん期間が経ってしまいましたが、このことに関しては以前からKL市民の間にはいろいろな不満があったようです。それは私が不思議に思っていたことに合致するのですが、最近いくつかのメディアがこのことを記事に取り上げました。



ザ・ラヤットポスト(The rakyat post)、2015年6月1日の記事です。

ITIS – useful or a waste of time and money?
ITIS-使いものになるのか、それとも時間と金の無駄なのか?

DRIVE on most roads in the city and one can hardly miss the Integrated Transport Information System’s VMS (variable message sign) boards or better known as ITIS.
What it is aimed at doing is improving the planning and traffic flow in the city by gathering, sharing and making available accurate and up-to-date traffic information to road users to help ease their traffic woes in the Klang Valley.

市内の多くの道路をドライブすると、ITISとして良く知られている統合輸送情報システムのVMS(各種情報電光表示板)をよく見かけます。これは、クランバレー地区(KL市内及びその近郊地域)における交通混雑緩和のために交通情報を収集・処理して正確でリアルタイムの交通情報を道路利用者に提供するためのものです。

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The information it usually displays on its boards include road congestion in the hope that road users would use this information to avoid problem areas and take alternate routes to reach their destinations “easier, faster and safer”.
情報表示板に表示される情報は、道路利用者に問題のエリアを回避し「より簡単に、より速く、より安全に」目的地に着くための代替ルートを選択してもらうための渋滞情報などが含まれています。

(中略)

On April 8 last year, it was reported that ITIS will be back on track after an open tender was called to improve the system. It quoted the assurance of City Hall mayor Datuk Seri Ahmad Phesal Talib that the new, improved version would be more cost-effective, efficient and will be able to keep pace with rapidly changing technological advances.
昨年4月8日、(DBKLで)システム改善のための一般入札が行われた後、KL市長は費用対効果が良く、効率的かつ最新技術にも適う新バージョンのITISがまもなく軌道に乗るだろうと述べた。

Under a new tender that was awarded last year, the system is integrated with some 140 VMS boards and 255 cameras that include Close Circuit Television (CCTV) and Automatic Incident Detection System (AID) throughout the Klang Valley. The system will receive, analyse and evaluate the data before disseminating information to road users on which routes to take or avoid.
昨年行われた新入札結果の下、ITIS1システムは、クランバレー内の(道路上の)140台のVMS(情報表示板)と、CCTVを含む255台のカメラ、そしてAID(自動事故探知システム)が統合されます。システムは、ユーザーにそれを提供する前に、どの道路を選択すべきか回避すべきか、データを受信・解析そして評価します。

So how is it going so far? A drive around the city would surely prove that this system is back on track. Most of the VMS boards are fully operational.
それで、これまではどうですか?(順調ですか?)市内周辺でのドライブはこのシステムが軌道に乗ったことを確かに証明しています。そして大部分のVMSは完全に運用可能となっています。(訳者注:この記事が出た6月1日頃には私もそう感じていましたが、しかしそれはほんの一時のみで、すぐにまた元通りのダメVMSに戻ってしまいました)



この後この記事は、VMSが何年かぶりに軌道に乗ったと言う前提で書き進められていますが、前述したように実際はこの後直ぐにまた軌道から外れてしまったようにも見えますので、何をか言わんやです。しかし、この記事は、軌道には乗ったようだが、表示される情報には不要なものが多く、真に必要とする情報がない、これではドブに金を捨てているものではないかと痛烈な批判を展開しています。

私もこれはまさにその通りだと思います。

たくさんのお金をかけて不要な情報しか出てこなければ誰でも怒りますよ。何が原因なのか、誰が悪いのか知りませんが、もう10年以上も前に導入されたシステムがちっとも役に立っていない。

盗賊が金目のケーブルを引っこ抜いて売り払うなどは言語道断ですが、警察や自治体がそんなことも防げないなんてとても信じられませんね。システムの運用開始の遅れや機能不全がの原因が、それだけとは思いませんが、いずれにしても感心するのはKL市民の寛容さです。

これがもし日本だったら、メディアが取り上げ、市民が騒ぎ、当然関係組織の長の責任問題にまでとっくに発展してますね。

記事はさらに続きます。



Information that is expected, therefore, is the approximate time it would take with this traffic congestion and better still, possible alternate routes that road users can take, just like in Singapore and Australia.
したがって、(この場合に)期待される情報は、シンガポールやオーストラリアのように、この交通渋滞でかかるおよその時間とユーザーが選択できるより良い静かな(空いている)代替ルートなのです。

Malaysians, for sure, just don’t want to know that there is a traffic jam on our roads. This is a given in a place like the Klang Valley. So why state the obvious?
マレーシア人は、間違いなく、自分が通る道路が渋滞しているなんて知りたくもないのです。そんなことはクラン・バレー地区では当たり前のことです。そんなことを(誰でも知っていることを)なぜ情報として提供するのでしょう?

What is expected, for something costing that eventually cost RM365 million, one would at least expect traffic information similar to that provided by Waze, a the world’s largest community-based traffic and navigation app. This app really helps road users as it could immediately calculates an approximate time of arriving while pointing out traffic areas and providing alternatives.
結局は3億6500万リンギ(約120億円)もの大金を費やしたものに、何が期待されているかと言うと、世界最大のコミュニティをベースとするWazeと言う交通・誘導アプリが提供するような情報なのです。このアプリ(Waze)は、道路使用者を真に助けるために、到着予想時刻を直ちに計算し、交通(渋滞)地域を指し示し、そして代替のルートを提供するのです。

These ITIS updates seem to work better on Twitter. If this is indeed so, then the authorities should do away with these VMS boards as it does not make anyone’s life better. It is just a total waste. A cooperation of some kind with Waze would also be an option to make the system a lot more effective and efficient. This would truly benefit road users.
ITISの最新バージョンは、ツイッター上でより良く機能するようです。もしこれが本当ならば、権威機関(KL市役所)はVMSを廃止すべきです。なぜなら、VMSは人々の暮らしにちっとも役に立たないのだから、結局は無駄なのです。Wazeとのある種の協力構築はシステム(ITIS)をより効果的で効率的にするオプションでもあるのです。 これは、本当に道路利用者の利益に適っています。

And as far as the boards are concerned, see advertising on it and possibly then, the investment can be recovered. At least it wouldn’t be another white elephant in Malaysia.
そして、電光情報表示版ですが、これは(商品の)宣伝広告に使いましょう。(笑)そうすればきっと元は取り返せます。少なくとも、マレーシアにおける二頭目の白い象にはならないでしょう。(訳者註:White Elephantとはやっかいもの、と言う意味ですが、マレーシアの一頭目の白い象が何かは存じていません)

But then again, who seems to be interested in actually improving traffic congestion in the country? At a time like this, RM365 million does not sound like a lot of money wasted…
しかしまた、この国の交通渋滞を本当に改善しようとする人は一体誰なのでしょうか?こんな風に一度に3億6500万リンギ(約120億円)も使うことは大金の無駄遣いではないらしい・・・・(訳者註:これは多分痛烈な皮肉でしょうね)



いや、驚きましたね。しかし、この記事は鋭いところを衝いていますよ。KL市役所の担当者が読んだらどう思いますかね。

しかし、このラヤットポストの記事からたった9日後の6月10日、今度はスターオンラインなどの複数のメディアが、なんとも、あっと驚く驚愕のニュース記事を配信しました。

とにかく、その概要を以下に紹介したいと思います。



ザ・スターオンライン(The Star Online)、2015年6月10日の記事です。

ITIS to be incorporated into navigation app
ITIS、ナビゲーションアプリと合体か

KUALA Lumpur City Hall (DBKL) is planning to incorporate the Integrated Transportation Information System (ITIS) into the traffic and navigation application, Waze, to address traffic congestion in the city.
KL市役所(DBKL)は、都市の交通渋滞緩和のため、統合輸送情報システム(ITIS)を、交通・ナビゲーションのアプリ(Waze)と合体させることを計画しています。

↓Wazeアプリの画面です。

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Urban Transportation Department director Dr Leong Siew Mun said the plan was still being discussed.
“Hopefully by mid-next year, ITIS will be incorporated into Waze.
“This will allow Waze app users to see real-time traffic images and plan their journey.
“By using both ITIS and Waze, we will be able to pin-point the locations of any accidents or incidents that cause traffic congestions.

都市運輸局長のDr Leong Siew Munは、計画はまだ議論中であるがと述べ、「恐らく来年中頃までには、ITISはWazeと合体することになる。このことは、Wazeアプリ・ユーザーに、リアルタイムの交通渋滞画像を見ながら、彼らの移動を計画することを可能するものだ。ITISとWazeを用いて、我々は、交通渋滞を引き起こすいかなる事故または事件の位置も正確に指し示すことができるようになる。」

“We can then broadcast to ITIS’ Special Unit Response Team and the police, for them, to take immediate action,” he said during a visit to the Transport Management Centre (TMC) with Kuala Lumpur mayor Datuk Seri Ahmad Phesal Talib and several other MPs.
「我々はそれから、ITISの特別対応チームと警察に対し、直ぐに対応措置を取るよう指令することができる。」とKL市長Datuk Seri Ahmad Phesal Talib及び数人の市会議員とともに輸送管理センター(TMC)を訪れた際に述べました。

(以下略)



いやはや、ラヤットポストの記事のとおりに事が進みそうで、なんとも驚きました。でも、多分このことは今に始まったことではなく、相当以前から関係者間で議論されていたのではないでしょうか。そうでないとすれば、余りに短絡的ですよね。

しかしこのWazeなるアプリ、私は使っていない(そもそもスマホを持っていない)ので良く分からないのですが、随分便利な代物のようです。ほとんどカーナビ専用機材(ガーミンナビなど)と遜色ないとのこと、いや、遜色ないどころか、ユーザー参加型のアプリなので、ユーザーの多い都市部などでは情報がとにかく速いなどの大きな利点があるようです。

このWazeにITISが合体されると言うことは、CCTVなどのITISの画像情報収集端末がすべてWazeのネットワークに組み込まれるということでしょうから、Wazeにとってみればこれは最強のタッグとなるのでしょう。

もちろん、ITISにとってもVMSへの情報表示がより早くそしてより詳細になるということなのでしょうが、現在のVMSは表示が文字のみなのでここはやはり限界があるのでしょうね。日本道路交通情報センターのような簡易図形表示などもできれば良いと思ってしまいますけどね。

まぁ私は、だからと言ってわざわざこのためにスマホを持とうとはまだ考えていません。現状でも特に不自由は感じていませんので、しばらくはガーミンナビ一本で行きますが、今現在月極め契約(ポストペイド)のスマホをお持ちの方は今後を見据えて早めにWazeに切り替えた方が有利なのかもしれませんね。(プリペイドだとデータのDL制限などの関係でWazeアプリは少々厳しいのだそうです)

以上、今日はKLの七不思議のひとつかも知れない道路情報電光表示板のことについて書いてみました。

ではまた。。



先週の金曜日(6月5日)、ボルネオ島のサバ州で発生した地震から今日で1週間が経ちました。

結局この地震では18名もの犠牲者を出し、現在まだ僅かな余震が続いていると言う状況で、キナバル山を含むキナバルパーク全体が立ち入り禁止となっています。

ただし、キナバルパークの立ち入り禁止=キナバル山の登山禁止は、今のところ3週間とのことで、私の今年9月の登山計画への影響はなさそうです。

キナバル山の登山道やレストハウスなど様々な関係施設に大きな被害が出たと言うのに、たった3週間で復旧予定とはちょっと意外な気がしますが、マウンテンガイドを始め、多くのキナバルパーク関係者の生計などのことも考えてのことなのでしょうね。

しかし私は、今回の地震に関するマレーシア国内外メディアの報道を見たり・聴いたり・読んだりしていて、我が日本のそれとは随分違うなぁと少々違和感を感じることもありましたので、今日はそのことを取り上げてみたいと思います。

我が日本列島では、ほぼ毎日地震が発生(※)しています。なので、気象庁や各自治体等の関係機関の観測態勢も各メディアの報道態勢も相当に整備されていて、地震が発生した時の報道の素早さ、正確さは見事なほどです。(※今年は、5月末現在、日本全国で震度1以上の地震が観測されなかった日は、たった3日しかありません。=揺れる日本列島=)

ところが、めったに大きな地震が発生しないこの国の状況は、我が日本とは大きく異なります。日本に比べれば極めて貧弱な地震観測態勢の中、今回の内外各メディアの当初の地震報道はかなり錯綜していました。

しかし日を追うごとに、各メディアによる報道は徐々に落ち着きを取り戻し、被害情報などの数値データもだんだん整合が取れてきました。国民=読者/視聴者の関心も、当初は客観的な被害状況の詳報などにあったようですが、その後は徐々に悲喜こもごもの、いわば三面記事的なことがらに移って行ったようです。

今回地震では、犠牲者の半数がシンガポールから登山ツアーにやってきた小学生だったこともあって、メディアの報道も、後半はかなりそのことに紙面を割いていたような気がします。

もちろん、メディアによってその内容や程度は異なります。各社の報道姿勢の違いによるものなのでしょうが、近年、台頭してきたオンラインメディアの中には、まるで週刊誌の記事のような内容のものまであって、読み手としては関心を惹かれるのですが、公共性の高いメディアとしてはいかがなものかとも感じています。

以下、今回の地震報道で、特に目に付いた記事を時系列で紹介してみたいと思います。なお、記事は大きく分けて、英雄探しと悪者探しに区分されるようですが、どちらかと言うと悪者探しの記事のほうが、読み手に好まれるのかどうか、多いような気がします。今日は、その後者のほうの紹介です。

最初にお断りしておきますが、原文(英文)の後の日本文は翻訳文ではありません。記事の概要(大意)に私の意見を付け加えたものです。



Sabah quake: Tribal priest wants 10 buffalo from nude tourists 

サバ地震:部族の祈祷師、ヌードの登山客はバッファローを10頭差し出せ

THE SATR ONLINE June 7, 2015 20:06 MYT

To appease the mountain protector, the 10 western tourists who stripped and urinated on Mount Kinabalu should be fined 10 head of buffalo, according to local customs, says Sabah's chief tribal priest known as Bobolian.
The Bobolian, Tindarama Aman Sirom Simbuna, said on Sunday that the tourists' actions had angered the spirits and guardians of the mountain, which brought about Friday's quake in their rage.
"According to local beliefs, the spirit of the mountain is very angry," he said.
He said the victims of this anger were innocent people who had nothing to do with the indecent behaviour of the tourists.
"The tourists who angered the guardian of the mountain should pay for their mistakes by giving sogit.
"This fine, called sogit in the native tongue, should be in the form of 10 male or female buffaloes," said Tindarama Aman.

これは5月末に、キナバル山頂付近で裸になって放尿し、その写真をインターネット上に投稿した西洋人の男女10名に対する先住民族の祈祷師の言葉です。(祈祷師はBobolianとして知られ崇められています。)

BOBOLIAN COMMUNITY

祈祷師は、この西洋人の不埒な行為が山の精霊と守護神を怒らせ地震となった、この西洋人たちは山の怒りを鎮めるために、先住民族の間ではソギットと呼ばれている生贄、1人1頭ずつ計10頭の野牛の頚を差し出せと言っている、とのスターオンラインの記事です。

BOBOLIAN COMMUNITY02

祈祷師とか、精霊とか、生贄とか、野牛の頚とかは、日本メディアの記事ではなかなか目にしないワードですが、流石に先住民族を始め多民族が共に暮らすマレーシアならではのこと、と思いました。これは違和感ではなくて単になるほどなと感心した記事です。



Sabah quake: Civil servant arrested for insulting Facebook post

サバ地震:公務員、フェイスブックで侮辱したとして逮捕さる

THE STAR ONLINE June 8, 2015 12:39 MYT

A 22-year-old civil servant was arrested for mocking the people of Sabah following the June 5 earthquake that killed 18, including climbers and guides.
The man had posted "kene gempa bumi bru nk kecoh ... Standard la negeri penuh sociality ... pub ... night club trbanyak di malaysia" (only after there's an earthquate this state is taking action ... the standard of this state is too social, it has the most pubs and nightclubs in Malaysia. Now want to shake so much. God has shaken it up. Why afraid now?" in his Facebook account on June 6.
City police chief Assist Comm M. Chandra said the man was arrested at about 9pm, less than 12 hours after a police report was lodged against him.
"We seized a handphone and two Sim cards from the suspect and have recorded his statement for the investigations," he said.
ACP Chandra said they would forward the case to the deputy public prosecutor as soon as possible for further action.

次の記事は、22歳の公務員が、この国では地震が起きてから大騒ぎしてるけど、街にはパブやナイトクラブが溢れてるじゃないか、もっと大いに揺らせてやれ、神の仕業だよ、何を恐れているんだよ、と自身のフェイスブックにアップしただけで、警察に捕まってしまった、と言うスターオンラインの記事です。

この彼は、政府の対応が後手にまわっていると批判しているのか、それとも社会がうつつを抜かしているからダメなんだと批判しているのかが、原文の記事を読んでも良く分かりませんが、いずれにしても、この程度のことで警察に逮捕されてしまうとは、これは正直言って驚きです。

ボカシは入れてあるものの彼女とのツーショットの写真つきでの報道でしたし、大いに違和感を感じました。

関係者が、懸命に被害者の捜索救難などの地震対応に追われている時に、なにを抜かすか、と言わんばかりの権力機関ですよね。もし、日本でもこのようなことがあったとしたら、それこそ大騒ぎになりますね、表現の自由だとかなんとか言って・・・

でも、この国に暮らしている限りは、こういうことなんだと納得しないといけないと言うことですね。



Sabah quake: Nude tourists shouted vulgarities at mountain guide

サバ地震:ヌードの登山客、俗悪な言葉でガイドを罵倒

THE STAR ONLINE June 8, 2015 13:46 MYT

The 10 Westerners who stripped and urinated on top of Mount Kinabalu had shouted vulgarities at a mountain guide who asked them to stop their unbecoming behaviour.
They not only called him stupid but used the four-letter word and made crude hand gestures at him, according to friends of the 35 year-old guide who escorted the Western climbers on May 10.
When approached by the Star, the guide turned down a request to be interviewed on what transpired on the mountaintop for fear of tampering with police investigations
An ex-soldier from Kelantan, the guide settled down in Kundasang a few years ago after marrying a local woman. He has been a mountain guide for two years.
While he would not say what happened that day, the man, who requested anonymity, said he agreed with local Dusun elders that the mountain spirits might have been angered by the antics of the Westerners, resulting in Friday’s earthquake.
"Maybe a little. Because the earthquake only happened after the naked stunt, " he said.
The ex-soldier said that it was important for climbers to follow instructions as given by the guides as they were trained on the do's and don't when climbing Mount Kinabalu.
"We discuss the rules during the briefing before the ascent and after. If climbers aren't sure about how to conduct themselves on the mountain, they must strictly follow the guide's instructions.
"If we ask you to respect the mountain, please do so," he explained.
He also confirmed that the westerners had called the guide stupid and asked him to go to hell when he tried to stop them.

さて、これからは全て例の10人のヌードグループに関する記事です。

このグループは、グループを案内していたガイドの制止も振り切って、いやそれどころか、低俗な4文字言葉などでガイドを罵倒して、例の行為に及んだのだ、と言うスターオンラインの記事です。

恐らく、ガイドはその時何をしていたのだ、との多くの声があったのでしょう。キナバルパークの公園本部に当初、この件の報告書を提出していなかったらしいガイドが重い口を開いたようですが、この記事は犯人たちをさらなる悪者に仕立てるという意味で効果があったようです。



Sabah quake: Nudist dismisses local culture as superstition

サバ地震:ヌーディスト、地元の(伝統)文化を迷信だと一蹴

THE STAR ONLINE June 8, 2015 16:29 MYT

A Canadian national claiming to be one of the nudists that posed for photographs on Mount Kinabalu, calls the experience the "time of my life" and is brushing off Kadazan Dusun legend as "superstition".
"It is not based in logic, but superstition. I utterly do not care for superstition," said travel blog Monkeetime founder Emil Kaminski on his Facebook page.
"If local religion prohibits certain actions, then local believers of that religion should not engage in it, but they cannot expect everyone to obey their archaic and idiotic rules," he said.
When advised to show respect to the local culture by a commenter on Facebook, Kaminski replied by saying "f**k your culture".
Kaminski, on Monkeetime's Twitter page, called Sabah Tourism, Culture and Environment Minister Datuk Masidi Manjun an "idiot" and "not a minister of tourism".
The tweet was then copied and retweeted on the Masidi's Twitter page.
"Oh, Malaysia, why are your politicians so stupid," Kaminski wrote on Facebook.
"Some deranged prick has linked earthquakes and mountaintop nudity.
"Well, apparently I am responsible for the 2015 Nepal quake, and whatever incoming quakes in Canada (as well as Thailand, India, China, Taiwan, Hongkong, and a variety of other countries...)," he said, while posting a picture of him exposing his naked behind at various other mountain tops.
He also poked fun at making reparations for exposing himself on top of Mount Kinabalu.
Kaminski also wrote that he believes in having some "decency laws" but didn't see the harm in nude photos being taken on a "remote mountaintop".
He adds that he takes his "butt photos" in remote places where hardly anyone sees him.
On Twitter, Kaminski describes his blog Monkeetime as a platform that provides travel videos.
"It's no-bullsh*t, often offensive, earthy essence of backpacking experience," he said.
Monkeetime's YouTube page was founded on March 2007, and has over 10,000 subscribers and over five million views.

これは、自分はそのグループの一員だと主張するカナダのある人気ブロガーが、自分たちが取った行為と地震がリンクしているなんて馬鹿げている、そんなことは旧い迷信に過ぎない、地元民がそう信じることは構わないがよそ者にまでそれを押し付けてくれるな、人里離れた場所で裸になることが誰かを傷つけることなのか、バカじゃないのか、などと自身のブログに書いた、との記事です。

この彼が本当に例のグループの一員かどうかは分かりませんが、いかにも自由と民主主義社会にどっぷり浸かった若者が口にするような言葉だと思います。

記事のブログへはたちまちのうちに非難轟々のコメントが寄せられ、犯人探しに躍起になっている警察関係者や地元民に対しても、まるで火に油を注ぐ結果となったようです。(この彼も後日マレーシア警察に拘束されたそうです。)



Man associated with 'naked tourists' detained, released

ヌード登山客と関係のある男性、拘束され、釈放される

THE STAR ONLINE June 8, 2015 20:57 MYT

One of the foreign tourists associated with a group of 10 wanted by police for stripping and urinating on top of Mount Kinabalu on May 30 was briefly detained and released on Monday.
Sabah CID chief Sr Asst Comm II Datuk Sallehuddin Abdul Rahman confirmed the detention of a 38-year old European who was planning to leave for the Philippines after arriving from Tawau at about 4.20pm Monday.
He said that the man was not part of the 10 wanted foreigners against whom a report was lodged by Sabah Parks officials.
The case is being investigated under Section 290 of the Penal Code for public nuisance, which carries a fine of up to RM400.Sallehuddin said the man was part of a larger group of 27 who scaled the mountain on May 30.
In the group were 10 others who posed naked and started urinating on the mountain, photographs of which went viral on social media.

これは警察の勇み足のようです。各メディアの、"煽る報道"によって、益々怒りが収まらない大衆の声をバックに、必死に犯人探しをしていた警察が空港で、犯人の一味と思って1人の西洋人を拘束したが、例のグループの一員ではないことが分かり釈放したと言う記事ですが、これを読む限り、警察もメディアに煽られてかなり焦ってきているなと言う印象です。



この後、6月9日(火)になって英国人女性1人がサバ州の空港で拘束され、その他の3人が地元警察署に自主的に出頭したのだそうですが、このことを、CNNやBBCなどの大手を含む国内外の各メディアが10日付けで一斉に報じました。



Sabah quake: Four Kinabalu strippers to be charged

サバ地震:4人のストリッパー、まもなく(罪に対する)責めを課される

THE STAR ONLINE June 10, 2015 11:33 MYT

Four westerners are to be charged in a Magistrate's court Wednesday for allegedly stripping and urinating on Mount Kinabalu.
Sabah Police commissioner Datuk Jalaluddin Abdul Rahman said the two women and two men were brought to the court on Wednesday and the proceedings are expected to start at about 10.30am.
The four were taken straight to the court lock-up awaiting for the court to be in session.
The first woman, a British, was arrested at Tawau airport on Tuesday. The others - two Canadians and a Dutch national - surrendered themselves at the Karamunsing police station at about 6pm the same day.
Police have earlier said the culprits who stripped on top of the mountain, considered sacred to Sabahans, will be charged with causing public nuisance.

これは、前日にグループの4人が拘束されたことを受けて、今度は果たしてなんの罪に問えるのだろうかと言う、大衆の問いに答える形の、スターオンラインの記事です。

ただし、記事本文の記述にはarrested(逮捕された)とか、 surrendered(自首した)などの用語が既に使われているところをみると、警察もメディアもみんなでハナから罪ありきですよね。かなり熱くなっているなという印象です。

私は、この辺りには、若干いや相当の違和感を感じるのですが、たかだか裸になってオシッコしたぐらいで、果たして何の罪状がつくのだろうかと私も気になります。もちろん、そんな行為を許してはいけないのですが、マレーシアも法治国家である以上、感情論だけで突っ走ってはいけないのは当然のことです。

記事には、公衆迷惑関連の罪とありますが、まぁそれぐらいになるのだろうと思います。もっともこんなことは、今回の地震が起きていなければ、誰もこれほどには騒がなかったことでしょうから、そういう意味においては、そんな輩にきついお灸をすえるいいチャンスなのかも知れませんね。



Sabah quake: Four westerners remanded over stripping on Mt Kinabalu

サバ地震:4人の西洋人、キナバル山でストリップしたことで拘留さる

THE STAR ONLINE June 10, 2015 19:35 MYT

Two Canadian siblings, a Dutch and a Briton were ordered to be remanded by a Magistrate's court for four days for allegedly stripping on top of Mount Kinabalu on May 30.
They were produced before Ranau magistrate Dzul Elmy at about 10.30am Wednesday and an order was issued for their remand to be extended to facilitate further investigations under Section 294(a) of the Penal Code for indecent behaviour.
Handcuffed and dressed in purple lock-up uniforms, the suspects were taken out of the court lock-up at about 11.10am to the Karamunsing police station.
The siblings and the Dutch surrendered themselves at the Karamunsing police station here at about 6pm on Tuesday while the Briton was arrested in Tawau the same day.



グループの拘留に関するさらなる情報です。4人が手錠をかけられ紫色の囚人服(留置服)を着せられて、10日の10時半にラナウ下級裁判所に出廷したこと、そして法廷で彼らのみだらな行為を明らかにするため4日間の拘留(留置)命令が下されたこと、そして11時10分には裁判所を出て留置場のあるカラムンシン警察署に向かったことなどを動画つきで伝えています。

動画の中の彼らの顔にはボカシも入っていませんし、まるで重大犯罪の容疑者のようです。国民の関心が異様に高いニュースだけにメディアも大サービスしてるということでしょうか。



Foreigners may get three months jail if charged and found guilty of obscene act

外国人たち、みだらな行為が有罪となれば3ヶ月の禁固刑の可能性

THE STAR ONLINE June 10, 2015 19:48 MYT

The four foreigners who have been remanded four days for allegedly appearing nude on top of Mt Kinabalu can a face a charge of performing an obscene act in a public place.
Lawyers said the remand order by a magistrate court was for investigations under Section 294 (a) of the Penal Code.
They said under the section, they were liable to up to three months jail, a fine or both if they were charged and found guilty by the court.
Now remanded at the Karamunsing police lock-up, they were produced before Ranau magistrate Dzul Elmy at about 10.30am Wednesday.
The four are two Canadian siblings (a 23-year-old brother and his 22-year-old sister); a 23-year-old Dutch male and a 24-year-old British woman.
The Canadian siblings and the Dutch surrendered to the Karamunsing police station here at about 6pm on Tuesday while the British woman was arrested in Tawau yesterday afternoon.
Sabah Parks had lodged a police report after a photograph of 10 tourists stripping and urinating on Mt Kinabalu on May 30 went viral.

またまた読み手の興味を煽るスターオンラインの続報です。彼らの具体的な罪状はなにか、有罪となれば最長3ヶ月の禁固刑または/及び相当の罰金刑が課されるだうこと、そして、ここではそれぞれの年齢を明らかにしています。氏名その他の個人情報は出ていないので、私は、ある意味ホッとしたのですが・・・・・・

これ以上の個人情報は警察や検察などの捜査機関が出していないのか、あるいはメディアが報道を自粛しているのかどうかは知りませんが、私は、いくらとんでもないことをしでかした連中とは言え、この国の人たちの過熱ぶりと彼らの身の安全を考慮すれば妥当なことだろうと思います。(私は決して彼らを擁護するものではありませんが、行き過ぎた報道や責めなどは良くないと常識的に考えているのです。)



と、そんなことを考えていた私は、翌朝の英国のオンラインメディア(Mail Online)をチェックしてみて愕然としました。

Pictured moments after her arrest, the British head girl facing three months in prison for stripping naked on a Malaysian mountain and 'angering spirits'

逮捕直後に写真撮影された英国籍の女性、マレーシアの山でヌードになり山の精霊を怒らせた罪で3ヶ月の禁固刑か?

MAIL ONLINE(英) June 11, 2015 03.35 MYT

The British backpacker arrested in Malaysia for stripping naked on top of a mountain and causing a deadly earthquake has been named as Eleanor Hawkins.
The former public school head girl is among five Western tourists accused of 'upsetting the gods' by posing nude on the country's highest peak days before an earthquake killed 18 climbers on the mountain.
Eleanor, 24, from Derby, was detained at a Sabah airport yesterday while trying to fly to Kuala Lumpur.

-------------------以下略---------------------

これはMAIL ONLINEと言う英国のオンラインメディアです。私はここ↑ではこの記事の最初の数行だけのアップに止めましたが、原文は遥かにボリュームのある記事です。しかも、彼女=グループの一員の英国人女性、そして彼女本人だけでなく、彼女の両親や彼女の友人たち、そして今回グループの他のメンバーの個人情報、なんとその氏名や経歴などの詳報の他、鮮明な写真までもがずらりとアップされています。

先ず最初に眼に止まったのが、今回、警察に逮捕(拘束)された直後の英国人女性の、涙目まで見える大きくて鮮明な写真です。いや驚きましたが、私も大いに興味がありましたので記事の全文をしっかり読み、写真を食い入るように見てしまいました。

しかし落ち着いて考えてみると、確かにこのグループの行為は決して許されることではないとは思いますが、しかし、だからと言って商業目的のためにメディアが勝手に本人や家族・友人の個人情報を公衆の面前に曝け出して良い筈がありません。

mtkinabalustrip03.jpg

↑この写真は、このMAIL ONLINEに掲載された、グループが登山開始する直前のものだそうです。今回拘留されている4人が○で囲まれていますが、このメディアではこんな写真もあんな写真も一切のボカシなどなしで、つまり個人情報だとか、肖像権だとかは一切無視して堂々と載せています。

げに恐ろしきは英国のメディアなりや!ですね。いや、英国だからと言うことではないかも知れませんが、こんなハチャメチャなメディアも世の中にはあるんですね。本当に驚きました。

聞くところによると、このような行為(有名観光地で裸になって写真にとること)は今回が始めてのことではなく、カンボジアでは今年になってアンコール遺跡公園(アンコールワット)で裸の写真撮影をした2人の米国人が国外追放されたり、昨年は南米ペルーのマチュピチュで裸になったとして少なくとも8人が当局に拘束されたのだそうです。

どうやらこのことは、Naked tourism(裸観光)と呼ばれているようですが、まぁ、自己主張の延長線なのかも知れませんね。

いつの時代にも、そしてどこの国にもこういった若者はいるのだと思います。しかし私は、彼らには適度にお灸をすえてやるぐらいで良いのではとも思っていましたが、今回のキナバル山でのこのグループは、途方もなく大きなお灸を覚悟しなければならないようですね。

しかし、メディアが大衆を煽り、煽られて過熱した大衆に迎合する権力機関と言う図式が見事(?)にマッチした結果が今回のこの大騒ぎではないかと私は感じています。

今後、このグループに対するこの国の裁判結果がどう出るのか、そしてまだ拘束されていない他のグループメンバーはどうなるのか、さらに山の精霊と守護神を鎮めるための先住民族の儀式はどうなるのかなど、私の興味はまだ尽きていませんので引き続きメディアの関係報道を追っかけるつもりでいます。

今日は、サバ州地震(キナバル山地震)に関する内外のメディアの報道について私が感じたことを綴ってみました。

ではまた。

今日は、昨日、耳鼻科クリニックに行った(※)帰りに、車のラジオを何気なく聞いていて、とても驚いたキナバル山の地震のことについて、感じたことや気付いたことを書いてみたいと思います。(※眼の次は耳です。情けないことに耳に入って抜けなくなった水を抜いて貰いに行ったのです。)

車のローカルラジオニュースによると「今朝(6月5日朝)、キナバル山近くでかなりの規模の地震が発生し、死傷者を含む多くの被害が出ている。登山道は崖崩れや岩石落下などにより通行不能となり、すべての登山活動は別に指示あるまで禁止された。」と言うのです。

なに?キナバル山の登山禁止?そりゃ大変だ、他人事ではありません。なぜって、私も今年はキナバル山登山を決意しており、つい最近必要な手配や予約を終えたばかりなのです。(世界文化遺産でもあるキナバル山は、登山許可やガイドの手配、山小屋の予約など、半年前の手続きや予約が必要とされています)

私の登山予定は9月初旬。それまでまだかなり期間はありますが、登山道や山荘などの被害の程度によっては復旧に時間がかかるだろうし、決して安閑としてはいられません。

しかし、キナバル山で地震だって?大体、なんだって地震なんか起こるんだ?マレーシアって、地震災害のない国ではなかったのか?西マレーシア(半島マレーシア)と東マレーシア(ボルネオ島マレーシア)は違うのか?

とにかく情報を確かめよう。そう考えた私は、とりあえず家に帰ってから国内外メディアの関連情報を収集してみました。

ところが、6月5日、地震発生当日の各メディアの情報はかなり錯綜していたようです。震源地情報も、地震の規模を示すマグニチュードも、地震発生時刻も、それらを時系列に並べてみても少しずつ食い違いがあったり、肝心の登山客や登山関係者の被害情報は死傷者数や現在地情報などは混乱を極めていてどれが正しい情報なのかが分からない。しかし、地震発生から1日半経って、つまり今日昼頃になってようやく情報が落ち着いてきた様子です。

それらの情報を取り纏めてみると以下のようです。(マレーシア気象局提供の情報です)

地震発生日時:2015.6.5(金)07:15
震源地:サバ州ラナウ北北西19km、州都コタキナバル東北東54km、キナバル山山頂北東5km
震源の深さ:約10km
マグニチュード:5.9(Moderate)

mtkinabaluearthqukakemap.jpg

マグニチュードは5.9、地震の規模としてはModerate(中程度)だったようですが、キナバル山の岩石の崩落と落下、山麓地域の道路や建物の亀裂や崩壊の状況を見るにかなりの被害が出ている模様です。今朝(6月6日朝)ほどマレーシア気象局が発表した資料によると、その後マグニチュード1.6~4.0の余震が今朝まで計30回発生し、震源に近いラナウ、ベルド、ツアラン地区に住む人々は眠れぬ一夜を過ごしたとのことです。

マグニチュードはM5.9だそうですが、この4月に発生したネパール地震がM7.8、5月の小笠原諸島西方沖地震がM8.5だったことを思うと、ある意味、地震慣れしている私たち日本人から見ればたいしたことはないなと思ってしまうのですが、ローカルの人々は大いに驚いたようです。

被害の状況も、道路の亀裂や建物の壁や天井の崩落状況などを写真で見る限り、M5.9にしては大きいなと言う印象です。日本と違って各地の実際の揺れの大きさを示す震度(※)は分からないのですが、被害の状況から察するに相当高かったのではないでしょうか。(※震度はマグニチュードとは違って、震源からの距離によって数値が異なってきます)

mtkinabalu002.jpg

また、キナバル山登頂の際のランドマークとして知られる通称"ロバの耳"が一部崩落してしまったそうです。キナバル山の山頂付近は全山が花崗岩の岩場で一見とても堅そうに見えるのですが、ロバの耳は風化が進んでいたのかどうか、とにかく崩れてしまったことはとても残念なことです。

mtkinabalu004.jpg

↑写真の左側の耳の上半分が崩落した模様です。

そして気になる登山客や登山関係者の詳しい人的被害状況ですが、現在(6月6日昼)までに11人の死亡が確認され、まだ8人が行方不明だそうです。

sabah7transformed.jpg

地震発生時刻(朝7:15)から判断すると、標高4095mの頂上でご来光を拝んだ登山客のほとんど(約200名ほど)は3200m地点にある山荘を目指して下山を開始していたと思われます。そして、その中の一部の人たちは、ガイドとともにまだ頂上直下のヴィア・フェラータ(※)ルートの途中にいて地震に遭ったのではないでしょうか。(※Via Ferrataは、イタリア語で「鉄の道」という意味で、岩肌に沿って打ち込まれたケーブルや、はしごや橋などを装備した山岳ルートです。このルートにより、一般の登山では行けない岩壁へのアクセスが可能になり、通常ではは味わえないような美しい景観と、達成感を与えてくれるのだそうです。なお、キナバル山のヴィア・フェラータは世界最高標高のヴィア・フェラータとして大変有名です)

mtkinabalu003.jpg

↑こんなヴィア・フェラータの岩場ルートにいて、突然崩壊する岩肌、岩場に固定されたワイヤーケーブルや梯子が外れたり、あるいは落下してくる岩石によって登山客やガイドたちが致命的な被害にあっただろうことは容易に想像できますし、残る8名の行方不明の方たちも絶望的なのかも知れません。

が、一体なぜ地震が起こらないはずのこのマレーシアで、こんな地震が起きたのか、どうにも分からないことが多いので少し調べてみました。



幸か不幸か、私たち日本人は、生まれた時から数多くの地震を経験しています。それもそのはず、現在世界中で発生している地震のうち、マグニチュード6以上のクラスは、その21%が日本で発生しているのだそうです。(内閣府防災白書)

それは日本列島付近に集まる「4つのプレート」が主な原因だそうですが、ここマレーシアはどうなんでしょう。

あるローカルメディア(The Malaysian insider)に興味ある記事(8 Feb 2013)を見つけましたので紹介したいと思います。

Moderate earthquake‘can happen anytime’in Malaysia (マレーシアでも中程度の地震はいつでも起こりうる)

Although Malaysians may feel that the country is not prone to earthquakes, experts believe otherwise.
マレーシア人はこの国は地震が起こらなさそうな国だと思っているだろうが、専門家はそれを信じてはいない。

Located at the peripheral of the ring of fire and beside two neighbours, Indonesia and the Philippines, which have seen violent episodes of seismological activities in the past few years, the chances of being jolted by at least one moderate earthquake cannot be ruled out.
環太平洋火山帯の縁辺にあり、ここ数年でも苛烈な地震活動を目の当たりにしているインドネシアとフィリッピンと言う2つの隣国の側に位置しているマレーシアは、(今後)少なくとも1以上の中程度の地震が起こりうる可能性は除外できない。

So far, Malaysia has only encountered strong vibrations and aftershocks after its neighbours were hit by strong earthquakes.
これまでマレーシアは、その隣国が強度の地震に見舞われた後、(マレーシアも)強い揺れと余震に遭遇するだけだった。

THE THREAT IS REAL
脅威は本当だ

A seismology expert, Dr Mohd Rosaidi Che Abas, 54, said the threat of an earthquake in Malaysia cannot be ignored.
地震学の専門家、Mohd Rosaidi Che Abas博士(54)は、マレーシアでの地震の脅威は無視できるものではないと語った。

The Meteorological Department’s Deputy Director said some of the country’s most vulnerable areas are Bukit Tinggi in Pahang and Kuala Pilah in Negeri Sembilan.
気象局の副局長は、国の最も脆弱な地域はパハン州のBukit Tinggiとネグり・センビラン州のKuala Pilahであると言った。

A relatively strong earthquake can hit these areas and some parts of Sabah and Sarawak.
比較的強い地震が、これらの地域やサバ州の一部地域とサラワク州に起こる可能性はある。

“Previously, a moderate earthquake had occurred in Lahad Datu, Sabah, and it is possible for a moderate earthquake to occur in other areas located at or near active fault lines.
過去に中程度の地震がサバ州のLahad Datuで発生したが、中程度の地震はその活断層帯またはその付近の他の地域でも起こり得る。

“Malaysia is close to areas that have experienced strong earthquakes, including Sumatra and the Andaman Sea, while Sabah and Sarawak are located close to the earthquake zone of South Philippines and North Sulawesi. Therefore, the odds of an earthquake striking Peninsula Malaysia cannot be ruled out,” he said to Bernama at the Meteorological Department’s headquarters.
マレーシアは、強度の地震が起きたスマトラ島とアンダマン海を含む地域の近くにあり、一方ではサバ州とサラワク州が南フィリピンと北スラウェシの地震帯の近くに位置している。したがって、地震が半島マレーシアを襲う確率は除外することはできないと、彼は気象局本部でベルナマ通信に述べた。

THE POSSIBILITY OF BEING HIT BY A STRONG EARTHQUAKE
(強い地震に襲われる可能性)

Nevertheless, Dr Mohd Rosaidi, who has been with the meteorological department for the last 30 years, stated that the possibility of being hit by a strong earthquake remains slim.
それでも、 この30年間気象局とともに歩んできたMohd Rosaidi博士は、(マレーシアが)強い地震によって襲われる可能性は僅かでしかないと述べた。

This fact is based on the findings of local experts who study earthquakes, with local universities conducting further studies on the country’s vulnerability to earthquakes.
このことは、この国の地震に対する脆弱性を研究する地元の大学とともに歩むこの国の専門家の調査結果に基づくものである。

“The proposed long term studies on active fault lines, especially in Ranau and Lahad Datu in Sabah and Bukit Tinggi in Pahang, are being carried out by the department, along with the Mineral and Geosciences Department,” he said.
特にサバ州のRanauとLahad Datu及びパハン州の Bukit Tinggiでは活断層帯の計画的長期研究が、鉱物及び地球科学部門の研究とともに行われている。

Dr Mohd Rosaidi, who has a Doctorate in earthquake studies from Universiti Teknologi Malaysia and a Masters degree in seismology from Japan’s International Institute of Seismology and Earthquake Engineering, said earthquakes in a seabed unleashes another threat - tsunami.
マレーシア技術大学の地震学博士号及び日本の国際地震工学センターの地震学学位を保有しているMohd Rosaidi博士は、海底における地震はもう一つの脅威”津波”を誘発すると延べた。

“Based on some of the findings, strong earthquakes occur at zones where tectonic plates collide at the Andaman Sea, the South China Sea, the Sulu Sea and the Sulawesi Sea. When a strong earthquake occurs in these seas, it can unleash a tsunami that can end up at the coastlines of Perlis, Kedah, Penang, Perak, Selangor, Sabah and Sarawak,” he said.
いくつかの調査結果に基づき、アンダマン海、南シナ海、スールー海及びスラウェシ海で地殻構造プレートが衝突する時、強度の地震が発生することが分かっている。これらの海で強度の地震が発生した場合、それが(マレーシアの)ペルリス、クダー、ペナン、ペラク、スランゴール、サバそしてサラワクの海岸線にまで到達しうる津波を引き起こし得る。

-------以下略-------



まぁ、そういうことで、調べてみると、私も認識がとっても甘かったのですが、ここマレーシアでも、我が日本に比べれば確率は極端に低いのだろうと思いますが、地震発生の恐れがまったくないわけではなさそうです。

特にボルネオ島マレーシアでは、過去にも中程度の地震発生の前科があったことに加え、ラナウ付近を通る活断層に沿う地域が危ないと複数の専門家から指摘されていたことなどから、キナバルパークを含めて普段からもっと警戒すべきだったのでしょうね。しかし今回この地域の地震エネルギーが解放されたことは、この先しばらくは大丈夫なのかも知れませんが・・・

でも、知りませんでしたけど、この半島マレーシアの内陸部にも活断層帯があるんですね。パハン州のブキットティンギなんて、まだ行ったことはないのですが、KLから車で1時間位の近さにあるフランス風の街並みが売りの小さな高原リゾートだそうです。

上の記事にもありましたが、マレーシアでも中程度の地震はいつでも起こり得る。今回は計らずもサバ州で指摘されていたとおりのことが起きてしまったと言うことなのでしょう。いくら確率的な数字が低いとは言え、やはり備えるべきものは備える、そう言うことなのでしょうね。

でも、このことは言うは易し行いは難しです。ここ半島マレーシアでは、半島内での地震による過去の被害記録がありません。地震に関連した被害情報としてはペナン島などで津波被害の発生記録があるのみです。

それはやはり、マラッカ海峡の向こうにまるでマレー半島の門番のように横たわるスマトラ島の存在が大きいのだろうと思いますが、世界有数の地震多発帯であるスマトラ島沖に巨大地震が発生した場合、震源までの距離によっては、この半島マレーシアの西海岸地域でも揺れは免れないのだろうと思います。

こちらに来てからというもの、住宅やビルなどの建築現場を通るたびにその柱の細さには驚いています。特に半島マレーシアでの過去の経験値からあれでも十分と言うことなのでしょうが、中程度の地震発生の可能性は否定できないとこの国の地震専門家が指摘しているのだから、せめて中程度の地震に備えた建築基準は今後は必要であろうと思いますね。



ところで、今回この地震に関する内外のメディア情報をチェックしてみて、中には随分可笑しなことを書いている記事もありました。英語の記事と日本語の記事をチェックしたのですが、ある日本語記事の中には、キナバル山は4000mの高峰だ。積雪もあるだろうから雪崩被害も心配だ、などと真顔(?)で書いている記事もあって、思わず失笑してしまいました。キナバル山に雪崩が発生するほどの降雪?そんなこと聞いたことも読んだこともありません。

また、現地ローカルメディアの中には、↓こんな記事もありました。

Sabah quake: Mount Kinabalu may be “angry” with nudists, say locals
サバ地震:キナバル山がヌーディストを怒ったのだろう、と地元民は言う

Mount Kinabalu, on the island of Borneo, is sacred to the local Kadazun Dusun tribal group and considered a resting place for departed spirits.
ボルネオ島のキナバル山は、Kadazun Dusunと言う先住民族にとっての聖地、死地に旅立った霊魂の宿るところとされている。

A group of 10 Western men and women angered locals last weekend when they snapped nude photos at the summit and uploaded them on the internet.
10人の男女の西洋人グループが、先週末(5月末ごろのこと)、キナバル山の山頂(付近)でヌード撮影をしてそれをインターネットに投稿したとして、地元民を怒らせました。

↓こちらはキナバル山のノーマルな山頂写真

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↓問題の写真

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Some Malaysian social media users posited that the quake was a sign the spirits had been angered by the act.
Kadazun Dusun tribal group

一部のマレーシアのソーシャルメディアユーザーは、(キナバル山の)地震はそんな行為によって山の精霊が怒った証だ、と投稿した。



これはもちろん単なる偶然なのでしょうが、それにしても山でそんなことをするなんて許せないですね。先住民族の方などの地元の方達の怒りも良く分かります。聞くところによると、最近、世界のあちこちの有名観光地にこんなグループが出没しているそうですが、まったく嘆かわしい世の中になったもんです。

今回の地震によって、不運にも命を落とされた方々のご冥福をお祈りすると共に、今なお懸命に続いているであろう行方不明者の捜索救難活動によって、一人でも多くの生存者が発見・救出されることを願っています。もちろん、その後、登山道などの復旧作業も迅速にすすみ、一日も早く、キナバル山の登山活動の再開が許可されますよう切に望むものです。

以上今日は、昨日のキナバル山地震のことに関して感じたこと、気付いたことを綴ってみました。



追記(2015.6.7 10:00):The Star on lineの記事によると、昨日の時点で行方不明となっていた7人の死亡が、今日ほぼ確認されたとのことです。これで今回地震の犠牲者は全部で19人になったわけですが、痛ましいのはその中の約半数がシンガポールの小学校の生徒と教師グループだったこと、さらに中には巨岩の下敷きになったり夥しい岩石の中にバラバラになって埋もれていて、容易には収容できないご遺体もあると言うことです。

やはり私が当初に危惧したとおり、それらの犠牲者の多くは、ヴィア・フェラータルートで地震に遭遇したらしく、上部から落下してくる岩石を避けることもできなかったのでしょう。特に犠牲者の半数を占めるシンガポールの小学校のキナバル山探検ツアーの生徒や教師たち、楽しかったはずの探検ツアーが一瞬にして悲劇に変わった彼らのことを思うと、可哀想過ぎてとてもいたたまれない気持ちになります。

↓そんな彼らのことを伝えるThe Star TVです。


A fun outing for pupils and teachers from Singapore turned tragic when boulders rained on them along the Via Ferrata trail on Mount Kinabalu in Sabah during the Friday earthquake.

さらなる追記(2015.6.7 19:30):6/7夕方になって、現地捜索救難本部から犠牲者数の訂正発表がありました。それによると、犠牲者数は19人ではなく18人。このうち16人は既に収容した遺体によって死亡確認済み。残る2人はいまだ行方不明と言う区分だが、収容した部分遺体の中に含まれると推定している、とのことです。

自然が為した仕業とは言え、犠牲者のご家族のご心痛は余りあると思います。心からご冥福をお祈りいたします。


昨日(5月31日)は、KLのムルデカ広場で行われたKL Big Kitchen Festival 2015に行ってきました。

ガラにもないと思われそうですが、実はMy better halfのためです。2年半前、このマレーシアに無理やり連れてきたものの、この国のいろいろな事柄を未だに消化できないでいるのです。

中でもマレーシアのローカルフード嫌いはやっかいです。確かに、この国のローカルフードは、日本食の美しさや美味さを十分に知る私たちからみれば、見た目も味も決して素晴らしいとは言えないのかも知れません。まぁしかし、特に食の好みは十人十色ですから、美味しいと思う人がいたり、そうではないと思う人がいたりするのは当然のことです。

私などは、沢木耕太郎時代からアジアの熱気に絆されていますし、辛かろうが酸っぱかろうが、少々大雑把であろうが美味い美味いと思って食べていますので、なんの支障もないのですが、My better halfの場合は、一度懲りたら、口にすることはおろか、見るのも嗅ぐのも嫌だと言って二度と近づかなくなってしまうのです。

したがって外食の際は、イタリアンなどの洋食を除き、そのほとんどは日本食です。もちろん、家での食事も朝から徹底して和食、いまだに塩鮭と納豆と海苔とお味噌汁がわが家の定番の朝ごはんなのです。

かく言う私も和食大好き人間ですから、そのことに決して反対ではないのですが、なにせここはマレーシアと言う外国です。日本食ばかり食べていたら、外食費はもちろん食材費だって日本の1.5倍、いやもっとかも知れませんし、決してバカにはできません。

それに私としては、お金のことだけでなく、郷に入っては郷に従えを実践したいわけですが、現実はとても厳しいのです。甘言を弄して無理やり連れて来ただけに、いつも軟着陸を模索してあれやこれやと提案しては却下され、次第になんとかせねばと、マレー語学習ともども本気で焦ってきたと言うのが実情なんです。

そんな中、思わぬ朗報をゲットしました。年に一度マレーシア全土から飛び切り美味しいものが集まるお祭りがあると言うのです。KL Big Kitchen Festivalと言うのだそうですが、試食はもちろんのこと、食べ方や作り方まで教えてもらえるのだそうです。

なるほど、そんなイベントならばあちこち時間と金をかけて探す手間隙が省けていいじゃないかと、咄嗟にGOを独断したことは、常日頃から"現状における家庭内の問題点とその対策"について、衰えかけた脳味噌をフル回転させている私としては、コレ、至極当然のことですよ、ハイ。

と言うわけで昨日の日曜日、イベントの最終日だったのですが、あまり乗り気でないMy better halfと共に、マレーシアの美味しいもの探しにムルデカ広場に行ってきました。

ムルデカ広場の地下駐車場は混み合って入れないだろうと思い、パタマモールの隣のいつものメダン・マラの地下に車を停めてそこから歩きました。

距離はたいしたことはないのですが、なにしろその日は朝からクソ暑い。ムルデカ広場に着いたころには汗だくでした。

↓ここがエントランスです。10時オープンと聞いてましたが、既にゲートは早くからオープンしています。ゲート脇にはセキュリティガードがいましたが、なんのお咎めもなくすんなり中に入れました。

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中に入って後を振り返ると、例の↓Sultan Abdul Samad Buildingが正面に見えました。

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↓まだ時間が早いせいか、ほとんど誰もお客はいないようですね。

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そうだ思い出した、あのクパンって何処で買うんだっけ?

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↑これ、クパンって言う模擬通貨だそうです。今日のこのビッグキッチンでの買い物や食事は、実通貨ではなくてすべてこの模擬通貨で支払いするのだと、事前にチェックしたホームページには確かにそう書いてありました。

エントランスゲートに戻り、セキュリティガードさんに、クパンは何処で買うの?と尋ねたら、エントランスの外のチケット売り場で買うのだが、今日はまだオープンしていない、また後で来て見れば、なんて言うものだから、しばらく中をぶらぶらして再度戻ってみたら、今度はようやく開いてる。

で、チケット売り場で、クパン下さいと、係りの人に言ったら、何人ですかと言う。2人だと答えると、では2リンギです、とのこと。。。え?どういうこと?このクパンで買い物するのにたった2リンギでダイジョブなの?

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係りの人曰く、このクパンは入場券ですよ。買い物は現金でして下さいね、だと。。えっ?だって、このクパンを使って買い物するってホームページに書いてあったんだけど、と言うと、あー、それ違います、直前に変更になったんです、って。。

ふーん、なるほどここはマレーシア、突然の梯子外しだってフツーにあるんだよ、こんなことにいちいち驚いたり、怒ったりしてたんじゃ身が持たんワイ。フフ、おいらも随分物分りがよくなったもんだぜ。。。

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と言うことで、改めてそのクパン(入場券)をセキュリティガードに見せてエントランスから中に入ったわけですが、これって良く考えてみれば、私はとっても愚直なことをしたんですね。だって、もともと10時前からタダで中に入っていたのだから、そのまま中にいれば良いものを、入場券を買うために一旦外に出て、たった2リンギだけですけど、お金払ってまた入り直したと言うことなんですよね。(笑)

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↑さて、直行したのは独立記念国旗掲揚台下にある特設のメイン会場です。ここでは、マレーシア国内外の有名シェフによるクッキングのデモンストレーションとクッキングワークショップが時間を追って開催されるのです。

↓ここは、クッキングデモの会場です。すでになにやらデモンストレーションが始まっていました。

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↓そして、その隣にあるワークショップ会場にやってきました。クッキングワークショップ、つまり料理教室のようなものですが、実は私の本日の一番の狙いはこれだったんです。いくらローカルフード嫌いのmy better half でも、一流シェフの手による、いや一流シェフに教わって自分で作るローカルフードなら、あるいは道が開けるかも知れん、そう考えたのですよ。

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ワークショップの参加登録は早いもの順だと聞いていたので、ここに直行で来てみたのですが、全然混んでなくてちょっと拍子抜けしました。

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ほどなくワークショップが始まりましたが、この時間のシェフ↑はマレー人の女性です。司会の紹介ではテレビのクッキング番組に出たり、料理本の著書もある有名な方なのだそうです。

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参加者はほとんどがローカルの方。後のご婦人↑はいかにも私がマレーの主婦よ、みたいな方です。見ているととても手際が良いです。

↓一方こちらは、料理など今までしたことがない、みたいなマレー親父の二人連れ。見るに見かねて、シェフが壇上から降りてきて、手取り足取り直接指導してました。

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この時間の料理は、白身魚(鱈)のパルメザンチーズパン粉つけ焼きとジャックフルーツとチェリートマトのサラダ、のようでした。ようでした、と言うのは、この有名シェフ、とっても早口で料理の名前を良く聞き取れなかったんです。原材料から私がそう勝手に判断しました。

↓コレが有名シェフの完成形。最後にガーリックとバジルとハニーと胡桃とオイルのすり潰しぐちゃ混ぜソースを、完成形に振りかけるシェフです。

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そして↓コレが我々の完成形です。黄色のみじん切りはジャックフルーツ、その上の緑の葉っぱは何の葉っぱか、説明もロクに聞いていなかったので、分かりません。

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↑最後に、この完成形に、別に作った甘いソースをかけて全部食べましたけど、まぁ、飛び切り美味しくもないが、決して不味くはない、でも結構ボリュームもあってお腹は一杯になる、と言う代物でした。でも、コレってローカルフードなんですかね。

↓最後にワークショップ参加者一同の記念撮影です。1時間半ほどのワークショップでしたけど、参加はタダでしたし、私はお腹も一杯になったしで、まあ良かったかなと思います。が、しかし、なかなかこちらの思惑どおりにはならないものですね。

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さて、メイン会場から外に出てみると、お昼も廻ってぼちぼち来場者も多くなってきたようです。それにしても陽射しがとてもキツクて苦しいほどです。やっぱりこんなイベントは屋外ではなくて、どこかエアコン完備の涼しい室内でやっていただきたい、そう思うのですが、この国の人たちってなぜかテントイベントが得意なんですよね。

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ムルデカ広場にはこのように大型テントがズラリ。そして、それぞれのテントではマレーシア各州の代表料理や高級ホテルや有名レストランの看板料理が調理実演されていたり、中には試食や試飲コーナーもありました。

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↓こちらは、マレーシア13州の代表的な伝統料理。まあ、大きなフードコートのようなものですね。

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↓これも同じ。どこの州かは忘れてしまいましたけど、いずれも美味そう。。。私はそう素直に思うのですが、それぞれの屋台を見て廻るうち、My better halfは徐々に後ずさりして、気がつくとその姿は遥か向こうに遠ざかっていました。

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このテントでは、ホテルや一流レストランのシェフたちがその場で調理したものを、もちろんしっかりお金を払わないといけませんが、食べたり飲んだりすることができます。

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↓こんな料理はmy better harfも当然OKなんですけど、コレ、ローカルフードじゃないですよね。値段も高いし・・・・

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いやぁ、それぞれのテントを歩き回るだけで疲れ果てます。とにかくクソ熱いし。。そして我々、お互い、次第に口数が少なくなってきています。コレって、黄色信号点灯中ってことなんです。なんせ"あれから40年"の関係だから、なにも言わなくても思ってることが全部分かる、、、ま、そんなもんですよね。

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んじゃ、最後にスイーツのテントで冷たいアイスクリームでも食べて帰ろう、そう言うことにしました。

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お、コレ、美味しそうなホームメイドのアイスクリームだな。でも・・・ちょっと待てよ、一番上の"スイートコーン"は分かるけど、その下のPANDANって何だ?BANDUNGってなんだ?SARSIってなんだ?コレって英語?マレー語?

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お店のオニイチャンにそのことを尋ねようとしたら、その前に私が"スイートコーン"と小さく口にしたのを聞いたらしく、私がそれを注文したものと勘違いしたのでしょう、既にスイートコーンアイスクリームを手に持っていて、それを素早く手渡してくれました。

・・・・・・・・・えっ?・・・・・・・で、でも、まいっか。。

3リンギ払ってそれを受け取り、My better halfに手渡そうとしたら拒否されて、仕方なく自分で食べたのですけど、正直言ってコレ美味しくない。なんかコーンクリームにたっぷりの砂糖を混ぜて、それを冷たく凍らせただけのようなそんな代物でした。

やっぱ、PANDANとか、BANDUNGとか、SARSIを食べてみれば良かった。。



この後、ムルデカ広場を後にして、炎天下をメダン・マラの地下駐車場に向かったのですが、暑くて暑くて、たまらず手前のSOGOデパートに避難して、6Fでフレッシュアップルジュースをオーダーしたら、カウンターの向こうの不細工な女店員がブッキラボーに"ない"と返。仕方なく、じゃオレンジと言ったら、またもや"ない"、じゃパイナップルは?それも"ない"。。んじゃナニがあるんだよ!

大体ココは、いっつもフレッシュジュースを作る果物を置いてないじゃないか、いつも無いんだったら看板のメニュー表に書くなよ。消せよ!って大声出そうと思ったけど、ぐっと堪えて、じゃ、フレッシュじないフツーのジュース下さい、ってフツーにオーダーしてしまいました。

お陰で汗は若干引っ込んだけど、疲れは逆に倍増してしまいました。

はい、みなさん、これで今日のリポートは終わりです。えっ?KL Big Kitchen Festival 2015の成果はどうだったかって?それは、もう、みなさん、言わずもがなですよ。土台、そんなに簡単に答えが見つかるようなら、私だって苦労しません。なかなか根の深い問題なんですよ。ええ、そうなんです。ハイ。。


最近、私はまたブリックフィールズにあるYMCAのマレー語クラスに通っています。

実はこのBH(BAHASA MALAYSIA) Level2のコースは私にとって2回目です。昨年末に1回目のLevel2を終了したのですが、まだ全部消化できてないと感じた私は、Level3に進む自信がなくて、再度Level2を受けようと、コースの開始を待っていたらこの時期になってしまったと言うことなのです。

きっと若い頃の私ならば、少々自信がなくてもガムシャラにLevel3に進んでいたのでしょうが、この齢になってようやく人並みの自制心が身に付いたと言うことかも知れません。

↓久しぶりのYMCAです。

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↓約5ヶ月ぶりのYMCAですが、心なしか周囲の景色も少し変わったような気がします。目を右に転じてKLセントラル駅方向を見ています。

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↓そのまた右を見ています。

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↓その右です。真後ろ方向になりますが、昨年はまだ工事中だった左のビルが完成し、その右に新たに2つのビルが建ち始めています。

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↓このブリックフィールズ界隈、あと10年も経ったら劇的に様変わりしそうな気もしますので、今のうちと思って、周囲360度の動画を撮影してみました。興味のある方はどうぞご覧下さい。



↓YMCAのエントランスですが、以前よりも少し綺麗になったような気がします。

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↓YMCAのレセプションです。相変わらず人の出入りが多くて賑やかです。(写真は人の出入りが途絶えたところを狙いましたが、そのためしばらく待ちました)

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さて、肝心のBHレベル2ですが、使用するテキストは前回に同じ、そしてなんと担当教師も前回と同じクアンタン出身のR先生です。

なので、私としてはこのコース、前回よりも随分楽に感じているのですが、R先生としては少々やりにくいのかも知れませんね。R先生に尋ねたところ、同じコースを2度受ける生徒は始めてだそうです。

クラスメートは全部で11名、欧州、アフリカ、中東、東南アジア、インド、オーストラリア、そして私、孤軍奮闘のニッポン代表です。随分バラエティに富んだカラフルなクラスメートたちです。

もちろん授業は英語。先生の英語はカラフルなマレーシァンイングリッシュ。そしてクラスメートたちの英語も随分カラフルです。前回のクラスはこんなにカラフルなメンバーではなかったので、特に何も感じませんでしたが、今回は凄いです。

だけど、このことは私にとってはとても良い刺激になるし勉強にもなります。英語圏のクラスメートたちでも彼らの話す英語にはそれぞれ大きな特徴があるし、非英語圏のクラスメートたちの英語には独特の母国語訛りやアクセント、そして表現方法などにもそれぞれの特徴があります。

でも、いつも感じることですが、どこの国の若者も、いや若者だけではありませんが、それぞれ目的を持って集まる人たちの共通言語は英語以外にないのです。当然ながら英語を話せない、理解できない者はその輪には入れないし、もし入ったとしても意思を疎通できずに疎外感を感じることになるわけです。(幸いなことに最近の私はそんな環境にも慣れたせいか、カラフルな人種の輪の中にいても疎外感を感じることはほとんどなくなりました。)

それにしても、国が違っても、現代の若者たちの英語によるコミュニケーション力は素晴らしいと思います。誰もが臆せず質問し、そして堂々と意見を述べるのです。

翻って日本の若者たちはどうかと考えてしまいます。果たしてこんな若者たちと、世界共通言語の英語で丁々発止に渡り合って行けるのだろうかなどと、今更ながらわが日本国の若者たちに対する英語教育のあるべき姿を思い、要らぬ心配をしています。

先週の土曜日(5/23)はこのコースの3回目のセッション、私にとっては2回目のセッションでした。(1回目は例のサムライパレードのお手伝いのため止むを得ず欠席しました)

そして、この日は恐らくこのコースの最大山場のPrefix "me"に関する3時間集中レッスン日です。

ご存知かも知れませんが、マレー語には、他の言語のような厳格で複雑な文法はありません。ひととおり目を通すだけで基本的な文法は理解できる、その程度のものだと言われています。

ただし、私たち外国人にとって難解なのは、接辞のついた語彙が非常に多いことです。動詞や名詞、そして形容詞や副詞などにもいろんな接頭辞や接尾辞がついていたりしますので、先ずこの接辞のルールをしっかり身につけ、ルートワード(基語)を判別しないことには辞書さえ引けないのです。

この接辞の代表格が接頭辞(Prefix)の"me"です。(このPrefix"me"は、さらに計6つのPrefixに分類され、それぞれルールが細分化されています。)

通常10時開始のはずの授業に大幅に遅刻して、10時25分に登場したR先生、開口一番、トゥデイ、ウィレン プリフィクスムッ モスインポテン インレベルトゥ.(Today we'll learn prefix "me" most important in level 2. )と切り出しました。

私は2回目のレベル2ですので、当然prefixやsuffixの何たるかは既に十分理解しているつもりです。理解はできるがまだ身についていないと言う段階です。しかし、他のクラスメートたちにとっては多分始めてのprefixなのでしょう。みんな、一生懸命聞き耳をたてています。

でも、このR先生のマレーシァンイングリッシュは相当に早口です。なので英語圏の生徒たちにも聞き取れない、理解できない部分が少なからずあるようです。

すると突然、誰かが、Excuse me teacher, Could you gostan please.と言いました。

ゴステン?(Gostan?) ユセッド ゴステン?(You said "gostan"?)とR先生がニヤっと笑い、そして、エブリバデ アンデステン ワッイズゴステン?(Everybody understand what is gostan?)と他の生徒に問いかけます。

授業開始前にシンガポール大使館に勤めていると自己紹介してくれた前席のW女史が、It means to reverse the vehicle.(車をバックさせることよ)ってすかさず答えました。

アハハ、そうなんですね。ゴステン/ゴスタンって、車をバックさせることなんですね。これマングリッシュの代表選手なんだそうです。いや、マングリッシュだけでなく、実はシングリッシュ(Singaporean English)でもあるのだそうです。

↓代表的なマレーイングリッシュ"Gostan"を紹介するビデオ、Oh-My Englishです。



多分、R先生の講義の途中で、説明を良く聴き取れなかった生徒の一人が、もう一度説明して欲しい、ちょっと戻って欲しい、という意味で、知ってるマングリッシュを使ってゴステンと言ったのでしょうが、コレ、厳密には誤用ですよね。

R先生、接辞の講義を中断して、ゴステンの意味とその由来について説明を始めました。R先生ご出身のクアンタン州では良く使われている言葉だそうですが、元々は航海用語の"go astern"から来ているとのことです。英語のasternって船尾のことですよね。船を後進させると言う航海用語のゴースタンがいつのまにか、車を後退させる、と言うマングリッシュのゴステンに進化してしまったのですね。

R先生、さらにマングリッシュについて、とうとうと講釈を垂れ始めました。



R先生の講釈を要約すると・・・・・

マングリッシュとは、英国英語をベースにしているが、それにマレー語、広東語、タミール語、そして多くのヨーロッパ言語をミックスし、なおかつアメリカやオーストラリアのスラングもテレビなどの影響でふんだんに取り込まれた言葉なのだそうです。

なので、マングリッシュは、別名をロジャ(※)またはロジャ語(Rojak or Bahasa Rojak)とも呼ばれているそうですが、英国英語をベースにしていることで、その独自性を確立しているのだそうです。(※ロジャとはマレー語でスナックやサラダやごちゃ混ぜ料理の意です)

ナルホドなぁと感心しましたね。

さらにR先生曰く、都市部の人間は昔も今も英語を話す。しかし、田舎には英語を話せない人間が多い。都市部の人間が田舎に行って、オレたちは英語も話せるんだぞと自慢気に英語を話すが、田舎の人たちにも通じるようにマレー語なども混ぜて話すようになり、次第に今のロジャ語になったのだ、とのことです。

はい、良く分かりました。マレー人の話すごちゃ混ぜ英語がマングリッシュ。抑揚もアクセントもなんとなくマレー語や広東語に似てますよね。良く聞けば確かに英語なのだけど、ちょっと聞いただけではマレー語か中国語のようにも聞こえるマングリッシュです。

ところで、R先生のイングリッシュもマングリッシュですよね?

えっ、私の英語?これはマングリッシュじゃないです。これはフツーのマレーシァンイングリッシュです!(Manglish≠Malaysian English?)

・・・・・・・・・・・・・(しーん)



ここで突然、話があらぬ方向に飛んでしまうようで恐縮ですが、今しがた、ちょっと腹立たしいことがありましたので是非聞いていただきたいのです。誰かに話さないと腹の虫が治まりません。

実は、ほんの数分前までエアアジアのプレミアラインに電話していました。プレミアラインと言うのはつまりビジネスクラスのお客様相談センターのようなところなのですが、このブログを書いている最中に友人から電話があり、ビジネスクラスの預け荷物の重量超過と超過料金に関することを、本人に代わって確認して欲しいと依頼されたものだから、ブログを書く手を止めて電話していたのです。

友人からここに電話して、と言われたプレミアラインの専用電話番号に電話すると、直ぐに録音メッセージが流れ、なんとこの通話は1分につき2リンギ弱もかかると言うのです。おいおい、なにがプレミア専用ラインだよ、とイラつきながらしばらく待って、ようやく担当に繋がりほっとしたのも束の間、友人になり代わって電話してることを宣言したにも関わらず、ビジネスクラス搭乗の本人確認が必要とのことで、友人の氏名、住所、電話番号、予約番号などさんざん言わされた挙句、ブッキングに使用したemailアドレスを言えという。

えっ、そんなの分からないよ、とも言えず、確認して再telするハメになったのですが、その後、2度目の電話も、同行者の生年月日を言え、などという意地悪な質問に答えられずにあえなく撤退、いよいよ3度目の正直だぞと、本人たちの個人情報の大半を聴き取った上の最終トライとなりました。

頭にくることに、電話の向こうの相手は毎回異なる人物です。何度も何度もいちから説明してなんとか本人確認はクリア。では質問をどうぞと言われ、エクセスバゲージのことだけど、40kgのアローワンスを超過しトータル60kgほどになるが、バゲージドロップは可能かと尋ねたところ、チェックインカウンターで超過料金を支払えばできる、との返答。

しからば超過料金はいくらになるか、と尋ねたところ、ここでは分からないのでチェックインカウンターで聞け、とのこと。こっちは一般的なことを聞いているのだ、1kg超過につきいくらだとかはないのかとたたみかけると、さもメンドくさそうに、ありません、だと。そんな馬鹿な、ないわけはないだろう、知らないだけだろうと思ったが、こんな奴を相手にしていると腹が立つばかりなのでサンキューも言わずに電話を切りましたが・・・・・・・

なんと不親切、なんとブッキラボー、なんとツッケンドン、なにがプレミアラインかよ、なんなんだここは、、、、と、正直言って頭にきました。さんざん本人確認に時間を費やしておきながら、肝心の答えは調べもせずにカウンターで聞け、ですと。

しかも、担当者の英語は100%のマレーシァンイングリッシュです。いつも思うのですが、耳をすませて聞いていても良く聞こえない、いや聞こえないのではなくてまるで別物のワードに聞こえるのです。特に電話会話の場合は難解です。もうなんどもなんども同じような経験をして、ある程度は聞こえるようになったつもりでいたのですが、いやいや、まだまだのようですね。

それにしても、英語圏の人たちも口を揃えて言ってますが、マレーシアンイングリッシュは聞きにくい、慣れないとまるで別の単語に聞こえる、まさにそのとおりです。確かにマングリッシュとしての独自性を確立していることは素晴らしいとは思うのですが、英語を聞いているつもりでいても不思議にすんなりと頭に入ってこない、それがマングリッシュでありマレーシアンイングリッシュなんだとあらためて感じました。

ここまで書いたら大分落ち着きました。こんな私の低劣なボヤキにもお付き合いいただき大変ありがとうございました。(笑)

おっと、書き忘れてました。プレミアラインに電話し終え、私のプリペイド携帯の残高をチェックしてみてさらに腹が立ちました。こんな些細な電話ひとつでなんと約30リンギも引き落としされていたのです。たいしたプレミアラインですよ。トホホのホですね。(泣)



さて閑話休題です。

ゴステンの話題で大分まわり道をしましたが、ようやくprefixの講義に戻りました。でも、R先生のフツーのマレーシァンイングリッシュも良く聞いていると、かなり面白い。

メナ、メナって言うからなんのことかと思っていたらマナー(manner)のことだったし、ベテリも最初何を言ってるのか分からなかったけどバッテリー(battery)のことだったんです。

こんな面白ワードが一杯あって、私はprefixの講義に集中できなかったのですが、以下、さらに一例を紹介すると、ペレントはペアレント(parent)、ペーがペアー(pair)、エダがアザー(other)、ペシブがパッシブ(passive)、メネジはなんとマネージ(manage)のことなんですよ。

ね、フツーのマレーシァンイングリッシュでも結構面白いでしょう?こんなのにゴステンやチョップ(stampの意)が混じるマングリッシュなんて、分からなくて当然と思いませんか?

ここで、話をマレー語に戻しますね。

マレー語は、世界の言語の中でも最も簡単な方だって聞いてたものだから、最初は舐めてかかってました。ところが案の定、日本人会の週1時間だけじゃモノになろうはずがありません。いくら優しい言語と言えども、外国語の習得がそんなに簡単にできるわけがないのです。

なのでYMCAで週1回3時間のコースも取っているのですが、それでもまだまだ少ない。できればマレー人コミュニティの中にどっぷり浸かって暮らせば良いのだろうけれども、My better halfのことを思うとそれもできない相談だろうと思うのです。

事前に準備した言葉で問いかけし、期待どおりの答えが帰って来てようやくカタコトの会話ができる、私の場合はまだその程度なんです。これじゃあいつまで経っても目標には届かない。

なにが足りないかと言えば決定的に語彙が足りない。語彙が足りないからネイティブの会話を聞いても瞬時にその意味を理解できないし、例え意味が分かったとしても言いたいことの3分の1も言えない。これじゃあいつまで経ってもカタコトの域にも届かない。正直言ってかなり焦ってきましたね。

努力が足りないと言われればそのとおりなのかも知れませんが、特に最近は加齢性の脳細胞減少症とやらが進行しているらしく、並みの努力ではこれがなかなか難しいのです。

なんとか楽に語彙を増やす方法はないものかと、いつも日本人会マレー語クラスのタカちゃんと話をして、語呂あわせをおふざけ兼ねて考えたりしていますが、日常会話に必要と言われる数千の語彙を全部語呂あわせでカバーできるわけもないので、ほんの気休めにしかなりません。

それでも語呂あわせで憶えた単語はなかなか忘れない。だから、コレでひとつでもふたつでもニューワードを憶えられれば儲けものです。恥ずかしながら↓はそのホンの一例です。

yakin------------夜勤(やきん)は自信(confident)もってするもんだ  
kami/kita---------誰が髪(かみ)切った(きた)? 自分たち(we)だよ
undang-undang-----法律(law)うんだうんだ言わない
agama------------宗教(religion)あがまう(崇まう)もの
gosok------------ゴソゴソこする(rub)
daki--------------だきだき登る(climb)
cat---------------チャットしながらペイント(paint)するな
sukarela wan-------ボランティア(volunteer)か、すかたねなー≒仕方ねなー(スカレラワン)
ganggu------------玩具(ガング)鳴らして邪魔する(disturb)
ejek--------------えーじぇえーじぇとからかう(tease)
eja---------------スペル(spell)なんかどうでもエージャ
utara-------------北(North)に行って売ったら(ウタラ)いいじゃん
ketawa------------笑って(笑うlaugh)食ったわ(クタワ)
pendek------------短い(short)ペンでも   ←下段に続く
surat-------------すらスラット手紙(letter)が書ける

語呂合わせなんて、所詮はオヤジギャグと笑われるのでしょうし、こんなことを考えている暇があったら、もっと真っ当な勉強しろよって言われそうですね。(笑)

でも、でもですよ、YMCAのマレー語クラスで、R先生がこれは重要だからって何度も何度も繰り返し説明している接辞のこと、一見なんの脈絡もなさそうな単語の先頭文字によって分類されるPrefixのことだって、こんなこともオヤジギャグで憶えられないものかと、藁にも縋る思いで今必死に考えているのです。

そのうち妙案ができましたらご披露しますね。

それではまた。
(何を言いたいのか訳の分からない文章かつ尻切れトンボで終わるようで心苦しいのですが、瞼が重くて重くてしょうがないので今日はこれで失礼します。)

みなさん、こんばんは。

今日は、私の住む街クアラルンプールのモントキアラで、先日(5月9日)行われたパパママちびっ子サムライパレードのお話をしてみたいと思います。

実はこのサムライパレードですが、みなさん憶えておられますか、昨年の今頃、クアラルンプール日本人会でMy Better Halfの布絵本展示会とコラボした友人アレックスの甲冑展示会のこと。

そうです、今回はその彼の手製の甲冑を身に纏ったインターナショナルなちびっ子とそのパパママたちのサムライパレードのお話なんです。

先ずは、甲冑作者の友人アレックス↓をあらためて紹介させて下さい。

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以前のブログにも書いたことがありますが、日系メキシカン3世の彼は、1世のご祖父が東北宮城県のご出身だそうで、そのせいか伊達政宗などの戦国武将たちにいたくご執心です。

彼は、メキシコの大学でグラフィックデザインを学んだフォトグラファーなのですが、いや実に多才な人物で、特にその芸術的、美術的センスは私などの武骨者とは大違いです。

幼い頃から慣れ親しんできたと言う様々な楽器を自在に操り、彼が現在所属しているKLのアマチュア交響楽団では、最近までビオラを弾いていたのですが、この前、もっとレベルの高い交響楽団のオーボー(オーボエ)奏者のオーディションに合格したと言って喜んでました。

彼は音楽のことでも私に詳しく話を聞かせてくれるのですが、如何せん、この私は昔っから音楽の時間が大の苦手と言う手合いです。もちろんカラオケでは歌謡曲やライト演歌などの和モノを得意げに歌ったりするのですが、譜面が読めない、楽器を知らない、扱えないと言う典型的な体育会系的人間です。

なのでせっかくの彼の専門的な話も、およそ猫に小判状態なのですが、それでも彼は一生懸命説明してくれたりして・・・・私としては、いやとても有難いことだと思っています。

また先日、彼の家で中国茶会をやろうと言うことになり、KL日本人会の英語クラスの女性達と一緒に行ってみたのですが、しかしまぁ、彼は何事にも凝り性と言うか、芸術的なんですね。

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↓最近買い揃えた中国茶器で、習い憶えたと言う作法どおりにいろんな中国茶をみんなに振舞うアレックスです。

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↑普段は強気の女性陣も、流石に神妙な面持ちでちょっと押され気味ですね。(笑)

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↓ええ、もちろん中国茶もいいのですが、私はついでに彼の甲冑工房を覗いてみました。

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コンドミニアムの一室が彼の甲冑工房なのですが、狭いながらも実に機能的。甲冑作りのための各種部品や工具類など・・・

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↓そして、本棚には甲冑作りのマニュアルもありました。

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彼の甲冑は100%手作りなのですが、特に感心するのは、その材料のほとんどをダイソーなどの100均ショップで求めていることです。100均ショップで買い求めた材料を見事に創意工夫して甲冑を作る。もうこれだけでも凄いです。

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しかし彼の甲冑はとても精巧にできています。本物そっくりと言うか、そして、この甲冑が何でできているのか、どのように作られたのかを尋ねた誰もが一様に驚きます。

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細かな部品のひとつひとつに至るまですべて手作りです。材料を創意工夫し繊細に加工していきます。彼のアイディアとその創作技術には、類稀なる芸術的、美術的センスが見事に生かされています。

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そんな彼の甲冑作品に目をとめたのが、モントキアラにもたくさんのコンドミニアムを保有・管理しているUEMサンライズと言う、大手の不動産開発会社の女性イベンターさんです。

モントキアラにもたくさん住んでいる日本人ヤングファミリィやその他の外国人ファミリィ、そして地元のヤングファミリィに、誰もが大好きな日本のサムライ文化を体験させたいと言うのです。

もちろんアレックスも望むところです。二つ返事ですぐに↓こんなイベントの開催が決まりました。

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サムライパレードの規模は25名程度、オール手製の武将隊としては結構な人数です。アレックスは不足の甲冑を不休不眠で作ったと言います。

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そして5月9日当日です。モントキアラJalan Kiara 2の突き当たりにある↓UEMサンライズのコミュニティセンター(Chil‐OutT)がパレードの準備会場です。

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当日、私とMy Better Halfは甲冑の着付けを手伝いました。もちろん、事前にアレックスから着付けの特訓を受けてのことなんですけど。。

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↓こんな可愛いちびっ子に着付けするもう一人のアシスタントは、私のマレー語クラスメート、髭のinuさんです。

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そして不肖ワタクシひねくれ団塊の登場です。先にパレードの総大将役のパパ、次に足軽隊のちびっ子を着付けしたところ、なんとママもやってみたいですって・・・・うーん、このママには女武将がお似合いかなと思ったのですが、彼女、男武将をやりたいって。。。

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↓さあ、ちびっ子たちの準備はいいかな?

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↓さぁパレード準備だ、みんなくつを履いて一列に並んでみてね。

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↓おーいそこの足軽隊のみなさん、ちゃんと前向いて並んでね。

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↓お、ちびっ子女武将隊もなかなかカッコいいよ、ん?ど、どうしたの?な、なんで、泣いてるの?泣かないでよ、頼むからさ。ちょっと我慢しててね。

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↓おーいそこのちびっ子サムライたち、遊ばないでね、もうすぐ出発だからって、注意している忍者は甲冑作者のアレックスです。

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↓ワイワイガヤガヤ、これじゃアッツくてたまんないよ、あはっ、早く出発しろよなぁと、言ってるちびっ子武将隊デス。

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↓さ、いよいよ総大将を先頭にパレード開始です。

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↓みなさん、立ち止まらないで下さい。

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↓ホラ、後ろがつっかえてますよ。なーに言ってんの、ワタチたちお姫様は早く歩けないんだから。。だって杖ついてるんだもん。

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↓あはっ、ちびまるくん、刀抜いて遊んでるから遅れちゃうんだよ。早く前についてってよ。。ママも気が気じゃないよ。

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↓パレードの途中だけど、みんなで記念撮影です。一番前の伊達政宗パパの兜の三日月がサマになってますね。

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↓ちょっと失礼、ズームアップさせて下さい。うーん、このパパ、見事に絵になってますね。日本の方?ですよね。ちょっとはボカシを入れたつもりですが、これ以上(ボカシを)強くすると精悍なお顔が見えなくなるのでコレぐらいで許して下さいね。

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↓みんなー。ちゃんと並んでね。ハイ、カメラさんこっちこっち。大忙しのアレックス忍者です。

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↓うんいいですね。みんな可愛くてカッコいいです。たくさんの見物の人たちが上から覗いてまたしよ。

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↓ねぇねぇ、そこのお姫様と女武将隊さん、みんなこっち向いてよ、ほら長刀をちゃんと握ってね。

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↓ほら、そこのボク。。キミは男サムライなんだから、こっちじゃないよ、あっちだよ。え?キミって女の子だったの?

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↓アハハ、そんなに睨みつけたってちっとも怖くないからね。みんなカワイイよ。

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このアレックス忍者の忍者服、実はこれも彼のお手製なんです。なにを隠そうその隣のお姫様の着物も被り物も、みんな見よう見真似(グラフィックデザインはお手のものです)で彼が作ったのだそうです。彼、ミシン掛けの達人なんですよ。

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↓大人武将隊の勢ぞろいです。さぁ、これからパフォーマンスが始まりますよ。

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↓忍者アレックスが前で演技するので、みんなその通りにやってみてね。

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↓えいっ、やぁっ・・・・、ちょ、ちょっと違うなぁ。。でも仕方ないよ、練習なしのぶっつけ本番だからさ。。

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↓と言うわけでアレックス忍者だけが、いやいや、全員とってもサマになってるグッドパフォーマンスでした。

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ハイ、記念のポーズです。。みなさん、拍手をお願いしますね。

この後、また陣形を組みなおし、ゆっくりとパレード再開です。そして大人もちびっ子も全員脱落することなしに無事UEMサンライズのChil-Outに戻りました。パパもママもそしてちびっ子のみなさんも暑い中よく頑張りましたね。



このマレーシアの地で、日系メキシカンお手製の甲冑を身に纏ったインターナショナルな武将隊パレード、なかなかあり得ないコンビネーションでしたが、とても楽しい日本文化の体験・紹介イベントだったと思います。私たちもこんな楽しいイベントを多少なりともお手伝いできたことを本当に嬉しく思っています。アレックス、そしてイベンターのJunkoさん本当にありがとう。(ご参考までに当日5月9日、私はこの後、前回記事で紹介した刺し盛りパーティの準備と参加で朝から晩まで大忙しでしたが、とても充実した長い1日でした。)

ではまた。。