皆さん、新年明けましておめでとうございます。

年が明けたと思ったら、あっと言う間に今日はもう1月4日。早いもので今年でもう5回目のマレーシアのお正月です、と既に何度口にしたことか。そんな時、あとどれぐらいマレーシアにいるのかと問われたりもするのですが、正直なところまだはっきりとは決めていません。言えることは、人生の最終章は日本でなければならないと言うことと、健康次第の4文字です。

昨年は、東京に住む私の弟に胃の早期癌がみつかり、私もいよいよかと少々真剣に考えていました。ところが幸いなことに、この度の胃の内視鏡検査もOKでしたし、血液検査の結果も概ね想定内でした。私は、昔から医者の言うことに逆らって生きてきたし、身体に良いことなどほとんどしていないのに、なんてことはない、まだしばらくは大丈夫なようです。

と言うことで、今年もこれまで同様いろいろなチャレンジに励みたいと思っていますので、どうぞ本ブログの変わらぬご愛顧をよろしくお願い申し上げます。



さて、今日はいよいよ団塊シニアのスマトラ島横断バイク旅の最終章です。しかしこのバイク旅シリーズは誰かの口車に乗せられて、沢木耕太郎ばりの紀行文を真似たつもりが、結局は三文文士の三文紀行文に終わりそうです。

でもそれでもいいのです。最近気が付いたことなのですが、見たまま、聞いたまま、感じたままを、思うがままに書くことの楽しさと、旅を憶(おも)いながら文字を起こすことの楽しさは、まさにメンデルスゾーンの名言「旅を思い出すことは、人生を2度楽しむこと」そのものなのですね。

だから書いている私も楽しいし、読んで下さる方たちが、少しでもその楽しさを共有していただけるならそれで十分なのです。

11月23日、旅の第7日目。今日は、高原の町ブキティンギに別れを告げ、いよいよ今回の旅の最終目的地であるパダンに向かいます。

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移動は、やはりミニバス、と言うかミニバンの乗り合いタクシーでした。私は今回の旅の中・長距離移動は、大型バスをイメージしていたのだが、実際はそうではなかった。テレビなどで良く見かける、見知らぬ国の見知らぬ土地での旅ドラマ。バスの車内の人間ドラマみたいなものも仄かに期待していたのたが、残念、今回旅は、全部こんな↓乗り合いの小さなバンタクシーだった。

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バンは一路南に下り、シンガラン山とメラビ山の間を抜けて、徐々に標高を下げて行く。途中パダンパンジャンの町を通り抜け、深い山間のくねくね道をさらに南下するうち、ウトウトしながらフト気が付いた。え、こんなところに鉄道橋がある?

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私は、様々な旅の乗り物に興味があるのだが、鉄道はその中でも特別だ。鉄道、特に昔懐かしい古い鉄道が好きで、いつか見知らぬ国でそんな古い鉄道の旅をしてみたいと、昔から夢見ている。

こんなところに鉄道がある。そう考えただけでワクワクしてきた。するとまもなく谷あいの道路傍に、大勢の人だかりと大きな滝が車窓に見えた。ピーターからここはこの辺りの有名な観光地、アナイ渓谷(Anai Valley)だと聞かされたが、私の興味は滝よりもこの鉄道だ。

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まだ現役の鉄道だろうか、それとも廃線なのだろうか。。そんなことを話していたら、物知りシーシーが教えてくれた。この鉄道は昔オランダ統治時代にオランダが建設したものだが、今は一部を除き使われていない、のだそう。

↓これは後程ネットで探した、まさにアナイ渓谷を走る現役当時のロコモティブの写真だが、さらに調べるうち、現在この鉄道の復興計画が進行中だと知って嬉しくなった。いい、実にいい。

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まもなくパダンに着いた。パダン (インドネシア語: Kota Padang) は、インドネシア西スマトラ州の州都で、人口約100万を擁する西スマトラ最大の都市だ。我々の今回の旅はここが終着地。今夜はここに一泊して明日は、町の北方に近年新設されたパダン空港(ミナンカパウ国際空港)からクアラルンプール国際空港(klia2)まで空路帰投するのみだ。

そしてここ↓が我々の今夜の宿、バックパッカー専用宿のYani Homestayだ。

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ところでこのHomestayと言うワードだが、ブキティンギの宿もHomestayと言う名前だった。どうもこのワードは私のイメージするホームステイとは異なるようだが、インドネシアのホームステイはいわゆる日本や世界のどこにもある:ゲストハウス(※)と同義らしい。(※ゲストハウスとはアメニティサービスなどを省いた素泊まりの宿で、いわゆるバックパッカーと言われる旅行者たちが利用する安価な宿のこと)

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宿の前には、いかにもバックパッカー然とした若者たちがたむろっていたが、彼らのほとんどは実に明るく気さくな若者たちだ。初対面の誰にでも声を掛けてくる。

かく言う我々トリオ隊の面々も負けてはいない。ピーターもシーシーも、もちろん私もだが、どこの誰に対しても気後れしない性格だし、中でもシーシーの特技はひと際冴えている。あっと言う間に親しくなって、いろんな話に花が咲く。

うーん、これだな、これだよな。これが私が若い時から恋い焦がれていたインターナショナルなバックパッカーの旅の世界なんだな、ひそかにそう思った。

Yani Homestayの中に入ると、外見よりはかなり立派な施設のようだ。

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1階部分は宿のオーナーファミリィと従業員の部屋、そして2階にゲストルームがある。↓ここは共用のリビングルームだ。

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そしてその半分が共用のキッチンとバスルームになっている。

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ただし、割り当てられた4人用のゲストルームは相当に窮屈だった。細長く狭い部屋に上下2段の木製バンクベッドが縦列に2台ある。

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バンクベッドの下段に大型の二人、上段に中型の私と荷物と言う割り振りとしたが、大型の二人は脚を延ばすと流石に狭そうだったし、上段の私は垂直の梯子の上り下りがきつかったのと、上で寝返り打つと木製のベッドがギシギシ軋んで気遣いもした。

確かに一晩寝るだけなのだからこれで十分なのだが・・・・・・そう考えると、ブキティンギのあの貧民用3ベッドルームでさえ贅沢に思えたぐらいだった。(笑)

しかしこのYani Ho,estay、宿の前にはレンタルバイク屋もあってなかなか便利。我々団塊シニア隊、早速レンタルバイクを駆って、とりあえず遅いランチと町見物に出かけることにした。

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↓これは、宿の直ぐ前の通り。この写真は山側を向いた写真だが、反対方向はすぐ海だ。

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パダンはインド洋に面した海岸の町だ。また町の南側にはテルク・バユール港 (Teluk Bayur) と言うスマトラ島西海岸最大の港もある。宿のスタッフに、パダンでは何が美味いのかと聞いたら、即座に、魚だ、焼き魚を食べてみろ、と言う答えが返ってきた。

なので早速、焼き魚が美味いと言う食堂に行ってみた。

その店には氷と魚がぎっしり詰まった大型のバケットがいくつかあって、好きな魚をチョイスしろと言う。魚のことなら任せてくれ、などと二人に大ボラ吹いてたし、シーシーがほらイケサンの出番だぜって言うものだから、こ、この魚が旨いんだよ、なんて適当なこといってチョイスしたのがコレ↓

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ホントは、見たこともない知らない魚だったのだが、店員に名前を聞いても案の定知らなかったし、美味いかと聞いたら不味いなんて言うわけないし、ま、大丈夫だろ、と思ってた。

そしたら焼きあがって出てきたのがコレ↓

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おいおい、ここまでしたら、素材の味もへったくれもないではないか、などとは決して文句言うなかれ。甘辛の濃厚な焼きダレが素材の味を見事に消し去ってくれてはいるが、これはこれで美味と思えば見事に美味なのだ。でも、これじゃあ、どんな魚をチョイスしようが同じだろう、とは私の独り言。大型の二人には、どうだ美味いだろう、やっぱりオレのチョイスが良かったな、なんて自慢したら、うんそうだ、やっぱりイケサンのチョイスが良かったな、だと・・・・、へっ、ちょろいもんだぜ。。

次にやってきたここは、インド洋に沈む夕陽が綺麗で有名なパダンビーチ↓だが、あいにく今日は天気が悪い。

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雲がどんどん下がって来て、今にも雨が降りそうになってきた。

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だが、この先は数百の屋台が並ぶので知られているビーチ。うろうろと探し回ったら、こんなマグロ屋台に遭遇して驚いた。

このシリーズのプロローグにも載せたので重複のポストは避けたいが、いや旨そうなマグロだった。私はこれをインドマグロの幼魚かなと思ったが、お師匠さんの庄助さんから、クロマグロの幼魚じゃないかとご指摘いただいた。さらに、連れのお二人に嫌われても買って帰って食すべきだったともご教示いただいた。

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今思えばそうだ。やっぱりあの時、とりあえずその場で頭と腹を処理してもらい、持って帰れば良かったのだ。宿のキッチンのナイフでもなんとか捌けたと思うし、前のコンビニから必要な調味料を調達して、宿のバックパッカー集めてマグロの刺身とカルパッチョパーティをやれば良かったのだ。

庄助さん、次は絶対やりまっせ。でもそんな機会が二度あるかは分かりませんがね。。

そして明けて今日は最終日、Day8、11月24日です。

少々小雨が降ってるものの、マーケットに行こうと宿の前でポーズをとる三人・・・え、四人組?一人増えてるし、バイクは2台だ。

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これはどういうことかと言うと、今朝、宿のリビングルームでオーストラリアの単独女性バックパッカーといろいろ話すうち、すっかり意気投合したSil-Silが街のマーケットへのバイクツアーをサジェストし、彼女が喜んでアクセプトしたためだ。

バイクが2台なのは、昨夜のうちに1台返却したためだが、これはまぁちょっとした経済的な問題からだ。

だから、ピーターの後ろに私、そしてシーシーの後ろに彼女(お名前忘れてしまいました)と言う二人乗りバイクツアーとなったわけなのだ。

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マーケットで仲良くポーズをとるオヤジ二人とオーストラリアの美人娘。しかしこの娘もかなりの長身なので、私としては間に入るのが癪だった。だからカメラマンに徹したホンモノのひねくれ団塊なのだ。

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小雨が降ってはいたけれど、無事に探し物のなんちゃら名物アボガドもゲットでき、喜ぶ彼女とちょい悪オヤジたちのニヤケ顔。

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しかし、げに恐ろしきはうら若き女性を掌で転がす我がSil-Silちょい悪オヤジ、では決してありませんぞ。げに恐ろしきは、うら若き女性の無防備で安易な言動ですよ。もしこの娘が我が娘だったら、あるいは我が愛しの孫娘だったらと思うとぞっとしましたね。

まぁ、しかし我々がかなりのシニアだったからきっと安心して気を許したのでしょう。もちろん、我が団塊シニアのトリオ隊の面々にはそんな邪険な考えのあろう筈もなく、楽しく無事にきちんと宿まで連れて帰ったことは当然のことですけどね。

最後に、この最終日のバイク乗りを、私がピーターの後席から撮った動画をポストしておきます。



以上で、全7回に分けてリポートしました、団塊シニアのスマトラ島横断バイク旅シリーズを終わりますが、最後までお付き合いいただいた方々、本当にありがとうございました。

冒頭申し上げたように旅を憶いながら文字を起こすことは、旅を、そして人生を2度楽しむことだと知りました。今年も拙いブログではありますが、徒然なるまま、気の向くままに感じたことや言いたいことを綴ってまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

ではまた。。




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さて今日は、スマトラバイク旅Day4とDay5、ブキティンギの東方約55kmにあるハラウ渓谷(Harau Valley)への泊りのバイク旅です。

↓これはDay4(11月20日)の朝、ハラウに向けた出発前、宿のヤングボーイにポーズをとる団塊シニアバイク軍団、と言うよりスクーター軍団、、かな。(笑)

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Day3の昨日は、バイクの距離計によると120kmぐらい走ったようだ。燃料タンクはほとんど空だ。しかし昨日はバイク旅初日にしては、しかも私としては何十年かぶりのバイク乗りで、マジ、スリリングな一日だった。でもお陰でもう慣れたし自信もついた、もう二度とちょい悪Sil-Silに、イケサンは遅いなんて文句言わせないぜ、と張り切る私です。

走り始めてしばらくすると、前を行くSil-Silがごくごく普通の田舎の雑貨屋の前で停まった。

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見るとBENSINと小さな看板に書いてある。そうか、ここがガソリン屋なのか、なるほどインドネシアではガソリンはBENSINか、と感心する私。。ちなみにマレーシアではPETROって言うけど、マレーシアでも田舎に行けばこんな風にペットボトルでガソリン売ってる店があるんだろうか?

良くここがガソリン屋だって分かったね、とSil-Silに話したら、いやなに東南アジアのこのあたりの国はどこでもみんなこうだから、、といかにも慣れた様子。ところで、このバイクの燃料タンクって何リットル入るんだろう。昨日、最初に入れたときはたしか2リットルぐらいしか入らなかったから、まあせいぜい2リットルとか3リットルとか、そんなもんか。すると、それで120km走れたということは、燃費50、60kmってとこか、ま、そんなもんかなと、これはオイラの独り言。

今日は車の往来の少ない田舎道を、Sil-Silが先頭、オイラが真ん中、黄門さまがしんがりでひた走る。あたりの景色は↓こんな風で、ああ、いいなぁ、ホント癒される。

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しかしピーターとシーシーの二人はよく道を知ってる、て言うか、前もってかなり調べてるのだろう。でも時々こうやってマップを確認したりして道を確かめる。こんな時に威力を発揮するのが、Mapsme(スマホアプリ)だ。オフラインでも事前にエリアの地図をダウンロードしておけば、あとはスマホのGPSが現在位置表示も目的地表示も、さらに案内もしてくれる。Sil-Silが自分のSamsung Galaxcyを自慢げにひけらかし、韓国の技術は凄いな、ほら電子コンパスも高度計もついてるんだぜと言う。

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でもそんな時はいつも、オイラが腕に巻いてるカシオのプロトレックの方が、そんなもんより正確だとSil-Silに言い返す。衛星情報から求めたElv(標高)なんてあてにならないし、それに電子コンパスの磁気センサーは日本からの輸入部品だろ、別に韓国技術が凄いわけじゃないよ、なんて、余計な反論したりして、、ね。

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途中の簡素なカフェで、ちょっと一休み。

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すると店にいた若い男女が、一緒に写真撮らせて欲しいとやって来た。聞けば、店の女主人の娘と息子で、カフェを手伝っているのだそうだ。

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今日も若い子たちにモテモテでご機嫌のチョイ悪Sil-Sil。

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コーヒー休憩の後は、また↓こんな田舎の一本道をひた走る。それにしても今日のバイク乗りは、昨日の初日に比べたら随分楽だ。車の往来も少ないし、思い通りにビュンビュン飛ばせる。時々Sil-Silが後ろを振り返り、お、ついて来てるな、って顔してる。へっ、どんなもんだい、オレだって慣れればこんなもんだぜ。

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そしてブキティンギ出発から約2時間後、予定通りに目的地のハラウ渓谷に着いた黄門さまご一行。ふぅーん、ここは、なにやら小さな土産物屋がぎっしり並びいかにも田舎の観光地って感じだな。

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お、右を見るとこんな↓切り立った崖から滝が落ちてる。

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滝の下はこんな↓感じ。え、こんなところで水浴びしてる人もいる.

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これ↓はネットからの拾い物画像だが、道路の向こう側から滝を左に見た図。

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相談の結果、まだ時間はたっぷりあるし、こんなところにいるより、もっと奥まで探検しようということになり、3台連ねて奥へ奥へと進むスクーター軍団。やがて切り立った渓谷を抜けると、そこはごく普通の山間地。舗装路はいつしか途絶え細い田舎道となる。おぉ、こんなところに村がある。

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なにか昔懐かしい気がする山あいの村。

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時々バイクの往来もあったりして、微笑ましいような逞しいような村の生活の匂いだ。

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道はますます細くなり、しかもだんだんぬかるんできて・・・

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人家もまばらになり・・・小川に掛かる板橋を渡りかけて、お、いいね、ついそんな呟きが口をついて出るほどの懐かしい眺め。

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どんどん奥へすすむとやがて人家も途絶え、そして完全な山道に・・・・

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↓ついに行き止まりだ。あれ、おかしいなぁ、この辺に滝があるはずなんだけどなぁと、マップと睨めっこする黄門さまだが、そのうち、右の林の奥からなにやら人声が・・・・、ん?人声だけでなくなにか動物の鳴き声のような・・・・

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なんと、道路右側の深い森の奥にはこんなキャンピング広場があったのだ。

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そこには大勢の人たちがいて、どうやらキャンプの帰り支度をしてるような・・・・
うちの一人に聞いてみたら、周辺地区から集まった青年リーダーたちのキャンピングとかサバイバル技術講習会があったのだとか。

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あの動物の鳴き声はなにかと尋ねると、チンパンジーだと言う。え、この辺りにはチンパンジーがいるのかと驚いたが、これじゃあ、夜は気味が悪くておちおち寝てられないんじゃないかと聞いたら、いや慣れれば平気だと言う。。ところで、この辺りに滝があるって聞いたんだけど、と尋ねてみたら、うん、あるよ、この山道を15分ぐらい登ったところにある。でも、途中、猿(チンパンジー?)に出会うかも知れないから気を付けてって、言われたけど、どう気を付ければいいんだ?

ピーターとSil-Silにどうする?って相談したら、い、いや、オレたちはここで待ってるから、イケサン独りで行って来て、だと・・・、な、なんと弱っちいオヤジどもだ。図体はでかいくせに、からきし意気地がないんだな。しょうがないので、こんな細くて暗い山道を独り登るひねくれ団塊。でも、内心は途中チンパンジー軍団に遭遇したらどうしようとびくびくものだったんだけどね。

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でも期待に反して、途中何物にも遭遇せず、無事に滝に到着。なんとそしたら、そこにはこんなに大勢の人たちが・・・

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水浴びしたり、洗濯したりしてる。早速声掛けしいろいろ質問しまくるひねくれ団塊

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聞けば、サバイバル講習会のリーダーたちだとか。どこから来たかと問われたので、日本だと答えたら、それはないだろ、インドネシアだろと言われ、い、いやホントに日本だってばと返したら、じゃ日本語話してみろだと。。なので、おはよう、こんにちは、こんばんは、ありがとう、って続けざまに言ったら、おぉ確かに日本語だなって。。。(笑)

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なるほどね、これがハラウ渓谷7番目の滝か。。ん、7番目ってどうやって数えるのかって?そんなの分かるわけないよ、言われたとおりに復唱しただけだよ。下で待ってた意気地のないデカオヤジどもに、どんな滝だった?って聞かれたから、いやぁ、あんな凄い滝は見たことないよ、だってチンパンジーが水浴びしたり洗濯してたぜって、教えてやったら、二人ともそれホントかって、怪訝な顔してた。(爆)

さて、次は今夜の宿へと向かうスクーター軍団。最後尾を走るピーター隊長の颯爽としたお姿はこれ↓。。

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こっち↓はちょい悪シーシーちゃん。え、なんで止まるんだ?なんだ写真撮ってるのか。。

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ほら、ピーターみたいに↓風切って颯爽と走ってみなさいよ、カッコいい写真撮ってあげるからさー。。

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でもなかなか渋いちょい悪シーシー↓、うーん、こりゃ若い時には相当もてたと言うのは本当かも知れんな。。

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今日の宿は、Abdi Homestayというハラウの宿の中ではひと際人気のバンガロウ。50mもの断崖から垂直に落ちる滝のすぐそばで、反対側は一面の田んぼなんだそう。おお、見えてきた、おー、あれが50mの滝か。。

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どうやら着いたようだけど、ここがピーター隊長イチオシの宿らしい。

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バイクを停めて、さてどこが我々のバンガロウかなぁ?すると、突然ニコニコ現れたのがこの宿のオーナー氏↓。

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オーナーの挨拶に、すぐ冗談で返すシーシーちゃん。ホント感心するけど、誰とでもすぐに打ち解けあえる真似のできないいい性格してる。おお、ここ↓が我々のバンガロウだってさ、と即、宿チェックに入る面々なのだが・・・・

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まずは1階、え?これダブルベッドじゃん。はぁ、またかよ。で、もう一個のベッドルームはどこ?おっ、ここロフトがあるんだ。

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でもロフトもダブルマットだよ。蚊帳もついてるけど。

ねぇ、どうする?今夜のベッドアロケーション?2階のロフトは誰?と、またまた相談、相談。この梯子きつそうだよ、んじゃ、いいよ、この梯子きつそうだからオレが2階に上がるよって、さも犠牲的精神発揮してみたいなこと言ったけど、内心、オレは嫌だよ、あんなダブルベッドに男と寝るなんて、絶対嫌だって思ってたんだよね。へへん、先に言ったもの勝ちってことだよ。。

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で、その他の設備はどうかな?ここがバスルームか。おぉ洋式トイレにバスタブ?じゃないんだな、これが。。貯水槽だよ、トイレも水浴びもここに貯めてある水を使うんだよ。だからもちろんコールドシャワーってことだけどね。

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で、ダイニングはどこ?ダイニングは別棟だってさ。お、あれ↓だ。

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早速ダイニング棟に出かけてみたら、なんと先客がいましたよ。聞けばオーストラリアとニュージーランドから来たという↓ヤングカップル。なにやらいろいろ話を聞くと、旅先で最近知り合ったカップルらしい。え?それで同じバンガロウ?同じベッド?なんてことは聞けないから、団塊オヤジ3人組、彼らが居なくなってからいらぬこと想像しまくって抱腹することしばし。(#^.^#)

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そういえばオレたち昼めし食ってなかったよね。軽く食べてコーヒー飲んでから、辺りを散歩しようということで、外歩きに出かけた団塊シニアの面々。お、かわいいちっちゃな滝発見。

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どれどれ、と半ズボン捲り上げて水に入る↓ちょい悪シーシー。

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宿からちょっと離れると、50mの断崖絶壁が良く見える。今夜は滝の水音と、田んぼのカエルの鳴き声聞きながら眠るのか、カップルならばロマンチックだろうが、団塊オヤジのトリオには浪漫のかけらもあるわけないし・・・

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お、田んぼの用水路で釣り↓してる。ナマズでも釣れるのか知らん、、

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田んぼの畦道歩いてたら、いきなり空が暗くなり土砂降りの雨に見舞われた。おかげで全身ずぶ濡れ。おまけに黄門さまのサンダルの鼻緒が切れて、泣きっ面にハチ。↓田んぼの畦道、裸足で歩くピーター黄門さま。

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しょうがない、サンダル買いに行こうぜと、小雨の中、店のある通りまで歩くトリオ隊。

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雑貨屋2軒あたるも、1軒は売ってない、もう1軒はあるにはあったが小さ過ぎて黄門さまの巨大な足には無理だった。やむを得ず遠くの店まで歩くオヤジ三人連れ、うち一人は裸足。すると、途中、うまそうなもの売ってる店発見。ちょっと小腹も空いたので、なにか食べていこうと立ち寄り決定。早速テキトーなインドネシア語と身振り手振りで冗談飛ばしすちょい悪シーシーとオイラ。お店の人にも通りすがりのおばさんにも受けて、受けて、、いやここでもみんな抱腹。。ヽ(´∀`)ノ

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おかげでオイラも笑いまくり、食いまくり。。

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そのうち、何処からか少年たちが寄ってきて、写真をせがまれる黄門さまとシーシー。やっぱり何処でも人気があるぜ白人は。しかし不思議と年は関係ないようだ。こっちは同一人種とみなされてるからかちっとも寄ってこない。いいんだか、悪いんだか、ちと複雑な気持ちだぜ。。

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傘もないのに小雨は止まず、濡れて冷たくて気持ち悪いし、その上一人は裸足と来てる。とても文明人とは言い難いのだが、通りを歩くと皆が声掛けしてくれるから不思議だ。しかしようやくピーターが履けるサンダルみつかって、良かった、ホッとした。

その夜は、レストラン棟でのビンタンビール付き豪華ディナー、と言っても客にメニューの選択権はなし、出されたものを食べるだけ。それでもビンタンビールがすすめば今夜もますます絶好調。さらに例のヤングカップルのスペシャル話題をつまみに盛り上がる変なオヤジたちなのだ。

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すると突然の停電で瞬時に辺りは真っ暗となったが、従業員がすぐさまローソク灯してくれた。実に手際が良い、手慣れてる、ということはこんなことがしょっちゅうあるってことだな。でもたまにはこれもいいもんだ、幻想的で実にいい。ところで今、彼ら(ヤングカップル)は何してるのかな?なんてまたまた下品な話題に抱腹する下品なオヤジ三人組なのでありました。

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それからまもなく停電は復旧し、今夜もたらふく飲んで食べた我々は、バンガロウに戻りそれぞれのベッドに横になるうち滝の水音やうるさいカエルの大合唱など、さほど気にもならずに朝まで熟睡したのだったが、これは実に健康的な旅なのだ。

明けて翌朝、Day 5(11月21日)は、ご覧のとおりの日本晴れ、いやスマトラ晴れか。実に見事な景観に口をあんぐり開けて固唾を飲むオヤジたち。

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朝めし食いにダイニング棟に行ったら、昨夜のカップルはもう出発したとのことで姿は見えず残念無念。代わりに、昨夜遅くに到着したという、なんとマレーシア、それもKLからの夫婦連れに遭遇し、もちろん共通話題は山ほどあって大いに盛り上がったことは言うまでもなし。

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↓断崖と滝をバックに写真に収まる団塊シニアトリオとマレーシアのシニアカップル。

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この後、宿を出た我々は、昨日まだ見ぬ滝を見ることに。↓これは3番目の滝。え、番号はどう数えるのかって?さっきも言ったけどそんなこと分かるわけないっしょ。ただ復唱してるだけだよ。

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ほら、今度はこんな感じの滝でっせ。

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近くに居た若者たちも寄ってきて、一緒にハイポーズ。

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↓シーシーちゃん、男の子たちにもモテモテでまたまたハイポーズ。

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バイクを置いて、きれいに整備された果樹園のような林を奥へと歩いて行くと・・・

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おお、ここ↓にもこんな滝が・・・・

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近くに寄ると↓こんな感じ・・・

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滝はもういいやと、ハラウの断崖をちょっと離れた距離から眺めたところ。あの特徴的な縦の縞々はなんだろうね、ピーター隊長!すると物知りSil-Silが傍から、イケサン、あれは花崗岩だからだよ。花崗岩ってのはマグマが出てくる過程で固まってできる岩石だからあんな層状に縞ができるものがあるんだよ。おぉ、なるほどねぇとうなづくひねくれだったが、分かったような分からないような、いや、ホントはちっとも分ってないけどね・・・それにしてもSil-Silは物知りだ、感心するよ。

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さてDay 5の今日は早めにブキティンギに戻り市内見物でもしようじゃないか、と昼前にハラウを後にした。幸い、今日は天気もいいし、爽やかで気持ちのいいバイク乗りなのだ。

途中、↓ピーター隊長先導でこんなところに立ち寄った。DEWAN PERWAKILAN RAKYAT DAELAH KABUPATEN LIMA PULUH KOTAと書いてある。つまり、この辺り50の市区の代表議会というところだろう。しかしこのミナンカバウの建築様式は遠くからもひと際目立つランドマークだ。

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おや、同じ敷地内にもう一か所同じようなミナンカバウ様式の建物↓がある。こっちは、KANTOR BUPATI LIMA PULUH KOTAと読める。なるほど周辺50の市区の本部なのだそうだ。つまりこれが地区の統合市役所で、さっきが地区統合議会ってところだろう。たぶん当たらずと 雖(いえど)も 遠からずだろう。

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うーん、あの山↓はなんだ、メラビ山か、いや地図で確認するとどうやらもっと近くのサゴ山という山のようだ。標高2271mとあったからメラビ山やシンガラン山よりちょっと低山か。しかし、どうなんだろうこんな近くに独立峰が3つもあるなんて、これって珍しいのか珍しくないのか分らんが、少なくても私にとっては心強い気がしないでもない。だって見慣れた鳥海山が3つもあるようなもんだから。。。

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時計を見るともうお昼もとっくに過ぎた午後1時。腹も減ったしランチにしようかと立ち寄った、峠の茶店ふう。ほほう、ここから眺望↓はVery Good!

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茶店のオネーさんに何か食べ物をと頼んだら、出てきたのが卵入りインスタントのカリーヌードルだったけど、ところ変われば舌も変わる。出されたものがなんでも旨いのだ。ちょっとお疲れ気味だからとバッファロー印のスタミナドリンクを飲むシーシー。黄門さまは寸時を惜しんでマップチェックを怠らず、さすが旅のリーダーだけあると、感心感心。。

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真正面に見えてきたのは、今度はメラビ山。どうもこの辺り、同じような山が3つもあって旅行者には識別が難しい。なので、え?まだあの山があそこに見える、今度はこっちに見えると、どうも体内ジャイロコンパスがこんがらがってしまうのだ。

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それでもリーダーのピーター隊長とシーシー副隊長のおかげで、予定通り、早々とブキティンギへ帰り着いた団塊シニアトリオ隊。

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宿への帰り道、例のカフェ、なんていうカフェだっけ、そうだDe Kock Cafeだ、その前を通ったら、なんとララとあのドイツのおばさんに出会った。二人とも今日も陽気だテンション高い。分かった分かった、今夜もここで飲もうぜ食べようぜ。。

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宿に着き、我々の3ベッドルームがほかの客に占領されていないかとちょっと心配だったが、そんなこともなくひと安心。しからばブキティンギの市内見物にでも行こうかと早速腰を上げるまだまだ若い団塊トリオなのだ。

宿から歩いてBENTENG FORT DE KOCKにやってきた。ここは昔、オランダ軍の要塞陣地だったところだそうだ。なに?入場料とる?いくら?え、10,000Rpだと?高い!止めたと黄門さま。えっ、なんで?たった1万ルピア(100円未満)だよ、と私。だめだめイケサン、外人だけぼったくって、同国人にはただ同然、との浅ましい気持ちが許せないのだ、とピーター隊長、変なところに意固地なのだ。でもその気持ち分かるよ、いつもマレーシアの観光施設などで腹立たしい思いしてるからね。。

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次にやってきたのが、ブキティンギの観光名物No.1、Jam Gadang、つまり大時計だ。

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これ↓が、その大時計か、なるほどね、、と感心したフリするひねくれ三人組。

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大時計の前でこんなことやるかのポーズ。まったくいい年こいてなんてこった。

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それにしても期待のメラビ山は今日も雲帽子。そうそう簡単にはてっぺんを拝ませてくれないのだ。

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ということで、今日の最後も、ここDe Kock Kafe・・・じゃなかった、あそこは食べるもの、ろくにないからその前に美味いもの食おうとまたまたララ隊員にご足労をお願いし、そしてあの陽気おばさんもご一緒で、この辺では一番美味いというスマトラ名物パダン料理を食べに行った↓のだが・・・

いやおいしいですよ、考えようによってはね。でも、、口では美味しいっていったけど、なんだこんなもん、、なんて悪態ついていたのはオイラだけだったかも知れん。

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もちろんこの後は口直しのDe Kock Kafe。ララも陽気おばさんもごちゃまぜで、さんざん飲んで、飲みまくって、喋りまくって次第に意識朦朧となる幸せな団塊シニアトリオ隊なのでありました。(Day 6に続く。。)

(筆者あとがき)コンパクトにまとめるはずが、今回もだらだらの長文になってしまい文才のなさを痛感しています。次は掲載する写真を厳選して短くまとめようと心に誓っていますのでご容赦!



団塊シニアのスマトラ島横断バイク旅、今日はDay3(3日目)です。


↓これは西スマトラ州にある高原の町、ブキティンギの安宿(Bukittinggi Holiday Home)での朝食です。なるほどBreakfast includedとはこう言うことだったのですね。今回の旅でこの安宿には都合3泊もしたのですが、毎朝これ(インドネシア版ナシゴレン)でした。


毎朝、この朝食を届けてくれる宿従業員のヤングボーイに聞いたら、どこかその辺の屋台で買ってくるのだそうです。でも、これしかないと思えばなんでも美味しく食べられる。特にこの朝めしは玉子とレタスとエビクラッカーとほんのり塩味が聞いたナシゴレンが絶妙で、土産に持ち帰ろうか・・・・とは思わなかったけど、まあ十分でしたね。


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さて、この朝、この宿のスィートルームとも言うべき3ベッドルームに滞在していたファミリーが朝早く出立したので、宿のオーナーから向こうに移っても良いと言われて、早速荷物をもって移動してきた我々ですが、おお、なるほどここは良い。見て下さいよ、このリビングルームの広いこと。これじゃあ、夕べ泊まったところとは雲泥の差だぜ。

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ピーターがブッキングコムで見た写真のとおりだとはしゃいでる。なるほど↓こんなルームが3つもあってベッドアロケーションで悩む必要もない。こりゃ快適そうだ。
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おお、キッチンもこんなに広い。え?きれいじゃないって?なんのなんの、これで十分、これで文句言ったらこんな宿には泊まれない。
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わお、ホットシャワーも付いてる。夕べのシャワーはコールドだったからなぁ。さすがに冷たくて思わずブルったよ。


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トイレも洋式だしね。でもこの水洗は水道が繋がってないから、隣の水槽(浴槽ではない)から柄杓で汲んで流すんだけどね。
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どうだ、良いだろう、これがオレがブッキングした3ベッドルームだよ、とドヤ顔のピーターとそうだそうだと頷く他の二人。
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昨晩バイク屋に頼んでおいたレンタルバイクが宿に届き、早速バイク旅に出陣するひねくれトリオ隊。
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昨晩現地採用したララ女性隊員およびその彼氏風と約束どおり、De Kock Cafeにて合流し・・・・
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今日のバイク旅の打ち合わせをするトリオ隊。打ち合わせの結果ララ隊員の案内で当初の予定にはなかったPacu Jawi(Mud Cow Racing)なるものを見に行くことになった。。聞けば、ここから50kmほど南にあるバツサンカ(Batusangkar)と言うところでメラビ山(Gn. Marapi)の向こう側の麓らしい。
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それにしても女性隊員ララちゃん、やけに親切だ。こんなムサイおやじたちに1日付き合ってくれると言う。ピーターとシーシーに、ララちゃんに謝礼でも払わなくちゃいけないのじゃないか、などと相談したひねくれだったが、なぁに昼メシでも奢ればそれでいいさ、とあまり意に介さない様子の二人。。 


と言うわけで、臨時雇いのララ隊員を先頭に快調にバイクを飛ばすトリオ隊。かく言う私はバイクなぞ、何十年ぶりだろう?しかも生まれてこの方、原付バイクしか乗ったことがないこのひねくれが、今、110ccだか120ccだかの小っちゃいけれど結構スピードの出るバイクでいっちょ前に飛ばしてる。(最初こそちょっとビビっていましたが、根がこんなことが人一倍好きなだけに、すぐに慣れました)
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町を出るといかにも長閑な田園地帯の田舎道。今日はバイク旅の初日。だが天気は次第に下り坂のようで、進行方向右側に見える筈のシンガラン山も雲に隠れてよく見えず。ところでこのシンガラン山、活火山で標高は2877mと言うから鳥海山よりもちと高い。ちなみにブキティンギの南側にはこの山と、これより少し高いもうひとつの火山メラビ山と言う山が二つ並んで座しているがどちらも鳥海山と同じ独立峰だ。山麓の田園風景は我が故郷庄内と似てなにか懐かしい。
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晴れていれば↓こんな風に見えたハズのシンガラン山。(ネットからの借り物画像です)  
 Singgalang (@udafanz)a 
途中でカメラストップ。後ろに見える建物は、とんがり屋根が特徴の、この地方独特のミナンカバウ(Minankabau)様式のなんとかいう昔のお偉いさんの家だそう。(註: Minankabauとはここ西スマトラの高原地帯に住む民族集団のことを言い、女系家族で有名)
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私の前でポーズをとるララ隊員↑、だけどこの後、実は彼女から寝耳に水のこんな↓申し出が・・・・

「みなさん、心優しいトリオ隊のオジサマたち、ここで突然ですが、、、、、今日のワタシのガイド料は一人○○〇〇〇〇〇Rpです。ワタシにも生活がありますしぃ、遊んでられないってことなんでーす。だから、お・ね・が・い・しまーす。」  

え、なに?ララちゃんがガイド料払ってくれって?そっか、そうだよなぁ、女の子にタダでいろいろ案内してもらえると思ったオレたちが甘かったんだよ・・・・・(# ゚Д゚)  

黄門様ご一行、角突き合わせてまたもや相談、相談。。いや、どうも薄々感じていたんだが、彼女はプロのガイドだぜ。あそこ(De Kock Cafe)でいつも客待ちしてんじゃないの?とこの私。。うーん、でも、なかなかいい子だし、ここはララちゃんのいう通りにしようじゃないか、オレたち太っ腹ってとこ見せようぜ、とシーシーちゃん。えっ、太っ腹はSisiちゃんだけじゃないの?とはオイラの独り言だったけど、最後は隊長ピーターのOK、GO!の大英断で決まりなのだ。( ´艸`) 

しかしこのララ隊員、そうと決まったらますます愛想も良くなって、なんでもよく知っていて弁舌爽やか、さすがプロのガイドだわい。

↓ここはこの界隈では超人気だと言うビカ・タラゴ屋さん。ビカ・タラゴとはパンケーキのようなローカル菓子でバナナ味とシナモン味の2種類だそうな。
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店内には大きな土窯があり、目の前で焼いてくれるのだ。
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ますますララ隊員と意気投合し、快調に冗談飛ばすSisiちゃん。
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これはシナモン味のビカ・タラゴ。うん、なかなか美味ですわい。
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店の前に停めたレンタルバイクたち。私のマシンは一番右の可愛いホンダ製。ところでインドネシアでは、バイクのことはみなホンダと言うらしい。初めて聞いたがなるほどなと思う。
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 ↓Rumah Tenun Pusako Pandai Sikekと言うなんとも美しい建物の前でカメラストップ。
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なかなか絵になる佇まいだこと。
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Rumah Tenunとは織物の展示館のようで正面外壁にはきれいな織物が装飾されている。
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ところがこの後、懸念していた雨がとうとう降り出し、慌てて雨合羽を羽織る面々。
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雨が次第に強くなって、途中どこかの軒先でしばし雨宿り。
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ようやく雨も止み青空が見えてきた。これ↓は途中のSurau nagari lubuk baukと言うモスクの前で、Sisiちゃんとのワンショット。
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おっと、もう午後1時半だけど、本日メインのPacu Jawi(Mud Cow Racing)が午後3時半までなんだそう。先頭のララちゃん飛ばすこと、飛ばすこと。山麓に点在するたくさんの村落のうねうねした狭い道を、右に左に縦横無尽に突き抜けてひた走る。私なぞ着いていくのが精いっぱいで周りの景色など眺める余裕もなしだった。

そして・・やっと着いたメラビ山麓のPacu Jawi アリーナ、、と言うか、単に田舎の泥田だそうだけど。。雑木林を歩いて下りると・・・・・・・
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なにやら賑やかな音楽や人々のどよめきなどが聞こえてきて・・・・
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おお、見えてきた、見えてきた。あれが泥田のアリーナだ。
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時は午後2時半過ぎで、すでにレースは渦中の模様。

 
Pacu Jawiとは、収穫後の泥だらけの田圃で行われる家畜の牛のレースのこと。Pacuはミナンカバウ語でスピードレース、Jawiは牛を意味している。ただ、このレース、競馬などとは異なり、牛を競わせ順位をつけるものではない。2匹の牛が竹製の鋤に乗った騎手に御されて田圃を疾走するが、最後まで真っすぐ突き進むことができる牛のペアが最良とされ、売買の際の評価が上がる。観衆は金を賭けたりはせず単に楽しむだけとのこと。このレースはこの地方で数百年前から続けられている伝統的行事で、踊りや伝統楽器の演奏もあり、最近では内外の観光客に人気がある。
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Pacu Jawiの様子を動画↓に撮っていますので、とりあえず御覧あれ。
   
アリーナには食べ物屋台や飲み物屋台も出ていて、こりゃまるで田舎のお祭りですな。
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シーシーとピーターの行くところ、すぐに女子供が寄ってくる。背が高くて目立つのと、白人が珍しいのだろう。至る所で子供やヤングガールたちに囲まれる。もちろん気を良くした二人はご機嫌ニッコニコ、いや平和な光景ですなぁ。
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しかし、このひねくれ団塊のことは、同国人と思われたらしく、誰一人も気に留めてくれない。既に何度もインドネシア人だろうと言われた。いや違う、日本人だと言うと、じゃあ日本語は話せるかなどと言われる始末。以前から現地に溶け込むを望んできた私だが、こうまで言われるとなにか寂しいものがあるような。。
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さて、ひととおりPacu Jawiを見た一行は、今度はパガルユンパレスと言う名の、この地方(ミナンカバウ)の王宮博物館に立ち寄った。
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雨はすっかり上がりすがすがしい青空が見えている。それにしてもミナンカバウの建築様式は特徴的だ。
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どこぞのケバイおばはんたちに誘われて、ハニカミながら写真に納まる我が黄門様。
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王宮の中は、専属のガイドさんに懇切丁寧に案内していただいた。
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来館者名簿に記帳してくれと言われて、名前と国籍を記したら、係の女性に、えっ、日本の方ですかと驚かれ、写真撮影をせがまれた。いやぁ、こう言うのって悪い気はせんもんですなぁ。。


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おや、ララ隊員がどこぞのおばさんと親しそうに話してる。

会話はドイツ語のようだからピーターもシーシーも黙っちゃいない。途端にオイラを除くこの四人、矢継ぎ早やのドイツ語トークで盛り上がり、お陰でオイラは置いてけぼりだ。聞けば当地にドイツから一人で遊びに来たというお方だそうな。ララちゃんとはやはり例のバーで知り合いツアーの約束してるらしい。


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このドイツおばさんのステイもブキティンギだそうで、そりゃぁ都合がよい、帰ったら一緒にメシ食ったり飲んだりしようじゃないか、と、ちょい悪オヤジたちがちょっかい出したら、なんと、はいヨロコンデとの返事。。。いやどこにもいるもんですなぁ、ノリノリおばさんが。。


ブキティンギへの帰り道、お茶して行きましょう、と案内されたのがここ。


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なにかの葉っぱを煮詰めた汁で健康に良いお茶とのことだ。漢方系の葉っぱだろうと思うが仄かに甘い香りでしたなぁ。


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無料なので何杯でもご自由にどうぞ、とはララ隊員の弁。それに加えて我が黄門様は、土産物売り場から貰ってきた試食用のローカル菓子をちゃっかりと茶菓子にするところなぞ流石と言わざるを得ませんなあ。

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雲の切れ間から仰ぎ見るメラビ山の夕景はなにか幻想的で神々しいのだ。


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それは良かったのだが、宿のあるブキティンギまではメラビ山を反時計回りに回りこんでまだ40kmもある。雨もまた降りだして、暗くてよく見えない濡れた夜の山間道路を無茶飛ばして走るバイク旅は半端じゃなく恐ろしい。

雨脚も強くなり前方視界がますます悪くなる中、右に左に急カーブする上に、上り下りの坂道が連続するものだから、前を走るちょい悪シーシーを見失うこともしばしばで、追いつこうとスロットル全開で必死に喰らい付くひねくれ団塊。。いや、今日が初日のバイク旅と言うに、こんな必死のバイク乗りで果たしていいのだろうか、こんな地の果てスマトラで、まだ死にたくないよ、慌てるな、慌てるなと、何度も何度もわが身に言い聞かせながら、ホウホウの体で帰り着いたこのひねくれ団塊なのだが、その後の夕メシ時にちょい悪シーシーが、イケサンもっと早く走れないの、だと?

なにぃ、、オレは今日、何十年かぶりにバイク乗ったんだぞ、まだ慣れてないんだよ、もっとこっちを気遣えよ、ったくぅと罵るひねくれ団塊。まぁまぁまぁと仲裁に入る黄門様、、明日はもっとゆっくり走ろうやとなだめてくれて、お陰でなんとか気を取り直したが、最後は小荒れのDay3だったかも。。

でも、明日は泊りのバイク旅、天気が良いといいけど・・・・と今日もビンタンビールをたらふく飲んで騒いで、帰って寝たトリオ隊なのでした。

(Day4&5に続く)




(Day1からの続き)

これ↓は、2日目の朝、ホテルの部屋から見たペカンバルの町です。よく見たら結構大きな町で、後で調べてみるとそれもその筈、リアウ州の州都でなんと100万都市なんだそう。(すみません、今回の旅もリーダーのピーターにオンブにダッコ。ろくに事前勉強もしないで参加しています)

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朝から快調に冗談飛ばすちょい悪オヤジのシーシーです。

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それで、朝めしはコレ、だけ?なんか、前宣伝とはちょっと違うんじゃないか?確かピーターの話だと、Good breakfastの筈だったんだけどね。でも、昨日のフェリーボートのランチよりはマシだし、考えようによっては減量にいいGood breakfastだもんな。。

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ちょい悪シーシーやこのひねくれ団塊のくだらんジョーダンに仕方なく付き合い、作り笑いするホテル食堂受付に居たスマトラ美人の娘御(推定)たち。。お、ピーターのいうことはホントだったよ。ほら、後ろにHAVE A GOOD BREAKFASTって書いてある。

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さて旅も2日目(Day2)となり、今日は西スマトラの高原の町ブキティンギに移動するだけ。ピーターの説明によると、長距離バスが発着するバスターミナルが町外れにあるらしい。ここからタクシーで移動するとのこと。

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天気は昨日とは打って変わってどんよりした曇り空。今にも雨が降り出しそうだけど、今日はバスから下りて歩くようなところもないし、バスの中でゆったりと寝て行けばいいやと、今日も気楽で呑気なオヤジ連。。。

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町並みは何の変哲もなく、カメラを構える意欲もなかったのだが、運転手の、さぁ着いたよ、ここがバスターミナルだ、という声に一同????

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なにやら特徴的な門を潜ると、そこはいやにガランとして人気のない、まるでゴーストタウンのような古いターミナルだ。何処にバスが?どこに待合客が??一同ぽかんとしていると、突然どこから現れたのか、胡散臭い男たちの一団が近づいてきて、何処に行く?ブキティンギ?オレの車に乗れ!こっち来い!と、どの男も同じことを声高に叫びながらこっちの腕を掴み四方に引っ張ろうとする。

な、なんだ、こいつらは。ま、待てよ。オレたちはブキティンギに向かう乗り合いの大型バスを探してるんだ、バスはどこだ?ピーターが叫ぶも、皆、英語を解せず、意味がさっぱり通じない。彼らのインドネシア語は兄弟言語のマレー語をある程度は話せる私やシーシーにも難解でほとんど会話にならないのだ。

そのうち、これもどこからか現れた英語が解ると言う老人が通訳し始めたのだが、そんなバスは1日待ってもここには来ない。じゃ何処ならバスが来るのだ?それはここだ、と堂々巡り、訳の分らぬ押し問答。

待合客などどこにも居ないガランとした古ぼけた建物の一隅でそんな押し問答を続けていたら、今度はなにやら警備員のような制服姿の男が現れ、ブキティンギまで行くバス会社を紹介すると言う。そしてオレがそのバス会社の人間だというこれも胡散臭い男が前に出て、うちのバスに乗れ。60万Rpだと言う。

ちょっと待て、バスってどんなバスだ?乗り合いか?怪しげな英語を操るその男曰く、心配するなちゃんとしたバスだ。7人乗りだ。なに?7人乗りだと?そうだ、7人乗りのバスに客3人だ。

うーん、我々のイメージするバスとは違うようだが、客は我々3人しかいないようだし、、、と、またまたこそこそ相談する我々トリオ。それに60万なら昨日と比べても高くない、よしこれで行こうと隊長ピーターの決断は早い。

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さて、そういうことでその男に金を払い、20分ぐらいでバスが来るからここで待てと言われて待つこと1時間余。。おい、いったいどうしたんだ。車はいつ来るのだとの我々の詰問に、男は何度も何度もあと10分で来るとか、あと5分だとか、そこまで来ているがバスがガス欠した。あと3分待てとか、おいおい大丈夫なのかこの男。。

さらに待つこと数十分、一行の怒りも頂点に達した頃をまるで計ったかのように小さなバン現る。おお、ようやく来たか、ま、来たならコレで良しとしようと一同このバスならぬ小型のバンに乗り込み、一路ブキティンギへGO!だった筈が、しばらく町中を走った後、あれ?ここ、さっきと同じところじゃないの?

おいおい、これはどういうことだ運転手くん、と尋ねるも、言葉が分らんのか、聞こえない振りしてるのか、そのうち、とある道端に急停車。ドアを勢い良く開けて、エンジン回したままドライバー立ち去るの図。あっけに取られていたら、今度は別のドライバー物も言わずに乗り込んできて急発進。

これはいったいどういうことなんだ?運転手に何度も尋ねるも一切ダンマリのまま。一同やや不安を感じ、さらに強い口調で説明しろと怒鳴ると。またもや、どこかの道端に急停車。そして別の男が乗り込むの繰り返し。この間、計5人も運転手が変わり、最後に客のような男一人、無理やり後席に乗り込んで来てやや唖然としたのだが、聞けばやはりブキティンギに向かう客だと言う。そうか、これでいよいよブキティンギに向かうのか。

車内の我々三人、ことの顛末を整理し目下の状況を判断してみたが、どうやら町中をグルグル廻りながら、今まで乗り合いの客探しをしていたようだ。ようやく客が一人見つかって、いよいよ出発のようだから、OK、我々もこれで良いことにしようじゃないか。どうせ今日は時間がたっぷりあるし、急がない旅だからとはリーダー・ピーターの弁。

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ペカンバルからブキティンギまでは約230km、道路もよく整備されているようだから、昨日とほぼ同じ5、6時間の車旅だろう。ただこの車、最初は我々3人で貸し切りだった筈が、どう言うわけか、さらに一人増えて4人となった。さらに途中、この車はエアコンが壊れているからと窓を開けさせたりしたが、実はエアコンは壊れてはいなかった、ガソリンがほとんど空だったので補給するまで燃料を節約していたのだ。挙句の果てにこれからガソリン補給するから金払ってくれないかと言われたりで、もちろん運賃は支払い済みだとしてビタ一文たりとも払いはしなかったが、なんともケチ臭い怪しいバス会社でしたなぁ。

ところで、バスって言うと観光バスや長距離バス、それに路線バスをイメージしがちだが、この他にもミニバスというのがあって、大体10から30人程度の大型のバンや小型のバスのことを言う筈だ。どうもこの辺の認識に差があるらしいのだが、この地方の男たちが言うバスとは普通乗用車サイズの小さなバンも指すらしい。最大6人乗り(どう見ても7人乗りではない)の小型のバンに大男2人を含む4人の客と荷物を載せるとそれだけで窮屈なのだ。

ピーターによると、↓このあたりで赤道を越える筈だと言う。でもそんな標示はどこにも見えず、ドライバーに聞いても、同乗の客に聞いても知らないという。

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よし、あそこ↓で聞いてみよう。なおピーターが事前にマップで調べた結果、確かにこの辺りを赤道が通っているそうな。

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この近くにKatulistiwa(赤道)が通ってるでしょ?と尋ねてみたら、いやここじゃないよ。もっとずっと北でしょ、メダンの近くじゃないの?、と明らかにいい加減なことを答える土産物屋の女たち。

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こっちの娘御と妙齢のご婦人も、同じような返事でさっぱり役には立たないが、それでもなかなかの美形ぞろいで飛び切り愛想が良いから許すとしよう。

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お、これ、ミカンだよ。へぇ、ミカン栽培してるんだこの辺りで?と言いながら数個買って口に含んでみたが、あまり甘くない、酸っぱくもない、なにか頼りのない味のミカンでしたなぁ。おいおい娘さん、そんな顔隠さなくても良いじゃん、ほかに誰も見ていないんだしさ。。

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道路は主要幹線道路だからだろうが、想像していたより立派。で、道路沿いの家並みは大体↓こんなもんで、なにかとても懐かしい気がするが、現代の日本でも探せばこんな家並みがまだあるかも知れんな、などと、これは私の独り言。

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でもこの辺りどこの家の前や脇にも骨傘を逆さにしたような大きな衛星テレビアンテナがあるね。

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峠越えの途中の茶店でちょっと休憩。お、ニワトリが地面の餌をついばんでるぜ。昔、生まれ育った田舎でよく見た光景だけどね。そういえばマレーシアでもよく見るよなぁ。。

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おほっ、素朴でいいね、茶店の土間だよ、これ。

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峠の茶店で記念のショット。大型の二人の間に挟まれるとどうも気後れするんだけどね。

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少し天気も良くなって、峠の茶店からの展望はこんな感じ。どう?なかなかのもんでしょう。

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え?この道路右に居並ぶ屋台群は一体何だろう??

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どうやら渓谷に架かる橋のようだな。

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橋の上から下を覗き込むと、おぉすごい。眩暈がするほど高い。

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だけど、この橋あまりに大きすぎて全体の構造がどうなっているのかがさっぱり分からない。

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グルグルと下に下りてから上を見上げるとこんな感じ。でも結局全体像が分からない、

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しょうがないので後でグーぐって調べた結果が↓コレ。借り物画像だがこれだと全体像がよく分かる。奥がペカンバル方向。われわれは奥から手前に向かって走って来たのだ。

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ネット情報によると、リアウ州と西スマトラ州を結ぶ道路上、パヤクンブの町から東25kmの渓谷に架かる橋とのこと。通称Kelok 9(9曲がり)と言い、今ではこの地方の重要な観光資源でもあるそうな。

さて、橋でしばしカメラストップをした後、一行を乗せた小型のバンは、一路ブキティンギへ今度は西へ西へと走る。時計を見ると既に3時過ぎ、隣のドライバーに尋ねるともうあと少しだと言う。この頃になるとこの運転手くん、かなり打ち解けて来て、彼のインドネシア語とこのひねくれのマレー語が大分通じるようになる。

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すると、突然車は道路端のとあるドライブインでストップ。運転手くんと他の客一人、何も言わずに車を下りたが、どうやら食事をしに行ったようだ。そう言えば、昼飯食べてなかったよ、オレたちもね。でも、そんなに腹減ってもいないし、食事はブキティンギについてからにしようと言うことになり、まぁでも、土産物でも覗いてみるか。。

ハローと声を掛けると、ニコニコにっこりなんとも陽気なガールたち。カメラを構えたらほらこんなポーズ。

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すかさず、一緒に撮ってもいいかと尋ねると、近くに居たガールも呼び寄せこのポーズ。

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それを見た我がちょい悪オヤジたち、悪乗りしてここまでやるかのこのポーズ。(笑)

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それにしても摩訶不思議なのは赤道(緯度ゼロ度ライン)のこと。前の土産物屋の女たちの言うことが信じられずここでもいろいろ尋ねてみたが、皆、異口同音の答え(もっとずっとずっと北だ)とはどういうことか。これも後で調べてみて分かったことだが、インドネシアには正規の赤道モニュメントが二つあって、一つはカリマンタン島、そしてもう一つは確かにここ西スマトラにあるのだそう。

西スマトラ州のPangkalan Koto Baruの Koto Alamに、なんとその名をSakido mura(赤道村)と言う村があるそうな。そこには確かにインドネシアで二つ目の赤道モニュメントがあって、おまけにオランダ軍を追い出した当時の日本軍が、そのモニュメントを日本の国旗の色に塗り替えたと言うエピソードまである。

↓これがそのモニュメントなのだそうですが、日本国旗と言うより、ポケモンゴーそっくりで笑っちゃう。

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(ネットからの借り物画像です)

まさか当時(1941-2年頃)の日本軍が現代のポケモンゴーなど知る由がないのだから、これはまったくの偶然なのだろうけどね・・

しかし、これで分かった。やっぱりピーターは正しかった、この道路で間違いない。道路わきに設置してあるというそのモニュメントを見逃したのは残念だったが、赤道を我々は今さっき確かに通過してきたのだ。

でもこのことを地元の人たちが知らないと言うのは摩訶不思議というより謎だ。まさかこの女たちはEquaterやKhatlistiwaのワードの意味を知らないなんてことはないだろうが、ひょっとしてそんなことにはまったく興味がないのかも知れないな。。

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結局何も買わずにローカル菓子の試食と女の子からかっただけのトリオ隊は、食事から帰ってきた他の二人と合流し、再びブキティンギへと車は走る。車窓をぼんやり眺めているとこんな田んぼのグリーンが心地良くて、ついうとうととしてしまうのだ。

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車窓をぼんやりと眺めていると、次第に人家が増えてきて・・・・

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大分町らしくなってきた。

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おお、どうやらブキティンギの町に到着したようだ。

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その後、同乗の客一人をどこかで下した運転手くん、ピーターが書いた所番地や宿名を頼りに町をグルグル走り回り、聞き回り、ようやく辿りついたのが↓ここ。。で、でも、、ン?それらしい建物もないし、看板もなんにも出てないけど、どこが今日からの宿(Bukit tinggi Holiday Homeという名)なのか?

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さらに何人かの地元の人に尋ね、どうもこの先にそれらしい家があるらしい、と案内されたのがここ↓。え?だ、だって、ここ門が閉まってるし、鍵がかかってて入れないよ。ホントにここなのぉ?と一同、何度も所番地を確認し、周囲に何度も尋ねるもどうやらこの門扉の先の家で間違いなさそうだ。

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門扉の南京錠をがぢゃがちゃ弄っていたら、いつの間にか目の前にここの従業員だというヤングボーイが現れ、ロックを解いてくれた。

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門扉の先の家には、トドン被りのおばさんの他、何人かの人たちが居たが、全員ここの客だという。オーナーはどこに居るかと従業員のヤングボーイに尋ねるも、英語をまったく話せず、こっちのマレー語もほとんど通じない。客のおばさんに通訳して聞いてもらったが、オーナーは今、ここから少し離れた自宅に居るという。

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ヤングボーイにすぐオーナーを呼べと言いつけ、さてと思案にくれるひねくれトリオ隊。

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しばらくしてオーナーと称する男が薄ら笑いしながらバイクで現れた。ピーター、ちょっと怒り顔で、ブッキングコムでブッキングしたのだが、これはどういうことだ。。。我々の部屋はどこなのだと問うと、オーナー氏曰く、あんたたちがブッキングした部屋には、明日まで他の客が泊まっているから、こっちの方の部屋で我慢してくれ、などと言う始末。なんだと、ダブルブッキングだと、、冗談じゃないぜ、まったくぅ。。

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それで、なに?こっちの部屋だ?ここ、さっきお宅の若い衆が寝具持って出て来たところだろう?ここに住み込んでんじゃないの?一体全体どうなってるんだよ?と我々三人怒り心頭の顔と態度で迫ると、まぁまぁまぁ、とりあえず、こっちの部屋を見てくれ、だと・・・・

リビングルームはここ↓だ。。ほらちゃんとテレビもテーブルもあるだろう。

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そんで、ベッドルームはここ↓だ。ベッドが二つもあるぞ。

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もうひとつは、2階だ。ここ↓が2階のベッドルームだ。(ダブルサイズのマットレスが敷いてある)

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ここ↓がバスルームだ。

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ちゃんとキッチン↓も付いてる。どうだこれで文句ないだろう。

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うーんと、唸りながらひととおり見て周った我々はまたまた相談相談。。ブッキングコムに載ってた写真とは全然違う部屋だが、もし料金ぐんとを安くするなら今晩一晩はここで我慢しても良い、とオーナー氏に掛け合うひねくれピーター。もちろんOKで即決となったが、それにしてもいい加減なやつだ。

まぁ良い。明日からは向こうの本来の3ベッドルームが使える筈なので、今晩だけはこれで良しとしよう。じゃ、イケサンは今日はどの部屋がいい?とピーター。え、そ、そうだな、どこでも良いけど、んーー、といろんな思いを素早く巡らしながら、んじゃ、2階にするわ、、とこの私。

それにしてもとんでもない奴だ。しかしこんな旅にはこんなハプニングもあっていい。この先何が起きるかまだまだ分からんが、これぞわれわれ団塊シニアの冒険の旅だ。

さて、今夜の宿も落ち着いたし、さあまたビンタンビール飲みに行こうぜ、とまったくめげないわれわれ黄門様ご一行だ。え、黄門様ってあの黄門様?そうだよ、ピーターが黄門様で、ちょい悪シーシーが助さん、このひねくれが格さんだろうな。。

お、なかなか良さげな町だな、ここは。なにしろ涼しいのがいいじゃないか。それもその筈、ここは標高900mの高原の町だ。ハハ、馬車が走ってるよ。向こうに見えるは有名なリンパペー橋だな。。

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お、ビンタンビールの看板掲げたBedudal Cafeと言う名の良さげな店発見。

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え、これ何してるかって?二人とも店のwifiのパスワード聞いてるんだよ。なんだかんだ強がり言っても、ワイフが怖いオヤジたちなんだ。

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まだ夕方6時半と外は明るいが早速冷たいビンタンビールで乾杯だ。くぅー、うんめぇと、一気に飲み干すオヤジ連。

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そして、ここで一番美味なメシをくれと言って、出てきたのが↓コレ。。うん美味い。もっともオレたち今日は昼メシも食ってないもんな。

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あっという間に暗くなって、黄門様がスマホでなにやら撮ってる。何撮ってんのかと思ったら、なんと・・・

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なんだBEDUDALの看板の上下に張り付いてる可愛いヤモリたちだった。

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そのうち、たまたま店に居合わせたと言うバイクのレンタル業者さんも巻き込んで、明日から4日間のバイクレンタルの話しながら、飲む、飲む、そしてさらに飲む。。

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別にオレも眼が座ってきたわけじゃないが、どうもここはやけに涼しい、いや涼しいというよりちょっと寒い。なるほど、今気づいたんだけど、対面のバイク屋さんは長袖のフリース着てるぜ。

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このBedudal Cafeと言う店、後で分かったことなのだが、この界隈では有名なインターナショナルカフェらしい。なかなか雰囲気が良いし、食事もビールも美味しい。ここは一押しお勧めの店かも知れないな。

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外は真っ暗、こんな感じ。

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あはっ、いいね、コレ。。三輪のカートにいろいろ満載した物売りのおばさんが夜道を通る傍にはこれはミルク屋台かな?

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まだ9時、夜はまだまだ早い。なかなか情緒あるプキティンギの屋台通りを通り抜け、さて、今晩は絶対ウィスキー飲むぞ、とますます張り切るちょい悪シーシーとその他の二人。

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あても無いのにうろうろと夜歩きする大男たち。どうも目立つんだよな・・

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そしてついに発見、今夜2軒目のカフェバー、De Kock Cafe。これも後で知ったことなのだが、1軒目のBedudal CafeとこのDe Kock Cafeはこの町の2大インターナショナルカフェバーなのだそう。しかし彼らはこんな店を探しあてるのがホントに上手くてマジ感心するよ。

早速この店に屯っていた地元の若い衆としっかり意気投合するオヤジ連。

そして、これも感心したことだが、店に屯っていた地元の若い衆、皆、英語やドイツ語が極めて達者で会話も違和感なし。聞けば、この店で知り合った外国人客から習い覚えたのだとか・・・

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見て見て、ちょい悪シーシー、残念ながらこの店でも希望のウィスキーにはありつけなかったが、こんな地元のヤングレディになぜかモテモテで、頗るご機嫌ニッコニコ。飲むほどに酔うほどに話は弾み、結局この晩、いつの間にかこのララちゃんを我々トリオ隊の現地隊員に採用することとなり、翌日のバイク旅の先導をお願いし快諾を得たのであった。

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かくしてDay2の夜も更けて、ビンタンビールの飲みすぎで膨らみすぎた腹を揺すらせながら、疲れた足取りで宿へと向かう黄門様ご一行。。

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さて、明日のDay3はどんな日になるのやら・・・・・Day3に続く。

(筆者註: 筆を途中で止められなくて、このDay2は結局冗長な駄文になってしまった気がします。次回以降はコンパクトにまとめますので、飽きずにご愛読下さい)




今日は旅の第1日目(Day1)を綴ります。ブログを小分けして中身を小出しにするつもりは毛頭ないのですが、撮った写真が多すぎて、これもあれもとアップしているうちに1日分だけで既に30枚を超えました。普段から、オマエのブログは長過ぎて途中で飽きる、などと辛口のご批評をいただいてる身としては、これ以上長くすると飽きられるどころ怒りをかうかも知れないな、などと悩むのです。

それと先にお断りしておきますが、スマトラ島横断バイク旅と題したタイトルのせいで、多くの方から、バイクで横断したのかと驚かれましたが、いや、前回プロローグの"旅のあらまし"にも書きましたように、長距離地点間の移動はバイクではなく、乗り合いタクシーを利用しました。バイクは現地でレンタルし日帰りまたは1泊のバイク旅をしたのです。見た目も中身も見紛うことのない団塊シニアの私たちですから格好いい若者のようなことは出来ませんよ。

11月17日朝7時、KLセントラル駅にて、団塊シニア3国トリオ隊(注:3バカトリオ隊ではありませんぞ!)の編成完了。これは↓KTMコミューターのプラットフォームで電車を待つ隊長ピーター(右)と組長シーシー(左)です。なお、今回旅ブログではお二人の事前了解を得て、もちろん私もですが、顔も腹も全部晒しまっせ。。

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二人は、見てのとおりの大男。まぁ、彼の国じゃこれが普通なのかも知れませんが、こんな大オヤジたちに挟まれると、これでも同世代の日本男児の中では並みぐらいだろうと思っている我が身の貧弱なことに改めて気づかされ、神様はなんと罪作りなことかと考えることもありましたよ。(涙)

そんで、KTMコミューターは約1時間ちょいで終着駅のポートクラン駅に到着。ところでポートクランの駅名表示は"Pel Klang"ですけど、これマレー語のPelabuhan Kelang(ポート・クラン)の略語なんですよ・・・・んなこと、誰でも知ってますかね。

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ポートクランの駅の改札を出ると、港に面してターミナルビルが左右に離れて二つあります。駅からすぐのところの綺麗なビルと、右側500mぐらいのところに見える大きなビルです。今日我々が乗船するフェリーターミナルは右方向のビルだと教えてもらい、ちょっと歩きます。それにしても、二人の背中のバックパックはいかにも小さいね。彼らの身体がでかいせいもあるだろうけど、果たしてあれで8日間大丈夫なのかと思っていたら、隊長ピーターに、イケサンはなんでそんなにおっきい荷物なんだ?オレたちは2、3週間だってこの程度だぜって。。ハハ、この人こっちの気持ち読んでるな。。

い、いや、オレって若いころから、何でもかんでもいっぱい背負(しょ)いこむ癖があって、山登りの時にもそれで自分の足引っ張ってたんだ、どうも心配性なのかな、、、、ハハハ、なんて力なく笑ってごまかしたけど、いや、ホント、あれぐらい小さくしないとダメなんだよな。。

フェリーターミナルに近づいてみると、意外に大きくて立派なビルじゃん。

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ビルの中ではすでにかなりの数の客が、それぞれ大きな荷物を持って、フェリーの乗船手続きを待っている模様。知らなかったけど、ここからスマトラドゥマイを含みあちこちにフェリーが出てるのだそう。オレたちが今日乗るのは、このINDOMAL EXPRESS DUMAIと言うフェリーボート。

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ポートクランからマラッカ海峡の対岸にあるスマトラ島のドゥマイ港までのフェリーチケットは諸税込み、ランチ付きでRM130。日本円にしたら、現在レートで3400円ぐらいだけど、でもこれって決して安くないんではないかと・・・・・・

↓ここはフェリーターミナルのデパーチャーホール。待合室からイミグレーションカウンターを眺めているところ。このターミナルって最近できたのだろうな、なにもかもがピカピカでっせ。でも、待合の椅子に座ってたら蚊に2カ所も刺された。どこにでもいるなぁ、蚊のやつら、、やつらも生きるために必死だからなぁ、血を吸うのに。。

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まもなく、イミグレカウンターをなんなく通過して、長い桟橋を渡ってフェリーボート乗り場へと歩く、団塊シニア三国トリオ隊。いつの間にか天気は上々、この分では快適なフェリーの旅だろうと期待は大いに膨らむぜ。

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お、なかなか綺麗なフェリーじゃないか、想像してたより大きいな、とは隊長ピーターの弁。

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フェリーをバックに隊長ピーターとひねくれ団塊との記念のショット。

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フェリーの中に入ると、お、なかなか良さげ。客室もそんなに混んでなさそう、ていうか、ほとんどガラガラだし、オレたちついてるな、とは組長シーシーの弁。

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↓早速、船のブリッジ(操舵室)に入り込み記念撮影に興じる三国トリオ隊の面々。もちろん船のスタッフに断り入れてのことですけどね。

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↓こうしてみると、組長シーシーも隊長ピーターもなかなか様になってますなぁ。

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↓そんでもって、船賃の中に込みこみのランチがコレと小さなウォーターボトル。な、なんだ、こんな粗末なランチかとバカにしてはいけません。今回の旅、決して贅沢しようという旅じゃないのだから、こんなんで嘆いていたら、8日間も生きてられないぞ。でもこれ以外に食うモン何にもないし、みんな旨そうに食ってるし、食ってるうちにイカンビりスの塩味が微妙に効いてきてなんとも言えん美味だわな、コレ。

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ホラ、見てくださいよこれ↓、シーシーがこんなに旨いモン食ったことないって表情でパクついてるでしょ。え、表情が見えないって? まぁまぁまぁ、でもコレで足りるかのかな、シーシーさん?

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お、目がくりくり、髪チリチリの可愛い女の子発見。女の子と盛んに目で会話していたら、隣座席の母親に睨まれ、慌ててチョメル、チョメル(comel=pretty)と誉めてあげたら、こんどは母親がニッコリ。調子こいてこの美人母と話し込もうとしたら、前席にいた父親に睨まれ、これも慌てて、父親に自己紹介なぞしながら作り笑いしたが、このヤングファミリィ、マレーの父とインドネシアの母と3人姉妹の女の子連れでスマトラに里帰りとか。。

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次第にこのひねくれ団塊に打ち解けて近づいてくる5歳と3歳の3人姉妹。うち下の2人が双子だそうで、ホントに可愛い。私はこの手の可愛い子には実に弱い。こんな子たちを見ていると遠く離れた孫娘のアーちゃんを必ず想い出し、寂しくて胸が痛む。いつものパターンなのだ。

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ウトウトしていて何か気配を感じ、フト目を上げると↓この女の子。なんとも言えず愛くるしくて、またもやアーちゃんに会いたい、などと女々しいことをほざきたくなる情けのないジジなのでした。

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マラッカ海峡に出る前の内海は、まるで鏡のように波静か。実に快適な船の旅なのだ。ところで、フェリーは何時にポートクランを出港したんだっけ。確か、10時半ごろだったと思うけど、スタッフに聞いたらドゥマイ入港予定は2時半ごろと言うから4時間の船旅か。。

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いや待てよ、インドネシアはなぜかマイナス1時間の時差(マレーシアから見て)があるし、ドゥマイの時間は現地時間だろうから、、、と言うことは4時間ではなくて、5時間もかかるってことか?え、なんでそんなにかかるんだ?

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マラッカ海峡って、確か6、70kmぐらいの狭い幅だと思ってたけど、海峡を斜めに横断するのだから、その斜距離はどれぐらいになるのだろう。ドゥマイはマラッカの対岸ぐらいの位置だから、マラッカを直角三角形の直角の点とするとその斜辺の長さは、65×65+200×200の平方根は210kmぐらいか。そんで船の速度が結構速くて最高25ノットぐらいって言ってたから平均22ノットと仮定すると、22×1.852km/nm×5hrs= 約210kmほど。おおーっ、これはビックリびったしカンカンじゃん。

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などと銭にもならんくだらない暗算しながら、一人で合点したりして、相変わらず生産性の低いひねくれ団塊なのだ。

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天気ますます晴朗なりにて波静か。隊長ピーター↓も頗るご機嫌ニッコニコ。

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こうして見ると、マラッカ海峡も随分広いもんだ。高速フェリーの真っ白な航跡を眺めていると昔好きだった若大将シリーズを想いだすぜ。

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おほっ、そんなバカ言ってるうちに5時間の船の旅もなんなく終了し、ほぼ予定通りのドゥマイ上陸だ。

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振り返ると、意外に可愛いフェリー↓が、親分衆、帰りもまた乗ってくんなまし、って顔で舫られてる。しかし残念、帰りは飛行機なのじゃ、さらばじゃと無慈悲に先を急ぐ三国トリオなのでした。

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↓ドゥマイ港客船ターミナルです。もちろん中にひととおりの入国審査等のカウンターがあって、我々トリオは何ごともなくインドネシア入国を果たしたのじゃ、、と言うほどのことでもないか。。

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ターミナルの外に出ると、タクシーの客引きおっちゃん連中がいっぱいたむろっていて、どこに行くんだ、こっち来い、オレの車に乗れって、しつこくうるさく纏わりついてくる。しかし、我々ひねくりトリオ、そんなことには動じもせずに、ちょっと離れたところに居た大人しそう、かつやや真面目そうなおっちゃんドライバーに声掛けし、ペカンバルに行くバスに乗りたいんだが、そこまで連れてってくれないかと交渉したのだ。

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ところが約10分ほどで行き着いた先は、とある粗末でちんけな店。看板には旅行代理店と書いてあり、店先には数台の車が停まっている。車を下りと店の中から一見偉そうなオヤジが出てきて、ペカンバルに行きたいだと?なに?大型の乗り合いバス?そんなものはねぇよ。うちの車で連れてってやるけど、75万Rpだな。しかし、この、インドネシア通貨のルピア(Rp)って0(ゼロ)がやたら多すぎて慣れないとホントに面食らってしまう。

えっと、1000円が12万Rpだから75万Rpってことは、大体6300円ってことだ。おっと我々三国トリオの今の住み家はマレーシアだから、マレーシアリンギットで計算したほうがマッチベターだな。とすると、Rpからゼロ3つ取って3で割る、だ。だから250リンギってことだな。ふぅーん、てことは一人84リンギか。ここからペカンバルまで約200kmもあるのだから、これでしょうがないんじゃないの?

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われわれ三人咄嗟にこそこそ相談したが、隊長曰く、ローカルの乗り合いバスがあるという情報だったが、この値段は決して高くないし、車は新しそうなバンだから、いいんでない?と。よし、OKだ、ペカンバルに行ってくれと社長と交渉成立。

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ドゥマイ出発、現地時間午後3時(以降すべて現地インドネシア時間)。一路ペカンバルに向かう。天気まだまだ晴朗なり。快適なドライブに一行浮き浮きと子供のようにはしゃぐ。なお大オヤジたちのはしゃぐ姿に、最初は大いに違和感あるも次第に慣れて来て、可愛くもある大オヤジたちだ。途中コンビニのような店にて菓子とパン、それに飲み物調達し、まさに遠足気分のトリオ隊、南、南へと順調に歩を進む。

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あたりの風景はさほどマレーシアと代わり映えもせず、マレーシアもインドネシアも似たようなものだ、とはフロントシートに陣取った私の印象。え、でもこれは何?沼かと思ったがどうやら洪水の水がまだ引いていない地域のようだ。

だけどドライバーのドライビングテクニックは上手なのか下手なのか、くねくね道で前方視界が乏しいのもなんのその、飛ばすは飛ばすは、お陰で怖いわ怖いわ、フロントシートだけに余計に怖い。後ろの二人はそんなことお構いなく相変わらずのはしゃぎっぷり。特に組長シーシーは、冗談飛ばしの達人オヤジで、ひっきりなしにジョークを飛ばすは飛ばすは・・・・お陰で笑いこけるは怖いわで気が変になりそうだったのはこのオレだけか?

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あ、そうそう、このあたりは有名な油田地帯らしく、時々リグ(油田の掘削装置)も間近に見える、、あ、そういえば昔地理の教科書に載ってたことを思い出した。スマトラのパレンバン(ペカンバルのさらに南)油田とか聞いたことあるでしょ。今向かっているペカンバル近くのミナス油田(Minas field)って、東南アジア最大級の埋蔵量・生産量を誇り、第二次大戦中に日本軍の石油部隊が発見したんだって。もちろん現在も石油掘削はますます盛んだ。どうりでこの道路を行きかうタンクローリーの多いこと多いこと。。

辺りがとっぷりと闇に包まれた7時頃、一行はようやくペカンバルに到着。即、隊長ブッキング済みのホテルに無事にチェックインできた。ホテルは町の中心部に位置し超便利。2スターホテルながらも並みに綺麗で良かところ。でもでも今気が付いたんだけど、部屋にダブルベッド二つだけとはこれ如何に??

果たしてベッドのアロケーションはとしばし悩むも、隊長命令により、このひねくれが一つ、あの大オヤジたちが二人でもうひとつのダブルベッドをシェアすることとなり、ほっと安堵したのだが、同時に怪しげな猜疑心が頭をもたげ、おいおい今夜は悪夢のような光景を見るんじゃなかろうかと口には出せぬ不安に慄くひねくれ団塊なのでした。

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そんな私の心を見透かしたかのように、メシ食いに行こうと陽気な二人。と言うことで、近くの中華料理屋で早速ビンタンビールで乾杯。このビール、インドネシアビールの代表選手だが、いつも私が飲んでるカールスバーグに似てライトで美味。食うほどに飲むほどに、一行の意気は益々上がり、私のさっきの不安などもどこ吹く風。三人で店のねーちゃんからかったり、旅の話に夢中になったり、結局たらふく飲んで、たらふく食って、さぁ、ホテルに帰ろうかとするも、既にちょい悪オヤジの本性露わなシーシー組長、まだ帰りたくないとのたまう。ワシは女の子がいるバーでウィスキーが飲みたいのじゃ、だと。

え、そっか、んじゃあっちの気はないんだな、とこれはひねくれ団塊の独り言ダス。しかし、探せど探せど、そんな店は何処にもなし、て言うか、もう閉店してるぜ、シーシーちゃんよお。しょうがないからコーヒーでも飲んで帰ろうね、とシーシーを優しくなだめるピーター。それを見て、え?も、もしかして、とまたもや怪しげな不安が過ったひねくれでしたが、幸いなことに、その晩は、ビールを結構飲んだのと1日目の旅の疲れからか珍しく熟睡し、なにも目撃することなく平和な朝を迎えたのでありました。

(Day2に続く)


みなさん、こんにちは。我々団塊シニア三国トリオ(日本+スイス+ドイツ)は、先週木曜日(11月24日)、凡そ予定どおりスマトラ島横断のバイク旅を終了し、概ね無事にマレーシアに戻りましたが、それから既に3日も経つと言うのに未だに旅の疲れがほとんどとれずにいます。

いや疲れだけでなく、今日は、旅の途中で負傷し、まだ腫れと痛みが引かない右手小指と、赤道直下の強烈な直射日光に焼かれ、見た目も悲惨な左手の甲と腕を診てもらいに、近くのクリニックに行って来ましたが、やはり、気は若くとも中身は紛れもない老体。思うように身体の各部が動かないのだと言うことをまたもや思い知らされたバイク旅でもありました。

本日のブログは、スマトラ島横断バイク旅のプロローグと言うことで、簡単に登場人物と旅のあらましを紹介します。なお、ここでお断りですが、前回ブログ(クアラスランゴールの新鮮魚屋さんープロローグ)の続きはこのシリーズ終了後に綴る予定です。謹んでお詫び申し上げます。(笑)



登場人物紹介

団塊シニア三国トリオ隊
隊長ピーター 
 今回バイク旅の企画立案担当兼リーダー。一見温和その実ワイルドかつフレキシブル。スイス出身。
組長シーシー
 隊長ピーターの元同僚で今次旅行の最高顧問兼渉外担当。一見重役風ちょい悪オヤジ、ドイツ出身。
局長イケサン 
 今回バイク旅初参加の新参者、ひねくれ加減と思い切りの良さは人後に落ちない。ニッポン代表。
現地採用隊員ララ
 現地ブキティンギ採用の女性隊員。英語、ドイツ語堪能。途中から有料ガイドに変身。スマトラ出身。
その他大勢
 行き先々でボランティア出演してくれた皆さん。主にスマトラ出身。一部ドイツ、ニュージーランド他。

旅のあらまし紹介

旅の概観図

スマトラバイク旅外観図a

DAY1
 11月17日朝7時、KLセントラル駅にて団塊シニア三国トリオ隊編成完了、隊長引率の下、KTMでポートクランに移動。ポートクランのフェリーターミナルからフェリー乗船、スマトラに向け出発。5時間後、スマトラ島ドゥマイ港上陸。即借り上げタクシーにてペカンバルに移動。ペカンバル伯。

DAY2
 11月18日、長距離大型快適バスでブキティングへ移動の予定が、そんなものはどこにも存在せず、止むを得ず胡散臭くて狭い乗り合いタクシーにてブキティンギに移動。途中感動の赤道越えもして夕方5時ごろようやく到着したものの、予約の宿がダブルブッキングでひと悶着。止むを得ず隣の最貧宿にて我慢。その夜、とある飲み屋で女性隊員ララを現地採用。

DAY3
 11月19日、バイク4日間レンタル。女性隊員ララの先導で高原の町ブキティンギ近郊の快適バイク旅。途中で女性隊員ララが有料ツアーガイドに変身。世にも珍しいパチュジャウィ(農耕牛レース)観戦など。宿は最貧宿から一段上の安宿に格上げ。

DAY4
 11月20日、西スマトラ随一の名所ハラウ峡谷まで山間道路経由のバイク旅。ハラウ峡谷周囲の滝巡り。この日の泊まりは南国ロッジ風安宿で快適なるも日中は電気がなく、夜も途中で停電あり、お蔭でロウソク灯る幻想的なディナーとなる。

DAY5
 11月21日、ブキティングまで戻りの山間道路、ほぼ赤道直下周辺のバイク旅。直射日光は強烈だが高原地帯のバイク乗りは頗る快適。夕方ブキティンギ市内観光。泊まりは同じ朝食付き安宿。

DAUY6
 11月22日、西スマトラで最も美しいとされるマニンジャウ湖へ結構きつい雨の中のバイク旅。山上の茶屋から眺めた雨に霞むマニンジャウ湖は摩周湖に似て感動的なるも、湖の縁まで下りる44のつづら折りの狭い急坂は、路面を滝のように流れる雨で、何度も転倒しそうになり死の危険さえ感じた忘れ得ぬバイク旅。泊まりは同じブキティンギ

DAY7
 11月23日、高原の町ブキティンギを後にして、西スマトラの港町パダンに向かう。移動には長距離大型バスがあるはずと隊長はいうが、やっぱりそんなものはどこにもなし。止むを得ずまたしても乗り合いタクシー。高原から下界に下るとそこはやっぱり赤道近くの灼熱の町。現地でレンタルしたバイクで風を切ると、体感温度はさほどでもないものの、グローブをつけていない手の甲や腕が見る間に真っ赤っかとなり今に至る。泊まりは、若いころから憧れのバックパッカー専用宿。

DAY8
 11月24日、旅の最終日。午前中、宿で仮採用したオーストラリアからのヤング旅ガールを、ちょい悪オヤジの副隊長のバイクの後席に乗せてパダンの路上市場巡り。おおーっ、マグロ発見。でも、ざ、残念。食味を試す道具も時間もなし。午後、パダン空港からKLIA2に空路にて帰馬。空港にて団塊シニア三国トリオ隊解散。



以上、登場人物と旅のあらましの紹介でした。もちろん次回からは旅の詳細を何回かに分けて綴るつもりでいますが、気になっているマレーシア政界疑獄の件、期待に反して思わしくない方向に進んでいるやにも見えます。もし、この件でリポートする必要が出てきた場合は、こちらを優先させていただきますのでご了解ください。

また最近では1週間に一度のブログ更新すらままならないほどにスケジュールがタイトです。出来る限りの更新に努めますのでこれに懲りずに(飽きずに?)、今後とも本ブログをご愛顧下さいまいようお願いいたします。

本日ブログの最後に、旅の最終日、インド洋に面した港町パダンの路上市場で発見したインドマグロ(だと思います)などの写真をアップします。

パダンビーチ↓

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ビーチ沿いの路上ココナツ売り↓

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おっ、ビーチ沿いの魚屋さん↓

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うほっ、これ↓マグロじゃん。うーん、この横縞もようはメジマグロかな?

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これ↓は町中の路上マーケット

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お、あったあった。でもやっぱり小ぶりなメジマグロ(?)

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よく近づいてみると、やっぱり横縞がはっきり見える。これ↓やっぱりインドマグロの子供ですよね、庄助さん?

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はは、なんていつもの魚好きオヤジがつい出てしまいました。

ではまた。。